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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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太田農水相
昨日19日、農水相の太田誠一がようやく辞任した。

これを受けて、一応今も首相ということになっている福田康夫は記者団から農水相の任命責任を問われたが、
「私はすべてに責任を持っている」と認めたものの、「行政府を監督するのは首相ではないか」と重ねて問われると、お得意の人ごと発言が飛び出した。
「末端まで全部(監督するのか)? 大変だな、総理大臣も」

責任ある首相の座を放り出して半月以上、もはや福田康夫にはやる気など微塵もないし責任感も希薄なのだろうが、それにしてもこの無責任な物言いをして平気な男を総理大臣に頂いている日本国民は本当に不幸せだ。

不幸せだといえば、国民の不安と怒りをよそにけじめをつける形で辞任した太田誠一は、農水省職員から花束を贈られてだらしなく顔をにやけさせて自動車に乗り、去っていった。
国民を愚弄する発言をし、事務所費問題では真実を明らかにせず、事故米転売問題が浮上してからは常に後手に回る対応を取った挙げ句、「人体への影響は少ないからじたばた騒がない」と改めて頭の中が空っぽであることを証明してみせたこの男を大事な農政のトップに頂いていたこともまた、国民にとっては大きな不幸だったという他ないだろう。

太田誠一は「事故米の流通先がおおむね判明したことや、再発防止の骨子もまとまったので、一つの節目と考えた」ことを辞任の動機として語ったが、流通先が「おおむね判明」しただけで十分だといえるのか。国民からすればすべてもらさず判明させなければ、到底安心することはできないだろう。
さらに、再発防止策もできたというが、その防止策にどれだけ実効性があるかも疑問である。

農水省がまとめた再発防止策とは、
1.輸入時に食品衛生上の問題が見つかった汚染米は輸出国に返送または焼却する。
2.厳密なマニュアルを作成して抜き打ち検査を実施する。
3.省内の業務分担で販売と検査を分離する。
4.米関連商品の原料原産地表示システムを確立する。
5.省内外の人事交流で職員の能力を向上させる。
の5項目だ。

しかし、汚染米が見つかったとしてそれを輸出国に返送したり焼却処分するのにかかる費用は誰が負担するのか。農水省がこれらをすべてやるならばいいが、実際には輸入業務を商社が委託して行っている。余計な負担が増えれば、商社は輸入業務を嫌うだろう。さらに汚染米を工業用に売却することが禁止されれば、商社は輸入業務に手を出さなくなる恐れもある。そうなったときにミニマムアクセスはどう実行されるのか。
せっかく作成した再発防止策にも、まだ問題が残っている。

今回は農水大臣と農水省事務次官が辞任することになって、一連の騒動にはひとつの節目をつけた格好にはなったが、農水省が事故米の流通先として発表した業者にとっては問題解決どころではない。
太田誠一などは、どうせあと5日で内閣が総辞職になるのだし、今辞任しようが対して痛みを感じないだろうが、風評被害に戦々恐々としている和菓子業界などはこれからが大変だ。
高級素材と信じて購入した材料が、元を正せば有毒な汚染米で、転売を重ねるうちにいつの間にか国産の高級品として売られるようになったという事実には、怒りのやり場がないだろう。
こうした責任はいったい、誰が取るというのだ。
太田誠一

今回の事故米転売事件は、もちろん三笠フーズをはじめ、事故米と知りながら食用として転売して金儲けを企んだ業者がもっとも責められるべきだろうが、長年にわたって監督する立場にありながら不正を見逃し、のみならず事故米を買い取ってくれるお得意として三笠フーズらを利用してきた農水省も共犯として責められるべきである。
自民党政権が任命してきた農水大臣は、昨年の松岡利勝やバンソウコウの赤城徳彦、遠藤武彦と、最低ランクの人材ばかりだったが、太田誠一辞任した後は町村信孝が兼任することになった。

いくら解散総選挙を控えているからといっても、いかにもその場しのぎの人事であり、今国民が直面している食の大問題にまじめに取り組もうという姿勢が感じられない。自民党にしてみれば、鬼門でもある農水大臣をいまさらやろうという人間がいないのかもしれないが、無責任きわまる話である。
農水大臣を兼任することになった町村信孝は、今回の太田誠一の辞任を太田個人の責任問題とし自民党が関わってきた農政に責任はないような口ぶりを見せているが、自民党の無能・無責任ぶりを忘れるわけにはいかない。

