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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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社会保障費の財源に消費税を充てたいと考えているのは自民党だが、それを強力に後押しする形で経団連が2011年度までに消費税を5%引き上げるよう提言した。つまり3年後には消費税を10%にしろというのだ。
少子高齢化が進めば社会保障費がかさむのは誰だって分かることだが、その財源としてなぜ消費税を充てなければならないのか。
そこのところを誰か明快に教えてくれないものだろうか。

健康保険料や介護保険料を支払っているのに、なぜ、国民はさらに消費税という形で自分たちの財布を傷めながら保障を維持しなければならないのか。
社会保障は、社会的弱者や貧しい人ほど切実に必要とするものである。それなのに自民党や経団連は、そうした人々からも金を徴収しなければ、制度が維持できないと言っている。
それは本当なのか。

経団連といえば、今の会長はキヤノン出身の御手洗冨士夫で、その前の会長はトヨタ自動車の奥田碩だった。どちらも日本の優良企業のトップで、輸出でがっぽり儲けて日本経済を支えてきたと言われているが、国からは税制的に思い切り優遇され、さらに政府に働きかけて優遇の度合いをどんどん増してきた企業のトップである。
その一方で労働者に対しては派遣労働者など非正規雇用者をフル活用し、できる限り金を出さないようにすることを是としてきた経営者たちだ。
彼らにしてみれば、企業が儲ける金は次に儲けを生み出すために使うものであり、労働者や国民に還元するものではあり得ない。だから、どんなに儲かっていても社会保障費などは国民が自分で賄うべきで、その金が足りないならば当然消費税を充てるべきだと考えるのだろう。

要するにどんなことがあっても自分の懐が痛むようなことはしたくないのだ。

しかし、国民の側からすれば社会保障費をさんざん削られた上に、ダメ押しするように消費税まで取られるというのは二重三重の搾取にあっているようなものではないか。
自民党や経団連の金持ち連中は汲々として日本の富を自分たちの手元に集めてきたというのに。

社会保障費が不足するというのならばまず、富が集まったところから出すようにするのが筋というものではないか。これまでさんざん美味しい思いをしてきた税制を改めて大企業に金を出させるのが第一だ。
さらに、格差社会の中で一握りの人間に集中してきた富を再分配する制度にすることも必要だ。つまり課税を累進制に戻すことだ。
金持ち連中は、そんなことをしたら働くのがバカらしくなると文句を言うが、それ以前に収入がどんどん目減りし、物価ばかり上がり、さらに困った時には誰も助けてくれない社会に生かされている多くの国民の方が、こんな社会で生活するのはバカらしいと思っているのだ。このバカらしさを痛み分けしてもらいたいものだ。

消費税を10%に上げたい経団連は、増税する代わりに年収500万円以下の世帯には一世帯あたり10万円程度の定額減税を実施、そのうえ食料品などは税率を現行の5%に据え置くことを主張している。
ありがたくて涙が出そうな配慮だが、「同情するなら金をくれ!」である。

これからの社会は、新自由主義によって甘い汁を吸ってきた連中から、獲りすぎた分を取り戻す社会にならなければならない。
なにも共産社会になれというのではない。必要となれば皆で応分の負担をすることにやぶさかではないが、負担をするにはそれを納得できるだけの理由と態度を政府にも財界にも示してもらわなければ困るというのだ。

麻生太郎はいま、できるだけ解散を先に引き延ばし、自分たち、つまり自民党や経団連の金持ち連中に都合のいい政策をどんどん可決し、実施に持ち込もうとしているように見える。
そんなことは断じて許さず、自民党や経団連の虫のいい考えにNOをつきつけ、政権交代を実現させることが日本にとっては最重要課題だ。政府与党と野党が睨み合い、実質的に政治の空白状態を続けるよりも、民主党を中心とした野党勢力による政権奪取を実現させる。新自由主義社会に替わって社会民主主義の社会にする。
これを今後も訴え続けていきたいと思う。



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関連タグ : 経団連, 消費税, 自民党, , 社会民主主義,

今や一部左派ブロガーの間でカリスマのごとく持ち上げられ、「偽装CHANGE」だとかいう陰謀論をでっち上げている元大学教授で痴漢容疑を受けた人物。
植草、あんたのことだよ。

