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人は、自分が見たいものしか見ようとしない

ここでは、「人は、自分が見たいものしか見ようとしない」 に関する記事を紹介しています。
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私が自分の能力を呪いながら原稿を書いている間に、遠い世界ではとんでもないことが起こり続けていた。そのことについては「カナダde日本語」の美爾依さんはじめ、多くのブログで書かれているので、もはや私などは書く資格などないのかもしれない。
戦争の悲惨
しかし、罪もない子どもをふくむ民間人が無差別に殺されている事態を傍観していることが許されようか。
ユリウス・カエサルは「人は、自分が見たいものしか見ようとしない」という言葉を残している。そして山本夏彦は同じことを「人は見えないものは、ないものだと思い込む」と言っている。
それは今のわれわれにも見事に当てはまる。

先月27日以降、パレスチナ自治区にあるガザ地区を、イスラエル軍が攻撃している。
激しい空爆のために、多くの住民が犠牲になった。なかには生後6ヶ月の赤ん坊もいた。
イスラエルはイスラム原理主義のハマスを攻撃しているという大義名分で爆弾を落とし続けているが、その実やっていることは大量虐殺であり、アラブ人を対象にしたホロコーストに他ならない。
ホロコーストといえば、いうまでもなくナチスドイツがユダヤ人の絶滅を目的におこなわれた一連の計画的な大量虐殺を指すのが普通だが、今回、中東で行われているのは、かつて被害者だったユダヤ人がアラブ人の絶滅を目指して行っている大量虐殺行為である。

パレスチナでは毎日のように悲惨な状況が生まれ、その模様はyoutubeでも見ることができる。

しかし、日本では、この虐殺事件そのものの報道がきわめて少ない。
イスラエルによる攻撃が始まった当初は、それでも新聞は写真入りの記事を載せていた。けれども日本の新聞社が選ぶ写真は、破壊された建物や難民になった人々の表情をとらえるものが多く、血を流し、無残な遺体が散乱している「侵略戦争」の現場を伝える写真は皆無である。
これではいかに記事で悲惨な事態が発生していると書いても、訴える力は弱い。
破壊された建物

侵略と無差別の虐殺は、建物が破壊されるだけでなく、そこに住む人々が血を流し、命を奪われ、生活の手段もなく逃げ惑う、この世の地獄なのだ。もっとも残酷な現実なのだ。
どうしてその様子を知らせないのだろう。
残酷な場面を流せば、社会に悪い影響を与えるという理屈は、実際に銃弾から逃げ惑っている人々に、どのように聞こえることだろう。

ユダヤ人たちは2000年以上も昔から、この地で争いを続けてきた民族である。
wikipediaでは彼らを次のように説明している。
「古代エジプトによって奴隷として連れ去られ、200年後にモーゼの導きで脱出、パレスチナの地に古代イスラエル王国を造った。しかし紀元前586年に新バビロニアにより滅亡し、いらい2500年近く確固たる民族(宗教)国家を持たず、ローマ帝国に反乱を鎮圧されて以降はほとんどの国民がヨーロッパを中心に世界各国へ散らばった。以降ユダヤ教徒としての各地への定着が進む。」

このような歴史を持つユダヤ人たちは、歴史的に被害者意識を強く持っており、その反面では唯一絶対の神に選ばれた民族であるという選民思想をもっている。
世界各国にコミュニティを作りながら、彼らは自分たちの伝統にこだわり、周囲となじもうとしなかった。ローマ帝国がユダヤに弾圧を加えたのも、もとはといえば彼らがローマのしきたりを守らず、それでいて商売や金融で富を蓄えていたという、周りから見れば「おもしろくない存在」だったことが大きい。唯一絶対の神しか認めない彼らは多神教であるローマを邪教徒とみなし、リーダーが現れるたびローマに対して反乱を起こした。だからローマも業を煮やしてパレスチナを焼き払い、彼らを追放したのだ。「屋根の上のバイオリン弾き」で、主人公たちユダヤ人一家はロシアによって土地を奪われる。そこでも描かれていたのは被害者としてのユダヤ人だった。伝統と宗教を大切に生きる。そのことを非難することは誰にも許されず、ユダヤであるというだけで排除されてきた歴史は確かに悲しい。
けれども、その歴史を裏を返せば、彼らは悲しい歴史を持つゆえに、他者を敵と考えやすい人々ということはできないだろうか。

ユダヤ人が持っている被害者意識と選民思想。
これが後にヒトラーをして民族絶滅を決意させたのではなかったか。

そして今、イスラエルパレスチナに住むアラブ人たちに対して行っている暴挙もまた、根底には彼らの被害者意識と選民思想があるように思われる。
ユダヤ人たちはイスラエルを建国したが、ほんとうの故郷はパレスチナだという思いがある。
けれども、長い歴史の間に、その地にはアラブ人たちが住み着いていた。彼らは多くがイスラム教徒であり、ユダヤ人にとっては憎むべき邪教徒でもある。
祖国を奪い、邪教を信じる民を滅ぼす。
これがイスラエルの考えなのだろう。

