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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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米下院は約75兆円にのぼる緊急経済安定化法案を否決した。この影響を受けてニューヨーク株式市場は777ドルもの史上最悪の下げを記録した。
バブルで大儲けした銀行や証券会社をなんで庶民が払った血税で救ってやらなければならないのかという、国民からしてみれば至極まっとうな気持ちが下院の決断に反映された形だ。
公的資金をふんだんに注入して金融関係企業を救ってきた日本から見れば、なんと潔い判断をしたものよと思わずにいられない。

しかし、世界経済からしてみれば実に迷惑な話で、ニューヨーク株式市場の株価暴落は世界の市場に悪影響を及ぼさずにおかない。日本でもドルの信用が下がれば必然的に円高となり、そうなれば自動車、電気機器メーカーなど輸出関連企業の業績が悪化し、今年度後半の業績予想は下方修正を余儀なくされる恐れがある。
さらに、世界の金融システムに対する信用が揺らげば株式市場全体が沈み込み、銀行が保有する大量の株式の価値が下がる。日本の銀行が受ける影響も甚大だ。もちろん株式が大幅下落すれば個人投資家にも影響をおよぼさずにおかない。

さあ、大変だ。下手すりゃ、ほんとに世界恐慌だ。

この事態を受けて、日本の政局は10月3日の衆院解散が濃厚になっていたが、それどころではなくなった。
政府与党は30日午前、幹事長・国対委員長会談を開き、幹事長の細田博之が補正予算成立に向けた協力を要請、公明党の幹事長、北側一雄もこれを了承した。
会談後、自民党幹部は「国際金融危機を受け、何もしないで衆院解散という状況ではない。民主党が主張する衆院2日、参院2日という予算審議日程を信用するしかない」と語り、補正予算案成立に強い意欲を示した。細田氏も30日午前の記者会見で経済情勢について「一刻の猶予も許されない。党利党略的な議論で、いつ解散したらわが党が有利だとかを考えるべきではない」と語った。(産経新聞)

国内のことだけを考えていれば、いつ解散総選挙が行われるのか、政権交替は実現するのかということばかりに目が行ってしまうが、今は世界の経済情勢が「そんなことをしている場合か」とストップをかけている状況である。
政府与党としてはせめて補正予算だけでも形をつけておかなければとなったのだろうけれど、昨日の麻生太郎の所信表明を聞いている限りではどうも心許ないというのが正直な気持ちだ。
麻生はまるでケンカを売るようにして民主党に呼びかけていたが、要求ばかりが目立って肝心の政府が具体的に何をどうやって実現していくかということはほとんど明確にできなかった。

おそらく麻生のスカスカの頭の中には民主党と対決することばかりがあって、自分が総理として国政をどう運営していくのか国民に示すという考えはなかったのだろう。
こんなやつがトップにいたのでは、明日以降の審議がまともに行われるのか心配になってくるが、とにもかくにも世界情勢は政治的な空白を作ることを許さない情勢になる。
日本国民としてはなんとも悩ましい状況になってしまったわけだが、ここは政権交代よりも世界恐慌を避けることを第一に考えなければならない。
今のところその世界経済の行方は不透明だが、ひとまずここは状況の行方を見守るしかない。国民にとってはまるで宿便がたまって切ない思いが続くようなものだが、麻生内閣なんかにこの状況を乗り切る力があるのかと気を揉みながらも少しの間は世界情勢とにらめっこしながら様子を見るしかないだろう。

それでも麻生の舵取りいかんによっては急転直下、事態が動き出すことも十分あり得るだろうけどね。

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関連タグ : 麻生太郎, 補正予算, 衆院解散, 金融不安,

中山辞任
今日の朝刊各紙では日経を除いて朝毎読の各紙が中山成彬の辞任問題を取り上げている。
朝日と毎日が大臣としての資質を欠く中山の暴言を非難し、中山を任命した麻生太郎の責任は重いとしているのに対して、読売の社説だけは少しばかり論調が違っている。

以下は読売の社説からの抜粋だ。
> 中山氏は、成田空港整備の遅れについて、「ごね得というか、戦後教育が悪かった。公のためにはある程度自分を犠牲にしてでも、というのがなくて、自分さえよければという風潮の中で、空港拡張もできなかった」と述べた。

 一般的に、中山氏の言うような「風潮」は、なくはないだろう。成田空港の場合、反対派の運動がこれまで、安全で十分な発着能力をもつ空港を整備するという「公共の利益」を損ねてきたことも、また、否定できない。

(中略)

中山氏は、大分県教育委員会の汚職事件に関して、「日教組の子どもは成績が悪くても先生になる。だから大分県の学力は低い」「私が全国学力テストを提唱したのも、日教組の強いところは学力が低いと思ったからだ。だから学力テストを実施する役目は終わったと思う」と語った。

 中山氏は「国旗・国歌も教えない」「道徳教育に反対している」などとして日教組を批判した。的を射ている点もあるとしても、教育にかかわる問題は、国交相の所管外のことだろう。<

おいおいおい。
読売は成田空港建設のときの国が取った横暴なやり方に対して地元民が取った抵抗をどう見ているのだ。
これでは中山成彬と同様、腹の中では地元民の「ごね得」があったと認めているようなものではないか。

さらに日教組の問題に対しても、中山の暴論が「的を射ている点もある」と肯定している。読売の右傾化には目に余るものがあるが、今日の社説が取っているスタンスは中山批判に形を借りた右翼礼賛と言われても仕方あるまい。

成田三里塚の地元民は、この読売の社説に対して抗議をすべきではないのか。
日教組は、読売の新聞社としての偏りぶりに対して異を唱えるべきではないか。

読売は27日の記事で自社が行った国民の意識調査の結果を報じているが、それによると、今の自分を「幸福だ」と感じている他人は88%に上り、「不幸だ」という人は10%にとどまることがわかったという。この結果から読売は、「現状を肯定的に受け止める日本人の幸福観が浮かび上がった」としている。

冗談じゃないぜ、まったく。

何が幸福か不幸か、それは人それぞれの価値観によって異なる問題だろうに、読売は十把一絡げに国民の9割近くが現状に満足し、幸福と感じているというのだ。
しかし現実の国民の暮らしを見れば、「幸福」などほど遠いというのが実際なのではないか。物価高ひとつを見ても暮らしづらいし、給与が上がらない、雇用の不安がある、社会保障がどんどん削られている、将来に対する不安が強いというのが多くの国民の実感なのではないか。
どこをどう捻れば「現状を肯定的に受け止める日本人の幸福観が浮かび上がった」などという世迷い言に近い結論が出てくるのだ。

この結論を見て喜ぶのは政府自民党と財界の人間くらいだろう。
読売はこれらの広報紙になりはてている。
中山成彬を批判するかに見せかけておき、腹の底ではよくぞ言ったという本音が丸見えで、しかも政府と財界を喜ばせる記事作りに余念がない。

このような新聞が部数日本一を誇っているとはどういうことなのか。
国民の大多数が読売によって都合よく洗脳され、来る総選挙ではこぞって自民党に投票するような事態にだけはなってほしくないものだ。


中山成彬
2004年年の第2次小泉改造内閣で文部科学大臣として初入閣し、様々な教育改革を提案した中山成彬としては、国交相などというポストはどーでもよかったのだろう。
それよりも、かつて慰安婦問題で調査を行い、南京大虐殺は存在しないというレポートを出した「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」会長として、今の教育のあり方に一言言いたかったのだろう、善意に解釈してやれば。

それにしても中山の言い分は支離滅裂とも言っていいほどひどいもので、日教組と学力調査の結果との因果関係はなにも見られなかったというのに、「日教組の強いところは学力が低い」などと言っていた。「大分県の学力は低い」という文言は、差別発言とも解釈できる内容だ。
さらに「日教組は教育のガン」「日教組をぶっ壊すために私が頭になる」という発言になると、これは単に教育のあり方について考えを述べているのではなく、中山は日教組に対して私怨を持っているとしか思えない。
卒業式で君が代を歌うのを拒否したり、日の丸掲揚に反対したりする日教組職員が、右翼としての心情を刺激し、憎くて仕方ないというところだろうか。
たとえそうだとしても公の席でのこうした発言は、己の頭の悪さを露骨に示すばかりの効果しかなかったと言うべきだろう。

右翼って、こういうバカしかいないのかね。

従軍慰安婦問題については、軍による強制はなかったと主張し、南京大虐殺についてもその事実はなかったといい続ける「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」は、中山が会長を務め、事務局長が安倍晋三、会員には中川昭一や山本一太、自殺した松岡利勝らが名前を連ねている。要するに自民の極右政治家がたむろする集団で、中山はそのボスというわけだ。

中山はさらに文科相時代は新自由主義的教育改革の導入を主張したことでも知られる。文科相就任当時の時事通信は次のように伝えている。

中山成彬文部科学相は4日、大臣就任のあいさつのため訪れた地元の宮崎県庁で記者会見し「学校の中では競争してはいけないと言われ、(社会に)出ると競争、競争では、ギャップについて行けない」と語り、教育現場への競争原理導入が必要だと強調した。具体的には「学力テストの結果を公表するようにして、各校で競い合う」などの方策が考えられるとしている。また、「先生にも自分の資質や技術を問い直し、緊張感を持ってもらうのはいいことだ」として、教員免許の更新制度導入を「前向きに考えて行きたい」と述べた。(2004年10月4日)<

子ども同士がライバルで、しのぎを削って行ってこそ国力がつくという考え方は、つまるところ新自由主義社会で勝ち組になる人間を作ることが目標だ。教育を多様化し、差別選別教育をすすめ、激しい競争に耐えられるようにしてエリートに対する憧れをもつようにすべきという教育理念をもつ中山にとって、なるほど日教組は許し難い仇のようなものだったかもしれない。
なにしろ日教組は「ゆとり教育」を推し進め、学校では「競争をタブー」とした教育方針をとってきた団体なのだから。

私は日教組的な「ゆとり教育」や過度に競争を廃した学校運営(運動会でもみんな同着にするとか)には賛成しかねるが、だからといって学校が新自由主義者養成所のようになるのはもっと嫌だ。
中山のようなねじ曲がった右翼に大切な子どもの教育を任せた時期があると思うと今さらながらにぞっとする。そして中山に文科相を任命したのがコイズミだったことを思い出すと、あらためてコイズミという男は日本を根底からひっくりかえそうとしていたのだと痛感する。

同じ極右政治家として、麻生太郎はごく自然に中山成彬をチョイスしたのだろうが、今回の中山の暴走に対して少なくとも麻生は罷免するなり更迭するなりのリーダーシップを見せることができなかった。麻生内閣にとっては中山の辞任そのものよりも、麻生がまったく決然たる態度を見せられなかったことの方がダメージが大きかったのではないだろうか。

関連タグ : 中山成彬, 右翼, 日教組, 新自由主義, ゆとり教育,

小泉純一郎が突然引退したことを受けて、今日の全国主要三紙の社説はそれぞれ小泉政権総括する形となっている。
それにしても思うのは、小泉政権が残したものは国民生活をぶち壊し、格差の拡大、社会保障の切り捨てで今もなお続く「痛み」を残したのが最大の「負の遺産」であるのに、そのことを正面切って非難する姿勢が三紙ともほとんどないということだ。
これには少々呆れてしまった。

いちばんひどいのは日経新聞で、これは株屋の新聞なのだから新自由主義的立場から小泉政権を評価するのはもっともなことだともいえるだろう。

社説ではまず「政権を5年5カ月維持し、旧来の財政依存型の景気対策を封印し、不良債権処理を着実に進めて日本経済の再生を図った功績は大きい」と評価し、誕生した麻生政権が景気対策最優先を掲げてコイズミ路線の転換を図ろうとしていることに一抹の寂しさを感じさせている。
そしてコイズミの政治手法は型破りだった、郵政総選挙で自民党を圧勝させた手法はコイズミ政治のハイライトだったと懐かしみ、コイズミが竹中と組んで改革を推し進め、金融を正常化したことを高く評価している。

マイナス点をつけているのは靖国神社参拝で日韓関係を悪化させたこと、そして引退にあたって次男を後継者に指名したのがコイズミらしくないということだ。

総じて日経はコイズミ劇場が日本に大きな改革をもたらし、その方向性は政権が変わっても維持したまま推し進めることが経済成長につながるという論調だ。
やっぱり株屋さんはこれだけ社会が疲弊していても、新自由主義にしがみついていなければ納まらないということだ。

次いでひどいのは読売新聞。
読売はこれから「構造改革後」が問われているとして、一応はコイズミが行った郵政民営化や道路公団の民営化の評価が定まるにはまだ時間を要するとしている。
しかし「自民党をぶっ壊す」「聖域なき構造改革」のスローガンによって自民党が8割を超す驚異的支持率を得たことを書くのは忘れない。そしてやはり金融機関の不良債権処理を果たしたことを評価し、郵政総選挙では「刺客」を立てるポピュリズム的政治手法は政治をエンターテインメント化する弊害をもたらしたとしながらも、外交面ではイラクへの陸自派遣が歴史的政治決断だったとし、PKO以外で初めての陸自の海外派遣は日本の国際平和協力活動に新たな地平を切り開いたと絶賛している。

さすがは右派の読売新聞。面目躍如だ。

さらに北朝鮮外交では金正日に日本人拉致を認めさせ、近隣国の国家犯罪を白日の下にさらし、日本人の安全保障観をただす契機にしたと礼賛する。

これらの外交的成果に比べれば、新自由主義的経済政策が拝金主義の風潮を生んだことや社会保障制度や税制改革の問題が今の社会に重くのしかかっていることなど小さい問題だと言いたげである。
読売は麻生太郎が集団的自衛権を容認し、憲法改正を進めるのを待ち焦がれているのだろう。
コイズミが靖国神社を参拝し続けて日中関係が悪化したことにも触れているが、この新聞が構造改革を否定するものでなく、今後も日本の右傾化を望んでいることは明らかだ。

最後に、もっともリベラルな立場にあるはずの朝日新聞だが、ここでも「小泉氏引退―あの熱狂はすでに遠く」と、妙に小泉時代を懐かしむタイトルをつけている。
そしてコイズミが行った一連のポピュリズム的手法が新しい政治スタイルで国民を熱狂させたと礼賛し、イラクへの自衛隊派遣問題では「自衛隊が活動する地域は非戦闘地域だ」とか自身の年金にまつわる問題では「人生いろいろ」と言を左右に言い逃れたことを「小泉氏一流の突破力」だったと讃えている。
冷ややかにコイズミを見つめていた国民からすれば、あれほど国民を舐めきった態度はなかったと、今でもハラワタが煮えくりかえる思いがするのだが。

朝日はさらに、バブル崩壊後の低迷時、有効打を打てない自民政権のなかで政治の有り様を変えたのがコイズミだったと、またも礼賛している。コイズミ改革は多くの劇薬をふくみ、社会に負の遺産も残したとしながら、コイズミがやり残した課題は次の政権が引き継がねばならないとしている。
これって、改革をさらに推し進めろということだよな。

