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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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最近の、日本の調査捕鯨をめぐるシーシェパードの妨害問題や、グリーンピース・ジャパンによる鯨肉横領疑惑の告発、そして告発をしたグリーンピース職員の逮捕をめぐり、鯨問題が私のなかでもやや錯綜してきた感があるのでまとめておくことにする。

私は鯨を普通に食べたいと思っている
まず、第一に私は食糧源として鯨が考えられている以上は、鯨を美味しく、しかももっと安価に食べたいと思っている。海洋生物の食物連鎖のトップに位置する鯨だが、その肉の安全性が確認されている限りはBSEの危険性がある牛肉よりも安心して食べられるだろう。もちろん、鯨肉が牛肉に置き換わることはないだろうが、食糧問題が日本にとっても重要な問題になってきているとき、資源として活用できるのなら鯨をもっと流通させて昔のような大衆的な食べ物にしてやればいいと思う。
ここに動物愛護問題を持ち込むのはナンセンスであり、私は不毛な議論に加わるつもりはない。この点、IWCが捕鯨反対のもっとも大きな根拠にしている「倫理的な反対」は、アメリカ、オーストラリアなどが作り上げた勝手な屁理屈だと思っている。

鯨は増加し、なおかつ食害の恐れがある
なぜ鯨は食糧たり得るかだが、ひとつには鯨の数がひところの乱獲で激減したことを反省したことにより、現在ではミンククジラだけで南氷洋に78万頭も棲息しているという報告があり、その数はかなり増加していること。
さらに鯨が増加することにより、サンマ・イワシ・スケトウダラ・サケなどの魚やオキアミなどの甲殻類、イカなどの軟体生物の食害問題が起きていること。科学的調査によれば、鯨がそれらの生物を消費する量は年間2.8~5億トンと推定され、これは人間による漁獲量9000万トンの3~6倍にあたる。鯨を過剰に保護することにより、海洋の生態系が破壊される恐れがあることは国連食糧農業機関(FAO)も警告していることである。
これからも乱獲することは許されないが、許容される範囲で捕鯨していくことは、世界の食糧問題にも貢献するものではなかろうか。

鯨と環境問題を結びつけるのはおかしい
もうひとつ、鯨の問題は環境問題と結びつけて論じられる傾向があるが、そもそもはアメリカが片方で戦争を起こしておきながら、もう一方の手で鯨保護を訴え、鯨を守ることが環境保護につながるというアピールから生まれたものである。グリーンピースなどの環境保護団体は、ほぼその主張の流れで捕鯨反対活動を続けている。
しかし、これはどう考えてもおかしい。
戦争を起こし、大量の人間を殺しておきながら、それを糊塗するために鯨の保護を訴えるのは欺瞞以外のなにものでもないだろう。イギリスでは日本人の鯨肉を食べる習慣を野蛮人の習慣と書き立てたことがあったが、肉食民族アングロ・サクソン独特の独善的な思い上がりという他ない。
またアメリカは、生息数が激減しているホッキョク鯨(推定生息数8200頭)の捕獲を、自国のイヌイット族に対しては許可している。1995年から97年にかけて捕獲されたホッキョク鯨は204頭で、イヌイット族による鯨肉生産量は、日本の調査捕鯨による鯨肉生産量をはるかに凌ぐという報告がある。日本が捕獲している鯨は78万頭棲息しているとするミンククジラが中心である。

調査捕鯨がかかえる問題点
ただし、日本が行っている調査捕鯨にも問題点が多い。
ひとつは、科学的調査を行うという名目のために、なぜ800頭以上もの鯨を捕る必要があるのか。これは素朴な疑問として誰もが抱く問題だ。
もうひとつは、鯨保護区と決まっている南氷洋で捕鯨を行っている問題。IWC(国際捕鯨委員会)に加盟している以上、国際協約で決められた約束事を破ってしまうのは問題だろう。

