政治

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◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー

石原慎太郎が三宅島を復興させるのを目的として強引にぶち挙げた「バイクイベント」については、実質的になんら復興の役に立っておらず、都民が払った血税を使って空疎なお祭り騒ぎを起こしただけだという批判がある。
mixiではこの問題をテーマにしたコミュニティがあり、怒りのコメントが寄せられているが、その声が少しでも石原に届けば無謀な無駄遣いを今年も続けて行うのを阻止できるかもしれないのだが、どうやらその可能性は低いようだ。
石原のような恫喝だけが取り柄の卑怯な男は、たとえ批判の声が耳に入ったとしても聞こえぬふりをしてこのイベントを続けるだろう。
なぜなら、このバイクイベントは石原にとって儲かる催し事だからだ。

このイベントはもともと「マン島レース」を真似して、三宅島の公道をコースに使い、本格的なバイクレースを行おうという石原慎太郎の思いつきで企画されたものだ。
名目上は三宅島復興となっているが、何のことはない、実際には復興どころか村民に新たな負担を強いる、とんでもない企みだった。そのうえ、三宅島の公道をコースに使うにはあまりに危険が多すぎる、救急体制が確保できないといった理由でプロのレーサーたちは皆反対した。それでも言い出したら聞かない石原は、公道レースは諦めたものの飛行場を使ったバイクイベントを開くことで体裁を繕い、そのために2億6500万円もの税金を使った。

こうして昨年11月に開かれたイベントには、わずか1000人ほどの観客しか集まらなかったというが、石原はそれでも懲りずに今年も同様のイベントを行うとし、5月には東京・台場でプレイベントまで行っている。

石原の暴走を止められる者はもはやいないのだろうか。
岩城滉一

ほんとにトホホな気持ちでいるときに、さらに気分を落ち込ませるような事実が報道された。

毎日新聞によると、昨年開かれたイベントにはゲストとして俳優の岩城滉一が招かれたが、パレードやツーリングに参加しただけの岩城に対して、都は三宅島スポーツ振興会を通して1000万円の出演料を支払ったという。しかも、法外なギャラを支払っただけでなく、宿泊費と交通費として約50万円を支払っていた。

なんとも呆れた金銭感覚という他ないが、それは支払った都側にいえるだけでなく、受け取った岩城の方にも言えるだろう。
いくら芸能人だからといって、交通費と宿泊費が50万とは恐れ入る。さらに岩城が所属する事務所によると、受け取ったギャラの1000万円のうち、600万円は島に持ち込んだ三輪バイクの改装費と整備士3人の同行費として使ったという。事務所の代表者によれば「イベントなので見栄えがいいようにバイクを改装する必要があった。島民の気持ちには応えられたと思う」とのこと。
つまり岩城滉一は、自分のバイクを島民にひけらかすために整備士を3人も引き連れていき、税金から支払われた金でそのバイクを改装・整備したというわけだ。

石原慎太郎の腹の中に三宅島復興などほとんどないのは分かりきったことだが、その分け前にあずかった岩城滉一にも復興に協力するなどという気持ちはミジンコほどもなかっただろう。
税金から支払われた金で好きなように自分のバイクを改装し、いい気になってパレードをすることのどこに復興に役立つ効果があったというのだ。
岩城滉一という5流俳優は、単に美味しい仕事として三宅島に出張し、血税と知りながら自分のバイクをカッコよくして帰ってきたに過ぎない。

金に対する意地汚さでは石原慎太郎と同等と言えるだろう。

1000万のギャラが法外だったかどうかはこの際どうでもいい。

もし岩城に三宅島復興への真摯な思いがあったのならば、ノーギャラで仕事を引き受けるべきだっただろうし、受け取ったとしても1000万は多すぎると辞退したことだろう。自分のバイクを改装して島民の気持ちに応えるよりも、いくらかでもチャリティーとして寄付したことだろう。
さらに岩城がまともなバイカーならば、誰もが危険で中止すべきだとしているイベントを後押しするような行為はしないはずだ。
しかし岩城滉一はそのようなことは一切せず、ギャラを受け取り、宿泊費と交通費も受け取った。
岩城滉一石原慎太郎が企てたクソのようなイベントに同調して都民の金を貪ることで、俳優としてもクズだが、バイカーとしても人間としてもロクなもんじゃないことを示したといえるだろう。
今後、私は岩城滉一という男を石原慎太郎と同等の人間のクズとして見ることにしよう。

