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「チェンジリング」~面白さと違和感と

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チェンジリング


クリント・イーストウッド監督の「チェンジリング」を観てきた。

この映画、紹介文を読むとどうしても最近ビデオで観た「バニー・レークは行方不明」(1966)を想起させる。
「バニー・レークは行方不明」は、自分の娘が行方不明になったというのに誰も娘のことを知らない、見たこともないという状況に置かれた母親が孤軍奮闘して真実を明らかにしていくという物語。ローレンス・オリビエ扮する刑事も、当初は母親の言い分がおかしいのではないかと疑ったりするが、母親の熱意に動かされて次第に事件性を感じ取っていく。
娘は本当にいたのか? いたとすれば今どこに? 誰が、なぜ娘を連れ去ったのか?
この謎の解明に向かって物語は進んでいく。

チェンジリング」もまた、息子がある日突然姿を消してしまい、その行方を追い続ける母親の物語だ。
ところがこちらの方は、5ヵ月後に息子が見つかったとして警察が男の子を連れてくるところで一件落着。しかし、その男の子は別人で、母親はそれを訴え、息子はどこにいるのか捜査を続けて欲しいと懇願するのだが、警察は頑として受け付けようとしない。
まるで「バニーレークは行方不明」を裏返したような物語だが、なんとこちらは現実にあった事件だというから驚きである。

チェンジリング」では、息子が見つかったという事実を受け入れようとせず、なおも捜査を求める母親を、警察は強制的に精神病院に入院させてしまう。
怖いといえばこちらの方が断然怖い。やはり事実は小説よりも奇なり、である。
息子はどこにいるのか? 連れてこられた別人の少年はいったい誰なのか?
観客はこの疑問を抱きながら物語を見守ることになる。

しかし「チェンジリング」の場合は、この後ストレートな息子捜しの物語とはならず、思いもかけなかった大量殺人事件の露見と警察の腐敗が糾弾される方向に向かっていく。
なんとも恐ろしい事件、しかも謎めいた展開を見せる事実に目をつけたクリント・イーストウッドはさすがと言いたい。映画にするには打ってつけの事件じゃないか。

今、アメリカ映画は経済危機によるファンドの破綻でどの映画会社も資金難に苦しんでいるという。アメリカ映画と言えば派手なアクション、大金を注ぎ込んで作ったセットが売り物だったけれど、これからしばらくの間、ハリウッドではそういう映画は作られないだろうといわれている。もし作るとしてもそれは他国の資本が入った場合で、事実、今年のアカデミー賞作品賞はインド資本で作られた「スラムドッグ$ミリオネア」だったし、「レッドクリフ」のようなど派手な大作は中国資本によって作られている。
そんな状況下でいい映画を作り続けて行くには一にも二にもすぐれた題材、アイデアによる脚本を練り上げていくしかない。そして出来上がった脚本のよさを最大限に活かして演出する監督がいなければハリウッドは早晩滅びてしまうだろう。
クリント・イーストウッドは今のハリウッドの中で、間違いなくその命運を握る監督の一人といえるだろう。ただし、それを託すには少々年をとりすぎているのが心配なのだが。

というわけでイーストウッドによる「チェンジリング」は今回もなかなかよくできているのである。主演のアンジェリーナ・ジョリーも、息子を捜して憔悴する一方で、決して諦めない母親の強さをよく演じていたと思う。

しかし、客席にいる私としては入れ替わってしまった息子の行方を追う物語が、意外な男児誘拐殺人事件と警察告発となっていくにつれて「あれれれ?」と思わざるを得なかった。

<以下、ネタバレあり。ご注意>


ひとつには息子として現れた少年の正体がもうひとつはっきり説明されなかったことがある。

自宅に帰ってから実際に起きたこの事件のことを調べてみると、少年は継母との折り合いが悪く、家出したところを警察が保護したものらしい。警察はおざなりな調査をして行方不明の少年と決めつけ、主人公の母親に押しつけてしまった。1928年当時のロサンジェルス市警の腐敗ぶりはほんとうにひどかったようだが、この母親も典型的な犠牲者の一人となったわけである。しかし、映画の中では継母との折り合いのことなど一切触れられず、遊園地に行きたかったとか言って、本当の母親が迎えに来て連れ去られて終わりである。
これでは観客にとっては消化不良を催させずにおかないだろう。

もうひとつ解せなかったのは、肝心の男児誘拐殺人――しかも20人にもおよぶ大量殺人――の動機がはっきり示されないことである。
映画では明らかに精神異常のゴードン・ノースコットという男が、自分の甥を使って男の子をさらっては農場に隔離し、ある程度人数がたまったところで惨殺する、というように描かれている。
まあ、それだけでも異常には違いなく、映画ではそれ以上描く必要はないのかもしれないが、男の子だけを何人も誘拐するとすれば誰だってそこに性的な目的があったのではないかと思うはずで、ただ惨殺するために子どもを誘拐していたというのではかえって不自然な感じがしてしまう。
実際、現実に起きた事件ではゴードン・ノースコットは性的目的で男児を誘拐し、自分の慰めものにした挙げ句、飽きてしまうと次々撲殺していったという。さらに悪質なことに、この男は同じ性的嗜好を持つ「客」のために誘拐した男児を提供してもいた。だからこそ3人でも5人でもなく20人もの子どもが犠牲になったのであり、これに当時の警察の腐敗・無能さが加わって事件を大きくしたのである。

「チェンジリング」は2時間半の長尺を緊張感を途切れさせることなく、最後まで見せてくれる映画だが、事件はそれでも説明しきれないほど複雑かつ怪奇なものだったわけだ。
とすると、クリント・イーストウッドには悪いが、事件の描き方はこれで十分だったのかと問いたくなる。
抑えた演出で引き締まった物語にしようとしたのはよく分かるのだが、肝心の事件の動機や謎解きに納得のいく説明はするべきだったのではないか。
ゴードン・ノースコットは裁判でものらりくらりと証言を二転三転させたようだが、事件の闇は闇としてきっちりと描く必要がある。

贔屓のクリント・イーストウッドではあるが、今回の作品は私としては70点の出来。
次回作「グラン・トリノ」では自ら主演しているようだが、こちらの方を今から期待したい。
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コメント
この記事へのコメント
コメントいただき、お礼申し上げます。
ただ、何の手違いか、せっかくのコメントが消えてしまいました。
お詫びすると同時に、いただいたコメントを以下にコピーさせていただきます。

>ooaminosoraさんこんばんは!
自分もチェンジリング気になってたんですよねぇ。ネタばれまで一気に読んでしまいました(笑)
実際に起こった事件の内情を知り、娯楽=映画とドキュメントの差を考えさせられたりして。
ご指摘の点もっともだと思います。
そのあたりを注意しつつ観てみます。
2009/03/02(月) 12:07 | URL | ooaminosora #v64swWl6[ 編集]
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