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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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秋葉原での凄惨な事件が起きて、はやくも3週間が過ぎてしまった。
犯行を起こした加藤智大のハケンという境遇と絶望的な孤独があまりに強烈な印象を残し、被害に遭った人々への思いとはべつに、犯人に対する「共感」を多くの人にもたらしたことでも、この事件は記憶に残るだろう。
その「共感」の多くは、今の社会が抱えている矛盾、過酷な労働環境、社会的な孤立といったものからなっている。鬱屈が積もりに積もった挙げ句の犯行だけに、この事件を「テロ」だと考えた人は多く、私もその一人だった。

今日の朝日新聞では藤原新也が寄稿していて、そこで彼はこの事件を「映像を凶器とした無理心中」だったと書いている。

なるほど、テロを起こして大量に殺人するのが目的であるのならば、加藤智大は歩行者天国を横断するのではなく、猛スピードで縦断していけばもっとも多くの犠牲者を出すことができただろう。
しかし、彼はあえて人を数人はねた後に車を止め、そこから走り出して人通りを引き返していった。
通りには秋葉原特有の、カメラを持った者が集まっているという特徴があり、加藤は人を刺しながら走り抜けることにより多数のカメラに自分の姿が映される方法を選んだ。

それは藤原が書く通り、名前も知らなかった他人同士がネットを介して集まり、練炭を焚いて心中したり、硫化水素を使って他者を巻き込んで自殺するという昨今の現象に通じるものがあるのかもしれない。藤原は書く。「加藤容疑者は自分と同類の人々がいると思い込む秋葉原に行って無理心中しようとした」

なるほど。そういう見方もあるか。

事件後、ネットの掲示板には加藤を模倣したと思われる「犯行予告」が多く書き込まれるようになり、8日~23日までに全国で17件が摘発されたと警察庁がまとめている。
大半は悪質ないたずらと見るべきだろうが、私にはやはり若者を中心に犯行予告をせずにいられないような鬱屈した感情が重く沈殿しているように思えてならない。
彼らの中には、ほんとうに加藤に続こうとした者があったのだろうか。

そんななか、30日午前9時頃、大阪府富田林市の市役所に乗用車が突っ込み職員一人がケガをするという事件が起きた。車を運転していたのは井川通夫容疑者61歳で、「内妻の福祉関係で不満を持っていた」と供述しているという。同容疑者は車で突っ込んだ後、ペットボトルに火をつけようとしたが職員が駆けつけたためにそのまま投げつけた。ペットボトルからは油の臭いがしたという。さらに車内からはプロパンガスボンベ3本がみつかり、容疑者は刃物を持っていたとの情報もある。

彼もまた、社会保障を削る一方の現政府のやり方に痛めつけられ、不満を鬱積させていたのだろう。
だとすれば、意識的にせよ無意識的にせよ、加藤に続こうとした者は、なにも若い世代に限らないことになる。
これは、起こってしまった現象を見れば当然ともいえることだが、今の社会に巣くっている病巣が広く、根深いものであることの現れと考えるべきだろう。

自分の車にガスボンベを積み込み、懐に刃物を忍ばせ、我が暮らしを責めつける当面の相手に突っ込んでいった61歳には、どんな思いがあったのだろう。

物価が上昇を続け、社会保障が削られ、生活がどんどん苦しくなっている現状に、日本人はもっと怒りを現すべきだと思うのだが、その形がたわいもないネット予告や単発的に起きる無謀な突撃だけだとしたら、あまりに虚しい。
けれども、これらの事件を個別にとらえてしたり顔をし、「困ったものです」とニュースキャスター風につぶやくだけでは、最早すまないように思う。
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関連タグ : 秋葉原, 藤原新也, テロ, 心中,

政府は27日、経済財政諮問会議と臨時閣議を相次ぎ開き、福田政権で最初の経済財政改革の基本方針「骨太の方針」を決定した。

しかしなあ、何が「骨太の方針」だよ。
大田弘子
昨夜の12チャンネル「WBS」に大田弘子がゲスト出演してこの方針を解説していたが、思わず口を滑らしたのだろう。歳出・歳入一体改革を進めるという項目を説明するところで「いずれにしても増税の幅が大きくなるか、小さくなるかの違い」といったことを口走り、政府与党は予算にあらかじめ増税を組み込み済みであることをうかがわせた。

その一方で、昨日は来月からまたまたガソリン価格が上がり、リッター180円になるという話や、来年から電気料金が大幅に値上げされるという話が出た。「報道ステーション」では年金問題を取り上げ、厚生年金の入力ミスが560万件もあることを伝えていた。舛添要一もここにきて開き直ったかのように「データのつきあわせはエンドレスです」と、もはややる気がないことを宣言していた。
舛添要一

これでよくも増税をするつもりだな。

舛添は、「悪いことをした人には牢屋に入っていただく」と言っていたが、それも言葉だけだったらしい。社保庁でいままで投獄された人間が一人でもいるか。

こんなんで、よくも税金だけは上げるといえるものだな。

福田康夫肝いりの行財政改革では、行政経費や政策の無駄を排除するなどとしているが、すべては虚しく聞こえるだけだ。

国民の声に耳を傾け、今、国民がどれだけ怒りを抱えているかを知っていれば、大田弘子もヘラヘラとテレビで口を滑らすこともなかったろうし、舛添も謝罪の一言くらいは言ったかもしれない。

すべては国民の信を問う選挙を経ずに、政権を握り続けている今の政府が悪い。

そうそう、昨日は諫早湾干拓で下ろされたギロチンを引き上げるよう、地裁の判決が出た日でもあった。地元漁民にしてみれば、ようやく願いが通ったというところだが、判決を受けた一方の農水大臣・若林正俊は、「意外な判決」ととぼけ、「控訴についてはこれから検討する」と、またもや決断力のなさを見せつけた。
若林正俊
この干拓事業もまた日本の農政の大失敗のひとつであることは明らかで、政府は漁民やすでに入植してしまった農民たちにどう保障するかを考えなければならないというのに、何を寝ぼけたことを言っているのだろう。

すべては、国民の信を問わずに政権を執り続けている政府がよくないのだ。

骨太の方針」をやれるものなら、選挙をしてからやってみろ。

韓国では謝罪から一転してアメリカ牛肉を輸入することを再決定した政府に対して、国民は怒り狂って座り込みを始めていた。
日本だってほんとは国民の怒りは頂点に達しようとしているのだ。どこかでこの怒りを現さなければ、寝ぼけた今の政府の横面を叩いて目を覚まさせることは不可能だ。

打倒、自公政権。
しかし、民主党に今、ほんとうに政権交代をする気はあるのか?
私は絶望的なまでに懐疑的である。

関連タグ : 骨太の方針, 大田弘子, 舛添要一, 年金, 増税,

私は威張るヤツと胡散臭いものが大嫌いである。
そしてもう一つ、性犯罪者は人類の敵だと思っている。

ここで私の信条など書いても仕方のないことだが、最近ブログを見ていると、妙に気持ちが悪くなることがある。
植草一秀
植草一秀という経済学者だかエコノミストだかが、どこぞの教祖様のように持ち上げられているのである。
植草一秀といえば、テレビにもコメンテーターとしてよく顔を見ていたが、なんといっても彼を一躍有名にしたのは「手鏡事件」だろう。
今さら事件のことを説明するまでもあるまい。
2004年4月、植草は早稲田大学大学院公共経営研究科教授であった時に、品川駅のエスカレーターで女子高生のスカートの中を手鏡で覗こうとしたとして逮捕された。
この公判中、検察側は植草が1998年6月にも東海道線横浜駅~品川駅間で痴漢行為をおこし神奈川県迷惑防止条例違反で罰金5万円の刑を受けたことを明らかにしている。
さらに、品川事件のほとぼりもさめやらぬ2006年9月には、京急本線の品川駅~京急蒲田駅間の下り快特電車内で女子高生に痴漢行為をしたとして、東京都迷惑防止条例違反の現行犯で、警視庁により逮捕された。

植草という男は、一度ならず2度、3度と性犯罪を犯した疑いがもたれているのである。
3度目の事件について、植草本人は「酒に酔っていて覚えていない」と述べており、後日「警察のでっち上げだ」と無実を主張している。ただし、彼が痴漢行為をしたという品川~京急蒲田の電車は、「帰宅途中だった」という植草の証言と矛盾する逆方向の電車だった。これに対しても植草は、「品川駅で電車を乗り間違えた」と言っているが、京急品川駅は上り線ホームと下り線ホームが別々になっている。普通、帰宅に使っている電車で上り線ホームと下り線ホームを間違えることは考えにくい。百歩譲って泥酔したために電車を乗り間違えたとしても、目撃者の証言から、さほど混雑していない車内であるにもかかわらず、植草は女子高生の後ろに立ち、体を密着させるようにして立っていたという。
これでは痴漢行為があったと言われても文句は言えまい。

私にはピンとこないが、いわゆる左派系ブログではこれら一連の事件に対して植草教授は冤罪であると擁護する意見が多い。
私自身は左派とも右派とも自分自身を思っていないが、客観的に見て植草一秀は痴漢行為をしたと思っている。少なくとも、それと間違えられる行為をしたと思う。そして何より、植草という男は同じ過ちを3度も繰り返しているのである。
私から見れば、この男は立派な性犯罪者である。

どうしてこのような男をもてはやすのか。
私にはさっぱり理解できない。
植草を逮捕したのは国策による陰謀だとする説がまかり通っているが、それは東北で起きた地震が、実はナントカという装置を使って起こされた国家的な陰謀だという妄言に近いものではないのか。
この男は李下で冠を正すような真似を3度までもした。
私にとってはそれだけで十分である。

だいたい植草一秀という一エコノミストが、国策にとって邪魔になるほど大きな存在だったのか?
私にはそれも解せない。
私には「植草教」の信者たちが、勝手に祭り上げているだけのように見える。
植草がそれほどの大先生であるならば、彼の手になるブログもさぞかし立派なものだろうと見てみたが、これまた特大の?をつけざるを得ない代物だ。

たとえば昨日のエントリ「独立自尊外交について」。kojitakenさんが「きまぐれな日々」で呈した疑問について答える形になっているが、ほとんどが自著『知られざる真実』からの引用だ。評判が高いらしい本のことだから、引用すれば誰もが納得するのかもしれないが、私には納得できない。
これは単なる自著の自己宣伝ではないか。
いやしくもブログを書いて、人の疑問に答えるならば、自著の引用などではなく、たとえ同じ内容であったとしてももう一度、自分の言葉で書き直して答えるのが誠意というものではないのか。
ながながと引用文をもって作られた回答を読まされたkojitakenさんは、お気の毒というものである。
頭の悪い私には、読んでられないよ、こんな退屈な文章は。まるでナルシストのオナニーを見せられたような気色悪ささえ感じる。
だからいったい結論はどこにあるんだよ、早く射精しちまえよ。

植草はこの文章のなかで、「私の言説に対する批判を私は一切排除しないが、批判する際には、私のこれまでの著作を踏まえてほしいと感じる。歴史認識、外交政策、経済政策などについて、マスメディアなどが勝手に創り出してきた事実と異なる私に対するイメージに基づいて批判されても、私としてはいわれなき事実誤認だとしか反論できない」と書いているが、ここでも自著の宣伝かよ。お前の本を読まないヤツとは話ができないというのか。それは思い上がりというものじゃないのか。
このオヤジはブログをどういうものだと考えているのだろう。

気色悪いエロオヤジ。
これが私の植草一秀に対する印象である。

どうしてこんな男を持ち上げるブロガーが存在するのか、そして今のブログ界には植草を否定するのはタブーでもあるかのような雰囲気があるのはなぜなのか。
私には次の大地震がいつどこで起きるのか予測がつかないと同じ程度に、理解不能であり、薄気味悪い現象である。

■追記
●植草一秀のブログ「植草一秀の『知られざる真実』」を見ると、明らかに右翼系のリンクがいくつかあることに気づいた。
リンクを張るときは、ある程度しがらみも手伝うだろうが、彼の場合は右翼(右派といったらいいのか?)ブログに共鳴してのことではないかと私は考える。
●それは、彼の記事にある言葉の使い方にもなんとなく漂っている。
「人間性を尊重し、相互扶助、相互信頼を重視し、独立自尊の精神、尊厳を大切に考え、私的利害を排してより良い社会を作る」――言ってることはもっともだが、こういう言葉の並べ方って、稲田朋美(これは右翼じゃなかったっけね)あたりが喜んで使いそうだよな。なんて思ってしまうのだ。
「為政者には能力もさることながら、徳と無私の精神が求められるとも思う」とかね。
「次期総選挙は日本で「真の改革」=「世直し」を実現できるかどうかを決する「天王山」の戦いになる」なんて、自民党右派の政治家が使いそうな大時代な言い回しだし。
●結局、植草一秀という男は、反小泉=竹中路線を主張してはいるけれど、本質的には右翼よりで、自民党の平沼赳夫あたりと同じものなのではないか。こんな男に迂闊に共感し、エールを送るようなことはしたくないものだ。
胡散臭いよ、この男は。私は、嫌いだ。

■追記 その2
●kojitakenさんのエントリを読んでいてみつけた「ポリティカルコンパス」というのを、私もためしにやってみた。結果は「リベラル左派」だってさ。ふーん、そんなものか。
これから名刺の肩書きにでもするかな(笑)。

関連タグ : 植草一秀, 性犯罪者, 思い上がり, 薄気味悪さ,

私はタバコを吸わない。
むしろ近くでタバコの煙を吐かれると顔をしかめる方だ。
通りを歩いていて、歩き煙草をしている者を見ると怪しからんヤツだと腹立たしく思う。
クルマに乗っていて、前を走るクルマの窓が少し開き、そこから吸い殻がポイと投げ出されるのを見る。その度に、「だからタバコを吸うヤツは許せない」と思う。
喫煙
タバコは健康によくない。
肺がんを誘発する元になる。
止められるならば喫煙は止めた方がいい。本人のためにも、周囲の人間のためにも。

しかし、今、自民党内で持ち上がっている「タバコ税増税」論にはあえて異を唱えたい。

だって理屈がおかしいじゃないか。
今まで300円で買えてたものを、一気に500円とか1000円にするなんて尋常な話ではない。

タバコが社会的に冷遇された嗜好品であり、禁煙運動が盛んになっている折りだから大幅に値上げしても文句は出るまい。
中川秀直などは、そう考えているのだろうが、その考えが第一に卑しい。
海外はタバコの値段が高いから日本も同じにしていいだろうという考え方も、考えているようでほとんど思考停止の結論の出し方だ。

タバコを吸う人は、ただでさえ肩身の狭い思いをしているというのに、その状況を利用して大幅に増税し、国庫にせしめようというのはいかにも卑劣なやり方だ。
「世界の片隅でニュースを読む」のmahpnofuefukiさんは「社会保障切り捨て路線の是非と生存権裁判」というエントリで「タバコ税増税は庶民いじめだ」と喝破している。以下、その一文を引用させていただく。

>庶民への負担増となる消費税増税は先送りされたものの、「無駄遣い」削減とたばこ税増税では再分配効果はなく「庶民いじめ」に変わりない。以前も指摘したが、現在の政界における「無駄」とは、軍事費や需要の低い大型開発のような「本当の無駄」ではなく、専ら人件費と社会保障費を指す。人件費といっても高級官僚の給与が減るわけではない。だいたいが福祉や医療や教育などの民生分野で下の職員が有期雇用や民間委託に置き換えられるのがオチだ。行政能力を落とし、不安定雇用を増加させるだけである。いいかげん騙されるのはやめて欲しいが、相変わらず「居酒屋タクシー」のような目くらましで、またしても世論は歳出削減路線に流れてしまう。

まったく、居酒屋タクシーの不正に思いっきりブー垂れていた私としては耳が痛い。耳は痛むけれど、タバコ税増税には嫌な気分を抱いていた私には有り難い教えだった。些末なことに目を奪われていては、民主党のようにいつの間にか「生活が第一」を忘れ、格差是正と社会保障の見直しという、昨年の夏の参議院選挙でぶち上げていたスローガンをいとも容易く「暫定税率」などに置き換えてしまう愚を犯してしまうだろう。

民主党などは信用できんよ。タバコ税増税についても前原誠司が同調しているし。

民主党のいかがわしさについてはBLOG BLUESさんが「民主党は派遣会社の味方、ハケンの敵」というエントリではっきりと書いている。
私も彼に激しく同意する。

自民党という薄汚い政党は、人が反対しづらいものを選んで増税するという姑息な手段がお得意だ。
タバコ税増税くらいいいではないか、これをきっかけに禁煙すればいいという者があるのなら、自民党の思うつぼだ。
タバコ税がいいのなら、今度は酒税を上げたらどうだ、少子化問題は税収が減るから問題なので、今後はコンドームに高い税率をつけて、避妊しづらくしてやろうとなったらどうするのだ。
笑い事ではない。冗談では済まされないのだ。
自民党の言いなりになっていたのでは、どの道を選んでもしわ寄せは弱者や貧しい者に行くようになっている。

