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ブログ

ここでは、「ブログ」 に関する記事を紹介しています。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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今さら「お知らせ」したところで、誰も気にとめないことかもしれないが。

勝手に休止していたこの日記、そろそろまた始めてみようかという気持ちが首をもたげてきた。

ただ、いぜんはどういうものか、政治ブログのようになってしまったし、私自身の至らなさから多分に感情的なエントリがあって我ながらゲンナリし、それがブログ休止のきっかけにもなったのだ。

心機一転して始める本ブログは、政治ネタも取り上げるだろうけれど、もっと私的な事柄を書いていきたいと思っています。

ま、こんなことを書いておいて、明日からエントリ更新というふうにもいかないと思うけど(ちょっと事情があって心のリハビリ中)、何かの縁で目をとめてくださった方、どうかよろしくお願いします。

ooaminosora
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昨年中は、拙い文章におつきあいいただき、ありがとうございました。
年があらたまったとはいえ、時間のつながりから言えば今年もまた多くの苦難が待ちかまえているように思うのが、多くの人々の実感なのではないだろうか。
景気の悪化、雇用の不安、迷走を続ける政府自民党。
どこを見回しても明るい材料はない。

けれども今年は総選挙がある。
われわれ国民の意思を直接政治に反映させるための貴重な機会が訪れる。
願わくは政権交代により、社会民主主義的な政府ができますように。
国民が安心と希望を持って生きていける社会が実現しますように。

今年もまたプリプリ怒ってばかりのブログになるかもしれないけれど、ひとつ堪えて、よろしくおつきあいください。

皆様、今年もよろしくお願いします。

ooaminosora

関連タグ : 総選挙,

せっかく一年間ブログを書いてきたのだから、最後に総括の意味をふくめて今年の10大事件でも私なりに取り上げ、まとめておきたいと思っていた。

けれども、ここ数日、例の鬱のせいなのか、体調の好不調の波が激しく、調子が悪いときは集中して文章を書くのも辛いので書くことが出来なかった。集中力も低下するので、納得できない文章のままブログを更新することもあったことを白状しておきたい。って、必ずしも調子がよければいい文章を書いていたと言いたいわけではないのだが。

実は今日もなんとなく調子が思わしくなく、大晦日にブログを更新せずにおくのは残念な気もしたのだが、休む方を優先しようと思っていた。
しかし、つらつらと他ブログを読んでいるうちにちょっとばかり私の中で変化が起きた。
調子がよくなったというわけではない。

テサロニケ大先生による「世に倦む日々」は、しばしば拝見するブログである。
鋭い政治・社会批評は無知な私にとって勉強になることも多く、ときには胸打たれる思いをすることもある。
昨日アップされた「2008年の10大ニュース」というエントリも、途中までは感心しながら読んでいた。
このエントリで第一位として取り上げているのは秋葉原の殺傷事件でも株価の暴落でもなく、4月1日に起きた八戸の小4児童殺害事件である。全国小中学校作文コンクールで文部科学大臣奨励賞を受賞するほどの文才に長けた感受性豊かな男の子が実の母親に首を絞められて殺された事件だ。

もう遠い事件のように思われるが、この事件を筆頭にして大先生が泥沼のようだったこの1年からずるずると引き上げて見せたのは、2月11日に起きた足立区の一家無理心中事件、1月29日に起きた藤沢の母子無理心中事件、そして1月28日に起きた仙台の一家無理心中事件と続く。
この中には私自身も取り上げた事件があるし、いずれも今年の世相、昨今の日本社会が生み出した歪みを端的に表したものとして鮮やかに記憶がよみがえる。

