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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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オバマ
バラク・オバマが第44代アメリカ大統領に就任する。
アメリカ国内はもとより、同盟諸国もこぞって彼の就任を喜び、祝福することだろう。
おそらく明日の新聞もニュースも、オバマ新大統領で埋め尽くされるだろう。
ブッシュによるこれまでの8年間があまりにもでたらめな政治だったこともあり、オバマに対する期待はいやが上にも高まる。

しかし私はアメリカ国民ではないし、次期大統領になったときからのオバマを見ていて素直には喜べない気持ちでいる。喜べないというよりも、やはりアメリカはアメリカであり、大統領が誰になろうともどうしようもないのだという諦めと落胆で一杯になっている。

なぜオバマに失望しているかといえば、ひとえに彼がこの年末から始まる3週間にわたってパレスチナを空爆し、侵略行為をほしいままにしたイスラエルに対して、なにひとつ行動を起こさなかったからだ。
ガザ地区という世界でもっとも人口密度が高い地域に無差別に爆弾を落とし、文字通り町中を廃墟に変えてしまったイスラエルの蛮行は、非難してもしきれるものではない。1000人以上の女性や子どもをふくむ市民が犠牲となり、家を失っていったこの3週間の間、オバマはハワイでゴルフを楽しみ、悠然と構えてワシントン入りに備えていた。

これは私に、あの2001年の「えひめ丸事件」が起きたときに、平然とゴルフを続けていた総理大臣・森喜朗を想起させた。
アメリカの潜水艦に衝突されて何人もの若者が命を落としたとき、森は事件の一報を耳にしながら事件を究明し、アメリカに抗議をするどころか第三報が入るまで楽しげにプレーを続けた。
その結果、森内閣に対する支持率は決定的に下落し、二ヶ月後に森は退陣へと追い込まれた。

ハワイでゴルフに興じ、パレスチナで多くの犠牲が出ていることを聞かされながらも「大統領はふたりも必要ではない」と言って平然としていたオバマは、大統領就任が決まり、金融危機に陥ったアメリカ経済に直面したときとは、明らかに違った対応を見せた。
それはオバマが、アメリカはこれまで通りイスラエルとの関係を重視するということの表明であり、他国で起こっていることよりも自国をまず優先して考えていくことの表明に他ならない。
彼が就任演説でどんなに立派なスピーチをしようとも、この事実は変わらない。
オバマは、パレスチナでの虐殺行為を肯定し、イスラエルを擁護し続けることに積極的ではないかもしれないが、決して反対ではないのである。

私はこの数週間にわたって行われたイスラエル政府による大量虐殺は、かつてナチスがユダヤ人に対して行った行為に匹敵するものだと思うし、国際社会を味方に引き込んで好き放題をしようとしているイスラエル政府を決して許すことができない。今回の虐殺に荷担し、これを肯定し続けたオルメルト首相ら政府要人と軍関係者は国際軍事法廷にかけて厳しく非人道行為を責められるべきだと思う。また、自らの歴史的背景を理由に被害者意識を持ち、それゆえにパレスチナを攻めるというイスラエル人たちの甘えは、今後決して許されるべきではないと思っている。
犠牲者


イスラエルは、今回の非人道的行為を行ったことにより、後々大きな代償を払うことになるだろう。今回の身勝手な行為によって世界に根深く浸透している反ユダヤ主義には恰好の材料を与えることになるだろうし、新たなレイシズムを生み出す原因にもなるかもしれない。私はレイシズムに与するものではないが、ユダヤ人とは積極的に親しくなりたいとは思わないし、オリンピックなどの国際大会にはイスラエルが参加するかぎりボイコットする方を支持する。
スポーツを政治の道具にするなとはいわれるが、スポーツとは政治の道具であり続けてきたのだ。その道具をこれから日本も使うことにすることに異論はない。

