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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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広島・長崎の原爆の日から終戦の日まで、テレビでは先の戦争に関する番組が多く放送されている。
すべてを見ることはとても不可能だが、私が見た中で興味深かったのはNHKが9日(日)から連続して放送したシリーズ「日本海軍400時間の証言」だった。
これは天皇直属の機関として戦争の作戦を立案・作成していた軍令部に所属していた人々が、戦後密かに会合を開き、なぜ日本は戦争を起こし、負けるに至ったかを赤裸々に話し合っていた、そのときの録音テープをもとに作られた番組だった。

私が見たのは第1回の「開戦 海軍あって国家なし」と第2回「特攻 やましき沈黙」の2回だが、それぞれがあの戦争とは何だったのか、そして日本人とは何かということを考えさせられる内容だった。

まずもって驚くと言うよりもやはりな、とあらためて思ったのは、あの戦争が一部のエリートたちの思い上がりと、硬直化した組織がもたらす負の側面が組み合わさって後戻りできない方向に導かれ、破滅的な結果をもたらした、ということだ。
軍令部という組織がいかなるものだったのかは、この番組を見るまで知らなかったが、戦前のエリート養成機関である海軍兵学校の卒業生の中から選りすぐられた一握りの人間がこの部署に所属し、絶対的ともいえる権威を持っていたことが説明される。日本海軍は天皇の下に海軍省、軍令部、連合艦隊からなっていたが、軍令部は天皇直轄の統帥権を盾に他の干渉を許さず、真珠湾攻撃を成功させたことからさらに増長し、独走を演じていく。

反省会は昭和50年代から約10年間にわたって開かれたというが、出席したのは当時まで生き残っていた軍令部の幹部たちと連合艦隊の責任者たちで、みな70代から80代に達していた。そういう意味では昭和の末期にギリギリのタイミングで当事者たちによる反省が行われていたわけで、よくもまあその模様を録音したテープが残っていたものだと思う。
ただし、彼らは自分たちの恥部をさらすことになるとして、存命中はテープの公開はしないと決めていた。そのあたりに、戦争責任追及を逃れ、ある意味ではおめおめと生き延びていた人々らしい判断が下されていたわけだ。

テープの中で、真珠湾攻撃を成功させた山本五十六ほかの軍人が神のように崇められ、以後は誰も逆らえなくなったこと、その後、ミッドウェー海戦では大敗北を喫することになるが、この作戦さえも確かな計画と見通しをもって立てられたものではなく、「かまわないから、やってしまえ」といった乗りで戦いに臨んだことが語られる。
これに対して、作戦を実行する立場の連合艦隊の責任者が激しく抗議する様子が生々しい。

いつの時代も、トップの近視眼的で無責任な決断が全体を窮地に追い込む。
この構図は戦時中だけでなく、今の日本社会にも言えることではないか。
エリート中のエリートを集めた軍令部においても、なかば成り行き任せの作戦が公然と立案され、人間を人間として考えずに自動操縦機とみなして爆弾もろとも敵戦艦に突撃していく特攻計画が、「こうでもしなければ戦争を遂行できない」という理由で何の抵抗もなく推し進められていく。

今の時代でいえば、派遣労働者を単なる調整弁としか考えず、目先の利益を上げることだけを考えている経営者と同じである。
彼らに共通しているのは、血の通った人間には等しく生きる権利や幸福を追求する権利があるということをまったく意識の外に置いていることだ。

昨日12日、やはりNHKで放送された「働きたいんや」というドキュメンタリーでは、大阪・松原にある雇用促進住宅に集まった元派遣労働者たちの厳しい現状を伝えていた。
派遣切りなどで仕事も住居も失った人々が、国の救済措置によってはじめは3ヶ月の期限つきで雇用促進住宅に入居するが、折からの不況で正社員はおろか、アルバイトの仕事にさえつくことができない。
なんとか不安定な生活を切り替えて正社員になろうと何社も面接を申し込むが、不合格の通知が続く。ときには面接さえ断られてしまうこともある。

高校を中退して派遣労働を続けていた30代の男性は、パソコンの技術を身につけたいと職業訓練校に申し込むが、これも不合格。
「私のように、高校を中退してなにも特技がない人間には生きて行くことが許されないのだろうか」という呟きには胸をつぶされる思いだ。

フォークリフトの運転免許を持ち、数々の仕事をこなしてきた40代の男性は、器用でどんな仕事もこなせそうな感じに見えるが、やはり仕事は得られない。

10代で両親を失い、一人きりで生きてきた男性は、早く家族を持ちたいという願いをもっているが、派遣切りにあい仕事も住居も失った今、その願いをかなえることは難しい状況が続いている。

