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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
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●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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民主党代表選は、昨日、鳩山由紀夫と岡田克也が立候補し、この二人で争われることになった。そして明日にはもう決着がつくというのだから、なんとも気短な代表選で、これでは二人が具体的に何をやろうとしているのか、投票権を持つ議員たちにも理解できないだろう。
なぜ、こんなにも急いで代表選をする必要があるのか。

ジャーナリストの上杉隆は、DIAMOND online で、「民主党は拙速な代表選実施で、政治ショーの最高の演出機会を逃した」という一文をアップしている。それによると、小沢一郎は辞任は民主党にとって国会日程の主導権を握っただけでなく、麻生太郎が持つ「解散カード」までも限定的なものにし、代表選を行うことでその後の党勢回復にも一役買うものだった。ところが、その代表選を5月16日に定めてしまったことによって、それらの効果を台無しにしてしまったというのである。

たしかに上杉ならずとも、こんなに早く代表選を実施したのでは二人の代表候補の考えを十分に聞く余裕もないし、第一これではマスコミが盛り上げるヒマがない。
昨年9月に自民党は1ヵ月というもの、国会に空白期間を作ってまで茶番と呼ばれた代表選を行った。国民は大いに白けたが、NHKをはじめとするマスコミはダボハゼのように食らいつき、連日あの5人の候補者の顔をテレビで流した。
広告宣伝効果という点からみると、茶番であれ、自民党がやった代表選は大成功だったのである。

それなのに、民主党は何をやっているのか。
仮に今回民主党が自民党と同じように代表選を行っていれば、鳩山由紀夫と岡田克也の他にも立候補者が立てただろうし、民主党はテレビ・新聞を通して大いに「生活が第一」という自党の理念と政策をアピールすることができたはずなのだ。

ところが今回のように、わずか2日間で代表を決めるとなれば民主党の党勢回復どころか、かえって小沢一郎のフィクサーとしての存在ばかりが際立ってしまい逆効果になってしまう。

鳩山由紀夫は「小沢一郎の傀儡と呼ばれるつもりはない」と強調したが、その言葉を真に受けるものは少ないだろう。

ところで、今日、私が言いたいのは鳩山由紀夫という男についてだ。
昨日、鳩山由紀夫は出馬表明したときにこう語った。

「一言で私の政策を言えば『友愛社会の建設』『愛のある政治』だ」

私はこれで一気に鼻白んでしまった。
友愛社会の建設」、「愛のある政治」とは一体、どんな内容を表すのか。
ミクシィのマイミクの一人は、その日記で「まるで安倍晋三の『美しい国』を想起させる」とこき下ろしたが、私もまったく同感である。

そもそも世襲議員の代表格のようなこの男が、民主党の代表になってしまえば、それだけで自民党との大きな対決軸が一つなくなるわけで、民主党にとっては損である。このことを民主党員はどう考えているのだろうか。

そして鳩山由紀夫が掲げた「友愛社会の建設」こそは、鳩山の祖父、鳩山一郎が好んで使っていた「友愛」という言葉に由来している。
鳩山一郎といえば、日ソ国交回復を成功させ、日本民主党と自由党の保守合同を成し遂げて自民党を結成。いわゆる55年体制を確立した政治家である。
これだけならば、たしかに鳩山内閣が行った政治の基本理念は「友愛」にあったと理解できなくもない。
しかし、その一方で、鳩山一郎は改憲論者であり、日本の独立確保という視点から再軍備を唱えていた。

麻生太郎は馬鹿の一つ覚えのように「吉田茂の孫」と言いふらしていたが、鳩山由紀夫もまた、麻生のように触れ回らないだけで頭の中には偉大なる祖父、鳩山一郎が成し遂げようとしたことにあやかろうとしている節がある。
つまり、それは「友愛」という美しい言葉とともに日本の憲法を改悪し、日本独自の軍備を持つという野望に他ならない。そして、この方向性は鳩山由紀夫の後ろ盾である小沢一郎ともきわめて親和性が高い。

今、民主党が第一に掲げているのは政権交替であり、自民党的な政治に終わりを告げさせることだ。これについては鳩山由紀夫も岡田克也も異論を挟むことはないだろう。
しかし、問題は政権を取った後のことだ。
鳩山は消費税増税はしないといい、企業・団体献金の禁止や国会議員の世襲制限、衆院比例代表の定数削減などを挙げているが、もっと根っこの部分では自民党の右翼議員にも近い「改憲」を懐刀のように忍ばせているのである。

あと24時間もすれば、民主党の新代表が決まる。
そして新しい看板を掲げた民主党は、政権交替に向けて突き進んでいくことだろう。私もまたそうであってほしいと願わずにはいられない。