結局三紙とも小泉政権が何だったのか、国民に何をもたらしたのかを冷静に客観的に総括するというよりも、コイズミという男がいかに型破りな政治家だったかを懐かしみ、彼が敷いた改革という路線、対外的には集団的自衛権容認そして憲法改正という右傾化路線を煽る形になってしまっている。

いいのか、大新聞がこんなことを書いていて。
これではまったく国民が感じている不安や痛みから発した目線が欠けているではないか。
そうした目線から見れば、コイズミという男が行った政治は悪夢のようなものであり、負の遺産しか残さなかったというしかない。
小泉政権総括するならば、そうした視点が欠かせないはずなのに、主要三紙はまったくその点を軽視している。

こんな社説では、政治家たちは何も反省することがなく、さらに改革を進めていけば間違いはないと思うだろう。
なんだかんだ言ってもいまだに新聞が持つ言論の重みはばかにならないのだ。

今日の社説では毎日新聞だけが小泉引退を取り上げなかった。
その代わり、中山国交相の失言問題と麻生太郎の集団的自衛権についての発言を取り上げていた。
これは一つの見識だと思うが、小泉政権総括はいずれじっくりとやってもらいたいものだ。
正しい総括をしたうえで、われわれは新政権を選ぶ必要がある。

関連タグ : 小泉政権, 総括, 朝日, 読売, 日経, 社説,

小泉純一郎が突然、政界を引退することを表明したニュースはマスコミに驚きをもたらしたようで、昨日の「報道ステーション」では、冒頭から繰り返し小泉事務所前から自動車に乗り込んだ小泉を追いかけたカメラが、記者たちの「引退は本当ですか」という質問に無言で頷く様子を映し出していた。
古舘伊知郎は例によってバカの一つ覚えの台詞である「この日本に難問が山積している時期に」というフレーズをこの日も得意気に使って小泉引退の意味について語ろうとしていた。
この日のゲストは時事通信の田崎史郎だったが、古館の陰気くさい質問に「結局、後継者を指名するために引退するという、昔ながらの政治家の手法をとったにすぎず、がっかりした」といった旨の言葉を返していた。

TBSの「ニュース23」でも小泉引退をトップに報道していたが、その扱いは意外にあっさりしたものだった。そして後藤謙次が、「何の総括もなく勝手に辞めていく。これは形が違った投げ出しに他ならない」と切り捨てていた。

ニュースでは自民党議員たちの言葉として「驚きはあるが、小泉氏はすでに終わった人だから」という冷めた見方もあることを報じていたのが印象に残る。

突然の引退表明をしたのには、たしかに驚きはあったが、つまるところ小泉の退場劇が意味するものは以上の事柄で語り尽くされているのではなかろうか。
つまり、小泉純一郎という男は竹中平蔵と組んで構造改革を断行し、その結果として大手企業や金融界には大きな恩を売ったが、その一方で肝心の国民生活を完膚無きまでにたたき壊した。そして今、社会では打撃を被った国民生活の立て直しが急務となっており、小泉政権がもたらした改革の見直しに迫られている。その時期に張本人の小泉が引退したということは、自ら取った政策を何ら総括することなく投げ出したことに他ならない。

さらに、世襲政治家の劣化が指摘されているなかで、やはり自らも自分の息子を後継者と指名して麻生新政権が発足したその日に引退を表明した。国民としてはまたしても世襲政治家がひとり増えることにげんなりするほかない。今後、小泉進次郎がどんな政治家になるかはわからないが、親譲りの新自由主義者であることは間違いなく、親から受け継いだ支持基盤をもとにカイカクを訴えていくことは想像に難くない。
新自由主義者であり、世襲政治家となる小泉進次郎については、これから厳しい目でその言動をチェックしていかなければならないだろう。

国民にとってはさしたる驚きも、影響もない小泉引退だったが、自民党にいる小泉チルドレンたちにとっては青天の霹靂だったろう。
ただでさえ、次の総選挙では総崩れが予想されるうえ、拠り所を失った彼らにはもはや単なる失業者になるしか道は残されていない。看板を失ったチルドレンどもなどに、だれが見向きなどするものか。彼らには新自由主義の冷たく厳しい社会に出て、身を切られるような辛い思いをしてもらいたいものだ。もしかしたら、少しはそこで学習して、まともな感覚を持った人間になれるかもしれない(無理だと思うが)。

財界には大きな味方だった小泉の引退を惜しむ声が強いが、次の選挙で政権が代わり、社民主義政治が行われるようになった暁には、これまで好き勝手に日本の富を貪り、格差社会を築くことに汲々としてきた御手洗以下の不届き者どもに痛烈な一撃を食らわせてやりたい。

念願の総理総裁になり、ますます口がひんまがってしまった麻生太郎の卑しいプライドを粉砕する必要もある。
今度の総選挙では、なんとしても民主党に勝たせて自公を政権の座から蹴落としてやらなければならないと、あらためて思う次第である。

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実に忌々しいことに、私の親類縁者の中にも創価学会員がいる。
日頃から学会を非難し、池田大作は金正日のようなものだと憎まれ口を叩いている私に彼らは近づこうとしないが、それは幸いなことである。
それでも先月亡くなった義母は姪からの頼みで聖教新聞を購読しており、その契約は義母が亡くなっても今年いっぱい契約が続いているとか言うことで今もわが家のポストに毎朝届けられている。犬の散歩があるために家でいちばん早く起きる私は新聞を取り出す係になっているのだが、私がとっている新聞と一緒に入っている聖教新聞を、私はいつも二本指でつまんで取り出している。

もうひとつ忌々しいのは、聖教新聞をとっているということで選挙が近くなると必ず、近所にいる学会員がわが家を訪れることである。
いつもニコニコして訪れるその主婦は、困ったことに道を2本挟んだ向い側にある家の人で、これまた犬の散歩をしている私はしょっちゅうその主婦と顔を合わせ挨拶をする。べつに私だってご近所さんと顔を合わせれば挨拶するくらいの常識はもっているのだが、学会員のその主婦は、聖教新聞を購読しているのは私だと思い込んでいる節があり、選挙はよろしくとやってくるときは必ず私を呼び出すのである。
私としても、義母が存命の時でさえ年寄りを相手にさせるのもなんだと思うから仕方なく出て行って「はあ、はあ、分かりました」と相づちだけ打ってドアを閉めるのだが、腹の中では次の訪問先に向かっていく後ろ姿に塩を投げつけてやりたい思いでいる。

「私たちの生活を必ずよくしてくれる党ですから、どうぞよろしく」

その主婦は、ときには公明党の町会議員まで伴ってきてはそう言って頭を下げるのだが、ジョーダンじゃねえや、と私は心の中で言い返すのが常だ。

公明党は昨日、党大会を開いて太田昭宏を代表に再選した。
今日の毎日新聞の社説では「太田公明党 明快な説明と行動を求めたい」と題する一文を載せているが、これを読んでもこの党が国民生活を大切に考えてきたといいながら、その実、そのときどきの世論に合わせて主張をコロコロ変えてきただけであることがよく分かる。

毎日の社説では公明党に対して3つの注文をつけている。
第一は衆院解散・総選挙を直前に控えた臨時国会に臨む姿勢として、今日本が抱えている諸問題、景気対策の柱となる補正予算、米国初の金融危機への対応、食の安全問題、年金改竄問題などに対する具体的方針を示すべきだという点。
太田昭宏は大会あいさつで「政局ではなく生活こそが大事だ」と語り、その後の記者会見では「現在の経済状況を受け、総合経済対策をまとめたのでやらなければならない」と補正予算の必要性を強調したのだから、臨時国会ではぜひとも公明党のプランを明らかにしてもらいたいものだ。
しかし福田政権末期で公明党は一期かぎりの定額減税を主張したが、よもやこれがメインではあるまいな。

すでに言われているように、公明党の言う定額減税では景気対策としての効果が薄いだけでなく、その財源をどうするのかという問題が明らかになっていない。この定額減税の話を聞いて、あの地域振興券を思い浮かべた人は多いと思うが、公明党の考える生活第一の対策とはいつもその場限りで効果が薄い。1世帯あたり2万円分だかの商品券をばらまいたのと同じように、こんどは減税という名のバラマキをやってお茶を濁そうというのであれば笑止である。

毎日新聞が第二に求めているのは最近の行動に対する明快な説明だ。
福田康夫とはアジア政策などで一致していたのにもかかわらず、政権末期には「福田降ろし」に走ったのはなぜか。
公明党が最重要視している都議選の日程から逆算して総選挙の時期を考えると、福田康夫には一刻も早く退陣してもらいたかったのだとすれば、結局、公明党はまず選挙ありきの「党益」中心の行動をしたと受け止められても仕方ない。この点について公明党はどう説明できるのか。太田昭宏にはぜひとも説明してもらいたいものだ。

毎日はさらにインド洋での給油活動継続問題への対応も不可解だったと書いている。1月には新テロ特措法を衆院再可決する自民党に同調したが、今回は同法を延長する改正案に賛同しながら再可決には反対していた。太田昭宏は「特措法は延長すべきだ」と述べたが、公明党の対応のブレに対する説明はしていない。
これなども、つまるところは公明党がその時々の政局と世論の流れに合わせて主張を都合よく変えている証だと思うが、どうなのだろうか。アメリカの戦争に協力するのに賛成なのか反対なのか、はっきりしてもらいたいものだ。

そして第三は総選挙後の行動についてだ。
毎日は書いている。

>民主党が勝った場合に同党と連立する可能性を示唆する幹部の発言もある。「世論志向政党」と指摘する声も聞こえる。政局に臨機応変に対応することも必要だろう。しかし、次の総選挙は公明党にとっては自民党との9年間の連立が問われる選挙でもあるのだ。<

自民党が勝てば今まで通り連立を維持するが、もし民主党が勝った場合には民主党と連立するというのではあまりに都合がよくないか。悩ましいのは民主党自身もまた公明党との連立に否定的でないところがある点だが、自公政権として公明党がこの9年間にやってきたことを思えば、良識ある国民(もちろん創価学会以外のだ)は民公連立など決して許さないだろう。
日頃から学会と公明党については忌々しく思っている私は、もしそんなことがあれば公明党と民主党を徹底的に批判するつもりだ。

公明党とはつまるところ、学会員の目を欺くために場当たり的に金をばらまき、政策的には権力の座から降りないための選択をするだけの政党なのではないか。
日本という国を率いて行くにはあまりにもお粗末で、自己都合ばかりの、政党とは言えない政党。
私はそう思ってこの党を見ている。

もう少しすると、またご近所さんのあの主婦がわが家を訪ねてくるだろう。そのときには一つ尋ねてみたいものだ。
「公明党は、国民が幸福になることと池田大作が幸福になることと、どちらを優先している党なのでしょうね」
もちろん、私はそんなことを聞きはしない。
どうしてって、答えはすでに分かっているからだ。

関連タグ : 公明党, 創価学会, 政策, 世論,

麻生太郎
大方の予想通り、何の波乱もなく自民党総裁選は麻生太郎を第23代総裁に選出した。
麻生の得票数は国会議員票と地方票を合わせて351票(有効投票数525)だった。ちなみに他の4候補の得票数は、与謝野馨が66票、小池百合子が46票、石原伸晃が37票、石破茂が25票だった。

麻生は挨拶の壇上に立ち、挨拶で「新総裁に選ばれたのには天命を感じる」と述べ、さらに「真の意味での天命を果たすのは総選挙で民主党に勝った時だ」と気炎を上げた。

これで目出度く自民党の茶番も幕引きとなったわけだが、麻生に言われるまでもなく国民が本当に注目しているのは解散総選挙となったときに政権の行方がどうなるかということだ。
麻生も馬鹿ではあるまい。ご祝儀相場で自民党支持率が上がるとしても、今の逆風下ではそれほどの効果は期待できないと踏んでいるに違いない。
だとすれば衆議院を解散するにもタイミングを見計らうことだろうが、批判的な麻生ウオッチャーからすれば、この男が遠からずまた失言をすることにより、解散の時期は望むと望まざるとにかかわらず早まるだろうと思われる。

そこで今日は、麻生内閣誕生を記念し、また一刻も早く解散総選挙となることを祈念して、これまでの麻生太郎の問題発言・失言をまとめておくことにする。

「下々のみなさん」

衆議院選挙に初出馬した1979年の演説で登壇して開口一番、支援者に対して。このころから麻生太郎には選民意識が強かったことがうかがわれる。

「創氏改名は朝鮮人が望んだ」「日本はハングル普及に貢献した」

2003年5月31日、東京大学学園祭においての発言。麻生は日本統治時代の朝鮮・台湾に対しては肯定的側面もあったとしている。

「新宿のホームレスも警察が補導して新宿区役所が経営している収容所に入れたら、『ここは飯がまずい』と言って出て行く。豊かな時代なんだって。ホームレスも糖尿病という時代ですから」

2003年10月20日のホームレスについての発言。当然ながら、差別的であるとして各地の日雇い労働者および野宿者支援組織などから抗議を受けたが、麻生は発言撤回をしていない。

「一文化、一文明、一民族、一言語の国は日本のほかにはない」

総務大臣在任中の2005年10月15日、この日に開館した九州国立博物館の開館記念式典での来賓祝辞で。

「シャロン首相の容態が極めて悪く、会議途中でそのままお葬式になると意味がないので延期ということになった」

2006年1月9日、福岡県飯塚市で開いた集会で、シドニーで予定されていた日米豪閣僚級安全保障対話が延期されたことに関連して。イスラエルのシャロン首相が脳梗塞で倒れたことを受けて発言したもので、当然ながら配慮を欠くと非難された。

「金正日に感謝しないといけないな」

2006年7月8日に広島市内で行なった講演で、北朝鮮がミサイルを撃ち、主要国が重大な関心を持ったことについて。

「隣の国が持つとなった時に、一つの考え方としていろいろな議論をしておくことは大事だ」

2006年10月、中川昭一自民党政調会会長が核武装も選択肢として考えておくべきだと発言したのを受けて。日本は自由な発言ができる国だとして語ったものだが、核容認論は許されるべきではないはずだ。

「7万8000円と1万6000円はどちらが高いか。アルツハイマーの人でもわかる」

2007年7月19日、富山県高岡市内で講演会において、国内外の米価を比較する例えとして発言。野党からの反発はもちろん、与党からも参院選に悪影響がおよぶと懸念され、塩崎恭久内閣官房長官からも「適格性を欠く」と批判された。翌7月20日に謝罪した上、撤回。

「酒は『きちがい水』だとか何とか皆言うもんだから、勢いとかいろんなことありますよ」

2007年7月20日、アルツハイマー発言の翌日に鳥取県倉吉市での演説で。連日の失言である。麻生とは、懲りない男なのだ。

「日本の農産物に付加価値がついた」「(日本の)農産物、高いけど、うまい、きれい、加えて安全、3つきたんじゃないの? 農協は中国に感謝しないといけない。ものすごく付加価値がついた」

