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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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関東地方は今日も猛暑だ。
わが家のワンコたちも、この暑さにぐったりしている。
ワンコも種類によって違うが、一般に鼻ペチャ系の犬種は暑さに弱いようだ。
で、わが家にいるのは3匹のパグ親子とフレンチブルドッグで、いずれも鼻ベチャ系。
もう大変です。
タッチー

散歩は毎朝6時すぎにしているのだけれど、この時期は夜明けが早いから6時だとすでにかなり日差しが強い。アスファルトも熱せられているので、ワンコたちはものの20メートルも進まないうちにゼーゼーいって歩くのがやっと。
とくに今年9歳のこももと梅太は辛そうだ。

こももは、一昨年、太りすぎで夏になると歩くことができなくなりダイエットした。今はスリムになって歩けるようにはなったけれど、この頃はやはり年のせいなのか、アスファルトの上を歩いていると急に草むらに入ってへたりこむ。

梅太は、ゼーゼー言いながらも歩くのだが、今年になって腰が抜けるようになった。
一度腰が抜けると、お尻を引きずって前脚だけで進もうとする。お尻を持ち上げて、立ち上がらせてやると再び歩くのだが、歩き方はいかにも老犬で、覚束ない。

5歳になるフレンチブルドッグのブルースは、生まれつきのアレルギー体質で、夏になるとそれが悪化する。今年は少しよくなりかけていた脱毛が再びひどくなり、右耳や前脚の先がほとんどハゲハゲになってしまった。心なしか元気もない。

7歳になったパグ夫婦の息子、タッチーは比較的元気だが、やはり暑さに息が苦しそうにしている。

大丈夫か、ワンコたち。
今年も厳しい夏になりそうだぞ。
私も夏は大の苦手だが、なんとかこの季節をやり過ごそうぜ。
ピーチ

一方、元気がいいのはインコ軍団。
とくに生後3ヶ月半のピーチは言葉をいろいろ覚えはじめ、(あくまでオカメインコレベルの言葉だが)、「ウキウキ、ワキワキ」から「ピーちゃん」「ピーちゃんは?」と話すようになった。言葉を話すだけでなく、最近は笑い声も上げるようになり、私がブログを書いていると背後にあるケージの中で「ウケケケケッ!」と笑い、「ホーホーホー」と歌い出す。

この「ウケケケケッ!」という笑い声が、文章を書きあぐねているときに聞こえてくると、なんだか小馬鹿にされたような気分になってムッと来る。
私は振り返ってピーチを睨みつけるのだが、ピーチは首をかしげて「ホーホーホー」と歌っている。

こいつには敵わないな。
陽気なオカメ。かわいいやつ。
私はふっと笑って再び書き始めるのだが、しばらくするとまた後ろから「ウケケケケッ!」。

すいませんねえ、下手くそな文章で。
私は背中をかたく丸め、もう振り向こうとは思わない。

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関連タグ : 猛暑, ワンコ, パグ, フレンチブルドッグ, オカメインコ,

今や私は、ボロボロの状態である。
オカメインコのピーチが手乗りとして成長するにつれ、私の両手両腕を伝い歩くようになり、その鋭い爪によるひっかき傷でボロボロなのだ。

オカメインコというやつは、まだ幼いせいもあるけれど、とにかく不器用な鳥だ。普通に腕に止まっているときでさえ、バランスを崩しては自分でびっくりしてギュッと脚に力を入れる。チョコチョコ歩いては脚を滑らせる。そのたびに、私の腕にはみみず腫れとカミソリで切ったような傷ができる。針で刺したような細かな穴が無数につけられる。
もちろん深い傷ではないが、なにしろ無数にあるのだからヒリヒリヒリヒリ、かなり痛い。

こんどメンタルクリニックの受診日がきたら、医者の前で両腕を差し出して言ってやろうかと思う。
「先生、私、リスカしちゃったんです」
なんちゃって。
そのときの医者の顔を見てやりたい。

