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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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北京オリンピックも半ばを過ぎたかと思うが、この間なにが不満かといえば、放送各局がニュース報道を放棄したかのごとく政治や経済、社会の出来事を報じなくなってしまったことだ。
ことにひどいのがNHKで、7時のニュースまでがオリンピックの中継と結果報告に費やしている。
9時からのニュース23ではメインキャスターの青山祐子が北京に行ってしまい、毎日社会のことなど忘れたかのように嬉々としてオリンピックを伝えている。

なんだろうね、このはしゃぎぶりは。
そんなにお祭り騒ぎが嬉しいか。

オリンピックなどはどうでもいいと思っている私は、ナショナリズムむき出しのアナウンサーどもを憎々しげに睨みつけてはチャンネルを替えることになる。

おかげで昨日は出演者たちがやかましくしゃべりあうことで普段は敬遠している「たけしのテレビタックル」を見てしまった。

その中で原油高騰の話題が出て、森永卓郎が現在の原油高騰はバブルであり、必然的にはじけるという見方を述べていた。
現在、レギュラーガソリンでリッター170円台後半というのが私の近辺の価格だが、先週から今週にかけて原油価格が下がったというのにガソリン価格には目立った動きはなかった。

もともと原油価格が高騰したのは投機マネーが原油市場に流れ込んだためにはじまった。それをさらに遡れば、アメリカのサブプライムローン問題で不動産バブルがはじけたことにつながっていく。不動産で儲けを見込めなくなった投機筋が、こんどは確実に需要があり儲けが短期で手に入る原油市場に目をつけたというわけだ。これに中国やインドなどの経済発展による原油需要の高まりがからみ、原油価格は一気に上昇した。

しかしこの原油バブルも、森永が言ったようにそろそろはじけようとしているようだ。
読売オンラインによると、国際指標であるニューヨーク市場の原油先物価格は、7月11日に1バレル=147ドルの最高値をつけたあと下落し、このところ110ドル台前半で推移。下落幅は30ドルを超えたと伝えている。
ただし下落したとはいっても原油価格は1年半前の約2倍という高水準で、読売の記事は先進各国は今後さらに投資ファンドへの規制を強化するなど、原油価格のさらなる下落で協調すべきだと続けている。

まったくその通りだが、現在の石油価格の高騰が国民生活を強烈に締め付けているという事実を前にして、日本国内でも取るべき対策があるのではないか。
森永卓郎とともに出演していた三宅久之は、政府が緊急時のために備蓄している石油を今こそ使うべきだと言っていた。今使わなくて何のための緊急用備蓄なのかと。
これもまた、その通りだ。
ただし備蓄している石油を使ったところで全国の石油価格に与える影響はわずかだろう。
もっと目に見える効果的な対策はないものか。

となると、私はやはりガソリン税を廃止することしかないように思う。
今、政局は上げ潮か増税かと揉めているが、国民不在の不毛な論議を重ねる前に、暫定税率を廃止すべきだ。暫定税率を廃止すれば道路が造れなくなると言うが、道路を造るよりも国民生活を立て直す方が重要であることは明らかだ。それでは困る、一般税にしたときの財源がなくなるというのなら、本気になって今まで積み重ねてきた無駄をなくし、公務員の天下り先をなくせばいいのだ。こういうことは口先だけでなく、本当に困らなければやれないものだろうから。

原油バブルは必ずはじける。
しかし、バブルがはじけたとして、ガソリン価格が1年前、2年前の水準に戻るとは誰も保障できまい。
国民の生活を立て直さなければならないというときに、自然の成り行きに任せていたのではいつまでたっても問題は解決しないだろう。やはり政府による強いリーダーシップが今もっとも求められているのだ。
しかし、繰り返しになるが今の自民党は上げ潮派と増税派が対立し、福田康夫は公明党=創価学会の意向に左右されて臨時国会をいつ始めるのかもよく決められずにいる。

やはり今は、一刻も早く政権を交代し、野党に国政を任せるのがいちばん効果的で手早い対策になるのではないかと思う。

それにしても、だ。

こうした国民生活がかかった重要な問題が山積しているというのに、オリンピックに夢中になっているテレビ報道の姿勢は批判されるべきだ。
もはや民放には何も望むまい。望む方が無駄だ。
しかし国民から金を取って放送をしているNHKの責任は重い。
オリンピックの中継をした方が国民が喜ぶなどと思っているのなら、大きな間違いで、それは国民蔑視というべきものだろう。

せめてNHKくらいは。
お祭り騒ぎに浮かれずに、地に足の着いた報道をしてもらいたいものだ。

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関連タグ : NHK, 報道, 北京オリンピック, 原油高騰, 国民生活,

