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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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思えばウン十年前、学生時代のあの頃の私は何度、この言葉に苦い涙をのんだことだろう。
思いを寄せる女性に対して、自分では誠心誠意を尽くしてきたつもりだし、何よりも大切に考えてきたつもりだった。
彼女とつきあえることになったら、どんなにか毎日が明るいものになるだろう。
そう考えると、理屈もなく希望が満ちてきたし、どこからともなく力がわいてきたものだった。

バカが相手じゃ悪いからと、彼女のために哲学の本を読み、甲斐性がない男では情けないからと、日銭が稼げる肉体労働のアルバイトもした。
哲学は小難しくて、さっぱりページが進まなかったけれど、仕事は味気なくてきついばかりだったけれど、彼女と一緒にいられるときがあり、私の言葉に彼女が微笑み、私がエスコートする(なんて洒落たものじゃなかったが)店での食事に彼女が喜んでくれれば、それでよかった。
それが、私にとっていちばんうれしいことだった。

しかし、端から見れば私の独り相撲に見えたであろう数カ月の蜜月の後、彼女が言いにくそうに私に言ったのは、例のあの言葉だった。
「T君て、とてもいい人だと思う。でも、お友だちでいましょう」

つまり、それは私に対するやんわりとした拒絶の言葉に違いなかった。とんまな私ははじめのうち、その言葉にも若干は希望が残されていると思っていたが、そんな私を見ていた先輩のAさんは的確に教えてくれた。

「バカ。それはお前なんか相手じゃないってことなんだよ」

フーテンの寅さんじゃないけれど、私はその後も女性に惚れては
「お友だちでいましょう」と言われる無様を繰り返したものだった。

まったく学習能力がないね、われながら。

さて、昨日、われらが鳩山総理は迷走を続けてきた沖縄普天間基地の問題に結論を出した。
それは総理自らが言っていた「国外移設、最低でも県外」という約束の実現を表明するのではなく、自民党政権時代にアメリカとの交渉で導き出していた結論とほぼ同じ、「名護市辺野古への移設」であった。
われらが総理は、自らが口にした約束をめぐって気が遠くなるほどのダッチロールを繰り返してきたが、それでも一つだけ約束を果たしたことになる。
それは5月末までに結論を出すということ。

しかし、こんな約束ばかり守られたとしても、多くの沖縄県民や彼らと思いを同じくする国民は納得できるものではないだろう。
昨年9月に政権を奪取して以来、散々威勢のいいことを言ってきたけれど、出てきた結果はこれだけかい。
それが偽らざる気持ちだろう。

これなら、自民党が政権を取ってたのと同じじゃないか。

われわれは自民党政権に対して、なぜノーをつきつけたのか。
それは、彼らが利権既得権益にへばりつき、国民に対してウソをつくことがあまりに多かったことにウンザリしたからではなかったか。
アメリカとの同盟を言いながら、その実不平等条約を甘受し、あまつさえ財政難の危機に瀕しているというのに目のくらむような大金を思いやり予算として毎年与え続ける理不尽な政治にほとほと呆れてしまったからではなかったか。

私は、同じ約束を破るのならば5月中に結論を出すというのを反故にして、この問題を沖縄の人々はじめ国民が納得のいくまで議論を尽くすというのならば大賛成だった。
けれども、守られたのは5月中の結論だけで、その結論と言えばこれまでの時間が何だったのかと言いたくなるような現行案に沿ったものでしかなかった。

われらが鳩山総理は、友愛の政治を掲げて政権の座に就いたが、その友愛とは結局のところアメリカに尽くすという意味合いでしかなく、沖縄の人々や国民のことはないがしろにするということだったのかと納得した。

友愛という美しい言葉を使い、誠心誠意を尽くしているかのようなポーズを見せつけられてきたけれど、私が鳩山総理に言葉をかけるとするならば、数十年前を思い出しながらこう言うだろう。

「総理、あなたはいい人だと思うけど、お友だちでいましょうね」

はたして金持ちの坊ちゃんで、代々続く政治家の家に育った彼は、この言葉が意味することを理解できるだろうか。
もしかすると、以前の私のように「まだ脈はある」と見て、これからも政権の座に居座り続け、小沢一郎と一緒に参院選挙も戦えると考えるだろうか。

鳩山由紀夫がお金持ちの坊ちゃんであることは、別に悪いことではない。
できればその莫大な資産を、これからは自分の政治資金になど使わず、どんな形でもいいから社会貢献するために使ってくれるなら喜ばしいと思う。
だから、お友だちでいる分にはかまわない。

けれどもわれわれのリーダーとしてトップに立つのは、もうごめんだ。

もはや、移り気な私の心は民主党政権を離れ、これからは左派勢力による第3極の結集に向いている。
そのためには、今まで政権与党にありながら影が薄い存在でしかなかった社民党に連立を離脱してもらい、まずは今回の鳩山由紀夫の決断に断固として反対を表明し、その後は次の参院選を目標に左派勢力の中核となって動いてもらいたい。

自民党、みんなの党、たちあがれ日本、日本創新党、新党改革など、新自由主義と保守右派勢力は雨後の筍のように旗を揚げている。その多くは雑魚の集まりとしか見えないが、彼らに共通しているのは反民主であり、政権獲得で、読売、産経などのメディアがこれの後押しをしている。

私は、よもや自民党が政権を奪取することはあり得ないと思っているが、現状を見る限りではこれらの右派勢力の声に対して左派勢力の声がもうひとつ鮮明に聞こえてこないことに苛立ちを感じている。
いくら雑魚とはいっても、まとまれば一つの力になることは間違いない。
これを黙って見ていたのでは、せっかく自民党政権による暗黒時代が終わったというのに、民主党の自民党化がさらに進み、ついには保守連合との大連立などという悪夢がまた始まるかもしれない。

そんなことにならないために、社民党にはここが踏ん張りどころだと思って頑張ってもらいたいのだ。
もしそれができないのであれば、もはや社民党も政権に執着するだけの公明党と同等な存在として見放すしかないだろう。

福島みずほにも「お友だちでいましょう」とは言いたくないんだけどね。
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関連タグ : 鳩山由紀夫, 民主党, 沖縄,

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