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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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私は9年前、一匹のパグ犬を喪い、ペットロスに落ち込んだ。
7歳2ヶ月。
決して若くはないが、まだまだ一緒に暮らせると思っていたし、可愛くて可愛くて、この子の子どもが欲しいと思い、お嫁さんをもらい受けたほどだった。
ココ

都内に住む、やはりパグ愛好家のご夫婦とネットを介して知り合い、その年の7月に生後2ヶ月半の牝パグを家に迎えた。
ところが、嫁さんパグが来る前日に、わが家のパグが熱中症で倒れた。

パグは暑さに弱い犬種だとは聞いていたが、まさか自分の飼い犬が熱中症になるとは思いもしなかった。というより、イヌの熱中症がどんなものかもわからなかった。
その日、散歩から帰ってきたワンコ(ココという名前)の呼吸がいつまでたっても激しく治まる気配がないのを不審に思ったカミサンが
「ココちゃん、おかしいんじゃない?」
そう言ったのがきっかけだった。
たしかに様子がおかしい。いつまでたってもゼーゼーいってぐったりしている。
これは普通じゃない。
私はあわてて、時間を確かめた。その当時かかりつけにしていた獣医はまだ連絡がつくと思った。そして電話すると、
「まず体温を測って。もし40度以上あるのだったら熱中症だから、たらいに氷水を張って体をつけてやって」
そう言われた。
体温を測ると、ココの熱は40度以上もあることがわかった。
言われるままに、子どもに使ったベビーバスを引っ張り出して水を張り、冷凍庫にあったありったけの氷を入れてココの体を浸けた。
ココはぐったりしたままだった。
私は再び獣医に電話して、様子を伝えた。
「10分おきに体温を測って。それで熱が下がらなければ私が行くから」
私は、言われた通りにした。ココの肛門に体温計を差し込み、10分ごとに熱を測った。
幸い、そのときは熱が下がり、ようやくココも元氣を取り戻した。

翌日、お待ちかねのお嫁さんが来て、ココはどんな態度を取るだろうと思っていたら、子犬の姿を見るなり猛然と吠えだしてしまい、子犬の方が怯えてしまった。

それでも、気のいいココのことだ。そのうち慣れてくれるだろう。
そう思っていたが、ココは容易に嫁イヌを受け入れようとしなかった。

そして9月。
ココが再び倒れた。こんどはいきなり全身をけいれんさせ、泡を吹くような感じで倒れてしまった。
医者に電話すると、家まで来てくれてぶっとい注射を打ってくれた。ココは痛そうに悲鳴を上げたが、これも治ってくれるならという思いで体が動かないように、私はココを押さえていた。
けれどもココは、翌日には後足が立たなくなり、その翌日にはケージのなかで仰向けになったまま意識が戻らなくなってしまった。
医者に連絡すると、熱中症は再発しやすいから、体温を測って40度を超えることがあったら水に浸け、その後も10分ごとに体温を測るように言われた。
私は言われた通りにイヌのケージの隣に布団を敷き、それでも眠るどころではなく時計とにらめっこをして時間が来るとココの肛門に体温計を差し込んだ。そして測った温度をノートに逐一記録していった。

それが三日二晩続いた。
結局、ココはそのまま意識を回復することなく、最後は尿毒症を起こしてしまった。

私は、9月に入ってココの後ろ足が立たなくなったときに「これはいけない」と悟った。悟りながらどうすることもできず、ひとりトイレに入って泣いた。

9月中旬、ようやく暑さがゆるんできた日の夕方、ココはカミサンが娘と一緒に買い物に出ている間に、私の腕の中で息を引き取った。

獣医にココが死んだことを伝えると、私は叱られてしまった。
「だからね、暑さに弱い子は気をつけてあげないとこういうことになっちゃうの」

そうです。
ココが可愛いといいながら、私は何もココのことをわかっておらず、暑さの中を散歩させたり、クーラーもつけない部屋にココを置いておいた。私は、駄目な飼い主で、馬鹿な飼い主です。