タバコ税増税なら仕方ないなどと思ってはならない。
姑息な奴らの手にまんまと乗ってたまるものか。
タバコ税増税に、私は大反対だ。


■お知らせ
思うところがあり、ランキング参加を取り止めることにします。
今後はみなさまの拍手だけを励みにしていきたいと思います。
よろしくお願いします。

関連タグ : タバコ税, 自民党, 中川秀直, 民主党, 前原誠司,

国家公務員による、いわゆる「居酒屋タクシー」問題で、金品を受領していた職員は17府省庁・機関の計1402人に上ることを政府が発表した。
タクシーに乗っただけでビールやつまみが出てくるだけでも口あんぐりものだけれども、なかにはクオカードなどの金券や現金そのものを受け取っていた者もいた。金額を多く記入する代わり、正規の金額との差額を寄越せと運転手に要求したものらしい。

これって、どう見たって税金の横領じゃん。

それなのに、処分されたのは最も不正が多かった財務省で懲戒が26人、訓告・厳重注意などが69人とそうとうなアマアマの処分内容だ。
昨日の報道ステーションでは、記者が銀座のホステスに直接聞き出して、飲みに来た役人どもがタクシー券をホステス一人ひとりに配っていたことが明らかにされていた。

そうだよな、タクシー券の束を持ってりゃ、それくらいやるだろうよ。ホステスたちも喜ぶだろうしな。

でも、これも立派な横領にあたるよな。

この取材をした記者は、その脚で財務大臣の額賀福志郎を直撃し、タクシー券をチップ代わりに使っていた事実を伝えた。
額賀ははじめ、無視して通り過ぎようとしていたが、やがておもしろくなさそうな顔をして振り返り、
「あ、そう。じゃ、調べておく」と言って去っていった。
額賀福志郎
額賀は間違いなく、財務省の職員たちが日頃からタクシー券を使って遊興に利用していたことを知っていただろうし、自分もまた同様のことをやっていたに違いない。

こんな、上から下まで腐りきった奴らなのに、額賀の処分さえ給料の20%を国庫に自主返納というもったいぶったもので済んでいる。

税金を横領した犯人は、クビだろ。どう考えたって。
会社の金を横領して、厳重注意で済むところなんてあるだろうか。
いかに役所というところ、霞ヶ関というところがぬるま湯につかって悪いことをしてもなあなあで済ましてしまう体質を持っているかがわかる。

今回の問題で、いちばん解せないのは、これだけ国民からブーイングが出ているというのに、政府が行った調査というのが自主申告だけだったということだ。
ほんとは口には出せないような非常識なことをしている奴らが、きっといるに違いない。
国民は誰もがそう思うだろうに、町村信孝は「これで包括的な調査をしたということだから」と幕引きをはかっている。

おかしいぜ、どう考えたって。

ビールやつまみの接待を受けたと聞けば、男の職員ばかりが不正を行っていたように思えるが、役所には相当数の女性職員もいるのだ。こいつらはシロだったというのか。
ホストクラブに行って、かしづく男たちにタクシー券を渡していた女はいなかったのか。
自分はビールなど飲まないから、その分、お金でちょうだいと言った女はいなかったのか。
町村が言った「包括的な調査」では、何ら真実の姿が見えてこない。
これで政府は責任を果たしたと言えるのか。

この問題により、タクシー券は一時的に利用禁止になるようだが、一時的ということは、そのうち復活させるということだ。それはつまり、ほとぼりが冷めたら、こんどはもっと巧妙に不正をしようということだろう。

国民の金を使って遊んでおいて、あるいは横領しておいて、クビになる者ひとり出さずにいる霞ヶ関と、こんな生ぬるい調査でハイ、お終いと言う自公政府は、腐りきっているとしか言いようがない。

国民は相次ぐ物価上昇に喘いでいるというのに、今の政府には少しもその痛みが伝わっていない。
格差が広がり、持てる者と持たざる者とがはっきりと別れてしまった現在、持てる者は持たざる者の痛みに鈍感なまま、ひたすら己の富を増やすことに明け暮れている。持たざる者はいつまで忍耐を強いられるのか。その忍耐はどこで限界に達するのか。
政府や役人どもが腐りきっていることがどんどん明るみに出るにしたがって、持たざる者の忍耐は、もはや臨界点に達しようとしているのではないか。

持たざる者の爆発が、どこでどういう形で起きるのか。

実は見えない形ですでに爆発は起き始めているのではないかと、私は思っている。


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関連タグ : 居酒屋タクシー, 横領, 額賀福志郎,

最近の、日本の調査捕鯨をめぐるシーシェパードの妨害問題や、グリーンピース・ジャパンによる鯨肉横領疑惑の告発、そして告発をしたグリーンピース職員の逮捕をめぐり、鯨問題が私のなかでもやや錯綜してきた感があるのでまとめておくことにする。

私は鯨を普通に食べたいと思っている
まず、第一に私は食糧源として鯨が考えられている以上は、鯨を美味しく、しかももっと安価に食べたいと思っている。海洋生物の食物連鎖のトップに位置する鯨だが、その肉の安全性が確認されている限りはBSEの危険性がある牛肉よりも安心して食べられるだろう。もちろん、鯨肉が牛肉に置き換わることはないだろうが、食糧問題が日本にとっても重要な問題になってきているとき、資源として活用できるのなら鯨をもっと流通させて昔のような大衆的な食べ物にしてやればいいと思う。
ここに動物愛護問題を持ち込むのはナンセンスであり、私は不毛な議論に加わるつもりはない。この点、IWCが捕鯨反対のもっとも大きな根拠にしている「倫理的な反対」は、アメリカ、オーストラリアなどが作り上げた勝手な屁理屈だと思っている。

鯨は増加し、なおかつ食害の恐れがある
なぜ鯨は食糧たり得るかだが、ひとつには鯨の数がひところの乱獲で激減したことを反省したことにより、現在ではミンククジラだけで南氷洋に78万頭も棲息しているという報告があり、その数はかなり増加していること。
さらに鯨が増加することにより、サンマ・イワシ・スケトウダラ・サケなどの魚やオキアミなどの甲殻類、イカなどの軟体生物の食害問題が起きていること。科学的調査によれば、鯨がそれらの生物を消費する量は年間2.8~5億トンと推定され、これは人間による漁獲量9000万トンの3~6倍にあたる。鯨を過剰に保護することにより、海洋の生態系が破壊される恐れがあることは国連食糧農業機関(FAO)も警告していることである。
これからも乱獲することは許されないが、許容される範囲で捕鯨していくことは、世界の食糧問題にも貢献するものではなかろうか。

鯨と環境問題を結びつけるのはおかしい
もうひとつ、鯨の問題は環境問題と結びつけて論じられる傾向があるが、そもそもはアメリカが片方で戦争を起こしておきながら、もう一方の手で鯨保護を訴え、鯨を守ることが環境保護につながるというアピールから生まれたものである。グリーンピースなどの環境保護団体は、ほぼその主張の流れで捕鯨反対活動を続けている。
しかし、これはどう考えてもおかしい。
戦争を起こし、大量の人間を殺しておきながら、それを糊塗するために鯨の保護を訴えるのは欺瞞以外のなにものでもないだろう。イギリスでは日本人の鯨肉を食べる習慣を野蛮人の習慣と書き立てたことがあったが、肉食民族アングロ・サクソン独特の独善的な思い上がりという他ない。
またアメリカは、生息数が激減しているホッキョク鯨(推定生息数8200頭)の捕獲を、自国のイヌイット族に対しては許可している。1995年から97年にかけて捕獲されたホッキョク鯨は204頭で、イヌイット族による鯨肉生産量は、日本の調査捕鯨による鯨肉生産量をはるかに凌ぐという報告がある。日本が捕獲している鯨は78万頭棲息しているとするミンククジラが中心である。

調査捕鯨がかかえる問題点
ただし、日本が行っている調査捕鯨にも問題点が多い。
ひとつは、科学的調査を行うという名目のために、なぜ800頭以上もの鯨を捕る必要があるのか。これは素朴な疑問として誰もが抱く問題だ。
もうひとつは、鯨保護区と決まっている南氷洋で捕鯨を行っている問題。IWC(国際捕鯨委員会)に加盟している以上、国際協約で決められた約束事を破ってしまうのは問題だろう。

調査捕鯨天下りと利権の温床となっている問題
日本の調査捕鯨は、政府(農水省)が鯨類研究所(鯨研)に対して特別許可証を発行し、捕獲をふくむ調査活動を行うことになっている。実際に調査活動をするのは鯨研から委託された日本共同船舶株式会社で、日新丸もこの会社に所属する船だ。
さて、ここで問題なのはやはり金の流れだ。
06年度、鯨研は無利子で36億円を借りていたが、そのうち10億円を返せなくなった。結局、07年度から4年間かけて分割返済することになったのだが、鯨研に無利子という好条件で融資していたのは農水省所管の財団法人・海外漁業協力財団だ。この財団自身も毎年農水省から12億円規模の補助金をもらって事業を行っている。
鯨研にも農水省から毎年5億円の補助金が出ており、巨額な税金が調査捕鯨に投入されていることになる。
調査捕鯨の金の流れ
しかも、海外漁業協力財団というのが典型的な水産庁からの天下りの受け皿団体で、理事長以下非常勤の理事まで7人が水産庁の元役人となっている。ことに昨年まで鯨研の理事長をやっていた畑中寛という男はここでも非常勤理事となっている。つまり、無利子の融資を受けて返すことができなくなった団体の理事長が、融資をする側の理事になっているというわけだ。
しかも理事長の給料は115万円、常務理事が102万円、非常勤理事は87万5000円という高給取りだ。
こりゃ、いいように金を操作して自分たちの都合がいいように使っていると思われても仕方がない。


鯨肉はだぶつき気味なのに高級食材である不思議
調査捕鯨の規模が拡大するにつれ、鯨肉の供給は増えている。しかし、その一方で販路拡大を狙って立ち上げた企業は2年連続で赤字を計上している。
つまり、肉はあるというのに出回る量がわずかで、しかも高級イメージばかりがつきまとったままだから、売れるわけがない。そして肉が売れなければ、鯨に親しみを持っていない人々はますます鯨肉など買わなくなるという悪循環が起きている。
今回の鯨肉横領疑惑は、こうした状況の中で恒常的に行われてきた悪習が暴露されたということではないだろうか。
鯨研では平成18年度の一般事業費約8億2000万円のうち、約6億円を広報費に充てている。これほど広報に金を使っていながら、鯨肉に対する啓蒙活動はほとんど目にすることがない。つまり、ここに注ぎ込まれている税金も無駄遣いされているということだ。

グリーンピースに対する疑問
以上のことは、私がネットで調べただけでわかったことだ。
これだけみても、鯨類研究所にしても海外漁業協力財団にしても、叩けばいくらでもホコリが出てくることだろう。
それなのになぜ、グリーンピースはあえて窃盗をしてまで日新丸の横流しを告発する必要があったのか。結果を出すために性急に走ったうえでのことなのかもしれないが、手法としてはいかにもまずかったと言わざるを得ないだろう。
第一、あれでは国民の共感を得ることができない。
国や役人どもの不正を暴くには、事実を白日の下にさらすことは重要だが、それ以前に国民全体の共感を得ることが重要だと思う。
グリーンピースがやった行為は、その点で失敗だった。
あれではむしろ、「また過激な環境保護団体のパフォーマンスか」と思われるだけである。
少なくとも私は、グリーンピースの行為は支持しない。
偏狭かもしれないけどね。

税金の無駄遣いと役人の不正を暴くには世論を盛り上げるしかない
性根の腐った役人どもの不正には、ほんとにウンザリするばかりだが、われわれとしては根気よくこれらの不正を一つひとつ暴き出し、世論を作り上げていき、良識ある議員たちに訴えていくしかないのではないか。グリーンピースがせっかく明らかにした横領疑惑もうやむやにせず、これからも追及していくべきだと思う。
ブログの発言がそのために役立つのなら、私はいくらでも書いていこうと思う。

その上で鯨肉を食べるにはどうすればいいのか
日本ははっきりと調査捕鯨を止めると宣言すべきだ。いざとなったら、IWCを脱退したってかまわないではないか。

そのかわり、近海だけにかぎるとしても商業捕鯨を続けることにする。増えすぎて食害をおよぼす鯨は捕獲した方がいい。
そして、捕獲した鯨は昔のように無駄なく利用し、肉はなるべく安価に流通させて国民の口に入るようなシステムを作る。
残念ながら日本の大手水産会社はもう鯨を扱わないと言っている。

けれども食糧問題と合わせて考えたとき、鯨肉が持つ重要性はおのずと高まってくると思われる。今後は役所任せにせず、鯨肉を守り、鯨食の伝統を続けていってほしいというのが、私の願いだ。

■追記
●水産庁の本音は、商業捕鯨再開を世界に求めることにあるのではなく、現在のまま調査捕鯨を続け、官僚どもの天下り先を温存することにあるようだ。そうだとするなら、捕鯨に対する賛成・反対の論議はまったく虚しいものになる。捕鯨という看板に隠れて自己の保身を画策し、税金を懐に収めようとしているのであれば、それは他の省庁でも問題になっている税金の無駄遣いと同じことになる。
私とすれば、「また、ここでもコレかよ」と溜息が出る思いだ。
やはりここは強く主張しておきたい。
日本は調査捕鯨を止めるべきだ。そして商業捕鯨を開始し、食糧問題の側面から捕鯨の必要性を説いていくべきだ。捕鯨という、高度な技術を廃れさせてはならないし、少しの無駄もなく鯨を利用する文化も、今後守っていくべきだと思う。
●グリーンピースに対しては、その資金源(ロックフェラー財団などの超リッチなパトロンが50ほどもついており、それらから流れ込む金は資金の80%を占めるという)からして、世界的規模で行われている「環境ビジネス」という名のペテンの広告塔のような役割を持っているのではないかと勘ぐりたくなっている。
●驚くことに、グリーンピースには年金制度まであるそうだ。彼らにとって、違法行為をふくむすべての活動は、ビジネスなのだ。
●環境保護団体といいながら、グリーンピースはもっとも環境破壊に影響を与えているはずの自動車に対しては反対運動を行っていない。自動車メーカーに抗議運動を行おうとしても、だれも資金を提供してくれないからだそうだ。


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関連タグ : 調査捕鯨, 鯨肉横領, 税金の無駄遣い, 天下り,

テレビをつけると、スロバキアを題材にしたクイズ番組をやっていた。
そのなかで、長くオーストリア・ハンガリーの支配下にあったスロバキアは、第一次世界大戦後、言語が近いチェコと合併する形で独立しチェコスロバキアになった。その後、いくつかの変遷を経て1993年1月1日にチェコスロバキアから分離独立する形で現在のチェコとスロバキアになったという話があった。
クイズの問題は、この分離独立する際に、チェコとスロバキアが仲よく分け合ったものは何か、というものだった。

これを見ていた私のカミサンは、こう言った。

「ブンリドクリツするって、どういうこと? 日本だったら、ニとホンに別れるっていうこと?」

あのなあ……。

これがわが家の「すべらない話」。
すべったら、すまん。

ちなみにクイズの答えは、国歌でした。
1番の歌詞をチェコが、2番の歌詞をスロバキアが、それぞれの国歌にすることになったのでした。

もし日本がニとホンに分離独立したとして、「ニ国」が今の自民党政権、「ホン国」が野党による連合政権の国になるのだったら、私は迷わず「ホン国」の国民になることを選ぶけどね。
「ニ国」は自公の独裁国家だから、「ホン国」にとっては北朝鮮よりも危険で厄介な隣国になりそうだ。


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関連タグ : 分離独立,

「2カ月間隔でゴーサイン出して新記録達成。またの名、死に神
朝日新聞の夕刊コラム「素粒子」がこう書いた。
これに対して、書かれた本人である法相の鳩山邦夫が机を叩いて激怒した。
鳩山邦夫
「(死刑囚は)犯した犯罪、法の規定によって執行された。死神に連れていかれたというのは違うと思う。(記事は)執行された方に対する侮辱だと思う」

確かに死神につれて連れて行かれたのではあるまい。鳩山邦夫が「あの世に送れ」と指示を出したのだ。死神は人に取り憑いて死に追いやるが、鳩山は判を押して囚人を死刑台に追いやる。
宮崎勤は拘禁状態により精神に異常をきたしていたことは明白であり、そのような者を死刑に処してはならなかったと私は思っている。
しかし鳩山は、直近に起きた秋葉原通り魔事件に呼応するように宮崎の死刑を命じた。この処刑は誰の目にも理不尽で残虐な犯罪を犯した者に対する「見せしめ」と映ったに違いない。
鳩山は2ヵ月ごとに死刑の執行を「粛々と」行い、半年に13人をあの世に送ってきた。のみならず、側近の者には「もっと処刑者のリストをよこせ」と命じているという。
朝日の素粒子の筆者は、そのことも頭にあって「死に神」と書いたのではないか。

