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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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小泉純一郎が12日に開かれた「郵政民営化を堅持し推進する会」で麻生太郎の言動を批判し、定額給付金を盛り込んだ第2次補正予算関連法案について「衆院の3分の2を使ってでも成立させなければならない法案だとは思っていない」と述べたことで政界とマスコミが大騒ぎをしている。
民主党などは敵の敵は味方と考えたのか、さっそく鳩山由紀夫は自民党内に小泉と同調する者が出ることを期待する発言をし、輿石東参院議員会長が訪露する小泉の帰国を待ってから参院での同法案採決をすべきだと、小泉頼みとも取れる提案をした。党内にはこれに対して異論も出たようだが、結局、小沢一郎は輿石の考えを是とした。

これだから民主党は頼りない。
信用ならないところがある。

民主党には自民党の新自由主義者と親和性の高い政治家が何人もいることはもとより承知だが、一連の民主党の反応を見ていると、これではまるで小泉に同調して造反する者たちを取り込もうとする算段が働いているように見えても仕方がない。
輿石東や小沢一郎は、いまさらになって小泉の力を利用して法案を廃案に持って行きたいと考えているのか。それではまるっきり他人のフンドシで相撲を取るようなものではないか。

私は定額給付金の支給には反対である。
経済危機のなか、財政出動は必要だと思うが、定額給付金という形でそれを行ってどれほどの効果があるのか疑問に思うからだ。広く薄く1万2000円から2万円の現金を渡し、それにともなう膨大な手間と事務費を考えると、とても経済活動に刺激を与えるとは考えられない。
2兆円を使って景気をよくしようとするのなら、他に手だてがあるはずだ。
だから反対だ。

しかし、同じ反対を唱えても、小泉純一郎定額給付金を必要と考えないとするのはまったくスタンスが違うところから考えているからだ。
小泉政権が弱者切り捨ての政策を行い、その悪影響が今顕著に現れて国民を苦しめていることは、最近のマスコミによる新自由主義(市場原理主義)に対する批判や反省の記事を見ても明らかである。
竹中平蔵と手を取り合って日本をぶっ壊した張本人の小泉が、いまさら国民生活を救おうと考えるはずがない。貧困と格差の問題に少しでも取り組むべきだと考え、2兆円をもっと有効に使うべきだとして定額給付金に反対するわけがないのだ。
小泉は単に2兆円をばらまくのは無駄だと考えているに過ぎない。そんなことをするよりも法人税を引き下げ、金持ちをもっと優遇する施策に使うべきだと考えている。

そんな小泉の言動をとらえて単純に敵の敵は味方のように考える民主党とは、ある意味、度し難い阿呆と言われても仕方がないのではないか。

昨日NHKでは「地域発! どうする日本」という番組を放送していた。
そこでは財政赤字で苦しむ地方自治体が、せっぱ詰まったところまで追い詰められた挙げ句、公共サービスを打ち切る実態が映し出されていた。幼稚園や児童館などの閉鎖や利用料アップ、准民税の引き上げ、学校の耐震強化工事の延期、あらゆるところに影響が現れ、住民たちが困惑する姿が描かれていた。
その原因を作ったのは何か。
もちろん大切な税金を無駄遣いしてきた行政の無責任もある。
しかしもっとも大きな影響を与えているのは、国が景気刺激策として各自治体に箱物建造や道路拡張・整備を奨励し、借金は後から交付金で補うとしながら小泉政権になってから財政支出カットで交付金を出さないことにしたことにある。さらに竹中平蔵が旗振り役となって「地方財政健全化法」が制定され、地方自治体を勝ち組と負け組に色分けし、負け組と判定された自治体は夕張市のように財政再建団体とされてしまうようになった。

ひとたび財政再建団体とみなされると、その自治体は住民サービスよりも借金の返済を第一に迫られる。住民サービスは完全に二の次だ。
おかげで夕張市は住民サービス低下と増税の二重苦から、若者の流出が続き、町は老人ばかりになってしまった。人口が減ってしまったために税収が落ち、肝心な借金の返済計画も予定通りに進まなくなってしまったという。

小泉純一郎と竹中平蔵はこうして日本をぶっ壊し、今に至るもその悪影響を及ぼし続けているのだ。
こんな奴らがいくら定額給付金に反対しようと、民主党は決して同調すべきではないのだ。