ココの遺体に買えるだけの花を添え、好きだったぬいぐるみを棺となった段ボール箱に入れ、食いしん坊だったからとビスケットを買ってきて口元に置いてやった。娘は私たち家族の絵を描いて、ずっと一緒だからねと言った。

ココは、ペット用の寺院で荼毘に付された。

それからの毎日、私は自分を責めた。ココを殺したのは自分だ。パグが熱中症にかかりやすいということに気をつけてやらなかった。ココは何も言えないのに、苦しい思いをしながら、朝寝坊だった私につきあい、熱でとろけそうになったアスファルトの上をとぼとぼ歩いていたのだ。私はそれを散歩だと思って満足していたのだ。

なんというバカな飼い主。

ココの墓は車で1時間ほどかかる寺にあったが、私は時間さえあればそこに行って手を合わせ、詫びを言った。
「ココ、ごめんな。お前のことをわかってあげられなくて悪かった。許してくれ」
線香の煙が全身を燻し、体中が香のかおりに包まれた。それがなんとなく、バカな私の心を洗い清めてくれるような気がした。

けれども、ココがいなくなってからというもの、私は通りでパグを見かけると胸が痛み、毎日通っていた散歩のコースを通りかかると涙があふれ、そこを歩くことができなくなった。

お嫁さんをくださったご夫婦も、ココが突然なくなったと知って驚いていたが、まだあどけない顔をした牝パグが一匹残ってしまった。
私は、ココを喪った気持ちを埋め合わせるために、半ば熱に浮かされたようにペットショップをのぞき込み、そこで見つけたオスの赤ちゃんパグを買い求めた。

それが今も一緒に暮らしている、今年9歳になるパグ夫婦だ。
このパグ夫婦はその後、十分すぎるほどに私の心に空いた穴を埋めてくれた。
けれども、私の心の中にはそれとはべつに、ずっと罪悪感が残ったままだった。
パグのことをよく知りもせずに飼い主面をして、ただ可愛い可愛いといっていただけの馬鹿オヤジ。だから獣医にも叱られたのだ。

そんな私の心を救ってくれたのは、仕事で偶然出会った、別の獣医の言葉だった。
その人は、飼い主に連れられてくる動物たちの気持ちがわかるのだと言っていた。そして、動物たちは自分がどんなに苦しい思いをしていても、飼い主のことを気にかけているのだと話してくれた。
私は、思わず自分が体験したことをその人に話していた。
大切なパグを、熱中症で亡くしてしまったことを。動物のことをわかりもせずに飼っていた自分の馬鹿さ加減を。

するとその人は言った。
「私だったら、飼い主さんを責めたりはしないです。だって、あなたはワンちゃんのために心から心配し、一緒に苦しんであげたじゃないですか」

私は、もう泣くしかなかった。
泣きながら、その一言に罪悪感に苛まれていた私の心は、救われた。


今、中国では大変な事態が起こっている。
これまで誰も経験したことがないほどの規模の地震が起こり、数万人が死亡し、負傷し、今も生き埋めになっている人がいる。
中国政府は、これに対して必死になって救助活動を続けている。
首相の温家宝が被災地に飛び、瓦礫の中に向かって声をかけ、救助を急げと急き立てていた。
その姿は、見ようによっては政治的プロパガンダと映るかもしれない。
救援物資は受けつけながら、人的支援を拒んできた中国政府の姿勢も、日本人から見れば疑問に映るかもしれない。
学校や幼稚園は崩壊したけれど、役所や政府の建物は無事だったというのは政治がよくなかったからだと非難できるかもしれない。
これらを総合して、やはり中国はと、貶めることができるかもしれない。

