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麻生太郎に「庶民感覚」など求めてはいない

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麻生太郎

このところ、どうも魚の小骨が喉に引っかかったような気持ちで過ごしていた。
新聞・テレビなどの報道を見るにつけ、またネットニュースなどの書き込みを見るにつけ、
「なんか違うんだよな」
そう思いながらも言葉にすることができず、なんとなく時を過ごしてしまった。過ごしながらも、こんな三面ネタはすぐに忘れ去られるだろうと思っていた。
ところがこの話題、よほど誰かの癇に障ったのか、いまだに尾を引いている。
私の喉に引っかかったままの小骨も、それとともに邪魔臭さが増してきて、何とかしなければ気が済まなくなってしまった。

何の話かって?

麻生太郎の夜ごとの会合・会食のことである。

今さらここでおさらいすることもないだろう。
麻生太郎が毎日のようにホテルのバーやレストランで飲み食いしていることについて、「庶民感覚からかけはなれている」という非難の声が上がっている、あの件だ。

ほんとうのところ、どれほどの国民が麻生の夜ごとの贅沢に腹を立てているかは分からない。しかし事を報じた記者たちは間違いなく腹を立てているようだ。麻生が

「たくさんの人と会うと言うのは、ホテルのバーっていうのは安全で安いところだという意識が僕にはあります。だけど、ちょっと聞きますけど、例えば安いとこ行ったとしますよ。周りに30人からの新聞記者がいるのよ。警察官もいる。営業妨害って言われたら何て答える?新聞記者として『私たちの権利です』って、ずーっと立って店の妨害して平気ですか?聞いてんだよ。答えろよ」

こう逆ギレしたせいもあって、記者たちはその後も執念深くこの件を書き立てている。
記事を読んだ国民も、おそらくかなりが麻生の贅沢を面白くなく思っているに違いない。
もちろん、私だって癪に障るさ。
「けっ、いいよな。ボンボンは」ってなもんだ。
俺だってできることならやってみたいよ。

さて、私の喉に突き刺さった小骨というのはここにある。

俺だってやれるものならやりたいけれど、金がないからそれはできない。
それを麻生の野郎はこれみよがしに連日連夜つづけやがって。
面白くねえな。

だけど、麻生などは首相にならなくたって似たようなことはやってきただろうし、麻生財閥が解体でもされない限り、奴は贅沢三昧を今後も続けていくはずだ。
それをいまさら「庶民感覚」とかけはなれていると言ったところで詮ないことではないか。
仮に麻生が、酒食に大枚の金を使うかわりに妾を何人も囲って3日と空けずに通い詰めていたとしたら、それは道徳的にけしからんと言ってもいいかもしれない。
だが、ホテルのレストランやバーをわが家のように使っているからと言って書き立てても仕方がない。せいぜいのところ、あまり飲み過ぎて要らぬ失言をしないようにと皮肉の一つも言ってやればいいのである。

この件でもっとも私を苛つかせる小骨は、「庶民感覚」という言葉だ。

いったい何だ? 庶民感覚って。

これまでみんなが寄ってたかって書き立てている「庶民感覚」とは、詰まるところ嫉妬や妬みをもっともらしく言い換えただけのことではないか。
だいたい、庶民感覚などという言葉を使う前に、果たして総理大臣に庶民感覚などというものが必要なのかどうかを考えてみたらどうなのか。

第一に、麻生のような男が「30人からの新聞記者や警官」を引き連れて赤提灯を訪れたなら、営業妨害云々以前にイヤミったらしくてしょうがない。庶民には庶民の領域がある。それを首相ごときに侵してもらいたくはないものだ。
第二に、日本の首相には「庶民感覚」を慮るばかりに安っぽい酒場に入り浸るような真似をしてほしくないという気持ちがある。貧乏くさい首相など、さらに魅力がなくなるではないか。世界の要人と相対することを仕事にする人間ならばそれなりの店を知っておいてもらいたい。麻生はポケットマネーでそういうところに出入りしているというのだから、これはちょっぴりではあっても褒めてやっていいことだとさえ思う。実は全部税金で飲み食いしてたというのなら、それはそれでムカツクことではあるけれど。