バラク・オバマは熱狂的にアメリカ国民に迎えられることだろう。
そして彼は、彼らの期待に応えるべく、必死に仕事に取り組むだろう。
しかし、それはアメリカ国内に向けたものに大きく限られるに違いない。
経済の立て直し、雇用の改善など、アメリカ国内には取り組むべき問題が山積している。オバマは、これらに取り組むことで精一杯だろう。もし、それが上手くいけば、波及効果として世界経済も立ち直るきっかけをつかむかもしれない。しかしそれはあくまでも二義的なことだ。
オバマは内政に重点を置かざるを得ない。
だから、イラク問題やアフガン問題は同盟諸国の負担を強いることだろう。
確固とした政治的信条を持たない日本政府は、唯々諾々としてアメリカの要求に従おうとするだろう。しかし、われわれは忘れてはいけない。
戦争に荷担するようなことはしない。
そして非人道的な虐殺行為を黙認し、荷担するような国の言いなりになど、決してなるべきではないということを。

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関連タグ : オバマ, イスラエル, パレスチナ,

犬のケンカというやつは、単なるじゃれあいのような取っ組み合いから、命がけの決闘まで、いくつかの段階がある。激しく組み合って噛み合っているようでも、案外彼らにしてみれば遊び半分ということもあり、そんな場合には飼い主が「こらこら!」と制止すれば離れていく。
しかし、いわゆる本気モードになると、犬は特有のニオイを発散するらしくそれを嗅ぐことで犬たちはさらに興奮して抑制がきかなくなる。こうなると飼い主が間に入っても止めることは容易ではない。正気を失ったかに見える犬は、どちらかが負傷して引き下がるまで闘いを止めようとしないのだ。

これはなにも犬だけの話ではないように思える。
たとえば、ときどきニュースにもなる集団リンチ事件などは、暴力をふるっているうちに正気を失い、そうなると相手にどんな危害を与えても当然だというような高揚した気分が支配して抑制がきかなくなる。その気分はその場にいる人間に瞬く間に伝播して、暴力をエスカレートさせる。たわいもない理由で始まった集団暴力が、終いには殺人事件へと発展していくときは、こうした人間の正気を失わせる空気が現場を支配していることが多いと考えられる。

その最たるものは戦争だろう。
ホロコースト

今、世界中が注目し、多くの人が心を痛めながらどうにも止めることができない「戦闘行為」がイスラエルパレスチナの間に繰り広げられている。
しかしここで「戦闘」という言葉を使うのには抵抗感がある。
パレスチナ側がロケット砲で散発的に攻撃しているのに対し、イスラエルはアメリカから提供された潤沢な兵器を存分に使い、空から陸から、圧倒的な戦力で人口が密集しているガザ地区を攻撃し続けている。イスラエルパレスチナ人たちを狭い地域に押し込め、兵器はもちろん、食料や医療品の供給もできないようにして攻撃している。
この2週間ほどの間に、パレスチナ側では700人近い死者が出ているのに対して、イスラエル側は数人ほどの犠牲者がでているだけだ。この事実だけを見ても、両者の戦力がいかに偏ったもので、攻撃が一方的に行われていることがあきらかになろうというものだ。

そして6日には国連機関の学校が砲撃されて多くの犠牲者が出た。さらには医療活動を続けている国連の自動車も攻撃されて職員が殺された。
イスラエルは明らかに攻撃する必要のない施設や人員に攻撃を加えて犠牲者の数を増やしている。それを作戦遂行の一環として正当化している。
さらに昨日は、ガザ近郊のザイトゥン地区で110人のパレスチナ市民をイスラエル兵が銃を突きつけて1軒の住宅に集めたうえで砲撃を加え、少なくとも子どもをふくむ30人を死亡させるという事件が起きた。

こうした一連のイスラエルの行為を見ていると、どうしても思い出してしまうのは、かつてナチスがユダヤ人民に対して行ったホロコーストの悲劇である。
あのとき、ナチスは優勢思想からユダヤ人を世界から抹殺しようとした。強制収容所をつくり、そこの連行されたユダヤ人たちはガス室に閉じ込められて一気に殺害された。
収容所では過酷な労働と非衛生的な環境、それに最低限の食料しか与えられずに、何人ものユダヤ人たちが餓死したり病死したりした。

今、イスラエルがパレスチナ人たちに対して行っている行為は、かつて自分たちの縁者たちが受けたのと同じ行為をなぞっているとはいえないだろうか。
150万人もの人々を狭い地域に押し込めて食料や医薬品を運び込むことを禁止し、事実上、彼らはパレスチナ人を鉄格子のない収容所に隔離してしまった。
そのうえで、子どもや女性をふくむ非戦闘員を無差別に銃撃あるいは砲撃して命を奪っている。昨日起きた、住民を閉じ込めたうえで砲撃を加えた事件などはナチスのガス室や、あるいは米軍がベトナムで行ったソンミ村での虐殺事件を想起させずにおかない。

