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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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どうも体調が良くない。
それを言い訳のつもりで、ついつい本ブログの更新を怠ってしまった。
怠っている間にもいろいろ書いておきたいことはあったのだが、昨日の参院選でそうした気持ちもすっかり冷めてしまった。

なんだい、つまらねえの。

今回の参院選の結果について、感想を言うとすればこの一言に尽きる。
それほどに、私にとってこの選挙結果はがっかりさせるものであり、ウンザリさせるものであり、バッキャローと空に向かって叫びたくなるものであり、ついにはもうどうとでもなりやがれ、とすべてを放り出してしまいたくなるほどつまらないものだった。

民主党が負けたのは分かる。
菅直人が思いつきのように言い出した「消費税10%」が多くの国民に拒絶感をもたらしたからだ。
沖縄普天間基地の移転問題など、他にも重要な課題はあったはずだけれど、今回の選挙は消費税選挙といっていいほどに消費税増税問題に焦点があてられ、他の問題はかすんでしまった。

けれども解せないのは、民主党にNOを突きつけた人の多くが、その代わりとして自民党を選んだという事実だ。

何で、よりにもよって自民党じゃなきゃいけないの?

消費税についていえば、自民党の方が増税を言い出したのだし、10%という数字も自民党が出したものに菅直人が乗っかったものだった。
どちらかといえば、消費税増税については、自民党案に民主党が追随したといってもいい。

それなのに、民主党はダメだと思った国民は社民党でもなく、もちろん共産党でもなく自民党を選んだ。
保守的な人々には国民新党という選択肢もあったはずなのに、誰一人それを選ばなかったといっていい結果になった。

どうして、民主党がダメなら自民党になるのだ?
自民党はそんなに頼りになる政党か?
自民党が選挙中に訴えていたのは、とにかく民主党の暴走を食い止めるというのが中心で、いかに民主党がやってきたことがでたらめだったかをあげつらうことだった。いわゆるネガティブキャンペーンを党を上げてやっていたのだ。
そして自らの主張としては「日本をいちばんの国に戻す」ということだった。

けれども、国民の幸福度において、満足度において、日本がいちばんだったとき何どあるのだろうか。
谷垣禎一は、ありもしない幻想を掲げ、そこに日本を戻すといっていたのだ。
これをペテンといわずして何をペテンというのか。

テレビでは放送されなかったようだが、小泉進次郎が出演したCFでは、進次郎が「ほどほどの努力では、ほどほどの幸せもつかめない」と見ているものを叱咤していた。
心ある国民ならば、これを見て、なんで世襲の見本のようなこのガキに、俺たちがしているのはほどほどの努力でしかないと言われなければならないのだ、もっと頑張れとこの青二才に尻を叩かれなければならないのかと嫌な気分になったはずである。

党首の谷垣がありもしない幻想を語り、若手注目株の進次郎がまだまだ努力がたりないと叱咤する。

こんなでたらめな政党が、どうして民主党に替わる選択肢になるのだ。

昨日の夜は、刻々と報じられる選挙結果を見ながら、どんどん気分が落ち込み、頭が痛くなってきて、私はついにテレビを消してしまった。

なにしろ、民主党は谷亮子が当選し、自民党は石井浩郎が当選した選挙である。
堀内恒夫は落選したが、三原じゅん子が当選した選挙である。

ただもう、ふざけるなとしか言いようがない。

民主党が政権を取ってからというもの、確かに不満の多い政治が行われてきたのは事実だ。その最たるものは、言うまでもなく沖縄駐留の米軍基地問題で、首相だった鳩山由紀夫の言葉があれほどぶれまくり、信用ならないと思わせたものは他にない。
しかし、米軍基地の問題だって自民党ならましな解決をするのか? 最低でも県外はおろか、そもそも辺野古に移転すると決めたのが自民党だったはずだ。

あるいは、人によっては児童手当という名のバラマキが許せないという場合もあるだろう。
しかし、自民党が以前やってきたのは、特定の業種業者と癒着した、利権という名のバラマキだったはずだ。