調査捕鯨天下りと利権の温床となっている問題
日本の調査捕鯨は、政府(農水省)が鯨類研究所(鯨研)に対して特別許可証を発行し、捕獲をふくむ調査活動を行うことになっている。実際に調査活動をするのは鯨研から委託された日本共同船舶株式会社で、日新丸もこの会社に所属する船だ。
さて、ここで問題なのはやはり金の流れだ。
06年度、鯨研は無利子で36億円を借りていたが、そのうち10億円を返せなくなった。結局、07年度から4年間かけて分割返済することになったのだが、鯨研に無利子という好条件で融資していたのは農水省所管の財団法人・海外漁業協力財団だ。この財団自身も毎年農水省から12億円規模の補助金をもらって事業を行っている。
鯨研にも農水省から毎年5億円の補助金が出ており、巨額な税金が調査捕鯨に投入されていることになる。
調査捕鯨の金の流れ
しかも、海外漁業協力財団というのが典型的な水産庁からの天下りの受け皿団体で、理事長以下非常勤の理事まで7人が水産庁の元役人となっている。ことに昨年まで鯨研の理事長をやっていた畑中寛という男はここでも非常勤理事となっている。つまり、無利子の融資を受けて返すことができなくなった団体の理事長が、融資をする側の理事になっているというわけだ。
しかも理事長の給料は115万円、常務理事が102万円、非常勤理事は87万5000円という高給取りだ。
こりゃ、いいように金を操作して自分たちの都合がいいように使っていると思われても仕方がない。


鯨肉はだぶつき気味なのに高級食材である不思議
調査捕鯨の規模が拡大するにつれ、鯨肉の供給は増えている。しかし、その一方で販路拡大を狙って立ち上げた企業は2年連続で赤字を計上している。
つまり、肉はあるというのに出回る量がわずかで、しかも高級イメージばかりがつきまとったままだから、売れるわけがない。そして肉が売れなければ、鯨に親しみを持っていない人々はますます鯨肉など買わなくなるという悪循環が起きている。
今回の鯨肉横領疑惑は、こうした状況の中で恒常的に行われてきた悪習が暴露されたということではないだろうか。
鯨研では平成18年度の一般事業費約8億2000万円のうち、約6億円を広報費に充てている。これほど広報に金を使っていながら、鯨肉に対する啓蒙活動はほとんど目にすることがない。つまり、ここに注ぎ込まれている税金も無駄遣いされているということだ。

グリーンピースに対する疑問
以上のことは、私がネットで調べただけでわかったことだ。
これだけみても、鯨類研究所にしても海外漁業協力財団にしても、叩けばいくらでもホコリが出てくることだろう。
それなのになぜ、グリーンピースはあえて窃盗をしてまで日新丸の横流しを告発する必要があったのか。結果を出すために性急に走ったうえでのことなのかもしれないが、手法としてはいかにもまずかったと言わざるを得ないだろう。
第一、あれでは国民の共感を得ることができない。
国や役人どもの不正を暴くには、事実を白日の下にさらすことは重要だが、それ以前に国民全体の共感を得ることが重要だと思う。
グリーンピースがやった行為は、その点で失敗だった。
あれではむしろ、「また過激な環境保護団体のパフォーマンスか」と思われるだけである。
少なくとも私は、グリーンピースの行為は支持しない。
偏狭かもしれないけどね。

税金の無駄遣いと役人の不正を暴くには世論を盛り上げるしかない
性根の腐った役人どもの不正には、ほんとにウンザリするばかりだが、われわれとしては根気よくこれらの不正を一つひとつ暴き出し、世論を作り上げていき、良識ある議員たちに訴えていくしかないのではないか。グリーンピースがせっかく明らかにした横領疑惑もうやむやにせず、これからも追及していくべきだと思う。
ブログの発言がそのために役立つのなら、私はいくらでも書いていこうと思う。

その上で鯨肉を食べるにはどうすればいいのか
日本ははっきりと調査捕鯨を止めると宣言すべきだ。いざとなったら、IWCを脱退したってかまわないではないか。

そのかわり、近海だけにかぎるとしても商業捕鯨を続けることにする。増えすぎて食害をおよぼす鯨は捕獲した方がいい。
そして、捕獲した鯨は昔のように無駄なく利用し、肉はなるべく安価に流通させて国民の口に入るようなシステムを作る。
残念ながら日本の大手水産会社はもう鯨を扱わないと言っている。

けれども食糧問題と合わせて考えたとき、鯨肉が持つ重要性はおのずと高まってくると思われる。今後は役所任せにせず、鯨肉を守り、鯨食の伝統を続けていってほしいというのが、私の願いだ。