激怒した鳩山は、続けて言った。
「私を死に神と表現することがどれだけ悪影響を与えるか。そういう軽率な文章を平気で載せる態度自身が世の中を悪くしていると思う」

いったい何を言いたいのか意味不明だが、鳩山を死神呼ばわりすることが世の中にとって悪影響を与えることにつながると言いたかったのだろう。頭の悪い鳩山には、まともな言葉づかいもできないようだ。それにしても友だちの友だちはアルカイダという鳩山ごときを死神になぞらえたところで、何の悪影響があるというのだろう。鳩山には是非具体例を挙げて反論してもらいたかった。

それにしても、こんな、本物の死神でさえ怒り出すような幼稚なおつむの持ち主に対して、日本社会では擁護する者が多い。そのことに驚きを禁じ得ない。件のコラムを掲載した朝日新聞社には、1800件もの抗議や意見が寄せられたというのだ。その多くは「鳩山法相は法に従って職務を遂行しただけだ」といった内容だったという。たしかに法律では死刑が確定してから6ヵ月以内に刑を執行しなければならないという定めがあるが、精神異常を疑われる者は刑を執行してはならないという定めもまたある。鳩山は自分に都合のいい規則を選んで刑を執行したにすぎないのではないか。

激怒した鳩山に対し、兄の鳩山由紀夫は「弟は死神ではない。私は『死神の兄』と呼ばれたくはない」と言った。マスコミはこれを兄が邦夫を擁護したものと伝えているが、そうだろうか。私には「愚かな弟と並び称されたくない」と言っているように思えるのだが。

鳩山邦夫という男は、死刑が自動的に執行されることを望んでいる人間であり、死刑を執行することに対する責任や罪の意識から逃れたいと願っている人間だ。死刑が確定した人間はその瞬間から死刑台へのベルトコンベアーに乗せる。法の名の下にどんどん人を吊していけば、それが見せしめとなって犯罪が防げるという考えを持っている単細胞な人間だ。そこには法相としての責任感など微塵も感じられないではないか。
こんな男に死刑台に送られる死刑囚こそ、人生の最後に侮辱を受けるようなものであり、さぞかし無念を抱えて刑場に消えたことだろう。精神異常の宮崎勤を除いては。

今の内閣はさまざまな病根を抱えているが、鳩山邦夫はそのなかでも特大の病巣のひとつに数えられるだろう。


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関連タグ : 鳩山邦夫, 死刑, 死に神,

日本の調査捕鯨船「日新丸」の乗組員が、捕獲した鯨の肉を横流ししようとしたことを証明するため、グリーンピース・ジャパンの職員が運送会社から荷物を盗み出した。
日本の警察は、運送会社が盗みの届けを出したことを受けて、荷物を盗み出した職員を逮捕した。

この事実の流れにおかしいところがあるだろうか。

「カナダde日本語」の美爾依さんは、日頃敬愛してやまない先輩ブロガーだが、今日のエントリ「グリーンピース職員の即時釈放を」については、いささか違和感を持たざるを得ない。

美爾依さんは「メディアでは、まるで逮捕された方が悪いように報道されるが、実際許しがたいのは、国家権力を不当に行使して逮捕した政府や警察の方だ。真実を暴露しただけで逮捕されちゃうんだから、横暴だよね。」と書いているが、問題を混同しているのではないだろうか。

今回の問題は、日新丸の乗組員が鯨肉を不当に横流ししようとした疑惑が第一にあり、グリーンピースの職員はその問題を公にした。そのことに限って言えば、グリーンピースがやったことは正義に基づく行為だったと思う。これがなければ、もしかしたら高級食材である鯨肉に闇ルートがあるのではないかという疑惑は表面化しなかっただろう。

ただし、問題はもう一つあり、それはグリーンピースが横領疑惑を明らかにするために取った手法がまぎれもなく窃盗にあたるという点だ。グリーンピース側は、正義のために行ったことなのだから許される行為だと主張しているが、窃盗は誰が見ても窃盗であり、正義のためだから許される特別な窃盗などはない。
この点で、グリーンピース職員が逮捕されたことは当然だったといえるだろう。

鯨肉の横流し疑惑と、運送会社に侵入しての窃盗とはまったく別のものとして考えなければならない。
もし正義を明らかにするためならば手段を選ぶ必要がないというのならば、極端な話、自爆テロだって認めなければならなくなるだろう。加藤智大が秋葉原で7人を殺した事件も、日本社会に横たわる格差という問題を暴くため、正義の目的で行ったものだったとしたら、これも許さなければならないことになるだろう。
しかし、社会が抱える問題を糾弾するためとはいえ、人を殺してはならないのだし、同様に盗みもしてはならないのである。

グリーンピースは日新丸の不正を糾弾しようとした。それはいい。
けれども、その手段として盗みをしてはならなかった。盗みではなく、別の方法で不正の証拠を見つけ出し、それを公表するべきだったのだ。

たしかに、職員が逮捕された同じ日に、東京地検が告発された日新丸の職員を不起訴にしたのは、背後に何らかの意図を感じるし、鯨肉の闇ルートの存在がうやむやにされてしまったのだから、不正があるものと感じる。
だが、それだからといって盗みを犯した者を許せと言うのは筋が違うのではないか。

前にも書いたが、私はかねがねグリーンピースにしろシーシェパードにしろ、過激な環境保護団体については胡散臭く思っている。
たとえばシーシェパードの船は南氷洋まで日新丸を追いかけていって妨害活動を行っているが、南氷洋まで行ける船を持つには相当な資金がなければならない。彼らはその資金をどこから手に入れているのだろうか。
グリーンピースについても同様だ。彼らの公式サイトには、「グリーンピースの主な活動資金は、皆さまからの会費やご寄付です」と書いてあるが、会費と寄付だけで東京都心に事務所を構え、捕鯨船を追いかけていけるほどの船を持つことができるのか?

どうも、こうした環境保護団体は、正義の味方のような格好を見せたがっているが、その実、彼らもまた公にはできないような事情をいろいろ抱えているように思えてならない。「グリーンピース、資金」でググるとたくさん出てくるので、美爾依さんにはそれらを見てもらいたいものだ。
そのうえで、やはりグリーンピース職員逮捕は不当といえるのか。

私には彼らを応援する気になれないよ。

彼らの逮捕に反対する署名を求めるよりも、鯨肉の横領が行われていたのかどうかをはっきりさせるために捜査の継続を要求する署名を求めるのなら、私もよろこんで協力するけどね。


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関連タグ : グリーンピース, 窃盗, 鯨肉横領,

昨日のBLOG版「ヘンリー・オーツの独り言」のエントリ「『派遣のプチ反乱』は新自由主義への対抗宣言です!」は、秋葉原通り魔殺人発生以後、私がなんとなく言いたくて言葉にできず、もやもやした感じでいたものを的確に現してくれており、共感するところが多かった。

ことに、小泉いらいの政権が行ってきたことの欺瞞を糾弾し、「ボランティアでひとりでも多くの人に必死の思いで書いている私たちブロガーは徒労で無駄なことをしているのだろうか?私はそうは思いたくない」という箇所には、例の大先生の雑魚は黙ってろ的尊大なものいいにほとんど脱力し、それこそ徒労感に襲われていた私にとっては力強い言葉に響いた(ちなみに大先生へのリンクは昨日からはずすことにした。だって、もう立ち寄るつもりはないからね)。

もうひとつ、ヘンリー・オーツさんがリンクを張って紹介していたブログ(http://shadow-city.blogzine.jp/net/2008/06/post_11e6.html)もなかなか興味深かった。
というより、今更ながら人間を単なる員数としか考えない派遣会社と、派遣社員を受け入れる企業の体質の冷酷さと身勝手さに、身の毛がよだつ思いがした。
ここでは秋葉原の事件について、派遣社員について調べたという記述があったので紹介しておく。

そんなこんなで、通り魔が在籍していた「人貸し」会社の実態に興味を持った。いろいろと調べてみたら、ひどい会社やねん。社員寮なのに家賃ぼったくり。狭い部屋に三人ほど押し込め、それぞれから家賃や光熱水費、エアコン代別料金で約3万円。会社は一部屋でざっと9万円を儲けていることになる。税務処理では福利厚生で計上。監督官庁は監査行け!

ヒトをモノ扱いして使い捨てる体質、自分が社会の「歯車」ですらない、使い捨ての消耗品であるという絶望感がヒトを狂わせる。「自分なんかいなくても世界は廻るんだ」という事実を知らされた瞬間、希望というささやかな夢が失われ、ヒトは狂う。たとえ給料が安くても、「自分がいなければ、この会社は動かない」「自分がいなければ世界は廻らない」と信じられるうちはダイジョウブ。もっとも、墓場に行けば「この人なしでは世界は廻らない」はずの人がいっぱい眠っているんだけどね。

今の社会に対する不満は、若い世代を中心に相当広くひろがっていると見るべきだろう。
折しも昨日はNHKスペシャルで「追跡・秋葉原通り魔事件」を放送していた。
ここでは犯人となった加藤智大の生い立ちから、家族関係に問題があったこと、息子を支配し、自分の思うように育てようとした母親の教育の問題が第一に取り上げられていた。
そしてもう一つは、加藤が社会に出てから派遣を繰り返し、どんどん社会の中で孤立していく様子、そして派遣社員という極めて不安定で希望のない仕事の実態の一片が明らかにされていた。
ネットの掲示板に書き残した加藤の膨大な言葉は、今の若者たちの多くを代弁するものであり、若者たちは、加藤が犯した犯罪は憎みながらも、多くがその言葉に共感を寄せていたのが印象に残っている。

ただ、NHKの番組で不満だったのは、派遣社員という身分の貧しさや孤独さを浮き上がらせようとしていたものの、肝心の人材派遣会社や派遣を受け入れる企業の側の問題がすっぽり抜け落ちていた点だ。

そこでさきのブログに寄せられたコメントが、思い出される。
ここにはいわゆる「勝ち組」として名を上げ、政府の諮問委員会などにも名を連ねている人種の言葉が並んでいる。

●「格差論は甘えです」
  (奥谷禮子  人材派遣会社ザ・アール社長 日本郵政株式会社社外取締役 アムウェイ諮問委員)
●「格差は能力の差」
  (篠原欣子  人材派遣会社テンプスタッフ社長)
●「フリーターこそ終身雇用」
  (南部靖之  人材派遣会社パソナ社長)
●「日本で払う給料は、間違いなく中国で払うより高い。労働者が、もの凄く安いコストで働いているというようには私は思っていません」
  (折口雅博  日雇い派遣グッドウィル・グループ会長 元経団連理事)
●「業界ナンバー1になるには違法行為が許される」
  (林 純一  人材派遣会社クリスタル社長)

まったく、ぞっとするような言葉を、この連中は涼しい顔をして語っているのだ。
格差社会を肯定する人でなしどもの言葉をもっと知りたくなったので、調べてみると「虚しい日記」というブログにそれらを集めたエントリがあった。これも引用させていただく(一部重複あり)。

奥田 碩(日本経団連名誉会長 元トヨタ自動車会長)
格差があるにしても、差を付けられた方が凍死したり餓死したりはしていない」

すでに生活保護の申請さえ受けてつけてもらえずに餓死している人が何人も出ていますが?

宮内義彦(オリックス会長 元規制改革・民間開放推進会議議長)
「パートタイマーと無職のどちらがいいか、ということ」

「死ぬか金を出すか」と脅すギャングみたい...。

奥谷禮子(人材派遣会社ザ・アール社長 日本郵政株式会社社外取締役 アムウェイ諮問委員)
格差論は甘えです」
「競争はしんどい。だから甘えが出ている。個人の甘えがこのままだと社会の甘えになる」

スタートラインが公平な競争で格差が出ているなら、格差論=甘え論もわかる。
だけど親の経済力や育った環境ですでにスタートラインにハンデがあるからな。

篠原欣子(人材派遣会社テンプスタッフ社長)
「格差は能力の差」

南部靖之(人材派遣会社パソナ社長)
「フリーターこそ終身雇用」

林 純一(人材派遣会社クリスタル社長)
「業界ナンバー1になるには違法行為が許される」

渡邉美樹(ワタミ社長)
「24時間仕事のことだけを考えて生きろ」
「人間はなにも食べなくても[感動]を食べれば生きていけるんです」

箕浦輝幸(ダイハツ工業社長)
「最近は若者があんまりお金を持ってないと、いうのがあって若者が少し車離れしてるんですね、
それで(聞き取れない)お金がないって事でそういう 連 中 が少し安い車という流れも少しある」

鈴木修(スズキ会長)
「土曜休んで日曜も休む奴は要らない。8時間働けばそれでいいなど通用しない。成果で報酬がでるんだ」

杉原洸(黛(まゆずみ)グループ代表取締役)
「親が死んだぐらいで休むなんて、しょうもない」「親が死んでも働くのが社会人」

秋草直之(富士通代表取締役会長)
「業績が悪いのは従業員が働かないからだ。」

と勝ち誇り貧乏人をあざ笑う財界人たち。
一昔前ではこんな発言をするのはドラマの中の悪役だけだったのに、今の日本ではこれが当たり前になってしまった。
美しすぎてため息しか出ない。
こういう世の中が美しい国というのだろうか?

だいぶ前に見たドキュメンタリーで、アメリカの陸軍士官学校だかをレポートしていたのを思い出した。
そこでスポットを当てられていた女性の士官候補生は、先輩たちからさんざん苛められ、泣きながら訓練を続けていく。ときには挫折しそうになって、それでもなんとか試験に合格して自らも士官候補生となり、今度は自分が後輩を監督する立場になる。
すると彼女は、あれだけ先輩たちに苛められ、嫌な思いをしたのだから、後輩たちには優しくせっするようになった。というのとは正反対で、実は自分も同じように後輩たちをいびりまくる嫌な先輩になったのだった。

今、日本の社会で「勝ち組」と言われている人々は、一代で企業を興して成功者と呼ばれるようになった人が多い。彼らがいかに苦労して勝ち組になったかは、それぞれが自伝に書いているだろう。しかしその結果、彼らが人間としてやさしい心を持った資本家になったかというと、これまた正反対で、平気で人権など無視したようなことを言って憚らない。
それは先輩から苛められたのに、自分が同じ立場に立つとやはり後輩を苛めるようになった、あの女性士官候補生と同じだ。

勝ち組」になるということは、即ち人間らしい心を失うということなのだろうか。
経営トップたちの暴言を見てみると、日本ではいまだに資本家による労働者の搾取が堂々と行われており、政府もそれを奨励していることがよくわかる。
人間の本性とは、そんなものなのだろうか。

NHKの番組に出ていた派遣社員の若者の一人は、加藤智大と同じことを自分がやってもおかしくなかったと言っていたが、それは彼一人の言葉ではない。
日本の若者の決して少なくない数が、同じように思っているのだ。
若者だけではない。
先に発表された、昨年の自殺者の統計で見ると、60代以上の高齢者や働き盛りの30代の自殺者が増えており、自殺の原因は健康問題と経済的な困窮が半々を占めていた。
働き盛りの30代や60代以上の老人も追い詰められているのだ。
彼らは加藤のような犯罪に走らない代わり、自分で自分を殺しているのだ。

人を殺すか、自分を殺すか。
その違いは大きいが、元をたどればどちらも「絶望」の2文字に行き着く。
かくいう私も、不安定なことでは派遣労働者と変わらず、ひとつ踏み外せば絶望の淵に転がり落ちてしまう精神的・物理的状況にあるといっていい。
人を殺すか、自分を殺すかの選択の切っ先は、私自身にも常に突きつけられているのである。


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関連タグ : 秋葉原通り魔殺人, 勝ち組, 負け組, 格差,

調査捕鯨船「日新丸」の乗組員らが鯨肉を土産として自宅に持ち帰っていた問題で、グリーンピース・ジャパンから業務上横領容疑で告発されていた乗組員らが不起訴処分になるそうだ。

その一方で、乗組員らを告発したグリーンピース・ジャパンのメンバー2人は、西濃運輸青森支店に侵入し、鯨肉を盗んだ容疑で逮捕された。
家宅捜査

乗組員らが不起訴になったのは、鯨肉を持ち帰ることが、それまで習慣的に認められていた「お土産」として持ち帰ることであり、お土産である以上は横領に当たらないという解釈なのだろう。