ただ、ここまできて私にはどうしてもひっかかり、看過できない文章が現れた。
それは鬱病に関するテサロニケ氏の見解である。以下に引用する。
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足立区の父親と仙台の父親は年齢が同じ世代で、やはり、何事かを考えさせられる。この世代は基本的に精神が弱い。ネットを見ていて、この世代の男と思しきあたりで、「鬱病のようです」とか、「鬱がまた再発しました」という話をBLOGで書く者を頻繁に見るようになった。メンタルヘルスに不具合を負った50 男を屡々見かける。この世代は、日本が高度成長のときに少年時代を送り、何不自由なくぬくぬくと育ったため、社会環境が激変して生き難い時代になると、途端に適応障害を起こして精神を蹲らせる特徴がある。この上の世代、団塊の世代は、戦後のモノの無い時代に育ち、ひもじい少年時代を送っていて、人口の多い同世代の間でガツガツと競争して他人を蹴落とし、自分だけ強引に生き伸びる術を知っている。大学紛争で暴力を振るいまくって平然としているのもこの世代だ。その下の世代、現在50歳前後の世代というのは、ひ弱で、時代と周囲に甘やかされて生きてきた。
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テサロニケ氏がいう「この世代」とは、足立区の無理心中事件を起こした父親(52歳)と仙台の無理心中事件を起こした父親(53歳)が属する世代で、幸か不幸か私はそれよりも少し年下だとはいえほぼ同世代で、しかも鬱病を患っている。つまり、テサロニケ氏が上記の文章で語っている世代論と鬱病に関する記述はそっくりそのまま私自身にもあてはまることになる。
たしかに私自身、ブログを始めた当初から自分が「鬱」であることを白状していたし、しばしば「鬱のために体調が悪い」と書いてきた。
大先生から見れば、甘やかされて育ってきたわれわれの世代はひ弱で、社会状況が少し厳しくなると適応できずに精神を病むということで、まことにダラシナイ、頼りなく見るに堪えない存在に映るらしい。

しかし、この見方はあまりに病を患う者に対しての思いやりに欠けているのではないか。
日頃から社会的弱者を擁護し、現代の貧困を憂えて見せる大先生が、鬱病に対してだけ「甘やかされて育ってきたから」だと世代論に置き換えて原因を断定するのはあまりに乱暴というものではないのか。この言い方はまるで、「フリーターになるのは甘えているからだ」と言った、どこかの経営者と変わらないではないか。

誰が好きこのんで鬱病になどなりたいものか。
それは他のどんな病気とも同じである。
誰だってガンになどなりたくはないし、脳梗塞など起こしたくはないし、狭心症で胸をかきむしったりしたくはない。
しかし、そうなるのは甘えて育てられたからだと言う者がいたら、そいつはとんでもない思い違いをしている馬鹿者だと思われるだろう。思われるだけではすまず、徹底的に非難されるだろう。テサロニケ大先生は、鬱病者に対して、徹底的に非難されても仕方がない誤謬を犯しているのではないか。
「鬱病は心の風邪のようなもの」などという、一部の無責任な専門家の言葉を真に受けて安易に考えているのではないか。
病の辛さ、苦しさは、病にかかった者にしか分からないとはいうが、他人の言葉を鵜呑みにして鞭打つような言葉を吐くのは、人間としてあまりに思いやりがなく、想像力が欠けているのではないか。
「鬱病」が心の風邪のようなものだとしたら、4年も5年も風邪をひいた状態を考えてみるがいい。いつ治るかも分からず、延々と一人でうち沈み、起き上がる気力さえ振り絞らなければならず、そんな自分が許せずに死ぬことを考える状態が続くことを想像してみるがいい。

テサロニケ氏のブログは評判が高く、毎日数万のアクセスがあると聞く。
その論評の質は高く、今や大新聞の社説も寄せつけないほどだと自負しているほどだ。
しかし、どんなに世評が高く多くの人が感心をするとしても、「世に倦む日々」は時に人を傷つけることに容赦がない点において、私はまったくこのブログを評価しない。
近々、かのブログは購読料を取って記事を配信するようだが、人を傷つける傲慢な記事が配信されたとして、いったい日本全国の何パーセントの人間が満足するだろうか。