最低だな、岩城って。

多くの反対の声を無視して、バイクイベントは今年も17〜19日に開かれる。
また大枚の税金が注ぎ込まれ、復興どころかイベント開催支援として島民たちの金がまたしても搾り取られることになる。
石原の暴走を止めない限り、利権と金にまみれた薄汚いイベントはこれからも延々と続くことになるだろう。

昔、日雇い労務者は日銭を稼ぐと簡易宿泊所、いわゆる木賃宿に寝泊まりしていた。そこではまったくの素泊まりだけで簡単なカギのついた部屋に薄くてかび臭い布団があるだけだった。料金は前払いで、金がなければもちろん泊まることはできない。
周辺では仕事にあぶれた男たちが昼間からカップ酒を飲み、どこからか拾ってきた新聞を広げて見ていたりする。
なんとも殺伐とした光景だった。

私が学校に通う時、電車の窓から木造長屋の木賃宿が見えていた。「一泊300円」などという、ペンキの剥げかかった看板が掛かっているのを見ながら、ああいうところで寝泊まりするようになったら終わりだな、などと勝手な想像をしていたものである。今ならその看板も「一泊1500円」程度に掛け替えられているのではなかろうか。それでもそこを利用する客は、なくならないだろう。

その木賃宿が、最近はネットカフェや漫画喫茶、個室ビデオ店と衣を替えて繁華街に進出している。
利用するのは終電を逃したサラリーマンが多いらしいが、一泊1000円程度で泊まれるとあって、金に困っている日雇い労働者や派遣社員など、ワーキングプア層もねぐらとして利用しているようだ。

さいわいにも私はネットカフェや漫画喫茶、それに個室ビデオ店も利用したことはないのだが、もしそこで寝泊まりしなければならなくなったなら、かつて木賃宿の光景を見て思ったように「俺もついにここまで来てしまったか」と慨嘆するに違いない。

ネットカフェも漫画喫茶も個室ビデオ店も、必要最低限の体を休めるだけの設備は整えているが、ほんらい寝泊まりするための施設ではないのだから、そこで何日も暮らすとなれば体には相当な負担になることは想像に難くない。それでも、さまざまな事情を抱え、自分の家の布団に身を横たえることができなくなってしまった人々が、仕方なくここを訪れ、つかの間の休息を得ているのだ。
彼らに共通しているのは、貧困。不安と絶望。
ネットが利用できたり漫画が読めたり、エロビデオが見れたりするかもしれないが、そんなものを目当てにこれらの施設を使う者はほとんどいないだろう。

終電に遅れたサラリーマンにしたところで、仕事で帰りが遅くなったのならば、ほんらいは会社がタクシー代を出すべきなのに出してはくれないものだから、よんどころなく個室ビデオ店を利用することになる。なぜ仕事が遅くなったかといえば、業績悪化でリストラが進み、仕事場から社員が減ったために仕事量が増え、毎日遅くまで仕事をしなければならないのだ。

昔ながらの木賃宿は今でもあるが、さすがにそこまでいくのには度胸がいる。しかし一晩泊まるにはなるべく安いところを選ぶしかないから、彼らは風俗店のドアを潜っていく。
石原慎太郎

こうした人々のどこが、ファッション感覚で寝泊まりしているといえるだろうか。
それを、事情も分かりもせず、貧しさに喘ぐ人々の気持ちを想像する能力もない東京都知事の石原慎太郎は、愚弄した。

石原は3日の会見でこう言った。
「山谷のドヤに行ってご覧なさいよ。200円、300円で泊まれる宿はいっぱいあるんだよ。そこへ行かずにだな、何か知らんけれどもファッションみたいな形でね、1500円っていうお金を払ってね、そこへ泊まって『おれは大変だ、大変だ』って言うのはね」