なんでこんな政党に回帰するような選択をしたのだろうか。

たしかに、共産党に対しては強いアレルギーがあるから、共産党が伸びないのは分かる。
それでは社民党はどうなのだ。訴求力に欠けるという致命的な弱点を今回も露呈してしまったが、民主党に替わる選択肢として、もう少し注目されても良かったのではないか。沖縄問題で連立を離脱したいきさつも、もう少し思い出されて良かったのではないか。

昨日の結果で良かったと思ったのは、たちあがれ日本、新党改革、日本創新党などの雨後の筍政党がほとんど評価されなかった点だ。たちあがれ日本は1議席を獲得したが、いったいそれで何をするというのだろう。
この点ではたしかに国民の選択眼が働いたといえるだろう。

しかしなあ。
やっぱりどう考えても民主党がダメなら自民党というのは、筋が通らないよ。
ふて寝をしつつ、私の脳裏に浮かんだのは「衆愚政治」という4文字だった。

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関連タグ : 民主党, 自民党, 衆愚政治,

なんと、あろうことか菅直人首相は自民党の公約である消費増税10%を参考にして増税を検討していくという。

なんで自民党が作った案に寄りかからなくちゃならないの?
素朴に思うことだが、まあそんなことはどうでもいい。
それよりも問題なのは、民主党も消費増税を公言することによって、マスコミをふくめた仮想世論(決して現実に即した世論ではない)が、消費増税の大合唱になってしまったことだ。

消費増税がなぜ良くないかについては、散々いろいろなところで述べられているように、逆進性が強いという点にある。
つまり金持ちよりも、所得が低い人ほど負担が大きくなるということだ。
消費税は一律にかかるものなので、累進も逆心もないように思われるが、それは収入から消費にまわす率(消費性向)が一定の場合のみに言えることで、実際には高収入の人はそれほど金を使わずに貯蓄にまわす率が高くなるので、消費性向は高収入な人ほど下がる。
逆に言えば、所得が低い人は貯蓄にまわす余裕がないために結果として消費にまわす率が高くなり、消費性向は高くなるということになる。
つまり、所得が低い人ほど消費に占める税負担が大きくなるということだ。

これは現在の5%でも言えることで、低所得者には今でも消費税が重くのしかかっている。

それを国の財源が不足という理由で、いきなり倍にするというのはいかにも国民のことなど考えない自民党が目論みそうなことで、必要なものは国民から取るという非情さが透けて見える。
その非情な考えを、なぜに菅直人は参考にして増税の方向で考えていくなどというのだろうか。

消費税の逆進性の話には、まだ続きがある。
「404Blog Not Found:消費税は三重に逆進的である」がこれを取り上げており、おおよそいかのように書いている。

消費税は高所得者にとって負担が少ないだけでなく、高資産者ほど負担が少ない。
大企業をリタイアした高齢者は、高収入だったうえに高額の退職金を得るなどして大きな資産を持っている。これらの人々は、資産運用をして元手を増やすことにより、貯蓄を切り崩すことなく生活をしている。とすれば、こうした人々にとっては消費税など痛くも痒くもない存在なのである。
そのうえ、民主党内閣も自民党も消費増税分は社会保障にまわすと謳っているが、仮にそれが実現したとしたらどうなるか。
消費税は高所得者ほど実効税率が低いというだけでなく、高資産者ほど実効税率が低く、社会保障の財源が福祉に割り当てられることにより、高齢者ほど実効税率が低くなるという、三重の逆進性を持つことになる。

財源が不足しているから消費増税は必要だと、政治家もマスコミも当たり前のようにはやし立てているが、本当にこれでいいのか。

ちなみに現在の消費税も施行前の自民党政府は福祉増税だと言っていたが、実際には決してそうならなかった。
現在の民主党政府も増税分は社会保障にまわすことを前提にしているが、はたしてこれが本当に実行されるのか、保障はない。