しかし、今では高級品の鯨肉が20キロ以上、市場価格にすれば11万から35万円相当の価値があるというのは、常識的に考えて「お土産」の域を超えているのではないか。しかも同じように鯨肉を詰められた段ボール箱が47箱も見つかっており、それらを合わせると約1トン、時価にして1400万円にもなるというのだからますます異常な「お土産」というしかない。鯨肉を横流しすることで家を建てた者もいるという内部告発もある。

どこから見ても不正のニオイがプンプンするじゃん。

それなのに、告発を受けた東京地検は「横領に当たらない」と判断したというのだから、背後には政治的な力が働いているとしか思えない。尾の身といわれる高給な部分は霞ヶ関あたりの高級料亭に出回っているというから、やっぱりここにも利権が働いているのだろう。東京地検は、鯨利権に絡む権力に膝を屈して今回の結論を出したというべきだろう。
おかげで、鯨肉が日本国内に来てからほんとうはどう扱われていたのかが、すっかり闇の中にしまいこまれてしまった。

私はグリーンピースやシーシェパードのような、どこから資金を得ているのかも不明な、エキセントリックな活動ばかりする環境保護団体を味方するつもりはない。
ウネスのお土産
けれども、日本人にとって鯨がほんとうに大切な食糧源であり、これからも鯨食の伝統を守りながら食べ続けていこうとするのなら、怪しげな部分は決して残すべきではないと思う。
私が最近たまたま話を聞いたいくつかの鯨料理店では、鯨肉に闇ルートがあることを否定したり、曖昧な返事で取り繕ったりしていたのを思い出す。
もし本当に闇ルートなどないと否定できるのならば、鯨食の伝統を守るのが自分たちの使命であると言っていた彼らには、はっきりとそのことを表明する義務があるだろう。
反対に、闇ルートがあることは知っているが、それは誰もが目をつぶってきたことだから触れられないというのであれば、彼らには鯨食を守る資格などないと言ってもいいのではないか。
日本人は鯨を昔から大切にしてきた、世界中でもっとも鯨を愛してきた国民なんだと「クジラ食文化を守る会」会長の小泉武夫先生は言っていたが、後ろ暗いことをやりながら、そこから目を背け、ただ鯨をもっと食わせろというのでは鯨にとって失礼というものだろう。

私だって鯨は美味しいと思うし、食べられるものならばもっと鯨を食べたい。
けれども、今の日本では調査捕鯨という隠れ蓑をかぶり、世界に対してこそこそみっともない態度を見せて鯨を捕獲しているから、いつまでたっても非難の声が止まないし、おまけに国内では流通量が上がらないから、鯨肉は高級食材になったままだ。
これまでの調査の結果、ほんとうにある種の鯨については生息数が増えていることが明らかになっており、このままでは鯨による食害が進んで海の生態系に悪影響を与える恐れがあるといえるのならば、アメリカやオーストラリアが何と言おうと鯨を捕ればいい。
自国では野生のカンガルーが増えすぎたといって平気で殺しているオーストラリアのようなダブルスタンダードをとる国の言い分など聞く必要はないのだ。
BSEの恐れがある牛肉を無理矢理食わせようとしているアメリカの言い分など、蹴飛ばしてやればいいのだ。

日本人は、胸を張って鯨を食えばいい。
そのためにも、後ろ暗い部分をすべて払拭し、政府は中途半端な調査捕鯨を止めて堂々と商業捕鯨を援助すればいい。そうすれば、鯨はまた、昔のような庶民の食材になってくれるだろう。

日本の食糧問題を考える上でも、今回の東京地検による不起訴処分は残念なことだったと思わざるを得ない。


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関連タグ : グリーンピース, 鯨肉横流し, 鯨食の伝統,

こうなったら国はスポーツ振興宝くじに続くものとして、「自殺撲滅宝くじ」でも始めたらどうだろう。

もちろん自殺者を減らすための対策に売り上げを使うのが目的だ。消費税を上げ、タバコを一箱1000円にして増収を目論む政府のことだ、金が入ることなら喜んで始めるのではないか。

昨年一年の自殺者が、前年比2.9%増の3万3093人で、98年いらい10年連続3万人を上回ったことが警察庁の調べで明らかになった。
統計が残る78年以降では、03年に次いで過去2番目に多い数字。しかも60歳以上の高齢者や働き盛りの30代の自殺者が過去最多だった。
自殺者内訳
これだけ自殺者が多いのだから、さて来年は何人自殺するでしょうと、全国で賭をするのだ。3万人以上だったら賭け率は0倍で、3万人を切ったら2倍くらいにしてやれば、けっこう売れるのじゃないか。もちろん、自殺者の数をどんぴしゃ当てたら4億円くらいの当せん金額にする。さらに、自殺原因ごとに項目を設け、うつ病で死ぬ者は何人、生活苦で死ぬ者は何人と予想させるのだ。
胴元は、やっぱり厚労相の舛添要一が適任だろう。

これだけ多くの自殺者が毎年出ているというのに、政府が自殺対策基本法を設けてこの問題に取り組む姿勢を見せたのは一昨年のことだ。ということは、それまでに8年間、24万人以上の人々が自殺をしていることになる。
戦争が起きているわけでもないのに、これだけの人間が死んでいるというのは、まさに異常と言わざるを得ない。それなのに、政府はなんら有効な対策を講じることもせず、反対に社会保障費をどんどん削り、金持ちと企業だけは優遇してここまできた。

今もガソリン価格の高騰で死活問題となっている運送業者や漁業関係者がおり、このままでは廃業するしかないと訴えている。廃業した先に何が待っているかと言えば、間違いなく自殺が選択肢に入ってくるだろう。
政府がこのまま無策でいる限り、自殺者はかならず増加し、来年の今ごろは2008年の自殺者数が4万人に達したことがニュースになるかもしれない。
もし「自殺撲滅宝くじ」を始めて、その売り上げを補助費としてガソリン高騰対策に使えば、自殺者は減るかもしれない。
できることなら、これまで優遇してきた金持ちと企業からもがっぽり賛助金をとって、この基金に充てればいい。

政府は、自殺は防ぐことができるとして自殺総合対策大綱なるものを策定しているが、絵に描いた餅のような「再チャレンジ」などという題目を並べるよりは「宝くじ」を新設した方がよっぽど即効性があるだろう。

ただし、そうやって自殺者が減ったとしても、今の社会は生きていたってちっとも楽しくない、希望のない社会に変わりはないのだ。
根本的な対策をするならば、やはり自公政権を打倒して、新たな政府による新しい社会作りを目指すしかないことは、いうまでもない。


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関連タグ : 自殺者, 3万人, 10年連続,

亀井静香
私は亀井静香のような、自分の髪の毛を撫でつけることも満足にできない、アナクロニズムの代表のような政治家は好きではなかった。
けれども昨日、幼女連続誘拐殺人事件の犯人・宮崎勤が死刑に処された後、記者会見をした亀井の言葉に、はじめて共感した。

「死刑によって、国民の幸せにつながるものが生まれるのか。ベルトコンベヤーのように自動的に処刑していくのは異常事態だ」
と語った亀井は、次のように続けたのだ。

「秋葉原でも悲惨な事件があったが、国家が人の命を大切にしないのでは、凶悪犯罪は防げない。死刑による犯罪抑止論は現実離れしている」

亀井の言う通り、今の自公政権による政府は、国民の生活を窮地に追い込み、弱者ほど痛い目に合う制度を次々に作り出し、人々から希望を奪い、不安と絶望ばかり与えてきた。
国家のもっとも重要な使命である、国民生活の安心を守ることをないがしろにしてきた。
秋葉原の事件をはじめ、最近起こった凶悪事件の原因は半分がところ、これまでの政府が行ってきた政治にあるのではないかと私は思っている。

20年前、日本社会を恐怖と不安に陥れた宮崎勤の事件は、間違いなく日本の犯罪史に残るだろう。今田勇子の名をかたり、社会をあざ笑うかのような犯行声明文をマスコミに送りつけた宮崎は、少なくともあの時点では残忍で狡猾な知能犯だったと思う。
しかし17年にもおよぶ拘禁生活のなかで、宮崎の精神は明らかに異常をきたしていた。彼が妄想や幻聴に悩まされていたことは多くの人が語っていることであり、最近では現実認識すらできない状態だったという。
宮崎勤
宮崎は最期まで自分が犯した罪と向き合うことなく、遺族に謝罪することもなく死んでいった。
昨日のマスコミはこのことに触れ、宮崎という男が最期まで悪人だったという印象を与えようとしていた。
「ニュース23」のゲストに招かれた佐木隆三も、宮崎が法廷で嘘をついていたことや拘置所でも精神病を詐称していたと語り、マスコミ全体の論調を補強していた。

たしかに宮崎は謝罪することもなく、罪と向き合うこともなかっただろうが、それは自らの意志でそうしたのではなく、精神に異常をきたしていたためにそうしたことができなかったと見るのが妥当なのではなかったか。
だとすれば、宮崎の死刑を命じた法相の鳩山邦夫は、心神喪失状態の人間を死刑に処してはならないとしている法に反したことになる。
鳩山邦夫
鳩山は、凶悪な犯罪を起こした人間はそれに見合った報いを受けなければならないという、江戸時代以来の感覚を持った人間であり、このような男が犯罪人とはいえ、人間の生殺与奪の権利を持つのは非常に危険だと思う。
実際、鳩山は法相に就任以来「任期中は粛々と刑を執行する」と言い、半年余りの間に4回のペースで13人の処刑を命じてきた。
その機械的なほど生真面目な刑の執行ぶりは、まるで食肉用のブロイラーを次々吊していく様を思わせる。

なぜ、鳩山はこうまでも死刑執行に固執するのだろうか。
私はそれが不気味でならない。
鳩山という男は、もしかするとナチス・ドイツのハイリッヒ・ヒムラーのような素質を持っているのかもしれない。いうまでもなく、ヒムラーとはナチス政権下でユダヤ人虐殺の指揮を執った男である。

最近の日本には犯罪に対する厳罰化が顕著になり、死刑確定囚が急増しているという事情がある。
厳罰化はある程度、犯罪の抑止力になるかもしれないが、だからといって増えすぎた死刑囚を見せしめのように次々と処刑していくことが、犯罪抑止につながるのか。
私にはどうも、そうとは思えない。
むしろ鳩山による処刑の仕方は愉快犯の仕業のようにも見えて、社会に対する役割とは無関係なところにあるのではないかと思ってしまう。

精神に異常をきたしていた宮崎勤は、死刑に処してはならなかった。
百歩譲って宮崎がいつか処刑されるのは仕方がなかったとしても、その時期は宮崎が正気を取り戻し、自分が犯した罪と向き合えるようになってから処刑するべきだっただろう。
しかし、そうしたところで死刑という方法が、ほんとうに社会のために役立つところがあるのか。
それは疑問である。

宮崎勤は、まちがいなく歴史に残る犯罪者であり、日本でもっとも憎まれた犯罪者の一人として長く記憶に留まることだろう。
同時に、鳩山邦夫もまた別の意味で、歴史に名を残し、長く記憶に留まる法相となるのではないだろうか。


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そもそもNHKがアサヒビールの相談役である福地茂雄を会長にしたところから、NHKに漂う薄汚さは拭いようがなくなってしまったように思う。
福地茂雄
昨日16日、NHKは夜10時から元職員による株のインサイダー取引問題の検証番組を放送した。
番組では事件の経緯をVTRで再現していたが、驚くべきことに、逮捕された3人の元職員は業務中に抜け出しては廊下で株の売買をしたり、職場から徒歩数分のところにある自宅に戻って会社のパソコンを使い、株取引をしていたというのだ。
しかも、業務中に行っていた株取引の回数は、2年間に5000回を超える者もいた。平均すると1日7回も取引をしていたというのには、出演していた立花隆も驚き、呆れていた。
NHKの職員は、いつ仕事をしているのだ?

その立花隆がもっとも憤慨していたのは、この検証番組を作ったNHKの誠意のなさだろう。
一見、批判を真摯に受け止めているように見せながら、逮捕された元職員については名前を出すだけに止め、顔写真は出さなかった。この問題に憤りを感じている視聴者はじめ多くの国民は、是非ともこれらの元トンデモ社員たちの顔を見てやりたいものだと思っていたのではないか。しかしNHKはそれをしなかった。
3人の元職員のうち、水戸放送局のディレクターだった男は、逮捕後に自分の名前が公表されないよう訴えを起こして却下されている。もう一人の男は、不正が暴露された後、証拠になるパソコンを破壊して証拠隠滅を図っていたという。
こいつらは、自分が報道機関に勤める者として、ジャーナリストとして、どれだけ恥ずかしいことをしたかを恥じるどころか、逃げと開き直りを打っていたということだ。
なぜNHKはこんな者どもを庇い立てして写真を公表しなかったのだろう。

また、第三者委員会による調査では、NHKの職員たちの多くが株取引をやって資産を増やすことに熱心だったことも明らかにしていた。なかにはNHK職員のくせにフジテレビ株を買い、ライブドア事件のときに売り逃げて儲けていた奴もいたようだ。
そのこと自体は不正とはされなかったが、儲けのためにはフジテレビだろうが何だろうが見境なしに株を買うという、その根性がいかにも卑しい。
青山祐子
「7時のニュース」や「ニュースウオッチ9」に出てくるアナウンサーたちも、もしかしたら株で一儲けを企んでいるのだろうか。そんな目で、これからはNHKの放送を見るようになってしまう。
これはたとえば、私はべつにファンではないがフジテレビの滝川クリステルが日本テレビ株を買い漁って一儲けしようとしていたと聞いたときに、どう思うかということに通じる。

NHKは昔から給料が安いと聞いていたが、それは民放に比べれば安いということで、職員たちがせっせと株取引をするだけの余裕を持つ程度には給料が出ているということだろう。
それはそれで結構な話かもしれないが、その給料は、元をたどれば国民から強制的に徴収している放送受信料から支払われていると思うと、やはり面白くないものがある。

今回行われた調査では、81人が勤務時間中に株取引をしていたことが明らかにされており、いつから始まったことかはわからないが、NHKでは勤務中に株取引をすることが常態化していたことをうかがわせた。
こうした土壌を作ったのは、やはり報道とは無縁で利益追求のみに生きてきた福地茂雄のような男をトップに選ぶNHKの体質そのものといえるだろう。

第三者委員会の調査では、943人が調査に協力しなかったことも報告しているが、これもまた嶌信彦が呆れた通り、組織の信用が失われようとしているときに何ら危機感を持っていないNHK職員が多いことを証明している。

NHKの不祥事は2004年の制作費不正支出から始まり、先日は裁判で勝訴したものの番組制作に政治家の意向を取り入れた疑惑を持たれるなど、そのイメージは年々悪くなってきていた。その流れのなかで福地茂雄が会長に就任し、職員あげての利殖行為が暴かれて今日に至っているのである。
NHKの職員だって金は欲しかろう。
しかし公正中立を要求される報道を行い、社会に弱者がいることを伝えて国民生活を守る番組を作るべき放送局の職員が、己の懐を豊かにするのに励んで不正を行い、反省するところが少ないとなれば、やはり金儲けはやってはいけないのだ。

立花隆は、なぜこのような不正を行う者が高い地位を得られるようになるのかが解せないと言い、利殖に励むことを恥じない職員を採用する制度に問題があるのではないかと苦言を呈していたが、その通りである。

NHKでは第三者委員会の報告を受け、今後は「原則として」報道に携わる職員の株取引を禁止するなどと対策をしめしていたが、「原則として禁じる」ということは「例外は認める」ということではないか。
NHKの対策はいかにも手ぬるい。
今後もNHKはこの問題について、継続的に報告していくと言っていたが、福地茂雄はこれ以上踏み込んだ調査を行うつもりはないとも言っていた。
ならばせめて、第三者委員会が提出した報告書を公表するくらいはしてみたらどうなのだ。

トンネルに迷い込んだNHK。その闇はまだまだ続き、薄汚れたイメージはこれからも拭いようもなく色濃くなっていきそうだ。


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ドッグフードがなくなってきたので、昨日はいつも行くホームセンターに出かけた。
するとなんと、毎度購入している銘柄のフードが、1000円も値上がりしているではないか。
原材料になっているトウモロコシや小麦などの価格が高騰し、ドッグフードもそのうち値上げされるだろうとは思っていた。

けれども、いきなり1000円だぜ。
そりゃないんじゃないの。

で、私はどうしたかというと今月初めにオープンしたイオン系列のショッピングモールに入っていたペットショップで、同じフードが安く売られていたことを思い出し、急遽そっちに車を走らせたのだ。

ところが、そのショップもフードを安く売っていたのはオープン記念ということで、今では通常価格になっていた。そしてその通常価格とは、先のホームセンターと同じ、以前より1000円も高い価格なのだった。

時間とガソリンを無駄にしたうえ、値上がりしたフードを買う羽目になった私は、なんだかペテンにあったような気分になった。
犬にとってドッグフードは主食であり、必要不可欠なものである。
もちろん、安くて何が入っているかわからないフードは相変わらずあるし、ほんとうに犬のことを考えるならば手づくり食にしろという意見があるのもわかる。

しかし現実問題として、私のような普通の飼い主はドッグフードに頼っているのであり、それがいきなり1000円も値上がりするというのは異常事態といってもいいほどの危機感を抱かされる。

ガソリンの価格はもはや当然のようにリッター170円になり、バターはスーパーの棚から消え、小麦粉その他の食品もどんどん値段が上がっている。

それなのに、この国では為政者たちがこの事態を何とかしようという声を上げることはないし、消費者たちも「困った」「どうしよう」とぼやくばかりで声を上げ、行動を起こそうとしない。

これは国も国民も異常なのではないか。
おかしいぞ、みんな。
トラックのデモ

以前のエントリでも書いたが、ヨーロッパではガソリン高騰抗議してストライキをするなどの実力行使が当然のように行われている。
昨日見たニュースでは、フランスの運送業者がやはりガソリン高騰抗議して無期限のストを開始し、幹線道路ではトラックがデモ行進をして大渋滞を引き起こしている様子を報じていた。
この抗議活動によって、運送業者と政府との交渉がはじまるという。

日本では、なぜこういう動きが起きないのだ?

