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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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昨日のエントリを書いた時点で、よもや小沢一郎が辞任するとは考えていなかったので、記事をアップした直後に「小沢代表辞任の意向」というニュースを見たときには正直驚いた。

小沢辞任については、これまで政権交代後は小沢総理になることで世の中がよくなると信じていた人々が「なぜ」の声を上げていたようだ。
しかし「なぜ」もなにも、小沢が代表でいる限り、日本はよくなるどころか、肝心の政権交代さえ自民党に迫れなくなっていたのが実情と見るべきだ。このところの政局の膠着状況というか、なんともいえない閉塞感は、ひとえに小沢一郎が態度を明確にせず、他の幹部も小沢をかばうことに懸命になるために愚昧な麻生太郎を追い詰めることができず、自民党のバラマキ政治への対案を示すこともできずにいたことから生じていた。

もちろん、この間に民主党は企業献金を全面的に禁止するだとか、世襲議員を制限するといったアイデアを出していたが、それとても自民党から出てくる言葉に反応して出していたに過ぎない。
「生活が第一」を掲げる民主党は、この世界的な不況時に、どういう政策を採っていくのか。まずそれを国民に見せていかなければならないところなのに、端から見ている限りではとてもそれどころではないような印象を与えてしまっていた。
だから、本当にこの党には政権交代をする気があるのだろうかと、疑問に思わざるを得なかったのである。

これから民主党がすべきことは、新しい代表をすみやかに選び出すことも重要だが、それとともに政権を取った暁には自分たちは何をしていくかを具体的に見せることだろう。
私は、今日本を襲っている不況が、とても一過性のものではすまないものではないかと思っている。
麻生太郎は4回にもわたって補正予算を組み、総額75兆円の景気対策を打ち出しているが、その内容はいかにも付け焼き刃的で継続性に乏しい。しかも住宅ローン減税や贈与税軽減などに見られるように、本当に生活に困っている人々を助けるための対策を取っているとは言い難い。何をどう使えるようになるのか、その目的さえ分からずにスタートさせたエコポイントなど、迷走としか言いようがない対策も採っている。
本気になってこの不況に取り組むには、もっと抜本的な制度の見直しや大胆な財政出動による救済策を打ち出していかなければならないはずだ。
しかし麻生太郎にそれを求めるのはどだい無理な話で、国民感覚さえ理解できないこのような男が今の日本を率いていることは、繰り返して言うが、日本にとってほんとうに不幸なことだと思うのである。

麻生太郎をはじめとする世襲議員がひしめく自民党では、国民の痛みがどこにあり、どんな手当をすればいいのかということなど永遠にわかるまい。
民主党は企業献金を排し、世襲議員も制限すると言ったのだから、次に作るマニフェストではかならずこれらを盛り込んだ上で、国民生活を守る政策を明らかにしてもらいたい。また、小沢問題では社民党や国民新党との連携も弱まってしまった感があるが、これからはもう一度他党とも話し合いを密にして野党連合を再確認してもらいたい。

解散総選挙がいつになるのか。それは分からない。
しかしこのままぼんくら宰相の麻生太郎に任せていたのでは、比例的に国民生活が疲弊していくことは間違いない。
民主党は誰が代表になっても、自公政権に対して強く解散を迫っていくように、それこそ挙党態勢を組んで臨んでもらいたい。

――とはいうものの、私はいまだに民主党という政党をもうひとつ信じ切れずにいるのも事実なのだ。
まさか前原誠司のような自民党よりの人物が代表につくとは思いたくないが、誰が代表になるかによって、この政党は性格がコロコロ変わる。
私としては菅直人が代表になって、麻生太郎を追い詰めていくのがいちばん効果的に思うのだが、さてどうなることやら。

しばらくは民主党の動きから目が離せないのである。

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関連タグ : 民主党, 小沢一郎, 代表,

民主党に対する気持ちが日毎に色あせていく。
鳩山由紀夫などはいまだに政権交代を口にするが、もはやその言葉も話半分にしか聞こえてこない。

なぜなら、党首の小沢一郎がとっくに賞味期限切れになっているのに、いまだ小沢一郎は代表を辞める気持ちはないらしく、党幹部もなぜか小沢一郎代表にこだわり続けているからだ。
西松建設の違法献金問題をひきずり、これからの成り行き次第では法廷闘争にも突入しなければならない人物が、党代表を務め、仮に政権交代がなったとしても、裁判しながら首相の任務を果たしていくのは無理だと言うことは、すでに立花隆が指摘している。
このもっともな指摘になんら答えることなく、民主党幹部は闇雲に小沢代表にこだわり、13日には麻生太郎と党首討論をしようとしている。