民主党政調会長の玄葉光一郎は20日、福島県田村市で講演し、消費税率引き上げについては「一年間の生活必需品にかかった消費税分をきちんと還付する。たとえばそういう制度などを作って逆進性対策をしっかりしていく」と述べ、生活必需品の税金を還付するなど、低所得者への配慮を示した。
しかし単純に考えても、年度末ごとに税還付などという余分な手間暇を国民が受け入れられるかどうか、疑問である。さらに、これにともなう国側の手続きにかかる費用はどれほどになるのか。
いや、そもそも増税分を社会保障にまわすという言葉自体、マニュフェストをなし崩しにしてきた今の民主党を信じられるか、という疑問もある。

次の選挙では消費税が一つの焦点になるだろう。

私はこれから何度でも繰り返して訴えようと思うが、消費税増税には断固反対である。
もし財源が不足だというのなら、まず金持ち増税と法人税を引き上げ、相続税なども見直すのが先だと思う。

日本には言論の自由があると言うけれど、今のマスコミは増税を叫ぶことはあっても、これに反対する声は取り上げようとしない。
それをいいことに、政治家たちは消費増税を既定の事実であるかのように語っている。

民主党、自民党は10%への増税。
たちあがれ日本は12年度から3%アップ。
新党改革は20年度ごろには10%以上に増税。
みんなの党は3年間は集中改革期間として増税はしないとしているが、それ以降の増税は否定していない。
公明党も、消費税率の見直しは低所得者に配慮が必要としているが、増税そのものには反対していない。

増税に反対しているのは、3党。
国民新党は消費税率アップならば連立離脱もあり得るとしている。
社民党は、消費税の引き上げはしないと主張している。
共産党は、消費増税には絶対に反対としている。

逆進性が強く、景気に冷水を浴びせかける消費増税には絶対に反対。
参院選では、消費増税に反対している政党に、ぜひとも投票してもらいたいと思う。

関連タグ : 消費税, 民主党, 増税, 参院選,

鳩山由紀夫は辞任するしかないというエントリを揚げて一週間もしないうちに、本当に鳩山由紀夫が代表の座を降りることになってしまった。

何と言うことか、これで日本の総理大臣は4人続けて一年以内に辞任したことになる。
これにはまったく呆れるばかりなのだが、仕方がない。
誰が見ても明らかに鳩山由紀夫は優柔不断で実行力に欠けており、普天間基地問題では覆いようのない失政を犯した。

ブログ界の中には、鳩山のインテリぶりを挙げ、あるいは好人物ぶりを挙げて、「こんなにいい首相はいなかった」と惜しむ声もあるようだ。

確かに、鳩山由紀夫という人は私も前のエントリで書いたとおり、「いい人」だったと思う。

しかし、だからといってもっと首相を続けさせるべきだったというのは、あまりにセンチメンタルな考えというもので、いくら政治をセンチメンタリズムで語っても、生み出すものは何もない。

重要なことは何よりも、鳩山由紀夫という人は、国民の生活を守ろうといいながら実行できなかったのであり、沖縄の人々に対しては煮え湯を飲ませるような裏切り行為までしたのである。
鳩山由紀夫が我々に抱かせた失望の大きさに比べれば、首相が4人短期間で変わることなど、大きな問題ではない。
むしろ、鳩山とともに政治とカネの問題につきまとわれながら、ついに国政の重要な問題については何もしなかった(かに見える)小沢一郎も一緒に辞任してくれたのだから、よかったとさえ思う。

もちろん、国際的に見れば、くるくる替わる首相の交代劇はみっともないものには違いなく、フィナンシャルタイムズではその社説で「参事」という言葉を使っているほどだ。これから外交の面で日本が目覚ましい成果を上げるには、よほどの人材とチャンスに恵まれないと難しいかもしれない。

