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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
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●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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北朝鮮の核実験とそれに続くミサイル発射実験に、日本国内はなにやら色めき立っているかのように見える。
国内ばかりではない。核実験を強行したことに対しては、国連の安保理も懸念を示し、非難決議を採択した。これまで北朝鮮をなにかとかばってきた中国とロシアも、今回は非難する側に回っている。

北朝鮮は今月に入って再びミサイル発射実験を実施する準備をしているようだが、自民党内では今、敵基地攻撃論がさかんに取りざたされている。中川(酒)や安倍晋三のような極右政治家は以前からこれを主張し、憲法にも取り入れるべきなどと世迷い言をいっているが、今や彼ら極右政治家だけでなく山本一太のようなへたれ議員までもが、「北朝鮮に対する抑止力強化を考える会」で「敵基地攻撃能力を防衛大綱に入れていくキャンペーンを強めていきたい」と挨拶している。

座して死を待つのを潔しとしない。

対北強硬論者たちの基本にあるのは、戦前の政治家たちも好んで使った武士道精神の受け売りだ。

しかし、どうにかならんのかね。
この大時代なかび臭いような言い回し。
ま、こういう言い方が好きなのは自民党の議員だけじゃなく、左派ブロガーに人気の植草一秀なんかも大好きなんですけどね。

私はこんな言葉、大嫌いだ。聞いただけで拒絶反応が起きてしまうよ。

彼ら「座して死を待ちたくない」連中は、ただやられるくらいなら、せめて一発くらい仕返しをしてやらなければ気が収まらない、という理屈で適地攻撃論の必要性を説いているわけだが、不良のケンカじゃあるまいし、もうちょっとましなことは考えられないものだろうか。

今日、1日はアメリカのビッグスリーのなかでも長くトップに君臨していたGM(ゼネラル・モーターズ)が、ついに破産法を申請し、これからは政府が株式の72.5%を保有する国営企業として再建の道を歩むことになった。
GMのような巨大企業でも経営を誤り負債が山積みとなれば破綻してしまうのだ。

これはなにも企業だけに言えることではないだろう。
たとえば北朝鮮は2004年の国民総所得が2兆円で、日本の280分の1、韓国の40分の1にすぎない。国家予算にしても3600億円で、これは島根県の予算よりも低い額である。
こんな国が核兵器を作り、大陸弾道ミサイルなどを量産していけるのか。
軍事には暗いが、平気を作るには莫大な金が必要であることくらいは私だって知っている。

とすれば、今の北朝鮮の国力で、ミサイルを撃ち続けるのは無理に決まってる。
だって金がないんだから、どうしようもない。
今だって国民を餓死寸前の状態にしてまで予算を軍事費にまわすという無茶苦茶なことをやっているのに、もうこれ以上の無理は利かないだろう。

「お父ちゃん、お腹が減ったよ」と国民が金正日父さんに泣きついても、これまでは「ちょっと待ってな。今にお父ちゃんはアメリカからたっぷり金をもらってやるから。そうしたらたらふく食べさせてやるから」
そう言ってなんとか誤魔化してきたのだが、今回はアメリカは見向きもしない。
おかしいな、と思った父さんは小出しに核実験をしたりミサイル発射実験をしてみたりしているが、財布の中身はどんどん侘しくなるばかりなのだ。

こんな国が、戦争を仕掛けてくるかもしれないだって?
まさか、無理だろうよ。
私ならそう思う。
今は突っ張ってるけど、そのうちに音をあげるに決まってるさ。

そうは思わないかい?

もし私が考えていることに少しの分があるのなら、今自民党の議員どもがギャーギャー騒いでいる「敵基地攻撃論」なども、滑稽なものとしかいえないのではないか。

敵基地攻撃して一矢を報いるなどと、大時代なことを考えるよりも、現実的なのは北朝鮮が破綻したときに誰がどのように引き受けるかを今のうちに考えておくことである。
ガリバーとも称されたGMは破綻した。これを引き受けるのはアメリカ政府しかなかった。
北朝鮮もこのままでは近いうちに破綻する。そのとき、混乱を最小限にしてこの国を再生させるには誰が何をすればいいのか。