今日の朝日の朝刊を見れば、福田内閣の支持率がやや回復して23%になったという。
内閣支持率
なんじゃこりゃ、だ。

私には日本の国民がわからなくなってきた。

自分たちの首が今まさに絞められつつあるというのに、その首を絞めている者ども、つまりは自民党公明党のクソ政治家どもを支持するというのだ。

もっと首を絞めて、もっと強く。あ、いいい。いい。

いつから日本人はみんな変態マゾヒストになったのだ。

ベッドの上で変態プレイを楽しむのなら勝手にどうぞというところだが、生活がここまで脅かされているというのに、この体たらくはなんだろう。
もうため息が出るというか、血圧が上がるというか。
ほんとに、この国はどうかしているよ。

政府自民党と福田康夫は、参議院で可決された問責決議案を無視し、衆議院で信任決議されたからチャラになったと勝手に思いこんでいるようだが、とんでもないことだ。

もういろんなブログで書かれていることだから繰り返すまいと思っていたけれど、書かずにはいられない。
参議院は、去年の夏の参議院選挙で国民が決を下した結果、野党多数となった、直近の国民の意思を体現したものである。その参議院が可決した首相問責決議には、大変な重みがある。
バカでアホを絵に描いたような顔をしている伊吹文明などは「参議院の問責決議には法的根拠がありませんからね」と抜かしていたが、とんでもない話だ。
伊吹アホ文明
それを言うならば、国民の信を問わずにだらだらと政権にしがみついている自民・公明のみによって可決された信任決議案の方が、よほど重みに欠ける。まるでサルのせんずりのようなものではないか。

中国で大地震が起きて一ヶ月後、今度は日本の東北で大地震が起きた。

今は地震の被害にあった人は当然のことながら、日本国民の多くが苦しみに喘いでいる。

それなのに政府は仲良しごっこで首相を信任し、それで事たれりとしている。
こんな政府、絶対に許すべきじゃない。
日本国民はいい加減に目覚めるときが来ていると思う。

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私も近ければ、是非参加したいのだが。


反貧困キャンペーン


レッズサポーターよりも
「熱い」反貧困サポーター達よ、浦和に結集せよ!!


開催日時:2008年7月13日(日)13:00~17:30
開催場所:浦和コルソ7階・コルソホール
JR東北・高崎・京浜東北線、浦和駅下車西口すぐ。
     (伊勢丹の入ってるビル)
     住所:さいたま市浦和区高砂1-12-1
     (掲載地図参照)
入場料 :「何と」無料!。しかも事前予約もなし!!

もやい」の湯浅事務局長様より直々の宣伝要請です。まだ「反貧困ネットワーク」のホームページには掲載されていませんのでご注意願います。

**********************************************************************
「反貧困ネットワーク」では全国的に広がりを見せる「労働・生活行政による被害」で貧困や格差に喘ぐ人々の窮状を全国レベルで訴えるため、7月13日より浦和を出発点に、東日本地域全体で「反貧困」に関するキャンペーンを展開し、10月19日に東京へゴールするものです。今回はその出発式イベントが開催されます。

(詳細内容)
?.「労働・生活行政」による被害実情報告(各地から証言者が集結!)

?.基調講演「思い出を共有する。人間らしい生活を求めて。」
講演者:笹森清氏(労働福祉中央協議会会長・前連合会長)

?.シンポジュウム
(参加者)
藤田孝典氏(NPO法人・ほっとポット代表)
※藤田氏は「さいたまの『湯浅誠』」と呼ばれる方で、元あさひ銀行(現りそな銀行)行員。県内の貧困問題に直面する中で社会の矛盾に気付き、銀行マンを辞めてNPO法人を立ち上げた異色の経歴を持つ人物。GW前に毎日新聞・埼玉版でも紹介された。

湯浅誠氏(NPO法人・もやい事務局長)

宇都宮健児氏(弁護士・反貧困ネットワーク代表)

湯浅氏から宣伝用のチラシデータを頂いております。ご希望の方は配布しますので、御手隙でゲスブまでご連絡願います。埼玉県でこれほど大規模な「反貧困集会」はこれまでありませんでしたので、県内にお住みのブロガーの皆さん(もちろん県外も大歓迎)、出来るだけ動員にご協力願います。

尚、今後このキャラバンの詳細をお伝えするため、7月以降に特設ホルダーを立ち上げます。東日本地域で取材にご協力いただける方も募集中です。

(ブロガー諸氏の転載を求む、緊急!!/転載可能処理済)

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昨日はメンタルクリニックの受診日だった。
午前中の予約だったので、私はカミサンに車の運転を頼んで千葉にあるその診療所までいくことにした。

ここのところずっと、私は午前中、ほとんど使い物にならない状態が続いている。これがウツの症状なのかどうかはわからないのだけれど、体中がだるくて気分が悪くなる。嫌な欠伸が続けざまに出て、座っていることも辛くなってくる。
家にいるときにはそのままベッドに横になるのだが、病院に行くときはそうもしてられない。1月ほど前までは自分で運転して20キロほどの道のりを走っていったのだが、運転している最中に意識がもうろうとして危ない思いをすることがわかったので、今はカミサンに運転を頼むことにしている。

昨日も、行きの車中では、助手席に座った私はほとんど眠って過ごし、診療所について、長い待ち時間を過ごしているうちにだんだん気分が回復してきて、帰る頃にはなんとか運転もできるようになっていた。

天気はよくなかったけれど、千葉まで出たついでに、昨日は木更津まで脚を伸ばすことにした。

今、わが家には4匹のワンコに加え、セキセイインコにコザクラインコ、それにオカメインコ2羽と、合計4羽の小鳥がいる。
小鳥のかわいさに目覚めてしまったのは、つい最近のことで、彼らが実はワンコにも劣らぬ感情表現をする動物であることがわかってからというもの、私やカミサンの心を占める小鳥たちの割合は日に日に大きくなるばかりだ。

そうなるとワンコたちにおもちゃをいろいろ買い与えたように、小鳥たちにも遊んでもらえるようなおもちゃを買ってあげたくなってくる。
ところが、小鳥おもちゃとなるとホームセンターくらいにしか売っておらず、しかもそこに並んでいるおもちゃといえばいかにも面白みのないプラスチック製のものばかりで買う気がしないのだ。

もっとカラフルで、見た目にも楽しくなるような、もちろん安全で小鳥たちも喜ぶようなおもちゃはないものだろうか。

そう思って探してみると、いつもネットの通販で利用しているCAP!という店の実店舗が木更津にあることがわかった。
HPで店内の様子を紹介しているけれど、ここにはいつも注文しているペレット(ドッグフードの鳥版ですな)各種だけでなく、海外から取り寄せられたさまざまなおもちゃが並んでいるとのこと。
ペレット

こりゃ、ひとつ行ってみるべえと、雨脚も弱くなってきたのをいいことに出かけることにしたのだった。

しかし、内房線「上総湊」駅ちかくにあるというその店だが、まず上総湊までが遠い、遠い。京葉工業地帯を右手に見ながら無数のトラックに混じって延々走る。そして走っても走っても、上総湊はカーナビの画面に現れてこない。

結局70キロちかく走ってようやく、上総湊周辺に着いたのだが、こんどは店の場所がわからない。たしか、駅から徒歩10分と書いてあったのだが、カーナビが指し示した場所には店など影も形もなく、私たちはむなしく周辺を走り回った。

こりゃ無駄足だったか。と半分諦めつつ、近くに入ったガソリンスタンドで「小鳥のおもちゃを売ってる店を探しているんですけど」と聞いてみた。
すると、なんだかよくわからないけど、きれいなオウムなんかがいる店ならあるという。
「それです、きっとそれだ」

教えてもらったことに感謝してGSを後にした。
ちなみにガソリンは1リッター170円だった。高え!

教えられた道は、駅から徒歩10分どころか、上り坂をしばらく行って内科診療所を目印に細道に分け入り、さらに山の中に入って熊にでも出くわしそうな山道を行くというものだった。ほんとに、こんなところに小鳥のおもちゃを売る店などあるのか。

と、おもったら、あったよあった。その店が。
おそよ店舗には見えない建物だったけれども駐車場もある。
私たちは車を止めて、ドアの前に立った。
「ご用の方はドアベルを鳴らしてください」と書いてあるので、恐る恐るボタンを押す。
しばらくすると若い女性があらわれた。
「あの、ここはCAP!というお店ですか?」
と聞くと「はいそうです」
あっさり肯定された。

おいおい、こんなところまで歩いてくる人間はいるのか。
そう思いながらも、店の中に入って、私たちは目を見張った。
CAP店内
そこにはほんとうに、見ただけでたのしくなるような色とりどり形もさまざまな鳥のおもちゃやグッズが所狭しとならんでいたのだ。

やまち(セキセイインコ)にはどれがいい? バールにはこれかな? ピーチはこれが似合うかも(ともにオカメインコ)。サクラ(コザクラインコ)は破壊好きだから頑丈そうなのをね、と次々品物を選んでいく。
たとえば、こんなのとか。
小鳥のおもちゃ

こんなのとか、ね。
おもちゃ

これだけあると、ほんとに買い物が楽しくなってしまう。

結局、いろいろ買って6500円ほど支払うことになった。
うーん、鳥のおもちゃもバカにならんな。
それでも結構満足して、私たちは店を後にしたのだった。
CAP!という店、お店の人も感じがよかったし、なかなかいい店だったよ。また行くよ、根性と時間があったらね。
後学のために、一応アクセスマップをつけておこう。
CAP!地図


帰りは高速を使ったけれども結局1時間半ほどかかって帰宅。往復約150キロのドライブだった。

で、肝心のわが家の鳥さんたちだが、サクラはおもちゃをケージに入れたとたん破壊活動を開始した。よしよし、気に入ったようだ。
ところが、やまちはおもちゃが怖いらしくて近づかない。パールとピーチにいたっては、おもちゃを見たとたん、オカメパニックを起こしてしまった。

やれやれ。
もうちょっと喜んでくれると思ったのだが。
まあ、そのうち徐々に、おもちゃにも馴染んでくれるでしょう。
それもまた、楽しみなことである。

それにしても上総湊
遠かったよ。
また行きたいけどね。

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昨日のエントリでは、かつて「キレる17歳」と言われ社会を騒がせた世代が、今25歳になって秋葉原無差別殺人を起こしたというように書いた。
加藤智大

むろん、これは私の思いつきで、2000年当時17歳だった人々だってキレる人間ばかりではなかったはずだし、むしろ真面目に暮らしている者の方が多かったはずである。
今回の事件を起こした犯人にしても、彼がたまたま25歳だったということであり、その犯行動機を世代に求めるのは無謀というものだろう。

しかし、かつてこの社会では「キレる17歳」が論議を呼んだことは事実であり、議論されたからには何らかの結論が出されていたはずである。
では、西鉄バスジャック事件や愛知県豊川市の主婦殺害事件を起こした17歳が話題となり、マスコミに取り上げられて「キレる若者」が議論の的になったとき、どんな結着に落ち着いたのか。私なりに調べてみた。

まず2005年に社会科学的な調査が行われて、昭和41年、59年、平成10年に発生した少年犯罪を比較すると、14歳から17歳による犯罪が57%から69%に増加したという結果が出ている。これにより少年犯罪の低年齢化の傾向が明らかにされている。
また、2000年に行われた生活者1万人に対するアンケートでも、17歳は現在の生活に対する不満を持っている割合が高いという結果が出ていた。
17歳の不満

つまり、統計的に2000年当時の17歳は、現在の生活に不満を持っている割合が高く、また犯罪を犯す可能性も高いことが、一応ではあるけれどもデータ的には明らかにされたわけだ。

しかし、その結果どんな結論に落ち着いたかというと、結局は家庭での躾ができていないこと。子どもをしっかり叱れない親が増えていることが第一の原因として挙げられた。いわゆる放任教育が行われた結果、キレやすい子どもが育ってしまったというわけである。
これに付随して、学校での教育が適切になされていないという意見も出ていた。
第二の原因としては、セックスや暴力が氾濫するマスコミ情報や出版物、テレビゲーム、インターネットが挙げられた。
ことに愛知県豊川市の殺人事件で主婦をめった刺しにした少年は、「人を殺す体験をしてみたかった」と語ったことが注目されている。巷にあふれる暴力的な情報が、少年たちに悪影響を与えているというわけだ。

その結果、どんな対策が必要とされたか。
第一の原因については、全国民規模で少年たちに対するしつけを改める必要性が説かれた。
第二の原因については、マスコミによる自主規制が求められた。あるいは政府による規制が必要だという声も出た。
さらに、警察に対する批判も行われた。警官による不祥事、警官による犯罪はこの当時も頻発していたので、綱紀粛正を求める声が強かったのは当然だったかもしれない。
そして、もうひとつ、少年犯罪に対する厳罰化の声が高まったことも忘れてはならないだろう。

2000年、17歳によるおぞましい事件が続けざまに発生したときの社会の反応は以上のようなものだったのだ。

それから8年たって、状況はどう変わったか。
私の感覚では、厳罰化は確実に進んだが、その一方で8年前の事件を教訓に家庭や社会での教育が変わったようには思えない。
学校にいたっては「ゆとり教育」がその後も続き、その弊害がようやく見直されたとはいうものの、改善策は単に授業数を増やすことであったり、小学3年生から英語教育をしようというアイデアが出されたりといったものだ。安倍政権では道徳教育に力を入れるべきという声があったが、それは8年前の事件を教訓にするのとはまったく別の目的で叫ばれたものだった。

マスコミによる自主規制はどうなったか。
たとえばオウム真理教による松本サリン事件などが起きたときには、取材手法をふくめたマスコミの報道姿勢が問題になったが、表現の自由の問題をふくめ、いまだにはっきりしたガイドラインは決められていない。テレビ放送については、視聴者の苦情に対応するための第三者機関として97年に「放送と人権等権利に関する委員会機構(BRO)」が設置され、これが発展する形で2003年に「放送倫理・番組向上機構(BPO)」となった。これによって一応の管理機能をもつようにはなったが、マスコミ全体でいえば、いまだに場当たり的な自主規制が今も行われていると言うべきだろう。
また、漫画・アニメ・ゲームについては、警察庁による表現規制法検討会がもたれ、その規制法の検討が続いている。インターネットの規制についても、昨今は規制が強く求められている。

こうして見てみると、8年前にあれだけ社会を驚かせた事件があったというのに、日本社会はその後もそれほど反省することなく、せいぜいが家庭での躾に気をつけましょう的な結論で手を打ってしまったことがわかる。

その一方で、社会全体はバブル崩壊後の長期不況を迎え、その後、小泉政権による新自由主義社会へと雪崩を打って変わっていく。
つまり、2000年当時、強い不満を抱えた17歳たちは、なんら手当を受けることなく自己責任で勝ち組と負け組に選別される社会に放り込まれたと言えるだろう。
彼らが社会に対する不安を常に抱え、金を消費して羽目を外すよりは堅実に貯蓄に励むようになったというのも、こうして見れば当然の成り行きだったのではないかと思う。

小泉純一郎による悪魔のような規制緩和は、その一環として労働者派遣法を改悪した。つまり非正規雇用を増やすことによって企業側には非常に都合よく、反対に労働者側にとっては常に不安がつきまとう労働環境が整えられてしまったのだ。
不安を抱えたまま成長した17歳は、勝ち組になった者はいいけれど、負け組にまわった者はますます社会に対する不満を募らせていったことだろう。