巷では、平和の祭典、4年に1度の夢の大会などと白けたキャッチフレーズをつけて北京オリンピックを話題にしているが、世界に目を向けると、とてもそんなお祭り騒ぎをしていられるような状況ではないことは明らかだ。
グルジア

8月7日から8日にかけて、グルジアからの分離独立を求める親ロシア南オセチア自治州にグルジア軍が侵攻し、大規模な攻撃を始めた。ロイター通信などによると、この攻撃に対してロシア軍機がトビリシ郊外のグルジア空軍基地を爆撃するなど報復攻撃し、軍事衝突が拡大しているという。このままではグルジアロシアの本格的な戦闘が始まる可能性が高い。

もともとグルジアは19世紀にロシア帝国に併合され、91年にソ連から独立を宣言した国だ。しかしその内部にはロシア編入を主張する南オセチア自治州があり、92年には主権宣言したアブハジア自治共和国と紛争を起こした経緯がある。現在は南オセチア自治州、アブハジアともロシア部隊が駐留し事実上の独立状態にあるのだが、今回そのうちの南オセチア自治州が立ち上がったというわけだ。

自国内で起きた反乱に対してグルジアが鎮圧に乗り出すのは当然の成り行きだが、面倒なのは南オセチア自治州が親ロシアであるためにロシアが黙っていないという点だ。
もちろん、軍事力で反乱を鎮めようとしたグルジアの手法は褒められたものではないし、グルジアが軍事力を行使すればロシアが黙っていないことは明らかなのだから、グルジアが下した判断も正しかったとは言い難い。
それにしても、一地方の小国であるグルジアをロシアが強大な軍事力にものをいわせてねじ伏せようとする対応の仕方には反発を感じる。ロシアはまたしてもチェチェンやコソボで行われたような非人道的な軍事行動を取るつもりなのだろうか。
戦闘

西アジアで起こった火の手を見ながら、そこで多数の人々が血を流し、命を失っているという事実を知りながら、世界は北京でのお祭り騒ぎを続行して良心が痛まないのだろうか。

私は、今回の北京オリンピックは直前に大地震に見舞われたこともあり、オリンピックのために中国政府が非人道的といってもいい強権を行使して表面を取り繕いながら無理矢理開催にこぎつけた点で、このオリンピックが延期もしくは中止すべき大会だったと思う。
まして、会期中に同じアジアのなかで戦争が勃発しようとしているときに続行される「平和の祭典」にどれだけの意味があるというのだろうか。

この時期、ニュースもオリンピック一色になり、まともな報道が行われないのはゆゆしき問題である。
もとより私は北京オリンピックなど見ないつもりではあるが、オリンピック以外の情報を得るのが難しくなっているこの状況を憂慮せずにいられない。

まったくもう、平和の祭典だなどと、インチキ臭いオリンピックなどに目を欺かれるな。平和ボケもいい加減にしろといいたい。

関連タグ : 北京オリンピック, グルジア, 南オセチア, ロシア, 紛争,

心がマイナス思考でいっぱいになり、元気を失った状態にあるとき、つまり私がウツ状態に苛まれているとき、オリンピックほど鬱陶しいものはなかった。

テレビをつければどのチャンネルからもガンバレ! とかスゴイ! とかスバラシイ! とか選手たちを礼賛する言葉があふれ出し、黄色い声援がネオンサインのようにきらめいてそれらの言葉を強調する。

もうやめてくれ。いい加減にしてくれ。

私は画面を見るのも辛くなり、テレビのスイッチを切ったものだった。

そのオリンピックが、またしても一月後にやってくる。
今の私の状態は2006年トリノ大会のときほど悪くはないが、それでもまたあの見え透いた美辞麗句とやかましい声援が日常茶飯にあふれ出すことを思うと憂鬱にならざるを得ない。

オリンピックなんかどこが楽しいんだよ。

今でもそう思う。
あんなもので喜ぶのは、ガキだけで十分だ。
メダルを何個取ろうが私の生活には何の関係もないことだ。
選手は努力をしているのかもしれないが、私のために努力してくれている訳じゃない。
彼らの多くは協力団体やスポンサーから多大な援助を受けて「頑張っている」だけじゃないか。
彼らは、幸せな人たちなのだ。
ヤワラちゃんともてはやされている谷亮子など、所属する企業ぐるみの支援を受けて生涯心配のない生活が約束されているのだろう。トヨタは労働者には冷たいが、表舞台で活躍する人間にはカネを惜しまない。いい企業だ。
目出度くスピード社の水着を着られることになった北島康介は、「きっこの日記」で書かれたごとく、まるで古い女を捨てるようにこれまで献身的に支援していたミズノを足蹴にし、新記録に挑むのだろう。
記録に目がくらんだ男、北島康介。
貴様が金色夜叉を演じるならば「売女!」と足蹴にされるお宮の役回りがちょうどいい。
こんな男が泳ぐのを見て、どこが面白いというのだ。