■追記
●水産庁の本音は、商業捕鯨再開を世界に求めることにあるのではなく、現在のまま調査捕鯨を続け、官僚どもの天下り先を温存することにあるようだ。そうだとするなら、捕鯨に対する賛成・反対の論議はまったく虚しいものになる。捕鯨という看板に隠れて自己の保身を画策し、税金を懐に収めようとしているのであれば、それは他の省庁でも問題になっている税金の無駄遣いと同じことになる。
私とすれば、「また、ここでもコレかよ」と溜息が出る思いだ。
やはりここは強く主張しておきたい。
日本は調査捕鯨を止めるべきだ。そして商業捕鯨を開始し、食糧問題の側面から捕鯨の必要性を説いていくべきだ。捕鯨という、高度な技術を廃れさせてはならないし、少しの無駄もなく鯨を利用する文化も、今後守っていくべきだと思う。
●グリーンピースに対しては、その資金源(ロックフェラー財団などの超リッチなパトロンが50ほどもついており、それらから流れ込む金は資金の80%を占めるという)からして、世界的規模で行われている「環境ビジネス」という名のペテンの広告塔のような役割を持っているのではないかと勘ぐりたくなっている。
●驚くことに、グリーンピースには年金制度まであるそうだ。彼らにとって、違法行為をふくむすべての活動は、ビジネスなのだ。
●環境保護団体といいながら、グリーンピースはもっとも環境破壊に影響を与えているはずの自動車に対しては反対運動を行っていない。自動車メーカーに抗議運動を行おうとしても、だれも資金を提供してくれないからだそうだ。


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今回、クジラがクローズアップされたのは、グリーンピースによる告発があったからだ。調査捕鯨を行っていた日新丸の乗組員が、捕獲し解体したクジラの部位を「手みやげ」として一人数キロずつ持ち帰る習慣があったのを利用して、合計1トンにものぼる「畝須」という部分を横流ししていたという疑惑が持たれている。
その後、西濃運輸が窃盗でグリーンピースを訴えたが、警察はどう対応したのだろうか。テレビ・新聞はそのことを伝えていない。
グリーンピースがやったことは、手法としてはあまり感心できるものではないと思う。けれども、彼らが「窃盗」したおかげで、日本人にとっては貴重なクジラが、不正に取引されていたかもしれないということが明らかになったのだ。問題としては、やはりこちらの方が大きいと、私は思う。
なぜなら、これは日本人の「食」に関わる問題だからだ。

現在、調査捕鯨を行うには、およそ60億円必要とされている。
しかし、これに対して政府から出る金は13億円ほどだ。残る50億ちかい金は、調査捕鯨で得たクジラの部位を売ることによって賄われている。
調査をするだけなのに、なぜたくさんのクジラを殺さなければならないのか。
それは、調査を続けるためには資金を稼がなければならないというジレンマがあるためだ。クジラを売ることで50億近い金を稼がなければならないとしたら、1頭や2頭で足りるわけがない。もし、なるべくクジラを殺さないようにするとしたら、クジラの流通価格は今の数十倍に跳ね上がることだろう。

だから、今回、日新丸の乗組員たちがクジラの部位を横流ししていたことが事実ならば、それはクジラ食を愛する人々を裏切る行為であり、調査捕鯨そのものを脅かすことになる。そこが問題なのだ。

私は、つい最近まで調査捕鯨には否定的な考えを持っていたし、無理をしてクジラの肉を食べなくてもいいではないかと思っていた。

けれども、調査捕鯨によりクジラの種によっては十分な数が棲息していることが明らかになり、マグロのような汚染物質に侵されていない肉が得られることがはっきりするならば、日本人の食にとっては貴重なタンパク源となるクジラをもっと食べるようアピールしてもいいのではないかと思うようになった。
クジラの食害については、IWCでも日本は主張しているようだが、もともと自国の牛肉を売りつけたいと考えているアメリカやオーストラリアでは聞く耳を持たないのは明白だ。彼ら反捕鯨国が、いかに矛盾に富んだ主張をしているかは、アメリカはアラスカのエスキモーに絶滅危惧種であるホッキョククジラの捕獲を許していることが挙げられるし、オーストラリアについては繁殖しすぎたという理由でカンガルーを虐殺しようとしている一事を見ても明らかだろう。