そしてもうひとつは、「庶民感覚」という言葉を受け取るわれわれの側にある意識の問題だ。

もし私が麻生ほどではないにしても十分な金をもっていたら、すでに書いたように、私だって連日ではないにしても高級レストランに行くことだろう。
たまたま私は麻生が利用して話題に上った六本木の「馬尻」という店を知っている。
いい店である。そこそこ手頃な金額でワインと上質な料理が楽しめる。
麻生にはもったいない店である。私だって行けたのだから。
私が東京に暮らしていて、小金があれば、そして六本木という土地柄が好きならば、「馬尻」はぜひ行きつけにしたい店である(もっとも最近の事情は知らないのだが)。

誰だって、自由になる金があればそれなりの贅沢はするだろう。人にはそれぞれ趣味があるから、金の使い方はさまざまだろうが、自分の金を使ってちょっと贅沢をすることに、誰が文句を言うだろう。
今回、一連の報道や書き込みを読んでいて感じたのは、記事を書いている者自身が持っている卑しさがそこはかとなく漂っていることだった。

たとえば大手マスコミの社員ならば、普通の会社員よりもずっといい給料をもらっていることは周知の事実だ。彼らだって、毎日かどうかは知らないけれど、六本木や銀座の店を普通に利用しているのだ。いや、自分は新橋の赤提灯しか行ったことがないというのなら、それは趣味の問題か、あるいは単に飲み食いには金を使いたくない人種だというだけのことだろう。

さらに、マスコミに限らず、昔ながらの福利厚生を維持している大企業、中企業ならば社員だけが利用できる倶楽部があるはずである。かなりな高級食材を原価に近い金額で飲み食いできるこれらの施設は、麻生が利用している会員制バーと変わらないではないか。
恵まれた社員たちは皆、こうした施設を利用しているはずである。
そして自分たちは並以下の「庶民」たちには利用できない特権を持ち、それを当たり前のように行使しながら、卑しい人間とはいえ麻生太郎が同じようなことをすると「庶民感覚」とかけはなれていると非難する。

これを卑しいといわないのならば、卑怯とでも言うしかない。

私には今や小金もなければ、恵まれた社員のような特権もない。
だから、今回の報道にはたまらなく嫌悪感を感じる。

麻生も嫌らしいが、それをしたり顔で非難する輩も十分に嫌らしい。

私は総理大臣には庶民感覚など必要ないと思っている。
ただし、この社会は国民全員が互いに助け合わなければ幸せに暮らすことができない。社会保障はそのためにある。この大切な社会保障を維持するためには総理大臣もふくめ、国民すべてが応分の負担をしていかなければならない。
この意味で、首相は国民すべての生活のことを思いやる国民感覚は必要である。これがない者には首相を務める資格はない。

麻生太郎に、それはあるか。

私は、ないと思っている。

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関連タグ : 麻生太郎, 庶民感覚, 社会保障,

コメント
この記事へのコメント
はじめまして、よく見に来てます。これからも遊びにきます☆
2008/10/27(月) 12:30 | URL | 名を名乗れ #-[ 編集]
首相がプライベートな時間にポケットマネーでどんなお店に行こうが自由だと思う。批判してる人は単なる貧しさ(心の?)ゆえの妬み(ルサンチマン)に過ぎない。金持ちが首相やっちゃいかんなんて法はない。記者らは自分たちもむしろ首相に近い生活レベルにいるにも関わらず、「庶民の怒り」を代弁し妬みに火をつけて発行部数を伸ばしたい下心がある。だから心にもない怒ったふりを演じる。要は購読者がとことん馬鹿にされてるんですね。
2008/10/30(木) 18:32 | URL | shinystar #-[ 編集]
shinystarを名乗るネトウヨが、ド派手な「恥」を掻いております。関心のある方は是非おいで下さい。
http://takashichan.seesaa.net/article/117562180.html#comment
2009/05/17(日) 14:36 | URL | たかし #N2hj/.HY[ 編集]
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