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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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政府・日銀は先月、株式が一時一万円台を回復したこともあり、「景気は底打ち」したと発表した。
しかし、機能発表された5月の主な経済指標では、雇用や消費など家計に関わる指標は依然として厳しい状況が続いていることが明らかになった。

少し細かく見ると、総務省が発表した完全失業率は5.2%と前月から0.2ポイント悪化。
従業員500人以上の企業で、雇用者が前年同月比0.3%減と1年11ヶ月ぶりに減少。これは雇用環境の悪化が中小企業から大企業に広がっていることを示す。
また、厚労省が発表した有効求人倍率も0.44倍と過去最悪を更新した。

家計の方を見ると、総務省が発表した家計調査では1世帯(2人以上)あたりの消費支出は28万5530円と、実質で前年同月比0.3%増。1年4ヶ月ぶりに前年同月を上回ったが、定額給付金やエコポイントなど特殊要因が押し上げたというのが読売の経済記者のの見方だ。

毎日新聞の社説では、やはり雇用の悪化が過去最悪になったことを取り上げている。完全失業者数も前年同月に比べて77万人増えており、完全失業率5.2%は、いずれ過去最悪の5.5%を突破するのではないかという。

こうした数字を見るまでもなく、われわれの生活実感からしても景気はまだまだ下向きであり、とても底を打ったなどと言えるものではない。

ホンダやトヨタのハイブリッドカーが人気を呼んで納車まで数ヶ月待ちだとかいう報道や、テレビを見ているとしきりに流れる自動車会社の「エコカー減税」も、金に余裕のある人にしか関係のないものばかりで白けるばかりだ。
もちろん、ハイブリッドカーが売れれば日本の主要産業の自動車生産企業が息を吹き返すのだから、全体的に見れば日本にとって悪い話ではない。
けれども、雇用の現場を見れば、相変わらず非正規雇用の問題は解決しておらず、今の政府にはこの問題に取り組む姿勢すらないように思われる。

昨日30日で、昨年末から注目された「派遣村」がとうとう解散したが、派遣村が浮き彫りにした日本の格差の現実と貧困の問題、非正規雇用の問題を、政治はこれからどのように解決していくつもりなのか。麻生太郎が内閣人事に手を付けると言ったとか、言わないとか、相変わらずのブレまくった醜態をさらしている間にも、職が見つからず、住居の確保を心配する人が不安な毎日を送っている。自民党でもいい、民主党でもいい。誰かこの現実を振り向いて、何とかしようと声を上げられないものだろうか。

次の政権に望むのは、一刻も早く同一労働・同一賃金の原則を確立し、非正規雇用を体よく利用しようとする雇用者側に対する歯止め策を打ち出すことだ。
まずは現実に困っている人々を早く救済する手立てを講じること。毎日新聞では「ハウジングプア」の連載をしていたが、人間の生活にとって住居というものがいかに大切なものであるかを痛感させられる。

単に雨露をしのぐ場としての住居でなく、人は住居を持つことによってはじめて社会的存在として認められるのだ。それがいとも簡単に失われ、糸の切れた凧のようにホームレスになっていく人がまだまだ多い。
この国では住宅政策もまた貧しいと記者は訴えている。
行政による家賃補助制度は他の先進国に比べて大きく遅れているうえに、家賃の安い公営住宅は極度に少なく、その抽選に当たることは宝くじに当たるようなものだとさえ言われる。
それなのに、政府は公営住宅の戸数を減らそうとしているというのだから頭が痛くなってくる。

国内外の住宅政策を研究している神戸大・早川和夫名誉教授の指摘は鋭い。
「日本人は住宅に公的支援がないことに疑問を感じない。マインドコントロールにかかっているようなものだ」
早川氏は続ける。
「住居の保障は医療や教育と同じように政府が取り組むべき社会政策だ」