ここからは私の勝手な想像だ。

今回の事件は、単なる異常者による犯行ではなく、社会が作り出した犯罪であり、その大本をたどれば2000年当時の事件を見ておきながら何ら根本的な解決策をほどこさずに過ごしてしまった社会と、相変わらず無責任なマスコミ、そしていちばん責められるべきは新自由主義を導入することによって社会をますます悪くし、国民に絶望と憎悪を与えた政府に原因があると、私は思う。
加藤智大は絶望的な憎悪を秋葉原で爆発させた。
その残虐な行いは十分に責められるべきものであり、間違っても讃えられるべきではない。
けれども、私のなかでは彼が行った孤独なテロリズムがどうにも哀しく、残念でならない。彼の行為は、己が抱え続けてきた怒りに対して常に冷淡だった社会に対する強烈なメッセージだったと思えてならないのだ。

たしかに、世代を一括りにして事件を語るのは乱暴かもしれない。しかし、あの「17歳」世代は、社会の歪みに対してもっとも敏感な世代だったと見ることもできるのではないか。
なぜなら、今の社会に対する不満や怒りは誰もが持っているはずなのだ。持っていても、誰一人立ち上がることなく、ブツブツと文句を言う程度で済ませてしまっている。それを常識ある大人と見るのはひとつの価値観であって、今の真綿で首を絞められるような社会状況に我慢できずにキレてしまうのも、人間としてみれば不器用ではあっても決して異常とはいえない反応なのではないかと思えるのだ。

今の20代の若者たちは、たしかに私などが同じ年頃だったときよりも真面目で堅実な考え方を持っているかもしれない。
就職し、真面目に働いて社会に貢献している人も多いだろう。
私などよりよっぽど立派に生きている人が多いだろう。
それは認めよう。
事件現場

けれども私は、ごく一握りかもしれないけれども、キレやすく怒ると何をするかわからない若者が他にもいるだろうと思うし、彼らがこの先、どんな化学反応を起こしてどんな行動を起こすかということを考えずにはいられないのだ。
新たな事件が起こったとき、やはり世間はまた異常者の犯行と考えるのだろうか。

今のままの社会状況が続く限りにおいて、私にはどうもそう考えることができないのだ。


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さて、気を取り直して、今日も床屋政談をはじめましょうかね(苦笑)。

8日、秋葉原で起こった無差別殺人事件は、その後の報道でさまざまな事実が明らかになってきている。
秋葉原現場#1

しかし、この事件が起きたとき、私がいちばん最初に思ったのは、あの西鉄バスジャック事件の犯人世代が、また帰ってきたのではないかということだった。

西鉄バスジャック事件は、2000年5月3日、九州自動車道太宰府インターチェンジ付近で、西鉄天神バスセンター行きの高速バス「わかくす号」が、刃渡り約40センチの牛刀を持った17歳の少年によって乗っ取られた事件である。
この事件では、犯行を起こした少年が「ネオむぎ茶」というハンドルネームを使い、2ちゃんねる上に犯行予告の書き込みをしていたことなどが大きな話題となった。
少年は、家庭内暴力で家族を悩ませ、精神病院に入院していたが、ここで愛知県で少年が老夫婦を殺傷する事件があったことを知り、自分も犯人の少年のようになりたいと思い、苛められた思い出がある中学校で無差別殺人を行うことを決意した。そして外泊許可が出たときに犯行を実行しようとしたが、ゴールデンウィークで学校が休みだったため、バスジャックを決行したのだった。

2000年にはこの事件の他にも、8月14日に15歳の少年による「大分一家6人殺傷事件」が起きている。
これは隣家の風呂場を覗き見たと叱られた少年が逆恨みをし、風呂場から侵入してサバイバルナイフを使って隣家の家族6人を襲ったというもの。

前後するが、同年7月29日には山口県で16歳の少年が50歳の母親を金属バットで殴り殺す事件が発生している。この少年は中等少年院送致となったが、出所後の2005年11月17日には大阪で姉妹殺害事件を起こしている。逮捕されたとき、元少年は「母親を殺したときの感覚が忘れられず、人の血を見たくなった」と供述している。

バスジャック事件が起きた後、世間ではこの世代があの酒鬼薔薇事件を起こした少年と同じ年齢であることから、しばらく17歳の凶行が話題になり、この世代に何か異変が起きているのではないかという論議がなされたのを覚えている。
その記憶が、今回の秋葉原での事件で甦ったのだ。
2000年当時17歳だった少年は、今年25歳になる。
そして、秋葉原で17人を殺傷した加藤智大容疑者もまた25歳なのだ。
彼だけではない。
3月に土浦で起きた無差別殺傷事件の犯人もまた、同世代の若者だった。

17歳の犯罪が話題になったとき、その論議がどのような結着をしたのかは覚えていない。
けれども、この世代には漠然とした社会に対する怒りと、不安を抱え込んでいる傾向があるといったようなことが語られていたように思う。

そこでもう一つ思い出すのは、先日テレビ東京で放送された経済スペシャル「新ニッポン人現る!」だ。
ここでいう「新ニッポン人」とは、団塊ジュニア(30~40代)、新人類世代ジュニア(10代)の間に位置する20代の若者たちのことだ。
彼らの特徴は、とにかく消費しないこと。旅行にもクルマにも興味がなく、休日は自宅で過ごす、仲間と飲みに行っても酒を飲まない。それで何をやっているかというと、手取り20万に満たない収入でも毎月堅実に貯金をしているのだ。
なぜ金を貯めるのかと問われると、彼らは一様に答える。

「それは、将来が不安だから」

番組にはデイトレーダーをやって100億以上の資産を持っている20代の若者も紹介されていたが、その生活の地味なことは一種驚異的ですらあった。
食事は1日2回で、昼はカップラーメン、夜は近くの立ち食いそばで天ぷらうどん。
超高級マンションに暮らしながら、クルマは持たず移動は自転車で行う。
海外旅行には興味がなく、そもそも旅行をしたこともない。
彼にとっては消費することが少しも楽しくないのだという。
では、どうしてそんなに金を貯め込むことに必死なのか。
やはり彼は答える。
「日本の将来に危機感をもっているから」
彼は、日本の食料自給率の低さに強い関心を持っており、将来は農業の立て直しに役立ちたいという希望を持っている。

日本の農業立て直しに役立ちたいという希望には心救われる気がするが、今の20代が一様に抱えているのは社会に対する不安であることは明らかだ。

その不安とは、格差社会や雇用の不安定がもたらす不安であり、年金問題をはじめとする社会保障制度への不信ということもできるだろう。
つまり、2000年当時10代半ばだった彼らは、社会に対する不安を擦り込まれながら成長し、実際に成人して社会に出てみると、今度は現実の社会がもたらす理不尽な雇用形態や賃金格差に直面し、派遣労働者間の希薄な人間関係に孤立して、自分の中に怒りを蓄積するしかなくなっているのではないだろうか。

「誰でもいいから殺してやる」

怒りから生まれる暗い想念は、この社会を構成するすべてに対して向けられているのだろう。
秋葉原で人をはね、刺し殺した犯人は、自分ではどうすることもできない袋小路のような人生にはまりこみ、悲鳴を上げることもできずに凶行に走ったのではないか。

そう思うと、彼が行った犯行は残忍で許されるべきものではないけれども、私の中では同じ残忍で憎むべき犯行だった「池田小児童殺傷事件」の犯人に対するものとは少し違った思いが生じている。
秋葉原現場#2
中産階級が崩壊して社会は勝ち組と負け組の二層分化してしまった現在の日本。いちど負け組になってしまうと、勝ち組に這い上がることは難しい。一言でいえば、「夢も希望もない社会」が、今の日本なのだ。そんな社会で青少年時代を送らなければならなかった彼ら20代の犯行を見ると、これは固有の性質が原因となって起きたものではなく、社会環境が引き起こした犯罪であるように思えてならないのだ。

20代ではないけれども、私だって今の社会はクソのようなものだと思っているし、言いようのない怒りを感じている。
もし、この怒りが蓄積していき、ある日爆発したならば、私も銀座あたりに乗り込んで、高級ブランドを買い漁っているセレブな連中を皆殺しにしてやろうと思うかもしれない。
あるいは、強力な爆弾を体に巻きつけて、どこぞの企業に入り込み、政界やマスコミを偉そうな顔して牛耳っている年寄りもろとも自爆してやるかもしれない。

秋葉原の事件以降、マスコミは3面記事のような情報を送り出すことに必死だが、悲惨で無残な現象だけをいくら追ったところで事件の本質に迫ることはできないだろう。

社会が市場原理で動き、格差が固定されている限り、似たような事件はこれからも起きる。
社会が不安に満ち、国民の生活が困難になっても、日本ではデモひとつ起きないが、実は静かに見えないところで着実に戦争が起きているのだ。日本では自爆テロこそ起きないが、銃乱射も起きないが、刃物を振りかざし、満ち足りた顔をしている歩行者たちをめった刺しにする日本式のテロが起きているのだ。

今回の事件は、そういう視点から見なければ、本質を明らかにすることはできないのではないか。
私は、そう感じている。

■追記
このエントリを読み返してみると、結論がなんだか誰かの記事に似てる。
なんかヤだけど、仕方ない。
べつに私は真似っこしたわけじゃないからね。


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なるほど、左様でござい。
こんちお日柄は悪しゅうござんすが、おつむの中は冴え冴えとして世の中が広く深く見渡せる御仁にはご機嫌如何なりや。

ヤツガレの上り坂一方の(つまりクダラナイ)ブログなど、まことにケチな存在で、おっしゃる通り、「「お笑い番組」の視聴で感情を起伏させて娯楽消費するレベルであり、福田康夫やめろとか、小沢一郎頑張れといった(ヤツガレ必ずしもそうは考えてはおりませぬが)大衆レベルの床屋政談の集積と循環の一部であり、転換期に対応する変革主体の運動とは全く無縁」のものでございます。

ご尊敬申し上げていた「世に倦む日々」の大先生からすれば、手前どものような雑魚がいくら集まって騒いだところで、社会は何も変わらない。おっしゃる通りでございましょう。
それにしてもまぁ、たとえがお上手なことで。
まったく「床屋政談」とは。
まるで地べたに唾でも吐くようなおっしゃりようでございます。

もちろん、名前も卑しい「フンニャロメ日記」ごときが、その高貴なるお目にとまったとも思えませぬが、拙のブログも大先生のおっしゃる有象無象のなかの切れっ端くらいの位置は占めていることでありましょう。その切れっ端が「司馬遼太郎の革命第一世代論から丸山真男の悔恨共同体論へ」という題名のご立派な説を拝読すれば、ヤツガレごときがものを申すはただただ恥ずかしきことにてネットをゴミで汚すようなもの、と教えていただいたようでございます。

こんな阿呆にも、それくらいはわかります。

なるほど、床屋政談をしているような輩からは、百年待っても革命運動を推進するエリートは現れないことでございましょう。
書くだけ無駄。ネットを汚すだけ。
雑魚は首をすくめ、大先生ご推薦の河添誠さまと湯浅誠さまのお説に耳を傾け、ひたすら牽引されるのを待てばよろしいのでございましょうか。
「自民党を終わらせろ、民主党に政権交代させろ、とネットの床屋政談で何十人かが騒いでいれば、それで日本国民が福祉国家を手に入れられるとは絶対に思わない。それはあまりにも資本と権力の体制をバカにした話であり、歴史を甘く見た妄想だ。無知の政治観である」。
なるほど、お説ごもっともで。
長屋の熊や八公は、妄想するのを止め、だまって大先生の話を聞いていろと。

たしかに大先生の高邁なお説は、タダで読ませていただくのはもったいないほどありがたいものでございます。
しかし大先生。
近頃のお説を拝見していると、長屋の住民にはちょいとばかりついていけないような気がしていたのでやんすが、いかがなもので。

あ、いけねえ、いけねえ。ヤツガレごときが大それたことを。
雑魚は口をつぐんでいろと言われては、もう何も言う気にはなれませぬ。

床屋政談はいい加減にして、この安普請にも似たブログも、店じまいを考えた方がよいのでしょうか。
さあて、明日からどうしたものでございましょう。

おかげさまで、大先生の「世に倦む日々」を読ませていただいた後、ヤツガレもすっかり倦み倦み気分になってしまった今日この頃。
ここはひとつ、かっぽれでも踊って、その後ぁふて寝と決め込みましょうかい。

関連タグ : 世に倦む日々, 床屋政談,

まず、昨日のエントリについて、xyzという人物からコメントをいただいた。
どういう気遣いなのか、管理人のみ閲覧可能に設定してのコメントだったのだが、少々気になったので以下に全文をコピーする。
タイトルは「もう少し研究して」である。

---------
築地の移転問題は外部から見るとこんな論理でよいが内部から見ているとどこかに移転しないとだめなのである。大阪の市場が再開発のため市場の使用料が高く皆逃げていく。
----------

正直なところ、読解力に欠けている私には、xyzさんの言いたいことが、もうひとつよくわからない。
「もう少し研究して」とは、何を研究しろということなのだろうか。

彼は「(築地市場は)内部から見ているとどこかに移転しないとだめ」と書いているのだから、おそらく築地市場に関係している人物なのだろう。

それにしても、私は昨日の記事のなかで、築地市場を移転すべきではないとは一言も書いてない。
むしろ、移転が必要とされている理由がどこにあるかをはっきりさせたくて書き始めたのがそもそもの動機で、これはカミサンや娘に「どうして今更築地を移転させなきゃならないの?」と聞かれたときに、私がはっきり答えることができなかったからである。
「きっと狭くなったんだろうよ」くらいに答えて誤魔化していたのだが、質問に対する答えというものは、何であれ明確にしておく必要がある。
そこで私は私なりに、築地市場がなぜ移転を迫られているのかを調べてみたのだ。そして、移転先が、なぜ、有害物質をたっぷりふくんだ土地でなければならないのかが不審になり、それについても調べてみた。
それが昨日のエントリである。
したがって、私はたしかに豊洲に移転するとしている現在の東京都=石原慎太郎の案には絶対に反対であると書いたが、老朽化著しい築地が、今後の使用に耐えないのであれば、もっと安全でふさわしい場所を選ぶべきだと思っている。

なぜ築地市場の代替地が、鉛や水銀やシアンやベンゼンで高濃度に汚染された土地でなければならないのか。
専門家のなかには、同じ臨海地区のなかにも安全な土壌の土地があると言っている人もいるのだ。
石原慎太郎は莫大な費用をかけて土壌改良をして、あくまでも豊洲への移転にこだわっているようだが、そこに私は例によって薄汚いものを感じた次第である。

xyz さんのコメントは、どうにもわかりにくい。気を遣ってくれるのは有り難いが、どうせならばもっとわかりやすい文章を書くことに気を遣っていただきたいものだと注文をつけておく。

それにしても、このごろFC2はいたずらのコメントTBがあまりに多い。それらがゴミのように現れるたび、私は削除し、コメント拒否の設定をしているのだが、はっきりいって辟易している。
私のようなちっぽけなブログでこのありさまなのだから、訪問者数が多いブログを運営している方々は、私など比較にならないほど嫌な思いをしているのではないだろうか。

アダルトサイトへのリンク、意味不明コメント、こういうものを送りつけて、いったい何が楽しいのだろうか。
ほんとうに私は目眩がするような気持ちであり、これらのゴミを目にするたびにウツがぶり返してきそうな気がして血の気が引く思いをする。
見ず知らずの他人に、こういう思いをさせるのが楽しい人種がいるとすれば、それらは異常人格であり、反社会的な存在であるとしか言いようがない。

ある種むなしい思いをしながらも、一応ここで意思表明しておくことにする。


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まったく、政治家にしろ、官僚どもにしろ、これまでさんざん税金を無駄遣いしてきた連中は、「李下に冠を正さず」という諺を知っているのだろうか。
おそらく知らないだろうから、こんなにも次から次へと国民から疑いをかけられるような行為が露見するのだ。
福田・額賀
李下に冠を正さずとは、中国の故事で、すももの木の下に立って冠をかぶり直そうとすると、傍目には手を伸ばしてすももの実を盗もうとしているかのように見える。だから、そういうところでは冠をかぶり直さないようにするべきだという意味だ。

ところが、今、話題になっている「居酒屋タクシー」を利用した官僚どもなどは、冠を直さないように己を戒めるどころか、ビールでもつまみでも、金券、現金にいたるまで、もらい放題だったわけだ。タクシー券はもちろん税金から支払われるもので、彼らは税金でタクシーを利用しながら、その税金に対する見返りとして種々のサービスを受けていたわけだ。
タクシー券には利用者のサインと利用金額を記入さえすれば、そのまま請求されるわけだから、もしここで水増しした金額が書き込まれたりしていれば、それは横領ということになる。
そして、この横領から得た利益からタクシー業者がビールやらのサービス品を仕入れていたならば、それもまた横領の一端を担いでいたことになるのではないか。

