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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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私は学生時代、ボイラーマンというちょっと変わったバイトをやっていた時期がある。
東京のある公共施設で、そこには温水ブールがあるのだが、一年中水泳教室を開いていた。そのプールの温度管理と水質管理をすることが主な仕事である。
もちろん私にはボイラー技士の資格などない。私を雇ったのは湯島にあった小さな設備管理会社だったが、そこから派遣されているボイラー技士のオッサンについて助手の役目をするという名目で私もその施設のボイラー室に派遣されたのである。

助手とは言いながら、ボイラーの点火にはじまり燃焼チェックから最後の消火まで、仕事の内容は技士のオッサンと変わりなくさせられた。それというのも、このオッサンは無類の将棋好きで、しょっちゅう将棋を指しに仕事場を抜け出したり、週のうち1日か2日、休みを取って気楽にやりたいという魂胆を持っていたのだ。
こんなふうに書くと、オッサンが悪人のように思えるかもしれないけれど、実際はいたって気のいいオッサンで、自分が休みを取るときは自分だけでなく私にも会社にはナイショで休みをくれたりしたのだ。公共施設の地下にあるボイラー室という狭い職場に二人で詰めているという特殊な職場環境があったから、そんな自由がきいたのだ。
将棋好きのオッサンはなんとか私にも将棋を仕込もうと、まるで丹下段平のように手取り足取り将棋の基礎から教え込もうとした。あいにく私にはジョーのような素質がなくて、数ヶ月もするとオッサンは私に教え込む情熱を失った。それでもヒマさえあれば、「どうだ、将棋でも指すか」と盤をもってくるのだった。

ボイラー管理の仕事など、一日中あるわけではない。ときどき水温や館内の温度を見て回ったり、プールの塩素濃度をチェックするだけだったから、実質的な仕事は少なかった。
施設側もその点は心得ていて、本来の業務とはべつに、館内の備品の出し入れや清掃を手伝わせた。
今から思えば典型的な偽装請負だよな。
しかしもちろん、その当時の私にはそんな意識はなかったし、そんな言葉も知らなかった。

館内の清掃や備品管理には別の設備管理会社から人が派遣されてきていた。ほとんどがシルバー世代のおじちゃん、おばちゃんだったが、皆気さくで楽しかった。学生は私ひとりだったから、可愛く思ってくれたのかもしれない。そのなかに一人だけ、30代の男がいて、兄貴のような存在になってくれた。彼もまた将棋が好きでボイラーのオッサンと気が合っていたのだが、その一方では助平なところもあって、私はどちらかというとその方面で彼とは気が合った。

ねずみ色の作業服を着てサンダルを履き、一日なんとなくブラブラしているように見えるボイラー管理の人間は、水泳教室を利用している人々からすればあまり近づきたくない類の人種に映っていたようだ。彼ら彼女たちはときどきプールの水が目に染みる、塩素が濃すぎるんじゃないかとかいってクレームをつけてきたりした。そのときの顔つきが、いかにも見下してこちらを見ているように思われた。ボイラーのオッサンは何も言わなかったけれど、私はそこにうっすらと「差別」があることを感じて腹立たしく感じることがあった。
「いいんだよ、気にするなって」
そんなときもいたっておおらかに、オッサンは受け流し、客が文句を言い終わると将棋盤を持ってきて「どうだ、やるか」と言うのだった。

ぬるいといえばぬるい職場環境だったが、ボイラーの扱いは資格が要る通り、一つ間違えば爆発事故を起こすこともある。オッサンは仕事を教える時に「これだけは手順を間違えるなよ」と真面目な顔をして言ったものである。私は一言も漏らすまいと手帳に書き留めながら話を聞いていた。

私は私なりに一生懸命仕事をしたし、周囲の人々にも可愛がられていたので施設の上の方の人間にも評判がよかった。その評判は私を雇っている会社にも伝わり、私はなんどとなくお褒めの言葉をもらった。バイト代は大してよくなかったけれど、社員たちのボーナス時期が近づいてくると「お前はよくやってくれてるし、それは会社の方も分かってるから、きっと特別にボーナスが出ると思うよ」などと言われた。
「大丈夫。こんど俺は会社に行く用事があるから、そのとき直にボーナスを出してやってくれと言ってきてやる」
オッサンはそう請け合った。