今、日本の議員たちが真剣に考えるべきは、このことなのではないか。

座して死を待つよりも、と思っているのはわれわれではなく、北朝鮮の方なのだ。

そうだとは思わないもんですかね、自民党のセンセイ方は。

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関連タグ : 敵基地攻撃論, 自民党, 北朝鮮,

北朝鮮は25日に行った地下核実験に続いて、26日、続けざまに3発の短距離ミサイルを発射させた。

この北朝鮮の挑発的な行為に対して、国連では安保理が新たな決議採択を目指すことで合意、新たな制裁措置を講じていくものと思われる。
しかし、北朝鮮に対してはすでに06年10月に行われた核実験に対して制裁結夏1718を採択、経済制裁を実施している。そのうえで、なおも核実験を行ったことについては、もはや北朝鮮は「国際社会からの孤立を恐れなくなっており、有効な措置をとるのは難しい」と西側外交筋の談話を新聞は掲載している。

日本国内はどうかというと、衆議院が26日の本会議で北朝鮮を非難する決議を全会一致で採択、参院も27日以降に同様の決議を採択する方向でまとまっている。

ここで気になるのは、麻生太郎が26日夕、北朝鮮のミサイル発射基地への先制攻撃を想定した敵基地攻撃能力について「一定の枠組みを決めたうえで、法理上は攻撃できるということは昭和30年代からの話だ」と述べ、法的には先制攻撃が可能であるとの認識を示した点である。
麻生太郎は、先制攻撃能力を保有すべきかということまでは言及しなかったものの、自民党内には4月の弾道ミサイル発射実験以降、先制攻撃を念頭に置いた発言が相次いでいるのが気になる。

いうまでもなく、北朝鮮の挑発に乗って過剰反応し、日本が「先制攻撃」を仕掛けるようなことがあってはならない。
この点を麻生太郎はどう考えているのか分からないが、極右政治家の麻生であれば、北朝鮮の不穏な動きを口実に攻撃を仕掛ける暴挙に出ないとも限らない。
戦前は軍部の暴走が戦争の口実をどんどん作り上げていき、太平洋戦争を避けられないものにしてしまったが、今回は麻生太郎や中川昭一、安倍晋三などの極右政治家が自ら暴走して自衛隊に攻撃の指令を出さないとも限らない。

麻生太郎は、戦争をしたくて「法的に先制攻撃は認められる」と言っているのだろうか。
つくづく、われわれは無能なうえに危険な考えの持ち主を首相に頂いてしまったものだと情けなく思う。

しかしこんなことを書いていると、反論がくるだろう。

「それでは、北朝鮮が実際に日本にミサイルを撃ち込んできたら、どうするのだ」

私はその問いに対して、こう答えるしかない。
「どんなことがあっても、戦争だけは嫌だ。反対するしかない」と。
まして先制攻撃をするなど、核には核で応えるなど、考えるだけでもよくないと思う。

だが、冷静に考えてみれば、北朝鮮がほんとうに日本を攻撃してくる可能性はどれほどあるのか、そこが肝心なところだ。
北朝鮮が日本あるいは韓国を攻撃したとして、どれだけ利するところがあるだろう。
この狭くて人口ばかり多く、資源も農産物も乏しい国を奪ったところで北朝鮮は豊かになるどころか、常に政情不安を抱えることになるだろう。

なぜなら、日本にも韓国にもアメリカ軍が駐留しており、アメリカにとって両国は極東の一大重要拠点なのだ。
たやすく北朝鮮に差し出すわけがない。

とすれば、今、北朝鮮がやっているのは韓国や日本に対する示威行動などではなく、アメリカに対するパフォーマンスと見るのが順当なところだろう。
では北朝鮮はアメリカに何を求めているのか。。。

