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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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7月も早くも中盤に入って、今日は朝から夏の日差しが照りつけている。

私もワンコも朝の散歩をすませただけでぐったりしてしまった。
元気なのはオカメインコグループだけで、ピーチなどは朝から「ウキウキ、ワキワキ!」と、なんだか訳の分からない言葉をしゃべっている。

こういう日は、ただでさえ回転の鈍い頭が、さらに働かなくなる。

というわで、今日もくだらない話題から。
山本モナ
今、話題騒然の尻軽女・山本モナである。
世の中では、今回の山本モナの行動を非難する声が多くを占めているようだ。
それにひきかえ、家庭持ちでありながら、強引に山本をホテルに誘ったとされる巨人の二岡については意外なほど批判の声が聞こえてこない。
一昔前ならば、こういう醜聞が発生すれば、非難されるのはまず男の方で、しかも「球界の紳士」(笑)であるはずの巨人軍の選手が不貞行為をはたらいたとなれば、ただではすまされなかったはずである。

二岡は罪滅ぼしのために頭を丸めたらしいが、世の中は頭を丸めるわけにも行かない女性の方の山本モナに対して俄然厳しくあたっている。
山本が出演していたフジテレビの「サキヨミ」の公式ホームページには、11日午前5時までに1016件の抗議、意見が寄せられたそうだ。その大半は「モナをもう出さないで欲しい」「辞めてください」と番組からの降板を訴えるもので、局ではすでに山本の降板を決めている。

フジテレビではよほど今回の山本の行為が腹に据えかねたらしく、「めざましテレビ」では大塚範一キャスターが騒動について言及、「(サキヨミの)1回目の放送の夜に同じ過ち(不倫騒動)をするなんて軽率。怒りのようなものを感じる」と批判した。
一方、モナが金曜レギュラーを務める日本テレビの情報番組「おもいッきりイイ!!テレビ」の司会者、みのもんたはコメントしなかったという。みのにしてみればスネに傷持つ身だからだろう、偉そうなことはいえなかったに違いない。

世の中はかように山本モナ批判一色に染まっているかのようだが、私はむしろ、今回の山本にかぎっては世の中にたまっているさまざまな不満や鬱憤を晴らしてくれた、一種のガス抜き効果の役目を果たしてくれたと思っている。
いいじゃないの、仕事が終わった後にラブホに行ったって。山本モナだって年齢的には立派なオトナなのだし。キャスターをしている人間がセックスをしてはいけないなどという理由はないわけだし、もしそれがケシカランというのなら、妻帯者や恋人のいるキャスターはみなケシカランことになるだろう。不倫をしたのがケシカランというのなら、それこそ二岡の方が責められるべきで、山本の場合は「ニュース23」のときも念願のニュースキャスターになれたために舞い上がってしまい、思わず取材相手の民主党議員と接近しすぎて情が高ぶるまま路上キスとなったのだろう。
そして今回もまた、同じように報道番組? のキャスターに復帰がかなって舞い上がった山本は、口説かれるまま二岡と意気投合し、五反田のラブホにしけこんだ。
まさに尻軽女の面目躍如ではないか。
ここまでくれば、微笑ましいといってもいいほどだ。

テレビの報道は倫理的に高潔であるべしなどという不文律はいつからあるのか。
それを求めるならば、その前に、テレビの報道はもっと公正で正確な姿勢を心がけるように自らを律すべきだ。視聴者の上等とはいえない好奇心におもねるような番組を垂れ流しておいて、今さら不倫はケシカラン、仕事帰りにラブホはよくないなどというのは笑止というほかない。

笑止といえば、山本モナ嬢と二岡がしけこんだ五反田のラブホは、報道があってからというもの平日にもかかわらず満員盛況なのだそうだ。
倫理的にケシカランというならば、昼間ッから好奇心丸出しでラブホに入っていく男と女こそケシカランというべきだろう。

こうして世の中が勝手な言い分を振り回している間、当の山本モナは自宅で謹慎をしているそうだ。テレビに出て人前に立つ「公人」としての責任がどういうものであるか、山本は果たしてどれほど感じているのやら。
そればかりは本人に聞いてみなければ分からない。