そしてボーナスが支払われる日。給料は皆封筒に入った現金で受け取っていたから、ボーナスも同じだった。
そして私もその日は期待にワクワクしていた。
「よかったな、お前にもボーナス出してやるっていってくれたぞ」
オッサンからそう聞かされていたからだ。

小さな会社だから社員たちが受け取るボーナスも、賞与と言うよりは志に近いものだった。それでも10万以上受け取ったオッサンは顔をほころばしていた。
そして私も封筒を受け取る番が来た。
果たしていくらもらえるのだろう。
どきどきしながら「特別ボーナス」と書かれた封筒を開けてみると、中に入っていたのは3000円だった。
「え、3000円ぽっちか。ひでえな。ケチな会社だな、まったく」
オッサンは怒っていた。
「馬鹿な会社だな、1万でも2万でも出しておけば、後々やる気も違ってくるだろうに。分かってねえな」
清掃の兄貴分はそう言った。
私もその通りだと思った。
20年以上前の話でも、3000円は少なすぎた。ことに「特別ボーナス」と書かれた封筒に入っている金額としては。

私はがっかりしたし、仕事こそそれまで通り真面目にやったけれど、自分を雇っている会社に対する気持ちはすっかり冷めてしまった。こんな会社のためにガンバッテやるものか、と思った。

今思えば、それくらいのことですねてしまった私も大した人間ではないと思う。
しかし、人間というものは期待した代価が得られなければ労働意欲を失うものだし、金を支払う側に対して不信感を持つものだ。中途半端な施しをされると、かえって人間は施されたことを恨むものである。

さて、麻生内閣は解散よりも景気対策がいちばんだとして、この夏にまとめた総合経済対策を前倒しする形で高速料金値下げを拡充すると発表した。
すでに高速料金値下げは9月から一部で始まっているが、この14日からは平日午前0~4時の深夜割引を現行の4割から5割にするという。ETC装着車が対象で、来年1月末までは休日深夜も平日と同様に5割引きにする。
また、西日本、中日本、東日本に本四高速を加えた4社は、9月から実施している平日午後10時~午前0時の3割引きと、東京・大阪近郊を除く地方部の休日午前9時~午後5時の5割引き(100キロまで)を継続する。こちらの期間はいずれも09年9月末までとなっている。

私はこのニュースを知って、あのバイトをしていた時の「特別ボーナス」のことを思い出した。
総合経済対策と能書きは仰々しいが、中身の寒さと言ったらないじゃないか。高速料金値下げするといっても深夜の時間帯では恩恵にあずかる自動車は一部にすぎない。物流関係の企業は喜ぶかもしれないが、一般庶民はごくごく限られるだろう。
おまけにETC装着車でなければ割引しないというのもセコイ。

ETCについては前にも書いたが、金の徴収システムをつけるためになぜ金を支払う側が負担をしなければならないのか。大いに不満がある。今回のもったいぶった割引制度も、景気対策といいながらETC装着率を高める目的があるのが見え見えだ。

一部に限られる割引サービスとETC普及目的の魂胆。
こんなものでどうして喜べるというのだ。
麻生太郎はどこまでいっても国民の心情など理解できず、結局は企業優先の景気対策しかできない。それはこの一事を見ても明らかだ。

どうせ値下げをするならば、どうして深夜といわず日中の料金を下げないのだ。ETCを着けた自動車だけ割引というのは不当な差別だろう。こんなものは経済対策でもなんでもありゃしない。

セコイ。あまりにセコすぎる、麻生太郎

数十年前、私を雇ったあのケチな会社が今もあるかは知らない。
しかし、国民からセコイと思われるような政策しか執れないような内閣などは、早く潰れてほしいものだ。
私は切にそう願うよ。

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関連タグ : 総合経済対策, 高速料金, 値下げ, 麻生太郎,

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