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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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どうもことのころ、体調と家庭の事情が絡み合ってブログの更新が滞りがちになってしまう。体調というのはまあ、ご存じの通り、鬱であるために何をするにも気力の維持が難しくなり「~をしなければ」と思うとそれだけで疲れてしまう。ことに秋になってからその傾向が強く出てしまい、そのため10月はずいぶん空白を作ってしまった。ま、「オータム・ブルー」というやつですね。
プリン


もうひとつ、家庭の事情というのはべつに夫婦の仲が険悪になったとかそういうものじゃないのだ。
実をいうと10月10日にまたしてもオカメインコの雛を迎えてしまい、その育児と他のワンコやら先住鳥たちの世話に忙殺され、それで余分なエネルギーが残らなくなってしまったのだ。オータム・ブルーの時期に育児(1日5回の差し餌やら温度管理やら)をするのは、これでなかなかヘビーなものだった。
苦労の甲斐あって、新しく迎えたオカメもすくすく成長し、今では自分で餌を食べ、部屋中を飛び回るほど元気である。これでわが家には3羽のオカメインコがいることになるのだが、朝夕の放鳥時には両手と頭の上にオカメが羽を休めるようになり、当然これではパソコンなど開いている余裕もないというわけである。
バラク・オバマ

さて、アメリカ大統領選でバラク・オバマが圧倒的な勝利を収め、第44代大統領になることが決定したことはすでに号外が出るほど報じられたし、ブログでも彼の勝利を祝福するエントリが数多く上った。8年間続いたブッシュ政権は、アメリカだけでなく世界にとってもあまりに大きな損失を招いたが、アメリカ人たちはようやくその過ちに気づき、政権交代を実現させた。いまさらではあるが、私もまずそのことを讃えたい。


もうひとつは、バラク・オバマが見せた言葉の力について、考えさせられた。

オバマが勝利宣言をした5日、日本では関口宏の「水曜ノンフィクション」に続いて久米宏の「テレビってやつは!?」が放送されていた。「水曜ノンフィクション」の方はオーソドックスな報道番組としてアメリカ大統領選とオバマの勝利を大きく取り上げていたが、それに続く「テレビってやつは!?」では、冒頭にまず久米宏が「アメリカ大統領選については、この前の番組で関口宏さんがやっていたので触れません」と断った上、ゲストとしてホリエモンこと堀江貴文被告を紹介したので思わず見入ってしまった。

この番組、久米特有のチャチャがしばしば入るのと、ゲストが総花的で話題が掘り下げられないのであまり感心はしていない。姜尚中がとうしてまたこの番組のレギュラーになったのか不思議である。
ただ、さすがに頭が切れる彼らしく、少ない時間の中で毎回(といっても、この日で3回目の番組だが)ピシッと鋭いコメントをするときは傾聴に値する。

この日も、今はもっぱらブログを書くことを日課にしているという堀江貴文に対して、「自分はブログはやらない。なぜならブログというのは個人のつぶやきであり、対話と議論を生み出さないからだ」と語っていた。これには隣に座って堀江を攻撃していた福岡政行もしきりにうなずいていた。たしか福岡だったと思うが、
「2ちゃんねるなどのネットの言論でいちばん多く使われている言葉は『許せない』なんですよ。つまり議論をするというよりもネットではあらゆる私怨が渦巻いているに過ぎない」
と切り捨てていた。
姜らの指摘に対して、堀江は「でも、ブログにはコメントやトラックバックという機能があって意見の交換をすることは可能だ」と反論していた。
ここまでで堀江対姜・福岡の対話は平行線をたどることになるのだが、堀江と同様、ブログを書いている私としても少々考えないわけにはいかなかった。

たしかに姜尚中の言う通り、ブログはあくまでその運営者が思ったことを書き連ねるネット上の日記であり、日記であるからには「個人のつぶやきのようなもの」と考えられるのは当然である。私自身、タイトルに「日記」とつけている通り、このブログは私という人間が個人的に考えていること、感じていることを書き綴っているものだという認識を持っている。だから、建設的な意見を寄せてくれるコメントはありがたい思っているが、それに対する返事を書くことについてはあまり熱心ではない。私は必ずしもここで議論を望んでいるわけではないのだ。もちろん、必要となれば議論をすることにやぶさかではないのだが。