しかし、新しく決まる代表が鳩山由紀夫になった場合、鳩山が唱える「友愛社会の建設」や「愛ある政治」には強い疑念を持っており、鳩山が実行しようとする政策に諸手を挙げて賛同する気にはどうしてもなれない自分がいる。

鳩山か岡田か。
明日の代表選はまったく選択肢に乏しい、夢も希望も萎むようなイベントとしか言いようがなくなってしまったが、それでも最低限、鳩山由紀夫だけは代表になってくれるな、というのが私の願いだ。
しかし今現在の状況では、どうやら党内では鳩山有利が続いているらしい。
友愛社会の建設」「愛ある政治」。
われわれはまたしても、こんな歯の浮くような言葉を合い言葉にする人間をリーダーに戴きながら、政権交代に向かっていかなければならないのか。

なんとも気が重いことだと言う他ない。

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関連タグ : 鳩山由紀夫, 民主党, 代表選, 愛ある政治, 友愛社会,

3月以来ダラダラと代表の座に居座り、日本の政局に停滞感となんともいえない閉塞感すらもたらした小沢一郎がようやく辞任して、さあこれから政治が変わっていく、つまりは政権交代に向けてまっしぐらに動き出すかと、愚かにも私は期待してしまった。

いや、なんともあさはかでした。
それは認めよう。

なんと、民主党代表選を16日に行うことを早々と決め、マスコミでは早くも鳩山由紀夫岡田克也が有力視されている。

実は、私は民主党がこの時期に代表選を行うことにも懐疑的だった。
なぜなら、代表選を暢気にやっている時間などないと思っていたからだ。そんなことをすれば、また自民党の細田博之あたりが得意げな馬鹿面をさらして、ことさらに民主党批判するのは目に見えている。
そんなスキをわざわざ敵に与える必要はない。
そう思っていたのである。

新しい代表は、これまで代表代理を務めてきた菅直人でいいではないか。

ところが民主党は、というよりも辞任を決めた小沢一郎は、自分が陰に回る代わりに表舞台で思い通りに動かしやすい人物を新代表に据えようとしている。
これまで小沢にいちばん近かった人物と言えば鳩山由紀夫であり、菅直人などはいちばん遠いところにいると見て間違いないだろう。
なにせ、3月に小沢の秘書が逮捕されてから、面と向かって小沢に辞任を促したのは菅直人だけだったのだから。

反対に鳩山由紀夫は小沢をかばい続け、小沢のスポークスマンとなって甲斐甲斐しく働いてきた。
鳩山が次の代表として最有力といわれるのも、その論功行賞があればこそだろう。

なんだか、こうして書いていても嫌になってくる。
まるで、これでは自民党内部のことを書いているような気になってくるからだ。
昨日の「きっこの日記」では民主党は飛車角抜きで戦ってもアホぞろいの自民党には勝てると豪語していたが、私はまったくそうは思わない。

民主党が、仮に鳩山由紀夫を代表に決めれば、麻生太郎と変わらぬ世襲議員の代表誕生であり、なにより鳩山由紀夫という人物は麻生太郎よりも優れたところがどこにも見あたらない凡庸な男だからである。
鳩山の人物像については、今日の「きまぐれな日々」や「カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの虚業日記」がくわしい。
まず「きまぐれな日々」から一部を抜粋してみることにする。

鳩山一郎の孫である鳩山由紀夫は、単に安倍晋三(岸信介の孫)や麻生太郎(吉田茂の孫)と同じ類型の、世襲政治家の権化であるばかりではなく、耐震強度偽装や田母神俊雄が大賞を獲った懸賞論文で悪名の高いアパともべったり癒着している。
(中略)
小沢一郎は、自らはタカ派にして新自由主義的な本音を抱きながら、選挙区の事情や左派と結んだ政策協定によって左派を重用する党内采配を行ってきたが、代表が鳩山由紀夫に代わってしまうとそうはいかない。確実に左派の影響力は低下し、民主党の政策は右旋回をすることは間違いない。


「カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの虚業日記」では次のように書いている。

鳩山由紀夫の能力は麻生太郎以下だと思っていて、鳩山由紀夫は世襲であることと統一協会などのカルトな支援組織と財界が後ろで煮凝りになっていることが取り柄といえば取り柄な、政治家としては少なくとも政党の看板に置いちゃ不味い奴だと評価しているんだが、なんでそんな安倍晋三と似たり寄ったりな無能野郎が民主党の代表候補としてすぐに名前挙がるんだろうか。日本には選んで有害なバカを担ごうとする体質があるんだろうか。それと民主党構成員はあの鳩山由紀夫代表時代の不人気ぶりをもう忘れてしまっているんだろうか。