それでも、失ったものを嘆いてばかりはいられない。
私はむしろ、今回の鳩山と小沢の辞任によって、日本の政治が本当にリセットされるのではないかと期待している。
政権交代は確かに昨年9月に成ったが、ほんとうの意味で政権が替わるのはこれからなのだといってよいのではないだろうか。

支持率ががた落ちになってしまったとは言え、民主党が中心の政権はこれからあと三年は続く。この間に新しいリーダーが立ち、自民党時代から続き、鳩山由紀夫にはついに断ち切れなかったものを断ち切って新しい政治が始まれば、日本は息を吹き返せるのではないだろうか。
私はその可能性に賭けたい。

何から何までリセットするのは難しいかもしれない。
それでも、鳩山内閣でさえ、いくつかの点では自民党政権時代にはあり得なかったことを実現させたのは事実だ(もっとも事業仕分けについては、いろいろ注文があるけれど、それでも自民党時代よりはましになったと、私は思っている)。
鳩山内閣では平野博文や中井洽など、疑問符をつけざるを得ない人事があったが、それでも長妻昭などは厚労省で水を得た魚のように働いていた。
新しい内閣が、人物を吟味して適材適所の人事を行えば、政権交代によって生まれた望ましい政治のあり方の芽のようなものが、これから大きく育っていくかもしれない。私はそれに賭けたい。

今、次期民主党代表候補には菅直人が有力と見られている。
たしかに菅直人ならば、15年前の薬害エイズ問題で大きな役割を果たしたこともあるし、その行動力には期待ができる。
心配なところといえば、財務大臣として赤字削減のためには消費税引き上げもあり得るという見方をしていたことで、とくに「使い方さえ間違えなければ、増税しても景気がよくなる」と言っていたのは見逃せない。
現在のように景気が落ち込み、国民の生活が苦しい状況で消費税を引き上げれば、景気は必ず悪化し、さらなるデフレスパイラルに陥ってしまうだろう。
菅直人は、はたしてこの点を修正できるだろうか。

新しい内閣には普天間の問題をどうするのかという宿題もある。
鳩山由紀夫が出した結論をそのまま受け継ぐのでは、首相が変わる意味がないのだし、かといって「最低でも県外」という言葉をこれから復活させるにはすべての交渉を一からやり直さなければならない。新政権ははたしてどう取り組むか。

私は、沖縄の問題については、首相自らが折衝に当たるのではなく、アメリカの通商代表のように大きな権限を持った役職を設け、その任に就いた人物に交渉を委ねるようにした方がいいと思う。現在も沖縄及び北方対策担当大臣がいるが、これは国交相でもある前原誠司が兼任している。これでは大役を果たすのは難しい。
今は、沖縄問題専門のポストが必要なのだ。
そして首相は、最終的な判断を下すだけにする。
そうしなければ、国内に山積している問題に対処していくことは難しいだろう。

問題は民主党に、それだけの人材がいて、志を一つにしていけるかどうかだが、それが何とも悩ましい。
新しい代表は明日の代表選挙で決まり、夜には新しい内閣の顔ぶれが決まるだろう。それがどんなものになるか。
期待半分、心配半分といったところか。

しかし、今度の顔ぶれによって、7月の参院選の行方は大半決まってしまうのは確かだろう。

関連タグ : 民主党, 鳩山由紀夫, 首相, 総理大臣,

悪いことは言わない、鳩山由紀夫は早いところ首相を辞任すべきである。

「国民の生活が第一」と言いながら政権の座に就いたものの、国民の生活はいまだに少しもよくならず、それどころか、普天間基地の移設問題では前政権が決めていた現行案に近い結論を出し、犠牲を払い続けてきた沖縄県民の生活をこれからも踏みにじり続けようとしている。