総選挙では絶対に、自民党を粉砕し、大敗北に追いやらなければならない。利権談合集団でしかない自民党は責任のなすりあいで空中分解を起こし、バラバラになることだろう。

今からその日が楽しみだ。

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関連タグ : 太田誠一, 辞任, 事故米, 農水大臣,

それにしても何とかならないものだろうか。
22日の総裁選まで、あと一週間もの間、われわれはNHKなどをマスコミジャックした自民党につきあわされて指をくわえているしかないのだろうか。

こうしている間にも、国内では事故米というより毒入り米事件がどこまで広がっていくのか不透明な状態にあり、これは三笠フーズをはじめとする悪徳業者と農水省とが結託して起こした悪事だというのに、マスコミは利益追求に走った業者による不正という単純な構図でしか伝えようとしていない。
ことは官民癒着の上に起きた事件で、国民全体の食の安全を脅かしているというのに、だ。

さらに北朝鮮では金正日が倒れ、どの程度まで回復するか見込みがつかめない状態が続いている。場合によってはこれまでの対北朝鮮関係が大きく変更を迫られる恐れもある。拉致問題をふくめ、北の脅威の問題がどのように進んでいくのか、日本にとっては重要な外交問題であるはずなのだが、リーダー不在の政府はなんら積極的な動きを見せていない。

そして昨日は米大手投資銀行のリーマン・ブラザーズが経営破綻した。これによって米国経済が大きな打撃を被ることは当然のことながら、それが世界経済に与える影響が懸念されている。ことに外貨をドル建てで保有している日本はいかほどの経済的ダメージを受けることになるのか。
ことによれば世界規模の経済恐慌が起きる可能性があるという一大事が起きているというのに、政府・日銀の反応は固有資本に厚みがあることから楽観的で、今後も成り行きを注視していくという消極的な反応しか見せていない。

大丈夫なのか? これで。
自民党が総裁選などという御祭騒ぎに明け暮れているから、危機感が欠如しているのではないか。

もし、5人の候補者の中にほんとうに日本の将来を心配するものがいるのならば空虚な祭りなど即刻中止して総裁(もう麻生で決まってるんだろが)を決めてしまい、諸問題に対する緊急対策を打ち出していかなければならないはずだ。
しかし彼ら5人の中にはもちろん将来の日本のビジョンを明確に持っている者などいるはずもなく、したがっていたずらに時を費やして政治的空白を続けるばかりだ。

リーマン・ブラザーズが破綻し、米国経済が行き詰まるということは、これまで彼らが推し進めてきた実体経済によらず株式や金融で金を動かすことで利ざやを稼ぐというやり方、つまり新自由主義的手法が行き詰まりを見せたということに他ならない。今までのやり方は失敗であり、市場原理を重視する新自由主義は間違っていたのだ。だとすれば、これまでアメリカに追従して経済政策を取ってきた日本も修正しなければならないはずなのに、外貨処理一つをとっても日本が何をしたいのかははっきりせず、まるで立ち往生しているかのように見える。新自由主義は駆逐すべきものと思っている私は万歳を叫びたいところだが、事態はそれどころではなさそうだ。

ドルの価値が限りなく下がり、景気が後退するのは目に見えているのだから、このままでは世界的なスタグフレーションが進む可能性が強い。そうなればいちばん最初に打撃を被るのは経済弱者である庶民ということになる。今でさえ十分すぎるほど生活は厳しいというのに、今後さらに景気が悪くなり金の価値が下がるとなれば、国民生活はいったいどうなるのか。
この9月末から10月にかけて、われわれの行く手には悪魔が大きな口を開けて待ち構えているのかもしれない。その先にあるのは何かなど、私には恐ろしくて考えたくもない。

世界的に見て新自由主義が誤りだったのがはっきりした以上、これまでさんざん新自由主義的改革を推し進めてきた自民党政治もまた間違っていたことになる。世界経済とともに日本経済も危機を迎えようとしている時に、自民党総裁選に立っている者たちが訴えている政策では乗り切れるはずがない。
今いちばん求められるのは野党が結束して経済対策を打ち出し、国民が受けようとしている打撃を少しでも和らげる政策をとることである。
そのためにも茶番の総裁選はすぐにも止めて自民党は内閣を解散し、総選挙を一刻も早く実施しなければならない。そして今度こそ、野党が政権を取って社会民主主義的な政府を作る。
今の日本には、あと一週間も遊んでいる余裕はない。