ピーチはまた、腕から肩に登り、首筋から頭に上がろうとする。
鳥にとっても急坂だから、ピーチは思い切り脚を踏ん張り、つまめるところは嘴でつまんで体を支えようとする。私の首筋から頭にかけては、毎日幾筋ものみみず腫れができている。
おそらくは頭皮にも。
嘴でつままれるのは、皮膚のシワやホクロ。とくにホクロは、エサのように見えるのか、ピーチはそれをつまむだけでなく、えぐり出そうとしてグリグリと嘴を差し込んでくる。
これが痛い。
私はもう、ボロボロだ。
ボロボロだけど、ちょっと幸せだ。

もうひとつ辛いのは、私がピーチの世話をしながらあまりに「ピーチ、ピーチ」と呼び続けるために、わが家の4匹のワンコたちの間に不穏な空気が漂うようになってきたことだ。
どうも彼らは、ピーチに嫉妬しているらしい。

普段から愛想のよくないフレンチブルドッグのブルースは、気がつくと二階でひとり、ポツンと寝ていたりする。私や家族はリビングで食事をしたりしていて、ワンコたちも足下に寝そべっているのに、だ。
ブルースがいないのに気がついて二階に行ってみると、彼は「なんだよ」というような、むっつりした顔で私を見つめる。
「ブー、下においで」
そう言っても、ブルースのやつはまたそっぽを向いて体を丸めてしまう。
こんなこと、今まではなかったことだ。

ピーチはいまだにひとりでエサを食べられないので、私がエサを食べさせてやらなければならない。ピーチを手に止まらせてエサを与えていると、足下で8歳のパグの梅太が悲しそうになきはじめる。
自分も抱っこして欲しいとないているのである。
「ちょっと待って」
そう言っても、梅太は納得しない。
仕方なく、私は両手に85グラムのピーチを抱え、両膝に10キロ超の梅太をドサッと乗せて、ウウッと呻きながら小鳥にエサを与える。

ようやくエサをやり終わり、梅太を下ろすと、今度はいつの間に来たのか、ブルースが飛び乗ってくる。もう、有無を言わさぬ勢いでズシンと飛び乗ってくる。ブルースも10キロ近くあるから、
私にとってはちょっとした衝撃だ。しかし、そんなことにはおかまいなしで、ブルースは私の上にゆったり寝そべり、腕枕をして、なおかつその腕をゆっくりと心ゆくまで舐め始める。
これがまた、腕に無数にあるピーチ傷にしみるのだ。

ピーチをケージから出して遊ばせてやっていると、4匹のワンコが集まってきて、私を見上げている。
「あんたね、誰かをお忘れじゃありませんか」とでも言うように。

悪かった、悪かった。
私はピーチに頭の上に乗られたまま、ワンコたちの頭をなで、腹をなでてやる。
ワンコたちは一応それで納得したような顔をしてくれるが、私が再び「ピーチ、ピーチ」と呼び始めると、ブルースなどは「話が違うじゃん」という顔で、少し離れたところから私を見ている。
タッチーとこもも母子は、またなでてくれと体をすり寄せてくる。

おまけに他のケージのなかでは、まだ放鳥できずにいるパールが、やけくそ気味に「ホーホケキョ!」とウグイスの真似をして鳴く。サクラとやまちも負けじとさえずり始める。

いやもう、家中の賑やかなこと、賑やかなこと。
しかし、彼らの気持ちは一点に集中しているのだ。
つまり、私がピーチを可愛がり、甘やかしすぎているということに。

しかたないじゃん。
ピーチは、私にとって85グラムの幸せなのだから。
もちろん、10キロ超×4の幸せも忘れちゃいませんけどね。







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今日、5月25日はわが家のパグ親子のうちの一人息子(ほんとは5匹兄妹なのだが)、タッチーの誕生日である。
タッチー

7年前の今日、5匹の赤ん坊をお腹に抱えて身動きするのも苦しそうだったこもも母さんは、私たち家族で赤ん坊を取り上げてやろうと準備を整え、さあ明日は出産予定日だからとカミサンと娘が出かけてしまったその日、私ひとりだけ家に残っていたときに出産を始めてしまったのだった。

