上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。

ペット

ここでは、「ペット」 に関する記事を紹介しています。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
関東地方は今日も猛暑だ。
わが家のワンコたちも、この暑さにぐったりしている。
ワンコも種類によって違うが、一般に鼻ペチャ系の犬種は暑さに弱いようだ。
で、わが家にいるのは3匹のパグ親子とフレンチブルドッグで、いずれも鼻ベチャ系。
もう大変です。
タッチー

散歩は毎朝6時すぎにしているのだけれど、この時期は夜明けが早いから6時だとすでにかなり日差しが強い。アスファルトも熱せられているので、ワンコたちはものの20メートルも進まないうちにゼーゼーいって歩くのがやっと。
とくに今年9歳のこももと梅太は辛そうだ。

こももは、一昨年、太りすぎで夏になると歩くことができなくなりダイエットした。今はスリムになって歩けるようにはなったけれど、この頃はやはり年のせいなのか、アスファルトの上を歩いていると急に草むらに入ってへたりこむ。

梅太は、ゼーゼー言いながらも歩くのだが、今年になって腰が抜けるようになった。
一度腰が抜けると、お尻を引きずって前脚だけで進もうとする。お尻を持ち上げて、立ち上がらせてやると再び歩くのだが、歩き方はいかにも老犬で、覚束ない。

5歳になるフレンチブルドッグのブルースは、生まれつきのアレルギー体質で、夏になるとそれが悪化する。今年は少しよくなりかけていた脱毛が再びひどくなり、右耳や前脚の先がほとんどハゲハゲになってしまった。心なしか元気もない。

7歳になったパグ夫婦の息子、タッチーは比較的元気だが、やはり暑さに息が苦しそうにしている。

大丈夫か、ワンコたち。
今年も厳しい夏になりそうだぞ。
私も夏は大の苦手だが、なんとかこの季節をやり過ごそうぜ。
ピーチ

一方、元気がいいのはインコ軍団。
とくに生後3ヶ月半のピーチは言葉をいろいろ覚えはじめ、(あくまでオカメインコレベルの言葉だが)、「ウキウキ、ワキワキ」から「ピーちゃん」「ピーちゃんは?」と話すようになった。言葉を話すだけでなく、最近は笑い声も上げるようになり、私がブログを書いていると背後にあるケージの中で「ウケケケケッ!」と笑い、「ホーホーホー」と歌い出す。

この「ウケケケケッ!」という笑い声が、文章を書きあぐねているときに聞こえてくると、なんだか小馬鹿にされたような気分になってムッと来る。
私は振り返ってピーチを睨みつけるのだが、ピーチは首をかしげて「ホーホーホー」と歌っている。

こいつには敵わないな。
陽気なオカメ。かわいいやつ。
私はふっと笑って再び書き始めるのだが、しばらくするとまた後ろから「ウケケケケッ!」。

すいませんねえ、下手くそな文章で。
私は背中をかたく丸め、もう振り向こうとは思わない。

スポンサーサイト

関連タグ : 猛暑, ワンコ, パグ, フレンチブルドッグ, オカメインコ,

昨日はメンタルクリニックの受診日だった。
午前中の予約だったので、私はカミサンに車の運転を頼んで千葉にあるその診療所までいくことにした。

ここのところずっと、私は午前中、ほとんど使い物にならない状態が続いている。これがウツの症状なのかどうかはわからないのだけれど、体中がだるくて気分が悪くなる。嫌な欠伸が続けざまに出て、座っていることも辛くなってくる。
家にいるときにはそのままベッドに横になるのだが、病院に行くときはそうもしてられない。1月ほど前までは自分で運転して20キロほどの道のりを走っていったのだが、運転している最中に意識がもうろうとして危ない思いをすることがわかったので、今はカミサンに運転を頼むことにしている。

昨日も、行きの車中では、助手席に座った私はほとんど眠って過ごし、診療所について、長い待ち時間を過ごしているうちにだんだん気分が回復してきて、帰る頃にはなんとか運転もできるようになっていた。

天気はよくなかったけれど、千葉まで出たついでに、昨日は木更津まで脚を伸ばすことにした。

今、わが家には4匹のワンコに加え、セキセイインコにコザクラインコ、それにオカメインコ2羽と、合計4羽の小鳥がいる。
小鳥のかわいさに目覚めてしまったのは、つい最近のことで、彼らが実はワンコにも劣らぬ感情表現をする動物であることがわかってからというもの、私やカミサンの心を占める小鳥たちの割合は日に日に大きくなるばかりだ。

