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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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昨年暮れから東京の日比谷公園では年越し派遣村実行委員会の手により、炊き出しを行うと同時にテントを提供して住居を失った人々のために寝場所を用意していた。
当初の予想では150人程度の受け入れを想定し、50ほどのテントを用意していたが、実際には31日からの3日間で300人を超える人が集まったため、炊き出し用のコンロやテントが不足する事態となってしまった。

日比谷公園の様子を映し出したニュースの画面を見て、まず思い出したのは大震災直後の映像だ。古くは阪神淡路大震災、近くは新潟中越沖地震、岩手・宮城内陸地震。
災害によって家屋も仕事も失った人々が、食事を求めて、寝場所を求めて、列を作っていたあの光景。小学校の体育館などに雑魚寝して、日に日に疲れを蓄積させながら、それでも雨露がしのげるだけでもありがたいと言っていた人々。
国や自治体は非常事態宣言をして、被災者たちの救援にあたるとともに、住居を失った人々のために仮設住宅を造って順次移住させていった。

今回の、企業による未曾有の派遣切りもまた、日本人がかつて経験した災害と同じ光景を生み出している。違うのは、被災者たちが避けることの出来ない天災にあったか、経営者たちの都合によって被害にあったかという点だ。

政府の発表では、当初、派遣切りで職を失うのは約3万人といっていたが、その数字は早々に8万5000人へと修正された。しかし、実際にはその3倍の20万人以上が「被害」に遭っているとも言われている。派遣村で予想していた受け入れ人数の倍の人々が、温かい食事と体を横たえる場所を求めてきたことからも、事態が深刻であることは想像がつく。
これに対して厚労省は昨日になってようやく重い腰を上げ、講演に隣接する同省の講堂を開放することに決めた。また、東京都中央区も、旧小学校講堂の「京華スクエア」などの2カ所の施設を5日から一週間程度開放することを決めた。

もし、こうした処置が執られなければ、おそらくは職も住居も失った人々の凍死者が出たことだろう。
繰り返すが、これは企業と派遣業者によって起こされた、大規模な災害である。
国と自治体は、被害にあった人々を救うために、迅速な救済措置を執る必要がある。それは食料や寝場所の提供だけにとどまらず、住居の斡旋や仕事の紹介、あるいは生活保護の申請に協力することまでをふくむ。今はほとんどがボランティアの手によって行われているが、災害があった場合にはやはり国や自治体が中心となって活動をすることが必要だ。

こうした救援活動をするについては、思いやりの心と想像力を持たない人間の間から、必ずや税金の無駄遣いだとか、自己責任なのだから仕方がないといった言説が出てくる。
しかし、放っておけば死者が出る可能性がある事態で自己責任を説いてどうなるというのだ。
真面目に働いていたのに、経営が悪化したという一方的な理由を押しつけられ、仕事を奪われ、住居からも退去を求められた人々は、困り果て、皆傷ついている。
彼らに温かい手をさしのべることがどうしていけないといえるだろうか。

もうひとつ、税金の無駄遣いという話については、私にも思うところがある。
たしかに今回の災害は、同じ災害で被害者を出しているとは言え、原因は企業の無責任な雇用体制にある。人をモノとしか扱わないシステムが生み出したもので、トヨタやキヤノンをはじめとする大企業の多くには巨額な内部留保が眠っている。
ならば、国や自治体は仮設住宅などできるだけの援助を被災者に対して行い、それに要した対価を派遣切りした企業や派遣会社に請求すればいいではないか。
そして、自分たちが首を切った人々が、ふたたび安心して働き、安定した生活が出来るまでの保障を義務づければいい。

国や自治体は、一刻も早く本格的な救援に乗り出し、路頭に迷おうとする人々を救わなければならない。人生に絶望しかけている彼らに生きていく希望を与えなければならない。
それが政治というものではないのか。

今年は、これまで財界の思惑通りに社会大系が作られてきたことを反省し、人間主体の社会システムを再構築することが大きなテーマとなるだろう。

まずは派遣切りに遭った人々を救うこと。
そして、そのつけは企業に請求すること。

これはボランティアだけに任せることではなく、国が総力を挙げて取り組むべき事柄である。

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関連タグ : 年越し派遣村, 救済,

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