この党首討論でさえ、自民党の採算の申し入れに対して民主党小沢一郎側はさんざん渋り、開催を引き延ばしてきた経緯がある。
麻生太郎にしてみれば、金持ち優遇の、しかもエコポイントのように訳の分からない代物でしかないにもかかわらず、補正予算を通して意気上がっているときだ。今なら小沢一郎をペシャンコにしてやる気持ちがあるだろう。

それにひきかえ小沢はどうか。
国民の目から見れば、さんざん自民の申し入れから逃げ回り、地方行脚を始めたというが、政権交代に向けて具体的なことは何もやっていないとしか映らない。
おまけに党内では前原誠司らの自民党よりな議員たちが、小沢代表では選挙は戦えないと反旗を翻す構えを見せている。

前原誠司など、かってに騒いでいればいいとは思うが、心情的には分からないことはない。
小沢一郎は西松建設問題にも決着を付けられず、与党に解散総選挙を迫る決定打を持っているふうでもなく、果たして本気でこのまま代表を続けていて大丈夫なのかと思わせずにおかない歯切れの悪さばかり印象づけているからだ。

私は、今、日本がかつてないほどの不況に見舞われ、さらに新型インフルエンザの脅威にさらされている非常事態にありながら、真に国民のことなど考える気を持たない麻生太郎を頭に頂いている状況がどれほど国民にとって不幸であり、不利益をもたらしているかと思わずにいられない。
ならば民主党によほどしっかりしてもらわなければならないところなのに、肝心の民主党がどうにも煮え切らず、党内分裂の様相を見せる愚を犯している。
まったく、がっかりすることだらけではないか。

13日にようやく2度目になる党首討論をして、小沢一郎は何を戦わせるつもりなのだろうか。
小沢に西松建設問題さえなければ、麻生太郎には突っ込みどころが満載のはずである。
しかし実際には、いつまでもこの問題を引きずり続けていることで、小沢の方がつけ込まれる展開になるのではないか。
民主党は企業・団体献金の廃止や世襲議員の制限などを訴えて国民の注意を引きつけようとしてきたが、吉田茂の孫である麻生太郎の恍け顔をどれだけ打ち砕いてみせることができるか。
ほんとうならばこの点に関心が集まるはずなのに、民主党の代表が小沢一郎であるだけで、私の気持ちはすでに冷め切っている。

今、麻生内閣の支持率は上昇してきているとはいえ、いまだに30%前後である。
国民の信任を得ることなく、このような内閣が国政を執るのは許されるべきではないはずだ。
しかし、その一方で、国民の70%近くが首相として小沢一郎はふさわしくないとも考えられているのだ。
これではたとえ政権交代が成っても、支持率30%前後の内閣となって同じではないか。
民主党はなぜ、国民の声に耳を貸さないのか。
小沢一郎がほんとうに代表にふさわしいと言い張るならば、国民を納得させるだけの説明をなぜしようとしないのか。
私には民主党という政党が理解できない。
そして理解できない政党には、到底政権なとまかせることはできないと思うしかないのである。

●追記
なんと、こんなことを書いていたら今日午後、小沢一郎は辞任を決めたようだ。
17時から記者会見を開く模様だが、小沢にはこれまで民主党を迷走させてきたことをきっちり詫びてもらいたい。そして民主党執行部は一刻も早く後任を決めて党の立て直しを図ってもらいたいものだ。

関連タグ : 小沢一郎, 党首討論, 民主党,

正直なことを書こう。
実を言うと、このところブログを書くのが楽しくない。
なぜといって、麻生太郎をはじめとする自民党や公明党のことを批判するのはいくらでもできるだろうが、それをして何になるかという空しさと後味の悪さばかりが残るようになってしまったからだ。
金融危機以降、国内の景気は最悪。どこを見回しても不景気な話ばかりで気分はさらに落ち込んでくる。
おまけに去年もまた自殺者の数が1万人を超え、これで11年連続となった。
景気の悪化とセットで語られる雇用状況も悪くなるばかりで、社会保障というセーフティネットがないこの社会では、一度職を失うなりして人生の階段を踏み外してしまうと、死ぬかホームレスになるかという究極の選択をしなければならなくなる。