もう一人の男性は、仕事を失うことで結婚しようとしていた恋人とも別れざるを得なくなり、それどころか自分が生きて行くこともままならない。
「すべてを失ってしまった。仕事をなくすことで人生がこんなにも狂ってしまうとは。自分たちにはやり直す機会は与えられないのだろうか」

年末に注目された年越し派遣村いらい、派遣労働者の窮状がクローズアップされたが、総選挙を控えた今、訳の分からない東国原や橋下徹らの地方分権騒動に紛れて、国民の生存権が選挙の争点からずれてしまった感がある。
なんども繰り返すが、今、国民にとってもっとも大切なことは、これまでの自公政権によって破壊し尽くされた国民の生活を回復し、誰もが安心し、希望を持って生きていける社会を実現させることだ。
政権交代はそのために必要なのである。

「働きたいんや」に登場した人々はどうなるのだろうか。
番組を見ている間、私はせめて一人くらいは仕事を見つけ、晴れ晴れと雇用促進住宅を後にする姿が見られるのではないかと思っていた。
しかし、現実は厳しく、ついに一人も仕事を得られないまま、番組は終わった。
はじめは3ヶ月の期限があったが、雇用情勢が悪化していることを受けて、国はさらに3ヶ月の使用期限を延長した。
しかし、今の状況で、あと3ヶ月猶予を与えられたといわれてどれだけ安心できるだろう。

なんともやりきれない思いだ。

今日の新聞では、主要120社のアンケート調査結果が出ており、「景気は底打ちした」と答えた企業が42%(51社)で、「底打ちしていない」の23.3%を上回ったという。
しかし、派遣労働者にかぎらず、国民の多くは景気の回復など望むべくもなく、むしろこれからの情勢によってはもっともっと悪くなっていくのではないかという不安を持っているのではないだろうか。

なんとしてもこの状況に区切りをつけ、少しでも明日を明るいものにしたい。
そのためにも、今度の選挙では国民生活をもっとも重視した選択をしたいものだと思う。
参考までに、毎日新聞が行った「えらぼーと」アンケートを私もやってみたので、その結果を貼り付けておく。このアンケートは雇用問題をはじめ、外交、環境など20項目に答えるもので、結果は同じアンケートを行った選挙の立候補者の答えと比べられるようになっている。
政党で私の答えともっとも近かったのが社民党で96%、次いで共産党が95%だった。この結果を私も利用しようと考えている。
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関連タグ : 戦争, 生存権,

最近テレビを見るのも疎かにしているせいで、NHKが3日夜に放送したETV特集「いま憲法25条“生存権”を考える-対論 内橋克人×湯浅誠」を見逃してしまった。
断片的な映像はyoutubeで見ることができるのだが、これはやはり通してすべて見ておきたい番組だった。

そこではじめてNHKオンデマンドに登録し、315円を払って見ることにした。
NHKオンデマンドについては言いたいことがあるが、それは改めて書くことにする。

5月3日は憲法記念日で、この日NHKは憲法に関する特集番組を3本放送したが、その内の2本が憲法25条、生存権に関するものだった。
これまで、憲法記念日と言えば第9条が取り上げられることが多かったと思うが、今年になって25条が大きく取り上げられることになったのは、やはり昨年秋以来の不況と、それに派生する派遣切りの問題が大きかったのではないかと思っていた。

たしかに番組では冒頭から派遣切りされて住居を失った若者が映し出され、この春も開村された派遣村の様子などが出てくる。
突然職を失い、住居からも立ち退きを迫られた挙げ句、わずかな蓄えも底をついて街をさまよう元派遣労働者は、今の世相をよく現しているし、なにより憲法25条ですくい上げるべき象徴とも言える存在だろう。

しかし番組を見て私が驚いたのは、憲法25条が森戸辰男という日本人の手で作られた歴史もあるが、1957年に提訴され「人間裁判」として大きく報道された「朝日訴訟事件」のことである。
この事件のことは昭和60年代まで小中学校で教えられていたというが、不勉強だった私には記憶がない。まったくお恥ずかしい話である。
記憶にとどめると目にもあらためておさらいしておくと、朝日訴訟事件は国立岡山療養所に入所していた朝日茂さんが、憲法25条が定める「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」と生活保護法の内容について争ったもの。

