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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
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――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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今日9日は長崎に原子爆弾が投下された日だ。
広島同様、63回目の原爆忌を迎えた長崎では、爆心地に近い長崎市松山町の平和公園で、市主催の「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」が開かれ、被爆者や全国の遺族代表、福田首相、市民ら約5650人が参列した。
長崎原爆忌

広島同様、長崎でも平和宣言が行われ、田上富久市長は核保有国に対し核兵器の削減、廃棄を求め、「核兵器の廃絶なくして人類の未来はない。核兵器に『NO!』の意志を明確に示そう」と呼びかけた。

それなのに、である。

毎年思うことではあるが、テレビ・新聞の扱い方は、広島の時と比べるといかにも小さく、申し訳程度と言っていいほどだ。
これではまるで、長崎には小型の原子爆弾が落とされ、その被害も小さかったかのような印象を与える。
もちろん、たとえ長崎に落とされたものが小型だったとしても核兵器が使われたことに変わりはなく、被害の大小に関わりなく核廃絶の訴えを大きく報じるのが日本のマスコミの務めというものだろう。

実際には、長崎に投下された「ファットマン」は広島に投下された「リトルボーイ」よりも威力が強いものだったのであり、それにもかかわらず長崎での被害者数が広島のそれよりも少なかったのは、広島が平地だったのに対し、長崎が起伏に富んだ土地だったために爆風が広範囲におよばなかったためという。それだけの違いでしかなかったのだ。

なぜテレビ・新聞は広島に比べて長崎を小さく扱うのか。
さとうしゅういちさんの「広島瀬戸内新聞ニュース」では「しょぼすぎる朝日新聞の長崎報道」と題して、次のように書いている。

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今日の長崎原爆の日を伝える、朝日新聞朝刊。

あまりにしょぼすぎます。二段(13字)×四行しかスペースがありません。
「きょう長崎原爆の日
長崎は9日、63回目の原爆の日を迎える。爆心地そばの長崎市松山町の平和公園で午前10時40分から、市主催の長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典がある。田上富久市長は平和宣言を読み上げ、核兵器廃絶に向けて決意を示す。」

せめて、「旧長崎市外の区域に住んでいたために被爆者には認定されなかった「被爆体験者」の被爆者認定を求め訴訟が提起されている。」くらいの記述は設ける。また、2008年6月に厚生労働省は12km以内の人を体験者として認めたが、被害を訴えている人の35%は認められていない、くらいの話まで踏み込めればなお良い。

 また、平和祈念公園の写真くらいは載せて欲しかったと思います。

 確かに前日に北京オリンピックが開幕したという「逆風」があります。それにしてもひどい話です。

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日本では、信じられないことに爆弾投下から63年も経っているのになお、原爆症に苦しんでいる人々に対して十分な認定が行われていないという事実がある。
それは長崎でも同じで、「広島瀬戸内新聞ニュース」では「8月9日長崎原爆の日・・・被爆体験者問題」というエントリで次のように告発している。

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旧長崎市外の人も、実際には、放射線などの被害を受けているのですが、被爆者を「長崎市内に限る」という行政区分に阻まれ、被爆者に認定されていなかったのです。

そこで、長崎の人々は怒り、厚生労働省を追い詰め、被爆体験者制度を2002年4月創設させました。

しかし、それでも不十分だと、いうのが、被爆体験者たちの主張で、それは当然です。

http://www.47news.jp/CN/200711/CN2007111501000145.html
被爆体験者」が初提訴 平等援護、手帳交付求め
 長崎で原爆に遭遇したのに地域によって「被爆者」と「被爆体験者」に区分けされ、援護に差をつけられているのは不当として、被爆体験者や、被爆体験者にも認められなかった計22人が15日、国と長崎県、長崎市に被爆者としての認定を求め、長崎地裁に提訴した。 原告は長崎市と長崎県諫早市に住む60-80代の男女で、具体的には被爆者健康手帳の取得申請を却下した処分の取り消しと、1人当たり1000円の損害賠償を請求。行政が被爆体験者に区分した人は現在約7200人いて、弁護士によると同種の訴訟は初めて。ほかにも提訴の準備を進めている人が複数いるという。  原告側は「放射能を浴びて被害を受けたのは被爆者と同じ。わたしたちにも被爆者健康手帳を交付し、被爆者と認めてほしい」と主張している。 国は1957年、山で囲まれた長崎の地形や原爆投下当時の行政区画に基づき、南北に細長い形で「被爆地域」を設定。域内で被爆した人(胎児含む)を援護対象とした。

現在、200人もの原告団になっています。

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被爆後63年もたっているのに、いまだにガンなど、放射線によるさまざまな被害に悩まされている人がおり、国はそれに対して保障をするどころか機械的な選別をして被爆者の数を増やすことに消極的な姿勢を崩していない。
そのことに驚きとともに強い憤りを感じる。

こうした国の姿勢は、現在の薬害問題にも通じるといえるだろう。
この国は自分の責任でもなく原爆による放射線や薬害に苦しんでいる人がいるという事実に対して謙虚に目を向けようとせず、むしろ反対に目を背け事実を過小評価しようとしている。
そして、このように重大な問題をはらんでいる事実があるというのに、オリンピックが開催されたからか、お祭り騒ぎの方に目を奪われ、国民にとって大切な意味を持つ事柄を報じようとしないマスコミ。

オリンピック騒ぎの一方で、今も苦しんでいる人々がいるという事実から、われわれは目をそらせてはならない。
自戒を込めて、そう思う。
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関連タグ : 長崎, ファットマン, 原爆忌, 被爆体験者, 認定,

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