政府は15兆円もの大金を投じて景気対策に役立てようとしているようだが、その対策とやらも見てみればいずれも一時的なものでしかなく、たとえば高速道路の通行料金が1000円になったところで2年間の限定的なものでしかなく、3年目になれば値上げの他に消費税増税というオマケまで付いてくることは明らかなのだ。
これで何を喜べと言うのだろう。
他の対策も、生活困窮者をなくしていくための施策というよりも財界を喜ばせるようなものばかり目について、これではいくら金をばらまいても国民の生活を底上げすることにはならないだろう。

麻生太郎は民主党が出した政策案に対して財源をどうするのかとしきりに尋ねていたものだが、今回自民党がやったことはといえば単に赤字国債を発行したり金をたくさん刷り上げることでしかないではないか。こんなことをやっていて将来はどうなるのだろうと心配で仕方がないが、それをここで書いたところで何ほどの力にもならない空しさが、やはりつきまとう。

支持率が低下したまま、麻生太郎は首相の座にしがみつき、もしかすると本気で9月の任期満了まで解散はしないつもりではないかと思えてきた。
これに対する民主党の方も、西松建設スキャンダルがいまだに尾を引いていて、しかも当の小沢一郎はあくまでも代表の座を降りないと言い張っている。世論調査では6割から7割の国民が小沢辞任すべしと答えているのに、こちらも国民の声などは耳に入らない様子である。
仮に今、麻生太郎が解散総選挙に踏み切ったとしたら、やはり自民党は負けるだろう。だから麻生太郎は解散などできない。
民主党は勝つには勝だろうが、その差はごくわずかで、たとえ小沢内閣が発足したとしても支持率は最初から低迷、不安定な政権を余儀なくされることだろう。

今、日本には政権交代が何よりも必要だとは思うが、このままその夢が実現したとしてもこれくらいのことしか起こらないというのではせっかくの夢もふくらみようがない。
私には一向に辞めようとしないという点において、麻生太郎小沢一郎も同じように見えている。それぞれいうことは違っているかもしれないが、国民の信を失った人間が何を言っても詮ないこととしかいうしかない。

こんな状況では怒る気にもなれないし、怒ったところでどうにもならないのは分かりきっているので、ただただ虚しいばかりだ。

昨日は千葉県知事選に続いて秋田県知事選でも自民党が推す候補が民主党の推す候補を破った。マスコミは西松建設スキャンダルが民主党の足を引っ張ったのと、自民党の15兆円の景気対策が功を奏したのだと書き立てているが、はたしてそうか。
当選した佐竹敬一郎は自民、社民の他に連合秋田がついており、政党支持者よりも連合の組織票がものいったのではないか。それは千葉で、森田健作の圧倒的な知名度が党派を超えて支持された(森田はこの点で実に汚い手法をとったわけだが)のと同じようなものに思える。小沢が辞めないから民主党推薦の候補に入れない、とはならないだろう。思えば日本人の投票動機は実に単純で、それを考えるとまた頭が痛くなって寝込みたくなる。

今日本を襲っている未曾有の不景気と生きづらさは、ある意味で国民の民度の低さが支えているのではないかと思えてならないからである。

関連タグ : 小沢一郎, 麻生太郎,

私がガツガツの新自由主義の経営者で、小沢一郎が下で働いていたとしよう。
彼は今までよく働いてくれた。
とくに先週末の千葉での大イベントまでは、社内をまとめ一丸となってライバル社との競り合いに勝たねばならなかった以上、彼の存在はなくてはならないと私は考えていた。

しかしその大イベントも期待はずれの結果に終わった。
もちろん、その責任がすべて小沢にあるとは思っていない。むしろ、家庭内で問題を抱えていたとはいえ、結果に対する彼の責任はわずかなものだったと思う。
それでも今、経営者の私は小沢を社長室に呼びつけて言わなければならないだろう。

「小沢君、君は今までよくやった。でも、もう君に任せることはなくなった。明日からは出社しなくても結構だ。では、さようなら」

そう。私はもはや小沢一郎は、民主党代表としてその座に着いている意味はなくなったと考えるようになった。
今ならば新自由主義者ではない私も声を大にして言う。
小沢一郎よ、代表の座を去れと。