しかし、今回露見した出来事で、私がいちばん驚いたのは、各省庁ごとに驚くべき金額の予算がタクシー券に使われていたということだ。たとえば06年度、財務省では約4億8000万円分ものタクシー券が使われたという。
これはいくらなんでも、多すぎるのではないか。
なんどでも書くが、一般の企業の場合、支出の見直しをして無駄を省くとき、真っ先に削られるのは交際費とタクシー券だ。

今、日本の政府は巨額の財政赤字を抱え、その立て直しを迫られているというのに、タクシーだけに5億近い金を使っているというのは、どういう神経なのだろう。これを他の省庁でも使われている予算と合わせると、莫大な金額になることだろう。

昨日のニュースでは、ビールやつまみの提供を受けていた官僚がインタビューに答えて、「そういうものを受け取っても罪悪感をもつことはなかった」と言っていた。
彼らには、もはや李下に冠を正さずという意識の断片すら残っていないらしい。

官僚は深夜帰宅が多いからタクシーを使わざるを得ないというのなら、まず第一に残業を減らす努力が必要だし、第二には仮眠室のようなものをもうけて、帰宅できない時間になってしまったら、とりあえずはそこに泊まれるようにすべきだろう。それでもどうしてもタクシーを使う必要があるのなら、自腹で立て替えるようにするべきだ。そうすれば無駄な金は使いたくないという神経が、少しは働くだろう。

とはいっても、もはや官僚どもに悔い改めさせることには誰も期待していない。

ならばいっそのこと、タクシー券みたいなものは使用禁止にするべきだ。そもそも、いくらでも誤魔化しの利く制度を利用しているから今回のような事態が起きるのだ。

これからは、官僚どもが何重にもまとっている特権の薄皮を、一枚一枚はぎ取っていき、徹底的に無駄遣いをなくしていくことが求められよう。
長妻昭
消費税増税をふくむ税制改革の話などは、それらが終わってからにしてもらいたいものだ。


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東京都=石原慎太郎が画策している大きな問題のひとつに、築地市場豊洲移転問題がある。
しかし移転先とされた豊洲が、とんでもない有害物質に高濃度で汚染されていることがわかり、今、移転に大反対の声が上がっている。

そもそもなぜ、築地市場を引っ越しさせる必要があるのか。
これについては石原の腹心である猪瀬直樹が「築地市場の豊洲移転問題」を書いているので、これをまとめてみることにする。

まず、移転問題が生まれる原因になったのは、現在の築地市場施設が老朽化していることだ。
築地市場は1934(昭和9)年に建てられたもので、以前から施設の老朽化が指摘されてきた。そこで86年、築地が都民の台所としては手狭になったということもあり、東京都が再整備を決定した。
ただし、このときの決定は移転ではなく現在の場所に施設を作り直すというものだった。

ところが、市場の営業を続ける傍らで一部ずつ手直しを加えていくのでは工期が遅れるうえに整備費がかさむという問題が生じた。
そのため、今度は市場を臨海部へ移転させることが検討されるようになった。
そして99年、業界団体と中央卸売市場との間で移転整備ということで意見がまとまった。
最終的には2001年に東京都が「第7次卸売市場整備計画」を策定、豊洲地区への移転を決定した。

ここまでは事実の流れである。
この後、猪瀬は築地に足を運び、そこで見た印象を語る。
「築地市場の印象は、とにかく狭い」
「レイアウトにも古さが目立つ。(中略)水産物部仲卸業者売り場のメインストリートは、(中略)じつは鉄道時代のレイアウトなのだ。昔は、鮮魚を積んだ貨車を汐留からここに引き込み、荷物の積み卸しをしていた。(中略)ところが現在、貨物取扱量は大きく減っており、代わって、多くのトラックが市場に入り込んでいる。これが築地市場が狭くなった原因のひとつ」
猪瀬はさらに、施設が古い建築のためアスベストが多く使われている問題もあげている。これを処理するには手間も時間も金もかかるというわけだ。

もうひとつ猪瀬が挙げているのは、築地がいまや取扱量においてジリ貧にあるという点だ。2002年度の築地の取扱金額は6300億円だが、2006年度には5800億円、約8%も減少しているというのだ。
築地は長い間「首都圏の台所」といわれ、築地で行われるセリの価格が基準になって料亭、寿司屋からスーパーで売られるマグロの値段が決まってきた。
ところが、取引量が減少し、かわりにイオンなどの大手小売店がバイイングパワーをつけ始めてきたことにより、築地市場の価格決定力が低下してきているというのだ。猪瀬は言う。
「もちろん消費者から見れば、イオンやイトーヨーカドーが価格を決めても問題はない。お寿司屋さんも、イオンに行ってネタを買えばいい。あるいは、生産地と直接契約して買えばいい」

施設の老朽化と取扱金額の減少。
この二つを解決するための妙案が、豊洲移転というわけだ。
豊洲ならばクルマに適応した市場、郊外にある大型モールのような施設ができる。また豊洲周辺には物流倉庫が多く、近くを湾岸線が走っているのも市場機能に向いている。

けれども豊洲移転には問題点がある。
ひとつは築地市場に店を構える店舗の資金力。
豊洲に移転して店を出すには、設備投資や場所代を自己負担しなければならない。資金力のある大型店舗ならばいいが、中小の店舗にはそれだけの資金がないというところが少なくない。

もうひとつは土壌汚染の問題だ。

この問題については「現役雑誌記者によるブログ日記!」というブログがくわしくまとめている。
それによると、豊洲の移転予定地は1956年から約30年にわたって東京ガスの工場が稼働していた土地であり、ここでは石炭からガスを抽出していたことから、その製造過程で産生された有害物質が大量に溶け込んでいるという。去年3月、畑明郎日本環境学会会長らが行った地下水の水質調査では、石けん水なみの強アルカリ性を示したことが明らかになった。
この水は単に基準値を大きく超えるアルカリ値を示しただけでなく、高濃度の鉛やヒ素、水銀、六価クロム、シアン、ベンゼンが溶け込んでいることもわかった。ことにシアンはほんらい土壌から検出されてはならない物質であり、ベンゼンも環境基準の1500倍という高い数値を示したことが注目された。

この有害物質てんこ盛りという感じの土壌に「首都圏の台所」を移そうと決めたのは石原慎太郎だ。
かねてより東急エージェンシーとの結びつきが強い石原は、東急グループの東急不動産ともつながりがあることは容易に想像がつく。売却すれば2兆円は下らないとされる現在の築地市場がある土地を手に入れれば、東急は大儲けができるに違いない。

「どうです、石原先生。あの土地、なんとかしましょうよ」

と言われたかどうかは知らないが、石原は東京ガス工場跡地に目をつけて売却を打診した。
しかし、この土地に住居・商業オフィスを建設する計画を立てていた東京ガスは、これを断っている。
2000年6月2日づけで東京都副知事・福永正通あてに提出した意見書には「豊洲の土地は工場跡地であり土壌処理や地中埋設物の撤去等が必要です。弊社では土壌の自浄作用を考慮したより合理的な方法を採用し、長期的に取り組む予定でありますが、譲渡に当たりその時点で処理と言うことになれば大変な改善費用を要することになります」と反対意見が述べられていた。

なんとしても豊洲の工場跡地が欲しい石原は、工場跡地に必要となる護岸工事で、東京ガスが負担する600億を免除するという懐柔策を打ち出した。さらに、石原は東京ガスの社長と同じ一橋大学出身でもある。
結局2001年7月に「築地市場の豊洲移転に関する東京都と東京ガスとの基本合意」が締結された。

一方、国では環境庁が2002年2月に「土地汚染対策法」を国会に提出し、03年4月から施行されることが決まった。
ところが、この「土地汚染対策法」には「附則3条」というものがついており、土地汚染対策法が施行される前の土地に対してはこの法律が適用されないということになっていた。つまり、2001年に東京都と東京ガスとが結んだ基本合意に基づく土地利用には、たとえどんなにそこが汚染されていようとも、土地汚染対策法は適用されないというわけだ。

なんというタイミングのよさ。
環境庁は、豊洲が汚染された土地であることを知っていながら、石原を援護射撃するように抜け穴つきの法律を作ったに違いない。ちなみに石原は76年に環境庁長官を務めていた。この男が、長官を務めていたときの人脈と威光をフルに使ったことは想像するまでもないだろう。

豊洲の市場移転予定地は、とんでもなく汚染された、危険極まりない土地だ。
そこに首都圏の食をあずかる市場を持ってくるという発想が、普通の感覚からすれば、まずあり得ない。
東京都は土壌改善をやるから大丈夫だといい、市場部分は50センチの高床式でやるから安全だと言っているが、それはまるで地雷原の上に幼稚園や学校を建てようとするものである。
畑日本環境学会会長は、1000億円規模で土壌改良をしなければ安全は望めないと言っている。

「たとえ土を森土してアスファルトで覆っても環境汚染は避けられない。野菜や鮮魚は大量の水を使う。その水がアスファルトのひび割れなどのしみ込み、毛細管現象で汚染物質がしみ出してくる。そのことで魚や野菜が汚染される事になる。
シアンやベンゼンなどは揮発性のもの。汚染土壌から蒸発するのは当たり前。市場関係者がこの気体をすえば健康被害が出るおそれがある。
また、豊洲は江戸時代から続いた築地市場と違って最近の埋め立て地。近年にもありそうな地震では地盤の弱さから液状化現象で汚染物質が地上に飛び出す事は自明の理。
一度汚染されたものはどんなことをやっても100%安全になることはあり得ない。
食の安全は至上命題だ。豊洲移転はやってはいけない」

以上の流れを見ると、石原という男がここでもまず移転ありきで強引に事を進め、食の安全など完全に無視していることがわかる。そして東京オリンピック開催とからめ、大手ディベロッパーと結託して巨額な利益を貪ろうとしていることもわかる。
石原は、築地市場は都設のものなのだから、都の意向に背くことは許さないと思っているようだが、とんでもない。
こんな男に首都圏の台所の行き先をまかせたら、いずれ東京は第二の水俣のようになってしまうだろう。もし、そうならずにすんだとしても、土壌改良には莫大な費用がかかることは明らかであり、そのときにはまた都民の血税が注ぎ込まれることになるのだ。
いいことなど、何もない。

築地市場の豊洲移転は、絶対に阻止すべきだ。


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関連タグ : 石原慎太郎, 築地市場, 移転問題, 豊洲, 土壌汚染, 附則3条,

いてててて。
再発である。
持病の腰痛

二日前、ワンコの散歩を終えて、彼らの脚を洗ってやっていたときのことだ。
玄関の上がり口で、私は階段に腰を下ろしてワンコを一匹ずつ呼び寄せ、1本ずつ脚を洗っていく。
当然、ワンコは床に立っているから、私は上半身を大きく傾けて洗ってやることになる。
わが家には4匹の犬がいるから、16本の脚を洗うことになる。

私は、ワンコが大好きだが、正直を言うと、毎日朝晩の散歩後の脚洗いは嫌である。

ワンコの肉球をクニクニ洗ってやるのは悪い気分じゃないけれど、16回も続くと嫌になってくる。

おまけに、腰痛の再発だ。
一度腰を折ってしまうと、体を伸ばすことができなくなる。
いてててて。
ほんとに辛いのよ、腰痛って。

まったくジジイだ。
いいところがない。年なんか取ったって、ほんとに。

そんな、半病人状態ゆえにブログの記事を更新するのも辛い状態。

でも、今日はあんまり愉快な記事があったので、書いておくことにした。
いや、もうみなさんご存じだろうけどね。

財務省や金融庁などの役人どもが、深夜帰宅をする際にタクシーを利用し、運転手からサービスとしてビールやつまみを提供されていたことがわかった。いちばん厚くもてなされていたのは財務省の役人で、5日同省が明らかにしたところでは383人が「サービス」を受けていた。
その内容たるや、ビールやつまみだけではない。
なかには現金やクオカードを受け取っていた者もいて、30代の主計局職員の一人は5年間で合計200万円前後の提供を受けていた。

いいよなあ。財務省
これだからやめられねえよな。
今夜の「報道ステーション」では、このニュースを伝えたあと、解説の加藤千洋が「旧大蔵省では10年前にも接待疑惑があって、財務省に組織を変えるきっかけになった。しかし、そのDNAは今も残っているということですね」と言っていた。
加藤が言う「10年前の接待疑惑」とは、いうまでもなく、あの「ノーパンしゃぶしゃぶ接待疑惑」だ。

10年前、旧大蔵省の役人たちは銀行や証券会社の社員たちから新宿にあった「楼蘭」という風俗店で接待を受けた。そこがしゃぶしゃぶを出す店だったから、領収書の明細が飲食費として通しやすかったからである。

そして今回。
財務省の役人どもは、れっきとした税金でまかなわれているタクシー券を利用したあげく、運転手からビールやつまみ、果ては金品まで受け取っていたのだ。

私もタクシーをごくごくたまに利用することがあるけれど、未だかつて運転手からそんなサービスを受けたことはない。
乗車拒否は何度もされたけどね。
行き先を告げても返事もしない運転手に当たったことも何度かあるけどね。
釣り銭と領収書以外にもらったことはない。

おそらく役人どもは、遠くの自宅まで帰るときには当然のように高速を使っただろうし、それが毎日のように続くとなれば運転手の方も「また、よろしくお願いしますよ」ということになったに違いない。
タクシー券という奴は、降りる間際に金額を書き込むようになっているから、サービスを受けた役人は、いい気分になっていい加減な金額を書き込んでやっただろう。
そうでなければ、ケチなタクシー運転手がビールやつまみを出したりするかよ。

まったくもって、日本の官僚の体質はどこを見回しても腐っているとしか言いようがない。

民主党の長妻昭らによる調査はこれからも続くようだから、ぜひ、全容をはっきりさせてもらいたいものだ。

そして役人どもが今後、少しでも反省する気があるのなら、いくらでもインチキが利くタクシー券など廃止すべきだ。
世の中の企業の多くは無駄な残業をなくすために効率化に取り組んでいる。霞ヶ関の役人どももそれにならって残業を減らすようにすることだ。
もし要領が悪くて帰りが遅くなってしまうようなときには、帰ることをあきらめて、会議室にでも泊まることにしたらどうだ。

そのくらいの態度を見せなければ、国民の怒りはますます膨らむだけだ。


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この男のことを考えると、それだけでジンマ疹が出そうになるのでしばらく触れずに来たが、それでも言わずばなるまい。
石原慎太郎
杜撰な経営で破綻寸前の新銀行東京は、2008年3月期決算で累積赤字が1016億円にも達し、6月末に赤字分を減資することになった。
これで都民の血税1000億が、見事にドブに捨てられることになったわけだ。

すでに何度も書いたように、都民にとってはほとんど役立たずの金食い虫のようなこの銀行は、石原慎太郎によるトップダウンによって設立されたものである。
ところが、その銀行が大赤字を出した挙げ句、400億の追加出資をさせ、なおそのうえ今度は赤字分を資本金で穴埋めすることにして企業としての価値を限りなく低くした。
こんな銀行は一刻も早く業務を停止し、すべてを精算すべきなのに石原慎太郎という男は責任をすべて他人になすりつけて知らんぷりをしている。

まったくもって、これも何度も書くことだが、この男は唾棄すべき男というほかない。

新銀行東京の責任については知らぬ存ぜぬを貫こうとしている石原が、今やろうとしていることは何かと言えば、三宅島でのバイクイベントだ。

三宅島の復興を旗印に掲げ、観光振興の起爆剤にと石原は昨年このイベント開催をぶち上げたが、実のところはこのイベントも批判轟々の代物だった。
石原は当初、「マン島のようなバイクレースをやろうじゃないか」と三宅村に話を持ちかけた。
マン島のレースといえばバイク好きならご存じだと思うが、バイク数十台が島の公道を完全に遮断して走り回る伝統のレースだ。
しかしこのレースは高速で曲がりくねった公道を走ることから危険が多く、数多くの死亡事故を起こしていることでも知られる。

マン島のようなバイクレースをやりたいと言い出した石原は、もちろん三宅島の一般の通行を封鎖し、島を周回する都道をコースにすることに固執した。
ところが、これを知ったバイクメーカーやプロ・ライダーたちは危険すぎる、絶対に開催すべきではないとして反発した。
結局、昨年のレースは国内のバイクメーカー4社は不参加を決定、公道レースも断念せざるを得なくなり、三宅島空港の滑走路を使ってドラッグレースを行うことになった。

このイベントが、果たしてどれほど三宅島復興に役立ったのか。
東京-三宅島間のフェリーを運航する東海汽船によると、期間中の来島者は909人で、三宅島の平野祐康村長は「経済効果は十二分に出ている」と語ったようだ。しかし1000人にも満たない観客を前に繰り広げられたバイクイベントが、どれほどの盛り上がりだったのかは、はなはだ疑問といわざるを得ない。
バイクメーカーからも見放されるようなイベントを企画するくらいなら、もっと島民に直接結びつく復興策があろうというものだ。
それにもかかわらず、石原は懲りずに今年もまた同じイベントをやるつもりでいる。
以下は石原の記者会見での発言だ。