イスラエル人たちは、もはや抑制を失わせるニオイを嗅いでしまった犬のように相手を殺さずにおかない気持ちになっているのではないだろうか。
あるいは国を挙げての集団リンチに加わっているうちに、相手に何をしても構わないような残酷な気持ちにはまりこんでいるのではないだろうか。

噛み合いに夢中になってしまった犬を鎮まらせるには、冷水をかけてやるか、人間が棒などをつかって力ずくで引き離してやるしかない。
集団リンチに夢中になってしまった半狂乱の人間を鎮めるには、冷静な第三者が間に入って暴力を止めるように説得するしかない。

イスラエルが今行っている、残虐な行為を止めさせるにも、こうした手段が有効なのだろうか。
冷水を浴びせて攻撃に逸る政府や軍部を抑えることができるのならば、地中海の海水でも浴びせかければいいのだろうが、彼らはそんなことでは諦めないだろう。
ならば残っているのは、冷静な判断力を持った第三者が仲裁に入るか、ある程度の武力を持って抑止する方法しかない。
仲裁にはいるべき第三者として、いちばん期待されるのが国連だったが、停戦を求める決議にアメリカが反対してその効力は半減してしまった。今となってはエジプトの停戦案をイスラエルがどれだけ真摯に受け止めるか、その理性に期待するしかない。
もし、エジプトの仲介も不調に終わったならばどうなるか。

私は武力を使うことには反対だから、世界中でイスラエルに対するボイコット運動を広めていくことがいちばん有効なのではないかと思う。ただし、この方法には即効性がないのが懸念材料だ。それでもガザにいるパレスチナ人たちに、これ以上犠牲者が出ないために、私たちは何かをしなければならない。それは一人一人が声を上げていくことであろうし、イスラエル政府に抗議する運動に参加することでもあろう。また、イスラエル産の輸入品を買わないということもひとつの方法だ。世界中の人間ひとりひとりが考えて、この残酷な現実を早く終わらせるために手を打たなければならない。
さもなければ、イスラエルの行動に業を煮やしたアラブ同胞国が立ち上がり、大規模な戦争が勃発する恐れもある。

それだけはなんとしても避けなければならないと思うのだ。

関連タグ : イスラエル, ホロコースト, パレスチナ,

女性や子どもをふくむ数百人の犠牲者を出しながら、イスラエルはいまだに空爆を止めず、さらには地上軍を侵攻させて本格的なパレスチナ侵略を始めた。
イスラエル側の口実はただ一つ、「自国南部の安全を確保するため」。
しかし実際にはイスラエル南部をロケット砲で攻撃していないパレスチナ西岸地区までイスラエルの空爆がおよんでいる。
今後、本格的な地上軍の攻撃が始まれば、ガザ地区に閉じ込められている150万人もの人々が命の危険にさらされる。
イスラエルはこれまで2年間もガザ地区を封鎖し、物資の搬入や薬剤の供給さえ禁止してきた。周囲をイスラエルに取り囲まれたガザ地区に住む人々は、逃げ出そうにも出国できず、次第に食糧が尽きて危機的状況にあった。そこに空爆を加えられて、今では電気の供給もままならない状態にある。

イスラエルはハマスを壊滅するまでは攻撃をゆるめないつもりのようだ。
日本ではハマスというとイスラム原理主義組織あるいはイスラム過激派組織などと表記されるが、彼らは2年前に民主的な選挙によって選ばれた政党であり、パレスチナ人民の支持を集めた人々なのだ。
それを過激組織だとして一方的に攻撃しているのはイスラエルであり、世界はこのイスラエルの蛮行をなぜか黙認している。

国連安保理は即自艇停船を求める議長声明採択を、アラブ諸国を代表してリビアが求めたが、アメリカが反対したために物別れに終わっている。

今、世界から見ればいかにもちっぽけなパレスチナという地区の一区画に150万人もの人間が押し込められ、逃げ出すこともできないままにイスラエルからの無法な攻撃を受けている。

