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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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小泉毅
なんとも悩ましい結末を迎えたものである。
いや、これがほんとうの結末なのか、ほんとうのところはまだ断定できないのだが。
元厚生事務次官宅連続襲撃事件で逮捕された小泉毅については、背後関係など今後も捜査されていくだろう。私は当初、コイズミは政府官僚組織に圧力をかける意図を持った右翼団体が使った鉄砲玉なのではないかと思っていた。
ところが、今のところではあるが、明らかになったのはコイズミが34年前に飼っていたの「チロ」が保健所に渡され、殺処分されてしまったことに対する恨みが動機だったという脱力ものの結末である。

それにしても34年間もを殺された恨みを忘れず、大学まで行きながら「政治家が悪いと思っていたら、大学に行ってから高級官僚が悪だと分かった」と言うコイズミは、はたして大学で何を学んでいたのだろう。
たしかに殺処分されてしまったは可哀相だが、その仇討ちの相手が政治家ではなく官僚だと方向転換させてしまった教育とはいったいどんなものだったのだろう。もしコイズミが大学に行かなければ、彼は政治家が悪いと思い続け、チロの死から34年たった今年、晴れてどこぞの政治家を血祭りに上げたのだろうか。
現実になかったことを想像しても意味はないのだが、それでも想像をたくましくすれば、厚生官僚を襲ったコイズミのことだから、厚労省の政治家、舛添要一あたりが狙われたのだろうかと思ってしまう。考えようによっては舛添をはじめとする自民党の政治家たちは毎年2200億もの社会保障費を削り、後期高齢者医療制度などの悪政を行って日本の老人たちを、それこそ保健所に入れられた不要なのように扱っているのだから、コイズミの狙いは正しかったと言われたかもしれない。

しかし現実には、の殺処分には何の関係もない人々が被害に遭ったわけで、コイズミの頭のネジはどこかで締め間違えてしまったとしか思えない。

現実に目を戻してコイズミが取った行動を見てみるならば、彼はのチロの仇を討つのなら、元厚生次官を襲ったことが間違いだっただけでなく、保健所に恨みを持ったこと自体誤りだったことを思い知るべきである。
なぜなら、保健所は意味もなく犬を捕らえて殺しているわけではなく、むしろ無責任な飼い主が飼育を放棄してしまった犬を一時的に預かり、引き取り手が現れるのを待ち、それでも引き取られない場合にやむを得ず哀れな犬たちをガス室に送るのである。この一連の流れで誰を責めるべきかと言えば、一番手は何と言っても無責任な飼い主だろう。

私はコイズミの家庭がどんなもので、その父親がどんな人格だったかを知るものではないが、もし34年前にコイズミの父親が犬を保健所に“棄てる”のを思いとどまり、なんとか飼い続ける努力をしていたならば、今回の事件は起きなかったのかもしれない。
そう思うと非常に残念である。

同時に、あらためて思うのは、犬猫を合わせて年間50万匹もの数が、大半は人間の自分勝手な理由のために命を失っている現実があるということだ。
先日も東京・八王子で十数頭のチワワが棄てられているのが発見、保護された事件があった。ひところ流行ったチワワ・ブームに乗って繁殖させた無責任なブリーダーが、ブームが去ったか犬たちの繁殖能力が落ちたか、いずれにしても身勝手な理由で飼育を放棄し、犬を置き去りにしたのである。
チワワだけではない、漫画がもとでハスキー犬が流行ればハスキー犬が大量に取引され、ゴールデンリトリーバーがいいとなるとどこのペットショップにもゴールデンの子犬たちが店頭に並ぶ。そうして人間の手で無理矢理繁殖させられた子犬が金で取引され、行き着いた家庭で可愛がられて一生を送れるならばまだ文句はない。
しかし現実には、散歩するのが面倒だから、無駄吠えが多い、子供に噛みついた、年を取って面倒が見られないといった理由で簡単に犬を棄てる人間が後を絶たない。要らなくなった犬は、子犬ならば段ボール箱にでも入れて空き地にでも放置するが、大きくなった犬は家に帰ってこられないように動物管理事務所などの施設に棄てに行く。
現在は管理事務所も簡単には連れ込まれる動物を受け入れないようにしているのだが、それでも現実には数多くの犬や猫たちが犠牲になっていく。

コイズミは、ほんとうに愛犬の仇を討ちたいと思ったならば、まずは愛犬を保健所に渡した無慈悲な父親と、それから無責任な飼い主を片っ端から捜し出し、それらを血祭りに上げるべきだった。こんなことを書くのは人道に反することだが、コイズミはすでに人の道を外れたことをしてしまったのだ。どうせ外すならば、正しく道を外すべきだったのではないか。