そうなるとワンコたちにおもちゃをいろいろ買い与えたように、小鳥たちにも遊んでもらえるようなおもちゃを買ってあげたくなってくる。
ところが、小鳥おもちゃとなるとホームセンターくらいにしか売っておらず、しかもそこに並んでいるおもちゃといえばいかにも面白みのないプラスチック製のものばかりで買う気がしないのだ。

もっとカラフルで、見た目にも楽しくなるような、もちろん安全で小鳥たちも喜ぶようなおもちゃはないものだろうか。

そう思って探してみると、いつもネットの通販で利用しているCAP!という店の実店舗が木更津にあることがわかった。
HPで店内の様子を紹介しているけれど、ここにはいつも注文しているペレット(ドッグフードの鳥版ですな)各種だけでなく、海外から取り寄せられたさまざまなおもちゃが並んでいるとのこと。
ペレット

こりゃ、ひとつ行ってみるべえと、雨脚も弱くなってきたのをいいことに出かけることにしたのだった。

しかし、内房線「上総湊」駅ちかくにあるというその店だが、まず上総湊までが遠い、遠い。京葉工業地帯を右手に見ながら無数のトラックに混じって延々走る。そして走っても走っても、上総湊はカーナビの画面に現れてこない。

結局70キロちかく走ってようやく、上総湊周辺に着いたのだが、こんどは店の場所がわからない。たしか、駅から徒歩10分と書いてあったのだが、カーナビが指し示した場所には店など影も形もなく、私たちはむなしく周辺を走り回った。

こりゃ無駄足だったか。と半分諦めつつ、近くに入ったガソリンスタンドで「小鳥のおもちゃを売ってる店を探しているんですけど」と聞いてみた。
すると、なんだかよくわからないけど、きれいなオウムなんかがいる店ならあるという。
「それです、きっとそれだ」

教えてもらったことに感謝してGSを後にした。
ちなみにガソリンは1リッター170円だった。高え!

教えられた道は、駅から徒歩10分どころか、上り坂をしばらく行って内科診療所を目印に細道に分け入り、さらに山の中に入って熊にでも出くわしそうな山道を行くというものだった。ほんとに、こんなところに小鳥のおもちゃを売る店などあるのか。

と、おもったら、あったよあった。その店が。
おそよ店舗には見えない建物だったけれども駐車場もある。
私たちは車を止めて、ドアの前に立った。
「ご用の方はドアベルを鳴らしてください」と書いてあるので、恐る恐るボタンを押す。
しばらくすると若い女性があらわれた。
「あの、ここはCAP!というお店ですか?」
と聞くと「はいそうです」
あっさり肯定された。

おいおい、こんなところまで歩いてくる人間はいるのか。
そう思いながらも、店の中に入って、私たちは目を見張った。
CAP店内
そこにはほんとうに、見ただけでたのしくなるような色とりどり形もさまざまな鳥のおもちゃやグッズが所狭しとならんでいたのだ。

やまち(セキセイインコ)にはどれがいい? バールにはこれかな? ピーチはこれが似合うかも(ともにオカメインコ)。サクラ(コザクラインコ)は破壊好きだから頑丈そうなのをね、と次々品物を選んでいく。
たとえば、こんなのとか。
小鳥のおもちゃ

こんなのとか、ね。
おもちゃ

これだけあると、ほんとに買い物が楽しくなってしまう。

結局、いろいろ買って6500円ほど支払うことになった。
うーん、鳥のおもちゃもバカにならんな。
それでも結構満足して、私たちは店を後にしたのだった。
CAP!という店、お店の人も感じがよかったし、なかなかいい店だったよ。また行くよ、根性と時間があったらね。
後学のために、一応アクセスマップをつけておこう。
CAP!地図


帰りは高速を使ったけれども結局1時間半ほどかかって帰宅。往復約150キロのドライブだった。

で、肝心のわが家の鳥さんたちだが、サクラはおもちゃをケージに入れたとたん破壊活動を開始した。よしよし、気に入ったようだ。
ところが、やまちはおもちゃが怖いらしくて近づかない。パールとピーチにいたっては、おもちゃを見たとたん、オカメパニックを起こしてしまった。

