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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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世の中、金がすべてじゃないよ。

私は今でもある意味そう思って暮らしているが、今の世の中ではそんな考えは甘っちょろい戯言だと見なされる。そして私自身も、しばしば「金がないのは首がないのと同じ」という思いに挫けそうになる。
人間だれしも霞を食べて生きているわけじゃなし、金を稼いでものを買って腹を膨らませなければ死んでしまうのだ。
それは当たり前のことなのだけれど、それでもなお、金がすべてになってしまったかの観がある今の社会に対して、これでいいのかという思いを捨てることができない。
なぜかといえば、金がすべてと考える社会が、あまりに余裕がなく冷たい、したがって人にとってはすこぶる生きづらい社会だからである。

なぜ、こんなにまで金、カネとそれがあたかも命よりも大切なものでもあるかのように考えられるようになってしまったのだろう。

今、日本社会の食の安全を揺るがしている、相次ぐ偽装問題。
この問題を遡れば、どこまで行き着くことになるのか。思い返してみると、それは2001年9月に国内で初のBSE感染牛が確認されたときあたりにあるのではないかと思う。
日本でもBSEに感染した牛が見つかった。そのこと自体は偽装事件とは関係なかったが、食に対する不安感はこれをきっかけに一気に高まったといえる。
02年1月には雪印食品の牛肉偽装が発覚。はじめて食品偽装問題が大きく取り上げられた。このとき、雪印食品はオーストラリア産の牛肉を詰め替えて国産牛と偽り、農水省がBSE感染の疑いがある国産牛肉を買い取ることを悪用して安い輸入牛肉との価格差をまるまる利益としたのだった。
この悪事が冷凍倉庫業者の告発によって明るみに出て問題となり、結局、雪印食品は解散を余儀なくされた。

牛肉偽装事件はその後も日本食品や日本ハムでも発覚し、日本人はまずここで牛肉業者に対する信用をなくした。
01年から02年にかけては、ハンナンも農水省の食肉買い取り事業を悪用して助成金約50億円をだまし取る事件も発覚している。

雪印食品、ハンナンに共通しているのは、国内でBSE感染牛が確認されたことを利用して金儲けをしようとする剥き出しの拝金主義だった。ことにハンナンの浅田暁被告はハンナングループを統括する立場を利用して利益を独占してきたことが分かり、大きく非難された。

しかし今から思えばこれはまだマシな方だったのだ。彼らはただカネを設けるために不正を働くだけだったのだから。

その後、2007年6月に発覚したミートホープの牛肉偽装事件は、牛肉の加工食品に鶏や豚などを混入させたり、外国産牛肉を混ぜたものを国産牛挽肉と偽ることで、消費者の口に入る肉そのものの品質までも信用できないものとさせた。ミートホープでは98年頃から田中社長の指示のもとに牛ミンチの偽装をはじめ、02年には牛脂に豚脂を混ぜて牛脂と偽装、国産と表示した牛スライスにはオーストラリア産など外国牛肉を混入、04年には発色が悪い豚挽肉に牛の心臓を混ぜて売っていた。ミートホープは原材料を偽装するだけでなく、賞味期限切れの冷凍コロッケを安く買い取って再包装し、賞味期限を偽装して販売していた。

金儲けのためならば商品の品質など問わない経営者が、ここに告発されたのである。

07年には香川県丸亀市内の精肉店がオーストラリア産牛肉を国産と偽って学校給食に納入していたことが発覚。牛肉から始まった食品偽装問題は、まるで伝染病のように広がっていく。

07年8月には石屋製菓が、北海道を代表する土産菓子「白い恋人」の賞味期限を改竄していたことが発覚。同年10月にはお伊勢名物として知られる「赤福」が34年間にわたって賞味期限を不正表示してきたことが分かって問題となった。
また、同じ月には秋田名物の比内地鶏を扱っていた食肉加工製造会社「比内地鶏」が、別の鶏肉や卵の燻製を地元の「比内地鶏」と偽って出荷していたことが発覚した。ことに燻製には卵を産みにくくなった「廃鶏」と呼ばれる雌鳥の肉を使っていたことも分かった。

07年は1年を象徴する文字として「偽」が選ばれたが、国民はまだまだ食品偽装問題に振り回されなければならなかった。

08年6月には中国産うなぎを国産として出荷していた水産卸会社の魚秀と新港魚類が摘発された。
また同月、岐阜県では食肉卸業者「丸明」が他県産や等級の低い牛肉をブランド和牛の「飛騨牛」として販売していたことが分かった。
さらにその一月前には老舗料亭として知られる「船場吉兆」が、客の食べ残していた料理を使い回していた事実が発覚。吉兆はそれまでにも賞味期限切れの菓子を百貨店で販売するなどして07年10月からたびたび問題を起こしてきた。08年5月の「使い回し事件」ではとうとう老舗としての信用失墜に耐えきれず、「のれんの上にあぐらをかいてきた」と記者会見して廃業することになった。

わずか10年にも満たない間に、これほども食品に関わる偽装が行われ、不正な利益を上げてきた経営者たちが社会の糾弾を浴びてきた。彼らがそれぞれ口にしてきたのは、「現場の担当者が一存で行ってきたこと」という言い逃れであったり、「経営が厳しくなったのでしかたなくやった」という言い訳であったりしたが、結局のところ、共通しているのは消費者を騙してでも金儲けをしてやろうという拝金主義だった。
今世間を騒がせている三笠フーズによる事故米転売も、またその後明らかになった愛知県の「浅井」と「太田産業」による転売も、自分たちの利益のためには消費者の健康などどうでもいいという身勝手で短絡的な考えから行われた悪事である。

「食」は人間の健康に直接結びつく重要なものなのに、それを扱う者たちがその責任を忘れ、利益獲得に走るようになったのはなぜなのか。
単に悪人が食品業に携わっていたから、一連の事件が起きたということではないだろう。
日本人全体が金儲けに夢中になり、金儲けこそいいことだという価値観を持ち、金儲けができない者は負け組になるという観念を知らぬ間に植えつけられてきた結果としてこのような事態が起きたと考えるのが妥当だろう。

そして、このような拝金主義をかくも醜くはびこらせたのは、自民党政治が誘導してきた新自由主義社会に他ならない。

今、総裁選に立候補している5人の候補者は口々に景気回復を謳い、弱者に優しい社会の実現を訴えている。
しかし、日本の景気を悪化させ、社会に格差をつくって固定させ、弱者に厳しい社会を実現して毎年3万人超の自殺者を生み出すようにしてきた張本人が彼らであることを忘れてはならないのだ。
麻生が言う景気回復は真っ赤な嘘だし、小池や石原が叫んでいる改革による改善も大嘘だ。与謝野が訴える財政政策も結局は国民に痛みを要求するものでしかない。石破が唱える防衛論議は国民を死に追いやる政策だ。

日本人を醜い拝金主義の集団と化し、勝ち組と負け組に色分けしてきた自民党政治は、誰が担当することになっても間違っているのだ。

金は大事だよ。
だけど、やっぱり金だけがすべてじゃないよ。
私はこれからもそう思い続けたい。
それは間違ったことではないと思える社会に、日本が立ち返ることを祈りたい。

そのためには、政権を自民党から引き剥がすしかないと思う。

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関連タグ : 拝金主義, 食品偽装, 事故米, 新自由主義, 自民党,

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