生活保護法は1950年に制定され、一般勤労世帯の生活費の50%を保障するものだった。しかし、国は財政事情からこれを30%に引き下げてしまった。
そうしたなかで、結核を患って療養生活を送っていた朝日さんは、月600円の生活保護を受けていたが、それだけでは生活が困難であるとして給付金の増額を求めた。しかし行政側はこれを拒否。朝日さんは1957年、生活保護は最低限度の生活を保障するものになっておらず、生存権を定めた憲法25条に反するとして提訴した。
人間として生きる権利を争ったこの裁判は「人間裁判」と呼ばれるようになり、1960年には東京地裁が「最低限度の水準は予算の有無によって決定すべきものではなく、むしろこれを指導支配すべきものである」という判決を下し、原告が勝訴した。

しかし、国は即座に控訴。
裁判闘争は生活保護水準の引き下げは最低賃金の引き下げにもつながるとして労働組合も協力し、全国の関心を集めるようになった。
ところが63年に東京高裁が下した判決は原告敗訴。そして65年に原告の朝日さんは死亡し、養子となった健二さんが後を引き継ぐことにしたが、67年、最高裁は原告の死亡により裁判は終了したと判断し、原告の敗訴が確定した。
このとき、最高裁は「念のため」として生存権の判断についての意見を付け加えた。
それは「何が健康で文化的な最低限度の生活であるか、その認定判断は厚生大臣の裁量に任されており 直ちに違法の問題を生ずることはない」というもので、実質的に司法はこれをもって生存権の判断から手を引いてしまったことになる。

それでは判断を任された行政が何をしたかといえば、70年代のオイルショックをきっかけに低成長時代が始まったことから社会保障の削減を始めた。81年には第2次臨時行政調査会が設置され、さらに社会保障費を抑制するようにとの答申が出された。厚生省は生活保護申請について窓口での対応強化を求め、実質的に生活保護を制限するようになった。
その結果、受給者数はピークだった84年の147万人から10年間で88万人まで減少。87年には札幌で生活保護の申請を断られた母子世帯が餓死する事件が起きた。
しかしその後も政府の方針は変わらず、生活苦による餓死者や自殺者の数は増加していった。

そして2001年、小泉純一郎が総理大臣になり、聖域なき構造改革を旗印に社会保障費はさらに削られた。

つまり、生活困窮者は1957年以来、司法にも見放され、行政には放置されるどころか財政事情の受け皿としていいように利用されて今日に至っているということだ。
なんと、日本は半世紀以上も社会保障については劣悪な状況を続け、さらに補強してきたという歴史を持つわけだ。

番組に出ていた内橋克人が言っていた。
「日本はこれまでの歴史で一度たりとも福祉国家であったことはない」と。
一億総中流などといっていたのはまったくの戯言であり、多くの人間は企業に雇われ企業の福利厚生で守られていたに過ぎない。国民の目が向かないところでは50年以上も変わらない状態で貧困にあえぐ人々が細々と生きていたのだ。

まったくなんという事実だろう。

番組ではその後内橋と湯浅誠による対談が続けられ、日本では生活に困る人々に対して努力が足りないという意見と社会保障が不十分だとする考え方が綱引きをしている状態だと語られる。

しかし、その話を聞きながらも、私の頭の中では弱者を守ることを放棄した司法の無責任と、弱者を救うどころか社会の目が向かないのをいいことに彼らを見捨て、貧弱な保障をさらに削り続けてきた政府の非人間性に対する怒りが湧いてきて抑えようがなかった。

内橋克人は、日本の自由とは企業活動の自由を意味しており、新自由主義=市場原理主義が社会を動かす主軸になると人々はむき出しの市場原理にさらされることになったと語った。その結果、今では誰もがちょっとしたきっかけで生活困窮者になり得る「すべり台社会」になったというわけだ。

日本の経済を語るとき、バブル崩壊以後の10年間を「失われた10年」と呼ぶ。
しかし、国民生活の視点から見れば、日本の社会は人間裁判が提訴された1957年以降、失われた50年を送ってきたことになる。

日本は戦争もなく、物資に恵まれ豊かな国として誰もが信じ、国外からも憧れの目を向けられてきた。
しかし、それはまったくの誤魔化しに過ぎなかったのだ。

これほど弱者に対して冷たく、無慈悲な国は先進国に例を見ないのではないか。
自民党が引っ張ってきたという日本の戦後の歴史は、無残に国民を切り捨てる社会を巧妙に作り上げてきたものではなかったか。
この11年にわたって自殺者数が3万人を超えている事実を、われわれはもっと真摯に、重く考えていく必要がある。

つまり、自民党に政権を任せていたのでは日本は滅んでしまうことを、誰もが自覚していく必要があると思うのだ。

関連タグ : 生存権, 人間裁判, 自民党,

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