やれやれ。
もうちょっと喜んでくれると思ったのだが。
まあ、そのうち徐々に、おもちゃにも馴染んでくれるでしょう。
それもまた、楽しみなことである。

それにしても上総湊
遠かったよ。
また行きたいけどね。

ブログランキングに参加しています。

↓よろしければクリックしてください↓

人気ブログランキング




にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ

関連タグ : 小鳥, おもちゃ, CAP!, 上総湊,

今や私は、ボロボロの状態である。
オカメインコのピーチが手乗りとして成長するにつれ、私の両手両腕を伝い歩くようになり、その鋭い爪によるひっかき傷でボロボロなのだ。

オカメインコというやつは、まだ幼いせいもあるけれど、とにかく不器用な鳥だ。普通に腕に止まっているときでさえ、バランスを崩しては自分でびっくりしてギュッと脚に力を入れる。チョコチョコ歩いては脚を滑らせる。そのたびに、私の腕にはみみず腫れとカミソリで切ったような傷ができる。針で刺したような細かな穴が無数につけられる。
もちろん深い傷ではないが、なにしろ無数にあるのだからヒリヒリヒリヒリ、かなり痛い。

こんどメンタルクリニックの受診日がきたら、医者の前で両腕を差し出して言ってやろうかと思う。
「先生、私、リスカしちゃったんです」
なんちゃって。
そのときの医者の顔を見てやりたい。

ピーチはまた、腕から肩に登り、首筋から頭に上がろうとする。
鳥にとっても急坂だから、ピーチは思い切り脚を踏ん張り、つまめるところは嘴でつまんで体を支えようとする。私の首筋から頭にかけては、毎日幾筋ものみみず腫れができている。
おそらくは頭皮にも。
嘴でつままれるのは、皮膚のシワやホクロ。とくにホクロは、エサのように見えるのか、ピーチはそれをつまむだけでなく、えぐり出そうとしてグリグリと嘴を差し込んでくる。
これが痛い。
私はもう、ボロボロだ。
ボロボロだけど、ちょっと幸せだ。

もうひとつ辛いのは、私がピーチの世話をしながらあまりに「ピーチ、ピーチ」と呼び続けるために、わが家の4匹のワンコたちの間に不穏な空気が漂うようになってきたことだ。
どうも彼らは、ピーチに嫉妬しているらしい。

普段から愛想のよくないフレンチブルドッグのブルースは、気がつくと二階でひとり、ポツンと寝ていたりする。私や家族はリビングで食事をしたりしていて、ワンコたちも足下に寝そべっているのに、だ。
ブルースがいないのに気がついて二階に行ってみると、彼は「なんだよ」というような、むっつりした顔で私を見つめる。
「ブー、下においで」
そう言っても、ブルースのやつはまたそっぽを向いて体を丸めてしまう。
こんなこと、今まではなかったことだ。

ピーチはいまだにひとりでエサを食べられないので、私がエサを食べさせてやらなければならない。ピーチを手に止まらせてエサを与えていると、足下で8歳のパグの梅太が悲しそうになきはじめる。
自分も抱っこして欲しいとないているのである。
「ちょっと待って」
そう言っても、梅太は納得しない。
仕方なく、私は両手に85グラムのピーチを抱え、両膝に10キロ超の梅太をドサッと乗せて、ウウッと呻きながら小鳥にエサを与える。

ようやくエサをやり終わり、梅太を下ろすと、今度はいつの間に来たのか、ブルースが飛び乗ってくる。もう、有無を言わさぬ勢いでズシンと飛び乗ってくる。ブルースも10キロ近くあるから、
私にとってはちょっとした衝撃だ。しかし、そんなことにはおかまいなしで、ブルースは私の上にゆったり寝そべり、腕枕をして、なおかつその腕をゆっくりと心ゆくまで舐め始める。
これがまた、腕に無数にあるピーチ傷にしみるのだ。

ピーチをケージから出して遊ばせてやっていると、4匹のワンコが集まってきて、私を見上げている。
「あんたね、誰かをお忘れじゃありませんか」とでも言うように。

悪かった、悪かった。
私はピーチに頭の上に乗られたまま、ワンコたちの頭をなで、腹をなでてやる。
ワンコたちは一応それで納得したような顔をしてくれるが、私が再び「ピーチ、ピーチ」と呼び始めると、ブルースなどは「話が違うじゃん」という顔で、少し離れたところから私を見ている。
タッチーとこもも母子は、またなでてくれと体をすり寄せてくる。

