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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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麻生太郎は、その所信表明演説で、これまで政府が取ってきた規制緩和と小さな政府を目指す新自由主義的な方針からの転換を明らかにした。
それは昨年秋以降アメリカから起こった金融危機で、市場原理主義が結局は破綻を招き世界を混乱させるのを証明したからで、当初は日本への影響はわずかだとエコノミストたちが楽観していたものの、実際には製造業を中心に経営内容が次々と悪化し、大手企業が軒並み収益を下方修正して派遣労働者の大量解雇が社会問題になるや、日本への影響は少ないどころか、かつてないほど深刻な景気の悪化に見舞われることが明らかになった。日本もまた、アメリカに追従する形で新自由主義的政策を採ってきた結果が今日の惨状となっているわけで、麻生太郎が政策の転換を表明するのは遅すぎたと言ってもいいだろう。

しかし、麻生は新自由主義からの転換を明らかにしながらも、自分で言っている言葉の意味がよく分かっていないらしい。

今日、参議院で行われた代表質問で、自民党の尾辻秀久参院議長会長は、政府の経済財政諮問会議規制改革会議について「新自由主義、市場原理主義を唱え、日本をアメリカのような国にすればいいと言ってきた。それが間違いだったことは今回の世界不況が証明した。責任は重く、廃止すべきだ」と主張した。
ところが、これに答えた麻生太郎は「諮問会議と規制改革会議は、経済財政政策の重要事項などの調査、審議で大きな貢献を果たしてきた」として廃止する考えがないことを明らかにした。

私は、先日のエントリで小渕政権の下で新自由主義の旗振り役を演じた中谷巌を批判したが、政府の方針に大きな影響を与える立場にあった人間が、今ごろになって自分は間違っていたと懺悔録を出しても社会はすでに崩壊の危機に瀕している。本を出して謝っただけですむ話ではないのである。
中谷はなぜ、自分が間違っていたと思うならば国民の前に出て頭を下げないのか。

これと同様に、日本を誤った方向に導く役目を果たしてきた経済財政諮問会議規制改革会議のメンバーたちも、自分たちの発言が毎年3万人以上の自殺者を生み、若者から中高年に至るまで広い世代にわたって定職を持てず、路頭に迷う寸前に立たされているという異常な事態を招いたことを認め、自分たちの過ちを恥じて即刻辞任すべきなのである。
しかし、麻生太郎をはじめ、諮問会議や規制改革会議のメンバーたちには毛頭そんな認識はないようだ。

片や金融危機の震源であるアメリカでは、オバマ大統領が金融機関の首脳たちに対して激怒したというニュースが伝えられている。
米国の金融機関は巨額な公的資金による救済を受けながら、その役員らは昨年も高額なボーナスを受け取っていた。その総額は推定で1兆7000億円にのぼるという。
「無責任の極みだ。けしからん」
オバマ大統領は記者団に語ったが、これからどうするのだろう。ハゲタカのようにどんなときにも金を鷲づかみにしていく人間どもから金を奪い返すのか。オバマがそれをやれば、支持率はまた上がるだろう。

しかるに日本では、中谷巌が懺悔したのはまだいい方で、竹中平蔵に至ってはいまだに「改革が中途半端だからこういう社会になった」と平然と言いふらしている。
毎日ホテルや高級レストランでゆっくり食事をしている麻生太郎には、社会が直面している危機を共有する能力もなく、今もっとも重要なことは国民経済の問題ではなく政権の座にどこまで居座れるかにあるかのようだ。
麻生太郎のような愚鈍な男がトップでは、日本にもいるハゲタカのような人間たちから金を奪い返すという発想すらなく、足下にある諮問会議さえ解散させる気がないのだ。
これでは支持率など上がりようがないだろう。

経済財政諮問会議は、小泉政権下では金融システム改革、郵政民営化、三位一体の改革、政策金融改革、規制改革、税制改革、経済成長戦略、歳出・歳入一体改革などを行ってきた。自民党の閣僚の他には経団連の息がかかった経営者が顔を並べており、この連中が格差を拡大し、日本の社会構造を破壊したことは明らかである。