2008年2月、中国製ギョーザによる中毒問題に関連し熊本市での講演で。こういう短絡思考の男が国を率いていくかと思うとゾッとする。

「ナチス・ドイツも『1回(政権運営を)やらせろ』と言ってああなったこともある」

2008年8月4日、福田改造内閣組閣後に江田五月参議院議長と会談した際、民主党を批判した上でナチスに例える発言を行い、民主党関係者から猛抗議を受けた。

「(認証式のために)陛下の日程をあけておけ」

2008年9月、首相でもない麻生が宮内庁に指示を出した。

「岡崎の豪雨は1時間に140ミリだった。安城や岡崎だったからいいけど、名古屋で同じことが起きたら、この辺全部洪水よ」

2008年9月14日、JR名古屋駅前での自民党総裁選候補としての街頭演説の中で、前月に岡崎市など愛知県内で3人の死者を出した平成20年8月末豪雨に関して発言。麻生がその場限りの人気取りに懸命な男で、被害に遭った人々に対する思いやりに欠ける男だということを端的に示した。
これに対し岡崎・安城の両市と岡崎市議会は麻生側に抗議文を郵送。同17日、麻生側は「不用意な発言で不快な思いをさせたことをお詫びし、復旧について出来る限りのことをする。」との趣旨の謝罪文を、岡崎・安城の両市に送付した。お詫びは人任せの麻生太郎。

「あんな部落出身者を日本の総理にはできないわなぁ」

2003年9月21日、引退前の最後の自民党総務会で野中広務が最後の発言として、麻生による上の発言を非難した。講談社刊『野中広務 差別と権力』に記載。これに対して麻生はこの発言をなかったものと否定している。野中広務はいまだに麻生を許していない。

この他、麻生太郎は公明党と太いパイプを持つことで知られる。また、統一教会との関係では勝共推進議員の一人であり、国際勝共連合から送り込まれた一人の統一教会(世界基督教統一神霊協会)信者を秘書として受け入れ、1988年の勝共推進議員教育報告書や1988年の統一教会総支部活動報告書にも名前を連ね、統一教会支部結成貢献ランクは「B」と評価されていた、などと一部メディアにおいて報道されたが、本人は週刊誌の取材に対し、統一教会との関係を全面否定している。

また、麻生の実家である麻生財閥は麻生炭坑で韓国人徴用者を強制労働させて財を築いたがこれについて頭の麻生は「戦争前の話はよく知らないが、そういう資料が残っていれば提供する」と話している。

どうせ短命内閣で終わるだろうが、たとえ短期間にせよこんな男に率いられるかと思うと、私は軽い目眩を覚えるのである。

ノータリンの農水大臣・太田誠一が事実上更迭されたものの、食の安全と国民の健康に関わる重大な問題は国民の頭上に放り出されたままである。
中国製毒入りギョーザの問題は未解決だし、残留農薬メタミドホスにダイオキシンの毒性もしのぐというカビ毒アフラトキシンに汚染された毒入り米が食用に転売されていた事件は留まるところを知らない様相を見せている。
さらに、今度は再び中国発の毒入り食品が日本にも流通していたことが明らかになった。

こんどの有害物質はメラミンで、これを材料に混ぜるとタンパク質の量が多く見せかけられることから水で薄めた牛乳にこの物質を混ぜて中国の食品メーカーが乳児用粉ミルクとして販売していた。
ところがメラミンは人体に入ると結石を起こしやすく、このミルクを飲んでいた乳児が腎臓結石を起こし、死者まで出してしまった。

もともとメラミン入りの食品が問題になったのは、昨年、アメリカやカナダで中国産の原料を使ったドッグフードを食べた犬たちが、やはり腎臓結石を起こして死亡するという事件が相次いで起きたのが発端だった。総合栄養食として販売されているドッグフードには良質のタンパク質が多くふくまれていることになっているが、中国産の原料にはタンパク質を多く見せかけるために粗悪な小麦グルテンにメラミンを混入させていた。これを「プレミアムフード」などと偽って販売し、結果として2000頭以上の犬、猫も2000頭近くが命を落としてしまった。

愛犬家・愛猫家の間では、この事件によってちょっとしたパニックが起きたものだったが、昨年の段階ではまだ対岸の火事としてドッグフードメーカーや輸入会社は「日本で販売しているフードにはメラミンはふくまれていません」とアナウンスすることにやっきだった。

それが今年になって、やはり中国で、今度は人間が口にするものにメラミンが混入されて死者を出した。乳幼児を抱える中国の国民は今まさにパニックを起こしている。
今回のメラミン入り粉ミルクは安価な商品として、多くの一般庶民が購入して被害に遭っており、富裕層は高価だけれども本物のミルクを使って作られた製品を使っていたために被害がないというのがなんとも腹立たしい。

しかし対岸に向けた腹立たしさを、今度は日本国内に向けなければならなくなってしまった。
丸大食品(大阪府高槻市)は20日、同社の「抹茶あずきミルクまん」など菓子や総菜の5商品に、有害物質メラミンが混入している恐れがあるとして、商品の自主回収を始めたと発表した。同社はメラミン混入の牛乳を製造し、中国国内で死者まで出した現地の大手乳製品メーカー「伊利集団」から牛乳を購入、商品に使っていたことが分かったためだ。

事故米流通でも感じたことだが、焼酎を自主回収したアサヒビールにしろ、今回の丸大食品にしろ、利益を上げるために品質も価格も最低限の原料を使用していたためにこのような事態になったのではないかという疑念は深まるばかりだ。事故米を転売した悪徳業者どももそうだが、今は被害者面をしているメーカーも、結局のところ利益を上げることが何よりも重要とする新自由主義によって毒されていたとしか思えない。
事故米の場合は流通ルートに中間業者がいくつも介在し、彼らもまた儲けのことしか考えずに商売に励んだから、結果として残留農薬や猛毒のアフラトキシンに汚染された米が、和菓子の材料などでは高級米のような値段で売りさばかれていたというから慄然とする。
中国では金持ちは毒入りミルクを飲まずにすんだかもしれないが、日本の場合は誰が、いつ、どこで毒入り食品を口にしているか分からないところが恐ろしい。

花束を贈られ、拍手を受けながら農水省を後にした太田誠一は在任中、毒入り米から作られた焼酎には毒入りギョーザにふくまれる有毒成分の60万分の1しかふくまれていないから人体には影響がないと断言していた。
けれども、たとえ60万分の1にせよ、毒は毒に変わりないのだ。毒入りギョーザの60万分の1の毒が入った焼酎を飲み、有毒米が混じった握り飯を食べ、メラミン入りのミルクまんをデザートにしていたら、人間の体はどうなってしまうのだろう。
メーカーは問題のある商品を自主回収して責任を取ったようなポーズを見せるが、本当のところ、他の商品がどれだけ安心なのかわかったものではない。

さらに小中学校では給食に毒入り米を使ったオムレツや卵焼きが出されていたことも分かった。給食などはどこも材料費をギリギリに切り詰めているだろうから、安い価格で流通していた毒入り米はもっと長期にわたって使われてきたことだろう。

それもこれも事故米を悪徳業者に買い取らせ、遣りたい放題にさせてきた農水省にいちばんの責任がある。
今、日本では農水省の主導による壮大な人体実験が行われていると言っていいだろう。
微量にせよ、有害物質を数種類、長期にわたって摂取することによって国民の健康にはどんな影響が出るのか。
必要ならば文科省と厚労省も協力して貴重なデータを取ればいい。

国民の食と安全を守るべき為政者が責任を放棄したこの国で、人々の生活と健康がこれからどうなっていくのか。社会保障を削れるだけ削ろうとしているこの国がどうなるのか。

壮大でバカげた実験の場に、われわれは立ち会わされているのである。

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太田農水相
昨日19日、農水相の太田誠一がようやく辞任した。

これを受けて、一応今も首相ということになっている福田康夫は記者団から農水相の任命責任を問われたが、
「私はすべてに責任を持っている」と認めたものの、「行政府を監督するのは首相ではないか」と重ねて問われると、お得意の人ごと発言が飛び出した。
「末端まで全部(監督するのか)? 大変だな、総理大臣も」

責任ある首相の座を放り出して半月以上、もはや福田康夫にはやる気など微塵もないし責任感も希薄なのだろうが、それにしてもこの無責任な物言いをして平気な男を総理大臣に頂いている日本国民は本当に不幸せだ。

不幸せだといえば、国民の不安と怒りをよそにけじめをつける形で辞任した太田誠一は、農水省職員から花束を贈られてだらしなく顔をにやけさせて自動車に乗り、去っていった。
国民を愚弄する発言をし、事務所費問題では真実を明らかにせず、事故米転売問題が浮上してからは常に後手に回る対応を取った挙げ句、「人体への影響は少ないからじたばた騒がない」と改めて頭の中が空っぽであることを証明してみせたこの男を大事な農政のトップに頂いていたこともまた、国民にとっては大きな不幸だったという他ないだろう。

太田誠一は「事故米の流通先がおおむね判明したことや、再発防止の骨子もまとまったので、一つの節目と考えた」ことを辞任の動機として語ったが、流通先が「おおむね判明」しただけで十分だといえるのか。国民からすればすべてもらさず判明させなければ、到底安心することはできないだろう。
さらに、再発防止策もできたというが、その防止策にどれだけ実効性があるかも疑問である。

農水省がまとめた再発防止策とは、
1.輸入時に食品衛生上の問題が見つかった汚染米は輸出国に返送または焼却する。
2.厳密なマニュアルを作成して抜き打ち検査を実施する。
3.省内の業務分担で販売と検査を分離する。
4.米関連商品の原料原産地表示システムを確立する。
5.省内外の人事交流で職員の能力を向上させる。
の5項目だ。

しかし、汚染米が見つかったとしてそれを輸出国に返送したり焼却処分するのにかかる費用は誰が負担するのか。農水省がこれらをすべてやるならばいいが、実際には輸入業務を商社が委託して行っている。余計な負担が増えれば、商社は輸入業務を嫌うだろう。さらに汚染米を工業用に売却することが禁止されれば、商社は輸入業務に手を出さなくなる恐れもある。そうなったときにミニマムアクセスはどう実行されるのか。
せっかく作成した再発防止策にも、まだ問題が残っている。

今回は農水大臣と農水省事務次官が辞任することになって、一連の騒動にはひとつの節目をつけた格好にはなったが、農水省が事故米の流通先として発表した業者にとっては問題解決どころではない。
太田誠一などは、どうせあと5日で内閣が総辞職になるのだし、今辞任しようが対して痛みを感じないだろうが、風評被害に戦々恐々としている和菓子業界などはこれからが大変だ。
高級素材と信じて購入した材料が、元を正せば有毒な汚染米で、転売を重ねるうちにいつの間にか国産の高級品として売られるようになったという事実には、怒りのやり場がないだろう。
こうした責任はいったい、誰が取るというのだ。
太田誠一

今回の事故米転売事件は、もちろん三笠フーズをはじめ、事故米と知りながら食用として転売して金儲けを企んだ業者がもっとも責められるべきだろうが、長年にわたって監督する立場にありながら不正を見逃し、のみならず事故米を買い取ってくれるお得意として三笠フーズらを利用してきた農水省も共犯として責められるべきである。
自民党政権が任命してきた農水大臣は、昨年の松岡利勝やバンソウコウの赤城徳彦、遠藤武彦と、最低ランクの人材ばかりだったが、太田誠一辞任した後は町村信孝が兼任することになった。

いくら解散総選挙を控えているからといっても、いかにもその場しのぎの人事であり、今国民が直面している食の大問題にまじめに取り組もうという姿勢が感じられない。自民党にしてみれば、鬼門でもある農水大臣をいまさらやろうという人間がいないのかもしれないが、無責任きわまる話である。
農水大臣を兼任することになった町村信孝は、今回の太田誠一の辞任を太田個人の責任問題とし自民党が関わってきた農政に責任はないような口ぶりを見せているが、自民党の無能・無責任ぶりを忘れるわけにはいかない。

総選挙では絶対に、自民党を粉砕し、大敗北に追いやらなければならない。利権談合集団でしかない自民党は責任のなすりあいで空中分解を起こし、バラバラになることだろう。

今からその日が楽しみだ。

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野中広務
クソ面白くもない自民党総裁選は、どうやら麻生太郎で決まりの出来レースが公然化しているようだが、今日の毎日新聞には元自民党幹事長の野中広務のインタビュー記事が出ている。野中といえば、麻生が「部落出身者では総理大臣にはなれないわなあ」と暴言を吐き、激怒して黙らせたというエピソードが知られている。
この時期、毎日があえて野中にインタビューを行ったというのも、総裁選のニュースを垂れ流しているばかりの他のマスコミと一線を画すところがあってなかなかいい企画だと思う。

インタビューはやはり、麻生太郎について語るところから始まっている。そしてやはり、野中は麻生に対して「(麻生には)人権を踏まえた視点がありますか。華麗な家柄だけど、人を平等に考えない。国家のトップに立つ人として資質に疑問がある」と答えている。
おお、やっぱり野中は麻生をまだ許してないんだ。
言ってくれるじゃん。
人間として麻生という男には欠落したものがあるという見方にはまったく私も共感するし、こんな男に国のリーダーを任す気になれないというのも同感だ。

昨日の、「安城や岡崎だからよかったけど、名古屋だったら大洪水だ」と言って顰蹙を買った失言にも、麻生という男が被害に遭った人々に対する思いやりを持たず、その場だけのウケを狙っている底の浅い男であることがよく現れていた。

ミクシィでは、このことを非難した私に対して、「麻生さんはべつに岡崎に豪雨が降ってよかった、万々歳と言ってるわけじゃない。名古屋だともっと大きな被害になりかねなかったといいたかっただけで、わざわざネガティブに受け取る方が問題だ」と難癖をつけてきた馬鹿な男がいたが、こういう男も麻生と同類で、実際に安城や岡崎で水害にあった人々の気持ちをまったく理解も想像もしていないとしかいえない。
麻生太郎は育ちがいいから下々とかけ離れた神経を持っているのかと思っていたが、必ずしもそうではないということが端なくも分かったのは面白かった。
想像力に欠ける馬鹿な男はどこにでもいるということである。

さらに野中は厳しく言葉を重ねる。
「安倍晋三前首相と福田康夫首相が辞める時、(麻生は)2度とも事前に打ち明けられたのに、善後策も講じないで一番先に自分が手を挙げた。幹事長の職責が分かっていない人だ」

もう全否定に近いね。
麻生よ、お前など総理になる資格はないと野中は公言しているようなものだ。痛快、痛快。

野中は民主との大連立はあるかとの問いに答えて、
「それよりも、与野党とも右傾化する中で、二度と戦争をしない日本をつくる基軸となるような人たちの集まりをつくるチャンスじゃないか。ガラガラポンやった方がいい」と政界再編に期待している。
この点では昨日、小泉純一郎が小池百合子の激励会をやって「『小池首相』になれば世界にも発信できるし、これほど変化が起こったことを示す道はない」と語り、「味方が敵になるかもしれない。敵がやがて味方になるかもしれない」と発言、やはり政界再編をにらんだような言葉を発している。

実際、昨日は民主党と国民新党との合併話が持ち上がるなど、再編に向けた動きは現実化しつつあるようだ。もしそうなれば、今の自民党は瓦解するだろうから国民としては望むところなのだが。