しかし、その一方では、やはりネット上に公開されて不特定多数の目に触れる以上はなにがしかの影響を(たとえ一人だけでも)与えることがあるのではないかと思っている。言葉というものには力が備わっていると考えている。だから、社会的な問題に触れる時には私なりに考えて、できるだけこの社会がよくなるよう願いつつ言葉を選んでいるつもりだ。そして、たとえひとつひとつのブログは個人のつぶやきでしかないかもしれないが、同じような気持ちを持つ人々が集まれば、ブログが発する言葉もやがて大きな力を持ち得ると思っている。ブログが社会を動かすまでには、残念ながら今のところ至っていないが、ブログの歴史はまだまだ浅い。これからどういう形に進化していくかは私には分からないが、きっとブログ言論もそれなりの力を持つようになっていくと思う。

その好例のひとつが、自民党総裁選でNHKが7時のニュースで時間を拡大し、まるで自民党の宣伝番組のような内容を垂れ流したときの出来事だ。番組内容に抗議した内野光子さんがNHKコールセンターの係員から信じられない対応を受け、挙げ句に「あれは自民党のコマーシャルですよ」と言われたことを公表した。これがネット上で波紋を呼んで、ついにNHKが内野さんに対して謝罪した。
もうひとつはやはり今回のアメリカ大統領選で、バラク・オバマはyoutubeをはじめとするネット上の利器を活用することでマケインに差をつけていった。ネットで彼が発した「Yes we can.」という短いけれども力強く分かりやすいメッセージが、多くの人の心に響き、アメリカ人全体を動かすほどの力を発揮したのである。

ネットでは、バラク・オバマが地元イリノイ州シカゴの公園で行った勝利演説の全文を翻訳で今も読むことができる。シカゴの聴衆に呼びかける形で始まったこの演説は、やはり力強く、希望に満ちていて万人の胸に迫るものがある。彼の演説を聴いていた多くのアメリカ人が感動に涙を流していた映像は、今も忘れられない。ニュースで字幕を読みながら、彼らと一緒に涙を流した日本人も少なくないのではないだろうか。あの瞬間は、政治が人を感動させるものであり得ることを示すと同時に、言葉の持つ力が人の心を打ち振るわせ希望を与える可能性があることを示していたのだと思う。

言葉には力がある。
たしかに、われわれはバラク・オバマではないけれど、この社会が少しでも暮らしやすく、人々が幸せを感じながら生きられるものになるように願って言葉を紡ぐことでは変わらない。ひとつひとつのブログ(ことに私のブログのような弱小ブログ)は小さな力しか持ち得ないかもしれないが、われわれの発する言葉が共感を呼び、読む人の心を少しでも動かすことがあれば、日本でもきっと社会を変えていくことができると思う。

微力ではあるが、私はそのことに賭けたい。

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関連タグ : ブログ, 言葉の力, バラク・オバマ,

ブログを書くようになって、そろそろ7ヵ月になろうとしているが、実のところ自分が書くものを公にすることの難しさを感じることが多くなり、それがこのところ、私を悩ませている。

文章を書くのを商売にしていながら何を今さらと思われるかもしれないが、仕事で書く原稿はあらかじめテーマが決まっており、構成と結論をある程度準備してから書く。いわば目的地が決まっている旅行をしているようなもので、多少の回り道をすることはあっても、最終的に間違いなく目指した地点にたどり着けばそれで完了する。

それに比べてブログは、その性格にもよるだろうが、まったく自分が思ったことや信じていることをそのまま現していく作業になる。その結果、書き手の性格や信条が日々のエントリにダイレクトに反映されていくことになるのだが、これを旅に例えるならば目的地を定めない流浪の旅のようなものということができるのではなかろうか。

何を言いたいかといえば、つまるところ私は学者でも研究者でもなく、専門分野を持つ評論家でさえなく、したがって私が書くことは私自身が手探りをしながら考え、書いているものにすぎないということだ。
それでも、日々の暮らしの中で感じること、興味を引かれたことを思うがままに書いていければ、それは私にとってひとつの認知療法になるのではないかと思っている。
ただし、そう思っているだけでは駄目なのだということに、最近思い至った。

