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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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「血液検査いらん。高うつく」

脳梗塞で倒れ、寝たきりになった82歳の老人は妻と二人暮らしだ。
働くことができなくなった夫をかかえ、生活は妻がパートに出て支えている。
収入は、妻のパート代13万と夫の障害年金6万ほど。

かつかつの生活である。食費と医療費で、収入の大半が消えていく。
だから、余計に金がかかる検査は、たとえ必要なものでも受けることができない。

もう一人の60代の男性。
彼はひとり暮らしで、保険料未納のために保険証を取り上げられている。
体の異常に気づいて医者にかかったところ、すでに末期の喉頭癌に侵されていた。

息子はいたが、今は音信不通。
働くこともできず、病院に入ることもできず、男性はまるで木賃宿のように何もない殺風景な部屋に横たわっていた。

古舘伊知郎が好きではないためにあまり見ない「報道ステーション」だが、昨夜はつい見てしまった。
ちょうどチャンネルを合わせたときに、やっていたのが地方の医療格差の問題だった。

若い世代は比較的病院にかかることが少ないのに比べ、高齢者ほど病気になる率が高くなる。
とうぜん、医療費は老人の方が多くかかる。これまでのように65歳以上は無料で診療させていては不公平が生じるうえ、医療保険制度そのものがたちゆかなくなる。

そんな考えから、医療制度の改革が行われた。
具体的には、平成18年10月から70歳以上で現役並みの所得(夫婦2人世帯で年収520万円以上)がある人の窓口負担が2割から3割に引き上げられた。長期療養の療養病床で入院する70歳以上の患者は、食費や光熱費など居住に必要な費用が原則、自己負担となった。

さらに、窓口負担については、2008年4月から現役より所得が少ない70~74歳の人も現行1割から2割に引き上げられる。75歳以上の高齢者に対しては、「後期高齢者医療制度」を創設し、保険料率を都道府県別に設定する仕組みを設けている。
「医療が必要のない社会的入院が多い」という指摘がある療養病床(38万床)も、2012年度までに15万床に削減するほか、1)都道府県が「医療費適正化計画」を策定し、生活習慣病予防事業を実施して5年ごとに成果を検証する仕組みの創設 2)出産育児一時金(30万円)の35万円への引き上げなどが盛り込まれた。

読売新聞によると、この制度改革は、少子高齢化が進む一方、国の財政再建が大きな課題となる中、医療費膨張の主因とされる高齢者を対象に医療制度を見直すことで、持続可能な制度に改めるのが狙いで実施されるということだ。

つまり、政府がやった医療制度改革とは、今の制度を圧迫している元凶である高齢者をできるだけ切り捨て、保険制度を維持しようという企みである。
医療費の負担を平等にするとはいっても、弱者である老人から取る金は一気に100%の値上げをするのだ。おまけに、施設に入っている患者については食費・光熱費などが自己負担となる。
これは年金で細々と暮らしている老人たちにとっては半分死ねといっているようなものである。

実際、私の父親も施設に入所して5年になるが、一昨年10月から一月分の費用が3倍の15万円ほどに跳ね上がった。父親の場合は厚生年金だったこともあるが、その額の増加分を見たとき、私は目を疑ったものである。

今回おこなわれた医療制度改革は、生活力のない老人ほど、必要な医療が受けられない仕組みになっている。だから報道ステーションで紹介した老夫婦も、生きて行くのがやっと。末期ガンの男性は収入もなく、ただ死ぬのを待つばかりの状態だった。
老齢で、収入がすくなくなっているのに、保険料は上げられていくし診察・治療費も負担が増加する。
このままでは保険料が支払えず、保険証を取り上げられる老人がどんどん増えていくだろう。そうして必要な医療を受けられないまま、苦しみながら死んでいく老人がさらに増えていくだろう。
政府は、口では公平な医療費の負担をなどときれい事を言っているが、これはまさに棄民政策のひとつと言っていいのではないか。

おそらく、政府の真意はこうだろう。
老人が増えすぎて医療費がかさむ。これでは若者の負担が増えるばかりで不公平だ。
それならば、貧乏な老人から医療の機会を奪い、死ぬべき人には早く死んでもらった方がいい。

地方では病院がへり、病院があっても医者がいなくなっている。
救急の治療が必要なときにも、設備が整った病院は常に手一杯で受け入れる余裕がない。
そこで政府のもう一つの真意はこうだろう。
金のない自治体に住んでいるのが悪いのだから、そういう人から先に死んでもらった方がいい。

かくて都市部に住む金持ちと若者たちの負担は軽くなり、保健医療制度も健全化するというわけだ。


それならば政府に提言しよう。
いっそのこと、日本でも安楽死を法律化したらどうだ。
金もなく医療も受けられず、社会から見捨てられたようにしている老人は、日本中に山のようにいる。そのなかには動けなくなった体で痛みに耐え、絶望しながら、いっそ死んでしまった方がいいと思っている人が大勢いるはずだ。

保健医療制度を健全化し、世の中にはきちんと保険料を納めることができる人だけ残したいのなら、そこからあぶれる人たちには、せめて楽に死なせてやる方法を、法的に用意してやったらどうだ。
医療制度が変わって、苦労して生きてきても金もなく、生きる希望もなくなった人には今度から1割負担で楽に死ねる制度ができましたと告知してやったらいい。
口先だけで「お年寄りには長生きしてもらいたい」と百万遍唱えたところで、当の老人たちを絶望に追い込んでいる今の社会には生きる価値がない。
ならばいっそのこと、楽に死なせてやる方法を認めてやればいいではないか。

日本は欧米の先を行く、絶望した人々が合法的に安楽死を選べる国家として名を馳せるだろう。
新自由主義による改革が、また大きな実を結ぶことになる。
竹中平蔵も小泉純一郎も、安倍晋三も、小躍りして喜ぶことだろう。

国は合法的に、人が自ら死を選べる制度を制定せよ。
暴論と言われてもいい。
国は暴論でしか対応できない社会を作りつつあるのだから、仕方がない。
弱者は死ぬべし。安らかに死ぬ機会を国が提供するから、と。

しかしそのときは、弱者といえども黙ってはいないぞ。
覚えておくがいい。


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