そして今や各国に散って隠然たる力を持つようになったユダヤ人たちは、アメリカ政府をも操作してイスラエルの味方をさせている。アラブ人たちに力を貸しているイランを敵視し、遠からず攻撃も辞さない構えを見せている。

世界ではこういう情勢が日々刻々と移っているというのに、日本では何も伝えようとしない。
昨日のNHKのニュースでは日銀総裁人事と春闘、それにスペースシャトルに乗り込む土井隆雄の表情を伝えていた。そこにはパレスチナのパの字も、アラブ人のアの字も出てこなかった。
今朝の朝日新聞にも、パレスチナ情勢は皆無だった。

人は、自分が見たいものしか見ようとしない。
ならば、日本人は何を見ようとしているのだろう。
世界のどこかで流されている血から目を背け、役人の人事と道路を造るカネのことばかり心配している。マスコミは世界から国民の目を逸らさせ、些末なニュースばかり垂れ流し、世の中はそんなもので成り立っているように思わせようとしている。

昨日はNHKで「日本の、これから」という番組で、日本人の学力低下の問題を討議していた。
しかし社会全体を見渡してみると、子どもの学力低下の問題は重要に違いないけれども、今の大人たちの知的能力、現在を読み解くためのリテラシーが限りなく無残なまでに低下し劣化してきている。
そのことの方が問題に思えてならない。

何度も繰り返すが、人は自分が見たいものしか見ようとしない。
しかし、その態度を改めない限りはものごとの本質は永遠に見えてこないのである。
カエサルは、人が見ようとしないものを見て、社会を変え、歴史を作った。
われわれはカエサルには及ばないとしても、せめて、ほんとうは見たくないものにも目を向けて、それを正しく理解する努力をすべきではないのか。
日本人はともすると個人の能力を知識で測ろうとするが、私は違うと思っている。
知識とはあくまでも土台に過ぎないものであって、人間にとって、一人前の人間として生きて行くには知力が必要なのだと思う。
知力がなければ、見たくないものを見ることはできないのだ。知力がなければものごとを総合的に判断することも難しい。いや、それ以前にあらゆる情報を受け入れ、咀嚼し、消化して自分の栄養にすることができない。

日本のニュースはなぜ、パレスチナに目を向けさせないのか。
それはイスラエルを応援するアメリカの意図が働いているからではないのか。
しかし、今やわれわれは意志さえあれば情報を知ることができる。
情報を知って、冷静に判断すれば、イスラエルがやっていることがいかにひどいことかを判断できる。
そのうえで。
なにかをしなければならない。
それは一人一人が、自分の言葉でブログを使って非難の声を上げることでもいいのではないか。
いや、他にももっとできることがあるかもしれない。

自分の目を持ってこの世界と、自分が住む社会を見ていかなければならない。
そして声を上げなければならない。

……糊口をしのぐための原稿をショボショボ書きながら、私は今、そう思っている。


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コメント
この記事へのコメント
TBありがとうございました。今日の記事は難しいパレスチナの状況がすごくわかりやすく書かれていて、たくさんの人に読んでもらいたい記事ですので、関連記事で紹介させていただきますね。本当に日本は米国のせいか、ガザの虐殺の様子はほとんど伝えていませんね。日本のマスコミがここまでひどかったとは。

FC2ランキング、あっという間に2位ですね。すごい。この調子でがんばって下さい。
2008/03/09(日) 10:35 | URL | 美爾依 #HfMzn2gY[ 編集]
美爾依様
おほめいただき、ありがとうございます。
中東の問題は難しいけれど、間接的に日本にとっても重要な問題をはらんでいますね。これからもできるだけ注視していきたいと思っています。
2008/03/09(日) 21:39 | URL | ooaminosora #-[ 編集]
拝読させて頂きました。
正直に言います。小生、イスラエルがガザでまた
やらかしているという事を知ってはいたのです。
しかし小生の頭はそれを受け止める事なく、日常の
些事に紛れ込ませてしまいました。

政治的な話題をブログに書くか否かは別にして、
真実をキャッチし判断する感性は必要です。
なのに、いつの間にか「鈍く」なって行く自分自身。

小生がブログを始めようと思ったのは、そんな自分
に「書く」事で刺激を与え、少しでも「喝」を入れ
られたら、と思ったからなんですが…。
一度麻痺してしまったものを蘇らせるのには、
まだまだ時間が掛かりそうです。
2008/03/10(月) 20:25 | URL | 錨七鉄斎 #m399y5vg[ 編集]
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