さて、話を野中に戻すと、自民党総裁選について、野中は「できれば麻生よりも与謝野馨に勝たせたい。しかし演説を聴いていると声に迫力がない、健康が心配だ。次の次の首相候補を視野に入れたら、石原君はここで登録しておくべき人間だと感じる」と語っている。
石原については大いに疑問符をつけたいところだが、野中は小池百合子に対しては「時の権力者について上手に泳いできた人に一国を任すことはできないなあ。後ろに小泉(純一郎元首相の)再登板という絵が描かれてるんじゃないか」と語るなど、かなり客観的に見ている。石破茂についても、「石破さんは防衛政策では優れた個性を持っているが、政治家としては全体像が出てこないですね」と一蹴している。

このインタビューは続きがあるそうだから楽しみだが、私は野中広務という政治家を必ずしもすべて支持はしない(破防法適用を強硬に主張、森喜朗首相選出に関わるなど)ものの、今の自民党のなかで彼のような存在がなくなったことがいちばんこの党をダメにしていると思うのである。


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それにしても何とかならないものだろうか。
22日の総裁選まで、あと一週間もの間、われわれはNHKなどをマスコミジャックした自民党につきあわされて指をくわえているしかないのだろうか。

こうしている間にも、国内では事故米というより毒入り米事件がどこまで広がっていくのか不透明な状態にあり、これは三笠フーズをはじめとする悪徳業者と農水省とが結託して起こした悪事だというのに、マスコミは利益追求に走った業者による不正という単純な構図でしか伝えようとしていない。
ことは官民癒着の上に起きた事件で、国民全体の食の安全を脅かしているというのに、だ。

さらに北朝鮮では金正日が倒れ、どの程度まで回復するか見込みがつかめない状態が続いている。場合によってはこれまでの対北朝鮮関係が大きく変更を迫られる恐れもある。拉致問題をふくめ、北の脅威の問題がどのように進んでいくのか、日本にとっては重要な外交問題であるはずなのだが、リーダー不在の政府はなんら積極的な動きを見せていない。

そして昨日は米大手投資銀行のリーマン・ブラザーズが経営破綻した。これによって米国経済が大きな打撃を被ることは当然のことながら、それが世界経済に与える影響が懸念されている。ことに外貨をドル建てで保有している日本はいかほどの経済的ダメージを受けることになるのか。
ことによれば世界規模の経済恐慌が起きる可能性があるという一大事が起きているというのに、政府・日銀の反応は固有資本に厚みがあることから楽観的で、今後も成り行きを注視していくという消極的な反応しか見せていない。

大丈夫なのか? これで。
自民党が総裁選などという御祭騒ぎに明け暮れているから、危機感が欠如しているのではないか。

もし、5人の候補者の中にほんとうに日本の将来を心配するものがいるのならば空虚な祭りなど即刻中止して総裁(もう麻生で決まってるんだろが)を決めてしまい、諸問題に対する緊急対策を打ち出していかなければならないはずだ。
しかし彼ら5人の中にはもちろん将来の日本のビジョンを明確に持っている者などいるはずもなく、したがっていたずらに時を費やして政治的空白を続けるばかりだ。

リーマン・ブラザーズが破綻し、米国経済が行き詰まるということは、これまで彼らが推し進めてきた実体経済によらず株式や金融で金を動かすことで利ざやを稼ぐというやり方、つまり新自由主義的手法が行き詰まりを見せたということに他ならない。今までのやり方は失敗であり、市場原理を重視する新自由主義は間違っていたのだ。だとすれば、これまでアメリカに追従して経済政策を取ってきた日本も修正しなければならないはずなのに、外貨処理一つをとっても日本が何をしたいのかははっきりせず、まるで立ち往生しているかのように見える。新自由主義は駆逐すべきものと思っている私は万歳を叫びたいところだが、事態はそれどころではなさそうだ。

ドルの価値が限りなく下がり、景気が後退するのは目に見えているのだから、このままでは世界的なスタグフレーションが進む可能性が強い。そうなればいちばん最初に打撃を被るのは経済弱者である庶民ということになる。今でさえ十分すぎるほど生活は厳しいというのに、今後さらに景気が悪くなり金の価値が下がるとなれば、国民生活はいったいどうなるのか。
この9月末から10月にかけて、われわれの行く手には悪魔が大きな口を開けて待ち構えているのかもしれない。その先にあるのは何かなど、私には恐ろしくて考えたくもない。

世界的に見て新自由主義が誤りだったのがはっきりした以上、これまでさんざん新自由主義的改革を推し進めてきた自民党政治もまた間違っていたことになる。世界経済とともに日本経済も危機を迎えようとしている時に、自民党総裁選に立っている者たちが訴えている政策では乗り切れるはずがない。
今いちばん求められるのは野党が結束して経済対策を打ち出し、国民が受けようとしている打撃を少しでも和らげる政策をとることである。
そのためにも茶番の総裁選はすぐにも止めて自民党は内閣を解散し、総選挙を一刻も早く実施しなければならない。そして今度こそ、野党が政権を取って社会民主主義的な政府を作る。
今の日本には、あと一週間も遊んでいる余裕はない。

焦りにも似た、切実な願いを持っているのは決して私一人ではないはずだ。

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事故米
昨日のエントリでは事故米を買って商品を作ってしまった酒造メーカーが、商品回収や売れなくなった在庫の管理、さらには酒を廃棄するにも莫大な費用がかかることで頭を抱えていることを書いた。
「杜氏が心を込めてつくった酒を棄てることは忍びなく、悲しい」
その言葉には真情がこもっていた。

しかしながら、消費者として彼らを見ると、三笠フーズに騙されて大損したことに同情していていいのかという気持ちになってくる。

昨日のエントリに対して、塩爺さんという方からコメントを戴いたので、ここに再掲する。

>私は居酒屋をしております。
過去に数多くの 焼酎蔵を見学に行ったこともあります。その中で 直接 造り手さんとも話をさせていただきました。

私も 同じ意見です。
毒性が検出されようが されよまいが、そんな事より、焼酎の品質に問題が なかったのか、とても気になる所です。
どう解釈しても、品質より利益を重視したとしか思えないのが、率直な私の意見です。<

昨日私が呈した疑問は、「それじゃ、われわれはこれまでどんな酒を飲まされてきたのか?」ということだ。
日本酒にしろ焼酎にしろ、その原材料は水、米(焼酎の場合は芋など各種原料)、麹という、いたってシンプルなもので作られている。
それだけに品質のいいもの、最低でも安心して飲める酒を造るにはこれら原材料の品質が保証されていなければならない。かび臭い水からいい酒が出来るはずがないのだし、雑菌の混じった麹からいい酒は出来ない。同じように、品質の劣化した米からも決していい酒は出来ないはずなのだ。いわんや、カビが混入した米などから酒を造ろうなどとは、良心的な造り酒屋ならば考えもしないだろう。

昔、日本酒が一級、二級と等級で区別されていた時代には、「三増酒」とよばれる品質の悪い酒が多く出回っていた。それらがなぜ三増酒と呼ばれるかといえば、酒の量を増すためにアルコールを添加するのだが、それだけでは味が辛くて飲みづらくなってしまうので、糖分や香料を添加して飲むに耐えるようにしたからだ。今ではあまり三増酒のことは聞かなくなったが、なくなったわけではない。ごくごく安く売られている酒はこの三増酒で、原材料の表示を見れば「米、醸造用アルコール」と並んで「糖類」という項目があるはずだ。

今、舌の肥えた酒に「やかましい」消費者は、自ら好んで三増酒を飲もうとは思わないだろう。わざわざ好んで糖類を添加した酒を飲まなくても、安くて安心して飲める、それでいてかなり美味いと思わせる酒があるからだ。(もちろん、そういう酒は吟醸酒や純米酒ではなく「アル添酒」と呼ばれる醸造用アルコールを加えたものだが、アル添酒自体は悪いものではない。私には「アル添酒」の方が飲みやすいと思うことが少なくない)

さて、こうした「やかましい」消費者に対して、事故米を買わされて自家商品を回収したり廃棄するはめになった酒造メーカーは、酒造りに対してどういう信念を持って取り組んでいたのだろうか。
一連の事実から推測すると、私には、できるかぎり安い原材料を仕入れて製品を作り、利益を上げることが第一だったのではないかと思われてならない。
ほんらいならば美味い酒、いい酒を造って提供するからこそ、杜氏も誇りを持てたはずなのだが、今回の事件で被害にあったメーカーは、ほんとうに誇りを持って仕事をしてきたといえるのか。

焼酎の場合は蒸留という工程が入るため、少々原材料となる米の品質が悪かろうと味に影響が出るものではないのかもしれない。
しかし、そういう考え方があったからこそ、今回のような事故米をつかまされるはめになったのではないか。
たしかに消費者は高くても美味い酒ならばどんどん買うとは限らない。できれば安くても美味い酒を飲みたいという者が多いだろう。メーカーとしても、売り上げと原材料費とのバランスにはいちばん気を遣うだろうから、できるだけ安くていい材料を仕入れて酒を造りたいはずだ。
けれども、それが許されるのはあくまでも「安心して飲める酒」を作る範囲内に限られる。今回のような事故米をつかまされても気づかなかったメーカーは、普段からそうとう品質的に問題のあるような安い米を原料に使っていたのではないか。
とにかく安い原材料で酒を造り、利益を上げようとして商売してきた結果が、今回の被害に結びついたのではないか。

だとしたら、こうしたメーカーは「杜氏が心を込めて作った」酒に対する誇りとは対極にある、安い材料でいかに味を誤魔化して消費者に売りつけるかという算段が第一にあったわけで、その結果、もしかすると有毒物質が入った商品を消費者に飲ませ続けてきたかもしれないのである。
そうなると、彼らメーカーは被害者どころか加害者の一味に加わることになるのではないか。
塩爺さんが書いたように、品質よりも利益を重視した挙げ句、品質に問題のある酒を売り続けてきた。
酒造メーカーは、被害を嘆くよりもまず、消費者に対して申し開きをし、必要がある場合には徹底的に謝罪するべきではないか。

酒飲みの一人として、今回の事件はこのまま捨て置くことは到底出来ないのである。

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今回の事故米転売事件で、業界ごと大きな被害を受けているのが焼酎業界だろう。
問題の三笠フーズから汚染米を仕入れて酒を造っていたメーカーはもちろんのことだが、それ以外のメーカーも「焼酎はあぶない」というイメージが先に立ち、消費者が買い控えることが予想される。
その損害を考えると、関係者は頭が痛むだけでは住まないだろう。

今日の西日本新聞では、商品を自主回収した酒造メーカーの苦悩を伝えている。回収にかかる費用はもちろんのことだが、在庫として残った日本酒や焼酎の処理にも莫大な金がかかるというのだ。
たとえば美少年酒造(熊本県)の場合、8月中に出荷した日本酒約3万本の自主回収を始め、工場にも約38万本分の在庫が保管されている。しかし回収した酒を処理するには、酒税法に基づいて密売を防ぐための処理をしなければならない。

>同社によると、廃棄する場合は、事前に国税局に申告し、製品に塩を入れて飲めなくする「不可飲処置」を施すことが必要で、税金がかけられている酒が密売されないようにする目的がある。処置が終了すると、廃棄物処理業者に委託して、廃棄するが、緒方伸太郎副社長は「ものすごい額になるだろう」とため息をつく。保管の費用もかさむばかりだ。

>光酒造(福岡県粕屋町)も1月以降に出荷した米焼酎など約5万本の自主回収を行っているが、処理についてはまだ決めておらず、光安直樹社長は「バイオ燃料として再利用できないかも検討している」という。

メーカーにとっては金がかかることも頭が痛いが、それ以上に「杜氏が心を込めて作った酒を捨てることは忍びなく、悲しい」。

それは本心だろう。
酒好きの一人として、私も心が痛む。

ただ、私はここで素朴な疑問を呈しておく。
これらの酒造メーカーでは、これまで原料米にそれほど神経を使ってこなかったのだろうか。もちろん事故米を買わされたのは卸業者に騙されたからに違いないが、そもそもそうした米は普通の米よりも相場でいえばずっと安かっただろう。
これらの酒造メーカーはこうした安くて限りなく品質にこだわりをもたない米を買い付けて、酒を作っていたのだろうか。

以前、私は酒蔵を訪ねたことがある。
その蔵は、規模は小さいけれども江戸時代から続く酒蔵で、先代の跡を継いだ若社長が自ら杜氏として酒造りに加わり、今までにないふくよかな香りと柔らかい味わいを持つ日本酒を作り上げて全国的な話題となった。
その杜氏でもある若社長が言っていた言葉を思い出す。

「いい酒を作るには水、米、そして酵母が大切なのです」

昔からいい水が湧き出る土地といい米が取れる土地ではいい酒が作られてきた。水でいえば京都の宮水は有名だし、米でいえば新潟などの米所が銘酒の産地としても知られている。
酒造りに使われる米は酒造米といって、一般のうるち米とはまったく違うものだが、酒蔵では狙った味の酒を作るために米の選別を行い、これに磨きを掛けて芯に近い部分だけを原料にする。

要するに、品質のいい米を使わなければいい酒などできないのである。

「酒というのは非常に単純な素材で作る。それだけに繊細で、出来上がるまでは神経を使わなければならないのです」

磨き上げた米を蒸して、これに蔵酵母をふりかけ麹を作る。これを製麹(せいきく)という。麹室で厳密に温度と湿度を管理しながら酵母を繁殖させる。そうして出来上がった麹に水を加えて発酵させる。

ごくごく簡単に工程を説明すれば以上のようになるが、これは焼酎の場合もそれほど違わないはずだ。(もちろん、焼酎の場合はこれに蒸留という大きな工程が加わるのだが)

だとすると、大切な原料米にごく安い米を使い、それがために事故米を買わされていた酒造メーカーが作っていた酒とはどんなものだったのか。調べてみると、焼酎には日本米よりも輸入米(インディカ米)が適しているということだから、日本米よりは安い米が使われていたことは想像がつく。
それにしても、事故米を仕入れたメーカーはどこかでおかしいと思わなかったのだろうか。

幸か不幸か、私は焼酎が苦手なのであまり飲まないが、それでも今回の事件で名前が挙がったいくつかの銘柄は口にしたことがあるし、美少年酒造の酒はたしかに呑んだことがある。辛口の、悪い酒ではなかったと思う。
しかし、これらのメーカーが酒の命ともいえる米の仕入れでこのような泥をかぶってしまったのには、酒造メーカーとしてどこかに手落ちがあったのではないか。
素朴な疑問が残る。
今、もっとも痛い思いをしているだろうメーカーを責める気にはまだなれないが、これは一消費者として持たざるを得ない疑問でもある。

はたしてわれわれは、これまでどんな酒を飲まされていたのか。

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ほんとうならば、つまりテレビ・新聞がまともな神経を持ち本来あるべき正義を追求する姿勢を忘れずにいたのならば、今日のいちばんのニュースは太田誠一の発言になるべきだったのではないか。

太田は昨日、日本BS放送の番組収録で今回の事故米転売事件について、「人体に影響がないことは自信をもって申し上げられる。だからあんまりじたばた騒いでいない」という見解を述べた。
さらに、焼酎については蒸留する家庭で有害成分が除かれるので有毒性はほとんどない。あったとしても中国毒入りギョーザの場合の60万分の1で、人体に影響がないことは自信を持って言えると続けた。

