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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
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●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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鳩山由紀夫は辞任するしかないというエントリを揚げて一週間もしないうちに、本当に鳩山由紀夫が代表の座を降りることになってしまった。

何と言うことか、これで日本の総理大臣は4人続けて一年以内に辞任したことになる。
これにはまったく呆れるばかりなのだが、仕方がない。
誰が見ても明らかに鳩山由紀夫は優柔不断で実行力に欠けており、普天間基地問題では覆いようのない失政を犯した。

ブログ界の中には、鳩山のインテリぶりを挙げ、あるいは好人物ぶりを挙げて、「こんなにいい首相はいなかった」と惜しむ声もあるようだ。

確かに、鳩山由紀夫という人は私も前のエントリで書いたとおり、「いい人」だったと思う。

しかし、だからといってもっと首相を続けさせるべきだったというのは、あまりにセンチメンタルな考えというもので、いくら政治をセンチメンタリズムで語っても、生み出すものは何もない。

重要なことは何よりも、鳩山由紀夫という人は、国民の生活を守ろうといいながら実行できなかったのであり、沖縄の人々に対しては煮え湯を飲ませるような裏切り行為までしたのである。
鳩山由紀夫が我々に抱かせた失望の大きさに比べれば、首相が4人短期間で変わることなど、大きな問題ではない。
むしろ、鳩山とともに政治とカネの問題につきまとわれながら、ついに国政の重要な問題については何もしなかった(かに見える)小沢一郎も一緒に辞任してくれたのだから、よかったとさえ思う。

もちろん、国際的に見れば、くるくる替わる首相の交代劇はみっともないものには違いなく、フィナンシャルタイムズではその社説で「参事」という言葉を使っているほどだ。これから外交の面で日本が目覚ましい成果を上げるには、よほどの人材とチャンスに恵まれないと難しいかもしれない。

それでも、失ったものを嘆いてばかりはいられない。
私はむしろ、今回の鳩山と小沢の辞任によって、日本の政治が本当にリセットされるのではないかと期待している。
政権交代は確かに昨年9月に成ったが、ほんとうの意味で政権が替わるのはこれからなのだといってよいのではないだろうか。

支持率ががた落ちになってしまったとは言え、民主党が中心の政権はこれからあと三年は続く。この間に新しいリーダーが立ち、自民党時代から続き、鳩山由紀夫にはついに断ち切れなかったものを断ち切って新しい政治が始まれば、日本は息を吹き返せるのではないだろうか。
私はその可能性に賭けたい。

何から何までリセットするのは難しいかもしれない。
それでも、鳩山内閣でさえ、いくつかの点では自民党政権時代にはあり得なかったことを実現させたのは事実だ(もっとも事業仕分けについては、いろいろ注文があるけれど、それでも自民党時代よりはましになったと、私は思っている)。
鳩山内閣では平野博文や中井洽など、疑問符をつけざるを得ない人事があったが、それでも長妻昭などは厚労省で水を得た魚のように働いていた。
新しい内閣が、人物を吟味して適材適所の人事を行えば、政権交代によって生まれた望ましい政治のあり方の芽のようなものが、これから大きく育っていくかもしれない。私はそれに賭けたい。

今、次期民主党代表候補には菅直人が有力と見られている。
たしかに菅直人ならば、15年前の薬害エイズ問題で大きな役割を果たしたこともあるし、その行動力には期待ができる。
心配なところといえば、財務大臣として赤字削減のためには消費税引き上げもあり得るという見方をしていたことで、とくに「使い方さえ間違えなければ、増税しても景気がよくなる」と言っていたのは見逃せない。
現在のように景気が落ち込み、国民の生活が苦しい状況で消費税を引き上げれば、景気は必ず悪化し、さらなるデフレスパイラルに陥ってしまうだろう。
菅直人は、はたしてこの点を修正できるだろうか。

新しい内閣には普天間の問題をどうするのかという宿題もある。
鳩山由紀夫が出した結論をそのまま受け継ぐのでは、首相が変わる意味がないのだし、かといって「最低でも県外」という言葉をこれから復活させるにはすべての交渉を一からやり直さなければならない。新政権ははたしてどう取り組むか。

私は、沖縄の問題については、首相自らが折衝に当たるのではなく、アメリカの通商代表のように大きな権限を持った役職を設け、その任に就いた人物に交渉を委ねるようにした方がいいと思う。現在も沖縄及び北方対策担当大臣がいるが、これは国交相でもある前原誠司が兼任している。これでは大役を果たすのは難しい。
今は、沖縄問題専門のポストが必要なのだ。
そして首相は、最終的な判断を下すだけにする。
そうしなければ、国内に山積している問題に対処していくことは難しいだろう。