私は決して認めない。

関連タグ : テサロニケ, 鬱病,

「O君、俺と一緒にいっぱい仕事しような。そうしたらさ、世の中がみんな注目するような本ができるって」

Tさんは、あのいつもの人懐こい笑顔を浮かべて私の肩をがっちりつかんで揺すった。彼の力強さが服をを通して伝わってきた。
彼は私の返事などろくに聞かず、さっと向きを変えて歩き始めていた。お気に入りのトレンチコートの裾が風をはらんで広がり、背中を見せた姿はどんどん遠ざかっていく。

彼は有能な編集者として、会社からも、周りの人間からも一目置かれていた。馬力あふれるその仕事ぶりは、ときには当初の企画意図をはずれて思いがけない方向に向かってしまうことがあり、そんなときには「また暴走機関車の脱線がはじまった」と揶揄されることもあった。他の編集者ならば、編集長から大目玉を食らいかねないような脱線ぶりをすることもあったが、彼の場合は黙認された。
売れない雑誌の編集部とは言え、彼は編集長に次ぐナンバー2の位置にいたし、脱線しながらも結果として他の編集者ではつかめないような取材源の尻尾をつかみ、大きな記事にしたこともある。だから、彼の暴走がはじまっても、しばらくの間は皆様子を見ているのだった。

Tさんは、キンノスケという役者みたいな名前だったものだから、いつもみんなからは「キンちゃん」と呼ばれて親しまれていた。キンちゃんは、名前だけでなく顔つきもなかなかの男前で、女性社員からも人気があった。明るくて冗談好きで、彼が言うとそれが下ネタであっても女性たちはそれを許した。
彼には妻がいたが、会社の受付嬢だった頃にTさんが口説き落としたのだと聞かされた。男前で陽気なうえに仕事も人一倍できるときているのだから、彼から結婚を申し込まれた女性なら、二つ返事でOKしたのではないだろうか。
盛大な結婚式を挙げて、幸せな家庭を作っていたが、30をだいぶ過ぎても彼には子どもが出来なかった。
「キンちゃん、あんまり仕事ばかりするから子どもを作るヒマがないんじゃないの」
編集長がからかうと、キンちゃんは真顔で言い返した。
「そんなことないですよ。やるべきことはしっかりやってます」
「そのやり方がさ、違う方に暴走してるんじゃないの」
そう言われると、顔を真っ赤にしてうつむいてしまい、周囲にいた者は大笑いした。
しばらくして、キンちゃんは編集スタッフのIさんに声をかけていた。
「ねえ、Iさんとこはどうやったら子どもできたの?」
Iさんは、40歳近くになって子どもができた人である。
「え、どうやってって言われても」
困惑するIさんにキンちゃんは食い下がった。
「Iさんはさ、週に何回くらいやってるの。俺、2回くらいなんだけど、それじゃやっぱり少ない?」
「いやあ、ちょうどいいんじゃないですか。。。」

そんなキンちゃんに、ようやく子どもが出来た。
もう来年は40になるという歳だった。その喜びようは大仰なほどで、まさに嬉しさを爆発させていたといってもいいだろう。彼は赤ん坊を抱いた写真をお守りのように持ち歩き、会う人ごとにそれを見せていた。
「どう。可愛いだろ。ウチの長男だよ」
2年後には二人目が出来て、彼はさらに有頂天になった。
その喜びのエネルギーを仕事にも向け、彼は文字通り馬車馬のように働いた。
もともと会社からも目をかけられていた男だけあって、彼はそのうち編集業務だけでなく、営業のような仕事まで任されるようになった。大企業とのパイプ役になって広告を出してもらうと同時に、内部事情を聞き出してそれを雑誌の企画に役立てようとした。ちょっとした産業スパイのような役割だ。
仕事は激務を極め、通常の仕事の他に接待などもこなさねばならず、帰宅するのは夜遅く。休日返上で走り回ることも少なくなかったという。

