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酒好き、映画好き、本好き、落語好き、バイク好き、そして鬱。 ちょっとばかり辛い日もあるけれど、フンニャロメ~と生きてます。
◎心にとめおく言葉
●人は、自分が見たいと思うものしか見ようとしない――ユリウス・カエサル
●為政者たるものは憎まれることはあっても、軽蔑されることだけはあってはならない。(塩野七生)
●自分に当てはめられない基準を他人に当てはめるべきではない
――ノーム・チョムスキー
●さまざまな知識人、文化人、政党やメディアは一般の人々よりも右よりな立場を取る――ノーム・チョムスキー
●考えろ、考えろ、考えろ!――ジョン・マクレーン

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9月6日のエントリにも追記として書いたが、植草元教授がセクハラにからむ訴訟で発行元の毎日新聞社に勝訴した。
以下は共同通信の記事より。

>週刊誌「サンデー毎日」に「セクハラ癖は業界で有名」などと書かれ、名誉を傷付けられたとして、植草一秀元大学教授(47)が発行元の毎日新聞社に1100万円の賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は8日、33万円の支払いを命じた。大段亨裁判長は「セクハラ癖があるというのは真実」と認定したが、「業界で有名という部分は立証されていない」と指摘した。

これで植草支持者は大喜びしているようだが、まったくおめでたいというしかない。

たしかに植草センセイは訴訟に勝ったかもしれないが、ご本人に歴然としたセクハラ癖があることは裁判所によって認定されたのだ。
痴漢疑惑をかけられれば無罪だと自己弁護し、セクハラ癖について書き立てられれば賠償を求める。
それは個人として当然の反応なのかもしれないが、植草センセイが痴漢に間違われるような行為をしたことは間違いなく、セクハラ癖があることもこれで天下に認められたのだ。

政治経済社会を論じるのに人物高潔でなければならないとは言わないでおく。
しかし人間として尊敬に値しない人物が不当にもてはやされるのを見聞きするのは不愉快でしかない。
邪推をするに、こういう人物が語る「自エンド」などは、たまさか政権が変わったときにも食いつないで行くための方便にすぎないのではないか。
「偽装CHANGE」論の薄っぺらさ、訳の分からない「小さな政府」論。
こんなものでほんとうに明日の日本を語っているつもりなのかね。
たまには悪文の見本のような著書を離れて、分かりやすい言葉で語ってみてはどうなのだろう。
もしそれができるのであれば、の話だが。
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関連タグ : 植草元教授, 勝訴, セクハラ癖,

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