これに対しNPO「もやい」の稲葉剛代表理事は「200円〜300円で泊まれる宿なんて聞いたことがない。個室ビデオ店に泊まる生活困窮者を『ファッションみたい』というのも失礼な話だ」と指摘している。

石原慎太郎という稀代のポピュリストは、次から次へと口から出任せでものを言う。そしてこの男の口から出てくる言葉は必ずといっていいほど人を小馬鹿にし、傷つける毒をふくんでいる。この男が生活困窮者の気持ちを思いやることなど、百年経ってもできないだろう。
木賃宿に泊まるようになったら終わりだなと思ったとき、私の心の中には、いつか自分もそういう境遇になることへの恐れがあった。木賃宿に泊まるということはどういうことを意味するのか。そういう生活をするということは、どんな思いを味わうことなのか。
私には想像することができたから、できることなら利用せずにすましたいものだと思ったのだ。

東京都の知事として盤石の基礎を築き、殿様のように周囲を見下して暮らしている石原のような男には想像もつくまい。
今、貧困が国民の間にどのように広がっており、一日一日を凌ぐために人々がどんな思いをしているのか。

私は石原慎太郎の吐き出す汚れた言葉を耳にするたび、耳に栓をしたくなる。それでも石原の言葉はどこかから耳目に入ってくるからついに気分が悪くなる。そして怒りが湧いてくる。
この男のねじ曲がった自尊心を叩きつぶし、世界でいちばん惨めな生活を味わわせてやることができるのなら、私は悪魔に魂を売ってもいいと、本気で思っている。

社会保障費の財源に消費税を充てたいと考えているのは自民党だが、それを強力に後押しする形で経団連が2011年度までに消費税を5%引き上げるよう提言した。つまり3年後には消費税を10%にしろというのだ。
少子高齢化が進めば社会保障費がかさむのは誰だって分かることだが、その財源としてなぜ消費税を充てなければならないのか。
そこのところを誰か明快に教えてくれないものだろうか。

健康保険料や介護保険料を支払っているのに、なぜ、国民はさらに消費税という形で自分たちの財布を傷めながら保障を維持しなければならないのか。
社会保障は、社会的弱者や貧しい人ほど切実に必要とするものである。それなのに自民党や経団連は、そうした人々からも金を徴収しなければ、制度が維持できないと言っている。
それは本当なのか。

経団連といえば、今の会長はキヤノン出身の御手洗冨士夫で、その前の会長はトヨタ自動車の奥田碩だった。どちらも日本の優良企業のトップで、輸出でがっぽり儲けて日本経済を支えてきたと言われているが、国からは税制的に思い切り優遇され、さらに政府に働きかけて優遇の度合いをどんどん増してきた企業のトップである。
その一方で労働者に対しては派遣労働者など非正規雇用者をフル活用し、できる限り金を出さないようにすることを是としてきた経営者たちだ。
彼らにしてみれば、企業が儲ける金は次に儲けを生み出すために使うものであり、労働者や国民に還元するものではあり得ない。だから、どんなに儲かっていても社会保障費などは国民が自分で賄うべきで、その金が足りないならば当然消費税を充てるべきだと考えるのだろう。

要するにどんなことがあっても自分の懐が痛むようなことはしたくないのだ。

しかし、国民の側からすれば社会保障費をさんざん削られた上に、ダメ押しするように消費税まで取られるというのは二重三重の搾取にあっているようなものではないか。
自民党や経団連の金持ち連中は汲々として日本の富を自分たちの手元に集めてきたというのに。

社会保障費が不足するというのならばまず、富が集まったところから出すようにするのが筋というものではないか。これまでさんざん美味しい思いをしてきた税制を改めて大企業に金を出させるのが第一だ。
さらに、格差社会の中で一握りの人間に集中してきた富を再分配する制度にすることも必要だ。つまり課税を累進制に戻すことだ。
金持ち連中は、そんなことをしたら働くのがバカらしくなると文句を言うが、それ以前に収入がどんどん目減りし、物価ばかり上がり、さらに困った時には誰も助けてくれない社会に生かされている多くの国民の方が、こんな社会で生活するのはバカらしいと思っているのだ。このバカらしさを痛み分けしてもらいたいものだ。