この男が、実は新自由主義者だったことが、図らずも自らのブログで明らかになった。

なんでも彼によれば、「小さな政府」には「良い小さな政府」と「悪い小さな政府」があるのだそうだ。
かいつまんで言えば、「良い小さな政府」とは天下り利権など政官の癒着がない、無駄を取り除いた「小さな政府」で、「悪い小さな政府」とは政官の癒着を温存し、国民生活を守るべきセーフティネットを破壊する「小さな政府」なのだそうだ。

小泉純一郎以降の自民党政権が推し進めてきたのは「悪い小さな政府」で、天下り利権が温存される一方で社会的弱者に対しては冷酷無比に保障を切り捨ててきたとする。
そしてさらに元大学教授がいうには、

今、自民党内で派をなしている「上げ潮派」が提唱しているのは、小泉いらいの自民党清和会政権が主張してきた「悪い小さな政府」で、この一派が提唱する金融緩和政策こそ売国政策で、要するに日本に大損をさせ、外資に大儲けさせる陰謀だったということらしい。
何でも元大学教授によれば、日本はドルを買い進めてきたために今では外貨準備高は1兆ドルを超えているが、ドルでなくユーロを買っておけば、ドルが弱くなった今、実に73兆円もの違いができていた。つまり、日本はドル買いをしていたために大損をこいたが、それは自民党上げ潮派による陰謀的な売国政策の結果だったというわけだ。

たしかに、一面的にはそう見えるところはある。
けれども、日本とアメリカのパワーバランスで考えれば、日本がドルを捨ててユーロに切り替えるなどということがそう簡単にできたはずはないわけで、日本がアメリカを買い支えている現在の状況は、日銀と財務省の暗愚と日米のしがらみが重なってできたものだと見るのが妥当なのではないか。
竹中平蔵はともかく、清和会にそこまで陰謀を巡らす知恵はないと私は思うがね。

さて、元大学教授は上げ潮派に続いて増税派も官僚利権を温存したままの増税を計画しており、国民生活を守るべきセーフティーネットを破壊するものだと切り捨てる。

さらに麻生太郎が唱える「積極財政」も、セーフティーネットを再構築するために実施されるのでなく、結局は旧来の利益誘導のための財政支出が満載になるだろうという。つまり国民生活を救うのではなく利権まみれのバラマキになるというわけだ。

はい、お説ごもっとも。
それでは先生、いちばん国民にとっていい政策とは、どんなものになるのです?

ところが先生はこれをはっきり書いてないのだ。
書いてないからにはこちらで推測するしかない。
つまり、元大学教授が言いたいのは、官僚利権などを廃した無駄のない「良い小さな政府」を実現すべきだというのだろう。そして、その「良い小さな政府」とは無駄がない上に国民生活を守るセーフティーネットも備えているものであるべきだ。

しかし、だ。
これって矛盾してないか?
国民生活を守るセーフティーネットとは、つまり社会保障のことであり、これは官が責任を持って施策していくべきものである。
そして社会保障を充実させた社会民主主義にもとづく政府とは、「小さな政府」でなく「大きな政府」でなければならないはずだ。
元大学教授が唱える「良い小さな政府」とは政官の癒着やバラマキがない清廉な行政府なのかもしれない。
しかし、結局のところ、小さな政府を実現させるのは新自由主義でしかない。先生の言う「良い小さな政府」とは、小泉・竹中以降の政府が推し進めてきた中から悪そうな部分だけを都合よく取り除いたイメージでしかなく、しかもセーフティーネットまで備えるという矛盾をはらんでいる。まさかいちばん大切なセーフティーネットは民間業者に委託すればいいというのではあるまいね、先生?
反自民の旗手と目されている先生が、実は新自由主義者だったとは笑止きわまる。

だいたい、経済の専門家だったと思うのだが、これでは子どもに聞かせる夢物語のようなものだ。
こんな珍説で人を惑わせるな、と言っておきたい。

■追記
共同通信によると9月8日、週刊誌「サンデー毎日」に「セクハラ癖は業界で有名」などと書かれ、名誉を傷付けられたとして、植草一秀元大学教授(47)が発行元の毎日新聞社に1100万円の賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は8日、33万円の支払いを命じた。大段亨裁判長は「セクハラ癖があるというのは真実」と認定したが、「業界で有名という部分は立証されていない」と指摘した。