おまけに他のケージのなかでは、まだ放鳥できずにいるパールが、やけくそ気味に「ホーホケキョ!」とウグイスの真似をして鳴く。サクラとやまちも負けじとさえずり始める。

いやもう、家中の賑やかなこと、賑やかなこと。
しかし、彼らの気持ちは一点に集中しているのだ。
つまり、私がピーチを可愛がり、甘やかしすぎているということに。

しかたないじゃん。
ピーチは、私にとって85グラムの幸せなのだから。
もちろん、10キロ超×4の幸せも忘れちゃいませんけどね。







関連タグ : オカメインコ, セキセイインコ, コザクラインコ, フレンチブルドッグ, パグ, ワンコ,

動物を飼っていると、いろいろなことを教えられる。

私の場合、いちばん長く飼っているのはワンコなので、犬から教えられることが多かった。
無償の愛情、人を信頼すること、思いやり。彼らは、その生と死を通してそれらのことを私に教えてくれたと思う。

それに比べると、小鳥というのは私にとって長らく気心の知れない動物だった。
わが家には今年で飼い始めて5年になるセキセイインコがいるのだが、毎日エサを与え、水を換え、ケージの掃除をしていても、ワンコのようにダイレクトな反応を示してはくれない。
表情や仕草からその気持ちを推し量ることもできなかった。

高価なペレットという、ワンコで言えばプレミアム・ドッグフードのようなエサを与えても、大半をケージにまき散らしてしまうし、電話で話をしている最中に、突然ギャーギャー騒ぎ出す。

なんとかしてくれよ。
やっぱり犬を飼うようにはいかないな。
あいつとは気持ちが通じない。

もとはといえば娘のためにヒナを買ってやったのだが、お約束通り、娘は小鳥の世話などすぐにしなくなり、私が世話をすることになって5年が過ぎたのである。
そして、その5年の大半を、世話しながらも上記のように、なんだか面白くない思いで見ていたのである。

けれども、カミサンはそんなセキセイでも可愛いと思ったらしく、またセキセイは言葉を覚えると聞いていることから、毎日、朝晩に名前を呼んだり言葉を教えようとしたり、歌を歌って聞かせていた。
それでも、娘が「やまち」と名付けたそのセキセイは、名前を言うわけでもなく、もちろん歌を歌うこともなく、一向に懐いた様子を見せることもなかった。

「よせよ。無駄だよ、そんな鳥に教えようとしたって」

毎日ひとりで小鳥相手に話しているカミサンに向かって、私は呆れて言ったものである。

ところが、1年ほど前だから、「やまち」を飼い始めて4年目くらいたってからのことになる。
毎晩、寝る前に「おやすみ、やまち」と声を掛けるカミサンに、カバーを掛けたケージの中からセキセイが「チュッ」と返事をするようになったという。
「ホントかよ。偶然鳴いたんだろ」
そう言って聞き流そうとする私に、カミサンはそんなことはないと言い張った。
「絶対、やまちは私の言葉を聞いてるんだよ。だって、電気を消して、それまで静かだったのに『じゃあお休みね、やまち』って言うと必ず『チュッ』っていうんだから」

わかった、わかった。そうでしょうね。
私はそれでも信じなかった。
なぜなら、毎朝世話をする私には、やまちは挨拶することもなかったし、ケージの中に手を差し入れると慌てて逃げていくばかりだったから。

そんな状況が1年ほども続いて、カミサンは相変わらず言葉や歌を教えようとしていたが、やまちは一向にしゃべりも歌いもしなかった。
ところが、朝の世話をする私に対するやまちの態度が、変わってきていることに、今度は私が気がついた。
私も一応、無駄とは思いながら朝いちばんにケージのカバーを外すときには「おはよう、やまち」と声を掛けるのだが、返事こそしないものの、エサを替えようとして手を差し入れると、やまちは以前のように怯えた様子で逃げ回るのでなく、私の指に対して突いたり、軽く囓るようになったのである。
それは威嚇ではなく、明らかに私の指と遊んでいるという感じだった。

