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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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世の中が不景気になると、明るいニュースを望む方が無理というものなのだろうか。
派遣労働者の首切りが社会問題になっている一方で、就職内定をもらった学生が、経営悪化を理由に内定を取り消されるケースが相次いでいる。
これについては内定を出した時点で雇用契約が成立しているのだから、勝手に内定を取り消す企業側に責任があると、法律の専門家たちは言っている。しかし、だからといってどれほどの企業が考えを改めて一度取り消した内定を復活させるだろうか。
おそらく法的手段に訴えれば、学生側が勝つだろうが、法廷闘争するには時間と労力、それに解決するまでの生活を維持する金が要る。結局、多くの学生があきらめて、新たな就職先を探し始めているというのが現状ではないだろうか。

こうした異常事態になっても、就職となると企業が新卒にこだわる理由はどこにあるのだろうか。私にはそのことが分からない。
今や日本の多くの企業には人材を育てるという土壌はなく、労働力は単なる消耗品として考えている。だから景気が悪くなれば簡単に社員の首を切る企業が相次いでいるのだろう。
それならば、なにも新卒社員にこだわらなくても、必要なときに社員を雇い入れ、是非はともかくとして必要なくなれば首にしていけばいいのである。そうでなければ、今多くの企業が行っている非人道的な行為にも筋が通らない。

内定取り消しを受けた学生も、企業がいつまでも新卒にこだわるから、下手に卒業してしまうよりも留年または大学院に行ってもう一度チャンスを狙おうと考える。これは仕方がないだろう。
だがここで、少しばかり心にひっかかる記事が目についた。

それは青山学院大学が、内定を取り消され、留年して就職活動する学生の授業料を大幅に減免する方針を打ち出したという記事だ。
内定を取り消された学生たちは、ほんらい単位不足など無く、卒業できるはずなのだが、卒業してしまっては企業が求める新卒者の枠に入れなくなるので籍だけを大学に残すのを許すことにしたというわけだ。

これは大学側の温情と見ることができる。
けれども、もう一方から考えると、その「温情」を受けるためにも授業料を支払わなければならないというのが腑に落ちない。学生たちはもはや授業を受けなくてもいいのであって、必要なのはあくまでも大学に在学しているという事実だけなのだ。
それなのに、いくら「大幅に減額する方針」とはいっても金を取るとはどういうことなのだろう。
これでは賭博で場代を徴収するヤクザと変わらないではないか。

青学でこの特別措置に該当する内定取り消し者は8人いるというが、彼らはどう思っているだろう。
恩情をかけるように見せながら、やることは案外セコイとしか思えないのではないか。

そして今日の毎日新聞には、来年2月に支給されると言われている定額給付金について、奈良県などの複数の自治体が税金滞納者への給付金を差し押さえることが可能かどうか、総務省に問い合わせているという記事が載っていた。

定額給付金については、高額所得者は受け取るべきでないのではという論議が続き、麻生太郎は「受け取るかどうかは矜持の問題」と言っていた。
今回はその逆で、所得が低いなどの理由で税金を滞納している人に対しては給付金を支給するのは適当ではないのではないかという議論が出てきたというわけだ。
給付金の差し押さえを望んでいる自治体としては、税の徴収率が伸び悩んでいることから「給付金を簡単に差し押さえできる特別法を作ってほしい」とし、徴収率が全国ワースト2位で今年9月に財政非常事態宣言を出した奈良県御所市などでは「税金を払わない人が定額給付金を受け取るのはおかしい。給付事務を押しつけられたことは迷惑だが、差し押さえで徴収率を上げられれば、町財政にとって助かる話だ」としている。

麻生太郎は、これに対してなんと答えるだろうか。
税金を払っていない者には政府が恵んでやる1万2000円を受け取る資格はないと言えるのだろうか。もしそう言うのなら、そもそも景気刺激が目的として発案された定額給付金とはいったい何だったのかということになる。
もちろん、私はこんな「低額給付金」で消費が伸びるなどとは努々思っていない。政府に金をばらまいて消費を伸ばそうという本気の考えがあるのなら、百万円単位でばらまいてやらなければ効果はないと思っている。もしそれだけの金をばらまけば、税収に悩む自治体も安心して一部を差し押さえることだろう。いや、それでも個人が受け取る権利を持っているはずの給付金を自治体が勝手に差し押さえるのは許されないのではないか。

政府の考え出した、しみったれの給付金が、今度は金に困った自治体のせこい思惑を端なくも引き出した格好だ。
自治体から相談を持ちかけられた総務省は返答に困っているそうだが、さてどんな結論がひきだされるやら、これからが楽しみである。

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関連タグ : 内定取り消し, 青山学院大学, 定額給付金, 差し押さえ,

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