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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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昨日放送されたNHK「クローズアップ現代」ではいわゆる「貧困ビジネス」が取り上げられていた。
貧困ビジネスとは、いわゆるワーキングプアなどに代表される貧困者を相手に金を搾り取る業態のことで、番組ではネットカフェや敷金・礼金不要を売り文句にしている「ゼロゼロ物件」と呼ばれる不動産業、生活困窮者を無料あるいは低額で受け入れ、生活保護を受けさせてその大半をピンハネする宿泊施設などが紹介されていた。

ネットカフェについては、すでに「ネットカフェ難民」という言葉が定着しているが、ほんらいはコーヒーなどを飲みながらインターネットを楽しむための施設として生まれたものだ。しかし低料金で24時間営業する店が増えるにつれて、住居を失った若者を中心とする生活困窮者が住居がわりに利用するようになった。少し前までは「ネットカフェ難民」という呼称に抵抗感を現す業者もあったようだが、今では低料金をうたうだけでなく、そこを利用することで住民票を取ることができると宣伝文句にしている店もあるというのだから、もはや公然とした「難民施設」と見るのが当然だ。

そういえば、大阪で放火事件があった個室ビデオもネットカフェと同じく難民施設と見るべきで、あの事件をエントリに取り上げた時、個室ビデオ店を利用するのは生活に困った人々が大半と書いたところ、「普通に利用している人も相当数いる。こうした施設を現代の木賃宿と同列に考えるのはおかしい。ネットカフェに寝起きするようになったら人生終わりなんて思ってないで、あなたも一度泊まってみてはどうか」というコメントをいただいた。
たしかにネットカフェや個室ビデオをほんらいの目的のために一時的に利用している人もいるだろう。
しかし、番組で紹介されていたネットカフェは、そこを住居代わりにしている人々で常に満杯で、順番待ち状態が続いているということだった。この現状をどうとらえればいいのか。
ゲストで招かれていた湯浅誠は、「こうした施設に暮らさざるを得ない人々がいるということが問題なのだ」と言っていた。

今の貧困が恐ろしいのは、いちど家賃も払えないような貧困生活に陥ると、そこから抜け出すのが非常に難しいところだ。ネットカフェを住居代わりにしている人の多くは非正規雇用者で、常にギリギリの生活を強いられている。貯蓄をする余裕はほとんどなく、アパートを借りて引っ越そうにも、その資金を貯めるには気が遠くなるほど時間がかかる。しかも生活を切り詰めて貯蓄をしても、病気やケガなどをすれば治療費を使わねばならず、仕事を休めば即収入減につながる。さらに、一年を通して仕事に就けるわけではなく、盆や正月、いわゆるニッパチとよばれる2月8月などヒマな時期には雇用調整が行われて必然的に仕事が減る。
とても金を貯める余裕などないのが現状なのだ。
いちど日本型難民に陥ると、それが固定化されてしまい、抜け出すことが難しくなる。ネットカフェに寝泊まりするようになったら人生終わりと考えたとしてもおかしくないのではないか。
少なくとも、こうした生活をしている限り、希望は生まれようがない。

今の日本で、ワーキングプア人口はどれくらいあるのか。
総務相の就業構造基本調査によれば、2002年で約650万世帯と推定され、年収200万以下の労働者は2006年に1000万人と突破したという。2008年の現在、その数は増えこそすれ、減っていることはないだろう。とくに9月以来の世界規模の金融不安と円高で、大企業は雇用調整を行っており、それはすなわち非正規雇用者のクビが切られていることを意味する。

さて、そこで今、麻生太郎内閣が景気対策として掲げている定額給付金について考えてみたい。

総額2兆円規模といわれる生活支援定額給付金は、当初、麻生太郎によれば全国民に対して支給されることになるとされていた。4人家族の場合で6万円ほどが臨時収入として入ってくることになる。
しかし、こんなことをやっても、富裕層にとってははした金であり、景気回復の意味をなさない。また貧困層にとっては、ないよりましなものに違いはないが、たとえ6万円もらったとしても諸物価値上がりの折、あっという間に生活費に消えてしまう。やはり景気回復に結びつくとは考えにくい。
それにそもそも6万円など大して必要としない金持ちと、困窮に喘ぐ貧乏人と、なぜまたここだけ平等にしなければならないのかが分からない。

これについては与党内でも異論が出たらしく、麻生太郎は4日になって「高額所得者は支給対象から除外する」と考えを変えた。
ただし、毎日新聞によれば所得把握には時間がかかることから年度内支給に影響が出る可能性があるほか、支給対象者の上限ラインをどこに設けるかなど難題も浮上しているという。

麻生は、「どの辺でカットするか分からないが、自主申告とか考えないといけない。うまくやるように考える」と言い、与謝野馨も「日本人は正しく申請するとの前提にすれば、制度は非常に簡単になる」などと自主申告案を提案しているという。

あくまでも上から目線でしか考えることができない麻生太郎周辺では、年収2000万程度を上限にするとか、いや1000万程度にすべきではないかとの話が出ているようだが、私から見れば年収1000万も2000万も十分に高額所得者である。少なくとも6万円をもらってありがたやと思うような生活レベルではない。まあ年収1000万程度ならば6万の臨時収入があれば、ちょっと贅沢な、麻生が毎日通っているようなレストランで食事をするかもしれず、それはめぐりめぐって景気回復に多少はつながるのかもしれない。
しかし、いずれにしても、いかにもみみっちい話ではないか。

本当に生活支援をうたって経済対策として金を使うのであれば、2兆円をそのままワーキングプア層に配分すればいいではないか。年収200万以下の労働者が1000万いるとすれば、一人あたり20万円。決して多くはないが、これだけあればネットカフェ難民もアパートを借りる足しにできるかもしれない。劣悪な宿泊所に生活し、悪徳業者から生活保護をピンハネされている人々の何人かはそこから抜け出せるかもしれない。家賃が1日でも滞納するとカギを付け替えられて部屋から締め出されたり、夜中にたたき起こされて催促されるといった劣悪な住環境に住んでいる人も、もっとましな住処に移れるかもしれない。

それでこそ「生活支援」の意味があるのではないか。

もちろん、支給法には手続きを要する。麻生や与謝野のような坊ちゃんには分からないだろうが、自己申告などを採用すればいくらでも誤魔化そうとする人間が出てくることは明白だ。
人間とはずるい生き物だ。欲深い生き物なのだ。それくらいは麻生も与謝野も、自分の胸に手を当てて考えてみればよく分かるだろうに。
バラマキをするならば、真に必要な者にばらまくべきである。
まして選挙対策にこれを利用しようなどという魂胆は、論外である。

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関連タグ : 定額給付金, ワーキングプア, 貧困ビジネス,

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