敵の敵は味方とは、つまるところ、味方を欺く方便に過ぎないと思うのである。

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関連タグ : 定額給付金, 小泉純一郎, 民主党,

5日から開かれた通常国会の冒頭で論議の的になっているのは、国民一人あたり1万2000円を支給するという、例の低額給付金もとい、定額給付金だ。

民主党の鳩山由紀夫が税金の無駄遣い、悪しきバラマキであるとして撤回を要求したが、答弁に立った麻生太郎はまるで意固地に固まったように撤回する意志はないと繰り返す。
その麻生太郎は、昨年中は「所得が1億円ある人がもらうかどうかは、人間の矜持の問題である」と語り、「自分は受け取る気はない」と言っていたものだが、今年に入るや「時代が変わった」として受け取るかどうかはこれから決めると、これまた例のごとく発言を転換して全国を呆れさせた。

もともと筋の悪い政策、天下の愚策というしかない定額給付金なのだが、自民党では幹事長の細田博之が「国会議員も受け取るべきだ」と発言、はやくも高額所得者には取得制限すると言い、「1800万円以上」を所得制限とするとしていた総務省の目安をなし崩しにしてしまった。なぜなら国会議員の平均所得は2500万円もあるからだ。

その総務省のトップに立つ鳩山邦夫も、当初は給付金は受け取らないと言っていたものがここにきて「給付金は政府の粋なはからいのようなもの」と言い、自分は受け取って地元のとんかつ屋だか鴨料理屋だかで飲み食いするつもりだと言っていた。

いったい、国会議員先生たちの矜持というのはどこにあるのだ?

一方、所得が2500万もある先生たちが棲息する永田町にほど近い日比谷公園に暮れから正月にかけて集まった「年越し派遣村」の元派遣労働者たちは、多くが住居も失ってしまったために給付金を受け取ることができない。給付金は住民票を元に支給されることになっているからだ。

国会では麻生太郎が「定額給付金にはGDPを0.2%程度押し上げる効果がある」と言い、公明党の副代表・井上義久も「GDPを押し上げる効果がある政策は定額給付金しかない」旨の発言をした。

しかし、住処さえ失ってもっとも金を必要としている人々が受け取ることができない恐れがある金で、この国のGDPが0.2%ほど上がったところでどれほどの意味があるというのだ。
定額給付金が天下の愚策であり、筋の悪い政策だというのはこの点にあり、筋の悪さにおいて、とても「粋なはからい」などとは言えないのである。

総額2兆円の金をどうしてもばらまきたいならばばらまけばいい。
しかし、そのときには少なくとも全国民に平等にばらまくのが最低条件だろう。今のままではその最低条件すら守られずに2兆円は泡のように消えてしまいかねない。
麻生太郎はなぜ、定額給付金にこうまでもこだわるのだろうか。2兆円を使うなら、その分を消費税減税に回す方がまだ不公平感がない。
大阪府知事の橋下徹は年収400万の所得制限にして財源を確保し、その金を学校の耐震化に使う、さらに臨時職員を雇って所得の確認業務に当てると提案した。
橋下程度の男にもこのくらいの提案ができるというのに、麻生太郎をはじめとする政府の人間たちは、ひたすら民主党に反対することしか考えていないように見える。その顔がいかにも愚鈍に見える。

私は、この筋の悪い政策は第2次補正予算案から切り離すべきだと思う。そしてもう一度、ゼロから見直すべきだ。
「粋なはからい」と思っているのは自民党のおめでたい議員だけで、多くの国民はこれほど野暮で愚劣な企みはないと思っているのだから。

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世の中が不景気になると、明るいニュースを望む方が無理というものなのだろうか。
派遣労働者の首切りが社会問題になっている一方で、就職内定をもらった学生が、経営悪化を理由に内定を取り消されるケースが相次いでいる。
これについては内定を出した時点で雇用契約が成立しているのだから、勝手に内定を取り消す企業側に責任があると、法律の専門家たちは言っている。しかし、だからといってどれほどの企業が考えを改めて一度取り消した内定を復活させるだろうか。
おそらく法的手段に訴えれば、学生側が勝つだろうが、法廷闘争するには時間と労力、それに解決するまでの生活を維持する金が要る。結局、多くの学生があきらめて、新たな就職先を探し始めているというのが現状ではないだろうか。

こうした異常事態になっても、就職となると企業が新卒にこだわる理由はどこにあるのだろうか。私にはそのことが分からない。
今や日本の多くの企業には人材を育てるという土壌はなく、労働力は単なる消耗品として考えている。だから景気が悪くなれば簡単に社員の首を切る企業が相次いでいるのだろう。
それならば、なにも新卒社員にこだわらなくても、必要なときに社員を雇い入れ、是非はともかくとして必要なくなれば首にしていけばいいのである。そうでなければ、今多くの企業が行っている非人道的な行為にも筋が通らない。

