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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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仕事のせいもあるのだが、ブログの更新が間遠くなってしまった。
この間にもいろいろなことがあったのだが、それはすぐれたブロガーたちがそれぞれに書いていることなので、あえて私が書く必要もないだろう。

ブログを休んでいた間はミクシィの日記を頻繁に書き重ねていた。思いついたことをメモでも書くように記しておけるので、それはそれで便利なものである。
そこでも折に触れてはニュースについて記していたのだが、そんななかで私が関心を持ったのは、たとえば次のような記事である。

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[ワシントン 14日 ロイター] 2006年の米国の勤労者世帯の貧困層は28%で、2002年の27%から増加したと、ワーキングプア・ファミリー・プロジェクトが14日発表した調査で明らかにした。

 同調査によると、2002年には9200万人だった貧困家庭が2006年には9600万人に増加。米国では、子どもの3分の1が貧困家庭で生活している。

 また、調査では、2008年の基準を、ハワイ州とアラスカ州を除いた48州で、家族4人が4万2400ドル(約432万円・訂正)以下で生活している家庭を勤労者世帯の貧困層と定義した。

 世帯収入の減少は、富裕労働者に比べて、清掃作業員やレジ係、建設作業員、ベビーシッターなどの職種に多くみられるなど、所得の不平等が調査期間中に拡大したこともわかった。
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この報道について、私は、日本ではこのような調査が行われているのだろうか、その場合、年収200万程度が基準になるだろうか、などと書いた。

すると、16日付の神戸新聞が、まさに私の疑問に答えてくれるような記事を載せてくれた。
それは以下のようなものである。

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 若者の非正規雇用の増加が社会問題になる中、兵庫県内の労働組合などが七-九月、県内の若者約百人にアンケートしたところ、四割強が、年収二百万円以下のいわゆる「ワーキングプア」という結果が出た。非正規雇用の人に限れば、四分の三が年収二百万円以下と答えた。労組のメンバーらは今後、兵庫労働局へ調査結果を提出する。

 アンケートは、県内の若者らでつくる労組「ひょうご青年ユニオン~波」などで構成する「ひょうご青年実行委」が実施。三宮など神戸、尼崎市の計八カ所で、学生を除く十-三十代の若者百二人に年収などを尋ねた。

 それによると、雇用の形態は六十六人(64・7%)が正規雇用。三十三人(32・4%)が派遣やアルバイトなど非正規雇用だった。三人は求職中。

 年収は全体の四十五人(44・1%)が「二百万円以下」と答えた。雇用形態別の内訳は正規雇用では十八人(27・3%)だったが、非正規雇用は二十五人(75・8%)を占めた。年収二百万円の人のうち十六人は親から独立しており、生活は困窮していると推測される。

 自由回答では、三十代のアルバイト女性は「正社員の補助業務で仕事にやりがいがない。賃金も安く生活がしんどい。将来が不安」と記し、二十代の求職中の男性は「職場でののしられ、家にひきこもりがちになった。一人一人が大切にされる職場や社会にしてほしい」と訴えた。

 同実行委の門屋史明さん(37)は「ひどい労働環境でも、仕事を続けるために声を上げられない人もいた。若者が安定して働けるように法律を変えてほしい」と話している。
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ここではまさに年収200万以下がワーキングプアとしてカウントされており、働く若者の4割強がこれに該当。さらに非正規雇用者に限ってみれば、なんと75%がワーキングプアだという結果が出たのだ。
アメリカでは貧困家庭が9600万人にのぼるとされているが、日本でも貧困家庭の数は確実に増えているに違いない。

これらの報道を見て、私はセーフティネットを失った現代社会に問題があると思い、今の自民党政権には弱者を救う方策はないし、元来麻生太郎の頭の中には大企業・大資本に利する経済対策はあっても社会的弱者を救うという考えなどないだろうと思った。
だからこそ、自民党政権を倒し、政権交代の必要があると思う。

ところが、私がミクシィでこのことを書くと、意外なコメントがつけられた。一応、書いた者のHNは伏せておくが、次のようなものだった。

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金が無くて僻んでいる人は哀れですね
>富める者に痛みを味わってもらいたいものだ

貧乏で無能な者に投資しても、
ゴミ箱に捨てるようなものです。
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大企業・資本家優先の経済対策という認識がそもそも間違っています。
いわいるワーキングプアの方に対する政策を行っても、言い方悪いですが無意味ですから。

ワーキングプアがいやなら社会主義の国にでも行けばいいんです。
生存権を主張する前に義務を果たしてもらわないとww
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今、世界的な金融不安を迎えているのは、とりもなおさずアメリカが行ってきた新自由主義的政策が敗北した結果と考えるのが妥当だと言われている。しかし、日本の社会には上のような言葉を平気で書きつける真性の新自由主義者がまだまだいるということである。

