●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン
63年前、アメリカ軍によって原爆を投下された広島も、朝から暑い一日だったという。

こんな暑さのなかで鉄をも溶かし、コンクリートに影を焼きつけるほどの灼熱地獄を味わった人々のことを思うと、まったく言葉が出てこなくなる。
一瞬にして何万人もの命を奪い、その後半世紀以上たってもなお、放射線による死者を出し続ける核兵器がいかに恐ろしいものか。そんな凶悪な爆弾を使うことが戦争終結に役立ったというアメリカの言い分がいかに身勝手なものだったか。
そして、原爆という凶器を憎みながら、アメリカと手を結ぶことによって自らも核の傘の下に入って守られてきた日本という国が持つ矛盾。
原爆記念日は、亡くなった人々を悼んで祈りを捧げる日。
そして考える日だ。
しかし半世紀以上が過ぎて、被爆者の平均年齢は75歳を上回り、あの忌まわしい日は戦争の記憶とともに確実に過去のものになりつつある。
被爆国として、あの日のことは忘れてはならない。無惨な敗戦国として犯した失敗の記憶を失ってはならない。
そう言いながら、はたしてわれわれには何ができるのだろうか。
せめて日本人ならば、一生に一度は原爆記念館を訪れるようにしたい。戦争体験を語り継ぐ人々の話に耳を傾けたい。記録をアーカイブにして誰でもいつでも見られるようにしたい。他にもできることがあるならば、今のうちにやりはじめなければならない。
過去が過去のものとして消えていくのを押しとどめるのが、われわれの役目だ。
8月6日と9日は原爆で命を失った人々に祈りを捧げる日であると同時に、記憶を未来に残す役割の重さを感じていかなければならない日でもある。