けれども、未曾有の被害を前にして中国の人々が必死になっていることは確かであり、第三者から見れば要領が悪く、何をやっているのだと苛立ちを覚えたとしても、片や国の威信をかけたオリンピックを抱え、片やこれからどれほどの被害規模になるか見当もつかないほどの災害に遭った国と人々を、そうそう冷たく突き放してもいいものだろうか。
日本のマスコミは中国が情報操作をしている、被災地に足を入れさせないと不満たらたら垂れ流しているが、それをそのまま受け取って、茶の間にいる人間が嫌悪感だけを募らせているというのも、私にはどこか愚劣に思えて仕方がない。
勝谷誠彦などは、この混乱を機にチベットでは大粛清が行われている可能性があるなどと煽っているが、こういう輩の文言にたやすく乗っていいものだろうか。

私は疑問に思う。

中国に対しては、なるほど私自身もよく思っていないところはある。
けれどもそれはあくまで平時のことであり、今起きているような非常事態にまでそれを導入するのは浅慮に過ぎるのではないか。

彼らは間違いなく混乱し、そして傷ついている。
よしんばチベットでけしからぬことが行われているとして、それを非難するならば証拠が挙がってからだろう。それでは遅いというならば、お前が現場になぜいかないのだと問いたい。
今、日本ではネットの世界でも冷静さとは無縁の憶測と非難とが渦巻いている。
中国はひどい国だと、誰もが言い募っている。

でも、それは馬鹿な飼い主だった私に対して、声を荒げて非難した獣医と似ていないか?

いや、その無責任と非情さ。傷んでいるものを足蹴にするような残忍さにおいて、件の獣医を上回っているといっていいだろう。
私は今、そのことに非常に不快感を持っている。

なぜ、もっと温かい目で見てやれないのだろう。
日本には阪神淡路大震災の教訓がある。それを活かせば協力できることはいくらでもあるはずだ。
今は、非難をしているときでははい。隣国を思いやり、協力を惜しまずするべき時である。
中国共産党が処理能力を持たないならば、なおさらのこと、隣国であるわれわれが力と知恵を貸してやるべきだ。

こういうときに、偏狭な言辞を弄し偏見を露呈するのは、卑怯で醜い行為だと思う。


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昨日のエントリで、私は軍事政権というものがどうして自国の民を虐げるのか、それが分からないと書いた。
これはほんとうに私の心に発した素朴な疑問である。

なぜなら、自国の民が虐げられ、疲弊していけば生産能力が落ちて、まず国力が落ちるだろう。そのうえ、国際社会からは非人道的な政治を行っていると非難され、信用を失う。
国にとっていいことは何もないはずなのだ。

軍事政権とは、軍部首脳が政権を直接担当することにより、行政・司法・立法の一手に握り、その結果として憲法の停止や戒厳令の布告など恣意的な政治を行うものとして知られる。
その目的は、ひとえに軍部関係者や軍組織が利益を得ることにある。
したがって、国民の意思や現体制に対する批判は無視するか徹底的に弾圧して自らの権益を守ろうとする。
つまり、国民がどんなに疲弊し、国力が弱まっても、軍部が潤っていられる限りはその姿勢は変わらないということだ。
サイクロン

私は、今、大型サイクロンによって未曾有の被害を出している国の名を「ミャンマー」とは呼ばない。この名称は1989年6月に政権を樹立した軍事政権によって改められたもので、日本政府は無批判にこれを承認してマスコミもそれに従っているが、軍事政権によって苦しめられている国民のことを思えば、とてもこの名称を受け入れるわけにはいかない。よって私はこの国を以前の「ビルマ」と呼ぶことにする。

ビルマでは、サイクロンによる死亡者数が10万人を超える可能性もあるというほどの甚大な被害が出ている。
これに対して国連は各国に総額1億8730万ドル(約196億円)の支援拠出を要請しているが、軍事政権は救援物資は受け入れているものの、人的救援はビザの発行を拒否するなどして頑なな態度を取っている。
のみならず、現政権はこれほどの非常事態にあるにもかかわらず、10日に予定された新憲法案の国民投票を強行した。
国民投票
軍事政権は選挙を実施することで、この国でも民主化が進展したことをアピールする狙いを持っているが、肝心の新憲法案の内容とは、まったく笑いたくなるほど軍部に都合がいい内容ときている。