昨日のエントリの繰り返しになるが、われわれ日本人は伝統的にクジラを大切に食べてきたのだ。内臓はもちろんのこと、骨に至るまで捨てることはなかった。頭の先から尻尾の端まで、実にさまざまな工夫を凝らして料理を作り出してきた。
クジラは日本人にとって、世界に誇るべき文化なのだ。
日本はこの考えに基づいて、これからは国を挙げて捕鯨を行う体制を立て直すべきだと思う。今のような、中途半端な調査捕鯨ではなく、立派な捕鯨船を造って船団を組み、クジラを獲る。もちろん、決して乱獲はしてはならない。絶滅危惧種に手を出すこともならない。
その代わり、増えすぎて海の生態系を壊すほどの食害が危惧されるミンククジラなどは適正な数だけ捕獲する。捕獲したクジラは解体し、無駄にすることなく日本全国に公平に流通させる。
国が補助を出し、捕鯨を守るようにしていけば、今は高級なクジラもかつてのような大衆に愛される食材になるだろう。

日本がIWCを抜けられずにいるのは、一にも二にもアメリカとの利害関係があるからだろうが、日本の立場をはっきり説明し、クジラが決して人を癒すためだけの動物ではなく、時には食害をもたらす害獣であることもきっちりと説明し、安全なタンパク源として今後守り続けていく必要があることをアピールする必要がある。アメリカだけではなく、世界に向けてメッセージを発する必要がある。

私は肉が好きだ。牛肉はうまいと思う。鶏肉も好きだし、豚も、羊も、馬も、鹿も、イノシシも、食べる。美味しく食べる。クジラも同じだ。
実際、食べてみればわかるが、クジラはほんとに美味い。美味いうえに体にやさしい。クジラで食物アレルギーを起こすことはないのだそうだ。
私はクジラをもっと食べたい。
そして、食べる以上は有り難いと思って食べる。それが肉を提供してくれる動物たちへの礼儀というものだろう。
ただし、食べるならば安全でなければ困る。
今、アメリカ産の牛肉には大きな疑問符がついている。
大量生産されている鶏肉も、あまり健康的な肉とはいえなくなっている。
それは魚も同じで、マグロのような大型回遊魚は、体内にメチル水銀が蓄積されているといわれる。

だとすれば、アメリカ産牛肉や薬漬けで育てられたブロイラーや、高濃度に水銀汚染されているマグロは、もう止めにしたい。
日本は、これまで調査捕鯨を行ってきた成果から、クジラが安全な食材であると宣言できるなら、世界に広くこれをアピールし、明日からでもクジラ食を始めるべきだと思うのだが、いかがだろうか。



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昨日のエントリについて、ほげーという人物から捕鯨について勘違いしているようなので教えてあげようという親切なコメントをいただいた。

いい機会なので、私もあたらめて調査捕鯨と捕鯨問題について、もういちど勉強してみることにした。

まず、科学的な調査をするためになんでクジラを殺さなければならないのかがよくわからない。という私の疑問に対して、彼は、

致死的調査しないと、深海にもぐってしまい寿命も長く養殖での観察も出来ない鯨は、調査に何十年・何百年と言う時間がかかってしまい、現実的じゃないから 」
と教えてくれている。

これをもっと詳しく説明すると、調査捕鯨はクジラの生態や資源量を科学的に調査・管理するために日本政府が(財)日本鯨類研究所に許可を与えて、北西太平洋では1994年から、南極海では87年から毎年行っている。調査内容は、船上からの目視調査による資源量の推定(つまりクジラが何頭くらい泳いでいるか)や、全長・体重などの計測、さらに年齢、性別、内臓からのサンプル収集、胃の内容物の調査など、調査項目は100項目以上もあるという。

そして現在、南極海ではミンククジラが850頭±10%、ナガスクジラが50頭、ザトウクジラが50頭、捕獲を認められている。

北西太平洋では、ミンククジラ220頭、ニタリクジラ50頭、イワシクジラ100頭、マッコウジクラ10頭となっている。

20年間の調査によって、クジラの餌の種類や行動範囲、寄生虫や汚染物質の蓄積度合いなどのデータが得られているという。

これに対して反捕鯨国や反捕鯨団体からは、希少種であるクジラを殺す調査方法そのものに対する批判が寄せられている。また南極海は、国際的に認められた鯨の保護区であり、そこでの捕鯨活動がまた、非難の対象となっている。
つまり、国際的に見てもクジラを調査するためになんで殺さなくちゃならないか、理解されているわけじゃないのだ。
この点、ほげ-氏の「致死的調査しないと(つまり殺さなければ)調査に何十年・何百年という時間がかかってしまって現実的でなくなる」という説明は、いささか言葉が足りないように思う。
少なくとも、それじゃ私は納得できない。殺さなければ、クジラの生態とか寿命ってわからないものなのか? どんなものを食べているかとか、どれくらい汚染物質の影響を受けているかを調べるのに、毎年数十頭から数百頭も殺さなければならないのだろうか? それがわからない。
教えるならもっと親切に教えてくれ。