焦りにも似た、切実な願いを持っているのは決して私一人ではないはずだ。

関連タグ : 事故米, 北朝鮮, リーマン・ブラザーズ, 新自由主義,

事故米
昨日のエントリでは事故米を買って商品を作ってしまった酒造メーカーが、商品回収や売れなくなった在庫の管理、さらには酒を廃棄するにも莫大な費用がかかることで頭を抱えていることを書いた。
「杜氏が心を込めてつくった酒を棄てることは忍びなく、悲しい」
その言葉には真情がこもっていた。

しかしながら、消費者として彼らを見ると、三笠フーズに騙されて大損したことに同情していていいのかという気持ちになってくる。

昨日のエントリに対して、塩爺さんという方からコメントを戴いたので、ここに再掲する。

>私は居酒屋をしております。
過去に数多くの 焼酎蔵を見学に行ったこともあります。その中で 直接 造り手さんとも話をさせていただきました。

私も 同じ意見です。
毒性が検出されようが されよまいが、そんな事より、焼酎の品質に問題が なかったのか、とても気になる所です。
どう解釈しても、品質より利益を重視したとしか思えないのが、率直な私の意見です。<

昨日私が呈した疑問は、「それじゃ、われわれはこれまでどんな酒を飲まされてきたのか?」ということだ。
日本酒にしろ焼酎にしろ、その原材料は水、米(焼酎の場合は芋など各種原料)、麹という、いたってシンプルなもので作られている。
それだけに品質のいいもの、最低でも安心して飲める酒を造るにはこれら原材料の品質が保証されていなければならない。かび臭い水からいい酒が出来るはずがないのだし、雑菌の混じった麹からいい酒は出来ない。同じように、品質の劣化した米からも決していい酒は出来ないはずなのだ。いわんや、カビが混入した米などから酒を造ろうなどとは、良心的な造り酒屋ならば考えもしないだろう。

昔、日本酒が一級、二級と等級で区別されていた時代には、「三増酒」とよばれる品質の悪い酒が多く出回っていた。それらがなぜ三増酒と呼ばれるかといえば、酒の量を増すためにアルコールを添加するのだが、それだけでは味が辛くて飲みづらくなってしまうので、糖分や香料を添加して飲むに耐えるようにしたからだ。今ではあまり三増酒のことは聞かなくなったが、なくなったわけではない。ごくごく安く売られている酒はこの三増酒で、原材料の表示を見れば「米、醸造用アルコール」と並んで「糖類」という項目があるはずだ。

今、舌の肥えた酒に「やかましい」消費者は、自ら好んで三増酒を飲もうとは思わないだろう。わざわざ好んで糖類を添加した酒を飲まなくても、安くて安心して飲める、それでいてかなり美味いと思わせる酒があるからだ。(もちろん、そういう酒は吟醸酒や純米酒ではなく「アル添酒」と呼ばれる醸造用アルコールを加えたものだが、アル添酒自体は悪いものではない。私には「アル添酒」の方が飲みやすいと思うことが少なくない)

さて、こうした「やかましい」消費者に対して、事故米を買わされて自家商品を回収したり廃棄するはめになった酒造メーカーは、酒造りに対してどういう信念を持って取り組んでいたのだろうか。
一連の事実から推測すると、私には、できるかぎり安い原材料を仕入れて製品を作り、利益を上げることが第一だったのではないかと思われてならない。
ほんらいならば美味い酒、いい酒を造って提供するからこそ、杜氏も誇りを持てたはずなのだが、今回の事件で被害にあったメーカーは、ほんとうに誇りを持って仕事をしてきたといえるのか。

焼酎の場合は蒸留という工程が入るため、少々原材料となる米の品質が悪かろうと味に影響が出るものではないのかもしれない。
しかし、そういう考え方があったからこそ、今回のような事故米をつかまされるはめになったのではないか。
たしかに消費者は高くても美味い酒ならばどんどん買うとは限らない。できれば安くても美味い酒を飲みたいという者が多いだろう。メーカーとしても、売り上げと原材料費とのバランスにはいちばん気を遣うだろうから、できるだけ安くていい材料を仕入れて酒を造りたいはずだ。
けれども、それが許されるのはあくまでも「安心して飲める酒」を作る範囲内に限られる。今回のような事故米をつかまされても気づかなかったメーカーは、普段からそうとう品質的に問題のあるような安い米を原料に使っていたのではないか。
とにかく安い原材料で酒を造り、利益を上げようとして商売してきた結果が、今回の被害に結びついたのではないか。