1.大統領は、配偶者に外国の市民権を持つ者がいないことを要件とする。つまり、イギリス人を夫に持つアウン・サン・スー・チーさんの立候補を事実上封じることを狙いにしていることは明らかだ。

2.議会は、議席の4分の1は、国軍司令官が指名する軍人が占めるものとする。また議員の立候補資格は、過去に犯罪歴がないことが要件。これは、民主化運動をした者の立候補を封じる目的があるもの。

3.憲法改正には議員の75%の賛成が必要とする。軍人議員が25%を占める議会では、これにより実質的に憲法改正は困難になる。

4.非常事態には、全権を軍司令官に委譲することができる。

以上を見ただけでも、いかにこの憲法案が軍部に都合よく作られたものであるかということがわかる。

ビルまでは今、多数の死亡者が出ただけでなく、救援物資が行き渡らないことから飢餓的状況が発生している。またインフラが破壊されたことで衛生上の問題も深刻化している。
多くの国民が家族を失い、飢えに苦しみ、伝染病の恐れにおののいているというのに、軍事政権は陳腐な憲法案を提出し、20年ぶりに行われる選挙だといって民主化をアピールしようとしているのだ。

だれが見ても、この軍事政権による国の運営は滅茶苦茶だということは明らかであり、このままではビルマという国そのものがやせ衰えていくのではないかと思いたくなる。
それでも軍事政権が強気でいられるのはなぜか。
それは、後ろ盾に中国がいるからだ。

軍事政権と強い結びつきを持っている中国は、以前からこのデタラメな政府を厚く援助してきた。その見返りとして中国は、軍事的にビルマを利用する権利を得てきたのだ。
中国は、今回のサイクロン被害に対する援助では、国際社会からの厳しい目が向けられていることから突出した援助をせずに様子見をしているが、軍事政権からすれば、中国がついていてくれるかぎりはいくらでも悪逆非道なことをしても許されるという思い上がりがある。

かくして、国民から見れば「クソ食らえ」な新憲法案は、圧倒的多数で可決されることになる。
それは当たり前だ。
サイクロンに生活を木っ端微塵に打ち砕かれた国民は投票どころではなかったろうし、よしんば投票しようと思っても、軍部による厳しい監視の目が光っていて、とても反対票など投じることはできないからだ。

憎むべきはサイクロン以上に、長きにわたって国民を苦しめ続けている軍事政権である。
そして、その政権をバックアップしている中国である。

日本国民は、せめてこれからは、あの国のことを「ミャンマー」などと呼ばずに「ビルマ」と呼ぶことにしたらどうだろう。
そして、クソ食らえな政府を支援している共産党独裁政権国家の中国で開かれるオリンピックを拒否したらどうだろう。

私は民主主義がいちばんすぐれた体制だとは必ずしも思わない。
政治はどんな体制であれ、国民に夢と希望を与えるものでなければならないと思っており、それを実現する可能性が、今のところいちばん高いのが民主主義体制だと思うから、これを支持している。

だから軍部という、一部の人間と組織だけが利権を握り、ひたすらその利潤を追求していくという体制は許し難いと思う。いつかは救われる日が来ると大衆に幻想を抱かせる共産主義やカルト宗教よりもひどいといっていいかもしれない。

しかし、振り返ってみれば、今の日本もまた、一部の政治家と企業だけが利権を握り、利潤を追求していることに変わりはないのではないか。
日本は、軍部でこそなかったが、自民党(と公明党)という恣意的な政治を行う集団に長らく苦しめられている。

ビルマでの民主化を応援するとともに、日本における自公政権の打破に、われわれはこれからも真剣に取り組んでいかなければならないと思う。


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パンダと言えば、私にとっては上野動物園のカンカン、ランランであり、パンダ舎に押し寄せた群衆に向かって動物園の係員が「立ち止まらないで下さい!」と絶叫を繰り返していた光景が甦る。