羊膜に包まれて最初の子が出てきたとき、ここも母さんは一生懸命にその膜を食い破ろうとしていた。
犬は自分で出産できるものと思っていた私は、突然始まったお産にひとり慌てながらも、こももが羊膜を破り、子どもが産声を上げるのを待っていた。
ところが、10分たち20分が過ぎようというころになっても、こもも母さんは羊膜を破ることができずにいる。
さすがに心配になり、私はかかりつけにしていた病院に電話した。

「そのままじゃ、死んでしまいますよ。はやく羊膜を破ってあげてください」

え、そうなの?
私は手近にあったハサミを持って、恐る恐る子犬が入っている小さな袋を持ち上げると、そっとハサミの先端を入れてみた。
生暖かい水がこぼれて、手のひら大の子犬が現れた。
私は、いちおう予習しておいた処置法を思い出し、子犬の体をタオルで拭くと、へその緒を切って糸で結んでやった。

と、ここまではよかったのだが、肝心の赤ん坊がうんともすんとも言わない。
私は再び不安になって病院に電話した。

「羊膜を破るのが遅れたから息ができなくなってるんです。鼻に羊水が詰まっているはずだから吸ってあげてください」

私は躊躇もなく、子犬の鼻に口をつけ、チュッと一吸いした。
しかし子犬はぐったりしている。
私は三度、病院に電話した。

「体を軽くマッサージしてあげて、それから口にストローで砂糖水を1、2滴垂らしてみてください」

いわれるままに、タオルで子犬をくるみ、マッサージをする。それでもダメ。それではと砂糖水を作ろうと思ったのだが、ずっとそれまでかがんでいた私は、軽くぎっくり腰を起こしてしまった。
もはやこれまで。子犬よ、許せと思いかけたときにカミサンの母親が顔をのぞかせた。
「どうかしたんですか?」
「すいません、さ、砂糖水を!」

ようやく砂糖水を手にした私は、ストローの口を子犬の舌にあて、1滴、2滴落としてみた。すると、魔法の水でも飲んだように、ぐったりしていた赤ん坊が息を吹き返した。
「ニーッ! ニーッ!」

これが7年前、私が体験したワンコの助産経験である。

こもも母さんはそれから30~60分おきに5匹の子犬を産んだ。
最初の子は大変だったが、あとはもう慣れたものだった。
子犬たちの体を拭いてやり、こもも母さんに戻してやると、まだ目も開かない赤ん坊たちが這い始めて、母親の乳首を探し当てる。そして勢いよく吸い始めた。

ぎっくり腰になりながら、私にとってはほんとに大変な出来事だったが、同時に生涯二度と味わえない体験をさせてもらったと思っている。

その後、5匹の子犬たちは日ごとに成長し、4匹が次々と里親さんにもらわれていった。
そしてわが家に残ったのが、5番目に生まれ、今日7歳になったタッチーというわけだ。

生まれたときから両親と一緒に育ってきたタッチーは、チビのころはかなりな内弁慶のいたずらっ子だったが、大きくなるとおっとりして誰にでもよくなつく、いい子になった。
私が仕事をしているときは、いつでも足下にいてイビキをかいているし、トイレに立てば、一緒に来てドアの前で待っている。出かけたときは親子で玄関口に並んで私の帰りを待っているらしい。
夜眠るときも、タッチーだけは必ず私の寝室の前に陣取って、盛大にイビキをかいて寝ている。

人なつこくて忠実で、ほんとにいい子に育ってくれた。他の子がなにかと病院通いすることが多いなかで、タッチーだけは病気知らずの優等生で育ってきた。
ただ一つ、食い意地が汚いのだけが玉に瑕といえば玉に瑕。しかしこれだって、飼い主の私に甘えてのことだから、カワイイものである。