私は、テレビに竹中平蔵などが出てイケシャアシャアと喋っているのを見るともちろんむかついてくるのだが、一般の社会に生きる人間から生の声としてこういう言葉を受け取ると妙に凹んでしまう。
貧乏するのは能力がないからで、助かりたければ自分で何とかしろ。
そういう声があることはもちろん知ってはいたが、直接そうした言葉を投げつけられるとけっこう堪える。
こういう考えを持っている人間が、もしかすると街ですれちがっているのかもしれないし、近所にこういう考えの持ち主が暮らしているのかもしれないと思うと慄然としてしまうのだ。

彼らはほんとうに貧乏な者は無能な者だと思っている。
ワーキングプアの対策を取るのは無意味だと考えている。生存権を主張するならば、その前に義務を果たすべきと信じている。

この冷たさはいったい何だろう。
これが同じ人間の考えることか。
新自由主義者というのは、血も涙もない人間のことなのか。

そんなとき、NHKが美輪明宏の番組を放送していた。
私はスピリチャル関係の話は別にして、シャンソン歌手としての美輪明宏は大好きである。
その美輪明宏が、かつて一世を風靡した「ヨイトマケの唄」を歌った。

オトーチャンのためなら、えんやこら。
お母ちゃんのためにも、えんやこらさ。
もひとつおまけに、えーんやこら。

こんな掛け声が、私の子ども時代には流行った。それは男も女も一緒になって働く土木労働者、いわゆる土方の掛け声であり、美輪明宏は彼らの姿を見て「ヨイトマケの唄」を作った。
この歌にはかつて美輪明宏が直面した非常に印象的なエピソードが根底にあり、それは私にも忘れられないものである。

それは美輪明宏が小学生で、父兄参観があったときのことだ。教室にはよそ行きの服で着飾った母親たちが大勢並んでいたが、そのなかに一人だけ、遅れてきた母親がいた。彼女は汚れた野良着のままで、汚い前掛けを外しながら背中をまるめるようにして教室に入ってきた。しかしその姿には少しも卑しさはなく、自分は単に仕事場から直接来たにすぎないということを無言のうちに語っていた。

休み時間になって、野良着を着た母親は自分の息子のところに行き、ヨレヨレになっている服をしゃんと伸ばしてやる。顔を見ると、息子は鼻から青白い鼻汁を2本垂らしている。すると母親は、唇をその鼻につけてチュルチュルッと鼻汁を吸い取り、窓からペッと外に吐き捨てた。

それを見ていた美輪は、なんて汚いことをするのだろうと思った。
しかし次の瞬間、その母親からは他の着飾った母親たちには逆立ちしてもできないことをしてのける大きな母性、母親としての深い愛情が教室一杯に満ちるのを感じた。

「子供の頃に 小学校で
 ヨイトマケの子供 きたない子供と
 いじめぬかれて はやされて
 くやし涙に くれながら
 泣いて帰った 道すがら
 母ちゃんの働く とこを見た
 母ちゃんの働く とこを見た」

ヨイトマケの唄」の歌詞には、そのときの記憶が刻み込まれている。

ヨイトマケという言葉は今では死語になってしまったが、ヨイトマケの子供、きたない子供とはやし立て、苛める子供なら今でも腐るほどいるだろう。
子供だけではない。
額に汗して働いても生活が苦しい者を見て、それは自分に能力がないせいだとか、貧乏人を救っても無駄だと本気で考えている大人がこの社会には生きているのだ。

ヨイトマケの唄」が流行った頃から日本は経済成長を遂げて確実に豊かになったかもしれない。
しかし、人の心はいまだに貧乏は悪であり、不幸なことであるという価値観からは抜け出せずにいる。
今、自民党政府は小手先だけの経済対策で金融不安を乗り切ろうとしているが、たとえそれが功を奏して日本経済が立ち直ったとしても国民は幸福にはなれないだろう。
なぜなら、麻生太郎にも自民党にも、弱者を救済し、貧しい者でも幸せを感じて生きる社会を作ろうという気持ちも方策もないからだ。

私が書いた日記にコメントをつけてきた新自由主義者は、自分のことだけを考え、金を十分に持っていることを幸せとして生きているが、人間の価値観はそれだけではない。
そのことを彼らに知らしめるには、どうすればいいのか。

私は単に政権交替が行われるだけでなく、日本においても市民革命のようなものが必要なのではないかと思いはじめている。


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関連タグ : ワーキングプア, 年収200万, ヨイトマケの唄, 新自由主義者,

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