われわれ消費者の感覚からすれば、「事故米」という名の毒入り米が食用に使われていたという事実、そしてどうやらその流通ルートには農水省がグルになって関わっていたということが大問題なのである。
しかし太田誠一には事の重大さがまったくわかっておらず、原料に毒が入っていたとしても焼酎ならば蒸留するから問題はないという。そして、さらに許せないのは問題の情報を中途半端に公開すると今回の事件で損害を受けた酒造メーカーから農水省が訴えられるかもしれないから情報公開ができない旨の発言をしていることだ。
太田誠一は、国民の食の安全を守る立場にありながら、健康を害する恐れがある消費者と同様に有害成分をふくむ食品を販売しているメーカーも守らなければならない、それは農水省が訴えられたら困るからだと言っている。

太田誠一は愚鈍な男だと見限ってはいたが、ここまで消費者を軽視しているバカ男が農水省のトップに居座っていることを思うと、体から力が抜けていくような思いがする。

そして何よりも、こうした許せない、農水相としてはあるまじき発言をした男のことをテレビも新聞もさして大きく扱おうとせず、相変わらずくだらない自民党5人衆のさえずりに時間とスペースを気前よく提供している事実に唖然とする。
今日の「きまぐれな日々」ではNHKが自民党総裁選関連の番組を垂れ流し、それに抗議した視聴者に対してどうどうと「あれは自民党のコマーシャルですよ」と返答したという驚くべき事実を伝えている。
国民の健康が脅かされる事件が起きている非常時だというのに、マスコミはNHKをはじめとして自民党のコマーシャルを流すことに懸命で、太田の問題発言などなかったかのように隠蔽しようとしている。私は陰謀論は嫌いだが、これは明らかに事故米問題がマイナスポイントにはたらく自民党が意図的にマスコミ操作をしているように思えてならない。そして暗澹たる思いに浸らざるを得ない。

社民党の福島瑞穂は昨日、農水省に対して事故米問題を徹底的に追求するようもとめていたが、民主党は、国民新党は共産党は何をやっているのか。今のテレビ・新聞を見ていたのではそうした情報はほとんど伝わってこない。

政府がまともに機能しているのなら、農水省の太田誠一はすぐにも更迭すべきである。そして国民の健康を脅かす大事件を引き起こした三笠フーズの冬木三男をはじめ、農水省の官僚を証人喚問すべきである。
しかし、国のトップだった福田康夫が役職を放り出し、政権与党の自民党が御祭騒ぎに熱を上げている今では期待のしようもない。

国民は健康被害に怯えつつ、食の不安を抱えつつ、自民党の総裁が誰になるかを待たなければならないのか。

まったくバカげた異常事態に、今の日本は曝されていると言えるだろう。

あまりに腹立たしいが、ジャーナリストの中にも同じ思いをしている人々がいるということを以下に示しておきたい。
日本ジャーナリスト会議の「<JCJ緊急アピール>メディアは自民党総裁選の集中豪雨的報道を自粛せよ!」だ。

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世の中、金がすべてじゃないよ。

私は今でもある意味そう思って暮らしているが、今の世の中ではそんな考えは甘っちょろい戯言だと見なされる。そして私自身も、しばしば「金がないのは首がないのと同じ」という思いに挫けそうになる。
人間だれしも霞を食べて生きているわけじゃなし、金を稼いでものを買って腹を膨らませなければ死んでしまうのだ。
それは当たり前のことなのだけれど、それでもなお、金がすべてになってしまったかの観がある今の社会に対して、これでいいのかという思いを捨てることができない。
なぜかといえば、金がすべてと考える社会が、あまりに余裕がなく冷たい、したがって人にとってはすこぶる生きづらい社会だからである。

なぜ、こんなにまで金、カネとそれがあたかも命よりも大切なものでもあるかのように考えられるようになってしまったのだろう。

今、日本社会の食の安全を揺るがしている、相次ぐ偽装問題。
この問題を遡れば、どこまで行き着くことになるのか。思い返してみると、それは2001年9月に国内で初のBSE感染牛が確認されたときあたりにあるのではないかと思う。
日本でもBSEに感染した牛が見つかった。そのこと自体は偽装事件とは関係なかったが、食に対する不安感はこれをきっかけに一気に高まったといえる。
02年1月には雪印食品の牛肉偽装が発覚。はじめて食品偽装問題が大きく取り上げられた。このとき、雪印食品はオーストラリア産の牛肉を詰め替えて国産牛と偽り、農水省がBSE感染の疑いがある国産牛肉を買い取ることを悪用して安い輸入牛肉との価格差をまるまる利益としたのだった。
この悪事が冷凍倉庫業者の告発によって明るみに出て問題となり、結局、雪印食品は解散を余儀なくされた。

牛肉偽装事件はその後も日本食品や日本ハムでも発覚し、日本人はまずここで牛肉業者に対する信用をなくした。
01年から02年にかけては、ハンナンも農水省の食肉買い取り事業を悪用して助成金約50億円をだまし取る事件も発覚している。

雪印食品、ハンナンに共通しているのは、国内でBSE感染牛が確認されたことを利用して金儲けをしようとする剥き出しの拝金主義だった。ことにハンナンの浅田暁被告はハンナングループを統括する立場を利用して利益を独占してきたことが分かり、大きく非難された。

しかし今から思えばこれはまだマシな方だったのだ。彼らはただカネを設けるために不正を働くだけだったのだから。

その後、2007年6月に発覚したミートホープの牛肉偽装事件は、牛肉の加工食品に鶏や豚などを混入させたり、外国産牛肉を混ぜたものを国産牛挽肉と偽ることで、消費者の口に入る肉そのものの品質までも信用できないものとさせた。ミートホープでは98年頃から田中社長の指示のもとに牛ミンチの偽装をはじめ、02年には牛脂に豚脂を混ぜて牛脂と偽装、国産と表示した牛スライスにはオーストラリア産など外国牛肉を混入、04年には発色が悪い豚挽肉に牛の心臓を混ぜて売っていた。ミートホープは原材料を偽装するだけでなく、賞味期限切れの冷凍コロッケを安く買い取って再包装し、賞味期限を偽装して販売していた。

金儲けのためならば商品の品質など問わない経営者が、ここに告発されたのである。

07年には香川県丸亀市内の精肉店がオーストラリア産牛肉を国産と偽って学校給食に納入していたことが発覚。牛肉から始まった食品偽装問題は、まるで伝染病のように広がっていく。

07年8月には石屋製菓が、北海道を代表する土産菓子「白い恋人」の賞味期限を改竄していたことが発覚。同年10月にはお伊勢名物として知られる「赤福」が34年間にわたって賞味期限を不正表示してきたことが分かって問題となった。
また、同じ月には秋田名物の比内地鶏を扱っていた食肉加工製造会社「比内地鶏」が、別の鶏肉や卵の燻製を地元の「比内地鶏」と偽って出荷していたことが発覚した。ことに燻製には卵を産みにくくなった「廃鶏」と呼ばれる雌鳥の肉を使っていたことも分かった。

07年は1年を象徴する文字として「偽」が選ばれたが、国民はまだまだ食品偽装問題に振り回されなければならなかった。

08年6月には中国産うなぎを国産として出荷していた水産卸会社の魚秀と新港魚類が摘発された。
また同月、岐阜県では食肉卸業者「丸明」が他県産や等級の低い牛肉をブランド和牛の「飛騨牛」として販売していたことが分かった。
さらにその一月前には老舗料亭として知られる「船場吉兆」が、客の食べ残していた料理を使い回していた事実が発覚。吉兆はそれまでにも賞味期限切れの菓子を百貨店で販売するなどして07年10月からたびたび問題を起こしてきた。08年5月の「使い回し事件」ではとうとう老舗としての信用失墜に耐えきれず、「のれんの上にあぐらをかいてきた」と記者会見して廃業することになった。

わずか10年にも満たない間に、これほども食品に関わる偽装が行われ、不正な利益を上げてきた経営者たちが社会の糾弾を浴びてきた。彼らがそれぞれ口にしてきたのは、「現場の担当者が一存で行ってきたこと」という言い逃れであったり、「経営が厳しくなったのでしかたなくやった」という言い訳であったりしたが、結局のところ、共通しているのは消費者を騙してでも金儲けをしてやろうという拝金主義だった。
今世間を騒がせている三笠フーズによる事故米転売も、またその後明らかになった愛知県の「浅井」と「太田産業」による転売も、自分たちの利益のためには消費者の健康などどうでもいいという身勝手で短絡的な考えから行われた悪事である。

「食」は人間の健康に直接結びつく重要なものなのに、それを扱う者たちがその責任を忘れ、利益獲得に走るようになったのはなぜなのか。
単に悪人が食品業に携わっていたから、一連の事件が起きたということではないだろう。
日本人全体が金儲けに夢中になり、金儲けこそいいことだという価値観を持ち、金儲けができない者は負け組になるという観念を知らぬ間に植えつけられてきた結果としてこのような事態が起きたと考えるのが妥当だろう。

そして、このような拝金主義をかくも醜くはびこらせたのは、自民党政治が誘導してきた新自由主義社会に他ならない。

今、総裁選に立候補している5人の候補者は口々に景気回復を謳い、弱者に優しい社会の実現を訴えている。
しかし、日本の景気を悪化させ、社会に格差をつくって固定させ、弱者に厳しい社会を実現して毎年3万人超の自殺者を生み出すようにしてきた張本人が彼らであることを忘れてはならないのだ。
麻生が言う景気回復は真っ赤な嘘だし、小池や石原が叫んでいる改革による改善も大嘘だ。与謝野が訴える財政政策も結局は国民に痛みを要求するものでしかない。石破が唱える防衛論議は国民を死に追いやる政策だ。

日本人を醜い拝金主義の集団と化し、勝ち組と負け組に色分けしてきた自民党政治は、誰が担当することになっても間違っているのだ。

金は大事だよ。
だけど、やっぱり金だけがすべてじゃないよ。
私はこれからもそう思い続けたい。
それは間違ったことではないと思える社会に、日本が立ち返ることを祈りたい。

そのためには、政権を自民党から引き剥がすしかないと思う。

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冬木三男

すでに「食のテロ」などという言葉も見られるほど、三笠フーズによる事故米の転売事件が影響を拡大させている。

ほんらいならば工業用のノリなどにしか使ってはならないはずの農薬やカビで汚染された米が、こともあろうに食用と偽造して酒造メーカーや菓子メーカーに出荷されていたのである。
それと知らずに商品を作ったメーカーは、原料米に有毒物が混入していた恐れがあるとしてやむなく商品を自主回収せざるを得なくなった。

すでに鹿児島県の西酒造は代表的銘柄の「薩摩宝山」約30万本を回収しているほか、喜界島酒造(鹿児島県)、光酒造(福岡県)、抜群酒造(熊本県)、六調子酒造(同)、美少年酒造(同)が原料に事故米を使用していた可能性があると発表している。さらに今日になってアサヒビールも三笠フーズから仕入れた原料米を使っていたとして芋焼酎「かのか」や「さつま司」など9銘柄約65万本を回収すると発表した。

しかし、いくら商品が回収されたとしても、焼酎業界の今後の売り上げが大きく落ち込むことはさけられないだろう。

それは当然だ。
われわれ消費者はこのところ嫌と言うほど食品偽装に騙されてきたのだから。

売り手がいくら「安心です」「間違いありません」と太鼓判を押して見せたところで、おいそれとは信用できなくなっている。
事故米転売に限って言えば、たとえ今年作られた酒が汚染されている可能性があるとして回収されたとしても、去年以前に作られたものはどうなのかという疑問が残る。
実際、三笠フーズ冬木三男社長は事故米を食用米として転売する不正を5~6年前から行っていたと答えている。
単純に考えても、5~6年前から販売されていた米原料の製品はアヤシイということになる。
三笠フーズの米

さて、世の中では福田康夫が総理大臣の座を放り出してしまって以降、つぎの総裁は誰になるかという話題一色になっている観があるが、実はあたりまえのことながら、現内閣の閣僚たちは今も大臣職を務めているのである。

その証拠に、9日には舛添要一が年金記録の改竄に、社保庁職員が関わっていたことを認める発表をしているし、今日11日は法務大臣の保岡興治が死刑囚3人の刑執行を「粛々と」行った。

それでは国民の食の安全がかくも脅かされているこのときに、責任者の農水相太田誠一は何をやっているのか。
9月9日の時事通信によれば、閣議後の記者会見で太田誠一は「日本の食品は安全であるという国内外の評価があると思うが、それを損なう出来事で衝撃を受けている」と述べ、遺憾の意を表明。また、転売は農水省との売買契約に違反するとして、同社に違約金を請求する方針を明らかにした。 
太田誠一

中国製毒入りギョーザのように被害者はまだ出ていないとはいうものの、これだけ広範囲に影響が及び、国民の安全が脅威に曝されているというのに、三笠フーズはけしからんとして違約金を請求するだけか。
農水省三笠フーズを刑事告発する準備を進めているというが、それだけか。

すでに指摘されているが、農水省は1年も前から三笠フーズが事故米を転売している情報を知っていた。それなのに何ら手を打ってこなかった。
事故米の加工・流通状況を確認する検査に際しては、日程を業者に事前連絡していた。何十回となく行われた検査では、会社側が差し出す裏帳簿を何の疑いもなく信用して悪事を見逃してきた。
のみならず、農水省は事故米の売却先として住友商事に三笠フーズを紹介するなど便宜を図っていたことも分かっている。
これだけ見れば、三笠フーズが行った悪事は農水省が共犯だったといっても間違いにはならないだろう。

それなのに。

農水省は三笠フーズを告発し、違約金を請求するだけで問題がすむと思っているのだろうか。

今後、この問題が酒や菓子だけにとどまらず、味噌や醤油などにも影響が及ぶ可能性があるというのに、農水省は、その代表である太田誠一は国民に対してまず謝る責任があるのではないか。さらに、もっと重要なことは、三笠フーズが食用として事故米を転売した先をすべて公表する責任があるのではないか。
すくなくとも、国民にとってはこの2点がなによりも優先するはずの事項である。

アホな太田に「やかましい」「潔癖バカ」などと言われる筋合いはない。
太田誠一はすぐにもその間抜け面を国民の前に出し、謝罪をした上で農水相としての責任を取るべきである。

日本国中を食のパニックに陥れかねない事態が出来したというのに、今この国には先頭に立って国民を安心させ、被害を最小限に抑えるべく指示するリーダーがいない。

こんな事態を招いたのは福田康夫であり、自公政権であることを、われわれ国民はゆめゆめ忘れてはならないと思う。

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石原伸晃

石原伸晃小池百合子は昨日、正式に総裁選への出馬を表明した。
これで自民党総裁選の候補者は麻生太郎、与謝野馨に加えて石破茂、石原伸晃小池百合子の5人となった。
前日まで出馬に前向きだった山本一太と棚橋泰文だが、そうそうに山本は脱落。棚橋も結局のところ推薦人が集められずに脱落するだろう。脱落したとして、この2人にとっては総裁選に名をあげるだけが目的のようなものだったのだから、べつに後悔はないだろう。同様に、世間的に見てもこの2人の売名屋が消えたとして何の痛痒も感じないというのが正直な感想だ。

結局、総裁選は麻生太郎と与謝野馨の一騎打ちとなり、決選投票で麻生が総裁に選ばれる、というのが自民党の筋書きなのではないだろうか。一昨日のTBS「ニュース23」では、この2人の出来レースであり、その他は単なる賑やかしでしかないと批判していたが、私もその通りだと思う。

国政の空白に乗じてお祭り騒ぎを演じ、茶番とも言える出来レースを賑やかにするために、あるいは今後のキャリアのために立候補するなど、私としては許し難いものがある。
なかでも許し難いのは石原伸晃小池百合子で、とくに石原伸晃などはほんの数日前、総裁選に立候補に前向きと言われていた段階でインタビューに答え、「候補としていちばん重要視する政策は?」と問われて「やっぱりガソリン価格が高いから、それを何とかすることでしょ」と答えていた。この男は総理になってまず最初にやらなければならないのはガソリン価格を抑えるか、何らかの補助金を出すことだと答えていたのだ。
私は耳を疑ったね。
たしかにガソリン価格の高騰は国民生活を圧迫している大きな問題には違いない。けれども、総理として最重視するもんだいがコレか?