たとえ私のような弱小ブログでも、自分の思いを公にする以上は、私自身の立ち位置をはっきりさせておかなければならない。
つまり、私は専門家でも何でもないが、今の日本社会に生きる一人の大人として間違ったことは考えたくないし発表したくないと思っている。正しいこととは、あえて言わない。私は自分自身を偏頗な男だと思っているし、家族からもしばしば私の言うことは極端だと非難されることがあるからだ。
それでも自分なりに間違ってはいないことを信じて発言し、文章にしていかなければ、私のブログが存在する意味はなくなってしまう。

では、私は何を間違ったこととそうではないものと判断し、自分の考えに受け入れていけばいいのか。

これが非常に難しい。

私はできる限り物事を科学的に見ていこうと思っている。科学的に見るということは客観的に観察・吟味するということで、これの対角線上に位置するのが、いわゆる陰謀論疑似科学の類に属する言説である。
この世の中には常人には考えつかないような悪だくみをしている人間が確かにいるだろうし、今の科学では解明できない事象があることは認める。
けれども、それらが実は世の中を動かし地球のすべてのシステムを左右していると考えるのには躊躇いと疑いを持つ。そうした言説を信じることに対して赤信号を掲げたいと思っている。

他のブログを読んでいて楽しいと感じるのは、今まで知らなかった知識や考え方に触れることができるところにあり、自分には思いもつかなかった視点に気がつくことができたときには年甲斐もなくドキドキするようなこともある。
しかし、それも気をつけておかないと知らぬ間に陰謀論疑似科学の類の泥沼に片足を突っ込むことになる。

私がブログでリンクを張るときに基準にするのは、バイクや落語のように私の趣味と合致したブログ、ネット上で知り合った方もふくめて大人のつき合いができる人が運営するブログ、そして私にとって知的好奇心を与え、私に新しい価値観を提示してくれる貴重なブログの3種に分けられるかと思う。

一方、リンクを張らせていただいたものの、時間が経つにつれて、実はそのブログ主がどうやら陰謀論疑似科学の信奉者ではなかったかと気がつくこともある。なかには陰謀論疑似科学を論じて私など反駁する余地もないほど論理的に語っていることもあるので、暗愚な私はしばらくたってからようやくそのことに気がつく始末だ。
こういうブログにリンクを残しておくのも反面教師として役に立つのかもしれないが、私にとってそれらはいつ足を踏み外すかもしれない危ない橋だ。

私のような者が、いつまでブログを続けられるのかは分からない。できるだけ長く続けたいとは思うが、限りある時間のなかで自分を表現していくのであれば、私なりに間違った方向に進まないよう気をつけなければならない。ブログを書くための羅針盤があればいいとは思うが、結局のところ、自分を導くには判断力と知力を蓄えていく他ないのだ。その二つにおいて、いかにも私は心許ないと言うしかないが、自分が目指す方向を誤り、しかもその修正ができなくなったときには、潔くブログの更新を断念することにしようと思う次第である。

関連タグ : ブログ, 疑似科学, 陰謀論, 科学的, 客観的,

ブログを始めてもうすぐ3ヵ月になる。
しかし、いまだに基本的なことがよくわからずにいる。

アクセス数は、まあわかるとして、ランキングというのがどうも。
いちおう成績表みたいなものだろうと思って参加しているのだが、おかげさまでFC2ランキングでは社会部門の1位になれました。

でも、だからどうなるの?

というわけで、ランキングについてはこれまで密かに励みにはしてきたが、まだよくわかっていない。
だってBlog Rankingでは、どんどんじりじり順位が下がっているし。
ブログ村の政治・社会問題部門では反対にチョロチョロと上がってる。

どう解釈すればいいのよ、ご隠居。

なんでも参加すればいいというものではないのかもしれないし、あるいはランキングなどに左右されず超然としていればいいのかもしれない。
その方がカッコイイとは思うよ。

でも、それじゃなんだか淋しい気がするし。

で、よせばいいのに、今度はBlogPeopleの評価表をつけてしまった。
大丈夫なのか? こんなのをつけて?
みんなにスルーされたらどうしよ。
なんだかこわい……16歳の初々しかった自分にもどった気分。

と、少々おびえつつ、褒められたら単純にうれしい私。よせばいいのに。

でも、
よかったら、どなたか何か書き残してくださいませ。
しょうもない私ではありますが。

ひとつ景気づけということで。

平に、よろしく。

わかってないながら、
こんなエントリにも↓のようなものを貼り付けちゃっていいのかな。と思いつつ。

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