問題は民主党に、それだけの人材がいて、志を一つにしていけるかどうかだが、それが何とも悩ましい。
新しい代表は明日の代表選挙で決まり、夜には新しい内閣の顔ぶれが決まるだろう。それがどんなものになるか。
期待半分、心配半分といったところか。

しかし、今度の顔ぶれによって、7月の参院選の行方は大半決まってしまうのは確かだろう。
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関連タグ : 民主党, 鳩山由紀夫, 首相, 総理大臣,

悪いことは言わない、鳩山由紀夫は早いところ首相を辞任すべきである。

「国民の生活が第一」と言いながら政権の座に就いたものの、国民の生活はいまだに少しもよくならず、それどころか、普天間基地の移設問題では前政権が決めていた現行案に近い結論を出し、犠牲を払い続けてきた沖縄県民の生活をこれからも踏みにじり続けようとしている。

宮崎の畜産業が危機に瀕するまで拡大してしまった口蹄疫の問題では、いかにも初動悪かったことは明らかで、重大な事態が起きているにもかかわらずキューバに外遊していた赤松広隆を叱責することもなく、30万頭以上の豚や牛を殺処分にするという荒療治で解決を図っている。
種牛まで殺してしまうことで全国に誇る宮崎牛が、絶滅してしまうかもしれないという事態には、単に疫学的な問題だけでなく、文化的な損失も考慮されるべきだと思う。しかし鳩山由紀夫は一律に殺処分をする方針を曲げず、農家に対しては1000億円の補償をあてるとしている。それで本当にいいのか。私にはここでも鳩山は畜産農家の生活を踏みにじろうとしているように見えてならない。

鳩山由紀夫にもっと理性があるのなら、全頭処分の決断を下す前に、まだ罹患していない家畜は残すとか、ワクチンを止めるという選択肢もあったはずなのに、それらはほとんど考慮されなかったようだ。(ちなみに、ワクチンを打つと手間がかかるだけでなく、症状が分からなくなるというデメリットがあるという。つまり、ほんとうは罹患していない家畜も、ワクチンを打つことで殺処分を避けられなくなってしまうというわけだ)

さらに鳩山由紀夫は、廃止を公約していた障害者自立支援法の延命につながる改悪案を今国会に提出しようとしている。障害が重いほど負担が重くなるこの法案については、障害者団体から断固反対の声が上がっているが、民主党政権は28日の衆院厚生労働委員会で採決しようとしている。
ここでも鳩山は、障害者の生活を踏みにじろうとしている。

私には、このごろぶら下がり取材でテレビ画面に映る鳩山由紀夫が、うつろな表情で理性も知性も働いていない男のように見える。
理性も知性も一段劣って見えたところでは、安倍晋三や麻生太郎も同じようなものだったが、案の定、今日の朝日新聞にこんなことを書かれている。

カメラ目線、質問への冷淡な対応――。鳩山由紀夫首相が記者に囲まれて質問に答える「ぶら下がり取材」の様子がこのところ、人気低迷に苦しんだ直近3代の政権に似てきた。同じく支持率低下に苦しむ鳩山政権の命運は、首相が発信力を回復できるかどうかにもかかっている。(中略)
「目がキョロキョロしていると批判もあるから、国民に語りかけるように努力している」。首相は19日、記者団からカメラ目線を指摘され、こう説明した。首相は政権発足当初、質問する記者の目を見て答えていたが、大型連休前後から変化した。
これは、3代前の安倍晋三元首相をほうふつとさせる。「キョロキョロすると国民に向かってしゃべる気持ちになりにくい」と説明した安倍氏は、2007年4月からカメラを見据えて語りかけるようになったが、「不自然だ」と、評判はいま一つだった。(中略)最近は自ら質問を打ち切って立ち去るケースが目立つ。今月12日には、記者団に「最近、答えが短くて冷たい感じがする」と言われ、「丁寧に答えているつもりだが、時間的な問題やぶら下がりのあり方自体の問題も含めて、この程度がむしろ望ましい」と反論した。
最近は発言の「ぶれ」を指摘されるケースも目立つ。米軍普天間飛行場の移設問題では「最低でも県外」や「5月末決着」という過去の発言を繰り返し問われている。
これは麻生太郎前首相と重なる姿だ。同氏は定額給付金で所得制限をめぐり迷走。郵政民営化への姿勢でも発言が揺らいだ。
目線は安倍晋三に似ていて、ぶっきらぼうな態度は麻生太郎に似ている。
言い換えれば、ぶら下がり取材での鳩山由紀夫は歴代最低の首相と同じレベルだと言うことだ。