ほげー氏はさらに「捕獲した鯨の肉は、食用含めて有効に使わなければならないと言うIOCのルールがある 一般に鯨肉売られてるけど見たこと無い?
標本にもなるだろうけど、そんなのほんの一部 」
と書いている。

IOCというのは国際オリンピック委員会のことだったと思うが、これはICRWのことだろう。この条約では、調査副産物を可能な限り有効利用することが義務として定められており、捕獲したクジラの肉などを販売することはICRWの条約本文で調査実施国に命じている。調査実施国は、この売り上げ金をもとにして翌年の調査経費の一部にあてているというわけだ。
さて、条約で鯨の肉などは有効に利用しなければならないことになっているが、今回グリーンピースが問題にしたのは、日新丸乗組員12人が鯨肉を入れた段ボール箱47箱を自宅などに宅配便で送っていた点である。ほげー氏は、これを「グリーンピースの妄想」とかたづけているが、記者会見場で披露された段ボール入りの美しいウネスは、とても妄想の産物には見えなかった。このあたり、ほげー氏にはグリーンピースに対する偏見があるのではないか?

捕鯨船団の乗組員には、これまでにも下船の際に鯨肉を一人数キロずつ無料で配るということが慣習的に行われていたという。まあ、手土産としての「役得」というやつだ。これが基本のね。
しかし税金で行われている調査捕鯨にこういう「役得」があること自体、私はよくないことだと思うのだが、どうだろう。

それにしても、12人で段ボール箱47箱というのは悪質ではないのか?
もしこれが本当ならば、これだけの鯨肉を家族で食べきれるわけはなく、明らかに業者に横流しするのが目的だったと考えるのが妥当というものだろう。なにしろ、鯨肉は高級品なのだから。
もちろん、鯨料理の店は何軒も現実に営業しているのだから、鯨肉が表ルートで流通していることはわかっている。
けれども、47箱分もの大量な鯨肉がどこかに消えたとなれば、それは裏ルートがあると考えるのが普通だろう。

さらにほげー氏は、「(日本の調査捕鯨に)反対してるのはオーストラリアとかの「観光資源として鯨が必要」な国と、「政治的に日本を叩いておきたい」国がほとんど。あとは、反捕鯨国と仲良くしたい国が追従してるだけだよ」
と述べているが、ことはそんなに単純じゃないだろう。
日本国内にだってグリーンピースのように調査捕鯨に反対している団体がいるわけだし、食文化に対する考え方や野生動物に対する考え方(そのなかには鯨のような知的生物を殺してもいいのかという極端な考え方もふくまれているが)などが複雑に絡み合っている。

ほげー氏は、どうもグリーンピースに対する思い込みが強いようだが、捕鯨について教えを垂れるなら、あんたこそもうちょっと柔軟な頭を持って勉強をした方がよさそうだよ。

念のためにいっておくけど、私はかならずしもIWC(国際捕鯨委員会)の立場に与するものではない。
あくまでも、こんかい日新丸の乗組員が行ったと思われる不正について、問い糾したいと考えているだけだ。
毎年10億もの税金を注ぎ込んで、わざわざ国際問題を引き起こすような調査捕鯨など、もういい加減にやめてもいいのではないかとは思っているけどね。


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いやもう、笑っちゃったね。
苦笑するというか、こうなると呆れるのを通り越して失笑するしかない。
無駄遣いの実態が後から後から出てくる道路特定財源問題だ。
昨日は民主党の菅直人らが無駄遣いの温床といわれる国交省・地方整備局のうち、関東地方整備局を視察した。
そこで民主党議員と整備局職員との間で「証拠を見せろ」「見せられない」の押し問答が行われた。
関東整備局
何の証拠かといえば、タクシーチケット(いわゆるタク券)の半券があるかどうかをやりあっていたのである。