そのタッチーが7歳になり、犬の世界ではシニアに分類されるようになった。7歳なんてあっという間だった。先輩犬のココが亡くなったのも7歳だったが、今思うとあらためてその死が早かったことが悔やまれる。

これでわが家のワンコたちはこももと梅太夫婦が9歳と8歳、息子のタッチーが7歳、フレブルのブルースが4歳となった。あと3ヶ月すれば、梅太も9歳になり、ブルースが5歳になる。
散歩して食事をして、後は寝転んで、ときどき私に抱っこされて。ワンコたちはそんな毎日を繰り返してここまできた。

はたして、ワンコたちは、それで幸せを感じているのだろうか。

私は、ワンコたちにとっていい飼い主であったのだろうか。

疑うことを知らない犬たちは、どんなときも私を見上げ、尻尾を振り、体をじっと撫でさせる。それが彼らの答えなのだろうか。

撫でながら、私は思う。
私はずっと、幸せだったよ、と。

できれば、この幸せが一日でも長く続きますように。
そう願わずにはいられない。


関連タグ : パグ, ペット, 誕生日, シニア,

私は9年前、一匹のパグ犬を喪い、ペットロスに落ち込んだ。
7歳2ヶ月。
決して若くはないが、まだまだ一緒に暮らせると思っていたし、可愛くて可愛くて、この子の子どもが欲しいと思い、お嫁さんをもらい受けたほどだった。
ココ

都内に住む、やはりパグ愛好家のご夫婦とネットを介して知り合い、その年の7月に生後2ヶ月半の牝パグを家に迎えた。
ところが、嫁さんパグが来る前日に、わが家のパグが熱中症で倒れた。

パグは暑さに弱い犬種だとは聞いていたが、まさか自分の飼い犬が熱中症になるとは思いもしなかった。というより、イヌの熱中症がどんなものかもわからなかった。
その日、散歩から帰ってきたワンコ(ココという名前)の呼吸がいつまでたっても激しく治まる気配がないのを不審に思ったカミサンが
「ココちゃん、おかしいんじゃない?」
そう言ったのがきっかけだった。
たしかに様子がおかしい。いつまでたってもゼーゼーいってぐったりしている。
これは普通じゃない。
私はあわてて、時間を確かめた。その当時かかりつけにしていた獣医はまだ連絡がつくと思った。そして電話すると、
「まず体温を測って。もし40度以上あるのだったら熱中症だから、たらいに氷水を張って体をつけてやって」
そう言われた。
体温を測ると、ココの熱は40度以上もあることがわかった。
言われるままに、子どもに使ったベビーバスを引っ張り出して水を張り、冷凍庫にあったありったけの氷を入れてココの体を浸けた。
ココはぐったりしたままだった。
私は再び獣医に電話して、様子を伝えた。
「10分おきに体温を測って。それで熱が下がらなければ私が行くから」
私は、言われた通りにした。ココの肛門に体温計を差し込み、10分ごとに熱を測った。
幸い、そのときは熱が下がり、ようやくココも元氣を取り戻した。

翌日、お待ちかねのお嫁さんが来て、ココはどんな態度を取るだろうと思っていたら、子犬の姿を見るなり猛然と吠えだしてしまい、子犬の方が怯えてしまった。

それでも、気のいいココのことだ。そのうち慣れてくれるだろう。
そう思っていたが、ココは容易に嫁イヌを受け入れようとしなかった。

そして9月。
ココが再び倒れた。こんどはいきなり全身をけいれんさせ、泡を吹くような感じで倒れてしまった。
医者に電話すると、家まで来てくれてぶっとい注射を打ってくれた。ココは痛そうに悲鳴を上げたが、これも治ってくれるならという思いで体が動かないように、私はココを押さえていた。
けれどもココは、翌日には後足が立たなくなり、その翌日にはケージのなかで仰向けになったまま意識が戻らなくなってしまった。
医者に連絡すると、熱中症は再発しやすいから、体温を測って40度を超えることがあったら水に浸け、その後も10分ごとに体温を測るように言われた。
私は言われた通りにイヌのケージの隣に布団を敷き、それでも眠るどころではなく時計とにらめっこをして時間が来るとココの肛門に体温計を差し込んだ。そして測った温度をノートに逐一記録していった。