目線と態度だけならまだ許せるかもしれないが、昨日報じられた記事では、どうやら鳩山由紀夫は考え方まで安倍や麻生と同じようになってきたと思わざるを得ない。

「国民は国を守る発想持つべき」鳩山首相(時事通信)
鳩山由紀夫首相は26日夜、日本の安全保障に関し「この国はこの国の人々で守るという、すべての国にとって当たり前の発想が今の日本にはない」と危機感を示した。同時に「それが自然かどうかという発想は国民一人一人が持ち続けるべきではないか」と指摘した。
記者団が米軍普天間飛行場移設問題に絡めて「(常時)駐留なき安保という考え方は変わったのか」と質問したのに対し、「その考え方はいま封印している」とした上で根底の考え方として言及した。官邸で記者団の質問に答えた。
この発言が、数カ月前までは日本にアメリカの基地はいらないと言っていた人のものとはにわかに信じがたい。
これではまるで、日本国民に自国を守る意識が欠けているから、アメリカ軍に日本にいてもらう必要がある。そのために沖縄に基地を置かねばならないのだと言っているようなものだ。 ここまで書いてみて、私はため息をつくどころか軽い目眩に襲われている。
「国民の生活が第一」と訴えていた民主党は、障害者自立支援法維持を図り、沖縄に米軍基地を置き続けようとする疑似自民党と化している。

私は自民党政権による政治にほとほと嫌気がさし、国民不在の政治をこれ以上させてはならじと政権交代を願った。
しかしようやく政権を取った民主党は、もともと保守的色合いが強かったとはいえ、時を経るごとに自民党の亜流となっていき、今では首相の姿さえ、無知で無能だった前政権の首相とダブって見えるようになってしまった。

もうたくさんである。

これ以上、国民生活を踏みにじるような政権には引っ込んでもらいたい。

何の苦労も知らない世襲政治家も見たくない。

目がうつろな鳩山由紀夫、そして重大な問題がいくつも起きているというのにどこか涼しい顔をしている小沢一郎にも政治の舞台から去ってもらいたい。

この政府に対する不審と不満を、次の参院選で民主党に痛打を浴びせるという形で明らかにしたいものだと、私は願っている。

関連タグ : 民主党, 鳩山由紀夫,

思えばウン十年前、学生時代のあの頃の私は何度、この言葉に苦い涙をのんだことだろう。
思いを寄せる女性に対して、自分では誠心誠意を尽くしてきたつもりだし、何よりも大切に考えてきたつもりだった。
彼女とつきあえることになったら、どんなにか毎日が明るいものになるだろう。
そう考えると、理屈もなく希望が満ちてきたし、どこからともなく力がわいてきたものだった。

バカが相手じゃ悪いからと、彼女のために哲学の本を読み、甲斐性がない男では情けないからと、日銭が稼げる肉体労働のアルバイトもした。
哲学は小難しくて、さっぱりページが進まなかったけれど、仕事は味気なくてきついばかりだったけれど、彼女と一緒にいられるときがあり、私の言葉に彼女が微笑み、私がエスコートする(なんて洒落たものじゃなかったが)店での食事に彼女が喜んでくれれば、それでよかった。
それが、私にとっていちばんうれしいことだった。

しかし、端から見れば私の独り相撲に見えたであろう数カ月の蜜月の後、彼女が言いにくそうに私に言ったのは、例のあの言葉だった。
「T君て、とてもいい人だと思う。でも、お友だちでいましょう」

つまり、それは私に対するやんわりとした拒絶の言葉に違いなかった。とんまな私ははじめのうち、その言葉にも若干は希望が残されていると思っていたが、そんな私を見ていた先輩のAさんは的確に教えてくれた。

