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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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4月8日のエントリ「映画を観るには想像力とリテラシーが必要だ」に対して、観音崎さんとkazeさんからコメントをいただいた。

それは、稲田朋美議員は映画「靖国 YASUKUNI」について文化庁が助成金を出したことを糺しているだけであり、上映の是非については何も言っていないというものだった。
稲田朋美
もう一点は、「YASUKUNI」の中に稲田が映っていることに対して、肖像権の問題もあり得るという意見だ。

二つ目の意見に関しては、問題はないだろう。この映画はドキュメンタリー映画なのであり、そこに映っている人々すべてに肖像権の許可を求めていたら映画そのものが成り立たなくなる。また、稲田は公人であり、基本的に公人には肖像権は適用されないことになっている。
観音崎さんは「朝日新聞の広告料に6000万円出しているプロダクションが何故『文化庁』の750万が必要なのか?」と疑問を呈しているが、これについては答える必要もないだろう。映画というものは際限なく金がかかるものであり、制作者ならば誰でも1円でも多くの金を集めたいと願うものだ。文化庁が750万円出してくれる可能性があるというのなら、その話に飛びついたとして不思議はない。もちろん、文化庁の審査が適正だったのかどうか、それについては映画を観ていない私には判断できない。また、広告に6000万も使っているプロダクションが750万を必要とするかどうかについては、プロダクションに聞いてみるしかないだろう。人の懐勘定までは与り知るところではない。


さて、不明な私が答えに窮してしまったのは、最初の意見だ。

稲田朋美は助成金の是非を確かめるために映画の上映を要請した。
これだけでは事前検閲と言えないのではないか。検閲と騒ぐのは、過剰反応なのではないか。

はたして稲田のした行為にきな臭いものを感じ、事前検閲だと批判した者は、過剰反応しただけだったのだろうか。

答えはノー。

過剰反応どころではない。きわめてまっとうな解釈に基づいて批判をしていると、私は思う。

第一に、稲田は衆議院議員という特権を持つ人間である。そのような人間がひとつの芸術作品に対して、国の助成の可否を問うたのだ。もし稲田がわれわれと同じ一般市民だったら、まず自分たちのために試写をせよと要求することもできない。稲田は自分の特権を利用して強引に試写を要求し、映画を観た感想如何によっては助成を取り消すべきだと考えているのだ。
これはつまるところ、一政治家が映画の制作に口出しをすることに他ならないではないか。そして映画制作の部外者が口出しをして作品に妙な色づけをするのは、それだけですでに検閲にあたるのではないか。

第二に、稲田は衆議院議員であるだけでなく、「伝統と創造の会」を結成し、その会長に就任している人物だ。
稲田は「我々が問題にしたのは助成の妥当性であり、映画の上映の是非を問題にしたことは一度もない。いかなる内容の映画であれ、それを政治家が批判し、上映をやめさせるようなことが許されてはならない」とコメントしている。
しかし、「伝統と創造の会」という超保守=右翼的思想を持つ団体のトップが助成金の妥当性であろうといちゃもんをつけたとすれば、それは即ち右翼団体を刺激することは容易に想像がつくことであり、その結果として上映を自粛する映画館が続出したのである。稲田にしてみれば上映が困難な状況を作り出したことに成功したわけで、あわよくば制作会社から750万円も取り上げたいと思っているのだろう。
これを検閲と言わずして、何を検閲と言えばいいのだ。

稲田のような特権を持つ人間が口を開くことによって、それだけで世の中に萎縮を生む。そのことがいちばんの問題なのではないか。言論・表現の自由に対して許可を出すか否か。その発想が根底にあること自体が検閲なのだ。稲田朋美が発した言葉には、その発想が限りなく色濃くうかがえる。
だから批判する者が大勢いるのだ。そして私も、その批判を是とする者のひとりなのだ。

言論・表現の自由とは、言葉にすれば勇ましい響きを持つが、実は非常に繊細で扱いに気をつけなければ損なわれるのが容易なものなのだ。だからこそ、これに反し、これを侵そうとするものに対して、われわれは常に声を上げていかなければならないのだ。

稲田の白々しい、他意はなかった的な発言には惑わされるべきではない。
これだけのことを考えるのにずいぶん時間を要してしまった。多くのブロガーには常識だったろうに、即座に答えられなかった。それは私の頭が悪いからである。
その点は容赦を願うとして、ここにあらためて、素朴な疑問に答えたいと思う。


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