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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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心がマイナス思考でいっぱいになり、元気を失った状態にあるとき、つまり私がウツ状態に苛まれているとき、オリンピックほど鬱陶しいものはなかった。

テレビをつければどのチャンネルからもガンバレ! とかスゴイ! とかスバラシイ! とか選手たちを礼賛する言葉があふれ出し、黄色い声援がネオンサインのようにきらめいてそれらの言葉を強調する。

もうやめてくれ。いい加減にしてくれ。

私は画面を見るのも辛くなり、テレビのスイッチを切ったものだった。

そのオリンピックが、またしても一月後にやってくる。
今の私の状態は2006年トリノ大会のときほど悪くはないが、それでもまたあの見え透いた美辞麗句とやかましい声援が日常茶飯にあふれ出すことを思うと憂鬱にならざるを得ない。

オリンピックなんかどこが楽しいんだよ。

今でもそう思う。
あんなもので喜ぶのは、ガキだけで十分だ。
メダルを何個取ろうが私の生活には何の関係もないことだ。
選手は努力をしているのかもしれないが、私のために努力してくれている訳じゃない。
彼らの多くは協力団体やスポンサーから多大な援助を受けて「頑張っている」だけじゃないか。
彼らは、幸せな人たちなのだ。
ヤワラちゃんともてはやされている谷亮子など、所属する企業ぐるみの支援を受けて生涯心配のない生活が約束されているのだろう。トヨタは労働者には冷たいが、表舞台で活躍する人間にはカネを惜しまない。いい企業だ。
目出度くスピード社の水着を着られることになった北島康介は、「きっこの日記」で書かれたごとく、まるで古い女を捨てるようにこれまで献身的に支援していたミズノを足蹴にし、新記録に挑むのだろう。
記録に目がくらんだ男、北島康介。
貴様が金色夜叉を演じるならば「売女!」と足蹴にされるお宮の役回りがちょうどいい。
こんな男が泳ぐのを見て、どこが面白いというのだ。

北京では、これも「きっこの日記」で書かれているように、大会を前に野犬や野良猫が大量に駆除された。駆除という名目の大量虐殺である。
街角からは物乞いや路上芸人が姿を消し、風俗営業も当分は営業を停止するのだそうだ。
インターネットからはポルノサイトや政府批判のサイトが削除され、カラオケ店では中国の安全と主権を守る曲以外は禁止になっているそうだ。

見事なまでに表面を取り繕い、キレイキレイになった北京で開かれる世界的な茶番ショー。
煎じ詰めれば、北京オリンピックとはそういうものなのではないか。
開催する側も、出場する側も、みな薄汚れて見える。

なかには地道な努力をしている選手もいるだろう。立派な選手もいるだろう。でも、ほんとうに自分の頭でものを考える人間だったら、北京オリンピックなど出場しなくてもいいと思うはずだ。
日本には残念ながら、自分の頭で考える選手は一人もいないようだ。
みな自己満足か名誉欲で思考停止させてしまっている。

プロとアマとの違いもあやふやな選手たちが頑張った挙げ句、メダルをとったとしても、聞きたくなるのは
「で、帰ったらいくらもらえることになってるの?」
ということくらいだ。

もうやめてくれ、オリンピックで馬鹿騒ぎするのは。
平和の祭典、クソ食らえ。

「ガンバレ」と「ニッポン」の連呼を毎日のように聞かされることになるのかと思うとそれだけで、私は今からげんなりしてしまう。

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関連タグ : 北京オリンピック, 茶番,

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