------
「大いに盛り上がったですね、あのモーターサイクルフェスティバルが、今年もですね、さらに内容を充実して、開催することになります。開催日は10月17日から19日の3日間で、三宅島とですね、三宅島のNPO法人が主催することになります。フェスティバルではクラシックバイクやレーシングサイドカーなどが都道を走りましてですな、ツーリストプロや全日本選手権最終戦として行われる空港ドラッグレースの他ですね、一般参加型の新しい企画やフリースタイルのモトクロスなど見て楽しいですね、参加しても楽しい、三宅島ならではのレースが計画されております」
------

ほとんど三流キャバレーの呼び込みのような、バカ丸出しのセリフである。

Wikipediaの記述によれば、このイベントのために「東京都は専門家による検討経費などに4000万円、都道改修に3億円を2007年度予算に計上している。民家への衝突を防ぐガードレールを増強し、マンホールには滑り止めを施す予定である。運営する三宅村(人口2934人)も、開催に必要な約3億円を負担する見込みであり、村民一人当たり約10万円の負担となる」

結局、公道を使うことは断念されたけれども、いまだ帰島できない人もいるというのに、島民一人あたり10万も負担させる復興計画があっていいものだろうか。

それを石原は今年もまたやろうとしているのである。
共産党の都議会議員団は石原に対し、「島民のおおくからは歓迎されず、計画そのものが破たんした三宅島でのバイクイベントはきっぱりと中止すべき」と声明を出している。
この声明では、このバイクイベントは例によって石原のトップダウンによって始められたものであり、石原は巨額の税金をかけてマン島視察をおこない、噴火の被害に苦しむ三宅村・島民に公道レースを押しつけようとしたと非難している。
石原からすればマン島視察は専門家による検討経費にふくまれているというのだろうが、石原はバイクの専門家でもなんでもありゃしない。東京マラソンと同じレベルで考えているのだろう。
しかし、もしもこんな奴のためにレースが行われ、死亡事故が起こったならば、どうなっただろう。バイクに対する危険なイメージがふくらみ、事故の責任を取るために都はまたしても莫大な金を出さざるを得なかったかもしれない。

このバイクイベントに反対するサイト「WWW.MADERV.COM」の告発によると、このイベント運営は石原の選挙を仕切った東急エージェンシーが行っており、税金を使い放題にしていることや、村営住宅の建設等は無視して道路族議員の言いなりに税金を道路整備に注ぎ込んだことなどが挙げられている。

こんなイベントには何にも価値はない。
またしてもポピュリスト・石原慎太郎のワンマンショーになるだけだ。
開催日は10月17日から19日までとしているが、7月6日にはお台場でプレイベントまで開催するという。

もう、いい加減にしてくれよ、石原慎太郎
早いところ、私の目の前から、都民の目の前から、国民の目の前から姿を消してくれ!

これは一バイク愛好家からの願いでもある。


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私が小学生の頃、友だちと神社の境内で隠れん坊したりていると、どういうものか必ずといっていいほど樹木の陰や本殿の床下などに成人雑誌が落ちていた。
それが成人雑誌とわかったのは、私はそれを見たからあって、しまいには本来の隠れん坊を忘れて私は友だちを呼び集め、みんなでその本を囲んでしゃがみ込み、木の枝か何かでページをめくっては「わー、なんだこりゃ」とか「やらしー」などと騒いでいたのである。
まあ、ロクな小学生じゃなかった。それは認めよう。
それが成長して、こんな大人というか、オヤジにやってしまったわけだ。

さて、昨日2日、自民党民主党は18歳未満の子どもをインターネットの有害サイトから守るための議員立法の共同案の修正協議で合意した。

最近は、パソコンや携帯を通してインターネットを利用し、小学生でも実にさまざまな情報を得ることができる。もし、私が今の小学生で、パソコンも携帯も所有していたならば、やはり神社で誰かが捨てていった成人雑誌を隠れ見たように、アダルトサイトなどを片端から覗き見ていったに違いない。

ロクな小学生じゃなかった私ではあるけれども、そういう成人雑誌を見るときにはやはり「何かイケナイことをしている」という意識があったわけだし、それが子ども心にも汚らわしいものだと感じていたから木の枝でページをめくっていたのだと思う。
そう思いたい。
だから、私が今の子どもでパソコンや携帯を持っていたら、アダルトサイトを覗くだろうけれども、やはり心のどこかにはやましさを抱えながら見るだろうし、それらの画面に映っているものが善ではないということはわかっていると思う。

そう思えるのは、何も私に徳があるからではなく、私の周囲にいた大人たちが言葉にはっきりは出さないまでも、今でいうアダルト系の写真や読み物がお天道様の下で堂々と見たり読んだりする類のものではないということを教えてくれていたからだ。
それは私だけではなく、私と一緒になって境内に落ちていたエロ本を覗き見ていたガキどもも同じだったはずだ。

今回、自民党は有害情報を規制するにあたって「国が一定の関与をすべきだ」と主張し、民主党は「民間の自主的な対応に委ねるべきだ」と主張して調整が難航し、最終的に国が関与せず、民間の第三者機関に任せることで自民党が妥協して決着したという。

けれども、たとえ民間の第三者機関があたるとしても、子どもがどんな情報を見るかという行動をお上が監視することには、どうしても抵抗感が残る。

たしかに今のネットにあふれる情報には、私が子どもの頃に見たものとは比べものにならないほど過激で扇情的なものが多いし、残虐なものや殺人、自殺に関わるものが見過ごせないほどあるのは事実だ。だからといって、これらをけしからんものとして権力が介入して規制するべきものなのか。

私もそれらはよからぬ情報ではあると思うけれど、かといって政府権力が介入することには賛成する気になれない。
政府がするべきなのは、規制をする前に教育に力を入れることではないのか。
ネットに対する心構えを、子どもだけでなく親の世代にも教育していくことだ。そうすれば、たとえアダルトサイトを見ることがあっても、子どもはそれが善ではないことを知りながら見るようになるだろう。親の立場でいえば、それらがよくないものだということを子どもの心にしっかり植えつけるようになるだろう。

そもそも、ネットにあふれる反社会的情報は、いくら政府が規制をかけたところで完全にシャットアウトすることは不可能だ。そして権力が規制をすればするほど、裏社会の情報は価値を増していく。
肝心なのは、一人ひとりの子どもたちがそれらを見てはいけないものだと思うようになることであり、大人は子どもを守る責任から、それらを子どもに見せないように努力することなのではないだろうか。消極的な方法かもしれないが、政府がすべきなのはここまでで、あとは社会の良識を育てていくしかないと思う。

今回、自民党民主党が決めたことは、地べたの上で暮らしている国民から見れば「余計なお世話」と思われてならないのだ。
だいいち、彼らは何をもって有害情報として規制していくかがはっきりしていないし、彼らが規制するのにまかせていると、そのうち有害ではないけれども彼ら権力にとって有害なものを規制するようになるのではないだろうか。
それが気にかかる。

昔、といっても今から20年ほど前までのことだが、海外から輸入されるアダルト雑誌には、『PLAYBOY』のようなものでさえ、ヌード写真の股間はマジックインキで消されていたものだった。今思っても、それは愚劣な、お上による規制の結果だったわけだが、少年だった私たちはあらゆるところから情報を得て、いかにそのマジックを消し去るかに地道を開けた。
多くは失敗したが、ときにはうまく消すのに成功することもあった。

でも、だから何だったかといえば、何でもなかったのである。

要するに、マジックを上手く消して、股間にあるものを見たところで大した感動はなかったし(もちろん、消したこと自体への感動はあったが)、それを見たことで私たちが性的にねじ曲がった方向に進んだとも思えない。

今、自民党民主党がやろうとしていることは、せいぜいがネットの情報にマジックインキを塗ろうとしていることにすぎないのではないか。

だとしたら、それは愚劣な規制だし、やっぱり余計なお世話だと言ってやりたい。

さらに民主党についていえば、こんなところで自民党と協調していないで、高騰を続けるガソリン価格についての見解を出してほしい。3月4月と、「ガソリン国会」と宣言していたあの騒ぎは何だったのか。国民の前に、きっちりとその落とし前をつけてもらいたいものだ。


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私は、社会が混乱すればいいと願っているわけではない。
しかし、悪政が敷かれ社会に不安と不満が充満したときには、なんらかの態度を表明することが必要だと思う。表明することによってバカな政治家を動かし、金の亡者の企業家や投資家に少しは思い知らせてやることが必要だと思っている。

原油価格の高騰が止まらない。
ガソリンの価格が、ついに全国で170円台に突入した。
ガソリン値上げ
これは道路がなければ生きていけないなどの繰り言ではなく、今日の生活に大きな打撃を与える事態で、このままガソリン価格が上昇すれば、車がなくては生活できない地方生活者や運輸業者、タクシー業者などは、それこそほんとうに首をくくらなければならなくなる。

私はかねがねガソリン価格がリッター160円を超えたら、この社会にも何らかの動きが起こるだろうと思っていた。それは半分、期待のようなものでもあったのだが、5月に150円台だったものが、6月に入ったとたん、160円台を通り越して170円台になってしまった。

リッター20円値上がりしたとして、私の場合、月に平均120リッターほど使うから、2400円のコストアップだ。これはべつに、ドライブしたり旅行に出かけたりするのでなく、普通に暮らすのに必要な量である。月2400円の上昇は、痛い。
そしてこの痛さは、運送業者やタクシー業者、漁師などにはもっと痛烈に響くだろう。

しかし、昨日1日を見る限り、日本のどこかで不満の声が起き、何かの行動が起きたという報道は見られなかった。ニュースを見ると、そこに出てくるのは「ひどいと思うけど、仕方ないです」
「このままじゃ、やっていけないかもしれない」という諦めと恨み節ばかりだった。

われわれ日本人の羊のような大人しさをいいことに、政府は、これだけ物価が上がり、ガソリン価格の上昇に歯止めがきかない状態になっても、なんら策を打とうとしない。国民の痛みを知ってか知らずか、福田康夫はヨーロッパへ外遊に出かけてしまった。

日本人はこのまま、無策な政府を放っておいていいのか。
いつまでも「仕方がない」「そろそろ限界です」と消極的なことを言っているだけでいいのか。

ヨーロッパでは、スペイン、ポルトガル、イタリアの漁師たちがガソリン価格の高騰に反発して、無期限のストに入っている。フランスの漁師もストを始めた。
彼らは、黙っているだけでは政府は動かないことを知っているのだ。

アジアでも、インドネシアでは5月24日、ガソリン価格を33%引き上げたことに対して学生たちが抗議デモを行い、警官隊に火炎瓶を投げつける騒ぎが起こっている。
彼らも知っているのだ。
ジャカルタ抗議デモ

ところが日本はどうだろう。
ガソリン価格の高騰のため、マグロ漁の漁師たちは、漁に出るとかえって赤字になってしまうということで漁に出るのを中止したという。
マグロが市場からなくなれば、それなりに混乱が起こり、原因となったガソリン価格急騰に非難の目が向けられることになるかもしれない。
しかし、そのころ一体、ガソリン価格はどこまで上がっていることだろう。

日本人は、大人しい。それは美徳に数えられることもあるが、権力者から見ればただの羊にしか見えないことだろう。その場合、ただ大人しい国民は、愚かな国民と同義となる。
黙っていては、いつまでたっても政府は国民をバカにし続けるだけだ。

そろそろ、われわれも立ち上がり、何らかの声を上げ、行動を起こすべき時が来ているのではないか。
町村信孝は昨日、日本の農政を見直す必要もあるのではないかと、減反政策を改める可能性に言及していたが、今頃何を言っているのか。いかにも頭の働きが鈍い政治家の馬鹿面に、私は、思い切りヤキを入れてやりたくなる衝動を覚えた。

声を上げるべきだ。政府の無策ぶりを非難しなければならない。政府を動かさなければ、原油高を招いている投機筋の悪行も、いつまでたっても手つかずになるだろう。

このような事態を、いつまでも見過ごしていてはならないと、強く思う。


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関連タグ : ガソリン価格, 抗議, スト, 政府の無策, 原油価格高騰,

今や私は、ボロボロの状態である。
オカメインコのピーチが手乗りとして成長するにつれ、私の両手両腕を伝い歩くようになり、その鋭い爪によるひっかき傷でボロボロなのだ。

オカメインコというやつは、まだ幼いせいもあるけれど、とにかく不器用な鳥だ。普通に腕に止まっているときでさえ、バランスを崩しては自分でびっくりしてギュッと脚に力を入れる。チョコチョコ歩いては脚を滑らせる。そのたびに、私の腕にはみみず腫れとカミソリで切ったような傷ができる。針で刺したような細かな穴が無数につけられる。
もちろん深い傷ではないが、なにしろ無数にあるのだからヒリヒリヒリヒリ、かなり痛い。

こんどメンタルクリニックの受診日がきたら、医者の前で両腕を差し出して言ってやろうかと思う。
「先生、私、リスカしちゃったんです」
なんちゃって。
そのときの医者の顔を見てやりたい。

ピーチはまた、腕から肩に登り、首筋から頭に上がろうとする。
鳥にとっても急坂だから、ピーチは思い切り脚を踏ん張り、つまめるところは嘴でつまんで体を支えようとする。私の首筋から頭にかけては、毎日幾筋ものみみず腫れができている。
おそらくは頭皮にも。
嘴でつままれるのは、皮膚のシワやホクロ。とくにホクロは、エサのように見えるのか、ピーチはそれをつまむだけでなく、えぐり出そうとしてグリグリと嘴を差し込んでくる。
これが痛い。
私はもう、ボロボロだ。
ボロボロだけど、ちょっと幸せだ。

もうひとつ辛いのは、私がピーチの世話をしながらあまりに「ピーチ、ピーチ」と呼び続けるために、わが家の4匹のワンコたちの間に不穏な空気が漂うようになってきたことだ。
どうも彼らは、ピーチに嫉妬しているらしい。

普段から愛想のよくないフレンチブルドッグのブルースは、気がつくと二階でひとり、ポツンと寝ていたりする。私や家族はリビングで食事をしたりしていて、ワンコたちも足下に寝そべっているのに、だ。
ブルースがいないのに気がついて二階に行ってみると、彼は「なんだよ」というような、むっつりした顔で私を見つめる。
「ブー、下においで」
そう言っても、ブルースのやつはまたそっぽを向いて体を丸めてしまう。
こんなこと、今まではなかったことだ。

ピーチはいまだにひとりでエサを食べられないので、私がエサを食べさせてやらなければならない。ピーチを手に止まらせてエサを与えていると、足下で8歳のパグの梅太が悲しそうになきはじめる。
自分も抱っこして欲しいとないているのである。
「ちょっと待って」
そう言っても、梅太は納得しない。
仕方なく、私は両手に85グラムのピーチを抱え、両膝に10キロ超の梅太をドサッと乗せて、ウウッと呻きながら小鳥にエサを与える。

ようやくエサをやり終わり、梅太を下ろすと、今度はいつの間に来たのか、ブルースが飛び乗ってくる。もう、有無を言わさぬ勢いでズシンと飛び乗ってくる。ブルースも10キロ近くあるから、
私にとってはちょっとした衝撃だ。しかし、そんなことにはおかまいなしで、ブルースは私の上にゆったり寝そべり、腕枕をして、なおかつその腕をゆっくりと心ゆくまで舐め始める。
これがまた、腕に無数にあるピーチ傷にしみるのだ。

ピーチをケージから出して遊ばせてやっていると、4匹のワンコが集まってきて、私を見上げている。
「あんたね、誰かをお忘れじゃありませんか」とでも言うように。

悪かった、悪かった。
私はピーチに頭の上に乗られたまま、ワンコたちの頭をなで、腹をなでてやる。
ワンコたちは一応それで納得したような顔をしてくれるが、私が再び「ピーチ、ピーチ」と呼び始めると、ブルースなどは「話が違うじゃん」という顔で、少し離れたところから私を見ている。
タッチーとこもも母子は、またなでてくれと体をすり寄せてくる。

おまけに他のケージのなかでは、まだ放鳥できずにいるパールが、やけくそ気味に「ホーホケキョ!」とウグイスの真似をして鳴く。サクラとやまちも負けじとさえずり始める。

いやもう、家中の賑やかなこと、賑やかなこと。
しかし、彼らの気持ちは一点に集中しているのだ。
つまり、私がピーチを可愛がり、甘やかしすぎているということに。

しかたないじゃん。
ピーチは、私にとって85グラムの幸せなのだから。
もちろん、10キロ超×4の幸せも忘れちゃいませんけどね。







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