その後、石原は昨日になって正式に出馬を表明し、神妙な顔つきになって「心の通った構造改革を実行する」と述べた。
しかしコイズミと一緒になって血も涙もない構造改革を実行してきたのは他ならぬ石原自身ではないか。石原は小泉内閣で行革担当大臣、国土交通大臣と重用され、道路公団問題などに取り組んだ。続く安倍内閣の党人事でも幹事長代理、政調会長に就任している。いわばコイズミ改革の申し子のような政治家なのだ。
それが何の反省もなく、「心の通った構造改革を実行する」とはよくも言ったものだ。
小池百合子

小池百合子はどうか。
小池百合子は上げ潮派に属し、つまるところは大企業を優遇することで景気を上昇させるという新自由主義者である。会見ではネオリベらしく「キーワードは改革。改革すべきは改革し、守るべきは守る」と語った。女性初の総裁候補ということで、その会見には女性の力を活用し、女性の目線に立った政策を実行していきたいという言葉が踊ったが、小池といえば小泉内閣で環境大臣を務め、郵政総選挙のときにはコイズミが送った刺客として東京10区から立候補、対立候補の小林興起に圧勝している。そして安倍内閣では防衛大臣の座を射止めている。
小池もまた、コイズミの息のかかった構造改革主義者なのである。そして石原と同様、小池もこれまでの構造改革がもたらした弊害に対する反省など一言もなく、総理になったときにはさらなる改革を進めていくと言っているのだ。

石原伸晃と小池百合子。
この2人の違いはといえば、石原がガソリン価格を気にしていることと小池が女性を重視していくというくらいで、反省なき構造改革を実行するという点において違いはまったくない。

いったいなんでこんな2人が同時に立候補する必要などあったというのだ。
だからこそ、今回の自民党総裁選は茶番だというのだろうが、ふざけていると言えばあまりにふざけた立候補で、自民党のダメさ加減がこの2人にはもっとも顕著に現れていると言ってよさそうだ。

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御手洗冨士夫

資本は労働者搾取することによって肥え太ってきた。
『蟹工船』が再び読まれるようになっている現代は、こんな大時代な言葉も古くさくなく聞こえるから背筋がうそ寒くなってくる。

しかし実際、いざなぎ景気を超えたといわれる長期にわたる好景気とやらは、一般国民の生活を一向に豊かにすることなく、企業ばかり――それも大企業や外資ほど多く――が懐を潤してきた。
一方で労働者側はどうだったかというと、非正規雇用の増加によって劣悪な労働条件と不安定で低い賃金で働かされてきた。

これはコイズミ改革以来の自公政権によってもたらされたものであり、その歪みがたまりにたまって現在の社会格差や年間3万人を超す自殺者として現れてきているのである。
こんなこと、あらためて私などが言うまでもないことなのだが、自公政権が揺らぎ、もしかしたら政権交代が実現するかもしれないという今になってもなお、世の中には次の指導者として小泉純一郎の名を挙げる人が多いことに驚かされる。

テレビをつければ小泉と協力して世の中を悪くした張本人の竹中平蔵が頻繁に顔を出し、「まだまだ日本には改革が必要だ」と訴えている。

今、自民党は総裁選を行い、新しいリーダーを選ぼうとしている。そして世間では総裁選後、間をおかずに解散総選挙が行われると見るのが専らとなっている。
年金問題や官僚の天下りの問題、後期高齢者医療制度の問題があれだけ騒がれたのだから、よもやふたたび自民党が勝つなどということはないだろうとは思うのだが、私はどうも安心する気になれずにいる。

ひとつには、すでに述べたようにいまだに世間にはコイズミを待望する人々が多くいるという事実。
もうひとつは日本人特有の忘れっぽさがあるという事実。年金問題や後期高齢者医療制度であれだけ腹を立てたけれど、それは自民党が悪かったからだと思っている人がどれほどいるのか。後期高齢者医療制度が、小泉内閣で採決されたものだということを覚えている人はごく少数だろう。そういう人たちは、今度の自民党総裁選でリーダーが替われば世の中も(多少は)よくなると思っているに違いない。

そしてもうひとつは、自公政権とがっちり手を組み、ときには政治家たちを利用してまんまと美味い汁を吸い取ってきた資本側の総本山、経団連がそう簡単に政権交代を許そうとはしないだろうという点だ。

YOMIURI ONLINEによると、日本経団連は8日、中期的な税制の抜本改革案として、消費税率を2011年度から5%引き上げて10%とするよう政府に要望する方向で最終調整に入った。
経団連はこれまで、07年1月に御手洗冨士夫会長のビジョンという形で、15年までに2段階で消費税率を事実上10%まで引き上げるよう求めていた。しかし最近の試算によって、医療、年金などの社会保障制度を安定的に持続させるためには、消費税率を一気に引き上げ、引き上げ時期も前倒しせざるを得ないと判断した。

消費税増税によって社会保障制度を維持するという考え方は、そのまま与謝野馨の政策に受け入れられるだろうし、本命の麻生太郎が総裁になったとしても財政出動の次は消費税増税として当然のように実施されるだろう。
労働者搾取する側の資本=経団連は、こうしてさらに労働者=消費者から搾り取ることで社会保障を維持しようとしているのだ。そうしなければ社会保障制度を安定的に維持できないと言っているのだ。

しかし、われわれ国民の側から見れば、これだけ生活が追い詰められて余裕がなくなっているときに消費税増税を前倒しにして実施するなどはとんでもない話で、そんなことをすれば日本の景気は一気に冷え込むことは目に見えている。
さらにこれから目指すべき社会民主主義の視点から見れば、社会保障制度は消費税でまかなうのではなく、これまで行われてきた大企業や金持ち優遇の税制を改めることによってまかなうべきと考える。あるいは徹底した無駄の削減も当然ながらこれにふくまれる。
小沢一郎

昨日、小沢一郎の代表三選が決まった民主党は、新たな政権構想を発表した。その概要を見ると総花的とも取れるが、基本は「生活第一」と謳っていた原点に戻った感があるし、安易な増税に頼ろうとしていない点は評価できると思う。
これを経団連はどう受け取っているのか。
同じ日に消費税増税を前倒してまで実施すべしという案を公表し、政府にこれを迫ると宣言したのにはそれなりのメッセージがこめられているだろう。

つまり、資本側は今後も安い税金で利益を確保し、社会保障は労働者から搾り取った金を充てるべしということだ。
昔も今も、資本は労働者搾取することを第一にしているのである。

私は今、社会に必要なのは政権交代と社会民主主義の実現だと考えているが、もうひとつ必要なものとして、これまで骨抜きになってきた労働運動を見直し、資本側に対する労働者の権利を堂々と主張できるような仕組みも作り直す必要があると考えている。

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9月6日のエントリにも追記として書いたが、植草元教授がセクハラにからむ訴訟で発行元の毎日新聞社に勝訴した。
以下は共同通信の記事より。

>週刊誌「サンデー毎日」に「セクハラ癖は業界で有名」などと書かれ、名誉を傷付けられたとして、植草一秀元大学教授(47)が発行元の毎日新聞社に1100万円の賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は8日、33万円の支払いを命じた。大段亨裁判長は「セクハラ癖があるというのは真実」と認定したが、「業界で有名という部分は立証されていない」と指摘した。

これで植草支持者は大喜びしているようだが、まったくおめでたいというしかない。

たしかに植草センセイは訴訟に勝ったかもしれないが、ご本人に歴然としたセクハラ癖があることは裁判所によって認定されたのだ。
痴漢疑惑をかけられれば無罪だと自己弁護し、セクハラ癖について書き立てられれば賠償を求める。
それは個人として当然の反応なのかもしれないが、植草センセイが痴漢に間違われるような行為をしたことは間違いなく、セクハラ癖があることもこれで天下に認められたのだ。

政治経済社会を論じるのに人物高潔でなければならないとは言わないでおく。
しかし人間として尊敬に値しない人物が不当にもてはやされるのを見聞きするのは不愉快でしかない。
邪推をするに、こういう人物が語る「自エンド」などは、たまさか政権が変わったときにも食いつないで行くための方便にすぎないのではないか。
「偽装CHANGE」論の薄っぺらさ、訳の分からない「小さな政府」論。
こんなものでほんとうに明日の日本を語っているつもりなのかね。
たまには悪文の見本のような著書を離れて、分かりやすい言葉で語ってみてはどうなのだろう。
もしそれができるのであれば、の話だが。

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山本一太

思えば、山本一太のような少年は私の小学校時代にも同じクラスにいた。
とくべつ成績がいいわけではない。体育とか音楽の実技になると、無残なほどのウンチ・オンチぶりをさらすくせに、なぜか野球となるとピッチャーをやりたがる奴。
テストの成績はパッとしないのに、学級会になるととにかく発言したがり、指名されると口を尖らせて早口でまくしたてる。で、発言が多い割に筋の通ったことを言っているかと思うとそうではなく、つまりは自分に都合のいい主張だったり先生の覚えが目出度くなるような自己宣伝だったりする。
まあ、私自身目から鼻に抜けるタイプの小学生ではなかったのだから、同級生のそういう奴を細かく観察し、分析していたわけではないけれど。

それでも、なんかあいつは嫌だな。鼻に付く奴だな、と生理的に嫌ってた。
ケンカは弱いくせに口先だけは達者なそいつは、いつもケンカの強い奴と仲良くしていたが、私はケンカが強い奴も嫌いだったし、そういう奴に小判鮫のようにくっついているそいつも嫌いだったから、彼らのグループとはつきあわなかった。

山本一太を見ていると、自分が小学生だった頃を思い出さずにいられなくなる。あの、やかましいだけで実力はからきしだった見かけ倒しの壊れたラジオのような男を思い出す。
奴は今ごろ、どんな親父になっているのだろう。
どんな家庭を築き、子どもたちにどんな教育をしているのだろう。

ああ嫌だ。想像するだけで胸が悪くなりそうだ。

山本一太という男は、顔を見るとまるで一筆書きで書いたような丸書いてチョンの粗雑な顔をしているが、テレビ出演がことのほか好きで、以前から「TVタックル」や「朝まで生テレビ」などによく出演していた。
出演しては、やはり口を尖らせて早口で自説をまくしたて、他にしゃべらせようとしないので、私は見ていて嫌になり、すぐにチャンネルを替えてしまうのだが。

その山本一太が自民党総裁選に立候補した。
ところが気勢を上げてみたものの、立候補に必要な推薦人が集まらずに苦労しているらしい。
それはそうだろう。こんな口先男など、自民党内でも信頼が置けない奴だっただろうし、ネオリベ仲間からも敬遠されているに違いない。同じく人望の薄いくせに総裁選に立候補した棚橋泰文も事情は同じらしく、昨日はテレビで山本とともに出演した折り、「山本氏がまとめた政策はすばらしい」と候補者を一本化するのに向けて話し合ったという。

棚橋が、山本一太の政策のどこに惚れ込んだのかは分からない。
しかし山本一太といえば新自由主義者であることに間違いはないが、これまで一貫した主義主張などなく、そのときどきでいちばん有力な政治家を支持してきたまさに小判鮫のような男である。

たとえば群馬県出身者でありながら、2006年の総裁選では同郷の福田康夫でなく安倍晋三を早くから支持した。
ところが2007年に安倍が辞職すると、こんどは福田康夫を、まだ総裁選挙の政策が発表される前から支持した。
2008年8月発足の第2次福田内閣ではめでたく外務副大臣に就任したが、アフガニスタンでボランティア活動をしていた伊藤和也さんが誘拐・殺害された事件のときには自身のブログで「これから10日間は(理由があって)『頻繁な更新』は出来そうもない」と事件発生をほのめかしながら、被害者の死亡が確認された翌日までの間に11度もブログの更新を行い、「(笑)」「(ニッコリ!)」「(苦笑)」などを連発。さらに、こうしたブログの更新を、外務副大臣室でも頻繁に行っていることを自ら明らかにして大いに顰蹙を買った。またこの事件のときには、外務副大臣という責任ある立場にありながら事件の行方が分からず流動的な状態にあるときにもさっさと帰宅し、自宅でブログを更新したこともあるらしい(トホホ)。

そして今回、福田康夫が総理を辞任すると自分もさっさと外務副大臣のポストを放り出し、総裁選候補の手を挙げたというわけだ。

山本一太という男は、今問題の世襲議員でもあり、ゴリゴリの新自由主義者。その上に定見定まらぬ風見鶏という、政治家としてはあまりにも信用できない男なのである。

棚橋泰文が惚れ込んだという政策はといえば、町村派のために働くことでは一貫しているものの、政策理念が異なる小泉純一郎、安倍晋三、福田康夫それぞれのために走り回った。
外交においては、小泉・安倍時代は親米保守のスタンスを取っていたが、親中的な福田康夫が首相になると外交姿勢もそれに合わせて修正した。
棚橋は、きっと山本の変わり身の見事さに惚れ込んだに違いない。

こんな、政治家としてはおろか人間としても信頼するに足りない男が山本一太という男の正体であり、今の自民党でギャーギャー騒いでいる新自由主義者たちの正体でもあるのだ。
自民党とともに、山本一太にもどこかに消えていってもらいたいと強く願うものである。

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私が昔、小さな写真店でバイトをしていたときのことである。
その店の経営者は、典型的な小売店主で金の勘定しか頭にない男だった。それでも都内の中心部に支店を2つ、3つと増やしていったのだから、やり手の経営者には違いなかった。

頭のてっぺんから出すような甲高い声で、朝から晩まで細々とした仕事を命じ、少しでも気に入らないところがあるとくどくど小言を言い続けた。
客に対するヘコヘコした対応ぶりと、店員への横柄な態度のあまりの対照ぶりに、私たちバイト連中は徹底的に「社長」(彼は自分をそう呼ぶように命じていた)を嫌っていた。