政府は目前に困っている人々がいる現状を解決するために一刻も早く手を打つべきだ。
その一方で、すっかり崩壊してしまった日本の社会保障をこれからどうやて立て直すかを真剣に考えていかなければならない。手っ取り早い解決策などはないだろう。財源の問題一つをとっても、消費税増税で賄おうなどという乱暴な手で、この問題を解決しようなどとは考えてほしくない。消費税の逆進性は誰もが認めることであり、経済的弱者に大きな負担を強いる制度は決して受け入れるわけにはいかない。政治家や経済学者にはじっくり頭をひねってもらいたいところだ。

自民党は、東国原英夫を閣僚に迎えるなどと言っているが、東国原のような男が何人増えても、社会をよりよくしようなどと言う論議が深まるとは思えない。
われわれは政治に素人を求めているのではないのだ。
政策に対して深い考えを持ち、息の長い論議ができるプロを必要としている。
自民党はもはや末期的症状を呈していると見てよさそうだが、それに対する野党はどうなのか。
国民はポピュリズムに惑わされることなく、じっくりと政治を語る人間たちの言葉に耳を傾ける必要がある。
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関連タグ : 景気, 社会格差, 社会保障,

睡眠薬は毎日飲んでいるのだが、このところ毎日4時間しか眠れない。
昨夜も1時半に床に入り、目が覚めたのは5時半だった。
寝室の外で寝ているワンコたちを起こしてやり、眠そうにしているのを引っ張り出して散歩してきた。

春が深まるにつれて、太陽が上る時間もどんどん早くなっている。
ついこの前までは6時といえばまだ暗かったのに、いまではすっかりお日様が顔を出して地上を明るく照らしている。
私は無宗教だが、このときばかりは太陽に向かって神様に挨拶する。

今日も生きていました。かわいい犬たちと散歩ができることを感謝します。

ついでに、もう一つ、頼み事をする。

生活は相変わらず辛いです。なんとか、助けてください。感謝します。

私はキリストもマホメットも信じないが、八百万の神ならば信じる。米粒ひとつにも神様が宿っており、食べるときには感謝を込めて大切にいただく。だから、毎朝ワンコの散歩に出て、まずお日様に感謝して、ついでにちょっぴり頼み事をするのが日課になっている。
神様はいるのか、いないのか。そんなことはわからないが、確かめる気もないし、もしも願いが叶ったら、そのときは改めて神様に感謝すればいいと思っている。

私はこのブログをFirefoxというブラウザを使って書いているが、ときどきIE6で見ることもある。
すると、ちゃんと整えたつもりのレイアウトがかなり乱れていて慌てることが多い。
これはテンプレートを変えたときもそうで、Fierfoxで見るものとIEで見るものとではかなり違いがあった。直せるものならできるだけ直そうと思うのだが、正直、それは疲れる。
たとえば昨日の都議会のクズ議員どもの名簿をアップしたときも、大文字で強調したつもりが、IEで見ると文字がゴチャゴチャに重なっているのがわかった。
どうにかならないものだろうか、こういうの。
近頃はアップルのsafariも登場して、こちらはかなり切れのいい表示をしてくれるのだけれども、もうひとつ使い勝手になじめない。
とりあえずは今まで通りFirefoxでいくことにして、いちおうお断りのつもりで右側にバナーをつけておくことにした。興味のある人はダウンロードして使ってみてください。

昨日はまったくひどい日で、私のパワーブックG4のOSが消えてしまい、一日苦労した。
OSXの10.3にしておいたはずなのに、インストーラーディスクがみつからず、仕方なく最初にいれた10.0.4をインストールした。しかし、6年前のOSXではネットすら満足に見ることができないので驚いた。
これでは実用にならないのだ。なんとかもういちど、10.3か10.4に戻したいと思うのだが、ディスクがない以上はお手上げである。ヤフーオークションを見ると、10.4(Tiger)がいまだに1万円以上で落札されているようだ。もういちどヤフオク会員になってオークションに参加するのも、なんだか気が重いし、まったく突然OSが逝ってしまったパソコンを抱えて途方に暮れてしまいます。
あ、もちろん、今はウィンドウズXPが入ったマシンで書いてますけどね。