だとしたら、こうしたメーカーは「杜氏が心を込めて作った」酒に対する誇りとは対極にある、安い材料でいかに味を誤魔化して消費者に売りつけるかという算段が第一にあったわけで、その結果、もしかすると有毒物質が入った商品を消費者に飲ませ続けてきたかもしれないのである。
そうなると、彼らメーカーは被害者どころか加害者の一味に加わることになるのではないか。
塩爺さんが書いたように、品質よりも利益を重視した挙げ句、品質に問題のある酒を売り続けてきた。
酒造メーカーは、被害を嘆くよりもまず、消費者に対して申し開きをし、必要がある場合には徹底的に謝罪するべきではないか。

酒飲みの一人として、今回の事件はこのまま捨て置くことは到底出来ないのである。

関連タグ : 事故米, 酒造メーカー, 原材料, 利益重視, 誇り,

今回の事故米転売事件で、業界ごと大きな被害を受けているのが焼酎業界だろう。
問題の三笠フーズから汚染米を仕入れて酒を造っていたメーカーはもちろんのことだが、それ以外のメーカーも「焼酎はあぶない」というイメージが先に立ち、消費者が買い控えることが予想される。
その損害を考えると、関係者は頭が痛むだけでは住まないだろう。

今日の西日本新聞では、商品を自主回収した酒造メーカーの苦悩を伝えている。回収にかかる費用はもちろんのことだが、在庫として残った日本酒や焼酎の処理にも莫大な金がかかるというのだ。
たとえば美少年酒造(熊本県)の場合、8月中に出荷した日本酒約3万本の自主回収を始め、工場にも約38万本分の在庫が保管されている。しかし回収した酒を処理するには、酒税法に基づいて密売を防ぐための処理をしなければならない。

>同社によると、廃棄する場合は、事前に国税局に申告し、製品に塩を入れて飲めなくする「不可飲処置」を施すことが必要で、税金がかけられている酒が密売されないようにする目的がある。処置が終了すると、廃棄物処理業者に委託して、廃棄するが、緒方伸太郎副社長は「ものすごい額になるだろう」とため息をつく。保管の費用もかさむばかりだ。

>光酒造(福岡県粕屋町)も1月以降に出荷した米焼酎など約5万本の自主回収を行っているが、処理についてはまだ決めておらず、光安直樹社長は「バイオ燃料として再利用できないかも検討している」という。

メーカーにとっては金がかかることも頭が痛いが、それ以上に「杜氏が心を込めて作った酒を捨てることは忍びなく、悲しい」。

それは本心だろう。
酒好きの一人として、私も心が痛む。

ただ、私はここで素朴な疑問を呈しておく。
これらの酒造メーカーでは、これまで原料米にそれほど神経を使ってこなかったのだろうか。もちろん事故米を買わされたのは卸業者に騙されたからに違いないが、そもそもそうした米は普通の米よりも相場でいえばずっと安かっただろう。
これらの酒造メーカーはこうした安くて限りなく品質にこだわりをもたない米を買い付けて、酒を作っていたのだろうか。

以前、私は酒蔵を訪ねたことがある。
その蔵は、規模は小さいけれども江戸時代から続く酒蔵で、先代の跡を継いだ若社長が自ら杜氏として酒造りに加わり、今までにないふくよかな香りと柔らかい味わいを持つ日本酒を作り上げて全国的な話題となった。
その杜氏でもある若社長が言っていた言葉を思い出す。

「いい酒を作るには水、米、そして酵母が大切なのです」

昔からいい水が湧き出る土地といい米が取れる土地ではいい酒が作られてきた。水でいえば京都の宮水は有名だし、米でいえば新潟などの米所が銘酒の産地としても知られている。
酒造りに使われる米は酒造米といって、一般のうるち米とはまったく違うものだが、酒蔵では狙った味の酒を作るために米の選別を行い、これに磨きを掛けて芯に近い部分だけを原料にする。

要するに、品質のいい米を使わなければいい酒などできないのである。

「酒というのは非常に単純な素材で作る。それだけに繊細で、出来上がるまでは神経を使わなければならないのです」

磨き上げた米を蒸して、これに蔵酵母をふりかけ麹を作る。これを製麹(せいきく)という。麹室で厳密に温度と湿度を管理しながら酵母を繁殖させる。そうして出来上がった麹に水を加えて発酵させる。