罪もない人を殺したり傷つけたりすることは悪いことである。
それと同様に、動物を虐待したり棄てたりすることも悪いことである。

今度の事件が政治的背景とは無縁なものであるのならば、それで事件は一件落着とするべきではない。
次は日本の動物愛護の在り方が問われるべきだろう。

コイズミの犯した犯罪は政治テロではなく、原因がチロであったとしても、問題の深さには変わりがないのである。

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関連タグ : テロ, , 仇討ち, 動物愛護,

昨日、埼玉と東京都内で連続して起きた元厚生次官らの殺傷事件は、その手口が似通っていることから同一人物による犯行の可能性が出ている。また、被害者とその家族が旧厚生省で年金行政に関わっていたことから「年金テロ」ではないかとも言われている。

捜査に進展が見られない現時点で、軽々に憶測するのは控えたい。しかし、もしこの事件が厚労省および社保庁による一連の不祥事や怠慢に原因があって起きたものであるならば、嫌でも6月に起きた秋葉原での無差別殺傷事件を思い起こさずにいられない。
年金記録の紛失や改竄など、数え上げたらきりがないほどの不始末を厚労省と社保庁の役人たちはやってきた。その結果、受け取るべき年金を受け取れなかったり、金額を不当に低くされてしまったりして不利益を被った人はどれほどの数になるのか想像もつかない。なかには年金を払っていたにもかかわらず記録を紛失されて無年金とされ、厚労省による確認はできたものの、金が支払われる前に亡くなってしまった老人もいるという。
厚労省と社保庁に対する恨みを持つ人間は、日本中にいるだろう。
年を取って仕事が出来なくなり、収入の道が途絶えたとき、頼りになるのは年金だけという人が、役人の不手際のために金を受け取れなかったなら、あるいは支払った額に対してわずかな金額しか受給されなかったなら、はたしてどんな思いを抱くだろうか。自分の生活を台無しにし、幸福や希望を奪ったに等しい役人たちに対して恨みを持つのは当然というべきだろう。

秋葉原事件の加藤智大は、派遣労働という不安定で差別を受けやすい、労働者として最下層に位置する自分に絶望し、希望を求めようにも求めようがない社会の冷たさに憤怒して凶行に走った。

もし、今回の事件も年金に関わる恨みが元にあるのであれば、それは年老いた加藤智大のような人物が罪を犯したのかもしれない。
どんな理由があるにせよ、人を殺傷するという行為が正当化されることは絶対にない。
しかし、そうした行為に人を向かわせる可能性をこの社会が持っているのもまた事実であり、今の社会をよりよく変えていかなければ今後もおぞましい犯罪が起きることは十分にあり得ると考えた方がいいだろう。

社会をよりよくするには何をすればいいのか。
それはまず第一に貧困の問題を解決することではないだろうか。
今日の毎日新聞の社説には、「高齢者の犯罪 刑務所が老人施設でよいか」という訴えが載せられている。これによると、昨年中の交通関係をのぞく一般刑法犯の検挙者は約36万6000人で、3年連続で減少した。しかしそのうちの約13%にあたる4万9000人ほどを65歳以上の高齢者がが占めた。この数は10年前の3.8倍で、20年前の約5倍にあたり、過去最多となっている。さらに刑務所に収容された高齢者も20年前の約6倍の1884人で最多記録を更新したという。

社説では、「高齢者人口もこの20年で倍増したが、高齢の検挙者や新規受刑者の増加率は人口増を大きくしのぐ。年代別に人口あたりの犯罪率をみると、各年代が前年を下回っているのに、70歳以上だけが上昇する特異な現象となっている。高齢者は分別があって体力が衰えるので犯罪率は低い、という従来の常識は覆された形だ」と続けている。

なぜ、このような現象が起きているかといえば、そこには「貧困」がある。高齢者の検挙容疑の多くは窃盗など比較的軽い犯罪で、その理由も生活に困窮したり空腹に耐えかねてといったものが多い。法務省が出した『犯罪白書』では、こうした事実を踏まえたうえで「高齢者の生活の安定を図り、孤立させないよう福祉を拡充し、地域と連携して社会全体で対策を講じる必要がある」と提言している。

年間2200億円もの社会保障費を削り続けている一方で、よくもまあこんなことが言えたものだと皮肉のひとつも言いたくなるが、法務省の提言はまったくの正論である。
今のままでは社会保障の網から漏れた高齢者たちが、必要な福祉を受ける代わりに刑務所に入って命をつなぐという悲惨な状況がどんどん広がっていく恐れがある。
格差と貧困が広がり、自分の力ではどう頑張っても這い上がることができない今の社会は湯浅誠が言う通り、まさに「すべり台社会」で、貧困の泥沼にはまったが最後、ネットカフェ難民になるか野宿者になるか、最後には自殺をするか犯罪を犯すしか選択肢がなくなってしまう。