これはイスラエルによる明らかな侵略行為であり、武器を持たない一般市民をも巻き込んだ大量虐殺である。

この国家による犯罪行為に対して、なぜか世界の反応は冷ややかだ。EU代表団が停戦調停に乗り出したりはしているが、イスラエルを非難し、非人道的行為を即刻止めるように強く求める声は聞こえてこない。日本の麻生太郎首相は、パレスチナのアッバス議長と電話会談し、早期停戦への努力を要請したようだが、麻生がやるべきことはアッバスではなくイスラエルのリブニ外相を説き伏せ、首相のオルメルトを説得して非道を止めるよう説得することだった。
あるいはアメリカに働きかけて国連の停戦議場声明案に反対しないようにするべきだった。

この戦争はイスラエルによって一方的に行われている殺戮行為であり、武器も物資も十分でないパレスチナの側に停戦を呼びかけるのは見当違いというものだろう。

今、この時間にも侵略と虐殺を行っているイスラエルに対して、なぜ世界は声を上げないのか。
パレスチナという国を公然と地図から消し去ろうとしている悪事に対して、黙認を続けるのは何故か。
今、イスラエルがやっている行為は、ナチスがユダヤ人に対して行った行為に匹敵する野蛮な行為である。

それに対して、止めろと声を上げずにいることは「悪」である。
罪のない人々が殺されていくのを黙って見過ごすのは、人殺しに荷担しているようなものである。

アメリカでは変革を訴え、世界の協調を訴えたバラク・オバマが次期大統領に決まっているが、オバマはこの野蛮な行為に対して何も声を発していない。
偉そうに変革を訴えていたときの勢いはどこに行ったのか。
もちろん、イスラエルの行為の裏にはアメリカの協力があるからオバマは何も言えないのかもしれない。
それでも、側近を通して「この次期は大統領が二人いるべきではない」と言ったというのはいかにも逃げ腰で卑怯で、およそ次のリーダーにふさわしいとは言えない態度だったのではないか。

今、必要なのは、世界中が声を上げることだ。
イスラエルが行っている非道な行為に対して「No」を突きつけなければならない。

黙っていることは悪である。

小さくてもいい、一人ひとりが声を上げるべき時である。

戦争に反対。人殺しを止めろ。
他国を侵略するのを止めろ。

この声をイスラエル人たちの耳に届かせることが必要だ。

■追記
NYの独立放送局デモクラシー・ナウ!で12月29日に放送された、イスラエルのガザ攻撃をめぐるディスカッションを字幕つきでストリーミングしています。
http://democracynow.jp/subomov/20081229-1
日本では報道されない事実を是非知っていただきたい。

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パレスチナ自治区のガザ地区では、イスラエル軍による空爆が今日も続き、死者はAP通信の発表によれば29日夜までに364人に達しているという。
しかしこの数は、実際にはもっと多く、しかも子どもをふくむ民間人が多く犠牲になっているものと思われる。
「思われる」などと書かざるを得ないのは、日本で発表される情報がほとんどイスラエル側からの発表であるためで、予備知識を何も持たずに日本の報道を見ていれば、そもそも停戦協定中にロケット弾による砲撃を始めたパレスチナ側が悪いということになってしまう。しかも砲撃を行っているのはハマスというテロ組織で、イスラエルはテロ組織を壊滅するという大義名分と停戦協定を破ったことに対する正当な反撃を行っているかのように見える。

しかしパレスチナイスラエルの歴史を知れば、イスラエルが今行っていることは間違いなくジェノサイド(大量虐殺)であり、明らかに戦力において優位に立ち、地勢的にもパレスチナを取り囲むように支配地域を持つイスラエルが、理不尽にパレスチナ人民を根絶やしにしようとしていることに他ならない。イスラエルは聖地エルサレムのあるパレスチナを自国のものにしたくて仕方がない。それは歴史が明らかにしている事実だ。彼らにとってパレスチナに住むアラブ人たちは邪魔者以外の何者でもなく、わずかな面積にひしめき合って暮らしている彼らは虫けら同然のように考えているのだろう。
そうでなければ、今彼らがやっていることの説明がつかない。