内定取り消しを受けた学生も、企業がいつまでも新卒にこだわるから、下手に卒業してしまうよりも留年または大学院に行ってもう一度チャンスを狙おうと考える。これは仕方がないだろう。
だがここで、少しばかり心にひっかかる記事が目についた。

それは青山学院大学が、内定を取り消され、留年して就職活動する学生の授業料を大幅に減免する方針を打ち出したという記事だ。
内定を取り消された学生たちは、ほんらい単位不足など無く、卒業できるはずなのだが、卒業してしまっては企業が求める新卒者の枠に入れなくなるので籍だけを大学に残すのを許すことにしたというわけだ。

これは大学側の温情と見ることができる。
けれども、もう一方から考えると、その「温情」を受けるためにも授業料を支払わなければならないというのが腑に落ちない。学生たちはもはや授業を受けなくてもいいのであって、必要なのはあくまでも大学に在学しているという事実だけなのだ。
それなのに、いくら「大幅に減額する方針」とはいっても金を取るとはどういうことなのだろう。
これでは賭博で場代を徴収するヤクザと変わらないではないか。

青学でこの特別措置に該当する内定取り消し者は8人いるというが、彼らはどう思っているだろう。
恩情をかけるように見せながら、やることは案外セコイとしか思えないのではないか。

そして今日の毎日新聞には、来年2月に支給されると言われている定額給付金について、奈良県などの複数の自治体が税金滞納者への給付金を差し押さえることが可能かどうか、総務省に問い合わせているという記事が載っていた。

定額給付金については、高額所得者は受け取るべきでないのではという論議が続き、麻生太郎は「受け取るかどうかは矜持の問題」と言っていた。
今回はその逆で、所得が低いなどの理由で税金を滞納している人に対しては給付金を支給するのは適当ではないのではないかという議論が出てきたというわけだ。
給付金の差し押さえを望んでいる自治体としては、税の徴収率が伸び悩んでいることから「給付金を簡単に差し押さえできる特別法を作ってほしい」とし、徴収率が全国ワースト2位で今年9月に財政非常事態宣言を出した奈良県御所市などでは「税金を払わない人が定額給付金を受け取るのはおかしい。給付事務を押しつけられたことは迷惑だが、差し押さえで徴収率を上げられれば、町財政にとって助かる話だ」としている。

麻生太郎は、これに対してなんと答えるだろうか。
税金を払っていない者には政府が恵んでやる1万2000円を受け取る資格はないと言えるのだろうか。もしそう言うのなら、そもそも景気刺激が目的として発案された定額給付金とはいったい何だったのかということになる。
もちろん、私はこんな「低額給付金」で消費が伸びるなどとは努々思っていない。政府に金をばらまいて消費を伸ばそうという本気の考えがあるのなら、百万円単位でばらまいてやらなければ効果はないと思っている。もしそれだけの金をばらまけば、税収に悩む自治体も安心して一部を差し押さえることだろう。いや、それでも個人が受け取る権利を持っているはずの給付金を自治体が勝手に差し押さえるのは許されないのではないか。

政府の考え出した、しみったれの給付金が、今度は金に困った自治体のせこい思惑を端なくも引き出した格好だ。
自治体から相談を持ちかけられた総務省は返答に困っているそうだが、さてどんな結論がひきだされるやら、これからが楽しみである。

関連タグ : 内定取り消し, 青山学院大学, 定額給付金, 差し押さえ,

駅近くにあるそのネット・漫画カフェは、雑居ビルの5階にあった。
細い階段の入り口には「3時間900円、6時間1600円、ナイトパック1400円」という看板が立っており、その横には液晶テレビの画面があって、若い女性の声が明るく呼び込んでいた。
「清潔な店内、シャワールームつき。もちろんソフトドリンクは飲み放題!」

このところ、私の心には以前、私のエントリに対してもらったコメントにあった言葉がずっとひっかかっていた。
そのコメントは、まずネットカフェが若者を中心とする貧困者たちのシェルターのような存在になっており、そこで生活するようになると抜け出すのは難しい(もちろん、ネットカフェに泊まる金もなくなれば、あとは野宿をするしかなく、そう言う意味でネットカフェ生活を抜け出すのはいとも簡単である)という趣旨の私の記述に対して、ClossOver氏から「ネットカフェ貧困者があふれているという情景がどこにでもあるというものではなく、あるとすればそうしたネットカフェこそが『異端』なのだ。実際の姿を見ずに語るのでなく、自分の目で確かめてみるべきだ」という指摘をいただいたのだ。

