上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。

「死刑判決」に生じる、ある嫌悪感

ここでは、「「死刑判決」に生じる、ある嫌悪感」 に関する記事を紹介しています。
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
山口県光市の母子殺害事件で、差し戻し控訴審の判決が出た。

やはり判決は「死刑」だった。

この判決を受けて、今日の新聞、テレビはこぞって判決基準が厳罰化したことを伝えている。また被害者遺族の本村氏の談話も出ている。
悲しみは消えないが、納得できる判決が出て癒やされる」(時事通信)

その言葉には9年という歳月の重みと、今もやりきれなさを抱えているであろう胸の内が感じられる。9年間、闘ってきた本村氏のことを考えると、軽々に言葉を発することは憚らねばならない思いがする。

しかし、私はどうもすっきりしない。
ほんとうに死刑でいいのか。
この死刑は、例の「世の中様」が望んで生まれたものではないのか。

「世の中様」とは、少し前なら倖田來未という歌手の不用意な発言に過剰反応をしてバッシングした人々のことであり、近くは人前をはばからずに泣いて見せた橋下徹に感動し、激励の言葉を寄せた人々のことである。

この事件にかかわらず、最近の凶悪事件に対する判決は、厳罰化の方向に確実に向かっている。
それは犯罪抑止のためともいえるが、一方で、裁判所が大衆の意向に沿うような形で判断を下している向きがないとは言えない。

ここで私が思い出すのは、2001年6月に起きた大阪の池田小児童殺傷事件だ。
犯人の宅間守は反社会的人格障害と診断され、自らも死刑を望んだが、それ以上に世間がこの事件を起こした犯人を憎み、死刑を望んだ。
そして裁判で大阪地裁から死刑の判決が出ると被告は控訴せず、死刑が確定。すると約1年3ヵ月後の2002年9月には死刑が執行されてしまった。
死刑確定から執行までの期間の短さは異例で、まるで法務大臣も世の中様と同じようにこの事件を憎み、この犯人を許せないように執行命令を出した印象が残っている。

今から7年前に起きたあの事件を覚えている人は今も多いと思うが、犯人の名前を覚えている人はどれだけいるだろうか。

池田小で起きた犯罪と、光市で起きた犯罪。どちらも酷いことで共通しているが、もうひとつ共通しているのは、世の中様から嫌われ、憎まれた事件であるということだ。

世の中様をバカにすることはできない。しかし、世の中様には気をつけなければいけないと私は思っている。

世の中様は、まるで忠臣蔵でも見るように世の中を見る。そして決まり切ったことのように吉良上野を悪者と考え、大石内蔵助らを義士として喝采する。
芝居ならばそれもいいが、ことは現実に起きている事件であり、そこには犯人とはいえども一つの命がかかっている。それを最初から死刑と決めつけてしまって、ほんとうに正義は保たれるのだろうか。私はそこに、どうも危うげなものを感じるのである。

もし、今日の控訴審判決で「死刑」という結果が出なかったら、世の中様はどう反応しただろう。橋下徹のように激高し、許せないという声で日本中が一つになってしまったのではないだろうか。
だが、待てよ待てよ。
多数決が民主主義の基本とはいえ、社会全体が一人の人間の死を求めてまとまるということは、どこか異常ではないのか。

たとえ宅間守のような犯罪を犯した者でも、法律は冷徹に施行されるべきである。
この場合の冷徹とは、死刑が確定した者に対して、法務大臣が大衆の意向に影響を受けて刑の執行を早めるようなことがあってはならないという意味の冷徹だ。宅間守のような犯罪者は、憎まれても仕方がないかもしれないが、その犯罪行為が憎まれるだけに記憶から簡単に消し去ってはならないのだ。犯罪は記憶に止められることによって抑止されると思う。宅間守は、まるでこの世から追い払われるように死刑を執行され、その結果、満足した世の中様はその名前も記憶から抹殺してしまう。

今回の光市母子殺害事件でも、犯人の名前は明らかにされていないが、この先最高裁でも死刑判決が出され、死刑が確定したら、世の中様はようやく満足し、この凶悪事件があったことを忘れてしまうだろう。

嫌なものは誰だって見たくはないし記憶に止めておくことも欲しない。
しかし、犯罪は記憶に止めて行かなくては亡くなった人の無念は虚しく消えてしまい、犯罪が社会に残した意味も消えてしまう。つまり、抑止する力もなくなってしまうのだ。そしてまた同じように酷くて憎むべき犯罪が発生すると、また社会全体がかき回したようにヒステリックに騒ぎはじめ、同じように憎しみに染まることになる。

それでは社会はいつまでたっても成長できないではないか。

私は、今日出された判決が妥当かどうか、あえて論評することは避けたい。ただ、この判決に、世の中様の意向が反映され、流された結果出たものだとしたら、そこに危ういものがあると感じる。
法律は、世の中の変化とともにその判断が変わっていくものなのかもしれない。
しかし、性器が写った写真を猥褻とするかどうかを判断するのならともかくとして、人を死刑にするかどうかを世の中の風潮に迎合するような形で判断を下すことには疑問を呈する。

私は、いわゆる人権派弁護士に与するものではない。
しかし今日の判決が出たとき、傍聴席から拍手がわき上がったという事実に、言いようのない嫌悪を感じるのである。

■追記
本村氏のコメントは、時事通信の配信記事から引用したが、実際には本村氏は「癒されることはない」と、まったく逆のことを言っている。時事通信は何を勘違いしたのかわからないが、これでは本村氏が怒っても仕方がない過ちだ。私も大いに迷惑している。
ちなみに、判決後に傍聴席から拍手がわき上がったというのは、産経の記事にあったことを付け加えておく。