私がキンちゃんに出会ったのは、彼に最初の子どもが生まれるころだった。新米スタッフとして雇われ、右も左も分からないような私をなぜか彼は気に入ってくれた。もちろん子どもが生まれた時には何度も写真を見せられた。
「これが俺の奥さん。美人だろ」
そんなことも悪びれずに言う人だった。
彼は私と組んで仕事をするようになり、私は暴走機関車の下働きとしてこき使われた。仕事が終わると飲みに行き、安酒場で焼き鳥と酎ハイを飲みながら編集長の悪口を聞かされた。仕事でヘマをすると、彼は私の家にまで電話してきて叱ってくれた。彼は怒る時も真面目で、一生懸命だった。
私が原稿を書くと必ず目を通してくれて、出来がいい時には褒めてくれた。それが何よりうれしかった。

彼とは3年ほど仕事を一緒にした。
その間に、たしかに私は鍛えられた。それと同時にカイシャの裏事情やら人間関係のドロドロも嫌と言うほど聞かされて、私はうんざりしてしまった。
その後、彼は昇進して別の部署に移り、私は編集スタッフの仕事を辞めてライターになった。

そして間もなく、彼の死を知らされた。まだ50にもならない、早すぎる死だった。
クモ膜下出血で倒れ、一度も意識を取り戻すことなく逝ってしまったのだという。
後には奥さんと、まだ幼い二人の子どもが遺された。
「彼はカイシャに殺されたようなものです!」
キンちゃんに可愛がられていた出入りの業者は、泣きはらした目でそう言った。彼が倒れたのは日曜日で、その日も接待に出かけて遅く帰り、風呂に入って床についたらそのまま意識を失ってしまったのだという。
キンちゃんの死は皆を驚かせ、そして悲しませた。
葬式には大勢の人が集まり、まるで社葬をしているみたいだった。

彼が死んでから、もう10年以上の時が経ってしまった。
さすがに彼の記憶も薄れてきた。
そんなときに彼のを見た。
の中でキンちゃんは(もっとも私は彼のことをキンちゃんなど、畏れ多くて呼んだことはないのだが)、相変わらず威勢がよくてバリバリ仕事をしていた。
私と一緒に仕事をしようと言ってくれたときも、これから取材に出かけるところで、彼は私を誘ってくれたのだった。

睡眠状態が悪い私は、毎日、睡眠導入剤を飲んでいる。
しかし、いつも処方される薬を飲んでいると、眠れることは眠れるが、必ずといっていいほど悪を見る。にうなされて叫び声を上げ、自分の声に目を覚ます。
そして目を覚ました時の気分の悪さにしばらく動けなくなる。

かかりつけの医者に事情を話した。
「それじゃ、別の薬を出すから、それを頓服のように布団に入ってから飲むようにしてください」
そう言われて出された薬は、たしかに効いた。
眠りが深くなり、にうなされることもなくなった。目覚めた後も、わりあいすっきりしている。
その代わり、眠気がなかなか取れない。
今日は、その眠気に負けてもう一度眠ったところ、思いがけずキンちゃんのを見た。

キンちゃんが遺した子どもたちは、どうしただろう。
奥さんは、あれから苦労したのだろうな。
私は、その後も生き続けて、いつの間にか死んだ彼よりも年上になってしまった。彼が生きていたら、私はまた一緒に仕事をしたのだろうか。そうして、世の中をあっと言わせるような本を作っただろうか。

まだぼんやりしている私の脳裏に、Tさんの颯爽とした後ろ姿が焼きついて、なかなか消えようとしなかった。

関連タグ : , 編集者,

ほんとにお暑うございます。
こんな日は考え事するのも放棄したくなるので、私は陰謀論を語るよりも動画で口を濁すことにする。
私がわりと好きな江頭2:50
テレビの枠に(悪い意味で)収まりきらないところが、かえって憎めないというか。
一度、本人に会ったことがあるが、生真面目でさわやかな印象さえある「変態男」だった。
これからも頑張ってほしいと思います、エガちゃん。



もうひとつ、ある意味、私の人生の師匠と呼びたい人物。みうらじゅんの動画を。
ナントカ・ベンジャミンの話より面白いと思うよ。





関連タグ : 崖っぷちのエガ, 江頭2:50, みうらじゅん,

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