二人のエントリを読んで思い出したが、民主党は一度、鳩山由紀夫を代表にして懲りた事実があるのである。
にもかかわらず、小沢一郎は鳩山由紀夫を担ぎ出そうという意識がどうやら強いらしい。「きまぐれな日々」のkojitakenさんは小沢にとって鳩山という男は「担ぐ御輿は軽くてパーがいい」という御輿だと看破している。

もちろん、代表選をやる以上は立候補に前向きな姿勢を示している岡田克也にも可能性があるわけだが、岡田にしても世襲議員ではないものの、その出自はイオングループの御曹司であり、すくなくとも自民党に対して世襲議員のことを非難するには抵抗がある人物だ。さらに岡田は新自由主義的立場をとっていることでも知られ、政策については社会保障費の財源として消費税増税を主張している。

無能な鳩山由紀夫と新自由主義者の岡田克也
こんな二人が代表候補になる民主党が、はたして「きっこの日記」が言うように「飛車角抜きでも自民党に勝てる」と言い切れるだろうか。
とてもではないが、私は民主党に一票入れる気にはなれない。

こんなことならば広く候補者を募り、時間をかけて代表選をやってくれる方がよほどよかった。そうすれば長妻昭、あるいは蓮舫といった新しいイメージの代表が生まれる可能性が出てきたはずだ。
しかし民主党執行部は投票を衆参議員だけに限り、今週末に決着を付けようとしている。これではニューフェースなど出てきづらいし、立候補したとして当選する可能性はほとんどないだろう。なにしろ党内派閥で言えば小沢一郎系がもっとも多く、そして彼らが推すのが鳩山由紀夫なのだから。

というわけで、ようやく政治が動き出したと思ったのも束の間、民主党に対してはまたしても裏切られた思いでいっぱいの私は、またしばらく鬱々とした日々を送らざるを得ないようである。

関連タグ : 民主党, 鳩山由紀夫, 岡田克也, 代表選,

私はこれまで何度も書いてきたが、民主党は9月の代表選をなんとしても行うべきだと考えている。
それは、代表選を行うことにより民主党の考えが明らかになるからだ。国民が、民主党が何をやろうとしているのかを知ることができるからだ。
なぜそれが重要かと言えば、自民党政権に変わって民主党が政権を取ることになるとすれば、民主党代表が首相になるわけであり、その首相が国民に対して政策を明らかにしておくことは必須であると考えるからだ。

「ニュース23」の後藤謙次はテレビキャスターとしては切れ味が鈍く、私は好きになれずにいるが、昨日の番組では民主党代表選について、やはり次期首相を選ぶことにつながるのだから代表選は是非とも行うべきだと述べていた。
私も同意見である。

しかし、今日の報道を見ると、代表選に立候補を表明していた野田佳彦広報委員長が、幹部議員らと協議を行った結果、慎重論が根強いために出馬を断念する意向を固めたらしい。
野田はこれまで、次期衆院選のための党のマニフェストの内容を深化させるために、代表選を行って政策論争するのが必要だと主張してきた。これはまったく正論であり、代表選を行わずに小沢一郎が3選することだけが決まれば、国民が得るところはあまりに少ない。
まさか民主党は、小沢一郎にだまってついてこいと国民に言いたいのだろうか。
それほどまで民主党は、国民の支持が厚いと自信を持っているのだろうか。

どうやら党内では無言のうちにそうした実態のない自信のようなものが蔓延しているらしい。党有力幹部の松本剛明前政調会長らが、「衆院選の準備に全力を挙げるべきだ。今は党内で争っている時ではない」として慎重論を唱え、譲らなかったという。また、党内には、いま代表選の対立候補に協力すると、衆院選後に行われるであろう小沢一郎の粛清を恐れる声も強いようだ。
なんともはや、これではスターリン政権下のソビエト共産党のようではないか。

さらにブログのなかには野田佳彦出馬について、日本の状況を判断する能力がないのではないかとこきおろすものがある。これらのブログによると、野田の代表選出馬は陰謀論の亜流に過ぎない「偽装チェンジ」勢力と結びついているとの憶測もあるようだ。
どこかの妄想に駆られたバカな学者崩れの言葉を鵜呑みにして「偽装チェンジ」論などをもてはやしているだけで、私はすでに相手にする気にもなれない。
偽装チェンジ」論をもてはやす彼らは、民主党がなすべきこととして「責任ある政権公約を国民の前に早急に示すべき」で、党を結束し「官僚主権構造の日本」を「国民主権構造の日本」に刷新する責任ある公約提示が求められているとしている。