まあ、こんなことを書き続けていると、まるで田中宇の陰謀論を真似しているような気分になってくるので止めておくことにする。

しかし、ミクシィのマイミクさんのひとりが、とても興味深いことを書いていたので、それを紹介することにする。
それは、北朝鮮のパフォーマンスは現体制をアメリカに認めさせるためのシグナルだという見方だ。
北朝鮮はアメリカに認めてもらいたい。けれども、現体制をそのまま残しておくのは危険である。
それならば、アメリカは金正日の体制を認めてやり、金を与えて金正日一族をまるごとアメリカに亡命させればいいのではないか。
そうすることにより「北の脅威」はなくなり、北朝鮮の人民も解放されることになる。
日本もアメリカに協力し、応分の金を負担すればいい。
その方が、核武装したり戦争したりするよりもずっと安上がりにすむはずだ。
北朝鮮が解放されれば東アジアの安定化もすすみ、これまで使ってきた防衛費もいらないことになる。
解放した北朝鮮をどこが治めるか、それは国連で暫定政府を置き、国内が安定するまで世界が共同して治めるようにすればいい。

この考え方は、とにもかくにも核兵器の拡散を抑える点においても意味が大きい。

しかし北朝鮮の核兵器がなくなったとしても、世界にはまだまだ核を保有する国がある。なかでも核開発が疑われているイランは、アメリカとの緊張関係が続いており、今後予断を許さない。
核戦争の可能性は依然として残る。

そんななかで、日本はどう対処していくべきなのか。
憲法を改めて戦争を容認したり、核保有国の仲間入りしたり、先制攻撃を認めるようなことがあってはならない。
どんなときも、日本は平和を念頭にして世界を動かしていかなければならない。

そのためにも麻生太郎をはじめ、自民党の極右政治家たちはマスコミを利用していたずらに「北の脅威論」などを広めてほしくないものだと思わずにいられないのだ。

関連タグ : 北朝鮮,

北朝鮮がムスダンリから「通信衛星を乗せたロケット」を打ち上げると通告した期日は4日から8日の間。はやければ明後日にも「ロケット」が打ち上げられることになる。

これについて、日本ではそれが通信衛星を乗せたロケットではなく、爆弾を積んだミサイルなのではないかとの憶測が乱れ飛んでいる。それというのも、ロケットもミサイルも本体は同じ物であり、違うのは天辺に載せているものが人工衛星か爆弾かの違いでしかないからで、しかも通常ロケットは地球の自転を利用して東向きに打ち上げられるもので、その打ち上げコースの真下には日本列島があり、もし爆弾を積んだミサイルならば日本を直撃する恐れがあるからだ。

北朝鮮に対する信用は、日本では限りなく低い。
だから人工衛星であろうとミサイルであろうと、とにかくぶっそうなものを打ち上げられては困るというのが日本人の感情だ。普通ならば東側に他国がある場合、自国から打ち上げるのではなく他の国にある打ち上げ場を借りるものだが、北朝鮮の場合はあくまでも自国からの発射にこだわっている。それは「ロケット」打ち上げが国威発揚につながるからだろうが、日本からしてみれば爆弾を落とされる恐れがあるうえ、たとえ衛星を載せたロケットだったとしても打ち上げに失敗して日本に落下してきたらどうするのか、あるいは切り離した燃料タンクが落ちてきたらどうするのか、心配の種は尽きることがない。
なんとも困った隣国。それが北朝鮮で、打ち上げ中止を訴えてももはや聞く耳持たないという態度だ。

これに対して日本はどう対応すべきなのか。
先月下旬からのマスコミ報道を見ると、まるで今日本は戦時下にあり、テレビも新聞も大本営発表の情報を垂れ流していた時代に逆もどりした感がある。

新聞見出し

上は、各新聞が報じた北朝鮮の「ロケット打ち上げ」に関する報道の見出しだが、毎日を除いて5社が「ミサイル」という言葉を使っている。そして各社とも「冷静に備えよ」「万全の態勢を」「揺さぶりに動じるな」と勇ましい言葉を使い、これでは北朝鮮の報道もびっくりという論調だ。
こうした心配を受けて、政府も3月27日に浜田靖一防衛相が自衛隊に対して初のミサイル破壊措置命令を下した。そして「ミサイル」が飛んできた場合に備えて地対空誘導弾パトリオット(PAC3)を配備することに決め、東京、埼玉、千葉の首都圏と「ミサイル」の弾道下にあたる秋田、岩手にこれを設置した。

また海上配備型迎撃ミサイル(SM3)を搭載したイージス艦「こんごう」「ちょうかい」を日本海に、また「ミサイル」をレーダーで捕捉するためのイージス艦「きりしま」を太平洋に展開した。

