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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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グルジア侵攻

オリンピックの開会式が始まったその日、グルジアに対して侵攻を開始したロシア軍は、その後、グルジア側が停戦を求めているにもかかわらずその受け入れを拒否し、攻撃を続けている。
ロシアの強硬な姿勢は、プーチン体制になってからどんどん露骨になっており、国際社会は停戦に向けて説得を続けているものの、その姿はどこか及び腰で、今や資源大国、軍事大国、そして経済大国になりつつあるロシアに気を遣うことに汲々としているように見える。

すでにロシア軍はグルジア中部のゴリを制圧し、親欧米のサーカシビリ政権の転覆も視野に入れながら南オセチア問題をめぐる交渉を有利に進めようとしているようだ。
ロシアは、グルジアからの独立を目指す南オセチア自治州の住民大半に市民権を与えており、グルジアの南オセチア進攻を「ロシア国民へのジェノサイド(大量虐殺)」と断定。グルジアによる攻撃で1600人以上の死者と3万人の難民が発生したとしている。
プーチン首相は政府幹部会で、グルジア擁護を強める米国などを「白を黒に塗り替え、侵略者を侵略の被害者に仕立てようとしている」と非難した。
米国を盟主とする北大西洋条約機構(NATO)は「ロシアの軍事力行使は過剰で、グルジアの領土保全を侵害している」(報道官)と表明しているが、この見方はロシア以外の国の大半が共有するものだろう。

やりすぎだよ、プーチン。いくらなんでもオリンピック期間中に戦争を始めることはないだろう。もう参ったと言ってる相手に対して殺戮を続けて許されるわけがないじゃないか。
ロシアとしてはこのまま攻撃を続けて南オセチア自治州に加えアブハジア自治共和国までも自国に取り込んでしまうつもりなのだろうか。だとしたら、とんでもない横暴で、国際社会は声を大にして非難していくべきだ。
まったく、オリンピック期間中に戦争を始めるのも許せないが、多くの死傷者が出ている戦闘が続いているのに平気で「平和の祭典」を続けている世界の感覚も私には理解できないよ。
今のままではオリンピックの「平和の祭典」という看板が泣いているよ。

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関連タグ : グルジア, ロシア, 侵略, プーチン,

巷では、平和の祭典、4年に1度の夢の大会などと白けたキャッチフレーズをつけて北京オリンピックを話題にしているが、世界に目を向けると、とてもそんなお祭り騒ぎをしていられるような状況ではないことは明らかだ。
グルジア

8月7日から8日にかけて、グルジアからの分離独立を求める親ロシア南オセチア自治州にグルジア軍が侵攻し、大規模な攻撃を始めた。ロイター通信などによると、この攻撃に対してロシア軍機がトビリシ郊外のグルジア空軍基地を爆撃するなど報復攻撃し、軍事衝突が拡大しているという。このままではグルジアロシアの本格的な戦闘が始まる可能性が高い。

もともとグルジアは19世紀にロシア帝国に併合され、91年にソ連から独立を宣言した国だ。しかしその内部にはロシア編入を主張する南オセチア自治州があり、92年には主権宣言したアブハジア自治共和国と紛争を起こした経緯がある。現在は南オセチア自治州、アブハジアともロシア部隊が駐留し事実上の独立状態にあるのだが、今回そのうちの南オセチア自治州が立ち上がったというわけだ。

自国内で起きた反乱に対してグルジアが鎮圧に乗り出すのは当然の成り行きだが、面倒なのは南オセチア自治州が親ロシアであるためにロシアが黙っていないという点だ。
もちろん、軍事力で反乱を鎮めようとしたグルジアの手法は褒められたものではないし、グルジアが軍事力を行使すればロシアが黙っていないことは明らかなのだから、グルジアが下した判断も正しかったとは言い難い。
それにしても、一地方の小国であるグルジアをロシアが強大な軍事力にものをいわせてねじ伏せようとする対応の仕方には反発を感じる。ロシアはまたしてもチェチェンやコソボで行われたような非人道的な軍事行動を取るつもりなのだろうか。
戦闘

西アジアで起こった火の手を見ながら、そこで多数の人々が血を流し、命を失っているという事実を知りながら、世界は北京でのお祭り騒ぎを続行して良心が痛まないのだろうか。

私は、今回の北京オリンピックは直前に大地震に見舞われたこともあり、オリンピックのために中国政府が非人道的といってもいい強権を行使して表面を取り繕いながら無理矢理開催にこぎつけた点で、このオリンピックが延期もしくは中止すべき大会だったと思う。
まして、会期中に同じアジアのなかで戦争が勃発しようとしているときに続行される「平和の祭典」にどれだけの意味があるというのだろうか。

この時期、ニュースもオリンピック一色になり、まともな報道が行われないのはゆゆしき問題である。
もとより私は北京オリンピックなど見ないつもりではあるが、オリンピック以外の情報を得るのが難しくなっているこの状況を憂慮せずにいられない。

まったくもう、平和の祭典だなどと、インチキ臭いオリンピックなどに目を欺かれるな。平和ボケもいい加減にしろといいたい。

関連タグ : 北京オリンピック, グルジア, 南オセチア, ロシア, 紛争,

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