その社長があるとき、支店に監視用のビデオカメラを据え付けた。
客の万引きを防止するためだと説明されたが、私たちバイトには、それがバイトたちの働きぶりを監視するためのものだということがバレバレだった。
なにしろ、カメラは社長がいつも詰めている店舗には置かれず、バイトだけで営業する店舗だけに据えられたのだから。

仕事をさぼっていないか、商品をちょろまかしていないか、レジから金を抜き取ったりしてないか。
一日中ビデオを回して録画し、棚卸しのときにでもおかしいところがあれば社長はそれを再生して犯人捜しをするつもりだったのだろう。

天上から無表情にこちらを向いているカメラを、私たちバイトはしばしば見上げ、憎らしげに悪態をついたものだ。もちろん、表情だけは平静を装っていたけれどね。

今でもあの社長のことを思い出すと、守銭奴野郎という言葉しか浮かんでこない。
橋下徹

大阪府知事の橋下徹が、廃止方針を打ち出している府立国際児童文学館(吹田市)の館内の様子を調べるため、職員に内緒で2日間にわたってビデオ撮影したことを明らかにした。そのうえで、ビデオを見た橋下は、「(来館者を増やす)取り組みは一切感じられなかった」と酷評。子どもたちが漫画ばかり読んでいたとして、「実際は漫画図書館」と不満を現した。

ビデオ撮影は橋下の私設秘書が行ったようだが、隠し撮りをしたことについて橋下は「民間だったら当たり前のリサーチ」だと言い、問題はないとした。

これに対して文学館の北田彰常務理事は「びっくりした。府民サービスを心がけて、いつ誰が来てもきちんと対応している」と困惑気味に話した。6月から書庫などの見学ツアーを始め、50回で延べ約500人が参加したといい「7月の来館者は昨年の4割増、8月は5割増になった」と反論。さらに「『漫画ばかり』と言われるが、70万点の資料のうち14%に過ぎない」と話した。
府は財政再建案で、文学館を来年度中に廃止し、機能を中央図書館(東大阪市)に移す方針を示している。橋下知事は「行政は予算を付けても、執行の管理ができていない。本当にやっているのかチェックするのが僕のやり方」と話し、廃止を検討する他の施設についても府職員らに「隠し撮り」させる方針を示した。(Yahooニュースより)

橋下徹は隠し撮りといっているが、これは職員から見れば職場を盗撮されたようなものだろう。
そのうえ、夏休み期間のこともあって通常以上に忙しく働いていたのに一方的に「来館者を増やす取り組みは一切感じられない」と断定し、文学館ではなく「実際は漫画図書館」だとこき下ろしたのだ。

私はこのニュースを読んで、あの守銭奴野郎の社長をすぐに想起した。
自分の下で働く人間を信用せず、一方的に監視する。
それでもあの社長はまだ、堂々と監視カメラを店内に据え付けることで見張っていることを店員に知らせただけマシだったかもしれない。橋下の場合は手下を使ってこっそりと職員の怠けぶりを暴いてやろうという魂胆が見え見えなだけにさらに悪質だ。
新自由主義者の橋下は「民間だったら当たり前のリサーチ」とうそぶいているが、一般の職場で実際にそういうことが行われているとして、それで成果が上がるのだろうか。あるいは社員の怠慢をみつけて減給したり降格したりといったことが行われているのだろうか。それで社員の士気が上がるのだろうか。

社員からすれば、そんなことをする経営者は掛け値なしの「嫌なヤツ」であり、そんなヤツのために精を出して働こうという気には到底ならないだろうと思う。

府立国際児童文学館の職員がほんとうに普段から怠けていたのかどうかは分からない。
しかし、わずか2日間ばかり、しかもはじめから予断たっぷりの視点で撮影されたビデオを見て「なんの努力の形跡もうかがわれない」と結論を出せるものだろうか。
職員としてはたまったものではないだろう。

橋下徹。やっぱり嫌なヤツ。

こんな男は絶対に上司にしたくない。
石原慎太郎と同様、人を不愉快にする人種の最右翼といえるだろう。

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今や一部左派ブロガーの間でカリスマのごとく持ち上げられ、「偽装CHANGE」だとかいう陰謀論をでっち上げている元大学教授で痴漢容疑を受けた人物。
植草、あんたのことだよ。

この男が、実は新自由主義者だったことが、図らずも自らのブログで明らかになった。

なんでも彼によれば、「小さな政府」には「良い小さな政府」と「悪い小さな政府」があるのだそうだ。
かいつまんで言えば、「良い小さな政府」とは天下り利権など政官の癒着がない、無駄を取り除いた「小さな政府」で、「悪い小さな政府」とは政官の癒着を温存し、国民生活を守るべきセーフティネットを破壊する「小さな政府」なのだそうだ。

小泉純一郎以降の自民党政権が推し進めてきたのは「悪い小さな政府」で、天下り利権が温存される一方で社会的弱者に対しては冷酷無比に保障を切り捨ててきたとする。
そしてさらに元大学教授がいうには、

今、自民党内で派をなしている「上げ潮派」が提唱しているのは、小泉いらいの自民党清和会政権が主張してきた「悪い小さな政府」で、この一派が提唱する金融緩和政策こそ売国政策で、要するに日本に大損をさせ、外資に大儲けさせる陰謀だったということらしい。
何でも元大学教授によれば、日本はドルを買い進めてきたために今では外貨準備高は1兆ドルを超えているが、ドルでなくユーロを買っておけば、ドルが弱くなった今、実に73兆円もの違いができていた。つまり、日本はドル買いをしていたために大損をこいたが、それは自民党上げ潮派による陰謀的な売国政策の結果だったというわけだ。

たしかに、一面的にはそう見えるところはある。
けれども、日本とアメリカのパワーバランスで考えれば、日本がドルを捨ててユーロに切り替えるなどということがそう簡単にできたはずはないわけで、日本がアメリカを買い支えている現在の状況は、日銀と財務省の暗愚と日米のしがらみが重なってできたものだと見るのが妥当なのではないか。
竹中平蔵はともかく、清和会にそこまで陰謀を巡らす知恵はないと私は思うがね。

さて、元大学教授は上げ潮派に続いて増税派も官僚利権を温存したままの増税を計画しており、国民生活を守るべきセーフティーネットを破壊するものだと切り捨てる。

さらに麻生太郎が唱える「積極財政」も、セーフティーネットを再構築するために実施されるのでなく、結局は旧来の利益誘導のための財政支出が満載になるだろうという。つまり国民生活を救うのではなく利権まみれのバラマキになるというわけだ。

はい、お説ごもっとも。
それでは先生、いちばん国民にとっていい政策とは、どんなものになるのです?

ところが先生はこれをはっきり書いてないのだ。
書いてないからにはこちらで推測するしかない。
つまり、元大学教授が言いたいのは、官僚利権などを廃した無駄のない「良い小さな政府」を実現すべきだというのだろう。そして、その「良い小さな政府」とは無駄がない上に国民生活を守るセーフティーネットも備えているものであるべきだ。

しかし、だ。
これって矛盾してないか?
国民生活を守るセーフティーネットとは、つまり社会保障のことであり、これは官が責任を持って施策していくべきものである。
そして社会保障を充実させた社会民主主義にもとづく政府とは、「小さな政府」でなく「大きな政府」でなければならないはずだ。
元大学教授が唱える「良い小さな政府」とは政官の癒着やバラマキがない清廉な行政府なのかもしれない。
しかし、結局のところ、小さな政府を実現させるのは新自由主義でしかない。先生の言う「良い小さな政府」とは、小泉・竹中以降の政府が推し進めてきた中から悪そうな部分だけを都合よく取り除いたイメージでしかなく、しかもセーフティーネットまで備えるという矛盾をはらんでいる。まさかいちばん大切なセーフティーネットは民間業者に委託すればいいというのではあるまいね、先生?
反自民の旗手と目されている先生が、実は新自由主義者だったとは笑止きわまる。

だいたい、経済の専門家だったと思うのだが、これでは子どもに聞かせる夢物語のようなものだ。
こんな珍説で人を惑わせるな、と言っておきたい。

■追記
共同通信によると9月8日、週刊誌「サンデー毎日」に「セクハラ癖は業界で有名」などと書かれ、名誉を傷付けられたとして、植草一秀元大学教授(47)が発行元の毎日新聞社に1100万円の賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は8日、33万円の支払いを命じた。大段亨裁判長は「セクハラ癖があるというのは真実」と認定したが、「業界で有名という部分は立証されていない」と指摘した。

重要なのは裁判に勝ったということではなく、この男にはセクハラ癖があるということを国が認定したことだ。
それでも植草を担ぐブロガーは、性癖と言動は別と理解を示すだろう。
しかし、こんなセクハラ野郎の説く陰謀論など、三文の値打ちもないと言っておきたい。

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Diamond Onlineにジャーナリストの上杉隆が、今回の首相辞任と自民党総裁選のことを書いている。(無責任首相を相次ぎ生み出した自民党は「製造者責任」を問われるべきだ)

その内容に別段新しいことは見あたらないのだが、自民党の連中が、まるで年に一度のお祭りでもやるみたいにテレビ・マスコミを巻き込んで大はしゃぎしているのを見ていると心底むかついてくるので、上杉と同じ主張になるが、私もあらためて書いておくことにする。

私が言いたいことは以下の一言に尽きる。

自民党は、総裁選をするまえにまず国民の前に謝るべきである。

昨年9月には安倍晋三が「お腹が痛い」といって首相の座を放り出した。
そのときにも、国民に対する謝罪の言葉はなかった。
そして今年、福田康夫はねじれ国会による国会運営が苦労の連続だったことを恨みがましく並べ立て、安倍と同じように首相の座を投げ出した。
やはり福田からも、国民に対する謝罪の言葉はなかった。

さらに、安倍内閣時と今回の福田内閣で奇しくも幹事長を務めていた麻生太郎は、その職責から連帯責任があるはずなのに、やはり詫びを入れることなく「自分には総裁選に立候補する資格がある」と言って即座に次期首相候補として手を挙げたのである。

麻生だけではない。2年も連続して首相が無責任な辞任をすると言う不祥事を生み出しながら、自民党はやはり国民に謝罪することなく、総裁選という祭りの準備に取りかかった。

上杉は、中曽根康弘の言葉を引用して次のように書いている。
〈次の自民党総裁にふさわしい人を考える時、最近の首相辞任の二つの例を、我々先輩の政治家から見ると、2世、3世は図太さがなく、根性が弱い。何となく根っこに不敵なものが欠けている感じがする〉

ここまでは上杉が書いたものの要約であり、この後、上杉は今の世襲政治家に比べて昔の政治家は命を投げ出す覚悟があったと、昔を懐かしむようなことを綴っていく。
残念ながら、私は今の世襲政治家に問題があるのは賛成するが、だからといって昔の政治家がよくできていたなどとは間違っても言いたくはない。

敗戦後、アメリカに占領されていたという事情はあるにしても、徹底したアメリカ従属の政治形態の基礎を作ったのは誰だったのか。
政権交代なき保守政治を続け、その結果として政官民の癒着体質を作ってきたのは誰だったのか。それやこれやを考えていけば、とてもではないが三角大福中(三木武夫、田中角栄、大平正芳、福田赳夫、中曽根康弘)の時代はよかったなどとは言えないし、もちろん、それに遡る佐藤栄作や岸信介が優れていたなどとは、口が裂けても言いたくはない。

とはいえ、今の世襲政治家たちが政治家として著しく劣化していることは間違いなく、だからこそ2年も続けて首相辞任などというみっともない事態になったのだ。

そこで話は元に戻るが、国民を舐めきった辞任の仕方をし、さらに国会の空白を作って総裁選というお祭りに熱を上げている自民党は、これからも政治を続けていきたいと思うならば、お祭り騒ぎに酔う前に、一度襟を正して国民の前に勢揃いし、このたびは申し訳ありませんでしたと土下座でもして詫びるべきなのである。

マスコミは、詫びることなく小池が出る、石原も立つなどと騒ぐべきではないのだ。
お祭り騒ぎに紛れてこの政治的不祥事の責任を曖昧にし、さらに政権を維持しようなどという不届きなことを考えている「自民党」というゴロツキ集団を徹底的に糾弾するべきなのだ。
マスコミにはおそらく、そんなことはできないだろうが、総裁選などは所詮内輪の祭りなのだ。
2度続けて起こった不祥事に、国民は内心うんざりしている。
ほんらいならば3面記事にしかならないドタバタ騒ぎなどは軽くやり過ごし、真に求めるべき国民への謝罪がこの先行われるのかを注視したい。
もちろん自民党には謝罪などというアタマは働かないだろう。
だから、自民党はダメなのだ。

誰が総裁になろうとも、国民が選ぶのは政権交代であり、自民党と公明党以外の政党(もちろん、右翼などは論外だがね)に政権を執らせることこそ重要なのだ。

■追記
5日夕方にはさらに前防衛相の石破茂が立候補を表明した。また、この他に棚橋泰文元科学技術相と山本一太外務副大臣が立候補を目指す考えを明らかにしている。

ふざけるな、自民党!

