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クリスマスと正月の狭間

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クリスマスも終わって、世の中のムードはすでに正月に向かっている。
昨日は東京のオフィス街を歩いたが、ビルの入り口にはもう注連縄と門松が飾られていた。

しかし、世の中がクリスマスだと騒ごうと、正月だと盛り上がろうと、私の中では年々それらを意識する気持ちが薄れていっている。
年中行事のひとつとして、クリスマスにはローストチキンを焼きプレゼントを娘に与えるが、ケーキに立てたロウソクの火を吹き消したところで、気分は一向に盛り上がらないのである。
正月まで一週間を切って、カミサンは近くの農家に伸し餅を注文し、新聞のチラシを見てはおせちをどうするかと心配しているが、私のなかではすでにどうでもいい部類のことになっている。

気持ちが盛り上がらない、鬱々としているのはこの5、6年のことであり、一時はテレビを見ることも、新聞を読むこともできなくなった。テレビから流れる音はただの騒音だったし、活字は意味をなさない記号のように見え、目の中に突き刺さってきた。
さらに、仕事をしようとすると不安に動悸が激しくなり、何も手につかなくなった。
パソコンのスイッチを入れ、明るくなったディスプレイを一日見つめているだけの日が続いた。

むろん、そんなことをしていて楽しいはずがない。
こんなに怠けていて、収入はどうなるんだという心配が常に私を追い詰めた。
それでもどうすることもできない自分が許せず、なぜ、自分のような人間が生きているのだろうと思った。自分などは生まれてくるべきではなかった、死んでしまった方がいいと考え続けるようになった。
朝、目が覚めると今日も生きていることを恨んだ。体は鉛のように重く、歩くことさえ辛かった。
こんな自分が生きていていいはずがない。早く死んでしまいたい。そう考える毎日が続いた。

それが5年前のことである。

死にたい自分をどうすることもできない私は、ひそかに命の電話にダイヤルしてみた。しかし命の電話は何度かけてもつながらなかった。
9年続けて自殺者が3万人を超えている。つまり1日に100人ちかくが何らかの方法で自殺しているのだ。私ごときが電話をかけたところで、命の電話はこのときすでにパンクしそうな状態だったのだろう。

次いで電話をかけたのは、精神保健福祉センターだった。

そこでは精神科の診療もしているということを確かめて、私は予約をとった。
数日後、はじめて受診をした私に、医者は典型的なうつ病だと告げた。
自分の精神的な状態をはじめて話し、それがうつ病だと言われたとき、私はなぜか泣けてきた。
病気と認められ、薬を処方されたところで自分を取り巻く状況は少しも変わらない。しかし他人に話すことで少しは救われた気持ちになれたのだと思う。この後、はじめて家族に自分がうつ病だということを告げた。

それ以来、毎日薬を飲むことと定期的に医者を訪ねることが日常に組み込まれた。
おかげで状態は一時ほど悪くはない。
まだ、午前中は調子が悪いけれど、騙し騙し仕事もできるようになった。
こうして、自分を客観的に見て、文章を書けるようにもなった。
テレビはうるさいと思うことが多いが、活字は積極的に読めるようになった。

なぜ自分がうつ病になったのか、思い当たる個人的な理由はいくつもある。それはここでは書くまい。
しかし自分が「うつ」になってみて、はじめて見えてきたことがある。
それは、自分だけではなく、どうやら世の中全体が「うつ」を病んでいるらしいことである。
あちこちのブログを読んでいても、今年はクリスマスだというのに気分が盛り上がらなかったとか、正月らしくない気持ちのまま何となく新年が始まってしまったといった記述を見ることが多い。みんな、なんとなく鬱々とした気分を抱えているように思える。

あなたは、今年のクリスマスを楽しめましたか? もうすぐやってくる新年にわくわくしますか?

現代は「うつの時代」だとマスコミはいっているけれど、この世の中を覆っている、いわく言い難い不自由さというか窮屈感はどこからきているのだろう。
なんだか生きづらい。
誰もが心のどこかで時代の閉塞感を感じているのではないだろうか。
毎年、自殺者は交通事故死者の3倍を上回り、餓死者は平成17年で77人もいたという。2週間に3人の割合で餓死しているということだ。しかも、餓死者の数は、95年以降急激に増えているのだという。94年までは20人程度だったのが、95年に61人となり、2005年までに867人が餓死しているという厚労省の統計がある。

つまり、ほぼ時期を同じくして自殺者も餓死者も急増しているというわけだ。
これは異常な事態ではないのか?
鬱々とした気分のままにそんなことを考えているときに行きあたったのが「新自由主義」という言葉だ。

市場原理に基づき、福祉などの社会保障を切り捨てるこの考え方は、何事もアメリカに追従する自民党政権(中曽根政権あたりから)によって導入され、小泉純一郎によって日本全国に影響をおよぼすまでになった。結果、自己責任という看板を掲げた格差社会(貧乏なのはお前が悪いからだ)と規制緩和による地方の疲弊、中小・零細企業の破綻がもたらされた。

ということは、いま現在多くの人が感じている(もちろん私もふくめて)閉塞感、生きづらさの原因は、新自由主義にあるのではないか。
私がうつ病になった原因まで新自由主義に求めようとは思わない。
けれども、社会がここまでギスギスしたものになった原因は、あきらかに新自由主義にあると思う。

これからはノンポリだなどとはいっていられない。誰もが政治に向き合わなければならない時期が来ている。
私はそのなかで、これからは新自由主義とその信奉者たちを糾弾していこうと思う。
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関連タグ : うつ病, 自殺, 新自由主義,

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