それが三日二晩続いた。
結局、ココはそのまま意識を回復することなく、最後は尿毒症を起こしてしまった。

私は、9月に入ってココの後ろ足が立たなくなったときに「これはいけない」と悟った。悟りながらどうすることもできず、ひとりトイレに入って泣いた。

9月中旬、ようやく暑さがゆるんできた日の夕方、ココはカミサンが娘と一緒に買い物に出ている間に、私の腕の中で息を引き取った。

獣医にココが死んだことを伝えると、私は叱られてしまった。
「だからね、暑さに弱い子は気をつけてあげないとこういうことになっちゃうの」

そうです。
ココが可愛いといいながら、私は何もココのことをわかっておらず、暑さの中を散歩させたり、クーラーもつけない部屋にココを置いておいた。私は、駄目な飼い主で、馬鹿な飼い主です。

ココの遺体に買えるだけの花を添え、好きだったぬいぐるみを棺となった段ボール箱に入れ、食いしん坊だったからとビスケットを買ってきて口元に置いてやった。娘は私たち家族の絵を描いて、ずっと一緒だからねと言った。

ココは、ペット用の寺院で荼毘に付された。

それからの毎日、私は自分を責めた。ココを殺したのは自分だ。パグが熱中症にかかりやすいということに気をつけてやらなかった。ココは何も言えないのに、苦しい思いをしながら、朝寝坊だった私につきあい、熱でとろけそうになったアスファルトの上をとぼとぼ歩いていたのだ。私はそれを散歩だと思って満足していたのだ。

なんというバカな飼い主。

ココの墓は車で1時間ほどかかる寺にあったが、私は時間さえあればそこに行って手を合わせ、詫びを言った。
「ココ、ごめんな。お前のことをわかってあげられなくて悪かった。許してくれ」
線香の煙が全身を燻し、体中が香のかおりに包まれた。それがなんとなく、バカな私の心を洗い清めてくれるような気がした。

けれども、ココがいなくなってからというもの、私は通りでパグを見かけると胸が痛み、毎日通っていた散歩のコースを通りかかると涙があふれ、そこを歩くことができなくなった。

お嫁さんをくださったご夫婦も、ココが突然なくなったと知って驚いていたが、まだあどけない顔をした牝パグが一匹残ってしまった。
私は、ココを喪った気持ちを埋め合わせるために、半ば熱に浮かされたようにペットショップをのぞき込み、そこで見つけたオスの赤ちゃんパグを買い求めた。

それが今も一緒に暮らしている、今年9歳になるパグ夫婦だ。
このパグ夫婦はその後、十分すぎるほどに私の心に空いた穴を埋めてくれた。
けれども、私の心の中にはそれとはべつに、ずっと罪悪感が残ったままだった。
パグのことをよく知りもせずに飼い主面をして、ただ可愛い可愛いといっていただけの馬鹿オヤジ。だから獣医にも叱られたのだ。

そんな私の心を救ってくれたのは、仕事で偶然出会った、別の獣医の言葉だった。
その人は、飼い主に連れられてくる動物たちの気持ちがわかるのだと言っていた。そして、動物たちは自分がどんなに苦しい思いをしていても、飼い主のことを気にかけているのだと話してくれた。
私は、思わず自分が体験したことをその人に話していた。
大切なパグを、熱中症で亡くしてしまったことを。動物のことをわかりもせずに飼っていた自分の馬鹿さ加減を。