宮崎の畜産業が危機に瀕するまで拡大してしまった口蹄疫の問題では、いかにも初動悪かったことは明らかで、重大な事態が起きているにもかかわらずキューバに外遊していた赤松広隆を叱責することもなく、30万頭以上の豚や牛を殺処分にするという荒療治で解決を図っている。
種牛まで殺してしまうことで全国に誇る宮崎牛が、絶滅してしまうかもしれないという事態には、単に疫学的な問題だけでなく、文化的な損失も考慮されるべきだと思う。しかし鳩山由紀夫は一律に殺処分をする方針を曲げず、農家に対しては1000億円の補償をあてるとしている。それで本当にいいのか。私にはここでも鳩山は畜産農家の生活を踏みにじろうとしているように見えてならない。

鳩山由紀夫にもっと理性があるのなら、全頭処分の決断を下す前に、まだ罹患していない家畜は残すとか、ワクチンを止めるという選択肢もあったはずなのに、それらはほとんど考慮されなかったようだ。(ちなみに、ワクチンを打つと手間がかかるだけでなく、症状が分からなくなるというデメリットがあるという。つまり、ほんとうは罹患していない家畜も、ワクチンを打つことで殺処分を避けられなくなってしまうというわけだ)

さらに鳩山由紀夫は、廃止を公約していた障害者自立支援法の延命につながる改悪案を今国会に提出しようとしている。障害が重いほど負担が重くなるこの法案については、障害者団体から断固反対の声が上がっているが、民主党政権は28日の衆院厚生労働委員会で採決しようとしている。
ここでも鳩山は、障害者の生活を踏みにじろうとしている。

私には、このごろぶら下がり取材でテレビ画面に映る鳩山由紀夫が、うつろな表情で理性も知性も働いていない男のように見える。
理性も知性も一段劣って見えたところでは、安倍晋三や麻生太郎も同じようなものだったが、案の定、今日の朝日新聞にこんなことを書かれている。

カメラ目線、質問への冷淡な対応――。鳩山由紀夫首相が記者に囲まれて質問に答える「ぶら下がり取材」の様子がこのところ、人気低迷に苦しんだ直近3代の政権に似てきた。同じく支持率低下に苦しむ鳩山政権の命運は、首相が発信力を回復できるかどうかにもかかっている。(中略)
「目がキョロキョロしていると批判もあるから、国民に語りかけるように努力している」。首相は19日、記者団からカメラ目線を指摘され、こう説明した。首相は政権発足当初、質問する記者の目を見て答えていたが、大型連休前後から変化した。
これは、3代前の安倍晋三元首相をほうふつとさせる。「キョロキョロすると国民に向かってしゃべる気持ちになりにくい」と説明した安倍氏は、2007年4月からカメラを見据えて語りかけるようになったが、「不自然だ」と、評判はいま一つだった。(中略)最近は自ら質問を打ち切って立ち去るケースが目立つ。今月12日には、記者団に「最近、答えが短くて冷たい感じがする」と言われ、「丁寧に答えているつもりだが、時間的な問題やぶら下がりのあり方自体の問題も含めて、この程度がむしろ望ましい」と反論した。
最近は発言の「ぶれ」を指摘されるケースも目立つ。米軍普天間飛行場の移設問題では「最低でも県外」や「5月末決着」という過去の発言を繰り返し問われている。
これは麻生太郎前首相と重なる姿だ。同氏は定額給付金で所得制限をめぐり迷走。郵政民営化への姿勢でも発言が揺らいだ。
目線は安倍晋三に似ていて、ぶっきらぼうな態度は麻生太郎に似ている。
言い換えれば、ぶら下がり取材での鳩山由紀夫は歴代最低の首相と同じレベルだと言うことだ。