千葉知事選で民主党が推す候補が負けたことは、小沢の責任だけに帰すことはできない。あの負けは、民主党県連が候補者選びを誤った挙げ句に大きく出遅れてしまったことが原因だ。森田健作の嘘を暴くこともできず、愚直な選挙戦を行って愚直に負けたということだ。
その結果に小沢一郎が今抱えているスキャンダルが大きく影響を与えたとは思わない。

しかし、党内でのモヤモヤを抱えたまま、小沢一郎はいまだに党員たちに納得のいく説明をしていない。むしろ反対に説明などは後回しにして自分は党代表としてこれからも頑張ると言っている。
ということは、今彼が抱えているスキャンダルに党全体を巻き込んで行くことを意味している。その上で、もっとも重要な課題は政権交代することだと小沢は言っているが、果たして公設第一秘書が政治資金規正法違反に問われたまま政権交代などできるのか。
小沢一郎は、このスキャンダルが起きた時点で代表を辞任してすみやかに民主党の看板を掛け替えるのがベストだと思っていた。けれども、小沢は身の潔白を訴え、涙まで浮かべて党首としてやっていくと宣言し、最初の総選挙を占う千葉知事選に臨んでいった。
けれども知事選が終わった以上、小沢が代表でいる理由もなくなった。

ブログ界では、小沢続投に異常なまでにこだわり続けている人々がいるようだが、言っておこう。
小沢はもう終わったのだ。
マスコミ各社の世論調査では、小沢が今回のスキャンダルで国民に納得のいく説明をしていないと答える人が60%程度いることを明らかにしている。一社だけの調査ではなく、どの調査を見ても小沢が説明責任を果たしていないという答えを出している。私自身もそう思っているし、これは大多数の国民が感じていると思って間違いないだろう。
民主党と小沢一郎は、この国民の声に素直に耳を傾けるべきである。

さらに、次の総理大臣にふさわしい人は誰かという調査においても、ついこの前までは麻生太郎にダブルスコアをつけて勝っていた小沢一郎が、今では僅差とはいえ、逆転されるまでになっている。
あの無能な極右政治家の麻生と比べても、総理にはしたくないと考えられているのだ。
これでも小沢を代表にして戦えるのか。
たしかに総選挙をすれば、民主党は勝てるだろう。しかし、今のままでは野党と連立政権を組んだとしても自民党との差はわずかにしかならないだろう。それでは安定した政権運営を望むことはできまい。

数日前の朝日新聞には立花隆が「民主代表のまま裁判を続けるのか 師から何を学んだ」と題する論考が寄せられた。
そこには、ここまで私が書いてきたような理由とともに次の点を挙げて小沢辞任を促している。
すなわち、一国の宰相とは私的なことなど考える余裕もないほどの激務であり、次から次へと懸案事項が持ち上がり、それに対する決断を下していかなければならない職務である。そんな職務に、政治資金規正法の法解釈など検察との論争を抱えたままの人間が就くことが果たしてできるのか。国政という重要な職務よりも裁判が大事という人物を日本の総理大臣に据えるわけにはいかないというのだ。

私はこれこそ重要なポイントだと思う。
小沢がどんな微罪であれ、汚職に関わっていたことは疑いようがない事実である。その上でなお問題がないとして検察と戦う姿勢を示し、総裁の座を狙うと言うことは許されるべきではない。
立花隆は、田中角栄がロッキード事件で逮捕されたときのエピソードを紹介して、田中が逮捕されて真っ先にやったことは、検事正から紙を貰い受け、その場でサラサラと自民党への離党届を書いたという。角栄は自分の無罪を信じており、そのためにはとことん裁判で戦うつもりだったが、それはあくまで私事であり、党を巻き込むことはしないという覚悟の現れだったのだ。

その角栄の姿を間近で見てきた小沢一郎は、今回、それとはまったく逆のことをしている。小沢は田中角栄からいったい何を学んだのか。立花隆はそう書いている。

小沢がこのまま代表に留まれば、民主党はいつまでも納得できない議員たちが不満を抱き続け、党が一つにまとまることなどできないだろう。
「党に迷惑をかけちゃいかん」
田中角栄が言ったその言葉を、小沢一郎はどうして自分の口から吐くことができないのだろうか。
小沢が本気で政権交代を望み、野党の連立で自民党を完全に押さえ込むためには、小沢自身が代表を辞して裏方にでも回る必要がある。
昨日の毎日新聞には菅直人が小沢に直接、代表を辞めてはどうかと言った事実が記事になっていたが、小沢は菅の言葉を重く受け止めるべきなのである。
そして一刻も早く代表を退き、後任を菅直人なりに任せるべきなのである。