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関連タグ : 山本モナ, 不倫, 抗議, 公人,

ドッグフードがなくなってきたので、昨日はいつも行くホームセンターに出かけた。
するとなんと、毎度購入している銘柄のフードが、1000円も値上がりしているではないか。
原材料になっているトウモロコシや小麦などの価格が高騰し、ドッグフードもそのうち値上げされるだろうとは思っていた。

けれども、いきなり1000円だぜ。
そりゃないんじゃないの。

で、私はどうしたかというと今月初めにオープンしたイオン系列のショッピングモールに入っていたペットショップで、同じフードが安く売られていたことを思い出し、急遽そっちに車を走らせたのだ。

ところが、そのショップもフードを安く売っていたのはオープン記念ということで、今では通常価格になっていた。そしてその通常価格とは、先のホームセンターと同じ、以前より1000円も高い価格なのだった。

時間とガソリンを無駄にしたうえ、値上がりしたフードを買う羽目になった私は、なんだかペテンにあったような気分になった。
犬にとってドッグフードは主食であり、必要不可欠なものである。
もちろん、安くて何が入っているかわからないフードは相変わらずあるし、ほんとうに犬のことを考えるならば手づくり食にしろという意見があるのもわかる。

しかし現実問題として、私のような普通の飼い主はドッグフードに頼っているのであり、それがいきなり1000円も値上がりするというのは異常事態といってもいいほどの危機感を抱かされる。

ガソリンの価格はもはや当然のようにリッター170円になり、バターはスーパーの棚から消え、小麦粉その他の食品もどんどん値段が上がっている。

それなのに、この国では為政者たちがこの事態を何とかしようという声を上げることはないし、消費者たちも「困った」「どうしよう」とぼやくばかりで声を上げ、行動を起こそうとしない。

これは国も国民も異常なのではないか。
おかしいぞ、みんな。
トラックのデモ

以前のエントリでも書いたが、ヨーロッパではガソリン高騰抗議してストライキをするなどの実力行使が当然のように行われている。
昨日見たニュースでは、フランスの運送業者がやはりガソリン高騰抗議して無期限のストを開始し、幹線道路ではトラックがデモ行進をして大渋滞を引き起こしている様子を報じていた。
この抗議活動によって、運送業者と政府との交渉がはじまるという。

日本では、なぜこういう動きが起きないのだ?

今日の朝日の朝刊を見れば、福田内閣の支持率がやや回復して23%になったという。
内閣支持率
なんじゃこりゃ、だ。

私には日本の国民がわからなくなってきた。

自分たちの首が今まさに絞められつつあるというのに、その首を絞めている者ども、つまりは自民党公明党のクソ政治家どもを支持するというのだ。

もっと首を絞めて、もっと強く。あ、いいい。いい。

いつから日本人はみんな変態マゾヒストになったのだ。

ベッドの上で変態プレイを楽しむのなら勝手にどうぞというところだが、生活がここまで脅かされているというのに、この体たらくはなんだろう。
もうため息が出るというか、血圧が上がるというか。
ほんとに、この国はどうかしているよ。

政府自民党と福田康夫は、参議院で可決された問責決議案を無視し、衆議院で信任決議されたからチャラになったと勝手に思いこんでいるようだが、とんでもないことだ。

もういろんなブログで書かれていることだから繰り返すまいと思っていたけれど、書かずにはいられない。
参議院は、去年の夏の参議院選挙で国民が決を下した結果、野党多数となった、直近の国民の意思を体現したものである。その参議院が可決した首相問責決議には、大変な重みがある。
バカでアホを絵に描いたような顔をしている伊吹文明などは「参議院の問責決議には法的根拠がありませんからね」と抜かしていたが、とんでもない話だ。
伊吹アホ文明
それを言うならば、国民の信を問わずにだらだらと政権にしがみついている自民・公明のみによって可決された信任決議案の方が、よほど重みに欠ける。まるでサルのせんずりのようなものではないか。