なにをつまらないことで、と思ったら、関東地方整備局では07年4月~08年2月末にかけて1134回分、約2200万円のタクシー代をチケットで支出していたことが明らかになったのだ。
しかも驚くのは、道路部の課長補佐級職員が07年4月~9月にかけて11ヵ月で190回、全部でおよそ490万円ものタクシー代を一人で使っていたというのだ。
ということは、この職員は2日に1度以上の割合、というかほぼ毎日タクシーを使ってご帰宅なさっていたということだ。

こりゃあ、見せてみなさいよと言いたくもなるわな。半券を。

ふつう、企業が無駄な支出をカットするというときに、まず対象になるのがタクシー券だ。経営が厳しければタクシー券を全廃するし、全廃しないまでも自由には使えないようにする。
だって、タクシー代って高いもの。
そのうえ、タクシーチケットは使い放題にしておくと、仕事に関係ないことで使ったり、社員以外の者に使わせたりといった不正使用が日常茶飯になりがちの代物なのだ。

ニュースの画面に映った当の課長補佐級職員というオッサンは、バーコード禿げの、どう見ても冴えない男だったが、民主党議員たちの前で伏し目がちにしている様子は
「こいつ、ゼッタイに不正使用しているな」
と思わせるに十分だった。

きっと、このオッサンは仕事帰りに飲みに行き、終電なんか気にせずにカラオケなんか歌ってたのだろうな。なんたってタク券がポッケにあるんだから全然帰りのことなんか心配しないでいいわけだ。
一人じゃつまらないから、仲間とか社外の友人なんかも誘ったりしたんだろうな。
「いいよ、帰りはタクシーでみんなの所を回ってやっから」とか言ったかもしれない。あるいは
「俺の名前でサインしとけばいいから」とか言って、それぞれにタク券を渡したりしたかもしれない。

いや、「かもしれない」ではなくて「やった」だな。

彼らにとっては、それが役得なのだから、利用するのは当たり前なのだ。罪悪感などさらさらないだろう。
たとえ、その先、タクシー会社に支払わねばならない金が税金だとしても、人の金ほど使うのが楽しいものはないというものだ。

まったく役得ってやつは、こたえられねえ。

結局、関東地方整備局はタクシー券の半券を見せるのを断った。
憤る民主党議員たちに対して、担当者が言ったセリフがまた笑わせた。

「今、上の者から見せなくてもいいと言われましたので」
だってさ。まるで小学生なみの受け答え。

失笑。

で、役得といえばもうひとつ、調査捕鯨をしていた日新丸の乗組員が、捕獲した「標本」であるはずのクジラの肉を手土産として持ち帰っていたことがグリーンピースによって明らかにされた。
もともと科学的な調査をするために、なんでクジラを殺さなければならないのかがよくわからない「調査捕鯨」で、乗組員たちは役得のようにクジラの肉を持ち帰っていたのだ。
しかも、今回問題にされているのは、そのお持ち帰りの量だ。
今回、証拠としてあげられたのはウネス約23キロが入った段ボール箱だった。
しかし、朝日新聞によると、なかにはなんと一人で200~300キロも帰国後に自宅などに発送した者がいて、総量にすると1トン近く、卸値で約1500万円分が「手土産」になっていたというのだ。
ウネス

これも、もう明らかだよ。
裏ルートでどこかの料理屋に流していることは。
今や日本人にとってクジラ肉は高級品だ。
たとえば今回、日新丸の乗組員が持ち帰ったとされるウネスという部分の場合、昨年で1キロ3750円で卸されている。04年は同じものが5500円で卸されており、価格は下がっているが、これは調査捕鯨による「漁獲高」が増えたからだ。
それでもウネスから作られるクジラベーコンは、今、100g2000円近い値段で売られている。
絶対に食べられないことはないけれど、まあ庶民はあまり手を出さないような金額の商品には違いない。

一人で200キロも横流ししていた乗組員は、これをいくらで分けてやっていたのだろう。
きっと、卸値よりは何割か安い「良心的価格」だったのだろうな。
たとえば8掛けで売ったとして3000円×200キロだから60万ということになる。
いい小遣いになるじゃないか。

これだから調査捕鯨はやめられないってか。

何かと批判の多い日本の調査捕鯨だが、昔から手土産の習慣はあったとはいえ、こういう薄汚く見えることをやっているかぎり、日本の捕鯨に対する主張が世界から理解されることはないように思う。

まったく、この国は役得天国のようだ。

しかし、こういう役得に対して、あまり大きな非難の声が上がらないのは、国民の大多数が役得の旨味を知っているからなのだろう。
そうではないか?