関連タグ : 自民党, 総裁選, 謝罪,

自民党総裁選は、野田聖子が麻生太郎を支持することによって不出馬が決定的となった。
おかげで総裁選からひとつ花(笑)が消えることになったが、そのかわりに増税派から与謝野馨が立ち上がり、そして4日午前にはネオリベ陣営から石原伸晃元政調会長が立候補に前向きの意向を示した。
石原伸晃

これで総裁選に立候補が予想されるのは財政出動派の麻生太郎に新自由主義者の小池百合子と石原伸晃、そして増税派の与謝野馨ということになった。
昨日の時事通信では、小池百合子が20人の推薦人を集めるのに苦労しているという情報があったが、どうやら小池も本気で取り組んでいるらしい。同じ時事通信の4日12時10分配信の報では党本部で記者団に「多くの方から連絡や励ましをいただいている。環境が変わりつつあるかなと思っている」と述べ、推薦人確保など出馬への環境が整いつつあると強調した。

さらにこれからも名前が挙がってくるのかは今のところ不明だが、今や人気の凋落著しいと思われる新自由主義陣営から小池百合子と石原伸晃の2人が立つとすれば、もはや自民党内では不人気をかこち、小泉チルドレンも冷遇されて次期選挙では風前の灯火と言われている新自由主義者たちも意外にしぶとく生き残りを図っているように見える。
たしかに、万万が一にでも小池や石原が総裁になったとして、党内で彼らを支持するのはごく一部だろうから、新総裁は出発時から苦労することは必至だ。

だが、これを見て民主党をはじめとする野党は、そして社会民主主義の実現を信じる国民は、喜んでばかりもいられまい。
というのも、新自由主義者が総裁候補に2人もあがり、新しい首相になる可能性があるということは、少なくなっているとはいえ今でも新自由主義を信奉している人間が少なからずいるということであり、視点を自民党の外、われわれ国民が暮らす社会に転じれば、やはりいまだに「自己責任論」を押しつけて低賃金低保障の劣悪な条件で人をこき使おうとしている経営者たちがまだまだ多くいることを認めざるを得ないのだ。こうした、人間を員数でしか考えない人種を法の力で抑え込み、人間が人間として暮らしやすく生きていける社会を実現するにはまだまだ道のりは遠いと思った方がいい。

民主党をはじめとする野党は、座して自民党総裁選を見ていることはもちろんないだろうが、今の政治的空白の時間をフルに活用して社会民主主義を実現させる具体的なプランを打ち出してほしいものだ。

そしてわれわれブロガーは、くれぐれも「偽造CHANGE」などというバカげた陰謀論ごっこに時間を費やすことを止めて、地に足のついた論議を続けていく必要があると思う。

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自民党総裁選への動きがあわただしい。
それに呼応するようにブログでもさまざまな憶測がとびかっているが、かのテサロニケ大先生の今日のエントリは、先日の「アダルトな政治学」以来の苦笑を誘われた。

大先生独自の分析にもとづき、その前段では中川秀直が総裁への野望に燃えていることに言及しているのはいい。そういうことも大いにあるだろう。
しかし、それに続いて総裁選の大本命である麻生太郎に並んで中川秀直が立ち上がり、2人がテレビで討論するとなると、その図は絵柄として最悪で、自民党支持率が下がってしまうだけでなくテレビ局のプロデューサーまでが意欲を喪失、シラけてしまうとまで言うのはいかがなものか。
大先生によれば、ベストな総裁選の映像は麻生太郎とマダム回転寿司こと小池百合子野田聖子が顔を並べるもので、これこそが視聴率を稼ぐのだという。
マダム回転寿司

そりゃ、たしかにゲロッパ中川なんかにテレビ画面に出てきてほしくはないさ。
だけど、冷徹な政治学徒としての目をもつ大先生がそんなことを言っていていいのだろうか。
野田聖子

エントリの後半は、政局を論じると言うよりも単なるミーハーになりさがったかのように野田聖子を持ち上げる。
ここで大先生のエントリから引用してもいいのだが、それさえも気恥ずかしくなるほどの持ち上げようは、いったいどうしたのかと思ってしまう。
殿ご乱心は自民党の中だけにしてほしいものだが。

たしかに野田聖子には新自由主義の臭いがなく官僚臭も感じさせない「美点」があるとしよう。
だからといって、それだけで野田聖子が一国の総理の器にふさわしいかどうかとはまったく関係がない。いくら野田聖子が「働く女性」のピュアなイメージを持っているからと言って、総理総裁を目指すべきだと言ってしまっていいものか。

殿、ご乱心?

野田聖子が郵政大臣をしていた10年前よりもきれいになっていることをほめちぎり、年を経るごとに美しさを増していくには努力が必要なことであり、それを実現している女を女は尊敬するとまで言うのはまあ、我慢しよう。
しかし、麻生太郎と小池百合子と野田聖子が3人で総裁選を戦う「絵」ができると、確実に自民党の支持率は上がるとまで言うのは、どういうつもりなのだろう。
これではまったく自民党総裁選のタイコモチではないか。

自民党が麻生太郎を軸にして、小池百合子や野田聖子の顔をちらつかせるのは織り込み済みの戦略である。
たしかに華のある絵ができれば国民の関心は低くなろうはずがない。
しかし日頃リベラル・左派に手厳しく己が手本と自負するブログがまんまとその手に乗ってしまってどうする。
いくら目を惹く花が並んでいても、その土台は腐っているのである。
花に目を取られて花瓶の汚れとヒビに気がつかずにどうするのだ。

麻生太郎がいくら人気が高いとマスコミがはやしたてようと、小池百合子や野田聖子がいくら目新しいと騒ぎ立てようと、自公政権にノーを突きつける側から見れば問答無用だ。
小池もダメなら野田が出てきてもダメ。
ダメなものはダメなのだ。
自民党ではダメなのだ。
そこを押さえた上でものを言わなくては、肝心の政権交代の実現が遠のくというものだ。
そして、それだけは何としても避けなければならないのだ。

自民党が誰を繰り出してこようと、われわれははっきりと拒絶する。
そうでなければ目標実現などかなうはずがないではないか。

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福田康夫が首相の座を放り出してから一昼夜が過ぎた。
報道を見る限りでは、概して福田に対する厳しい意見が多かったように思う。
いわく、
無責任だ」
「指導力がない」
「最後まで他人事のように辞めていった」
こうした声に対して、
「ご苦労様」
「ショックだ」
「我慢もこれまでだったのだろう」
といった気遣いの声は少数派だったと思う。

昨夜の「NEWS23」では、後藤謙次が「最低の辞任」と福田康夫の判断を切り捨てていた。

今思い返してみれば、福田康夫内閣は、発足当時から「国民の目線に立って」政治を行うことを標榜しながら一度として国民の側から物事を見ようとしたことはなく、「安心実現内閣」と自らを名づけながらついに国民を安心させることなく責任を放棄してしまった内閣だ。
さしたる理由もなく一国の代表の座を棄てるなど、あってはならないことで、見ようによっては安倍晋三以上の無責任さと言っていいかもしれない。

自民党ではさっそく22日に総裁選を行うことを決定したが、小池、石原、野田といった名前は浮かんでいるものの、本命は麻生太郎一本で根回しが進められていることだろう。
つまり総裁選とは単なるお祭りで、麻生太郎総裁の承認式に他ならない。
そしてこの御祭騒ぎは、同じ時期に代表選で三選することになる小沢一郎の影を薄める働きをするだろう。

しかし、われわれがここで忘れてならないのは、自民党は国民の信任を得ないままに首相を輩出し続け、そのうえ2度までも続けて責任放棄する形で首相の座を降りているということだ。
この事実を前に、これからいくら自民党が言葉を飾って政権維持を訴えようと、有権者である国民は彼らに耳を貸す必要はない。
もはや自民党には政権を担当する資格はないのだ。
国民の側に発ってものを考え、年金問題や後期高齢者医療制度をはじめ、地方の格差、医療問題など、待ったなしの生活に根ざした問題に取り組んで行くには自民党では力不足なことは明らかだ。
さらに、定額減税など目先を帰る程度の小細工を弄してお茶を濁そうとする公明党のバラマキ政策も持続的な社会保障政策の構築とはほど遠いと言わざるを得ない。彼らの頭にあるのは国民全体ではなく、生活に困っている創価学会員だけであり、それらを救済することだけが急務なのだから、とてもではないが国政を預けておくわけにはいかないのである。

今、首相交代という節目を迎え、いよいよ自公政権にも区切りを迎える時が来ようとしている。
多くのブログでは、自公政権に引導を渡し、政権交代という新しい時代を迎えるために声を上げようとしている。
及ばずながら私もこれから当分の間は反自公政権と政権交代を訴えていくキャンペーンを張っていこうと考える。

とりあえずは総裁選の御祭騒ぎで民主党の代表選をかき消そうとしている自民党の姑息な行為を叩いていこうと思うが、「自エンド」と政権交代のためになることならばどんなことでも記事にしていきたいと思う。
そうして一日も早く、確実に、政権交代が実現するよう、他ブログとも協力していきたいと決意した次第である。

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福田辞任
福田康夫が突然辞任をした。
すでに多くのブログがこの話題に触れているし、私などがあらためて付け加えることもないかもしれない。
それでも、やはり一国の首相が前首相に続いて突然その役割を投げ出したという事態は異常と言わねばならず、屋上屋を重ねるを承知でこの問題を取り上げたいと思う。

まず、私が第一に思ったことは、福田にはまだ辞めて欲しくなかったということだ。
自民党の二世議員のなかでも比較的バランス感覚にすぐれた福田が舵取りをしていてくれた方が、極右の麻生太郎などが首相になってコイズミのときのようなバカげた人気を勝ち取り、右傾化した政策を実施していくよりもいいと、私は思っていた。
自公政権が続くのは、そう長くはない。ならば、最期の短い間だけでも福田康夫に託しておきたかったというのが正直な気持ちだ。

しかし、福田康夫は自ら会見では安倍晋三とは違うと言っていたけれど、またもや仕事を放棄して首相の座を降りてしまった。
このことは、いかに非難してもしすぎることはないと思う。
あまりに無責任である。山積した問題はどうするのか。
国民生活が窮乏を強いられている現状をどう解決していくのか。
年金問題は。後期高齢者医療制度は。
さらに太田誠一の事務所費問題はうやむやにしたままでいいのか。

どれひとつ、いい加減にしたまま残しておくことは許されないものである。
福田康夫は記者会見で、(おそらく太田誠一の問題はふくまれていないだろうが)残された課題は新しいリーダーのもとで解決に当たるのがふさわしいという旨のことを言っていた。
しかし、これも儀礼的な文句で、福田が真剣に次の首相がどうすべきだなどとは考えていないだろう。
まったくもって無責任というほかない。

記者から「一般に、総理の会見が国民には他人事のように聞こえるというふうな話がよく聞かれておりました。今日の退陣会見を聞いても、やはり率直にそのように印象を持つのです」との言葉が出、現在の政権に与える影響をどう考えるかとの質問がでたが、
「それは、順調にいけばいいですよ。これに越したことはないこしたことはない。しかし、私のこの先を見通す、この目の中には、決して順調ではない可能性がある。また、その状況の中で不測の事態に陥ってはいけない。そういうことも考えました。他人事のようにというふうにあなたはおっしゃったけれども、私は自分自身を客観的に見ることはできるんです。あなたと違うんです。そういうことも併せ考えていただきたいと思います」と気色ばんで答えていたのには苦笑するしかなかった。

自身を客観的に見ることの出来る福田は、内閣支持率がいつまでたっても低迷し、閣内にあっては連立を組んでいる公明党がいちいち口出しするためにインド洋給油問題も解決できず、臨時国会の開会日程も思うように決められなかった。こうしたことに嫌気がさしてしまったということなのだろうか。

自民党はこの後、総裁選の準備におおわらわとなるだろう。
おそらく麻生太郎を大本命として、小池百合子ら今から名前の挙がっている候補者が何人か立候補することになるだろう。その結果は、裏取引である程度はじめから決められているかもしれない。それでも、国民から見れば開かれた選挙というイメージは強く印象に残る。候補者同士が政策をめぐって論戦することは、公正で民主的な手続きを踏んでいるというイメージを結ぶ。
これに比べると、対立候補が現れず、小沢一郎の三戦が決まろうとしている民主党とは大違いだ。ほとんど政策論議をすることもなく、だいたい「生活第一」という党是を本当に守るつもりがあるのかさえ明確にしないまま小沢が代表となり、小沢独裁体制が続こうとしている民主党から受けるイメージは、公正とも民主的ともほど遠いものだ。
やはり民主党は、結束が乱れるなどといわずに正々堂々と代表選をするべきだったのだ。

自民党は麻生太郎がスポットライトを浴びたまま総裁選を行い、そのまま麻生が首相の座に就くことになるのだろうか。
どういうわけか麻生には人気があるらしいから、内閣支持率はかなり高くなるだろう。
しかし麻生には常に舌禍問題がつきまとうし、もはや人材が払底している自民党には閣僚を満足に務めるだけの人間がいない。またもや太田誠一や、それにさかのぼる歴代の農水大臣のようにスキャンダルをボロボロ露わにしていくだろうからそのままでは自滅の道をたどることになる。
麻生に残されるのは、人気が高いうちに解散総選挙に持って行くことだろうか。

国民としては、ここで麻生のような極右政治家で、実は国民生活のことなど露ほども考えていない男の言説に惑わされることなく、これまでいかに自公政権が国民に苦しい思いを強いてきたかを忘れずに、野党に一票を投じることが大切だ。自民党が再び政権を取るようなことがあれば、消費税増税や社会保障費削減が行われることは目に見えている。
野党も、できるだけ分かりやすくこれまでの自公政権の非道を訴えて、政権奪取を確実なものにしなければならない。

いずれにしても自公政権がようやく終わる日が近づいてきたと、考えてもよさそうな気持ちになっているのは私だけではないだろう。
この予感を現実のものとするために、これからもブログで訴えていきたい。

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暦が変わって9月になり、とうに立秋も過ぎているのだが、今日の関東地方はまだ蒸し暑く、数日来の不安定な天候が続いていて一時的に雨が降ったりした。
まだまだを引きずっている。

それでも今年のは去年の猛暑を思えばまだ凌ぎやすかったような気もする。
去年の今ごろは、ブログなどやろうとも思っていなかった頃で、今ごろはひたすら暑さに毒づき、鬱々とした気分の中でとぐろを巻いていた。岐阜県多治見市で40.9度という最高温度の記録を塗り替える猛暑の日があり、東京でも8月の平均温度が29.5度だったという記録が残っている。
この暑さの中、私が産婆役をして取り上げた子犬のうち、里子に出した1匹が命を落としたのがいまだに忘れられない。
7月の終わりのある晩、里親さんから電話がかかってきた。
彼は「すみません、○○が。。。亡くなってしまいました」
そう言って電話の向こうで泣き崩れていた。

里子に出した後も何度か会わせてもらい、家にも訪ねてきてもらった可愛い子だった。
その子がこの世にいなくなってしまったことを思うと、残念でならなかった。
しかし、電話の向こうでひたすら私に謝っている里親さんを、私は責めることができなかった。
いちばん悲しんでいるのは、なんといっても彼だったから。
「あまり悲しまないで。○○ちゃんも、あなたに可愛がられてきたのだから、きっと幸せでしたよ」
そう言ってやるのが精一杯だった。

あれから一年以上が過ぎ、今年のは去年ほど凶暴ではなかったかと思うが、8月の終わりに義母が亡くなった。
87歳という年を思えば寿命かと思うが、やはり私にはどうしてもとを結びつけようとする気持ちがある。
旧盆の迎え火をしたとき、覚束ない足取りで玄関口に出てきた義母は、階段にぺしゃんと腰を下ろし、素焼きの皿で燃える火に向かってじっと手を合わせていた。
「いったい何を拝んでいるんだろう」
「誰が帰ってくるのかわかってるのかね」
私たち夫婦は、その姿を見て笑った。義母は頭が頼りなくなってきており、13年前に亡くなった連れ合いのことが分からなくなっていた。仏壇に飾ってある写真を見て、不思議そうに「この人は誰?」と聞いてきた。
そんな義母が迎える霊は誰のものだったのだろう。
今となっては確かめる術もない。

9月になって、長いもあと少しだと思えるようになった。
暑さに弱い、わが家のワンコたちも一安心だ。
反対に、の間も元気いっぱいだったインコたちが、今度は寒さ対策を必要とする。
元気いっぱいに飛び回るピーチの陽気な口笛というか歌声が家中に響き、うるさいと思いながらも心が癒される。
ピーチ


動物というやつは、ほんとうに私にとってありがたい存在だ。
これからどれだけ彼らと一緒に過ごすことができるだろう。
夏を終えた私は誕生日を迎え、また一つ年を重ねることになる。
夏と。夏を通り過ぎていくことはその分、に近づいていくことでもある。

厳しい暑さは続いても、確実に日が暮れるのが早まり、夜が長くなっている。
まだ、夏とも秋とも言えないこの数日。
なんだか感傷的になって、私は動物たちの顔を眺めて過ごしている。

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