北京では、これも「きっこの日記」で書かれているように、大会を前に野犬や野良猫が大量に駆除された。駆除という名目の大量虐殺である。
街角からは物乞いや路上芸人が姿を消し、風俗営業も当分は営業を停止するのだそうだ。
インターネットからはポルノサイトや政府批判のサイトが削除され、カラオケ店では中国の安全と主権を守る曲以外は禁止になっているそうだ。

見事なまでに表面を取り繕い、キレイキレイになった北京で開かれる世界的な茶番ショー。
煎じ詰めれば、北京オリンピックとはそういうものなのではないか。
開催する側も、出場する側も、みな薄汚れて見える。

なかには地道な努力をしている選手もいるだろう。立派な選手もいるだろう。でも、ほんとうに自分の頭でものを考える人間だったら、北京オリンピックなど出場しなくてもいいと思うはずだ。
日本には残念ながら、自分の頭で考える選手は一人もいないようだ。
みな自己満足か名誉欲で思考停止させてしまっている。

プロとアマとの違いもあやふやな選手たちが頑張った挙げ句、メダルをとったとしても、聞きたくなるのは
「で、帰ったらいくらもらえることになってるの?」
ということくらいだ。

もうやめてくれ、オリンピックで馬鹿騒ぎするのは。
平和の祭典、クソ食らえ。

「ガンバレ」と「ニッポン」の連呼を毎日のように聞かされることになるのかと思うとそれだけで、私は今からげんなりしてしまう。

関連タグ : 北京オリンピック, 茶番,

来週末には、いよいよ日本にも聖火がやってきて、北京五輪のリレーが始まる。
すでに各国で行われた聖火リレーでは、チベットでの中国による人権弾圧に抗議する人々が、さまざまな活動をしているが、日本ではどうなるのだろうか。

リレーのスタート地点となる長野県・善光寺では13日、チベットでの事件で命を落とした人々を悼んで、市民ら約60人がろうそくを灯し、僧侶が読経した。
追悼の灯
もともと聖火リレーはオリンピック大会そのものとは別個のもので、1936年に開かれたベルリン大会で、ヒトラー率いるナチスが世界にその存在をアピールする宣伝をするために始めたものだ。今回の聖火リレーも、当然のことながら聖火はオリンピックそのものよりも中国という国を象徴するものであり、中国は聖火を世界中走り巡らすことによって国威発揚に役立てようとしていることは明らかだ。
また現在は、リレーそのものにスポンサーがつき、ランナーはスポンサーの広告とともに走ることになっている。広告が世界を走り回るということは、その背景には巨額な金が動いていることになる。
こんな事情を考え合わせれば、オリンピック大会をボイコットする必要はないとしても、聖火リレーを取り止める、あるいは縮小すべきだという考え方が出ても当然だろう。すでにみそがついた大会になりつつある北京オリンピックでは、協賛するスポンサーとしても本心は痛し痒しというところだろう。リレーを中止するとなってもクレームはつけにくいのではないだろうか。

リレーには、有森裕子ら著名人がランナーとして名前を連ねているが、彼らはどう対応するのか。私としてはやはり、ここでなんらかの意思表示はするべきではないかと思う。すでにNHKの青木祐子アナウンサーは出走を取り止めている。表向きの理由は、スポーツ担当から報道担当にかわったためとしているが、本心はチベット問題に対する抗議にあると思いたい。
他にも松岡修造、星野仙一、萩本欽一らが走る予定らしいが、彼らの中に気骨を示すものはあるのだろうか。弾圧に抗議するという意思表示をするために、チベットの国旗を腕章にするとか、あるいは後ろ向きに走るとか。

スタート地点の善光寺はどうするのだろう。
チベットで同じ仏教徒が理不尽な目に遭っているというのに、何も意思表示をしないとしたら、お釈迦様も悲しむだろう。へたれな日本政府と同じ真似はしてほしくないものだ。
この際、スタート地点として場所を提供するのを辞退する。あるいはお祭り的な雰囲気を一切排除して、僧侶たち全員が読経しながらスタートさせる。
欧米のようなエキセントリックな方法を取る必要はない。しかし、なんらかの意思表示はする義務があるのではないか。

すでに、26日当日は、リレー終了後に予定されていたイベント中止が決定され、リレーそのものも長野県警が3000人から4000人規模で警備する方針だという。
ものものしい格好をした機動隊員に囲まれてリレーが進んでいく。その様子が映し出されるだけでも中国は複雑な心境になるだろう。
異様な光景の聖火リレーをさらに異様にして抗議の意志を示すために、沿道には誰も見物に行かないというのはどうだろう。名目はリレーが安全に行われるためとして、一切見物客が沿道に立たないようにする。これは日本にいる中国人たちが見物に行くだろうから、あまり効果はないか。