中国で大地震が起きて一ヶ月後、今度は日本の東北で大地震が起きた。

今は地震の被害にあった人は当然のことながら、日本国民の多くが苦しみに喘いでいる。

それなのに政府は仲良しごっこで首相を信任し、それで事たれりとしている。
こんな政府、絶対に許すべきじゃない。
日本国民はいい加減に目覚めるときが来ていると思う。

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関連タグ : ガソリン高騰, ヨーロッパ, スト, 抗議, 自民党, 公明党, 問責決議,

私は、社会が混乱すればいいと願っているわけではない。
しかし、悪政が敷かれ社会に不安と不満が充満したときには、なんらかの態度を表明することが必要だと思う。表明することによってバカな政治家を動かし、金の亡者の企業家や投資家に少しは思い知らせてやることが必要だと思っている。

原油価格の高騰が止まらない。
ガソリンの価格が、ついに全国で170円台に突入した。
ガソリン値上げ
これは道路がなければ生きていけないなどの繰り言ではなく、今日の生活に大きな打撃を与える事態で、このままガソリン価格が上昇すれば、車がなくては生活できない地方生活者や運輸業者、タクシー業者などは、それこそほんとうに首をくくらなければならなくなる。

私はかねがねガソリン価格がリッター160円を超えたら、この社会にも何らかの動きが起こるだろうと思っていた。それは半分、期待のようなものでもあったのだが、5月に150円台だったものが、6月に入ったとたん、160円台を通り越して170円台になってしまった。

リッター20円値上がりしたとして、私の場合、月に平均120リッターほど使うから、2400円のコストアップだ。これはべつに、ドライブしたり旅行に出かけたりするのでなく、普通に暮らすのに必要な量である。月2400円の上昇は、痛い。
そしてこの痛さは、運送業者やタクシー業者、漁師などにはもっと痛烈に響くだろう。

しかし、昨日1日を見る限り、日本のどこかで不満の声が起き、何かの行動が起きたという報道は見られなかった。ニュースを見ると、そこに出てくるのは「ひどいと思うけど、仕方ないです」
「このままじゃ、やっていけないかもしれない」という諦めと恨み節ばかりだった。

われわれ日本人の羊のような大人しさをいいことに、政府は、これだけ物価が上がり、ガソリン価格の上昇に歯止めがきかない状態になっても、なんら策を打とうとしない。国民の痛みを知ってか知らずか、福田康夫はヨーロッパへ外遊に出かけてしまった。

日本人はこのまま、無策な政府を放っておいていいのか。
いつまでも「仕方がない」「そろそろ限界です」と消極的なことを言っているだけでいいのか。

ヨーロッパでは、スペイン、ポルトガル、イタリアの漁師たちがガソリン価格の高騰に反発して、無期限のストに入っている。フランスの漁師もストを始めた。
彼らは、黙っているだけでは政府は動かないことを知っているのだ。

アジアでも、インドネシアでは5月24日、ガソリン価格を33%引き上げたことに対して学生たちが抗議デモを行い、警官隊に火炎瓶を投げつける騒ぎが起こっている。
彼らも知っているのだ。
ジャカルタ抗議デモ

ところが日本はどうだろう。
ガソリン価格の高騰のため、マグロ漁の漁師たちは、漁に出るとかえって赤字になってしまうということで漁に出るのを中止したという。
マグロが市場からなくなれば、それなりに混乱が起こり、原因となったガソリン価格急騰に非難の目が向けられることになるかもしれない。
しかし、そのころ一体、ガソリン価格はどこまで上がっていることだろう。

日本人は、大人しい。それは美徳に数えられることもあるが、権力者から見ればただの羊にしか見えないことだろう。その場合、ただ大人しい国民は、愚かな国民と同義となる。
黙っていては、いつまでたっても政府は国民をバカにし続けるだけだ。

そろそろ、われわれも立ち上がり、何らかの声を上げ、行動を起こすべき時が来ているのではないか。
町村信孝は昨日、日本の農政を見直す必要もあるのではないかと、減反政策を改める可能性に言及していたが、今頃何を言っているのか。いかにも頭の働きが鈍い政治家の馬鹿面に、私は、思い切りヤキを入れてやりたくなる衝動を覚えた。