しかし最新鋭のこれらの兵器を使っても、猛烈なスピードで飛翔する物体に命中させることは難しいとする専門家は少なくない。さらに、もし命中したとしても、こんどはバラバラになった物体の破片が日本上に落ちてくる可能性もある。

防衛問題を語るのは難しいのだが、あえて言うならば、私にはどうも日本は過剰反応しているような気がしてならない。
もちろん、日本上空をミサイルだか衛星を載せたロケットだか、得体の知れない物体が飛ぶというのは愉快なことではないし、できることなら今からでも北朝鮮に自重してもらいたいものだ。たとえ北朝鮮がいつもの通り頑なな態度をとったとしても、日本政府はギリギリまで外交的に打ち上げ中止を訴え続けるべきだろう。
しかし、北朝鮮から見れば今の日本はどう映るだろうか。
近頃めっきりおやつれになった将軍様を元気づけるためにも、ここはどうしても大きな花火を打ち上げてやる必要があるというのに、勝手にミサイルだと騒ぎ、迎撃ミサイルまで配備している。日本側はわが国のロケット打ち上げが失敗したときのことを勝手に心配しているが、せっかく打ち上げたロケットを破壊されたのではたまったものではない。いわんや、迎撃ミサイルが標的を外してわが国に飛んできたらどうするのだ。
これは戦闘開始行為に他ならないではないか。

北朝鮮はそう思って、結果によっては本当に日本を攻撃してくるかもしれない。

日本は憲法9条という平和憲法を持っている国であり。戦争は放棄しているはずである。
その日本が防衛のためとはいえ、立派なミサイルを撃つというのはどういうことなのか。
このことに関して論じようとする者は、どういうわけか見かけない。
日本はいつから「一億総火の玉」になってしまったのか。

わかっている。こんなことを言うと、「それではお前は自国が攻撃されたときに、黙ってやられていろと言うのか」という問いが突きつけられるのだ。
この問いに答えるのは容易ではない。
けれども、今の私に言えるのは、北朝鮮が打ち上げようとしている物体を「ミサイル」と決めつけ、それが打ち上げられた場合の迎撃態勢ばかり整え、迎撃が可能かどうかばかり論じていていいのかということだ。アメリカが提供する衛星写真を見てロケットかミサイルかと論じたところで、分かるわけがない。今、北朝鮮が打ち上げようとしている物は、打ち上げてみなければ衛星打ち上げのためのロケットなのか、日本をふくむ他国を攻撃するためのミサイルなのかは分からないのである。
分からないものに対して最悪の場合ばかり想定していていいのだろうか。
私はむしろ、最悪の場合でなかった場合を想定した論議が必要な気がしている。
北朝鮮がやろうとしている行為は、国際的に見ても、つまり安保理決議に照らし合わせて見ても違反行為である。けれども、北朝鮮に戦意がなく、ほんとうに通信衛星を打ち上げる世界で10番目の国になりたいのだとしたら、もう少し柔軟な対応が考えられるのではないだろうか。

北朝鮮は拉致問題もふくめ、日本にとっては好ましからざる国である。
だからといって、強硬な態度ばかりが先走り、ろくに議論もせずに破壊措置命令を下し、迎撃ミサイルを配備していたのではかえって北朝鮮を刺激し、無用な摩擦を引き起こすもとになるのではないか。私はそのことを恐れる。
新聞もテレビも、ミサイルが飛んできたらと書き立てるばかりでなく、北朝鮮に自重を促し、今後もこのような行為をさせないように説得するような報道があってもいいのではないか。われわれは一人ではないのだ。国際社会も日本の味方だ。北朝鮮のような国には一国ではなく世界が力を合わせて臨んでいかなければならない。そのための議論を、日本の中でもっと尽くしていく必要があるのではないか。

テポドン2号と見られる物体が打ち上げられたとして、それが通信衛星を運ぶものなのか、それとも攻撃用ミサイルなのかを判断するには5分から10分の猶予しかないという。
そのわずかな時間にかけて、一億総火の玉になってしまって大丈夫なのか。
私にはそのことが心配なのである。

関連タグ : 北朝鮮, ミサイル, 破壊措置命令,

それにしても何とかならないものだろうか。
22日の総裁選まで、あと一週間もの間、われわれはNHKなどをマスコミジャックした自民党につきあわされて指をくわえているしかないのだろうか。

