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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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昨日のエントリは、われながら混乱した頭のまま書いたせいか、まとまりに欠けていた。
読んでいただいたみなさん、申し訳ない。
まったくダメダメです。
自分の無能を恥じて、お詫びいたします。

そこで、もういちど、今回のチベットでの騒乱事件についてまとめておこうと思う。

まず、歴史的にチベットは、中国歴代の王朝・政府から征服、支配されてきた歴史を持つ。1910年には中国の共和化を目指す辛亥革命が起き、インドに脱出していたダライ・ラマ13世は13年にチベットに帰還し、独立を求めて清朝軍に対する抵抗を指令、中国軍の占領軍はディチュ河の線まで押し戻された。
しかしチベット政府は、チベット全域の領有を目指したのに対し、中国側ではチベット全体が中国領であると主張し続けた。

その後、国民党との内戦に勝利した中国共産党は、チベットに対しても、1949年までにアムド(青海)地方、カム地方を制圧し、この年の10月に「中華人民共和国の建国」を宣言して「中国人民政府」を発足。そして1950年、「西藏和平解放」と称して人民解放軍を中央チベットに派兵、1951年にラサを占領し、チベット全土を制圧した。

中国本土で何年もかけて徐々に展開された「民主改革」「社会主義改造」は、チベット各地でも1950年代半ばから、チベット社会の独自性を無視して一挙に強要されることとなった。
それでもこれらの「改革」が、諸侯・俗人貴族の政治的地位や特権の廃止に留まっている間は、むしろ歓迎されていた。しかし「改革」による攻撃の矛先が寺院・僧侶に向かった段階で、チベット人の反発は一挙に民衆レベルにまで拡大、1956年よりアムド・カムの全域で中国支配に反発する一斉蜂起が始まった。
これが、 1959年に頂点を迎える「チベット動乱」の勃発である。
争乱は1959年にラサに波及、ダライ・ラマ14世はインドへ脱出した。
中国政府は「チベット政府の廃止」を宣言、西藏地方を「西藏自治区籌備委員会」の管轄下に置く。
ダライ・ラマ14世はインドのダラムサラにチベット亡命政府を打ち立てた。

そして今回、チベット動乱49周年を記念してチベットの独立を祈る僧侶たちがデモ行進したことに対して、中国政府は軍を派遣して「暴動」を鎮圧しようとした。その結果、民間人をふくむ多数の死傷者が出た。
中国側は今回の騒乱をダライ・ラマ14世一派による策動と非難したが、一方のダライ・ラマ14世はダラムサラで会見し、武力を使用した中国を非難、国際機関による調査を求めた。
チベットのデモ
中国・チベットの歴史には疎い私だが、チベットの人々が長い歴史のなかで中国から抑圧を受けてきたこと、それは今も続いており、チベット自治区には漢民族が入植し、民族的な対立もあることがわかった。それゆえ、中国からの独立を願うチベット人の反発は強く、怒りは埋み火のようにくすぶり続けており、常に一触即発の危機をはらんでいたといえるだろう。

中国は、今回の事件をダライ・ラマ14世らのチベット亡命政府に全責任があると発表しているが、おそらく世界はそれを信じないだろう。
田中宇の国際ニュース解説によれば、チベット人たちの独立・自治拡大の要求の運動は、中国共産党が政権を取った直後の1950年代から、冷戦の一環として米英の諜報機関が支援してきたとある。
そしてその歴史から考えると、今回の争乱も、北京五輪を成功させて大国になって行こうとする中国政府の戦略を壊そうとする、米英諜報機関の支援・扇動を受けて行われている可能性が大きいと見ている。

しかし、もしオリンピックが失敗して中国が面子を潰されると、彼らは米英に対する憎しみを強めるだけだろう。世論は一気に反欧米に傾き、反米ナショナリズムが吹き荒れることになる。田中宇は、その結果、中国はロシアと結束し、反欧米の色彩を強めると見ている。そして中国、ロシアは中東産油国と結びつき、これまで世界経済の中心だった欧米を駆逐するいきおいを持つにいたると予測する。

さて、ここで日本はどうすべきなのかだ。
まず、今回の中国による弾圧に対しては、断固とした非難を表明すべきだろう。
中国によるかずかずの人権無視の行いは、これまでもしばしば非難されてきたことでもある。
そこまで考えるのは簡単だ。
僧侶
しかし、中国は悪いことをしたのだからと、欧米と一緒になって、たとえばオリンピックをボイコットするとなると、はたしてそれは得策なのか、考えなければならない。
私は、個人的にはオリンピックという見せかけの平和の祭典など、もはやそれほど価値はないと思っている。コマーシャリズムに毒されつくしているメダルの数がどうだとかは、もうどうでもいいと思っている。

しかし、昨日のエントリではいかにも中途半端に述べたが、感情的になって早々にボイコット運動を起こしたり、また実際にボイコットを決めてしまうのは、決して得策ではないとも思うのだ。

中国との関係を悪化させることは、北朝鮮の問題も合わせて考えたときに、日本の進むべき道を非常に困難なものにするだろう。田中宇のいうように、欧米に見切りをつけた中国がロシアと近づき、さらに中東産油国と結びついていった場合、日本は政治的に大きな障害を頭上に突きつけられる形になり、経済的にも難しい立場に追い込まれるだろう。アメリカ経済が崩壊の兆しを見せ始めている今の状況を見ると、できればそんな事態は避けたい。
これまでアメリカのいいなりになってきた日本政府のことだから、今回も米英が右と言えば右を向いてしまうのだろうけれど、それではあまりに無能な話で、将来が暗くなるばかりだ。

それではどうすればいいのか。
中国に対して強硬路線を執ることは、一時棚上げして、純粋に外交つまり話し合いで折り合いをつけていくことは考えられないだろうか。
食の安全もないがしろにして責任を認めようとしない中国に対する反感は、日本人の間にかなり強くなっている。
しかし今、このムードに乗ったまま反中国の気運が高まることに、私は少なからず危機感を持つ。現実的に考えれば、食の問題ひとつをとっても、自給率が低い日本が中国産の食物を今後まったく排除して生活していくことは難しい。
毒入りギョーザの問題は究明が必要だけれども、それはそれとして、なんとかこの大国との折り合いを見つける方法はないものだろうか。

しかし、日銀総裁候補を選ぶこともできず、自国の先行きにすら明確な考えを示すことができずにいる自民党と公明党、そしてそのリーダーである福田康夫には、大きな失望を感じている。
あまりにも大きな責任を、彼らは軽んじているのではないか。そしてそれは、決して許されるべきことではないのではないか。

私はこの点を言いたいのである。


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関連タグ : チベット騒乱, 独立, 中国, 北京オリンピック, 自民党,

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