私が実際にパンダを見に行ったのは、当初の過熱状態からずいぶん時が経ってからのことだったが、それでもパンダ舎の前だけは混んでおり、立ち止まってみることは許されなかった。
肝心のパンダも、小屋に入るかしていてカンカンだかランランだかのどちらかが笹の葉を食べている姿をちらっと垣間見ただけだった。
パンダなんて、つまんねえじゃん。
それが、上野でパンダを見てきたときの感想だった。

そのランラン、カンカンも死に、フェイフェイ、ホアンホアンが来てユウユウが生まれたときは、また大騒ぎをした。ユウユウの歌までできて、幼稚園の子どもたちが歌わされていた。
私は、なんだかなあと思っただけである。
べつにパンダには恨みもなにもないけれど、もう見に行きたいとは思わなかった。
リンリン
その後ユウユウは中国に送り返さなければならないことになって、代わりに北京動物園からやってきたのが30日に死んだリンリンだ。
日本には今、王子動物園にもパンダがいるが、これらは中国から借りているものであり、いずれは返さなければならないことになっているのだそうだ。パンダに貸借権があるとは知らなかったが、リンリンだけは日本に所有権がある唯一のパンダだったのだそうだ。

そのリンリンが死んでしまって、空になった上野のパンダ舎に新たなパンダを入れようと、今度ばかりは福田康夫も手回しよく配慮しているらしい。来日する胡錦涛にパンダのことをお願いするのだそうだ。
新たにパンダが来れば(これも貸されるだけか?)、また幼稚園では歌を作って喜ぶのかもしれない。
福田康夫
しかしパンダが来て喜ぶのは幼稚園児と福田康夫と、その周辺のおめでたい頭の大人たちだけだろう。

今さらパンダなんか、いらねえよ。
中国から同情を買うなら、いっそのこと元の借款でも頼み込んだらどうだ。99年後に返すことを約束して、大枚の金を借りるのだ。なにしろ中国と契約するのなら日限は99カ年というのがふさわしい。
そうして借りた金を、足りない足りないといって騒いでいる道路財源にまわして、暫定税率を再廃止したらどうだ。そうすりゃ、国民の煮えくりかえったハラワタも、少しは冷めてくるだろう。

日の出の勢いで経済が成長している中国だ。おだててやれば金くらい貸してくれるだろう。日本に金を貸してやれば、中国だって悪い気にはならないはずだ。
土下座外交は日本の伝統的な得意技でもある。

ここはひとつ、パンダなんぞで子どものご機嫌を取るよりも、大人らしく現ナマで話をつけましょうや、福田君。
君だって、その方が助かるんじゃないの?(冷笑)


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中国によるチベットへの弾圧行為が続くなか、日本を除く世界中から非難の声が上がっている。

私が不思議に思うのは、過去何度となく中国中国人に対して差別的な発言を繰り返してきた石原慎太郎東京都知事が、今回は妙に大人しくしていることだ。
いつもだったら「そら見たことか」とばかりに罵詈雑言を発するところだろうに、私が知るかぎりではまだ何も言っていないようなのだ。
イシハラ
さて不思議なこともあるものよ、と思っていたら、こんな記事が出てきた。

東京都の石原慎太郎知事は21日の定例会見で、チベットへの対応で批判が集まっている中国で、8月に開催される北京五輪に出席するかと問われ「招待状をもらっており、状況次第では行きますよ」と述べた。2016年の東京五輪開催を目指す石原氏には、中国側から1月に招待状が届いており、開会式に出席する意向を示していた。(スポニチ)

なんと、ちゃっかり中国から招待状を受け取っていたのだ。
そのうえで、「状況次第では行きますよ」とは、どういうことだろう。
おそらく石原は、チベット族たちの粛清がすんで、事態が落ち着いたら行くというつもりなのだろう。

しかしこの前まで石原は北京オリンピックについて、「ヒトラーのやった政治的色彩の強いベルリンオリンピックに似ているような気がする」などと発言して中国側を激怒させていたのだ。
それが今度は180度態度を変えて、「東京の友好都市・北京が大会を成功させることを祈念する」と都議会で述べ、東京オリンピック誘致に中国の協力要請までしている。
この態度の豹変ぶりを産経新聞は「双方の関係に変化が見られるようになったから」だと伝えている。