こうしている間にも、国内では事故米というより毒入り米事件がどこまで広がっていくのか不透明な状態にあり、これは三笠フーズをはじめとする悪徳業者と農水省とが結託して起こした悪事だというのに、マスコミは利益追求に走った業者による不正という単純な構図でしか伝えようとしていない。
ことは官民癒着の上に起きた事件で、国民全体の食の安全を脅かしているというのに、だ。

さらに北朝鮮では金正日が倒れ、どの程度まで回復するか見込みがつかめない状態が続いている。場合によってはこれまでの対北朝鮮関係が大きく変更を迫られる恐れもある。拉致問題をふくめ、北の脅威の問題がどのように進んでいくのか、日本にとっては重要な外交問題であるはずなのだが、リーダー不在の政府はなんら積極的な動きを見せていない。

そして昨日は米大手投資銀行のリーマン・ブラザーズが経営破綻した。これによって米国経済が大きな打撃を被ることは当然のことながら、それが世界経済に与える影響が懸念されている。ことに外貨をドル建てで保有している日本はいかほどの経済的ダメージを受けることになるのか。
ことによれば世界規模の経済恐慌が起きる可能性があるという一大事が起きているというのに、政府・日銀の反応は固有資本に厚みがあることから楽観的で、今後も成り行きを注視していくという消極的な反応しか見せていない。

大丈夫なのか? これで。
自民党が総裁選などという御祭騒ぎに明け暮れているから、危機感が欠如しているのではないか。

もし、5人の候補者の中にほんとうに日本の将来を心配するものがいるのならば空虚な祭りなど即刻中止して総裁(もう麻生で決まってるんだろが)を決めてしまい、諸問題に対する緊急対策を打ち出していかなければならないはずだ。
しかし彼ら5人の中にはもちろん将来の日本のビジョンを明確に持っている者などいるはずもなく、したがっていたずらに時を費やして政治的空白を続けるばかりだ。

リーマン・ブラザーズが破綻し、米国経済が行き詰まるということは、これまで彼らが推し進めてきた実体経済によらず株式や金融で金を動かすことで利ざやを稼ぐというやり方、つまり新自由主義的手法が行き詰まりを見せたということに他ならない。今までのやり方は失敗であり、市場原理を重視する新自由主義は間違っていたのだ。だとすれば、これまでアメリカに追従して経済政策を取ってきた日本も修正しなければならないはずなのに、外貨処理一つをとっても日本が何をしたいのかははっきりせず、まるで立ち往生しているかのように見える。新自由主義は駆逐すべきものと思っている私は万歳を叫びたいところだが、事態はそれどころではなさそうだ。

ドルの価値が限りなく下がり、景気が後退するのは目に見えているのだから、このままでは世界的なスタグフレーションが進む可能性が強い。そうなればいちばん最初に打撃を被るのは経済弱者である庶民ということになる。今でさえ十分すぎるほど生活は厳しいというのに、今後さらに景気が悪くなり金の価値が下がるとなれば、国民生活はいったいどうなるのか。
この9月末から10月にかけて、われわれの行く手には悪魔が大きな口を開けて待ち構えているのかもしれない。その先にあるのは何かなど、私には恐ろしくて考えたくもない。

世界的に見て新自由主義が誤りだったのがはっきりした以上、これまでさんざん新自由主義的改革を推し進めてきた自民党政治もまた間違っていたことになる。世界経済とともに日本経済も危機を迎えようとしている時に、自民党総裁選に立っている者たちが訴えている政策では乗り切れるはずがない。
今いちばん求められるのは野党が結束して経済対策を打ち出し、国民が受けようとしている打撃を少しでも和らげる政策をとることである。
そのためにも茶番の総裁選はすぐにも止めて自民党は内閣を解散し、総選挙を一刻も早く実施しなければならない。そして今度こそ、野党が政権を取って社会民主主義的な政府を作る。
今の日本には、あと一週間も遊んでいる余裕はない。

焦りにも似た、切実な願いを持っているのは決して私一人ではないはずだ。

関連タグ : 事故米, 北朝鮮, リーマン・ブラザーズ, 新自由主義,

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