毎日新聞の取材に対して、善光寺事務局は「善光寺から平和を発信できれば、と考えて出発式を引き受けたが、このような事態になって戸惑っている」と語っているが、戸惑うだけでなく、仏教徒として毅然とした態度を示してほしいものだ。

すでに北京オリンピックは記録抹殺することに決めた私は、聖火リレーなどもちろん見る気はないが、日本人としてなんらかの意思表示が行われるであろうことには大いに関心を持っている。


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関連タグ : 北京オリンピック, 聖火リレー, チベット問題, 抗議,

中国は、チベットの人々を弾圧するだけでは物足りないらしい。

きっこのブログ」によると、今度は「オリンピックのための中国式クリーンナップ作戦」として猫を大量に殺しているということだ。野良猫狩りということだが、殺したネコの数はおよそ50万匹にもなるという。

さらに、ペットのネコでも飼育する権利を買わなければならず、その金額は200元(約2900円)なのだという。日本円にすれば安いような気もするが、中国には収入が500元以下の貧しい家庭も多く、愛するネコのためとはいえ200元もの金は出せない場合が多い。ということは、飼育する権利のないネコが家にいると、それは野良猫として当局が連れ去り、殺処分されてしまうことを意味するのだろう。

それもただ殺されるだけではない。
ネコたちは大半が毛皮工場に運ばれて皮を剥がれ、色を染め直して偽物のミンクやキツネの毛皮として売られるというのだ。

私は、かねがね毛皮については反対の立場をとっている。
日本のアホな芸能人にはいまだにファーだと言って、ステイタスシンボルのように体にぶら下げている者がいるが、まったく許し難いことである。
毛づやのいい毛皮を取るために、いったい動物たちがどんな扱いを受けているか、どんな殺され方をしているか、知っているだろうか。私は知っているから、それを思うだけで胸が悪くなる。胸が悪くなることはなるべく書きたくはないのだが、それは動物にとって苦痛に満ちた方法であるとだけは書いておこう。
もはや人間にとって、毛皮など必要ないのだ。
かわいそうなネコ

「きっこのブログ」では、この中国で起きている異常な事態に反対する署名を募っているが、微力ながら私も協力したいと思う。もちろん、私も署名をすました。
署名フォームは↓こちら。
http://www.shomei.tv/project-10.html

さて、ここで北京オリンピックのことだ。

きっこさんは、北京オリンピックをボイコットすべしと考えているようだが、私は違う。
オリンピックは開催すればいい。
この大会を目指して精進してきた選手たちも出たいことだろう。
この大会を当てにしている商売人たちも開催を願っているだろう。
その人々の期待を無下にすることはないと思う。
さらにオリンピックをボイコットすることから生じる政治的なこじれを考えると、日本にとっては必ずしも得策ではないと思う。

しかし、このようなことをしている中国を許したくない気持ちは私にもある。

そこで提案だ。

オリンピックは開催すればいい。勝手にやればいいのだ。
そのかわり、私は見ない。今度のオリンピックには関心を持たないことにする。
テレビ放送も見ないし、新聞雑誌も北京大会に関するものは見ざる・言わざる・聞かざるで行こうと思う。オリンピックを無視しようと思う。

昔、ローマ帝国では行いの悪かった皇帝に対して下される最悪の処分として記録抹殺刑が行われた。これは、その皇帝に関する公式記録からその名前を消し去り、肖像などはすべて破壊するということで、存在そのものをなかったものにすることを意味する。皇帝にとってはもっとも不名誉な処分だった。暴君として知られるネロや、大浴場を遺しているカラカラなどがその処分を受けている。
歴史から抹殺するとはいっても、ネロもカラカラもその名はいまだに残っているのだから完全に消し去ることはできない。けれども、存在をなかったものにするということは、強大な権力を持った皇帝にとっては十分に恐ろしいことではなかっただろうか。
私は、中国に対して、この記録抹消刑と同じ処分を地球に生きる人間の一人として行いたいと思う。
もし、私と同じように考える人が増え、北京オリンピックが誰の話題にものぼらないようになったら、それは中国としていちばん恐れる事態になるとはいえないだろうか。

私はここで訴える。

このブログを読んで、気持ちを同じくしてくれる人があれば、北京オリンピックを記録抹消刑に処してやろう。
チベット人に対して行っている弾圧に抗議して。
動物たちに対して行っている非人道的な虐殺に抗議して。
貧しい国民に対して行っている非人道的な政策に抗議して。

私は、北京オリンピックを私の歴史の中から抹殺することを誓う。

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関連タグ : 北京オリンピック, 動物虐待, 中国政府, 記録抹殺刑,

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