消費税を10%に上げたい経団連は、増税する代わりに年収500万円以下の世帯には一世帯あたり10万円程度の定額減税を実施、そのうえ食料品などは税率を現行の5%に据え置くことを主張している。
ありがたくて涙が出そうな配慮だが、「同情するなら金をくれ!」である。

これからの社会は、新自由主義によって甘い汁を吸ってきた連中から、獲りすぎた分を取り戻す社会にならなければならない。
なにも共産社会になれというのではない。必要となれば皆で応分の負担をすることにやぶさかではないが、負担をするにはそれを納得できるだけの理由と態度を政府にも財界にも示してもらわなければ困るというのだ。

麻生太郎はいま、できるだけ解散を先に引き延ばし、自分たち、つまり自民党や経団連の金持ち連中に都合のいい政策をどんどん可決し、実施に持ち込もうとしているように見える。
そんなことは断じて許さず、自民党や経団連の虫のいい考えにNOをつきつけ、政権交代を実現させることが日本にとっては最重要課題だ。政府与党と野党が睨み合い、実質的に政治の空白状態を続けるよりも、民主党を中心とした野党勢力による政権奪取を実現させる。新自由主義社会に替わって社会民主主義の社会にする。
これを今後も訴え続けていきたいと思う。



麻生太郎
良識ある国民から見れば、今の自民党に政権担当能力がないことは明らかだし、いちばん必要なのは解散総選挙である。

けれども、喉から手が出るほど欲しかった首相の座をようやっとの思いで手に入れた麻生太郎としては、せっかく座った総理の椅子を明け渡すなど、とんでもないだろう。
自民党総裁選ではマスコミが流す「総裁選後に総選挙」というシナリオに逆らわず、「総選挙が大事だ」などと言っていたが、いざ実際に総理総裁になってみれば、なんでみすみすこの座を誰かに譲らなければならないのだと思うのは自然かもしれない。

育ちのわりにガラが悪く、頭もスカスカな麻生太郎の代わりになって考えてやるのはなんとも気色が悪いことではあるが、私が麻生だったら、今何故解散せにゃならぬ? と思うだろう。

自民党にとって、麻生自身にとって解散総選挙とこのまま総理を続けることとを秤に掛けて比べてみれば、総理を続けた方がいいに決まってる。世論に耳を傾ければ年金問題や後期高齢者医療制度などで自民党には逆風が吹いている。
さらに組閣早々、中山成彬のバカが暴走してくれたおかげで、さらに逆風は強まってしまった。
そのうえ、小渕優子や中川昭一、河村健夫、それに麻生本人も汚職事件の贈賄側企業から献金を受けていた事実が発覚している。さらに河村にいたっては、ついこの間、山積する問題をほっぽり出して辞任した農水大臣と同じ疑惑の事務所費問題まで浮上してきた。

こんなときに解散なんかしたら、総理の座から降りなきゃならないことは、馬鹿な麻生だって痛いほど分かってるだろう。

だったらどうすればいいか。
答えはカンタン。辞めなきゃいいのだ。
幸いなことに解散を決めるのは総理の専権事項だ。このカードさえ手放さなければマスコミがなんとほざこうと、構わない。
「世論は解散より景気対策を求めている」というセリフはそんな気持ちの現れだろう。
そう言っておいて、補正予算審議の後は消費者庁設置、新テロ特措法の延長問題など、問題がまだまだあるとしておけば時間は稼げる。なにしろ任期は来年の9月まであるのだから、それまで続けたって誰も文句は言えないはずなのだ。公明党はうるさく言ってくるだろうが、麻生と公明党は仲がいい。何らかの取引をすれば解散先送りに賛成してくれるのではないか。
おまけに都合がいいことに、アメリカの金融再建問題のごたつきから世界恐慌が起きるかもしれないという「神風」まで吹いている。
麻生は思っているだろう。
「天は俺に味方している」と。