ごくごく簡単に工程を説明すれば以上のようになるが、これは焼酎の場合もそれほど違わないはずだ。(もちろん、焼酎の場合はこれに蒸留という大きな工程が加わるのだが)

だとすると、大切な原料米にごく安い米を使い、それがために事故米を買わされていた酒造メーカーが作っていた酒とはどんなものだったのか。調べてみると、焼酎には日本米よりも輸入米(インディカ米)が適しているということだから、日本米よりは安い米が使われていたことは想像がつく。
それにしても、事故米を仕入れたメーカーはどこかでおかしいと思わなかったのだろうか。

幸か不幸か、私は焼酎が苦手なのであまり飲まないが、それでも今回の事件で名前が挙がったいくつかの銘柄は口にしたことがあるし、美少年酒造の酒はたしかに呑んだことがある。辛口の、悪い酒ではなかったと思う。
しかし、これらのメーカーが酒の命ともいえる米の仕入れでこのような泥をかぶってしまったのには、酒造メーカーとしてどこかに手落ちがあったのではないか。
素朴な疑問が残る。
今、もっとも痛い思いをしているだろうメーカーを責める気にはまだなれないが、これは一消費者として持たざるを得ない疑問でもある。

はたしてわれわれは、これまでどんな酒を飲まされていたのか。

関連タグ : 事故米, 焼酎, , , ,

世の中、金がすべてじゃないよ。

私は今でもある意味そう思って暮らしているが、今の世の中ではそんな考えは甘っちょろい戯言だと見なされる。そして私自身も、しばしば「金がないのは首がないのと同じ」という思いに挫けそうになる。
人間だれしも霞を食べて生きているわけじゃなし、金を稼いでものを買って腹を膨らませなければ死んでしまうのだ。
それは当たり前のことなのだけれど、それでもなお、金がすべてになってしまったかの観がある今の社会に対して、これでいいのかという思いを捨てることができない。
なぜかといえば、金がすべてと考える社会が、あまりに余裕がなく冷たい、したがって人にとってはすこぶる生きづらい社会だからである。

なぜ、こんなにまで金、カネとそれがあたかも命よりも大切なものでもあるかのように考えられるようになってしまったのだろう。

今、日本社会の食の安全を揺るがしている、相次ぐ偽装問題。
この問題を遡れば、どこまで行き着くことになるのか。思い返してみると、それは2001年9月に国内で初のBSE感染牛が確認されたときあたりにあるのではないかと思う。
日本でもBSEに感染した牛が見つかった。そのこと自体は偽装事件とは関係なかったが、食に対する不安感はこれをきっかけに一気に高まったといえる。
02年1月には雪印食品の牛肉偽装が発覚。はじめて食品偽装問題が大きく取り上げられた。このとき、雪印食品はオーストラリア産の牛肉を詰め替えて国産牛と偽り、農水省がBSE感染の疑いがある国産牛肉を買い取ることを悪用して安い輸入牛肉との価格差をまるまる利益としたのだった。
この悪事が冷凍倉庫業者の告発によって明るみに出て問題となり、結局、雪印食品は解散を余儀なくされた。

牛肉偽装事件はその後も日本食品や日本ハムでも発覚し、日本人はまずここで牛肉業者に対する信用をなくした。
01年から02年にかけては、ハンナンも農水省の食肉買い取り事業を悪用して助成金約50億円をだまし取る事件も発覚している。

雪印食品、ハンナンに共通しているのは、国内でBSE感染牛が確認されたことを利用して金儲けをしようとする剥き出しの拝金主義だった。ことにハンナンの浅田暁被告はハンナングループを統括する立場を利用して利益を独占してきたことが分かり、大きく非難された。

しかし今から思えばこれはまだマシな方だったのだ。彼らはただカネを設けるために不正を働くだけだったのだから。

その後、2007年6月に発覚したミートホープの牛肉偽装事件は、牛肉の加工食品に鶏や豚などを混入させたり、外国産牛肉を混ぜたものを国産牛挽肉と偽ることで、消費者の口に入る肉そのものの品質までも信用できないものとさせた。ミートホープでは98年頃から田中社長の指示のもとに牛ミンチの偽装をはじめ、02年には牛脂に豚脂を混ぜて牛脂と偽装、国産と表示した牛スライスにはオーストラリア産など外国牛肉を混入、04年には発色が悪い豚挽肉に牛の心臓を混ぜて売っていた。ミートホープは原材料を偽装するだけでなく、賞味期限切れの冷凍コロッケを安く買い取って再包装し、賞味期限を偽装して販売していた。