目線と態度だけならまだ許せるかもしれないが、昨日報じられた記事では、どうやら鳩山由紀夫は考え方まで安倍や麻生と同じようになってきたと思わざるを得ない。

「国民は国を守る発想持つべき」鳩山首相(時事通信)
鳩山由紀夫首相は26日夜、日本の安全保障に関し「この国はこの国の人々で守るという、すべての国にとって当たり前の発想が今の日本にはない」と危機感を示した。同時に「それが自然かどうかという発想は国民一人一人が持ち続けるべきではないか」と指摘した。
記者団が米軍普天間飛行場移設問題に絡めて「(常時)駐留なき安保という考え方は変わったのか」と質問したのに対し、「その考え方はいま封印している」とした上で根底の考え方として言及した。官邸で記者団の質問に答えた。
この発言が、数カ月前までは日本にアメリカの基地はいらないと言っていた人のものとはにわかに信じがたい。
これではまるで、日本国民に自国を守る意識が欠けているから、アメリカ軍に日本にいてもらう必要がある。そのために沖縄に基地を置かねばならないのだと言っているようなものだ。 ここまで書いてみて、私はため息をつくどころか軽い目眩に襲われている。
「国民の生活が第一」と訴えていた民主党は、障害者自立支援法維持を図り、沖縄に米軍基地を置き続けようとする疑似自民党と化している。

私は自民党政権による政治にほとほと嫌気がさし、国民不在の政治をこれ以上させてはならじと政権交代を願った。
しかしようやく政権を取った民主党は、もともと保守的色合いが強かったとはいえ、時を経るごとに自民党の亜流となっていき、今では首相の姿さえ、無知で無能だった前政権の首相とダブって見えるようになってしまった。

もうたくさんである。

これ以上、国民生活を踏みにじるような政権には引っ込んでもらいたい。

何の苦労も知らない世襲政治家も見たくない。

目がうつろな鳩山由紀夫、そして重大な問題がいくつも起きているというのにどこか涼しい顔をしている小沢一郎にも政治の舞台から去ってもらいたい。

この政府に対する不審と不満を、次の参院選で民主党に痛打を浴びせるという形で明らかにしたいものだと、私は願っている。

関連タグ : 民主党, 鳩山由紀夫,

思えばウン十年前、学生時代のあの頃の私は何度、この言葉に苦い涙をのんだことだろう。
思いを寄せる女性に対して、自分では誠心誠意を尽くしてきたつもりだし、何よりも大切に考えてきたつもりだった。
彼女とつきあえることになったら、どんなにか毎日が明るいものになるだろう。
そう考えると、理屈もなく希望が満ちてきたし、どこからともなく力がわいてきたものだった。

バカが相手じゃ悪いからと、彼女のために哲学の本を読み、甲斐性がない男では情けないからと、日銭が稼げる肉体労働のアルバイトもした。
哲学は小難しくて、さっぱりページが進まなかったけれど、仕事は味気なくてきついばかりだったけれど、彼女と一緒にいられるときがあり、私の言葉に彼女が微笑み、私がエスコートする(なんて洒落たものじゃなかったが)店での食事に彼女が喜んでくれれば、それでよかった。
それが、私にとっていちばんうれしいことだった。

しかし、端から見れば私の独り相撲に見えたであろう数カ月の蜜月の後、彼女が言いにくそうに私に言ったのは、例のあの言葉だった。
「T君て、とてもいい人だと思う。でも、お友だちでいましょう」

つまり、それは私に対するやんわりとした拒絶の言葉に違いなかった。とんまな私ははじめのうち、その言葉にも若干は希望が残されていると思っていたが、そんな私を見ていた先輩のAさんは的確に教えてくれた。

「バカ。それはお前なんか相手じゃないってことなんだよ」

フーテンの寅さんじゃないけれど、私はその後も女性に惚れては
「お友だちでいましょう」と言われる無様を繰り返したものだった。

まったく学習能力がないね、われながら。

さて、昨日、われらが鳩山総理は迷走を続けてきた沖縄普天間基地の問題に結論を出した。
それは総理自らが言っていた「国外移設、最低でも県外」という約束の実現を表明するのではなく、自民党政権時代にアメリカとの交渉で導き出していた結論とほぼ同じ、「名護市辺野古への移設」であった。
われらが総理は、自らが口にした約束をめぐって気が遠くなるほどのダッチロールを繰り返してきたが、それでも一つだけ約束を果たしたことになる。
それは5月末までに結論を出すということ。