世界はイスラエルがやっている蛮行を即座に止めるよう働きかけなければならないはずだ。
しかし、世界中にコミュニティを作り、有力者を多く持っているユダヤ人たちはそれを許さない。本来ならば影響力を持っているアメリカが何らかの働きかけをするべきときだが、ブッシュはもちろんのこと、次期大統領のオバマも沈黙したままだ。
このままでは最悪の場合、パレスチナ側に立つ周辺アラブ諸国が立ち上がり、大規模な中東戦争へと発展する恐れがあるというのに、なぜアメリカは黙っているのだろう。
こういうとき、日本政府が立ち上がり、めざましい働きをしてくれれば内閣支持率も少しは上がりそうなものだが、例によってアメリカのご機嫌伺いをしている我らが政府は、中曽根外相がイスラエル外相に電話をかけ、憂慮の念を伝えたにとどまる。
麻生太郎はさっさと冬休みを取ってしまったらしいし、まったくこの国の政府はどこまでいっても頼りなく、ふがいない存在であるのが情けない。

パレスチナでは今日も理不尽な空爆が続けられ、多くの血が流されているが、日本もまた企業による理不尽な人権侵害という爆弾が炸裂し、多くの被害者が出ている。
政府は年末になってもハローワークを開くなど、対策に乗り出しているかに見えるが、職を無くし住み家を奪われた人々は後を絶たない。
国際的にはアメリカに追従し、国内では財界に追従している政府は、ここでも抜本的な解決ができずにいるのだ。
日本では、見えない爆弾が降り注いでいる。
手足をもぎ取られ、内臓を飛び散らせる後継はないけれど、希望を奪われ、不安と貧困のなかで人間としての自尊心を木っ端微塵に打ち砕かれている人々がうち重なるように寒空に曝されている。

昨日、NHKをはじめとするマスコミは、新幹線のシステム障害によるダイヤの乱れを第一番のニュースとして扱っていたが、毎日のように人が死に、人の未来が奪われている現状を伝えるのが本来のあり方だろう。イスラエルの無法を糾弾し、日本の企業による理不尽な派遣切りを非難し続けるのが報道の役目というものではないのか。

今年も残すところあと1日となってしまったが、来年もまた、世界で行われている非道に対して怒りを表明し、日本では一向になくならない社会格差の是正を訴え続けていかなければと思っている。人には人として生きる権利がある。人には希望尊厳を持って生きる権利がある。
そのことをこれからも、忘れずにいきたいと考えている。

関連タグ : イスラエル, パレスチナ, 希望, 尊厳,

イスラエルがパレスチナ・ガザ自治区を包囲し、兵糧攻めとロケット弾攻撃を続けている事件は、相変わらず日本のメディアは伝えようとせず、その情報がほとんど入ってこない。
状況は深刻の度合いを深めており、憂慮すべき状態にある。緒方貞子JICA理事長が、その懸念を表明したのが10日のことだったが、日本政府はこれにたいして何ら反応を示していない。マスコミも沈黙したままだ。
14日にはアメリカ、イスラエル、パレスチナがエルサレムで3者協議を開き、2003年の和平案(ロードマップ)が定めた紛争停止への義務履行を検証しようとしている。しかしイスラエルはこのところ、あからさまなロードマップ違反を繰り返しており、この三者会議にも格下の国防省高官を出席させるなど、誠意ある対応を見せているとはいえない。
暴動
そして今度は、中国チベット自治区で暴動が起こり、中国軍が鎮圧に乗り出した。
その結果、当局側との衝突により少なくとも8人の犠牲者が出たとの発表があった。もっともこれは中国側が出したもので、チベット亡命政府の報道官は、少なくとも5人の少女をふくむ80人の遺体が確認され72人の負傷者が出ていることを明らかにしている。

パレスチナチベット
一見無関係に見えるかもしれないが、実は両者が抱えている問題には共通点が多い。
パレスチナとイスラエルとの関係は3月9日のエントリですでに述べた通り、ユダヤ人の故郷パレスチナを奪還しようとするイスラエルがそこに居住しているアラブ人たちを無差別に激しく攻撃している。