金儲けのためならば商品の品質など問わない経営者が、ここに告発されたのである。

07年には香川県丸亀市内の精肉店がオーストラリア産牛肉を国産と偽って学校給食に納入していたことが発覚。牛肉から始まった食品偽装問題は、まるで伝染病のように広がっていく。

07年8月には石屋製菓が、北海道を代表する土産菓子「白い恋人」の賞味期限を改竄していたことが発覚。同年10月にはお伊勢名物として知られる「赤福」が34年間にわたって賞味期限を不正表示してきたことが分かって問題となった。
また、同じ月には秋田名物の比内地鶏を扱っていた食肉加工製造会社「比内地鶏」が、別の鶏肉や卵の燻製を地元の「比内地鶏」と偽って出荷していたことが発覚した。ことに燻製には卵を産みにくくなった「廃鶏」と呼ばれる雌鳥の肉を使っていたことも分かった。

07年は1年を象徴する文字として「偽」が選ばれたが、国民はまだまだ食品偽装問題に振り回されなければならなかった。

08年6月には中国産うなぎを国産として出荷していた水産卸会社の魚秀と新港魚類が摘発された。
また同月、岐阜県では食肉卸業者「丸明」が他県産や等級の低い牛肉をブランド和牛の「飛騨牛」として販売していたことが分かった。
さらにその一月前には老舗料亭として知られる「船場吉兆」が、客の食べ残していた料理を使い回していた事実が発覚。吉兆はそれまでにも賞味期限切れの菓子を百貨店で販売するなどして07年10月からたびたび問題を起こしてきた。08年5月の「使い回し事件」ではとうとう老舗としての信用失墜に耐えきれず、「のれんの上にあぐらをかいてきた」と記者会見して廃業することになった。

わずか10年にも満たない間に、これほども食品に関わる偽装が行われ、不正な利益を上げてきた経営者たちが社会の糾弾を浴びてきた。彼らがそれぞれ口にしてきたのは、「現場の担当者が一存で行ってきたこと」という言い逃れであったり、「経営が厳しくなったのでしかたなくやった」という言い訳であったりしたが、結局のところ、共通しているのは消費者を騙してでも金儲けをしてやろうという拝金主義だった。
今世間を騒がせている三笠フーズによる事故米転売も、またその後明らかになった愛知県の「浅井」と「太田産業」による転売も、自分たちの利益のためには消費者の健康などどうでもいいという身勝手で短絡的な考えから行われた悪事である。

「食」は人間の健康に直接結びつく重要なものなのに、それを扱う者たちがその責任を忘れ、利益獲得に走るようになったのはなぜなのか。
単に悪人が食品業に携わっていたから、一連の事件が起きたということではないだろう。
日本人全体が金儲けに夢中になり、金儲けこそいいことだという価値観を持ち、金儲けができない者は負け組になるという観念を知らぬ間に植えつけられてきた結果としてこのような事態が起きたと考えるのが妥当だろう。

そして、このような拝金主義をかくも醜くはびこらせたのは、自民党政治が誘導してきた新自由主義社会に他ならない。

今、総裁選に立候補している5人の候補者は口々に景気回復を謳い、弱者に優しい社会の実現を訴えている。
しかし、日本の景気を悪化させ、社会に格差をつくって固定させ、弱者に厳しい社会を実現して毎年3万人超の自殺者を生み出すようにしてきた張本人が彼らであることを忘れてはならないのだ。
麻生が言う景気回復は真っ赤な嘘だし、小池や石原が叫んでいる改革による改善も大嘘だ。与謝野が訴える財政政策も結局は国民に痛みを要求するものでしかない。石破が唱える防衛論議は国民を死に追いやる政策だ。

日本人を醜い拝金主義の集団と化し、勝ち組と負け組に色分けしてきた自民党政治は、誰が担当することになっても間違っているのだ。

金は大事だよ。
だけど、やっぱり金だけがすべてじゃないよ。
私はこれからもそう思い続けたい。
それは間違ったことではないと思える社会に、日本が立ち返ることを祈りたい。

そのためには、政権を自民党から引き剥がすしかないと思う。

関連タグ : 拝金主義, 食品偽装, 事故米, 新自由主義, 自民党,

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