役得にはほとんど縁がない、私のような個人零細事業者は、ヘッヘッと引き攣った笑いを顔に浮かべるしかない。


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もう何年も前、はじめて子どもを水族館に連れて行ったときのことだ。
そこはガラス製の巨大な水槽が呼び物で、中では数百種類の魚たちが遊泳していた。
知らない魚もすいぶんいたが、私が見てもすぐにわかる、アジやイワシ、シマアジ、タイ、それにカツオとマグロも泳いでいた。
私はそれらをぽかんと見上げながら、思わずつぶやいた。

「美味そうだな」

すぐに傍らにいたカミサンにたしなめられたが、私にとって水槽の中を泳いでいる魚たちは、いけす料理の居酒屋の巨大版みたいなものだった。
「イカ刺し一丁!」
なんて言いながら、網でイカをすくい上げ、その場で刺身にしてくれる、アレだ。
もちろん、水族館で刺身料理を出す居酒屋コーナーはなかったけれど。

くじら
近年は、イルカウオッチングやホエールウオッチングなどというものが流行している。
イルカやクジラが棲息している海域まで行き、それらの泳ぐ姿を間近で眺める。
巨大なクジラが姿を現し、潮を噴き上げる様子は迫力満点。
というよりも、その姿になにやら感動してしまって泣き出す人までいるという。
イルカは触れあうことで障害を持った子供を癒す効果があると言われ、イルカセラピーは日本でも行われている。

イルカやクジラを見て感動したり、癒されたりする人は、これらの動物の漁をすることをどう思うだろう。
もしかすると私などはホエールウオッチングをしたら、あのヒレが美味そうだとか口走って顰蹙を買うのだろうな。

食文化というのは、国によって昔から受け継がれてきたものであり、世界中の人間があのイヤらしいマクドナルドのハンバーガーを食べるようになっても、かろうじて固有性を保っている。
日本にしてみれば、クジラ食や(私は食べたことないけれど)イルカ食、イノシシ、シカ食などが歴史ある食文化として残っている。
韓国や中国などではイヌ食が行われているし、中国ではクマの手が最高のごちそうとして食べられている。
世界中をみわたせば、ほんとうにいろいろな動物が、人間のために食べられている。
エジプトの方ではラクダの丸焼きなんかもあるそうだし、アジアから中東にかけては山羊や羊がごちそうになっている。これらの動物は単に食料としてだけでなく、神に捧げる生け贄として命を捧げられたりもしている。

さて、今、捕鯨国である日本と、捕鯨に反対する国々とが対立している。
ことにここ数日は、南極海で調査捕鯨をしている「日新丸」とアメリカの反捕鯨団体「シー・シェパード」が衝突して騒ぎを起こしている。
私はグリーン・ピースにしろシー・シェパードにしろ、環境保護運動と称して活動している彼らの「運動」は奇矯なものに見えるし、ヒステリックな感じがして好感を持っていない。妨害活動として日新丸に飛び移ったり、薬品を投げつけるという手段が、環境保護に馴染むようには思えない。
シー・シェパード
一方、「調査捕鯨」と称して、世界的には捕鯨を禁止する動きが大きくなっている中で捕鯨を続けている日本のあり方にも疑問を持っている。調査の名目でクジラを殺し、その肉は高級食材として日本各地のクジラ料理屋に流通させているところが、なんとなく卑しい感じがする。調査と商売は、どうやって結びついているのだかはっきりしていない。

私もクジラは美味いと思うよ。
小学校時代は給食で出てくるクジラの竜田揚げなんか好物だったし、クジラのステーキも悪くなかった。オトナになってからは高級食材になったからあまり食べてないけれども、おでんで食べるサエズリとかコロなんて、美味いと思うよ。
それだけじゃない。クジラはゼラチンの原料でもあるし、油は鯨油として使われていたし、ブタや牛がそうであるように、クジラも無駄なく使われていたと思う。