もしや、と思って私は手の平に少しだけエサを乗せ、ケージに入れてみると、やまちはしばらくエサを見ながらケージの中を動き回っていたが、そのうち、覚悟を決めたかのように手の平に近づいてきたのだ。
そして、はじめはおそるおそる少し離れたところから体を乗り出すようにしてエサを取り、食べていたのが、そのうち手の平にちょこんと飛び乗ってエサを食べるようになった。

気心が知れないと思っていたセキセイのやまちと、5年をかけて気持ちが通じたと思った。
毎日、世話をする私を、やまちはやまちなりに見ていたのだ。
そして、つきあいはじめて5年になろうというときに、ようやく、こいつは安全なやつだと認めてくれたのだ。

「やまち、やまち。おいで」

それからは私も声をかけるようになった。声をかけたところで、やまちはなかなか言う通りにはしてくれないのだが、エサを持って入れる手にはすぐに乗ってくれるようになった。

「このままいけば、手乗りになってくれるかもしれないな」

私はカミサンに言った。

その後、私たちは前にも書いたように、ペットショップで売れ残っていたコザクラインコのサクラを買った。もう大人になってしまい、人には懐かないだろうと言われたサクラが、なぜか愛おしくなってしまい、思わず買ってしまった。
案の定、サクラはいまだに手を怖がり、少しも懐くそぶりを見せないが、カミサンは諦めずに声をかけ続けている。

私はといえば、ペットショップで見かけたオカメインコの愛らしさにいかれてしまい、これも手乗りではなく成鳥になってしまったパールを譲り受け、パールの相棒にと、今度はピーチと名付けたオカメのヒナをブリーダーから買い求めた。

ヒナから育てたピーチは、今ではべたべたに甘えてくる手乗りに成長したが、パールはまだまだ私を恐れている。それでもエサを持ってケージに手を入れると、恐る恐るだが食べてくれるようにはなってきた。先日はケージから飛び出してしまい、家の中を飛び回ったが、私が追いかけるのを止めると、ピーチと一緒にいつの間にか私の肩に乗っていた。
私はうれしくなってしまった。

人は何かを伝えようとするとき、言葉をつくしてなんとかそれを正確に伝えようとする。
そして気持ちを込めて話せば、それはかならず伝わるものだと思い込んでいる。

けれども、いくら言葉をつくしたつもりになっても、その気持ちがすぐに相手に伝わるとは限らない。
セキセイインコのやまちは、5年間、私を見続けてきて、ようやく手の平に乗ってやろうと思ってくれた。私は彼女(やまちは、メスである)に気持ちを伝えるのに、5年を要したのだ。
セキセイインコは小さな鳥だが、10年以上も生きる長生きの動物だ。コザクラインコも、オカメインコも、かなり長生きをする。長生きをする分、彼らはじっくり時間をかけてものを考えるのだろうか。サクラもパールもまだまだ慣れてくれないが、私もカミサンも今は楽天的に考えている。
気持ちというものは、必ずしもすぐに伝わるものではない。
けれども、こちらが諦めず、相手を裏切らずに居続けることができるなら、かならずそれは伝わっていくものだ。

私は、小鳥からも大切なことを教わったと思っている。

関連タグ : セキセイインコ, コザクラインコ, オカメインコ, 気持ち,

今日、5月25日はわが家のパグ親子のうちの一人息子(ほんとは5匹兄妹なのだが)、タッチーの誕生日である。
タッチー

7年前の今日、5匹の赤ん坊をお腹に抱えて身動きするのも苦しそうだったこもも母さんは、私たち家族で赤ん坊を取り上げてやろうと準備を整え、さあ明日は出産予定日だからとカミサンと娘が出かけてしまったその日、私ひとりだけ家に残っていたときに出産を始めてしまったのだった。

羊膜に包まれて最初の子が出てきたとき、ここも母さんは一生懸命にその膜を食い破ろうとしていた。
犬は自分で出産できるものと思っていた私は、突然始まったお産にひとり慌てながらも、こももが羊膜を破り、子どもが産声を上げるのを待っていた。
ところが、10分たち20分が過ぎようというころになっても、こもも母さんは羊膜を破ることができずにいる。
さすがに心配になり、私はかかりつけにしていた病院に電話した。