声を上げるべきだ。政府の無策ぶりを非難しなければならない。政府を動かさなければ、原油高を招いている投機筋の悪行も、いつまでたっても手つかずになるだろう。

このような事態を、いつまでも見過ごしていてはならないと、強く思う。


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来週末には、いよいよ日本にも聖火がやってきて、北京五輪のリレーが始まる。
すでに各国で行われた聖火リレーでは、チベットでの中国による人権弾圧に抗議する人々が、さまざまな活動をしているが、日本ではどうなるのだろうか。

リレーのスタート地点となる長野県・善光寺では13日、チベットでの事件で命を落とした人々を悼んで、市民ら約60人がろうそくを灯し、僧侶が読経した。
追悼の灯
もともと聖火リレーはオリンピック大会そのものとは別個のもので、1936年に開かれたベルリン大会で、ヒトラー率いるナチスが世界にその存在をアピールする宣伝をするために始めたものだ。今回の聖火リレーも、当然のことながら聖火はオリンピックそのものよりも中国という国を象徴するものであり、中国は聖火を世界中走り巡らすことによって国威発揚に役立てようとしていることは明らかだ。
また現在は、リレーそのものにスポンサーがつき、ランナーはスポンサーの広告とともに走ることになっている。広告が世界を走り回るということは、その背景には巨額な金が動いていることになる。
こんな事情を考え合わせれば、オリンピック大会をボイコットする必要はないとしても、聖火リレーを取り止める、あるいは縮小すべきだという考え方が出ても当然だろう。すでにみそがついた大会になりつつある北京オリンピックでは、協賛するスポンサーとしても本心は痛し痒しというところだろう。リレーを中止するとなってもクレームはつけにくいのではないだろうか。

リレーには、有森裕子ら著名人がランナーとして名前を連ねているが、彼らはどう対応するのか。私としてはやはり、ここでなんらかの意思表示はするべきではないかと思う。すでにNHKの青木祐子アナウンサーは出走を取り止めている。表向きの理由は、スポーツ担当から報道担当にかわったためとしているが、本心はチベット問題に対する抗議にあると思いたい。
他にも松岡修造、星野仙一、萩本欽一らが走る予定らしいが、彼らの中に気骨を示すものはあるのだろうか。弾圧に抗議するという意思表示をするために、チベットの国旗を腕章にするとか、あるいは後ろ向きに走るとか。

スタート地点の善光寺はどうするのだろう。
チベットで同じ仏教徒が理不尽な目に遭っているというのに、何も意思表示をしないとしたら、お釈迦様も悲しむだろう。へたれな日本政府と同じ真似はしてほしくないものだ。
この際、スタート地点として場所を提供するのを辞退する。あるいはお祭り的な雰囲気を一切排除して、僧侶たち全員が読経しながらスタートさせる。
欧米のようなエキセントリックな方法を取る必要はない。しかし、なんらかの意思表示はする義務があるのではないか。

すでに、26日当日は、リレー終了後に予定されていたイベント中止が決定され、リレーそのものも長野県警が3000人から4000人規模で警備する方針だという。
ものものしい格好をした機動隊員に囲まれてリレーが進んでいく。その様子が映し出されるだけでも中国は複雑な心境になるだろう。
異様な光景の聖火リレーをさらに異様にして抗議の意志を示すために、沿道には誰も見物に行かないというのはどうだろう。名目はリレーが安全に行われるためとして、一切見物客が沿道に立たないようにする。これは日本にいる中国人たちが見物に行くだろうから、あまり効果はないか。

毎日新聞の取材に対して、善光寺事務局は「善光寺から平和を発信できれば、と考えて出発式を引き受けたが、このような事態になって戸惑っている」と語っているが、戸惑うだけでなく、仏教徒として毅然とした態度を示してほしいものだ。

すでに北京オリンピックは記録抹殺することに決めた私は、聖火リレーなどもちろん見る気はないが、日本人としてなんらかの意思表示が行われるであろうことには大いに関心を持っている。


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