「バカ。それはお前なんか相手じゃないってことなんだよ」

フーテンの寅さんじゃないけれど、私はその後も女性に惚れては
「お友だちでいましょう」と言われる無様を繰り返したものだった。

まったく学習能力がないね、われながら。

さて、昨日、われらが鳩山総理は迷走を続けてきた沖縄普天間基地の問題に結論を出した。
それは総理自らが言っていた「国外移設、最低でも県外」という約束の実現を表明するのではなく、自民党政権時代にアメリカとの交渉で導き出していた結論とほぼ同じ、「名護市辺野古への移設」であった。
われらが総理は、自らが口にした約束をめぐって気が遠くなるほどのダッチロールを繰り返してきたが、それでも一つだけ約束を果たしたことになる。
それは5月末までに結論を出すということ。

しかし、こんな約束ばかり守られたとしても、多くの沖縄県民や彼らと思いを同じくする国民は納得できるものではないだろう。
昨年9月に政権を奪取して以来、散々威勢のいいことを言ってきたけれど、出てきた結果はこれだけかい。
それが偽らざる気持ちだろう。

これなら、自民党が政権を取ってたのと同じじゃないか。

われわれは自民党政権に対して、なぜノーをつきつけたのか。
それは、彼らが利権既得権益にへばりつき、国民に対してウソをつくことがあまりに多かったことにウンザリしたからではなかったか。
アメリカとの同盟を言いながら、その実不平等条約を甘受し、あまつさえ財政難の危機に瀕しているというのに目のくらむような大金を思いやり予算として毎年与え続ける理不尽な政治にほとほと呆れてしまったからではなかったか。

私は、同じ約束を破るのならば5月中に結論を出すというのを反故にして、この問題を沖縄の人々はじめ国民が納得のいくまで議論を尽くすというのならば大賛成だった。
けれども、守られたのは5月中の結論だけで、その結論と言えばこれまでの時間が何だったのかと言いたくなるような現行案に沿ったものでしかなかった。

われらが鳩山総理は、友愛の政治を掲げて政権の座に就いたが、その友愛とは結局のところアメリカに尽くすという意味合いでしかなく、沖縄の人々や国民のことはないがしろにするということだったのかと納得した。

友愛という美しい言葉を使い、誠心誠意を尽くしているかのようなポーズを見せつけられてきたけれど、私が鳩山総理に言葉をかけるとするならば、数十年前を思い出しながらこう言うだろう。

「総理、あなたはいい人だと思うけど、お友だちでいましょうね」

はたして金持ちの坊ちゃんで、代々続く政治家の家に育った彼は、この言葉が意味することを理解できるだろうか。
もしかすると、以前の私のように「まだ脈はある」と見て、これからも政権の座に居座り続け、小沢一郎と一緒に参院選挙も戦えると考えるだろうか。

鳩山由紀夫がお金持ちの坊ちゃんであることは、別に悪いことではない。
できればその莫大な資産を、これからは自分の政治資金になど使わず、どんな形でもいいから社会貢献するために使ってくれるなら喜ばしいと思う。
だから、お友だちでいる分にはかまわない。

けれどもわれわれのリーダーとしてトップに立つのは、もうごめんだ。

もはや、移り気な私の心は民主党政権を離れ、これからは左派勢力による第3極の結集に向いている。
そのためには、今まで政権与党にありながら影が薄い存在でしかなかった社民党に連立を離脱してもらい、まずは今回の鳩山由紀夫の決断に断固として反対を表明し、その後は次の参院選を目標に左派勢力の中核となって動いてもらいたい。

自民党、みんなの党、たちあがれ日本、日本創新党、新党改革など、新自由主義と保守右派勢力は雨後の筍のように旗を揚げている。その多くは雑魚の集まりとしか見えないが、彼らに共通しているのは反民主であり、政権獲得で、読売、産経などのメディアがこれの後押しをしている。

私は、よもや自民党が政権を奪取することはあり得ないと思っているが、現状を見る限りではこれらの右派勢力の声に対して左派勢力の声がもうひとつ鮮明に聞こえてこないことに苛立ちを感じている。
いくら雑魚とはいっても、まとまれば一つの力になることは間違いない。
これを黙って見ていたのでは、せっかく自民党政権による暗黒時代が終わったというのに、民主党の自民党化がさらに進み、ついには保守連合との大連立などという悪夢がまた始まるかもしれない。

そんなことにならないために、社民党にはここが踏ん張りどころだと思って頑張ってもらいたいのだ。
もしそれができないのであれば、もはや社民党も政権に執着するだけの公明党と同等な存在として見放すしかないだろう。