そんな、しょうもないトラブルでひいこら言っているときに、昨日はまたしても悲惨な事件が起きた。
東京・文京区小石川の製本業を営む家で、父親が両親と妻を刺殺し、小学生と幼稚園の子供も重傷を負った。
小石川心中
どうやら原因は事業に行き詰まったことによる、無理心中のようである。
今現在わかっていることでいうと、容疑者となった父親は、取引先の移転や廃業に伴って売り上げが大きく減り、悩みを抱えていたという。くわえて、彼には介護を必要とする父親があり、母親も体調が悪いことからかなりのストレスを感じていたようだ。

仕事の行き詰まりと生活苦。親の介護。まったく先行きの見えない状態のなかで、忍耐は限界にまで達したのだろう。もうどうなってもいいという自暴自棄がそうさせたのか、みんなで死ぬしかないという底なしの絶望感がそうさせたのか。彼は包丁を手に、家族を次々刺した。

東京では先月も足立区で悲惨な心中事件が起きている。
この場合も、原因の多くは仕事の行き詰まりと生活苦があったようだ。
つまりは貧困がこれらの事件を起こしているのだ。昨夜遅くのニュースでは、都内の零細企業は、仕事が少なくなり、売り上げどころか生活費さえ残すのがままならない状態のところが多いという話だった。
日本はGDP(国内総生産)では世界で3位なのに、一人あたりのGNI(国民総所得)は19位と、先進国では最下位の部類に入っている。
これは何を意味しているのか。
コイズミ以下の新自由主義政策の結果が、こうした形で現れている。自公による国民不在の政治が続いていることが国民生活を追い込んでいる。

言葉にすればその通りかもしれない。
しかし、それまで仲良く暮らしてきた家族が殺し合う現実を、そんな社会科の授業で語るような言葉で済ましてしまっていいのだろうか。

もちろん、新自由主義は改正させるべきものではなく、はっきりと打破するべき「悪」である。
自公のいいかげんな政府は一刻も早く終わらせる必要がある。

しかし、いま生活に追われている「貧困」の問題に立ち向かうには、それ以上に踏み込んだ施策なり制度の制定が必要だ。
そのためには、まずわれわれが、この国の「貧困」の諸相をもう少し知る必要があるのではないか。トルストイは『アンナ・カレーニナ』の冒頭で、「幸福な家庭は皆同じように似ているが、不幸な家庭はそれぞれにその不幸の様を異にしている」という有名な文章を書いているが、われわれの社会を蝕んでいる「貧困」にも同じようなことがいえると思う。
何が家族を追い詰め、生活から希望を奪っているのか。
家族に殺意を抱かせるほどの絶望を生み出している要因はどこにあるのか。
それらの原因を丹念に探り、社会が救う手立てを考える必要があるのではないか。

石原慎太郎のように、口先だけで中小企業を救うために銀行を作るなどという、単純な思考ではとてもこの問題は解決できないように思う。
日本人は、なぜここまで貧困に喘ぐようになったのか。
労働者階級の今の疲弊ぶりは、戦前の日本を見るような思いがする。
私は、これからそのことに注意して社会を見ていきたいと思っている。

そんなことを考えていると、カミサンが封筒を持ってやってきた。
役場から送られてきたものだった。
封を開けてみると、健康保険税未納による督促状だった。

「お父さん、払うものはちゃんと払ってよね」

そういえば水道代も、払わなければならないのだった。
国から、自治体から、企業から、ありとあらゆる請求が毎月押し寄せてくる。
有無を言わせぬ取り立てから、われわれが逃げおおすことは不可能だ。

私もまた、貧困の海で、もう少しで溺れかけているところなのである。
朝の散歩で神様に感謝を捧げる程度では、とても追いつけそうもない。


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