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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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福田康夫が首相の座を放り出してから一昼夜が過ぎた。
報道を見る限りでは、概して福田に対する厳しい意見が多かったように思う。
いわく、
無責任だ」
「指導力がない」
「最後まで他人事のように辞めていった」
こうした声に対して、
「ご苦労様」
「ショックだ」
「我慢もこれまでだったのだろう」
といった気遣いの声は少数派だったと思う。

昨夜の「NEWS23」では、後藤謙次が「最低の辞任」と福田康夫の判断を切り捨てていた。

今思い返してみれば、福田康夫内閣は、発足当時から「国民の目線に立って」政治を行うことを標榜しながら一度として国民の側から物事を見ようとしたことはなく、「安心実現内閣」と自らを名づけながらついに国民を安心させることなく責任を放棄してしまった内閣だ。
さしたる理由もなく一国の代表の座を棄てるなど、あってはならないことで、見ようによっては安倍晋三以上の無責任さと言っていいかもしれない。

自民党ではさっそく22日に総裁選を行うことを決定したが、小池、石原、野田といった名前は浮かんでいるものの、本命は麻生太郎一本で根回しが進められていることだろう。
つまり総裁選とは単なるお祭りで、麻生太郎総裁の承認式に他ならない。
そしてこの御祭騒ぎは、同じ時期に代表選で三選することになる小沢一郎の影を薄める働きをするだろう。

しかし、われわれがここで忘れてならないのは、自民党は国民の信任を得ないままに首相を輩出し続け、そのうえ2度までも続けて責任放棄する形で首相の座を降りているということだ。
この事実を前に、これからいくら自民党が言葉を飾って政権維持を訴えようと、有権者である国民は彼らに耳を貸す必要はない。
もはや自民党には政権を担当する資格はないのだ。
国民の側に発ってものを考え、年金問題や後期高齢者医療制度をはじめ、地方の格差、医療問題など、待ったなしの生活に根ざした問題に取り組んで行くには自民党では力不足なことは明らかだ。
さらに、定額減税など目先を帰る程度の小細工を弄してお茶を濁そうとする公明党のバラマキ政策も持続的な社会保障政策の構築とはほど遠いと言わざるを得ない。彼らの頭にあるのは国民全体ではなく、生活に困っている創価学会員だけであり、それらを救済することだけが急務なのだから、とてもではないが国政を預けておくわけにはいかないのである。

今、首相交代という節目を迎え、いよいよ自公政権にも区切りを迎える時が来ようとしている。
多くのブログでは、自公政権に引導を渡し、政権交代という新しい時代を迎えるために声を上げようとしている。
及ばずながら私もこれから当分の間は反自公政権と政権交代を訴えていくキャンペーンを張っていこうと考える。

とりあえずは総裁選の御祭騒ぎで民主党の代表選をかき消そうとしている自民党の姑息な行為を叩いていこうと思うが、「自エンド」と政権交代のためになることならばどんなことでも記事にしていきたいと思う。
そうして一日も早く、確実に、政権交代が実現するよう、他ブログとも協力していきたいと決意した次第である。

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関連タグ : 自民党, 福田康夫, 無責任, 総裁選, 政権交代,

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