なんじゃこれは。
産経の記事も訳がわからないが、石原慎太郎のように発言がぶれる男というのも珍しいのではないか。
それまで忌み嫌っていた相手でも、少しでも自分の得になるとなれば主張を変える。
この男の目には、チベットで大勢の人々が殺されている光景など映ってはおらず、ただただ自分が打ち上げた東京オリンピック誘致の花火がいかに大きく開くかしか考えにないのだろう。
オリンピック成功のためには、中国としては石原のような男を懐柔しておく必要があって招待状を送ったのだろう。それはわからないでもない。
しかし招待状を送る方も送る方なら、受け取る方も受け取る方である。
まったく、脱力するほど情けない男とはいえないか。

チベットからは、携帯電話やネットでどんどん情報が送られてきている。
そのすべてが正しい情報かどうかはわからないが、少なくとも中国が民衆に向けて銃を向け、発砲していることは間違いないようだ。明らかに銃創を受けた死体の写真がネットに公開されている。血まみれになった遺体の写真も出ている。下にあるのは「チベット人権民主化センター」のウェブサイト にある写真の一枚だ。
遺体


こうした事実から目を逸らし、抗議するどころか変節までして北京オリンピック開会式のことを言う石原慎太郎という男。
私はこの男を、心の底から軽蔑する。


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昨日のエントリは、われながら混乱した頭のまま書いたせいか、まとまりに欠けていた。
読んでいただいたみなさん、申し訳ない。
まったくダメダメです。
自分の無能を恥じて、お詫びいたします。

そこで、もういちど、今回のチベットでの騒乱事件についてまとめておこうと思う。

まず、歴史的にチベットは、中国歴代の王朝・政府から征服、支配されてきた歴史を持つ。1910年には中国の共和化を目指す辛亥革命が起き、インドに脱出していたダライ・ラマ13世は13年にチベットに帰還し、独立を求めて清朝軍に対する抵抗を指令、中国軍の占領軍はディチュ河の線まで押し戻された。
しかしチベット政府は、チベット全域の領有を目指したのに対し、中国側ではチベット全体が中国領であると主張し続けた。

その後、国民党との内戦に勝利した中国共産党は、チベットに対しても、1949年までにアムド(青海)地方、カム地方を制圧し、この年の10月に「中華人民共和国の建国」を宣言して「中国人民政府」を発足。そして1950年、「西藏和平解放」と称して人民解放軍を中央チベットに派兵、1951年にラサを占領し、チベット全土を制圧した。

中国本土で何年もかけて徐々に展開された「民主改革」「社会主義改造」は、チベット各地でも1950年代半ばから、チベット社会の独自性を無視して一挙に強要されることとなった。
それでもこれらの「改革」が、諸侯・俗人貴族の政治的地位や特権の廃止に留まっている間は、むしろ歓迎されていた。しかし「改革」による攻撃の矛先が寺院・僧侶に向かった段階で、チベット人の反発は一挙に民衆レベルにまで拡大、1956年よりアムド・カムの全域で中国支配に反発する一斉蜂起が始まった。
これが、 1959年に頂点を迎える「チベット動乱」の勃発である。
争乱は1959年にラサに波及、ダライ・ラマ14世はインドへ脱出した。
中国政府は「チベット政府の廃止」を宣言、西藏地方を「西藏自治区籌備委員会」の管轄下に置く。
ダライ・ラマ14世はインドのダラムサラにチベット亡命政府を打ち立てた。

そして今回、チベット動乱49周年を記念してチベットの独立を祈る僧侶たちがデモ行進したことに対して、中国政府は軍を派遣して「暴動」を鎮圧しようとした。その結果、民間人をふくむ多数の死傷者が出た。
中国側は今回の騒乱をダライ・ラマ14世一派による策動と非難したが、一方のダライ・ラマ14世はダラムサラで会見し、武力を使用した中国を非難、国際機関による調査を求めた。
チベットのデモ
中国・チベットの歴史には疎い私だが、チベットの人々が長い歴史のなかで中国から抑圧を受けてきたこと、それは今も続いており、チベット自治区には漢民族が入植し、民族的な対立もあることがわかった。それゆえ、中国からの独立を願うチベット人の反発は強く、怒りは埋み火のようにくすぶり続けており、常に一触即発の危機をはらんでいたといえるだろう。