というわけで、解散総選挙についてはさまざまな説が流れているけれど、私は麻生になりかわり、ここで言ってみることにする。

解散総選挙はしないよ。するとしてもずっと先のこと。

だから下々の国民は、しばらくは口のひん曲がった総理でガマンをするように。

関連タグ : 麻生太郎, 解散総選挙,

米下院は約75兆円にのぼる緊急経済安定化法案を否決した。この影響を受けてニューヨーク株式市場は777ドルもの史上最悪の下げを記録した。
バブルで大儲けした銀行や証券会社をなんで庶民が払った血税で救ってやらなければならないのかという、国民からしてみれば至極まっとうな気持ちが下院の決断に反映された形だ。
公的資金をふんだんに注入して金融関係企業を救ってきた日本から見れば、なんと潔い判断をしたものよと思わずにいられない。

しかし、世界経済からしてみれば実に迷惑な話で、ニューヨーク株式市場の株価暴落は世界の市場に悪影響を及ぼさずにおかない。日本でもドルの信用が下がれば必然的に円高となり、そうなれば自動車、電気機器メーカーなど輸出関連企業の業績が悪化し、今年度後半の業績予想は下方修正を余儀なくされる恐れがある。
さらに、世界の金融システムに対する信用が揺らげば株式市場全体が沈み込み、銀行が保有する大量の株式の価値が下がる。日本の銀行が受ける影響も甚大だ。もちろん株式が大幅下落すれば個人投資家にも影響をおよぼさずにおかない。

さあ、大変だ。下手すりゃ、ほんとに世界恐慌だ。

この事態を受けて、日本の政局は10月3日の衆院解散が濃厚になっていたが、それどころではなくなった。
政府与党は30日午前、幹事長・国対委員長会談を開き、幹事長の細田博之が補正予算成立に向けた協力を要請、公明党の幹事長、北側一雄もこれを了承した。
会談後、自民党幹部は「国際金融危機を受け、何もしないで衆院解散という状況ではない。民主党が主張する衆院2日、参院2日という予算審議日程を信用するしかない」と語り、補正予算案成立に強い意欲を示した。細田氏も30日午前の記者会見で経済情勢について「一刻の猶予も許されない。党利党略的な議論で、いつ解散したらわが党が有利だとかを考えるべきではない」と語った。(産経新聞)

国内のことだけを考えていれば、いつ解散総選挙が行われるのか、政権交替は実現するのかということばかりに目が行ってしまうが、今は世界の経済情勢が「そんなことをしている場合か」とストップをかけている状況である。
政府与党としてはせめて補正予算だけでも形をつけておかなければとなったのだろうけれど、昨日の麻生太郎の所信表明を聞いている限りではどうも心許ないというのが正直な気持ちだ。
麻生はまるでケンカを売るようにして民主党に呼びかけていたが、要求ばかりが目立って肝心の政府が具体的に何をどうやって実現していくかということはほとんど明確にできなかった。

おそらく麻生のスカスカの頭の中には民主党と対決することばかりがあって、自分が総理として国政をどう運営していくのか国民に示すという考えはなかったのだろう。
こんなやつがトップにいたのでは、明日以降の審議がまともに行われるのか心配になってくるが、とにもかくにも世界情勢は政治的な空白を作ることを許さない情勢になる。
日本国民としてはなんとも悩ましい状況になってしまったわけだが、ここは政権交代よりも世界恐慌を避けることを第一に考えなければならない。
今のところその世界経済の行方は不透明だが、ひとまずここは状況の行方を見守るしかない。国民にとってはまるで宿便がたまって切ない思いが続くようなものだが、麻生内閣なんかにこの状況を乗り切る力があるのかと気を揉みながらも少しの間は世界情勢とにらめっこしながら様子を見るしかないだろう。

それでも麻生の舵取りいかんによっては急転直下、事態が動き出すことも十分あり得るだろうけどね。