指摘されたこと、とくに実際を見ることなく印象だけで語るべきではないという言葉は耳にいたかったし、現代の貧困を語るうえでネットカフェの存在を抜きにはできないとしたら、やはり私は自分の目でネットカフェなるものを見ておくべきだと思った。

ネットカフェにも松・竹・梅のランクがあるだろうし、私がたまたま訪れたそのネットカフェはどれにあたるものだったのかはよく分からない。しかしネットで料金表を調べてみると100円か200円の違いはあるものの、同じような料金設定のところが多いようなので、だいたい平均的な竹レベルのカフェではなかったかと思われる。

そして中に入ってみると、そこは照明を落としているものの不潔な感じはなく、フロアを細分している壁にドアが整然と並んでいた。
見る限りではここにどれだけネットカフェ難民がいるのかを把握するのは難しい。昼間の時間帯ということもあり、客の出入りはほとんどなかったが、この時間に個室に入っているとすれば、あるいはそれが今日の仕事にあぶれたネットカフェ難民といえるのかもしれない。店の話では、たしかに常連は何人かいるとのことだったが、ここを定宿にしている人がどれくらいいるのかについては曖昧な返事しか得られなかった。「ネットカフェ難民」という言葉は業界にとっては有り難くない言葉に違いなく、誰もが普通にコーヒーでも飲みながら漫画を読んだりネットを楽しんだりする施設であることを強調したいのは当然だ。

たしかに、外回りの仕事中に空き時間ができた営業マンが体を休めがてらネットで仕事をするには都合がいい施設だ。あるいは終電を逃してしまい、やむを得ずどこかに泊まらなければならなくなったとき、シャワー施設も完備したこの施設に入れば、リクライニングシートではあるけれど、一泊4000円はかかるカプセルホテルよりも安くあげることができる。
ネットカフェは、なかなか重宝な施設に違いない。

だからここで私は訂正しておこうと思う。
ネットカフェが難民であふれているという、いかにもマスコミが好みそうな大仰な状況はかならずしも見られないと。
しかし、いくつも並ぶドアの向こうに明日の生活がどうなるかも覚束ない人間がうずくまっている可能性があることもまた事実だ。

湯浅誠の『反貧困』(岩波新書)にはネットカフェ難民から「もやい」に寄せられた相談例が綴られている。それによると、相談してきた男性は38歳で、時給700円の派遣労働をしていた。この賃金では最低賃金ぎりぎりだが、残業時間が長いために生活保護基準は少し上回る収入を得ていた。おかげで1泊1500円程度のネットカフェに泊まる費用は捻出できたが、アパートに入居するための諸費用を貯めることはどうしてもできない。そしてネットカフェを泊まり歩く生活は精神的・肉体的に限界に来ていたという。
湯浅は、「ネットカフェでの暮らしは、低収入であると同時に、高支出である」と書いている。

「毎晩1000円~1500円の宿泊費、三食の食事代はもちろん、風呂代、荷物を預けるためのコインロッカー代、仕事上の身なりを保つためのコインランドリー代、その他もろもろの経費がかかる。いわば、常時旅行しているような状態だ」
そして、ぎりぎりに食事を切り詰めるなどして金を貯めても、「なんとか5万~10万貯められたと思ったころに、無理がたたって体を壊してしまう」のだという。風邪を引けば仕事を休まざるを得ず、住所不安定では健康保険にも入っていないので病院にかかることもできない。せっかく貯めた金も一気になくなってしまう。

さらに、現代の貧困層を「ネットカフェ難民」として一括りにするのにも無理があると湯浅は書いている。ネットカフェ難民はネットカフェだけでなく路上や会社寮、サウナなどを転々としている人々であり、野宿者ではないかもしれないが、居所と住民票所在地が乖離している住所不安定状態という広義のホームレス状態にある。そしてこうした人々は膨大な数に上っているというのだ。ネットカフェを利用しているのは、そのうちのごく一部に過ぎないというわけだ。