私は立花隆の論は非常に理性的な考察だと思うし、これに深く同意する。
小沢一郎でなければならないと頑なに信じているブロガーはどう思うか、私の知ったことではないが、今の小沢に対する民意はきわめて正論に立っていると私は信じる。

関連タグ : 小沢一郎, 民主党, 立花隆,

西松建設による献金問題については、だいぶ前に書いたが、それ以来どうにも興味がわいてこなくて書かずにいた。

私としては公設秘書が逮捕され、献金疑惑が出てきた時点で小沢一郎は代表を辞任すべきだったと思っている。
法的に問題はないといっても、国民の多くは小沢という政治家が田中角栄いらいの「政治とカネ」の体質を持つ男であることを嫌でも思い出さずにいられなかったのだし、それはつまるところ法的にどうであれ、ダーティな男をトップに頂いている民主党にとって利するところはないと思ったからである。
あの時点で小沢一郎が辞任し、菅直人なり岡田克也なりが代わりに立てばよかった。
あるいは代表選を行うことにしてもよかったと思う。

けれども、小沢は検察との対決姿勢を打ち出し、代表を辞するつもりはないと言い張り、秘書が起訴された24日には涙まで浮かべて続投の意志を明らかにした。

ここまできてしまったら、もうやるしかないではないか。
民主党は党を挙げて検察と戦い、小沢を養護し、自らの正当性を強くアピールしなければならないはずだ。
朝日新聞をはじめとするマスコミは小沢辞任を求め、週刊誌などは小沢の時代は終わったなどと書き立てているが、そんなことはない。
自らが正しいと思ったならば徹底的に戦わなければ、結局のところ小沢一人ではなく民主党そのものが「終わり」となってしまうだろう。

小沢一郎は辞任すべきだった。
しかし、今は違う。
民主党はひとつにまとまっていかなければ、まず目前に控えている千葉知事選で隠れ自民党の、それもへたれ右翼の森田健作に出し抜かれることになるだろう。さらに4月には秋田知事選もある。
次期総選挙を占う重要な選挙でもあるこれらの知事選で、自民党につけいる隙を与え、政権交代がまた遠のくようなことがあってはならないのだ。
テレビカメラの前で当たり前のような顔をして小沢辞任を求めた小宮山洋子や仙石由人ら「造反議員」には厳しい態度で臨むべきである。
マスコミが小沢の時代は終わったと書く。
たしかに私自身、小沢という政治家は好きではないし信用できないと思っている。しかし、現状を見てみれば小沢一郎などとは比べようもないほど人間的に劣った男が宰相を務めてその座にしがみついているのである。
この状況を変えることこそ、なによりも大事なのだ。

民主党執行部は毅然とした態度で今の事態に対処し、当面の目標である知事選で勝利することを目指さなければならない。
自民党に痛打を浴びせ、ガタガタになっている屋台骨を徹底的に破壊してやらなければならないのだ。

小沢一郎が辞めた方がいいなどと寝ぼけたことを今さら言ってもらっては困るのである。
ここまできたのなら、小沢と一緒に地獄まで行けばいい。そのくらいの覚悟で戦えと言いたい。
民主党が内輪で揉め始め、またぞろ内部の新自由主義者どもがうごめきはじめることでいちばん喜ぶのは自民党ではないか。
自民党を喜ばせるようなことをしてくれるな。
小沢一郎を辞めさせるのならば、政権交代という大目標を達成してからでも遅くはない。

私は今回の西松建設問題が国策捜査だとか何だとかいう言説にはほとんど興味がない。
そんなことよりも、これからの日本、これからの国民生活のことを考えて誰が何を言い、どう動くのか、そのことの方に興味がある。
だから重ねて言う。
今、政権交代を目指しているときに、内部で揉めたり分裂することほど愚かなことはない。
民主党は断固として小沢を守り、自民党と戦って行くべき時だ。国民の目が民主党に注がれていることを忘れないでもらいたいものだ。

関連タグ : 小沢一郎, 民主党,

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