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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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ブログ界で今や隠然たる影響力を持つかに見えるエコノミストのU草氏には、このところ立て続けに災難が降りかかっている。
ひとつは『サンデー毎日』と争っていた名誉棄損をめぐる訴訟で、「セクハラ癖があり、業界では有名」などとと書いた『サンデー毎日』側の主張が認められ、U草氏はいたくそのメンツを傷つけられたこと。

もうひとつはさらに深刻で、2006年9月に電車内で痴漢行為をしたとして、東京都迷惑防止条例違反の罪に問われていたU草氏に対して、最高裁第三小法廷は被告側の上告を棄却する決定を下した。
つまり、懲役4ヵ月の実刑とした1、2審の判決が確定したわけで、U草氏は今月末にも収監されることになる。

U草氏は現在、「知られざる真実」というブログを精力的に更新し、非常に多くの読者を得ているが、ファナティックとも思えるほどの民主党支持は、政権交代が現実味をおびてきた昨今、さらに熱が入ってきているようだ。

都議選で自民党が惨敗を喫した翌日、13日付けのエントリでは、圧倒的な勝利を収めた民主党をたたえ、「政権交代推進勢力」が民主党に投票を集中させた結果だと分析。自民、公明、民主をオール与党だとして唯一の野党を訴えた共産党は「政権交代実現」を重視する有権者から関心を得られなかったとしている。
しかし、現実は共産党の言う通り、民主党は都議会において自公に与する与党として機能してきており、自公が提出した議案にほとんど賛成してきた党であるということを完全に無視している。
政権交代を重視するのならば、有権者はどうして自公の味方ばかりしてきた民主党などに投票したのだろう? U草氏に学者としての思考回路があるならば、なぜ民主党が圧勝したのか、別の要因についても考える必要があったのではないか。

もちろん、民主党は選挙前になって宗旨変えをして築地市場の豊洲移転に反対、新銀行東京の経営責任を問うなどと石原都政を批判するようになったが、都民が単純にその訴えを受け入れて民主党に投票したという行動原理の裏には、政権交代を切望する気持ちもあろうが、多分にマスコミに踊らされていた部分もあったと考えるのが常識的ではないか。
しかもマスコミによる大衆扇動については、日頃のU草氏の言動を見ていればもっとも説明しやすいことだろう。
どうやらU草氏は物事の都合のいい部分だけを見て語る傾向が強いようだ。これでは元学者だったという肩書きが泣くのではないか。

しかし民主党による政権交代こそは日本の歴史上、初めて一般国民を主役とする政府を樹立しようとする「政治革命」だと位置づけるU草氏には、そんなことは一向に気にならないようである。
U草氏は書く。
大資本のための政治

官僚のための政治

外国勢力のための政治

を排除し、

 国民のための政治

を、日本の歴史上、初めて創設できるかが問われる選挙になる。

おお、なんとも雄々しく、輝いてさえ見える言葉ではないか。
しかしなあ、前にも書いたけれども、トップにどんな政党を戴いても、組織というのは必ず腐った部分が出来てくるものではないのか。
U草氏はさらに、

大資本との癒着を解消し、

 官僚利権を排除し、

 外国資本への利益供与を断ち切り、

 平和主義を外交方針の基本に据える、

政府を樹立することが目的である。真に、一般国民の幸福を追求する政府を樹立することを目指すのだ。

と続けているけれども、国策捜査の犠牲となり、冤罪の憂き目を味わってきた人物としてはいささか純粋すぎるというか、かなり青臭い理想論ではなかろうか。いや、信者にしてみれば、辛い思いをした人物だからこそ、これほど純粋な理想に燃えるというのは素晴らしいということになるのだろうけれど。
なんか薄っぺらいというか、裏付けに乏しいというか。

現時点では一応は応援するものの、そして政権交代は望むものの、それほど民主党を信用していない私のようなひねくれ者はU草氏からすれば「政権交代実現推進勢力」を攻撃する者であり、「悪徳ペンタゴン勢力」を側面支援することに気づかずにいるたわけ者ということになるのだろう。
まあ、それならそうで私は一向に構わないのだけれど、「政権交代実現推進勢力」などと仰々しい看板をつけて政権交代について語るより、あるいは「悪徳ペンタゴン勢力」について語るより、もっと現実に根ざした議論をしてもらいたいものだと思わずにいられない。

それでもU草氏は、無能宰相の麻生太郎を罵倒したりしないところは偉いなと思う。さすが、懐が深い。

ところが、今日付けのエントリを拝見すると、正直私は驚いた。

8月30日総選挙に勝利し『無血革命』を実現しよう

なんともすごいアジテーターぶり。
たしかに、念願の総選挙の日程が決まったのだから、U草氏のボルテージは否が応でも盛り上がろうというものだ。
しかし、しかし。

読み進めていくと、お得意の田原総一朗の「サンデープロジェクト」批判があり、メディアによる選挙妨害を疑う発言があり、その後に総選挙が自らの収監期間中に行われることへの憤懣やるかたない思い(そりゃ、ずいぶん悔しいことでしょうねえ)があって、後は信者に託したぞみたいな文脈が続いた後、U草氏は恐ろしいことを言い出しているのである。

新政権を樹立する際に、もうひとつ重要な緊急課題が存在する。メディアの民主化である。日本のマスメディアは腐り切ってしまった。ごく一部を除いて大半のマスメディアが権力の走狗(そうく)になり下がってしまった。

テレビに頻繁に登場する人々の9割以上が、「走狗」に塗り固められてしまった。第二次大戦後、GHQによる「公職追放」が実施されたが、新政権樹立後、マスメディア人材の「パージ」を実行する必要がある。偏向報道を主導した関係者の責任を明確にしなければならない。

こ、これってマスコミに対する粛清ってことですか?

私は政権交代は必要だと思うが、その後に来る政権が自らに都合の悪い報道をした者たちを洗い出し、9割以上を粛清するようなものにはなってほしくない。
国民主権の民主主義的な政治を行う政府を作ってほしいとは願うが、恐怖政治を行うような政権が来るのなら、政権交代などしない方がいい。

思えば日頃からマスメディアに対して厳しい態度で臨んでいるU草氏は、テレビはもちろんのこと雑誌メディア(もちろん筆頭は『サンデー毎日』だろう!)にも対検察なみの深い憎しみを持っているようだ。
かねがね私はU草氏の原動力になっているのは権力・マスコミに対する私怨だと思っていたが、図らずも粛清という形で自らの思いを遂げようとしていることには慄然とせざるを得ない。

ブログ界ではU草氏を批判することはタブーのような雰囲気があり、実際、私などがちょこっと批判エントリをアップしただけでも過剰なまでの反応がある。
しかし、自ら信じる者を批判することを許さないというのは実に偏狭であり、非民主主義的なことだとは思わないか。
たしかにマスコミには偏向報道と思われるものがある。
ならば、それに対しては正々堂々と言論で対抗していけばいいだけの話ではないか。
なぜ「パージ」を実行する必要があるなどという考え方になってしまうのだろうか。

U草氏がどんなに立派な思想の持ち主であり、信者たちを納得させる言説を日頃展開しているとしても、この排外的と言ってもいい偏狭さがある限りはU草氏を民主的な言論のリーダーなどとは、私は思わない。
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関連タグ : U草氏, 粛清,

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