こうした観点から見れば、たしかにネットカフェが困窮者であふれている状態というのはレアケースかもしれないが、カプセルホテルに、個室ビデオ店に、サウナに、派遣会社が用意する寮に、簡易宿泊所に、ドヤ街に、われわれが普段何気なく歩いている街のあちこちに、生活に行き詰まった人々が満遍なく分布しているといえるだろう。
ネットカフェが困窮者たちのシェルター的存在になっているという言い方に抵抗を覚えるClossOver氏も、貧困が街を広く薄く覆っており、その様相は次第に濃く厚くなりつつあるという見方に同意してくれるのではないだろうか。

2007年8月、厚労省は「住宅喪失不安定就労者の実態に関する調査」を発表している。それによると、ネットカフェの常連となっている宿泊者は全国に5400人いると推計。東京で300人、大阪で62人に行われた聞き取り調査では、平均月収10万7000円、4人に3人が職に就いているが、そのうち60%は日雇いであるという実態が明らかになっている。
しかし現実には「難民」の数はもっともっと多いことは明らかであり、政府はさらに精度のある調査を行い、この社会を覆っている貧困に対する施策を講じなければならない。

今、テレビなどが報じる「社会」では一人あたり1万2000円といわれる定額給付金についての議論が盛んだが、この金に経済効果があるか、5000万円の所得がある者に支給する必要があるのかという議論は、貧困問題を前にするといかにも不毛である。
2兆円の金を使うのならば、せめて貧困問題を少しでも解決するために使う方法はないものだろうか。
私はそう思わずにいられない。


関連タグ : ネットカフェ, 貧困, 定額給付金,

カップラーメンは1個400円、ホッケといえば煮込みが普通とシモジモの生活を考えている麻生太郎は、1人あたり1万2000円も配れば苦しい台所事情もずいぶん楽になるだろうと思っているらしい。マンガを読まなければ時代の流れをつかめないという宰相らしいといえばいえるだろうか。
自民党のバカ

もとはといえば公明党が言い出した1年限定の定額減税だが、麻生太郎は現ナマをばらまくことにこだわって定額給付金と名を変えた。
しかし定額減税にせよ、定額給付金にせよ、こんなもので国民生活が楽になるはずがない。相変わらず大企業と富裕層に対する税制優遇措置は温存したままで、シモジモには1万2000円を施した後、大々的に増税をしてモトを取ろうとする。
その魂胆が卑しい。

今日の毎日新聞社説では、「支離滅裂な施策はやめよ」と題して、政策目的が不明確で効果も疑わしく、財政にも負担をかけるような定額給付金は白紙に戻すべきだと主張している。
私は、どうせばらまくのならば年収200万以下の貧困層に2兆円をばらまいた方がいいと考えているが、毎日新聞も気持ちは同じようで、「生活対策というのならば、低所得層などに対象を絞った減税や、大胆な非正規雇用対策を講ずるのが責任ある政治の務めではないのか」と結んでいる。

麻生太郎の頭の中には、マンガのことと金持ちのことしかないのだから、こんなことを言ったところで耳を貸すわけもないだろうが、今の日本が置かれている閉塞した状況を打開するには、格差と貧困の問題を解決することが第一で、そのためには「いざなぎ景気を超えた」といわれる、ついこの間までの好況で、潤った企業や人々から置き去りにされた中小企業や労働者たちを救っていかなければならないはずだ。

麻生太郎自民党シンパの学生を集めて「庶民の声」に耳を貸した風を装って見せているが、耳を貸すならば派遣労働者など非正規雇用者が実際に生活しているタコ部屋に足を運び、彼らの苦衷に耳を傾けるべきだろう。そうでもしなければ、支離滅裂な定額給付金がいかに的外れな施策であるかなどとは気がつかないだろう。いや、おそらく頭の悪い麻生太郎のことだから、目の前で苦しい生活を強いられている人々を見ても「それは私が口を出すことではない」などと言って責任逃れをすることだろう。

麻生太郎は、定額給付金という白痴同然の施策をするにも言を左右にし、国民だけでなく自民党内にまでうんざりムードを植え付けた。それは一にも二にも麻生太郎にしっかりとした考えがなく、その場しのぎで事を運ぼうとする、一国の宰相としてはあるまじき性質に原因がある。
国民はそれでも、この愚相が言い出した1万2000円の施しを受けるのだろう。そして手取り1800万の年収がある者が果たして辞退などするものかと、苦虫を噛み潰したような思いで事態を見守ることになるのだろう。

定額給付金。それにしても何から何まで忌々しい施策ではないか。

関連タグ : 麻生太郎, 定額給付金, 自民党,

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