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へたれな政府よ、いい加減に声を上げたらどうだ

ここでは、「へたれな政府よ、いい加減に声を上げたらどうだ」 に関する記事を紹介しています。
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中国政府による人権を無視したチベット人弾圧が始まってから、もうずいぶん時が経つというのに、日本の政府は相変わらず音無しの構えだ。
19日に高村正彦が「中国首脳が来日したら、この問題に触れないわけにはいかない」などと、いかにも腰が引けた発言をしただけである。
その後何をしたかといえば、中国在留の邦人の安全確保を中国政府に要請したにすぎない。
これではほとんど、日本の政府は中国がやっていることを認めているようなものではないか。

このまま暫定税率をめぐる、不毛な論議に振り回されているうちに8月が来て、福田康夫は(もしそのときも首相だったとして)石原慎太郎と肩を並べて北京オリンピックの開会式に出席するのだろうか。
そうだとしたら、アジアの民主主義国家として、あまりにも恥ずかしくないか。

私はオリンピックをボイコットする必要はないと思う。
しかし、今回の事件に関しては、絶対になんらかの態度を表明する義務が、日本にはあると思う。
それはもう遅きに失したが、まずは政府声明を発表することだ。そして場合によっては胡錦涛来日の延期または中止も考えられるだろう。
さらには北京オリンピック開会式への政府関係者の出席拒否もある。
一刻も早く、日本としての態度を明らかにする必要がある。
オリンピックスタジアム
チベットでの事件が発生して以来、報道の中にはイラクでの死者に比べればチベットの死傷者は数が少ないから大きな問題にならないという、とんでもないものがあった。
死傷者が多くなければ問題にならないというのなら、いったい何人からなら問題になるというのだ。
人間としての権利が蹂躙され、不当な弾圧と言論統制が行われているというのに、問題が小さいはずがないではないか。しかも隣の国が、その理不尽なことを行っているのだ。
見て見ぬふりをしていていいわけがない。

昨日は三重県で、バスの車内で携帯を使っていた男を注意した男性が暴行され、死亡するという事件があった。そのとき、バスには30人ほどの乗客がいたというが、誰一人止めに入らなかったという。
いかにもひどい話で、いちばん責められるのはもちろんマナーもわきまえずに携帯を使い、注意されたことを逆恨みした犯人だ。しかし、このニュースを見聞きした人ならば、その現場に居合わせた30人もまたひどい人間だと思っただろう。
人がひどいことをされているのを、黙って傍観しているのは、悪いことだし人間として恥ずかしいことなのである。

日本政府は、このバスに乗っていた乗客たちと同じ態度を取っているとはいえないだろうか。

今日の産経ニュースによれば、国際ジャーリスト組織「国境なき記者団」(RSF)=本部・パリ=の創立者で代表のロベール・メナールは産経のインタビューに対して「アジアの大国、日本のボイコットは意義がある」と述べ、福田康夫が北京オリンピックの開会式に参列するのをボイコットすることに期待を寄せている。
すでにヨーロッパでは、ドイツやポーランド、チェコ、エストニア、スロバキアの首脳が開幕式欠席を表明している。フランスは大会ボイコットも選択肢のひとつとしながら慎重な構えを見せているが、日本はといえば構えひとつ見せていないのが現状である。
この消極的な姿勢はどこからきているものだろう。
たしかに、中国と対立を深めるのは得策ではない。しかし一方で、日本は中国と対等に話す権利を持つ国でもあるのだ。中国が行っている、明らかに非人道的な行為に対して異を唱えるのに、なにを恐れる必要があるのだろう。

今の日本国内には、まるで暫定税率と特定財源の一般化の問題しかないかのようだ。
なぜこうも、日本人というのは短視眼的にしか物事を見ないのだろうか。マスコミはテレビも新聞も手を握って情報操作をしているのではないだろうか。
北京オリンピックには電通が絡んでいるであろう。その利権があって、マスコミは口を閉ざし目を逸らしているのだろうか。だとすれば、日本のマスコミはあのバスに乗り合わせた乗客以下の卑劣漢といわねばならない。

こう書いていて思い出すのは、28日の朝刊各紙が載せた社説の一件だ。
社説見出し
道路一般財源化を打ち出した福田康夫に対して、毎日・朝日・読売・産経は右へ倣えをするように「今度は民主党が耳を傾ける番だ」と書き立てた。日経も「首相提案踏まえ与野党は協議尽くせ」とほぼ同じ論調を執っている。
しかし民主党にしてみれば、暫定税率を廃止せよといっているのにその問題については一切触れられなかったのだから、歩み寄る道理はないだろう。当たり前のことなのに、マスコミはそれが許し難いことのように書く。
これが日本式の言論統制なのか。そう勘ぐりたくもなってくる。

そうだとすればなおのこと、われわれは冷静に現実を見て、声を上げていく必要がある。
そうしなければ、今度はわれわれが、いわれのない弾圧を受ける身にならないとも限らない。