福島みずほにも「お友だちでいましょう」とは言いたくないんだけどね。

関連タグ : 鳩山由紀夫, 民主党, 沖縄,

自民党に替わって民主党が政権の座についてから、すでに半年以上が過ぎた。

この間、いろいろなことがあって、最初のうち民主党に寄せられていた期待は多くが失望に替わっていき、今では内閣支持率が20%台という危険水域に達してしまった。
民主党政権に対する失望には、政治とカネの問題や普天間にある米軍基地の移設問題が大きな作用をおよぼしていると思うが、何にも増していちばんの原因となっているのは、鳩山由紀夫本人の頼りなさに尽きるだろう。

私も、今さら鳩山や民主党のこのていたらくを擁護しようなどとはさらさら思わない。

世間には比較的評判のいい事業仕分け一つを見ても、素人集団が小泉改革時代の改革推進ブレーンたちによって言いように操られているようにしか見えない。副総理と財務大臣を兼任する菅直人までも、増税はしないと言っていたものが一転して、増税しても使い道が正しければ景気にプラスになると言い出して正式に増税の検討に入ってしまった。ここでも財務省の諮問機関である「財務制度等審議会」が影響力を発揮することになるのだろうが、この審議会の会長を務めているのは東大教授の吉川洋で、やはり小泉内閣時代、社会保障費の削減を主張してきた人物である。

鳩山由紀夫は目の前に「政治とカネの問題」、「米軍基地移設問題」を抱えて右往左往し、背後からは小泉時代の亡霊たちとも言えるような新自由主義者たちに操られて国政を誤った方向に導こうとしているかに見える。これではとてもではないが、鳩山由紀夫に内閣を任かせてはいられないと思う。

何よりも、私がこの内閣を評価できないのは、鳩山ないし民主党が「生活が第一」というもっとも大きな公約を忘れ、目先に突きつけられる問題にあたふたしているように見えることだ。これには日本のマスコミが悪い影響を与えているのだが、その報道を見る限り、今の日本では政治とカネの問題か米軍基地移設問題しかないかのような印象を与えている。

そうじゃないんだよ。
もっと大切な問題が、国民にのしかかってきているんだよ。

長らく続くこの不景気をどうするのか。就職氷河期並みともそれ以上ともいわれる雇用の問題をどうするのか。今はまだ対岸の火事のように見えるが、ギリシャの財政危機にはじまるヨーロッパの経済不安は、遅かれ早かれ日本にも影響を与えるだろう。そのときに慌てずにすむような対策はあるのか。

政治とカネの問題はさておき、米軍基地移設問題については、5月中に決着させるなどという鳩山の言葉などはこの際無視していいだろう。
沖縄県民の生活がかかった問題であり、国の防衛をどう考えるかにもかかわる重要な問題なのだから、もっともっと時間をかけて納得いく結論を出すべきだろう。そのためには、日米同盟についてどう考えるべきか、国民の信を問うことも必要かもしれない。鳩山由紀夫の優柔不断のためにグダグダになっているかに見えるこの問題だが、自民党政権下ではこうした議論さえなされてこなかったのであり、今こうしてああでもない、こうでもないと揉めているのは決して悪いことではないと思う。大切なのは時間をかけてでも、沖縄県民をはじめとする国民が納得のいく形の結論を見出すことだ。

私は今の日本とアメリカの関係が、地位協定や思いやり予算に見られるような対等の関係でない以上、日米同盟そのものを見直すべきだと思うが、そうなればまだ時間が必要だろう。
しかし、こうした粘り強い交渉を続けていくときに、鳩山由紀夫がトップに座っていていいのかとなると、首をかしげざるを得ないのが現状だ。もちろん、鳩山由紀夫の代わりを務めるとしたら誰がいいのかという問題についてはいろいろ説があるだろうが、私としては政権を組んでいる社民党や国民新党と上手く連絡を取りながら政治をリードできる人物が望ましいと思っている。ことに、昨今の言動を見ていると、国民新党の亀井静香の発言は重要であり、彼との協調路線を強力に推せる人物がふさわしいと思う。

ブログ界では民主党支持といいながら、その実は鳩山由紀夫マンセーであったり、小沢一郎マンセーであったりするものが少なくない。しかし、鳩山由紀夫がここまで窮地に陥っても手をさしのべるどころかまったく黙殺し続ける小沢一郎という政治家に、これからの日本の舵取りを任かせる気にはなれない。それでは誰がいいのかということになるが、それについては私などが語る役目ではない。

私としては鳩山由紀夫と今の民主党のあり方にはすっかり失望しているが、かといって自公政権時代よりははるかにましになったと思っており、今後は以前よりもよくなった部分をさらに大きく広げていける人材と、リーダーシップを求めてやまないというところだ。