重要なのは裁判に勝ったということではなく、この男にはセクハラ癖があるということを国が認定したことだ。
それでも植草を担ぐブロガーは、性癖と言動は別と理解を示すだろう。
しかし、こんなセクハラ野郎の説く陰謀論など、三文の値打ちもないと言っておきたい。

関連タグ : 植草一秀, 新自由主義者, 小さな政府, セーフティーネット, 社会民主主義,

自民党総裁選は、野田聖子が麻生太郎を支持することによって不出馬が決定的となった。
おかげで総裁選からひとつ花(笑)が消えることになったが、そのかわりに増税派から与謝野馨が立ち上がり、そして4日午前にはネオリベ陣営から石原伸晃元政調会長が立候補に前向きの意向を示した。
石原伸晃

これで総裁選に立候補が予想されるのは財政出動派の麻生太郎に新自由主義者の小池百合子と石原伸晃、そして増税派の与謝野馨ということになった。
昨日の時事通信では、小池百合子が20人の推薦人を集めるのに苦労しているという情報があったが、どうやら小池も本気で取り組んでいるらしい。同じ時事通信の4日12時10分配信の報では党本部で記者団に「多くの方から連絡や励ましをいただいている。環境が変わりつつあるかなと思っている」と述べ、推薦人確保など出馬への環境が整いつつあると強調した。

さらにこれからも名前が挙がってくるのかは今のところ不明だが、今や人気の凋落著しいと思われる新自由主義陣営から小池百合子と石原伸晃の2人が立つとすれば、もはや自民党内では不人気をかこち、小泉チルドレンも冷遇されて次期選挙では風前の灯火と言われている新自由主義者たちも意外にしぶとく生き残りを図っているように見える。
たしかに、万万が一にでも小池や石原が総裁になったとして、党内で彼らを支持するのはごく一部だろうから、新総裁は出発時から苦労することは必至だ。

だが、これを見て民主党をはじめとする野党は、そして社会民主主義の実現を信じる国民は、喜んでばかりもいられまい。
というのも、新自由主義者が総裁候補に2人もあがり、新しい首相になる可能性があるということは、少なくなっているとはいえ今でも新自由主義を信奉している人間が少なからずいるということであり、視点を自民党の外、われわれ国民が暮らす社会に転じれば、やはりいまだに「自己責任論」を押しつけて低賃金低保障の劣悪な条件で人をこき使おうとしている経営者たちがまだまだ多くいることを認めざるを得ないのだ。こうした、人間を員数でしか考えない人種を法の力で抑え込み、人間が人間として暮らしやすく生きていける社会を実現するにはまだまだ道のりは遠いと思った方がいい。

民主党をはじめとする野党は、座して自民党総裁選を見ていることはもちろんないだろうが、今の政治的空白の時間をフルに活用して社会民主主義を実現させる具体的なプランを打ち出してほしいものだ。

そしてわれわれブロガーは、くれぐれも「偽造CHANGE」などというバカげた陰謀論ごっこに時間を費やすことを止めて、地に足のついた論議を続けていく必要があると思う。

関連タグ : 自民党, 総裁選, 石原伸晃, 新自由主義者, 社会民主主義,

今日の朝日新聞朝刊では、総選挙前の新党結成を目指す動きとして平沼赳夫に触れている。
平沼といえば郵政民営化法案に反対して自民党を離れ、9.11の衆院選では刺客として自民党から立候補した阿部俊子と闘って返り討ちにした経緯を持つ。
自民党はその後、平沼ら郵政造反組を復党させようとしたが、平沼だけが復党条件に反発。「誇り高き無所属」などと称して一匹狼を気取って現在にいたるが、総選挙を前に新党を作る動きが始まっているようだ。
7月には平沼自身が「新党をつくるなら総選挙前が望ましい」と語り、自民、民主など各政党にまたがる保守系議員を糾合し、「第三極」として既成政党に飽き足らない国民の受け皿になる狙いがあると朝日は報じる。

一方、民主党は平沼の発言に呼応するかのように鳩山由紀夫が「自民党政権を倒すためにご協力を願いたい」と秋波を送り、平沼を自党に引き込みたい考えを明らかにしている。

民主党にしてみれば、平沼の存在は「反小泉」のシンボルとして大きく、また魅力的に映るのかもしれない。
また、ゴルフをしたり、一新会の勉強会で講演するなど小沢一郎と親和性が高いことも、ポイントになっているのだろう。