現在の民間メンバーはトヨタ自動車の現会長である張富士夫、新日鐵会長の三村明夫、エコノミストで元日銀副総裁の岩田一政、東大教授の吉川洋。吉川は小泉内閣でも経済財政諮問会議議員を務めている。

規制改革会議は2007年に「規制改革・民間開放推進会議」という、その名もずばり新自由主義を標榜したグループが終了したことを受けて安倍晋三が再度設置したもの。労働時間や派遣労働の規制を全面的に撤廃することを主張、最低賃金の引き上げには反対するなど、まさに国民の敵ともいっていい集団だ。
メンバーは議長に日本郵船会長の草刈隆郎、議長代理に政策研究大学院学長の八田達夫、ヤマトホールディングス会長の有富慶二、成蹊大学法科大学院教授の安念潤司、日本綜合研究所理事の翁百合、八王子市教育委員長の小田原榮、社長府製作所社長の川上康男、キャスターの木場弘子、関西大学政策創造学部教授で千葉知事選にも出馬する白石真澄、慶応大学商学部教授の中条潮、政策研究大学院教授の福井秀夫、マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク・ジャパンプリンシパルの本田桂子、松井証券社長の松井道夫、アドベントインターナショナル日本代表兼マネジングパートナーの松本洋、慶応大学理工学部教授の米田雅子。
このなかには白石真澄のような筋金入りの新自由主義者や中条潮のように大学でも構造改革の推進を教えている人物がいる。

これらの人間どもが自己批判をして考えをあらため、自ら解散するなどということは、おそらく絶望的にないだろう。
したがって、麻生太郎はこれからもこうした新自由主義的主張をするグループを足下に置きながら「政策の転換」を推し進めていくというわけだ。

麻生の言っている言葉が、いかに軽く、信憑性のないものかが、これ一つをとっても明らかになってくる。

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関連タグ : 麻生太郎, 経済財政諮問会議, 規制改革会議,

麻生太郎の知能の低さ、その発言の空虚さについては、もう語るのが馬鹿馬鹿しいほどで、いちいちブログに取り上げる気にもなれない。

しかし、11月20日に開かれた経済財政諮問会議での麻生の発言は、まったく許し難いというか、もう呆れてものが言えなくなるほどひどいものだった。これについては「きまぐれな日々」をはじめとする多くのブログでも取り上げているが、私も遅ればせながら取り上げて、あらためて麻生の低脳ぶりを批判しておきたい。

そもそも麻生が総裁選の時から言い出した「日本に必要な社会保障は『中福祉・中負担』である」という言葉からして欺瞞に満ちている。「中福祉・中負担」とはスウェーデンなど北欧諸国に代表される「高福祉・高負担」型社会保障とアメリカに代表される「低福祉・低負担」の間を取ったもので、言葉だけを見ればアメリカのような国民の税負担は軽いけれども貧乏人がひとたび病気になれば満足な医療も受けられない、あるいは十分な医療を受けると財産を失うこともありうるという状態にはしないというもの。かといって、北欧のように高税率をかけて「揺りかごから墓場まで」面倒を見ようというほど腹をくくったこともできない。いわば日本お得意の中庸路線の考え方だ。

しかし、今の日本の現実を見れば「中福祉・中負担」にはほど遠く、医療崩壊が進むなかで保険料の増額や後期高齢者医療制度など、国民の負担ばかりが増している「低福祉・高負担」の様相に限りなく近づいている。
麻生太郎を議長として開かれた経済財政諮問会議は、こうした状況を改めて麻生の言う「中福祉・中負担」に原状を回復させようという意図があるかに見える。
だが、実際に諮問会議の議事録を読むと、ここで議論されているのは高齢化が進む社会で社会保障関連の支出が増大していることを問題とし、これを補うためには一にも二にも消費税増税が必要だと考えていることが分かる。