しかし冷静に客観的に見れば、責任ある政権公約を国民の前に示すには、代表選をすることがいちばん適した場になるのではないか。代表選によって民主的に「国民主権構造の日本」を実現できる党代表を選ぶことこそ、党を結束させ、なおかつ広く国民の支持を得ることにつながるのではないか。この点で「偽装チェンジ」派の言っていることは矛盾しているとしか言いようがない。
まったく、くだらない陰謀論には反吐が出る思いだ。

そんなものはどうでもいい。
私は何度でも繰り返す。
民主党は代表選を行うべきである。そうすることで国民の前で民主党が持つ論点を明確にし、政権を取った後に何をしていくかをはっきりと示すべきだ。民主党が政権を取ることによって、自公政権よりもましな社会が実現できることを具体的に示すべきだ。
決して密室政治で代表を決めるべきではない。
これは民主党の信義に関わる問題だと思う。

このまま野田佳彦が出馬を断念し、なしくずしに小沢一郎が代表3選を果たすのであれば、民主党はどのようにして政権公約を明らかにするつもりなのか。去年のように「生活第一」といいながら、それを反故にしてきた責任を小沢一郎はどう取ったうえで次期政権を取ろうとするのか、はっきりさせなければならない。そうでなければ民主党がいくら結束したところで、国民はそっぽを向くだろう。
一般国民の良識を馬鹿にしてはいけないというものだ。
民主党員たちにはぜひ、そのことを頭に入れておいてほしいものだ。

関連タグ : 民主党, 代表選, 野田佳彦, 偽装チェンジ, 小沢一郎,

昨日の深夜、正確には日付が今日に変わって間もなく、またしても東北地方に大きな地震があった。
被害に遭われた方に、心からお見舞い申し上げます。


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昨日23日のニュースでは、自民党社保庁の後継組織となる日本年金機構の職員採用について、過去に懲戒処分を受けたことのある社保庁職員867人を全員不採用とする方針を決めたことを報じていた。

社保庁は当初、「ヤミ専」職員らと処分歴のある職員のうち、停職・減給処分歴を持つ247人を不採用とする方針を示していた。これに自民党がもっとも軽い戒告処分しか受けていない620人には期限つきの雇用の道が残されていると猛反発し、この厳しい方針となった。

テレビ画面には参議院会長の尾辻秀久らが登場し、不正のあった職員には厳しい処置をするのは当然のことと胸を張っていた。

なるほど、自民党もたまには分かりやすい正義の執行役を演じるものだ。
しかし、この厳しい方針によって、本来の業務とは関係の薄いスピード違反で戒告処分を受けたような場合も事実上解雇されることになる。
たしかにスピード違反も法律違反には違いないのだから、仕方がないといえば言えないこともない。
けれども、自民党はこれまでさんざん官僚どもに好き勝手なことをさせてきたことを棚に上げて、いざこのままでは選挙に勝てないと見るやトカゲの尻尾を切るようにミソもクソも一緒くたにしたような処分方針を固めて胸を張っている。

ニュースを見ていた国民の多くは、自民党もたまにはやってくれるじゃないかと最近の官僚どもの腐敗ぶりに腹を立てていた分、溜飲を下げたかもしれない。
しかし、これは明らかに自民党の勇み足というもので、テレビカメラに向かってどうだとばかりに答えていた間抜け面は三文芝居の舞台で台詞を垂れ流す大根役者のスタンドプレイそのものだ。

そして、自民党にこれほど醜く残酷な処分をさせる元を作ったのは民主党のだらしなさ、不甲斐なさが原因になっていると私は思う。

たしかに今、総選挙をやれば自民党は負けるかもしれない。しかし、それはイコール民主党が国民の信任を勝ち取って政権を奪取することだと思ったら大間違いだ。

民主党代表選をするか否かで揉めているかに見えるが、代表選に対して否定的な考えを持つ者の根底には、代表選を行っている最中に自民党が解散総選挙をすることにしたら自分たちが対応できなくなるという貧乏くさい怯えがある。
さらに、否定論者は小沢一郎の統率力がなければ党が一丸となって戦えないという。だがそれは勝手な言い訳で、実は代表選もせずに小沢一郎によりかかったままの方が自民党に勝てるという思い込みこそが、国民に民主党を見限らせる原因になる。