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コメント
この記事へのコメント
日中とも上層部はつながっているのですよ、企業などは完全に中国に依存してます、そんな状況があるので
抗議など出来ません、アメリカも上層部は中国とぐるです。
2008/03/31(月) 08:20 | URL | イケダ #-[ 編集]
世界はG8の上層で支配されてますからね。恐いですね。
2008/04/04(金) 06:23 | URL | saver #-[ 編集]
<バス暴行死

「他人の迷惑行為を止めようとしたらどうなるか」っていう「典型例」が、まさに目の前に転がってたから、乗客は何も出来なかったんでしょうね。

(まして逃げ場の無いバスの中、「安全な場所に隠れて通報」なんて容易に出来ない訳で。)

…ていうか、「注意して刺されて死ぬ」「注意して殴られて死ぬ」、そんな事が今まで何度も起きてるのに、他人に注意して凹られる人を見て、「この人達、危機意識とか、学習能力って物は無いのかな」…って思いました、正直。

なんだかんだで、今の世の中は「力無き正義は無力なり、正義無き力は暴力なり」が現実な訳で…。

他人の迷惑行為を止めるのなら、最低でも、特殊警棒なり、催涙スプレーなり、安全靴なりで武装しなきゃ駄目なんじゃないか…と思う自分がいます。

…。
……。
………。

自分は、外出の際、「特殊警棒」「催涙スプレー」「安全靴(爪先が鉄鋼)」「IDカード入りホイッスル」「コルク入りホイッスル」を肌身離さず持って出てますが…。

それでも、今回みたいな光景が目の前で起きてたら、止められたかどうか…。


<30人もいれば論

相手が刃物を隠し持ってたりすると、30人の中から、第二・第三の犠牲者が出る危険性があるんですよね…。

「刃物を持っていないことが誰の目にも明らか」というならともかく、「(普段は使うつもりは無いが)隠し持ってて、自分が追い詰められた時に使う」という危険性が排除できない以上は、手出しする事は難しいです。

それに、「柔道部御一行様」「空手部御一行様」なんていう、チームワークを取りやすい人達の集まりならともかく、全くの赤の他人同士ならば、状況は「1対30」ではなく「1対1対29」でしょう。

現に、「他人の迷惑行為を止めようと」した人が孤立無援で凹られてる訳で…。
2008/04/04(金) 06:48 | URL | 都筑てんが #D5O/1XSs[ 編集]
この記事の本題から外れてしまい
申し訳ありませんが、都築てんが様の
コメントに反論させて頂きます。
(正直聞き捨てならない思いですので)

まず貴殿が、御書きの様に護身具を
本当に携帯されているなら、明日
からでも止めてください。
小生のブログでも以前書きましたが、
心得の無い者が道具に頼る事ほど危険
な事はありません。
(心得のある者は武器を携帯したりしません)
イザ!となった時に、無用な被害を増やす
だけです。これは経験からも申し上げます。
止めてください。

もう一つ。
正義感から不正行為を止めようとするのは
正しい事なのですが、その際に周囲の
賛同や援助を期待するなら何もしない
方がまだマシです。
仰るとおり、ご自身が凶刃の犠牲になる
のがオチです。

自分が正しかろうが正しくなかろうが、
人間一人を武力で黙らせようとするなら、
「相手が100人居ても、一人で全ての
命を奪う」位の覚悟と気迫が必要です。

その気迫無しに、携帯している護身具を
振り回せば、ご自身が「犯罪者」と化して
しまう可能性があります。
(武器の使用は正当防衛にならない)

修練を積むと、事件を起こす程度の相手
ならば、争いにする事無く制圧出来る
様になります。
(これも経験から申し上げています)

以前にも増して、周囲の助けが期待出来ない
社会になっているが故に、貴殿の正義感を
活かせる様に、まずはご自身の「人間力」を
高める様努力する事を、御勧めしたいと思い
ます。
2008/04/05(土) 02:11 | URL | 錨七鉄斎 #m399y5vg[ 編集]
都築てんがさん。はじめまして。
さっそくですけど、私も七鉄斎さん同様、護身用とはいえども、あなたのように七つ道具を持ち歩くのは、どうかと思います。感心しませんね。町中で見過ごせない不心得な人間を見かけたときには、まず言葉で注意するのが原則でしょう。
もちろん、物騒な世の中ですから相手がどんな態度に出るか、どんな武器を持っているかはわかりません。それでもなお、注意するのは言葉で行うべきです。
その結果、不幸にもバスの男性のようなことになったとしても、私は勇気を持って注意した男性を偉いと思います。命を落としてしまうという最悪の結果になったのは何より悔しいことですが、はじめから武器ありきの対し方をしていたのでは、ますます世の中がおかしい方向に向かっていってしまうと思います。言葉で注意して、相手が異常な行動を取り始めたら、大声で助けを呼ぶ。自分なりに防御はするけれども、相手を傷つけるようなことはしない。それが鉄則であるように思います。いろいろな考え方の人がいるものだなあと思いましたが、私はあなたの考え方には賛成いたしかねます。
2008/04/05(土) 07:03 | URL | ooaminosora #-[ 編集]
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