消費税増税については何度も述べているように、今の日本でこれを行えば景気はさらに後退し、格差が拡大・固定化していくことにつながるので反対である。
麻生が言う「中福祉・中負担」は消費税増税を根底に考えられていることから問題外であり、そもそも日本が目指すべきなのは中途半端な「中福祉・中負担」などではなく、思い切った税制改革つまりは所得税の累進課税化と固定資産税強化を行ったうえで北欧型の「高福祉・高負担」を実現させることである。これにより大資本や富裕層から厚く徴税し、貧困者からも応分の負担させることで社会保障の原資とする。あくまでも消費税のような一律なやり方で問題を解決しようという考え方には反対である。

さて、消費税増税を根底にして進めていった20日の経済財政諮問会議だ。議事録によれば「安心対策」「生活対策」について語られていくが、肝心の「中福祉」の具体的な中身については出席した議員はもとより、議長の麻生太郎自身がまともなイメージを持っていないことが明らかになっていて唖然とさせられる。
さらに、唖然とさせられるのは、「中負担」実現のための財政再建、無駄の削減や効率化について話し合われているときに突然、麻生太郎が口を挟む。
それが今回問題になったセリフだ。
以下、議事録から。

(麻生議長) 67 歳、68 歳になって同窓会に行くと、よぼよぼしている、医者にやたらにかかっている者がいる。彼らは、学生時代はとても元気だったが、今になるとこちらの方がはるかに医療費がかかってない。それは毎朝歩いたり何かしているからである。私の方が税金は払っている。たらたら飲んで、食べて、何もしない人の分の金を何で私が払うんだ。だから、努力して健康を保った人には何かしてくれるとか、そういうインセンティブがないといけない。予防するとごそっと減る。
病院をやっているから言うわけではないが、よく院長が言うのは、 「今日ここに来ている患者は 600 人ぐらい座っていると思うが、この人たちはここに来るのにタクシーで来ている。あの人はどこどこに住んでいる」と。みんな知っているわけである。あの人は、ここまで歩いて来られるはずである。歩いてくれたら、2週間したら病院に来る必要はないというわけである。その話は、最初に医療に関して不思議に思ったことであった。
それからかれこれ 30 年ぐらい経つが、同じ疑問が残ったままなので、何かまじめにやっている者は、その分だけ医療費が少なくて済んでいることは確かだが、何かやる気にさせる方法がないだろうかと思う。


これにはさすがに他の議員たちも言葉を失ったらしく、与謝野馨はほとんど麻生の言葉を無視する形で議論のまとめに入っている。

乳母日傘で育った今年68歳の麻生太郎は、生活の厳しさに直面しながら生きてきた人々を理解していない。それどころか、社会保障は国民相互の助け合いが基本理念であるという基本中の基本も分かっていない。「たらたら飲んで、食べて、何もしない人の分の金を何で私が払うんだ」というセリフには、そうした麻生の思い上がりと無知さ加減が顕著に現れている。
広島瀬戸内新聞ニュース」のさとうしゅういちさんは、「病気ってそれだけで苦しいんですよ」と麻生をたしなめているがその通りで、病気の苦しさは病気になった者にしか分からないとはいうものの、麻生の無理解ぶりには開いた口がふさがらない。格差と貧困が広がった今の社会には、保険料を支払うことができずに保険証を取り上げられ、実質的に医療から見放されている人々が、子供をふくめてどれだけいるか、麻生は分かっていないだろう。
社会保障とは、誰もが負担をする義務がある代わりに、誰一人漏れることなくサービスを受けられるものでなければならない。しかし、どれほど金持ちか知らないが、まるで社会保障費は麻生財閥が支払ってやっていると言わんばかりの麻生太郎は、「たらたら飲んで、食べて、何もしない人」は保障など受ける資格はないと言っているに等しい。つまるところ、麻生は病気になるのは自己責任とでも言いたいのだろう。

こんな男が議長になって社会保障について会議を持ったとしても、永遠に日本の国民が救われることはない。
まったく、麻生のようなバカ男のことは、こうして書いているだけでも嫌になってくる。

本当に、一日も早く麻生太郎には総理の座を降りてもらいたいものだ。そしてこんな男しか担ぎ出せなかった自民党政権にも終わりを告げてもらいたいものだと切に願う次第である。

関連タグ : 麻生太郎, 経済財政諮問会議, 社会保障, 医療費, 失言,

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