一方のチベットは、中国全土を支配下に置こうとする中国共産党政府と、仏教を信仰しダライ・ラマ14世を頭に民主主義的独立を願うチベット亡命政府が対立をしている。ご存じの通り、中国共産党は民主主義も宗教も認めない方針をとっており、彼らにとってダライ・ラマ以下仏教信仰で結束しているチベット民族が邪魔で仕方がない。
それでしばしば挑発を繰り返し、1988年にはチベット書記だった胡錦涛(現・国家主席)の指揮によって中国軍は聖都「ラサ」で大規模な殺戮と弾圧、そして宗教破壊を徹底的に行った。
ダライ・ラマ14世はすでに1959年、インドに亡命して臨時政府を樹立していたが、チベット自治区にはどんどん漢民族が入植し、いまや少数派となったチベット民族に圧力を加えている。これもイスラエル・パレスチナ問題と似ている点だ。
ダライ・ラマ14世
今回のチベットでの暴動も、中国政府は公表しないだろうが、挑発したのは中国側であり、チベット人たちが抵抗したのをいいことに軍を派遣して見せしめ的に犠牲者を出したのだろう。
ここにも大国の横暴と人権無視が行われているのだ。

それにしても、中国はあと半年後に北京オリンピックが控えているというのに、いかにも思慮の浅い行動を取ったものだ。あの胡錦涛が政権を握っている中国政府は「ダライ・ラマ14世の集団が暴動を策動した」と発表しているが、その説明はいかにも苦しい。武力で圧倒的な優位に立つ中国軍が、「自由」「民主」を願う人々に対して暴力をふるったことは明らかであり、それは決して許されるものではない。
この事件は世界中から非難されてしかるべきものだろうし、北京オリンピック開催にも影響を与えるのは必至だろう。

しかし、今回も日本政府の対応は、きわめて鈍い。
隣国で起きた暴動事件だというのに、なんのメッセージも発していない。
いったい何を考えているのだろう。
昨夜は、福田康夫が自民党幹部を集めて日銀総裁の後任人事のさしかえを協議したらしいが、世界の動きのなかで、日本がやっていることは本当に短視眼的というか、オタク的というか、なんだか溜息が出るようなことばかりだ。

毒入りギョーザ事件では図らずも中国に対する食の不安が露呈したが、中国という国はそれ以前から人権軽視が問題にされてきた国であり、その他にも環境問題、治安問題などさまざまな問題を指摘されている国だ。
こういう国で開かれるオリンピックに、日本はどこまでも馬鹿面下げて「平和の祭典」などと言って参加するつもりなのだろうか。
そしてメダルをいくつ取れるかと、そんなことばかりに国民を注目させようとしているのだろうか。

私は、必ずしもオリンピックをボイコットする必要はないと思う。
いたずらに中国を刺激しても得るところは少ないからだ。
しかし、この事態を見て何もしないというのは最低だ。
日本は少なくとも、中国政府に対する態度ははっきりさせてから、この大会に臨む必要があるのではないか。大事な食の安全を脅かされたうえ、人権を軽んじている国で、どうして黙って平和の祭典などと御祭騒ぎに興じることができようか。
日本は、毒入りギョーザの問題が解決するまではオリンピック参加を凍結すべきだし、今回のチベット問題をふくめ、人権問題について一定の回答を得るまではオリンピック参加を控えるべきだと、国際社会に立場を表明すべきではないか。
日本一国では、どうせ中国は相手にしないだろう。
しかし中国に対して懸念を抱いている国は多いのだ。それらの国に働きかけて、中国を動かすべきである。
そのうえで、オリンピックに参加するかどうかを判断すべきだ。

スポーツの大会を政治に利用すべきでないという意見は常に出てくるが、逆を言えばそれだけ、これまでのオリンピックはさまざまな政治の具として利用されてきたのだ。
今回だけ政治抜きでスポーツを楽しむというのは、無理というものだろう。

本音を言えば、私はオリンピックなど、もうどうでもいいと思っている。
世界中で紛争が絶えることがないのに、なにが平和の祭典かよ、と思う。
たとえその期間だけでも停戦させられるなら、少しでも意義があるというかもしれないが、もしそんなことが実現したとしても、戦争というものは、終結しないことには意義などないのだ。一時的に人殺しを止めたところで何になろうか。
アスリートたちには悪いが、彼らにはそれぞれの世界選手権で頑張ってもらうようにすればいい。
もうオリンピックが特別な大会であるという位置づけそのものを変えた方がいい。
そして、世界中から戦争や紛争がなくなったとき、あらためてオリンピックを再開させればいいのだ。

それでこそ、オリンピックが平和の祭典としての輝きを取り戻すことができるだろう。


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関連タグ : チベット, パレスチナ, 中国, 胡錦涛, 北京オリンピック,

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