ブログランキングに参加しています。
↓よろしければクリックしてください↓
人気ブログランキング


にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
本村さんは「癒される」とは言ってませんよ
よく報道を見ましょう
2008/04/22(火) 22:50 | URL | いや #-[ 編集]
たしかに、ニュースで本村氏の会見を見ると言ってませんね。
しかし、時事通信が配信した記事では言ったことになっているのです。http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2008042200064
どうなってるんだ? 時事通信よ。
一応、エントリの該当箇所は消去線を入れておきます。
2008/04/22(火) 23:06 | URL | ooaminosora #-[ 編集]
仰る通り、「世の中様」の流れに迎合する事は避けたいですね。

因みに小生は、
1.本村氏と家族構成が一緒であり
2.殺された彼のお子さんと娘が同い年
3.何よりも自分には真似の出来ない、本村氏の我慢強く理知的な態度
  に敬意を持っている(自分なら公判中に被告を殺そうとするかも…)
この3点から、今回の死刑判決を支持しております。
正直に言って「もし自分が本村さんの立場だったら…」と想像し、本村氏に
感情移入している訳ですが、これは小生個人の判断と自負しております。

ただ、「世の中様」が逆の流れだったとしてもこの判断をしたのかどうか、
記事を拝見してちょっと考えてしまいました。
自分の判断・考えを確立し貫くのは、難しい事です。
2008/04/23(水) 02:55 | URL | 錨七鉄斎 #m399y5vg[ 編集]
どこのメディアか忘れましたが、「死刑判決が出たことで癒されましたか?」みたいな質問をした記者がいて、馬鹿な質問をする記者がいるものだと思って見てました。木村氏の答えは、「それは私が死ぬときに分かること」といったようなものではなかったでしょうか。

今回の判決、記者会見を見て、ただ、そこはかとない嫌悪感を感じたのは私も同じです。理由はブログ主さんが書かれたことと同じです。もちろん木村氏を責めるものではありません。今回の死刑判決が、裁判員制度の「死刑の目安」にされるのではないかという危惧もあります。「人を殺した奴は死刑でいいんだ」の前に、「本当にこの人がやったのか」と最後まで疑うことを忘れてはいけないと思います。日本の司法はわざわざエコノミスト誌が批判するほど腐りきっていますから。司法もマスコミも忘れてしまった「推定無罪」を、国民も忘れてしまうことが恐いのです。
2008/04/23(水) 08:04 | URL | 雑種犬 #-[ 編集]
貴方の考えには共感することが多いが、今回のコメントには共感できない、理不尽に殺害された人の痛みが理解できない人には反吐が出る。
2008/04/23(水) 10:55 | URL | イケダ #-[ 編集]
確かにバカな質問をした記者が居ました、他人事だからでしょう。
年齢関係なく殺人を犯した人間は2度と社会に戻すなが自論です。
死刑は人間が人間を殺す事になる、ならば殺人の為の殺人は終身刑で生涯をかけて償うべきで有ると思います。
「死刑の目安」自体がナンセンス。
2008/04/23(水) 11:17 | URL | 観音崎 #kU3g/2a6[ 編集]
確かに、実際に家族を理不尽に殺された経験がある人「のみ」が、その気持ちを本当に理解できるのでしょう。私にはその経験が(幸い)まだ無いですから、実際に経験した人に「理解できない」と批判されたら返す言葉はありません。しかし、言語に絶する苦悩と苦難の道だったであろうという事までは、容易に想像できます。そしてもし自分だったらと想像すれば、涙が出るかも知れません。
こういうことは人として当たり前の事で、その上でどうしても感じる「嫌な感じ」について書いているのです。何が何でも死刑にすべきだと思っている方は、先日死刑が確定した袴田さんについてはどう思うのか知りたいところです。
2008/04/23(水) 13:49 | URL | 雑種犬 #SFo5/nok[ 編集]
今回の裁判の判決には私は何も言う事はありませんが、日本国民が無考状態になっているのは危険だと思っています。
今回の裁判を教訓にもっと議論されるべきなのにバッシングばかり。
フランス革命の時、ギロチン刑を娯楽としてみていた群集のようなグロテスクさを感じます。
また、家族を理不尽に奪われた経験もないのに、簡単に「私は気持ちが分かる」気になっている人には反吐がでます。
2008/04/24(木) 17:11 | URL | うろこ #qr7mm/lQ[ 編集]
今回の件では、正しい倫理観の押し付けが恐ろしいのです。
遺族と被害者とは別の人間です。殺された被害者本人は犯人の死を望んでいたかもしれないし、望んでいなかったかもしれない。それは誰にも分かりませんよ。
被害者に過度に良き妻良き母像を押し付け、貞操を守って死ぬ事を美談としているような論調すら感じられます。
もしも被害者当人が強姦されて障害を負い生き残り、犯人に厳罰を求めた場合、世間はそれを支持したでしょうか。逆に自己責任の甘さを責めていたのでは?そんな風にすら思えます。
2008/04/24(木) 17:39 | URL | ナナシ #-[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://funnyarome.blog82.fc2.com/tb.php/115-9c5a81ef
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。