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私は以前のエントリで、民主党代表選に立候補した鳩山由紀夫が「愛ある政治」「友愛社会の建設」という政策を打ち出した事に対して、意味が分からないと書いた。
「友愛社会の建設」などは鳩山自慢の祖父である鳩山一郎から譲ってもらったものであり、今の社会でこれを実現するとすればどんな政策になるのか、具体的なイメージが皆目つかめない。それは「愛ある政治」にしてもそうで、鳩山由紀夫の言っていることは悪く言えばお坊ちゃまの理想・空論で、具体性も実効性もまったく不明瞭なものだと言わざるを得ない。

しかし実際の代表選では、お坊ちゃまの理想・空論を掲げた鳩山由紀夫が代表に選ばれてしまった。

そして先月末に開かれた麻生太郎との党首討論では、吉田茂の孫と鳩山一郎の孫が対決? という画面が全国のテレビに放送された。
このやりとりを見て、一部のブロガーは「鳩山代表が麻生を圧倒していた」「鳩山代表の勝利」などと書き立てて喜んでいたが、私にはこの神経が分からない。

麻生太郎と鳩山由紀夫が相対する画面を見て、私にはいいようもない嫌悪感が湧いてきたからである。
二人の世襲議員による「対決」は、あたかも戦前の貴族院議院が復活したかのようであり、とても国民の代表が国民のために議論を戦わせているようには見えなかったからである。

国民不在の政治もここまできたか。

そんな思いが強かったこともあり、私は二人の「対決」なるものを最後まで見る気は失せてしまい、同時にこの党首討論についてブログで何か語ろうという気もなくなってしまった。

あえて今、ここに党首討論の感想を書くとすれば、「国民が持っている関心の第一は西松建設問題だと思う」と言った麻生太郎の脱力するしかない発言に改めてげんなりしたことと、相変わらず政権交代を狙う政党の党首として政権獲得後の政策を具体的に語ることができなかった鳩山由紀夫に対する幻滅を再確認したことである。

今日の毎日新聞では、民主党のブレーンでもある北大教授の山口二郎が「鳩山民主党の課題」という一文を寄稿している。
ここで山口は、民主党が自民党に対して対決の構図を作ってこれなかったことが日本政治の回り道の原因であり、それは同時に民主党が回り道をした原因でもあると述べている。
そして山口は、政権交代の必要性について次のように書いている。

なぜ政権交代が必要かと言えば、それは国民自身が政策を選択したという政党制を作り出すためである。選挙で国民が政権党とその政策を選択することで、信託を受けた政府は官僚機構の抵抗を排除して政策を実現できる。政権交代直後の政府こそ、政治主導を強力に発揮できるはずである。

これに続く文章で、山口もまた、鳩山由紀夫が掲げる理念に疑問を呈している。

政権交代で何を変えるかという点は、政党の思想にかかわる。鳩山氏も、友愛を掲げ、党首討論では居場所の確保、悪平等でも弱肉強食でもない第三の道など、思想の片鱗を感じさせてはくれた。しかし、今一つ聞く者の胸に響いてこない。

どうやら山口二郎も同じような感想を持っているようである。
学者である山口は、私が感じたものをさらに明確に文章にしている。
いわく、思想と綺麗事を分かつものは何かといえば、語る者の本気度の違いだと。

はたして、「愛ある政治」と「友愛社会の建設」を掲げた鳩山由紀夫には本気度がどれだけあるのか。
それは麻生太郎がとぼけて「今、国民が持っている関心の第一は西松建設問題」と言ったのに対して「自民党にも怪しげな人がたくさんいる」と言い返したところに見て取れる。
鳩山が「本気」ならば、麻生太郎に対して怒りを露わにし、「何を言っているのだ、国民がもっとも関心を持っているのは景気のことであり、国民生活そのものではないか」とやり返さなければならないところだった。

昨日、自公政権は国会会期を55日間も延長することを決めた。
この際、鳩山由紀夫には、政権交代をした後にどんな政策を打ち出すかという目に見えるものを国民の前に出してもらわなければならない。
そうでなければ、とても民主党を応援する気になどならないし、憲法改正に肯定的で国会議員定数削減に前向きな点など、自民党との大連立を組んでもおかしくないような傾向を持っている点において、私はますます鳩山由紀夫と民主党に対して疑いの目を向けざるを得ないのである。

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