しかし、今はどうだろう。
「調査捕鯨」とか看板を付け替えてまでクジラを捕獲して、食べてやろうとは思わない。第一、クジラの調査とは捕獲しなければできないものなのだろうか。そのことさえよくわらないのだから、日本がやっている調査捕鯨は反捕鯨国からは理解されなくても仕方がないところがあると思う。
鯨は増えている。増えるに任せていたら、他の魚を食われてしまう。だから頭数を調整しなければならないという理屈があるようだが、どの種類がどれだけ増えているのか、そしてその結果としてほんとうに漁獲被害が生じているのか、ほんらいなら日本は具体的にデータを示さなければならないだろう。

私はそろそろ、鯨食はあきらめてもいいときに来ているのじゃないかと思う。
もういいじゃないか、大人になろうよという気がしている。
それに、裏の流通でしか食べられなくなってきているところに不正が働いているような気がして嫌な気がしている。

一方、反捕鯨国のエキセントリックな反応ぶりにも違和感を持つ。
彼らはクジラのような知的生物を殺すのは残酷だという。
まず、その理屈があまりに幼稚だ。
日本でも、「シー・シェパードを撃沈して捕鯨船を助けるべきだ」と言った自民党の中川昭一みたいな幼稚でアホな男もいるけどね。
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この問題になると、泥沼にはまったようになるので本当は嫌なのだ。
けれどもあえて言うならば、クジラやイルカを殺すのが残酷ならば、牛や豚やニワトリを殺すのは残酷ではないのか。ということに、どうしたってなるではないか。
こういう問題になると、理性よりも生理の方が先に立つから面倒くさい。
百歩譲ってクジラやイルカを殺すのはカワイソウだとする。で、牛や豚やニワトリは殺されても仕方がないとする。
それでは羊は? 山羊は? ラクダは? イヌは? アザラシは? カンガルーは?

グリーン・ピースやシー・シェパードが動物保護とか環境保護を叫ぶなら、それらまで徹底して反対行動をおこすべきだろう。それともクジラやイルカ以外の、食用にされている動物は知的生物ではなくて、殺されても仕方ないというのだろうか。

欧米人の、この手のエゴイスティックな考え方にはほんとにウンザリさせられる。
私は牛や豚やニワトリだって、ほんとはカワイソウだと思っているよ。
カワイソウで、申し訳ないと思いながら、それでも生きるために仕方ないから美味しく頂こうと思ってる。食べる限りはできるだけきれいに食べてあげようと思ってる。
牛や豚やニワトリがムダに殺されて、その肉が偽装だとかなんだとか、人間の欲望のために勝手に捨てられていくのを見ると、無性に腹が立つ。
牛や豚やニワトリは、殺しても当然の知的レベルが低い動物だなんて考えているとしたら、そういう考えを持っているやつこそ知的レベルが低いと思う。

私の家から東京方面に高速道路を走っていくと、しばしば大きなトラックの後ろにつくことがある。
そして、それらの荷台には、びっしりとカゴに入れられたニワトリが積まれていたりする。あるいは何頭もの豚が、じっと並んでいたりする。
大きな牛が、荷台にくくりつけられてこちらを見ていたりする。

私は運転していて、涙が出そうになる。
申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
ごめんな、人間のために、すまないな。そう心の中でつぶやいている。
屠畜場
食べたっていい動物、食べちゃいけない動物。
世の中にそんなものは存在しない。
けれども、人間は、生きて行くためにそれらを食べてきたのだ。
私は、クジラをめぐる争いを聞きながら、毎日のように目の前に供される動物たちの肉を前にして瞑目する。

人は命を食べて生きている。命を食べなければ生きていけない。
不毛な争いを続ける前に、
そのことを冷静に、真面目に考えてみたらどうなのだ。


※付記 屠畜の現場(http://homepage3.nifty.com/kojirotoyuki/tochiku.htm)より。
福岡県にある屠畜場では、1日平均60頭の牛と250頭の豚を処理している。年間の屠畜頭数は牛が1万6000 頭、豚は6万頭。だがこれも日本全体から見ると微々たる数である。国内で屠畜される牛は年間140万頭、豚は1700万頭。加えて豚肉は国産の6割の輸入があり、牛肉の輸入量は国産の2倍に上る。つまり日本人に食べられるために「いのち」を提供する牛は年間400万頭、豚は2700万頭にもなるのだ。これに輸入分を含む10億羽の鶏や膨大な数の魚介類などを加えると、我々の「生」が無数の「死」によって支えられていることがはっきりと見えてくる。


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