中国は、今回の事件をダライ・ラマ14世らのチベット亡命政府に全責任があると発表しているが、おそらく世界はそれを信じないだろう。
田中宇の国際ニュース解説によれば、チベット人たちの独立・自治拡大の要求の運動は、中国共産党が政権を取った直後の1950年代から、冷戦の一環として米英の諜報機関が支援してきたとある。
そしてその歴史から考えると、今回の争乱も、北京五輪を成功させて大国になって行こうとする中国政府の戦略を壊そうとする、米英諜報機関の支援・扇動を受けて行われている可能性が大きいと見ている。

しかし、もしオリンピックが失敗して中国が面子を潰されると、彼らは米英に対する憎しみを強めるだけだろう。世論は一気に反欧米に傾き、反米ナショナリズムが吹き荒れることになる。田中宇は、その結果、中国はロシアと結束し、反欧米の色彩を強めると見ている。そして中国、ロシアは中東産油国と結びつき、これまで世界経済の中心だった欧米を駆逐するいきおいを持つにいたると予測する。

さて、ここで日本はどうすべきなのかだ。
まず、今回の中国による弾圧に対しては、断固とした非難を表明すべきだろう。
中国によるかずかずの人権無視の行いは、これまでもしばしば非難されてきたことでもある。
そこまで考えるのは簡単だ。
僧侶
しかし、中国は悪いことをしたのだからと、欧米と一緒になって、たとえばオリンピックをボイコットするとなると、はたしてそれは得策なのか、考えなければならない。
私は、個人的にはオリンピックという見せかけの平和の祭典など、もはやそれほど価値はないと思っている。コマーシャリズムに毒されつくしているメダルの数がどうだとかは、もうどうでもいいと思っている。

しかし、昨日のエントリではいかにも中途半端に述べたが、感情的になって早々にボイコット運動を起こしたり、また実際にボイコットを決めてしまうのは、決して得策ではないとも思うのだ。

中国との関係を悪化させることは、北朝鮮の問題も合わせて考えたときに、日本の進むべき道を非常に困難なものにするだろう。田中宇のいうように、欧米に見切りをつけた中国がロシアと近づき、さらに中東産油国と結びついていった場合、日本は政治的に大きな障害を頭上に突きつけられる形になり、経済的にも難しい立場に追い込まれるだろう。アメリカ経済が崩壊の兆しを見せ始めている今の状況を見ると、できればそんな事態は避けたい。
これまでアメリカのいいなりになってきた日本政府のことだから、今回も米英が右と言えば右を向いてしまうのだろうけれど、それではあまりに無能な話で、将来が暗くなるばかりだ。

それではどうすればいいのか。
中国に対して強硬路線を執ることは、一時棚上げして、純粋に外交つまり話し合いで折り合いをつけていくことは考えられないだろうか。
食の安全もないがしろにして責任を認めようとしない中国に対する反感は、日本人の間にかなり強くなっている。
しかし今、このムードに乗ったまま反中国の気運が高まることに、私は少なからず危機感を持つ。現実的に考えれば、食の問題ひとつをとっても、自給率が低い日本が中国産の食物を今後まったく排除して生活していくことは難しい。
毒入りギョーザの問題は究明が必要だけれども、それはそれとして、なんとかこの大国との折り合いを見つける方法はないものだろうか。

しかし、日銀総裁候補を選ぶこともできず、自国の先行きにすら明確な考えを示すことができずにいる自民党と公明党、そしてそのリーダーである福田康夫には、大きな失望を感じている。
あまりにも大きな責任を、彼らは軽んじているのではないか。そしてそれは、決して許されるべきことではないのではないか。

私はこの点を言いたいのである。


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