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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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アメリカに端を発する金融危機と経済不況は止まるところを知らない様相を呈している。
数日前のニュースでは、アメリカで解雇を言い渡された男が妻と5人の子どもを拳銃で撃ち殺し、自分も自殺をするという痛ましい事件が起こった。
ビックスリーのリストラが報じられ、つい先日もキャタピラーが2万人の人員削減を発表、この先もリストラ=人員削減は続き、そのうち街中に失業者があふれることだろう。

ことはヨーロッパでも同じで、サッカーの人気チームがスポンサーの経営悪化でクラブの運営が窮地に立たされたと言ったニュースが報じられている。オイルマネーでバブルを謳歌していた中東諸国でもそのバブルがはじけ、超豪華マンションが売れずに不動産業者が悲鳴を上げているという。
そんな断片的なニュースの間で、アメリカで起こったような悲惨な心中事件や自殺も数え切れないほど起こっているに違いない。
もちろん、それは想像しているだけだが、同じように景気の悪化が連日のように報じられているわが国を見ていれば、世界全体で悲惨な状況がひろがり、無惨に人が死んでいっているのは間違いのないところだと思うのである。

日立製作所は過去最悪の7000億円の赤字を出した。
パナソニックも3500億円の赤字。
シャープも上場初の最終赤字の見通し。
野村證券も1500億円の赤字。

ここ数日を見るだけで、これだけ景気の悪いニュースが並んでいる。
厚労省は3月までに職を失う派遣社員の数が8万5000人になる見込みと発表したが、製造業の派遣・請負企業の業界団体では、その4,7倍の40万人が失職するという見通しを出している。
日本でも失業者があふれる情景が遠からず見られるに違いない。
年度末となる3月を控えて、経営が厳しい中小企業は文字通り生存をかけた選択を迫られることだろうし、そのなかには力尽きて自ら命を絶つ人も出てくることが予想される。
いったい今年は何人の自殺者が出るのだろう。

今はまだ金融機関が守られているだけで、他を見渡せば世の中に蔓延している状況はすでに恐慌が起きているといってもいいのではないか。
恐慌が起きたといってしまえばパニックが起きるからマスコミは口にしないだけで、実際にはわれわれは地獄の釜のフタの上にいるのではなく、すでにフタが開いてしまい、釜の中に脚を突っ込んでしまっていると考えた方がいいのではないか。
おそらく、私があらためてこんなことを書かなくても、多くの人は肌身でそれを感じているに違いない。

今、われわれは1929年以来の恐慌に踏み込んでいるのだ。

こんなことを改めていわなければならないのは、この状況にありながら政府がいかにも暢気な国会を続けて一向に危機感を持たないことに憤りを感じるからであり、自国民が不況で喘いでいるというのに1兆5000億円以上のODA資金を提供するなどと見得を切り、国内に対してはわけのわからない定額給付金に固執する麻生太郎に呆れきっているからである。

昨年は年明け当初から悲惨な無理心中事件が続いたのを覚えているだろうか。
母親がマンション11階から幼い子供二人を投げ落とし、自らも飛び降りた事件。
父親がナタで家族を斬りつけ惨殺して無理心中した事件。
いずれも生活に行き詰まり、人生に望みを失った人々が起こした悲惨な事件だ。

去年とくらべて世の中の状況は少しもよくなっていないのは明らかなのだから、今年もまた、悲惨な事件が遠からず起きるだろう。

麻生太郎の政策で、去年のような悲惨な事件が防げるか。
自公政権が続くことで、今年もまた同じような惨い事件が起きるのではないか。

今、この国では間違いなく戦争が起きているのだ。

テレビをつければお笑い芸人たちが薄ら笑いを浮かべながら時間を潰しているが、その画面のこちら側では絶望した人々が自らの手を血で汚そうとしているのだ。暗い目をして梁に吊したロープを見上げているのだ。
都会では買い物を楽しむ人々がいつもと変わらぬ風景を見せているが、その片隅では職を失い、住み家をなくし、人間としての尊厳すら失った人々が段ボールにくるまれて寒風をしのいでいるのだ。誰も彼らのことを気にはしない。気にしていたら恐ろしくなるからだ。
財布に数十円の小銭しかなく、行き場を失う身の上になるのは他人事ではないことをどこかで感じているから正視できないのだ。

今、私たちは血みどろの内戦を繰り広げている。

敵は金だけを至上の価値とし、富める者と富まざる者との格差を広げようとする財界人であり、それらとつるんで利権を貪る政治家と官僚たち。人をモノのように扱って心を痛めることがない雇用者たち。政治家と財界に都合のいい理屈を並べ立てて勲章のような肩書きを並べている「有識者」と呼ばれる者たち。

国民を追い詰め、希望と尊厳を奪い、単なる員数に変えてしまう敵方の作戦は巧妙だが、ほころびも見えてきている。われわれは決して敵を許すことなく、そのほころびを突いて、彼らを打ち倒さなければならない。

これは国民の自由尊厳を賭けた戦争なのだ。

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