「そのままじゃ、死んでしまいますよ。はやく羊膜を破ってあげてください」

え、そうなの?
私は手近にあったハサミを持って、恐る恐る子犬が入っている小さな袋を持ち上げると、そっとハサミの先端を入れてみた。
生暖かい水がこぼれて、手のひら大の子犬が現れた。
私は、いちおう予習しておいた処置法を思い出し、子犬の体をタオルで拭くと、へその緒を切って糸で結んでやった。

と、ここまではよかったのだが、肝心の赤ん坊がうんともすんとも言わない。
私は再び不安になって病院に電話した。

「羊膜を破るのが遅れたから息ができなくなってるんです。鼻に羊水が詰まっているはずだから吸ってあげてください」

私は躊躇もなく、子犬の鼻に口をつけ、チュッと一吸いした。
しかし子犬はぐったりしている。
私は三度、病院に電話した。

「体を軽くマッサージしてあげて、それから口にストローで砂糖水を1、2滴垂らしてみてください」

いわれるままに、タオルで子犬をくるみ、マッサージをする。それでもダメ。それではと砂糖水を作ろうと思ったのだが、ずっとそれまでかがんでいた私は、軽くぎっくり腰を起こしてしまった。
もはやこれまで。子犬よ、許せと思いかけたときにカミサンの母親が顔をのぞかせた。
「どうかしたんですか?」
「すいません、さ、砂糖水を!」

ようやく砂糖水を手にした私は、ストローの口を子犬の舌にあて、1滴、2滴落としてみた。すると、魔法の水でも飲んだように、ぐったりしていた赤ん坊が息を吹き返した。
「ニーッ! ニーッ!」

これが7年前、私が体験したワンコの助産経験である。

こもも母さんはそれから30~60分おきに5匹の子犬を産んだ。
最初の子は大変だったが、あとはもう慣れたものだった。
子犬たちの体を拭いてやり、こもも母さんに戻してやると、まだ目も開かない赤ん坊たちが這い始めて、母親の乳首を探し当てる。そして勢いよく吸い始めた。

ぎっくり腰になりながら、私にとってはほんとに大変な出来事だったが、同時に生涯二度と味わえない体験をさせてもらったと思っている。

その後、5匹の子犬たちは日ごとに成長し、4匹が次々と里親さんにもらわれていった。
そしてわが家に残ったのが、5番目に生まれ、今日7歳になったタッチーというわけだ。

生まれたときから両親と一緒に育ってきたタッチーは、チビのころはかなりな内弁慶のいたずらっ子だったが、大きくなるとおっとりして誰にでもよくなつく、いい子になった。
私が仕事をしているときは、いつでも足下にいてイビキをかいているし、トイレに立てば、一緒に来てドアの前で待っている。出かけたときは親子で玄関口に並んで私の帰りを待っているらしい。
夜眠るときも、タッチーだけは必ず私の寝室の前に陣取って、盛大にイビキをかいて寝ている。

人なつこくて忠実で、ほんとにいい子に育ってくれた。他の子がなにかと病院通いすることが多いなかで、タッチーだけは病気知らずの優等生で育ってきた。
ただ一つ、食い意地が汚いのだけが玉に瑕といえば玉に瑕。しかしこれだって、飼い主の私に甘えてのことだから、カワイイものである。

そのタッチーが7歳になり、犬の世界ではシニアに分類されるようになった。7歳なんてあっという間だった。先輩犬のココが亡くなったのも7歳だったが、今思うとあらためてその死が早かったことが悔やまれる。

これでわが家のワンコたちはこももと梅太夫婦が9歳と8歳、息子のタッチーが7歳、フレブルのブルースが4歳となった。あと3ヶ月すれば、梅太も9歳になり、ブルースが5歳になる。
散歩して食事をして、後は寝転んで、ときどき私に抱っこされて。ワンコたちはそんな毎日を繰り返してここまできた。

はたして、ワンコたちは、それで幸せを感じているのだろうか。

私は、ワンコたちにとっていい飼い主であったのだろうか。

疑うことを知らない犬たちは、どんなときも私を見上げ、尻尾を振り、体をじっと撫でさせる。それが彼らの答えなのだろうか。

撫でながら、私は思う。
私はずっと、幸せだったよ、と。

できれば、この幸せが一日でも長く続きますように。
そう願わずにはいられない。


関連タグ : パグ, ペット, 誕生日, シニア,

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。