何度でも繰り返すが、小沢一郎は「生活第一」と言っていた自分の言葉を忘れて大連立に走り、さらにはガソリン国会などといって国に混乱だけをもたらし、棚ぼた式に後期高齢者医療制度の悪評に乗っかって自民党をこき下ろし、挙げ句に国会を放り出して会期を終わらせてしまったのである。
この先何をするか分からない男を無批判に代表として戴いている党に、国民はどれだけ投票意欲をそそられるだろうか。

こんなことは冷静に考える頭を持っていれば自明のことなのに、当の民主党にはそれが見えない。見えていないから自民党の非論理的なスタンドプレイを許してしまうのである。

今さら社保庁の腐れ役人どもの肩を持つ気などはない。
しかし、このまま自民党の安手な「正義」に目を奪われて、せっかくあと一歩のところまで追い詰めた政権交代という獲物を逃がすのはあまりにもったいない。

今、党を割るなどは考えられないことではあろうが、私はこのまま小沢一郎を代表にして政権を取るくらいならば福田康夫にもうしばらく首相の座にいてもらった方がいいとさえ思う。できれば民主党は小沢のような国民の生活に目を向けようとしない政治家と新自由主義者とは袂を分かち、野党再編もしくは野党共闘で自民党を打ち倒してもらいたい。
小沢や、もちろん麻生太郎などに比べればいくらかでもバランス感覚のある福田康夫には、それまでの間、頑張ってもらいたい。

これは今や主流ではなくなりつつあるブログ左派、つまり陰謀論などに汚染されていない人間の、ささやかなる願いである。


関連タグ : 社保庁, 懲戒処分, 自民党, 民主党, 小沢一郎, 代表選,

昨日のエントリで、このブログでは民主党代表選を行うべしという立場を明らかにしたが、当の民主党にはほとんどその気はないようだ。
毎日新聞の記事によれば、小沢一郎の対抗馬がいまだに現れず、選挙の構図が定まらない。そのうえ、ベテラン勢が相次いで「無投票3選」を支持する発言をしており、小沢による次期衆院選に向けた地元回り指令が代表選への感心を遠ざけているという。

さらに、小沢に近い藤井裕久最高顧問は17日、「代表選をやるのは反対。これから政権交代しようという時に、エネルギーが分散されてしまう」と岐阜市内の講演で断言。小沢と69年衆院初当選同期の石井一副代表も14日の両院議員総会で「意義があるのは『次は自分が政権を取る』と訴える場合だけ。支援する方はそれなりの腹を持っていただきたい」とすごんでみせたというから、もはや確信的だ。これらの発言だけを見ていると、まるで自民党幹部が言っているような台詞に見えてくる。

民主党内には今代表選の対抗馬を擁立すると、衆院選になったときに小沢が公認候補者を差し替えるという無言の圧力も働いているようだ。
これでは「公認決定に影響すると思う議員は代表選と距離を置くだろう」というのも当然で、若手議員が「地元を空けて東京で代表選の活動をするにはかなりの覚悟がいる」と漏らすのもやむを得まい。

しかしこのような状況を作ることが民主的といえるだろうか。

ここまでして3選して、小沢一郎はなにをやろうと考えているのだろうか。
代表選を行わなければ何も見えてこないではないか。
もちろん、小沢はあらたなマニフェストを発表するだろうが、たとえそこで再び生活第一と歌い上げたとして、今までのいきさつを見てきたわれわれは、どこまでそれを信じていいものやら分からない。

繰り返すが、民主党は代表選を行って公のもとに議論を闘わせるべきである。そうしてこれからこの党が何を目指すのか、何を国民に約束するのかを明確にするべきである。

小沢の知名度に寄りかかり、小沢に任せておけばいいという考え方で今後の党運営を進めていくのなら、民主党はすでにして自民党と同じ道を歩み始めているとしか思えない。

さらに、時事通信によると、鳩山由紀夫は次期衆院選後の政局に関し、「公明党を排除することを最初から考えるつもりはない。民主党の考え方に協力していただけるなら大変有り難い」と述べ、公明党との連携もあり得るとの考えを示している。
権力の座にしがみつくためならば相手を選ばない公明党を抱き込んでまで、民主党は政権を取るつもりなのだろうか。戦略的にその考え方はあるのだろうが、私にはとうてい支持できるものではない。これまで自公政権で公明党が果たしてきた役割には目に余るものがある。

現在の自公政権は一刻も早く交代してもらう必要がある。
しかし、そのかわりに登場するのがやはり自民党的な体質しか持ち合わせていない民主党であり、コバンザメのようにその腹にくっついて再登場する公明党では、国民にとってあまりにも夢がない話とはいえないだろうか。

関連タグ : 民主党, 代表選, 小沢一郎,

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