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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
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●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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事故米
昨日のエントリでは事故米を買って商品を作ってしまった酒造メーカーが、商品回収や売れなくなった在庫の管理、さらには酒を廃棄するにも莫大な費用がかかることで頭を抱えていることを書いた。
「杜氏が心を込めてつくった酒を棄てることは忍びなく、悲しい」
その言葉には真情がこもっていた。

しかしながら、消費者として彼らを見ると、三笠フーズに騙されて大損したことに同情していていいのかという気持ちになってくる。

昨日のエントリに対して、塩爺さんという方からコメントを戴いたので、ここに再掲する。

>私は居酒屋をしております。
過去に数多くの 焼酎蔵を見学に行ったこともあります。その中で 直接 造り手さんとも話をさせていただきました。

私も 同じ意見です。
毒性が検出されようが されよまいが、そんな事より、焼酎の品質に問題が なかったのか、とても気になる所です。
どう解釈しても、品質より利益を重視したとしか思えないのが、率直な私の意見です。<

昨日私が呈した疑問は、「それじゃ、われわれはこれまでどんな酒を飲まされてきたのか?」ということだ。
日本酒にしろ焼酎にしろ、その原材料は水、米(焼酎の場合は芋など各種原料)、麹という、いたってシンプルなもので作られている。
それだけに品質のいいもの、最低でも安心して飲める酒を造るにはこれら原材料の品質が保証されていなければならない。かび臭い水からいい酒が出来るはずがないのだし、雑菌の混じった麹からいい酒は出来ない。同じように、品質の劣化した米からも決していい酒は出来ないはずなのだ。いわんや、カビが混入した米などから酒を造ろうなどとは、良心的な造り酒屋ならば考えもしないだろう。

昔、日本酒が一級、二級と等級で区別されていた時代には、「三増酒」とよばれる品質の悪い酒が多く出回っていた。それらがなぜ三増酒と呼ばれるかといえば、酒の量を増すためにアルコールを添加するのだが、それだけでは味が辛くて飲みづらくなってしまうので、糖分や香料を添加して飲むに耐えるようにしたからだ。今ではあまり三増酒のことは聞かなくなったが、なくなったわけではない。ごくごく安く売られている酒はこの三増酒で、原材料の表示を見れば「米、醸造用アルコール」と並んで「糖類」という項目があるはずだ。

今、舌の肥えた酒に「やかましい」消費者は、自ら好んで三増酒を飲もうとは思わないだろう。わざわざ好んで糖類を添加した酒を飲まなくても、安くて安心して飲める、それでいてかなり美味いと思わせる酒があるからだ。(もちろん、そういう酒は吟醸酒や純米酒ではなく「アル添酒」と呼ばれる醸造用アルコールを加えたものだが、アル添酒自体は悪いものではない。私には「アル添酒」の方が飲みやすいと思うことが少なくない)

さて、こうした「やかましい」消費者に対して、事故米を買わされて自家商品を回収したり廃棄するはめになった酒造メーカーは、酒造りに対してどういう信念を持って取り組んでいたのだろうか。
一連の事実から推測すると、私には、できるかぎり安い原材料を仕入れて製品を作り、利益を上げることが第一だったのではないかと思われてならない。
ほんらいならば美味い酒、いい酒を造って提供するからこそ、杜氏も誇りを持てたはずなのだが、今回の事件で被害にあったメーカーは、ほんとうに誇りを持って仕事をしてきたといえるのか。

焼酎の場合は蒸留という工程が入るため、少々原材料となる米の品質が悪かろうと味に影響が出るものではないのかもしれない。
しかし、そういう考え方があったからこそ、今回のような事故米をつかまされるはめになったのではないか。
たしかに消費者は高くても美味い酒ならばどんどん買うとは限らない。できれば安くても美味い酒を飲みたいという者が多いだろう。メーカーとしても、売り上げと原材料費とのバランスにはいちばん気を遣うだろうから、できるだけ安くていい材料を仕入れて酒を造りたいはずだ。
けれども、それが許されるのはあくまでも「安心して飲める酒」を作る範囲内に限られる。今回のような事故米をつかまされても気づかなかったメーカーは、普段からそうとう品質的に問題のあるような安い米を原料に使っていたのではないか。
とにかく安い原材料で酒を造り、利益を上げようとして商売してきた結果が、今回の被害に結びついたのではないか。

だとしたら、こうしたメーカーは「杜氏が心を込めて作った」酒に対する誇りとは対極にある、安い材料でいかに味を誤魔化して消費者に売りつけるかという算段が第一にあったわけで、その結果、もしかすると有毒物質が入った商品を消費者に飲ませ続けてきたかもしれないのである。
そうなると、彼らメーカーは被害者どころか加害者の一味に加わることになるのではないか。
塩爺さんが書いたように、品質よりも利益を重視した挙げ句、品質に問題のある酒を売り続けてきた。
酒造メーカーは、被害を嘆くよりもまず、消費者に対して申し開きをし、必要がある場合には徹底的に謝罪するべきではないか。

酒飲みの一人として、今回の事件はこのまま捨て置くことは到底出来ないのである。

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関連タグ : 事故米, 酒造メーカー, 原材料, 利益重視, 誇り,

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