しかし、いかに「反小泉」のシンボルとはいっても平沼自身は保守中の保守であり、民主党反自民の勢力として平沼を味方につけようと考えるのには同調できない。第一、利権談合で腐りきった自民政治の後に来るものが平沼一派が理想とする右派民族主義的政治では、喜ぶにも喜べない。
打倒自民を叫ぶのはいいが、「反小泉」のシンボルが平沼一人であっていいはずがない。次に来るべき政権が基本にするものは修正資本主義であり、社会民主主義でなければならないことをあらためて確認するならば、リベラル・左派陣営もまた「反小泉」すなわち「反新自由主義」のシンボルを打ち立てる必要があるのではないだろうか。

関連タグ : 平沼赳夫, 新党, 反自民, 民主党, 社会民主主義, シンボル,

あれまあ、福田さん。
これできっぱり小泉純一郎の路線に別れを告げたんだな。
野田聖子の入閣が決まったとき、だれもがそう思ったに違いない。
われらがテサロニケ大先生ならば、森喜朗が唾をつけたとされる高市、小池、野田のなかから見事に一人入閣を果たしたことで大満足というところだろうか。

今回の改造内閣の顔ぶれを見て思うことは、ふたつある。
ひとつは福田康夫が小泉・竹中の改革路線と決別して旧守派に回帰したこと。
したがってどの顔ぶれを見ても新鮮みに乏しく、福田康夫が「国民のための内閣」と力説してもほとんど胸に迫ってくるものはない。

もうひとつは、財政再建派をもちいたことで、当面の間は新財務相になった伊吹文明が言っていたように「国民を目くらましにかけておく」としても、与謝野馨、谷垣禎一を据えたことで、明確に消費税増税をするというメッセージを国民に送ったと言うことだ。
これもまた、福田の言う「国民のための内閣」とは逆行する人事と言うべきで、福田康夫の言う言葉はただただ虚ろに響くだけである。

いまや政権の風向きに敏くなった公明党は、とりあえず環境相に斉藤鉄夫を送り込んでおき、次の政権に備えるといったところだろう。

新しさが感じられず、従ってこれからの政治にも期待ができない点では多くの人と意見を同じくする私だが、なかでも脱力ものでがっかりしたのは留任した2人である。いかにも言葉の軽い官房長官・町村信孝と国民を裏切り続けた厚労相・舛添要一。いくらなんでもこの2人には替わって欲しかった。これから福田改造内閣がどれだけ続くか知らないが、この2人のいい加減な言説に引き続きつきあわねばならないと思うと、国民の一人として目眩すら感じるところだ。

この2人を留任させたことをふくめ、新閣僚の顔ぶれを見ても、自民党にはもはや新しい風を起こすだけの人材もなければパワーもないということだけははっきりしたのではないだろうか。

一応かたちのうえでは小泉・安倍路線に別れを告げたかに見えるものの、極右の新自由主義者・麻生太郎を幹事長に据えたということは、福田内閣がいまだ新自由主義をはっきり否定しきれずにいるということであり、竹中平蔵と通じている中川秀直が巻き返しを図る余地はまだあるだろう。表面上は財政再建=消費税増税の布石を打っておきながら、いざとなれば首相の座を麻生に譲り、今度は中川一派に実権を握らせる。
いずれにしても自民党の舵取りは、国民生活を守る方向には向いていかないことだけははっきりしている。
ということは、自民党が今の状況でどうあがいても、支持率が上がることは望めないだろうし、総選挙ともなれば大敗を喫する可能性の方が大きいということだ。

今や国民の大多数が痛みを感じ、生活の苦しさに悲鳴を上げようとしている。
政治がいちばんに取り組むべきは、この状況をいかにして和らげていくかにつきるだろう。つまり社会民主主義への転換だ。
ここで重要になるのは、野党がどれだけ国民の心に訴えかけていくことができるかだろう。

代表選を控える民主党には、ぜひともこの点を中心課題に据えて、具体的な対策をあげた上で代表を選んでほしいものだ。民主党だけではない。自民党と公明党を除く野党すべてが社会民主主義のために立ち上がる必要がある。

今回の内閣改造は、自民党政治の終焉と、社会民主主義への大転換の序章となるのではないか。
そういう意味で、私はある意味希望を持って第二次福田内閣の顔ぶれを見ているところだ。


関連タグ : 改造内閣, , 財政再建派, 消費税増税, 自民党, 社会民主主義,

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