海の向こうからは今も頻繁に自爆テロ事件が伝えられるが、自爆するテロリストの多くは貧困者だということが分かっている。家族を救うためにいくばくかの金をもらって自爆をするか、あるいは自爆することで来世での幸福を得ようとするか。いずれにしても貧困さえなければ悲惨な事件は起きずにすみ、犠牲者が生まれることもないのだ。
日本でも貧困が広く根深いものになっていくにつれ、人々は幸福感を忘れ、希望を失い、社会を不穏なものにしていくだろう。イラクで、アフガンで今日起きていることは明日の日本で起きていることかもしれない。

そうならないためには、貧困問題に真摯に取り組み、これを解決していく他ない。

関連タグ : テロ, 貧困, 高齢者, 年金,

秋葉原での凄惨な事件が起きて、はやくも3週間が過ぎてしまった。
犯行を起こした加藤智大のハケンという境遇と絶望的な孤独があまりに強烈な印象を残し、被害に遭った人々への思いとはべつに、犯人に対する「共感」を多くの人にもたらしたことでも、この事件は記憶に残るだろう。
その「共感」の多くは、今の社会が抱えている矛盾、過酷な労働環境、社会的な孤立といったものからなっている。鬱屈が積もりに積もった挙げ句の犯行だけに、この事件を「テロ」だと考えた人は多く、私もその一人だった。

今日の朝日新聞では藤原新也が寄稿していて、そこで彼はこの事件を「映像を凶器とした無理心中」だったと書いている。

なるほど、テロを起こして大量に殺人するのが目的であるのならば、加藤智大は歩行者天国を横断するのではなく、猛スピードで縦断していけばもっとも多くの犠牲者を出すことができただろう。
しかし、彼はあえて人を数人はねた後に車を止め、そこから走り出して人通りを引き返していった。
通りには秋葉原特有の、カメラを持った者が集まっているという特徴があり、加藤は人を刺しながら走り抜けることにより多数のカメラに自分の姿が映される方法を選んだ。

それは藤原が書く通り、名前も知らなかった他人同士がネットを介して集まり、練炭を焚いて心中したり、硫化水素を使って他者を巻き込んで自殺するという昨今の現象に通じるものがあるのかもしれない。藤原は書く。「加藤容疑者は自分と同類の人々がいると思い込む秋葉原に行って無理心中しようとした」

なるほど。そういう見方もあるか。

事件後、ネットの掲示板には加藤を模倣したと思われる「犯行予告」が多く書き込まれるようになり、8日~23日までに全国で17件が摘発されたと警察庁がまとめている。
大半は悪質ないたずらと見るべきだろうが、私にはやはり若者を中心に犯行予告をせずにいられないような鬱屈した感情が重く沈殿しているように思えてならない。
彼らの中には、ほんとうに加藤に続こうとした者があったのだろうか。

そんななか、30日午前9時頃、大阪府富田林市の市役所に乗用車が突っ込み職員一人がケガをするという事件が起きた。車を運転していたのは井川通夫容疑者61歳で、「内妻の福祉関係で不満を持っていた」と供述しているという。同容疑者は車で突っ込んだ後、ペットボトルに火をつけようとしたが職員が駆けつけたためにそのまま投げつけた。ペットボトルからは油の臭いがしたという。さらに車内からはプロパンガスボンベ3本がみつかり、容疑者は刃物を持っていたとの情報もある。

彼もまた、社会保障を削る一方の現政府のやり方に痛めつけられ、不満を鬱積させていたのだろう。
だとすれば、意識的にせよ無意識的にせよ、加藤に続こうとした者は、なにも若い世代に限らないことになる。
これは、起こってしまった現象を見れば当然ともいえることだが、今の社会に巣くっている病巣が広く、根深いものであることの現れと考えるべきだろう。

自分の車にガスボンベを積み込み、懐に刃物を忍ばせ、我が暮らしを責めつける当面の相手に突っ込んでいった61歳には、どんな思いがあったのだろう。

物価が上昇を続け、社会保障が削られ、生活がどんどん苦しくなっている現状に、日本人はもっと怒りを現すべきだと思うのだが、その形がたわいもないネット予告や単発的に起きる無謀な突撃だけだとしたら、あまりに虚しい。
けれども、これらの事件を個別にとらえてしたり顔をし、「困ったものです」とニュースキャスター風につぶやくだけでは、最早すまないように思う。

関連タグ : 秋葉原, 藤原新也, テロ, 心中,

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