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貧乏人のルサンチマンを煽って何が面白い

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暮れになると、ただでさえ面白くないテレビの番組が、明らかに手抜きだらけの特集番組ばかりになって、とくに面白くなくなる。

だからテレビなど極力つけないようにしているのだが、それでも夕食時になると家人はレコード大賞などを見てそれなりに盛り上がっている。演歌の氷川きよしのときだけはチャンネルを変えたけどね。裏でやっている番組がまた愚にもつかないような代物ばかりで気分が悪くなった。
まあ、そんなクズ番組のことをいちいちあげつらっていても仕方がないのだが、レコ大のあとになんとなく流れで見てしまったのがテレビ東京の「ソロモン流」とかいう番組だった。

この番組は、テレビ東京の宣伝文句によると、「さまざまなジャンルで強烈なこだわりを持ち、輝きを放つ、今最も注目される旬の人物の仕事や生活に密着。そして、その個性的なライフスタイルや人生哲学をドキュメンタリーしていきます」というのが趣旨らしい。
番組では彼らを「賢人」と呼んで紹介している。
もうこれだけでどうでもええわい、という気分になるのだが、それでも何となく見続けてしまった。

30日の番組に登場したのは料理研究家の奥薗壽子、パティシエの鎧塚俊彦、女優の工藤夕貴、作詞家の阿木燿子、デザイナーの芦田多恵の5人だった。
私が見てしまったのは、川島なお美と婚約して話題になっている鎧塚という男にちょっと興味があったからだった。今、スイーツ関係の調べ物をしているもので。

しかし、なんじゃろ。「賢人」というのは。
賢人と呼ぶからには、われわれは彼らから何かを学ばなければならないのだろう。
最初に紹介された料理研究家は、土鍋にこだわりを持つ「賢人」が、噴きこぼれしにくい鍋をメーカーと共同開発し、大手スーパーがさらにタイアップして大いに売り出したという話。最後に、「賢人」がお勧めする担々麺風鍋料理は、まあ美味そうだった。しかし、これは一口料理メモみたいなものだろう。わざわざ「賢人」にひれ伏して教えを請うほどのものか。

次いで登場したのが鎧塚俊彦。東京ミッドタウンに新しい店を出し、連日若い女性が列をなして彼の手になるスイーツを食べにくるという。
たしかに国際菓子コンクールで優勝したこともある、彼が作るデセールは優雅で美味そうだ。しかし、これとて彼に密着したカメラは、食材と新しいメニューにこだわる姿を追うばかり。この作り方は街の名物ラーメン屋の親父が麺とスープの素材にこだわる姿と少しも変わらない。違うのは情熱の対象がラーメンかスイーツかということだけだ。
われわれ愚民は、ここから何を学べというのか。
オープンキッチン風の彼の店で、カウンターに並ぶ客たちの卑しそうな顔は、何かを学ぶなどとは無縁の表情をしていた。
東京ミッドタウンという高級テナントに店を出すことは、鎧塚俊彦にとってはステータスになるのかもしれないが、おそらくバカ高いテナント料を毎月支払っていくのは容易なことではないだろう。もちろんこれは番組では一言も触れないことだが、オープンキッチン風の店にしたことで、馬鹿な客は鎧塚がちょっとでも席を外し、替わりにスタッフが作って出すと怒り出すのだという。これでは店を開けている限り、小便をすることもできないということだ。
さらに鎧塚は、あの川島なお美と結婚するという。べつに川島などには興味はないが、セレブ気取りの愚かさをぷんぷん臭わせたあの女が、糞のようなワインの蘊蓄をならべながら飯を食うのに毎日つきあわなければならないことを思うと、鎧塚という男が「賢人」どころか可哀想な下僕にしか思えなくなってくる。気の毒なことだ。

次に登場した工藤夕貴編では、富士山麓に1500坪の「豪邸」をたて、無農薬・無肥料の野菜を自給自足しながら生活している様子を映し出す。だだっ広いだけで人間の温もりのかけらも感じさせないような家に住む「賢人」は、その家も自分でデザインし、大工と一緒になって建てたのだという。おかげで建築費を節約することができたというが、その規模といい、誰もがたやすく真似できることではない。だからこそ賢人とよぶのかもしれないが、それにしては浮世離れしすぎているというものだ。愚かなる大衆の一人としては、「お好きにどうぞ」という他ない。

そしてお次は阿木燿子だ。番組では阿木の創作活動に欠かすことができないという、どこだかにある別荘を紹介していた。竹林に囲まれたその別荘は、夫の宇崎竜童と一緒に建てたもので、二人で選んだ家具や、阿木がこだわるインテリアなどを紹介していく。きわめつけは、すべてキッチンにあてたという2階の紹介で、何十畳だかあるフロアが見事な台所になっている。もちろんシンクを始め台所用品は特注品。これならそざかしお料理しやすいでしょう。
で、阿木が作った料理というのが、冷蔵庫に残っていたうどんとそばとパスタをミックスして冷製にした麺料理。これにチコリとサーモンやトリ肉などを合わせたオードブル風の皿などを組み合わせた6品ほどがテーブルに並ぶ。
宇崎竜童と向き合って食事をする様子が映し出され、宇崎が「美味そうでしょ」「俺たち、いつもこんなものを食べてるとおもうでしょ。それが食べてるんだよ」とおどけてみせる。なんとも貧乏くさい賢人ぶりである。

要するに、工藤にしろ阿木にしろ、富の偏在によって好き勝手なことができるということを露骨に誇示することにより、貧乏にだけはなるものじゃないというのが、この番組の狙いだったのか。
もうこの辺になると馬鹿馬鹿しくなってきて、5人目の芦田多恵は見る気もしなかった。

とにかく、この手の番組はどこからかほじくりだすようにしてある種の人間を「賢人」だとか「達人」だとか「匠」だとかいって祭り上げる。そうして、これみよがしに並の人間とはこんなにも違うのだと見せつける。
見ている方としては、「だからどうなんだよ」という気分になるしかない。

テレビに登場する賢人だの達人だの匠だのは、たしかに金儲けの才能はあるかもしれない。けれども、彼らの多くは儲けるだけで社会に還元することがない人間たちだ。半分でもいい、テレビで持ち上げる人間たちが、なんらかの社会還元を行っているならば、今の世の中はもう少しまともになっているのではないか。
愚かで貧しい下層の人間からは、そんなふうにしか見えない番組が多すぎる。
貧乏人には真似できまいと、ルサンチマンを煽ってみることに何の意味があるのだろうか。結局は新自由主義社会のゆがんだ姿を見せつけられて、不愉快になるこの暮れなのであった。
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関連タグ : テレビ, ソロモン流,

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