するとその人は言った。
「私だったら、飼い主さんを責めたりはしないです。だって、あなたはワンちゃんのために心から心配し、一緒に苦しんであげたじゃないですか」

私は、もう泣くしかなかった。
泣きながら、その一言に罪悪感に苛まれていた私の心は、救われた。


今、中国では大変な事態が起こっている。
これまで誰も経験したことがないほどの規模の地震が起こり、数万人が死亡し、負傷し、今も生き埋めになっている人がいる。
中国政府は、これに対して必死になって救助活動を続けている。
首相の温家宝が被災地に飛び、瓦礫の中に向かって声をかけ、救助を急げと急き立てていた。
その姿は、見ようによっては政治的プロパガンダと映るかもしれない。
救援物資は受けつけながら、人的支援を拒んできた中国政府の姿勢も、日本人から見れば疑問に映るかもしれない。
学校や幼稚園は崩壊したけれど、役所や政府の建物は無事だったというのは政治がよくなかったからだと非難できるかもしれない。
これらを総合して、やはり中国はと、貶めることができるかもしれない。

けれども、未曾有の被害を前にして中国の人々が必死になっていることは確かであり、第三者から見れば要領が悪く、何をやっているのだと苛立ちを覚えたとしても、片や国の威信をかけたオリンピックを抱え、片やこれからどれほどの被害規模になるか見当もつかないほどの災害に遭った国と人々を、そうそう冷たく突き放してもいいものだろうか。
日本のマスコミは中国が情報操作をしている、被災地に足を入れさせないと不満たらたら垂れ流しているが、それをそのまま受け取って、茶の間にいる人間が嫌悪感だけを募らせているというのも、私にはどこか愚劣に思えて仕方がない。
勝谷誠彦などは、この混乱を機にチベットでは大粛清が行われている可能性があるなどと煽っているが、こういう輩の文言にたやすく乗っていいものだろうか。

私は疑問に思う。

中国に対しては、なるほど私自身もよく思っていないところはある。
けれどもそれはあくまで平時のことであり、今起きているような非常事態にまでそれを導入するのは浅慮に過ぎるのではないか。

彼らは間違いなく混乱し、そして傷ついている。
よしんばチベットでけしからぬことが行われているとして、それを非難するならば証拠が挙がってからだろう。それでは遅いというならば、お前が現場になぜいかないのだと問いたい。
今、日本ではネットの世界でも冷静さとは無縁の憶測と非難とが渦巻いている。
中国はひどい国だと、誰もが言い募っている。

でも、それは馬鹿な飼い主だった私に対して、声を荒げて非難した獣医と似ていないか?

いや、その無責任と非情さ。傷んでいるものを足蹴にするような残忍さにおいて、件の獣医を上回っているといっていいだろう。
私は今、そのことに非常に不快感を持っている。

なぜ、もっと温かい目で見てやれないのだろう。
日本には阪神淡路大震災の教訓がある。それを活かせば協力できることはいくらでもあるはずだ。
今は、非難をしているときでははい。隣国を思いやり、協力を惜しまずするべき時である。
中国共産党が処理能力を持たないならば、なおさらのこと、隣国であるわれわれが力と知恵を貸してやるべきだ。

こういうときに、偏狭な言辞を弄し偏見を露呈するのは、卑怯で醜い行為だと思う。


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わが家のパグ親子のお母さん、こももが誕生日を迎えた。
満9歳である。
人間でいうと、だいたい54歳くらいらしい。
こもも

だいぶ老けたね、こももさん。
年取ると人間もいろいろガタが出てくるけれど、こももも2年ほど前から膀胱を悪くしており、現在は処方食で発症を抑えている状態。
でも、いつまた血尿が出たりするか、冷や冷やなところはある。

ま、飼い主の私も原因不明の背中痛に悩まされる毎日だし、5年前からはウツを患っているし、同じだよ。
生きて行くのは大変だ。

今月は25日に息子のパグ犬が7歳になる。
もう息子の方もシニアに分類されるようになるということか。
5匹の子犬を私ひとりで取り上げたのが、もう7年も前のことになるかと思うと、あらためて時間の経つのが早いと感じる。
あのときは、大変な思いをしましたよ。

いい経験だったけどね。

お互い年を取ったけど、まだまだ一緒にやっていきたいものだね。

関連タグ : パグ, 老犬, 誕生日,

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