しかし、こんな約束ばかり守られたとしても、多くの沖縄県民や彼らと思いを同じくする国民は納得できるものではないだろう。
昨年9月に政権を奪取して以来、散々威勢のいいことを言ってきたけれど、出てきた結果はこれだけかい。
それが偽らざる気持ちだろう。

これなら、自民党が政権を取ってたのと同じじゃないか。

われわれは自民党政権に対して、なぜノーをつきつけたのか。
それは、彼らが利権既得権益にへばりつき、国民に対してウソをつくことがあまりに多かったことにウンザリしたからではなかったか。
アメリカとの同盟を言いながら、その実不平等条約を甘受し、あまつさえ財政難の危機に瀕しているというのに目のくらむような大金を思いやり予算として毎年与え続ける理不尽な政治にほとほと呆れてしまったからではなかったか。

私は、同じ約束を破るのならば5月中に結論を出すというのを反故にして、この問題を沖縄の人々はじめ国民が納得のいくまで議論を尽くすというのならば大賛成だった。
けれども、守られたのは5月中の結論だけで、その結論と言えばこれまでの時間が何だったのかと言いたくなるような現行案に沿ったものでしかなかった。

われらが鳩山総理は、友愛の政治を掲げて政権の座に就いたが、その友愛とは結局のところアメリカに尽くすという意味合いでしかなく、沖縄の人々や国民のことはないがしろにするということだったのかと納得した。

友愛という美しい言葉を使い、誠心誠意を尽くしているかのようなポーズを見せつけられてきたけれど、私が鳩山総理に言葉をかけるとするならば、数十年前を思い出しながらこう言うだろう。

「総理、あなたはいい人だと思うけど、お友だちでいましょうね」

はたして金持ちの坊ちゃんで、代々続く政治家の家に育った彼は、この言葉が意味することを理解できるだろうか。
もしかすると、以前の私のように「まだ脈はある」と見て、これからも政権の座に居座り続け、小沢一郎と一緒に参院選挙も戦えると考えるだろうか。

鳩山由紀夫がお金持ちの坊ちゃんであることは、別に悪いことではない。
できればその莫大な資産を、これからは自分の政治資金になど使わず、どんな形でもいいから社会貢献するために使ってくれるなら喜ばしいと思う。
だから、お友だちでいる分にはかまわない。

けれどもわれわれのリーダーとしてトップに立つのは、もうごめんだ。

もはや、移り気な私の心は民主党政権を離れ、これからは左派勢力による第3極の結集に向いている。
そのためには、今まで政権与党にありながら影が薄い存在でしかなかった社民党に連立を離脱してもらい、まずは今回の鳩山由紀夫の決断に断固として反対を表明し、その後は次の参院選を目標に左派勢力の中核となって動いてもらいたい。

自民党、みんなの党、たちあがれ日本、日本創新党、新党改革など、新自由主義と保守右派勢力は雨後の筍のように旗を揚げている。その多くは雑魚の集まりとしか見えないが、彼らに共通しているのは反民主であり、政権獲得で、読売、産経などのメディアがこれの後押しをしている。

私は、よもや自民党が政権を奪取することはあり得ないと思っているが、現状を見る限りではこれらの右派勢力の声に対して左派勢力の声がもうひとつ鮮明に聞こえてこないことに苛立ちを感じている。
いくら雑魚とはいっても、まとまれば一つの力になることは間違いない。
これを黙って見ていたのでは、せっかく自民党政権による暗黒時代が終わったというのに、民主党の自民党化がさらに進み、ついには保守連合との大連立などという悪夢がまた始まるかもしれない。

そんなことにならないために、社民党にはここが踏ん張りどころだと思って頑張ってもらいたいのだ。
もしそれができないのであれば、もはや社民党も政権に執着するだけの公明党と同等な存在として見放すしかないだろう。

福島みずほにも「お友だちでいましょう」とは言いたくないんだけどね。

関連タグ : 鳩山由紀夫, 民主党, 沖縄,

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